「そんいえばこの三日ほどタボの村から来た人は居ねぇべなぁ」
「そうですか、お邪魔してすいません。ありがとうございます」
畑作業をしていた村人に礼を行って立ち去る。
「これは…向こうの村でも山賊のことが発覚しているってことでしょうか?」
「そうだろうな。タボの村に居た旅人達は俺達より先に山賊の情報を知って、ある程度の集団で移動していたんだと思う……そして山賊の襲撃で壊滅した。襲撃に備えて商隊を組んで移動していたにも関わらず、壊滅したのは――想定外の襲撃のされ方をしたから」
「あ――」
ルイが合点がいった、といった顔をしている。
「山賊がその商隊に紛れ込んでたんですね!」
「そういうことになる、戦力として頼りにしてた味方からの不意打ち、そこを残りの山賊から襲撃されたらひとたまりもないな」
恐らく混乱していて抵抗する間もの無かっただろう。なす術もなく殺されていく人々が脳裏に浮かぶ。
「あの死んだ男が俺達に『騙された』、と伝えたのは山賊にとっては想定外だったんだろうな」
本来商隊を組ませる為の撒き餌としてあの場所に打ち捨てられた男。危機を伝える為に瀕死の体で這ってでも村に辿り着いたその執念は敬意に値する。
「なるほど、商隊をわざと組ませ、その中に紛れて…か。俺たちも犠牲者の仲間入りするとこだったな」
「出発前に何か手を打たねぇといけねーな」
改めて俺たちのパーティでの会議。
「商隊を組んで移動する提案を受けたのはアレスなんだよな?結局どのくらい集まるんだ??」
アレスが手を顎に当て、思い返すような仕草を見せる。
「グループ分けすると4つ、商人とその護衛が二組、冒険者のパーティが一組に、残りは俺たちのパーティだったな」
「となると山賊はその一組の冒険者のパーティか?」
「いやわからんぜ、商人に扮してるかもしれねぇしな」
ゾルムさんの問いにサイが答える。
「理想的なのは出発前に見分けて、一気に制圧することですね」
「問題はどうやって見分けるか」
ルイとエルの言葉に自分も頭を悩ます。
確かにどうやって見分けたものだろうか。
「では、私が探りに行きましょう。サイさんは商人の馬車の積み荷を調べてもらえますか?」
「いいだろ、任せときな!」
ルイの呼びかけにサイが威勢良く返事を返す。
「俺は?」
「シュウイチさんは来ちゃ駄目です、ぶっちゃけ表情に出過ぎるので探れる物も探れなくなります」
「あ、そうですか。そうですよね…」
自分でも分かっていることだが、人に言われると少し凹む。
「まぁ、任せて下さい。この手の会話はお手の物ですから!」
ルイはどんっと胸を叩いてみせた。
――それから待つこと半刻程。ルイとサイが戻ってきた。
ルイがイスに座り、ふぅ…と一息ついている。
「どうだった?」
「割りとあっさり見分けがつきましたね。商人とその護衛パーティの一つが黒でした」
随分とあっけなく見つかるものだ。
「商人の馬車の一つの積み荷がほとんど空っぽの偽装だったしな、まず間違いねぇだろ」
「いや、大したもんだぜ嬢ちゃんは…将来男を手玉に取る悪女になっちまうんじゃねぇか?」
ゾルムさんがしきりに感心している。
「さて、奴らは全員で6人か…どうする?」
「個別に呼び出して捕らえましょう、幸いマリィさんも居ますし、楽勝ですよ」
「へ?私??」
マリィがきょとんとして目を丸くしている。
「えぇ、悩殺ボディの出番です」
ルイがどことなく邪悪な微笑みを見せる。
……あぁ、これは確かに悪女になるかもしれない。
宿の一室、男達は酒盛りをしていた。下品な笑いが響き渡る。今回の獲物の女は誰がいただくか、そんな話で盛り上がっていた。
その内の一人が立ちあがる。
「おう、どうした?」
「飲みすぎちまった、ちょいと出すもんだしてくるわ」
「ギャハハ、途中で寝るんじゃねぇぞ!!」
「おっといけねぇ、飲みすぎちまったかな」
トイレを済ませ、ふらふらとよろめきながら仲間達の居る部屋に歩いていると、横合いから男を呼び止める声があった。
「あ、お兄さん大丈夫ですか?」
「お?あんたは確か明日一緒に行く人だったっけか」
そこには冒険者のパーティの一人だった女が居た。先ほど仲間達で一番盛り上がったのもこの女の話だったのを思い出す。
「マリィっていいます、ちょっとお兄さんとお話したくて…私の部屋で二人っきりでお話しませんか?」
そう言って男に腕を絡ませて潤んだ瞳で見上げてくるマリィ。腕に柔らかな感触が押し付けられる。男の頭に酒盛りをしている仲間のことが浮かんだが、一瞬で頭の隅に追いやった。
――折角の据え膳だ。あいつらには悪いが先に楽しませてもらおう。
「お、おう、もちろんいいとも」
「こっちです、さぁ――」
「へへ、色々と楽しませてやるよ」
そう言って腰を抱こうとする男をマリィは押し止める。
「やだ…、気が早いですよぉ。この部屋です、さあどうぞ」
これからの展開に顔をだらしなく緩めながら部屋に入った男が見たもの――
「いらっしゃい、さぁ存分に語り合おうぜ」
――男の目の前に居たのは、腕を鳴らしながら不敵に笑うスキンヘッドの大男だった。
「男の人って馬鹿ですねー」
縛られ、猿轡を噛まされた男を尻目にルイが呆れたように言う。
「何言ってんだ、実に巧妙な罠じゃねえか。これで引っかからねえのは男じゃねぇよ」
「だな、実に巧妙だ」
サイの言葉に同意しておく。ルイが半眼になってこちらを見ているが見なかったことにしよう。
「ルイちゃん、これすっごい恥ずかしいんだけど……」
「折角良いモノ持ってるんですから活用しないと。さぁさぁ、次の人がいつ出てくるからわかんないですから、スタンバイしといてくださいね!」
「ちょ、ちょっと押さないでよ!」
マリィがルイに押されて出ていく。
「まぁ…その、なんだ。確かに有効な手だとは思うんだが、流石に三人も四人も居なくなると奴らも不審に思うんじゃねーのか?」
ゾルムさんがぽりぽりと頭を掻きながら言う。
「人数が少なくなってきたらこちらから逆に呼びに行けばいいんですよ、お仲間がこちらで飲んでますよーって、その途中で、またマリィさんと私辺りで引き抜いて連れていけば一丁あがり、ですね」
「マリィは武闘家だし、元々一人ぐらい押さえつけるのなんて訳ないもんな…」
「私はゾルムさんの部屋に連れて行って…、まだ余るようでしたらアレスさん達の部屋行きですね」
アレス達は別室で待機中だ。エルも色仕掛けには向いてないだろうということで待機中。エルの色仕掛けというのも個人的に見てみたい気もしたが、それは無理な相談だろう。
ちらりと床に転がっている男に目をやる。
…なんとも情けない捕らえられ方だ。転がって呻いてる男を見ていると少し哀れに思えてくる。こうなっては凶悪な山賊も形無しだ。
「さー、この調子でじゃんじゃん捕らえましょう!」
ルイの表情が活き活きとしている。何はともあれ機嫌が直って何よりだ。
村の中央に位置する広場。
辺りはすっかり日が落ち暗くなってしまった中、縛られ転がされている山賊達が松明によって照らされている。それを取り囲んでいる村人の表情は険しい。
「とりあえず色々吐かせねぇとな」
ゾルムさんが転がってる内の一人の男の胸倉を掴み、持ち上げる。
「お前達は明日どこで俺達を襲撃する予定だった? 仲間は全員でどのくらい居る? 答えねぇなら力ずくでも聞き出すぞ」
山賊はそんなゾルムさんを鼻で笑う様な仕草をみせた。その瞬間にゾルムさんの拳が唸り、鈍い音が響き渡る。
「お前達のアジトはどこにある?」
ゾルムさんの再度の呼びかけにも山賊は薄く笑ってみせた。再びゾルムさんが拳を振るう。
幾度繰り返しただろうか、顔が腫れ、青痣だらけになっても男は口を割ろうとはしなかった。
「ちっ、しぶとい野郎だ」
忌々しそうに吐き捨てるゾルムさんの肩を叩く者がいた。
確か商人の男、名は何といったか。
「あぁ、あんたは…」
「まぁなんだ、この手の奴の扱いなら自分は少し心得がある。任せてもらおうじゃないか」
そう言って男は山賊の前で屈み込むと懐から何かを取り出した……あれはナイフだ。
「さて、自分からも聞くことは変わらない。君たちが襲撃をする予定だった場所、人数、アジトの場所を教えてくれないか?」
やはり山賊達は無言のままだ。
「ふむ、仲間の情報は漏らさない、か。実にご立派なことだ」
商人の男が何気なく腕を振るった。
「ぎ、ひぎゃぁぁあああっっ」
山賊の一人が耳の辺りを抑えてのたうち回っている。――耳を切り落としたようだ。
山賊の有様を見て村人の何人かが目を逸らす。
「あぁ、女性には刺激が強いかも知れないな。こういうのに慣れてない者は家に戻ると良い。これからもっと悲惨になるぞ」
実に気だるそうに商人は言う。
「さて、今度は教えてくれる気になったかな?」
商人は再び耳を切り落とされた男に話しかけるが、相手は激痛にもがいており、聞こえてる様子はない。――再び商人の手で白刃がきらめく。……今度は逆の耳を切り落とした様だ。
「こちらのお願いが聞こえてないようだし、そんな耳は必要ないだろう。…もう面倒だな、こっちは勝手にやるから君達の中の誰でも良い、知ってることを話してくれたまえ」
男が何気なく腕を振る仕草をする度に山賊達の中から悲鳴があがる。
「た、助けてくれ!」
「自分が聞きたいのはそんな言葉じゃないな。幸い君たちは罪人だ。殺しさえしなければ好きにやっても問題ないだろう。死なない程度にやるから安心したまえ」
商人の手は緩む様子がない。再び山賊の悲鳴があがる。
「ルイ…マリィとエルを連れて宿に戻ってろ」
俺の言葉にルイは頷き、青ざめた顔をしたマリィとエルを連れて宿に戻っていった。
――それから間もなく、一人が口を割り出したのを皮切りに山賊達は知ってることを洗いざらい吐き出した。
「ふむ、粗方聞きたいことは聞き出せたかな? 少し血で汚れてしまったな。洗ってくることにしよう」
商人の男はそう言って宿の方向に歩いていった。山賊達はもう五体満足な者は一人も居ない。
「こいつらは納戸にでも押し込んでおこうか、ガーブルから役人を呼ぶのが一番無難だろう。先に山賊本隊を何とかしないといけないがな…」
アレスの言葉に村人が山賊達を連れて行く。
山賊達が広場に居なくなった頃に商人が戻ってきた。
「さて、折角山賊の人数も、待ち伏せの場所も、アジトも聞き出せたんだ。山賊退治を君たちにお願いしたいんだが…」
「山賊の本隊が十五人、まだこっちより人数は多いな」
商人の提案にゾルムさんが渋面をみせる。
「君達のパーティが七人に、そこの人達のパーティが五人、私の護衛の二人も入れればそう差はないさ。何より今度はこちらが街道を迂回して無防備な相手の背後を突けるんだ。実際には一方的な戦いになるだろうさ」
商人の言葉にもう一つのパーティの男達も顔を見合わせ考え込むそぶりを見せる。
「ふむ、ではもう少し実りのある話をしようか。奴らのアジトには今まで略奪した物資が蓄えられてるだろう。これだけのハイペースで襲撃してたんだ、どこかに移してる暇も換金してる暇もあるまい。持ち主は実質死んでいる以上、その物資をどうしようが我々の自由だ。これはちょっとした財産になると思うがね」
その言葉に判断を決めかねてたもう一つのパーティは覚悟を決めたようだ。
「やるぜ! 悪党は退治しないとな、そうだろ皆!?」
「おうよ!」
「正義の為だな!!」
なんとも調子の良い連中だ。呆れつつアレスに視線を寄越す。
「俺達はどうするんだ?」
「どちらにしろ山賊は片付けないと先には進めないしな、やるしかないだろう」
俺たちのやり取りを見て商人はにやりと笑った。
「決まりのようだな。では明日はよろしく頼む。お互いの無事を祈ってるよ」
明くる日の朝、俺達は途中から街道を逸れ、森の中を進んでいた。
山賊達は街道の中で谷のような地形になっている場所を前から塞ぎ、馬車の最後列に陣取った山賊の仲間が後ろから矢を射掛けて挟み撃ちにする、そんな作戦を採っていた。
俺達は森を通り、街道を避け、山賊達の後方より奇襲をかける手はずになっている。
「おいシュウイチ、顔色が悪いが大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、気のせいッス」
ゾルムさんに何でもないと手を振ってみせる。
…どうしよう。
心臓がバクバクいっている。足も今にも震えだしそうだ。皆は何故平気そうな顔をしているのだろうか。
相手は魔物ではない、人間だ。つまり、これから人間同士で殺し合いをする。――人間を殺さないといけないのだ。
昨日はそのことをずっと考えていて結局眠れなかった。
魔物なら良かった。奴らには恨みもある。殺して当然の存在だと思うことで罪悪感を押し込めてここまでこれた。だが人間はどうだろう。魔物と同じ、殺らねばこちらが殺られるんだ、自分にそう言い聞かせても一向に心が晴れない。
「――おい、見つけたぞ。あそこだ…!」
先頭を歩いていた戦士が押し殺した声で呼びかける。全員が身をかがめて様子を伺う。
山賊達は思い思いに散らばっており、好き勝手に過ごしているようだ。時折下品な笑い声が聞こえてくる。捕らえた山賊達から聞いた予定時刻よりかなり早めに出たことが功を奏したようだ。
ふと山賊の中におかしな風体をしている奴が混ざっているのに気付いた。馬鹿話に盛り上がってる山賊達から少し離れた場所に立つ、長身痩躯の男――奇妙な……そう、悪魔じみた笑いを象った仮面を着けており、その表情は伺えない。あれが山賊の頭だろうか。
「さぁ皆準備を整えろ、奴らが弛緩しきってる今が好機だ……一気にいくぞ。俺が合図をしたら魔法使いは詠唱を始めてくれ。魔法を唱え終わると同時にいくぜ…っ」
ゾルムさんの言葉に皆が頷く。
張り詰めた沈黙が続く。まるで時間が止まったかのような息苦しさ。
始まってしまう…あと少しで殺し合いが――。
――ゾルムさんが左腕を上げた!
その瞬間にルイとエル、もう一人の魔法使いが立ち上がり、杖を構える。
『ギラ!』
異口同音で放たれる魔法。炎が山賊達に襲いかかる。
「おし、いくぞっ!!」
ゾルムさんの号令で俺達は駆け出した。
「敵だ! 冒険者達が来たぞ!!」
「お、おい、なんであっちから襲われるんだよ!?」
山賊達は混乱しているようだ。そこへ商人の護衛役だった二人が弓を射掛ける。
何人かが火達磨に、更に何人かは武器を取る前に矢で貫かれて絶命した。だがまだ無事な奴らも残っている。
鉄の斧を振りかぶった山賊の一人がこちらへ襲い掛かる。あんなものと鍔迫り合いをしてもこちらが不利だ。
死に物狂いで振り下ろしてくる斧を避ける。山賊が体勢を崩すのが見えた。
――今だ。攻撃を!
そう思うのだが体が動かない。ためらった瞬間に蹴り飛ばされる。
「ゲホッ…くそ!」
立ち上がろうとしたところに山賊が斧を振り下ろしてくる。……駄目だ、避けきれない!
そう思った瞬間誰かが横合いから山賊を吹っ飛ばした。
「大丈夫?シュウイチ!?」
マリィが横合いから山賊に蹴りを入れてくれた様だ。
その山賊の首をアレスが切り落とす。
「何やってんだ馬鹿が! こんなときに躊躇ってる場合じゃないだろうが!!」
「わ、悪い」
アレスの発破を受けて慌てて起き上がる。
既に戦況はほぼ決しているようだ。
ゾルムさん達が残った山賊に切りかかっており、魔法と弓の援護で反撃さえ許していない。
――これなら無傷で勝てるか?
そう思ったのもつかの間、山賊の頭と思しき仮面の男に切りかかった戦士の二人が血飛沫を上げて倒れた。
『ピオリム』
くぐもった声の詠唱と共に仮面の男の体が薄い光に包まれる。仮面の男はそのまま素早く脇道の森の中へ逃げ込んだ。
「大将が逃げたぞ、追え!!」
「待て、深追いはするな!」
仮面の男を追いかけようとしたサイをゾルムさんが押し止める。
「あれは腕が立つ、見通しの効かない場所に逃げ込まれた以上、この人数で追いかけても怪我人を出すだけになりかねんぞ」
仮面の男に切り倒された二人にトーマス君が駆け寄り、回復魔法をかける。
「どうだ?」
「命に別状はなさそうです。あの男も無力化を優先して斬りつけたようですね。意識を取り戻すのに時間がかかりそうですが…」
「よし、商人を呼ぶぞ、狼煙を上げろ!」
山賊達を片付けたら狼煙で合図を送り、商人を呼ぶ。そんな手はずになっていた。
その様子を見ながらその場に座り込む。結局何もできなかった。
「ようシュウイチ、大丈夫か?」
ゾルムさんが話しかけてくる。
「…すいません、覚悟が足りませんでした」
俯いたまま返事を返す。
「お前みたいに体が動かないって奴もたまにいるわな。今は生きてることを素直に喜びな。まぁ、その内俺がなんとかしてやるよ」
そういってゾルムさんは狼煙を上げている人達の方へ歩いていった。
…自分はなんと情けないのだろう。
未だに震えの止まらない脚を押さえつけ、唇を噛んだ。