「……なんだありゃ?」
馬車の速度が落ち、アレスの呟きが聞こえる。
先程まで色々と雑談をしていたルイとマリィさんの話し声が隣からしていたが、馬車の速度が落ちてくると同時に話すのを止めたようだ。
馬車から前方に身を乗り出し、アレスの見ている何かを確認する。
最初に目に付いたのは青い体。二本足で若干前傾姿勢になっており、手が短い。 そして何より目立つのは、その青色の生き物の頭に当たる部分にある、ただ一つの巨大な目玉。
自分の記憶を掘り返す。
あれは大目玉だ……それはいいのだが、どのような相手だっただろうか。確かドラクエⅣのライアンの章にボスキャラのお供として出てきたのは覚えている。……だがそれ以上が思い出せない。ドラクエⅣをやったのは随分昔の話──つまり、どの様な相手か覚えていないのだ。
「シュウイチ、あれが何か知ってるか?」
アレスの言葉に頷いてみせる。
「あれは大目玉ってやつなんだけど……、どんな能力を持ってたかは思い出せないんだ」
アレスの質問に答えながら馬車から飛び出す。
確かドラクエⅣのライアンはホイミンと二人で、ボスキャラと大目玉二体を相手にしていた。今俺達が対峙しているのは大目玉一体…ならば勝てない相手ではない筈だ。
「わわ、なんですかアレは!?」
「……でけぇ目玉だな、おい」
俺に続いて馬車から降りてきた面々が驚きの声をあげる。
大目玉がまだ皆の体勢が整っていない内に一気に駆けてきた。
──速い!
バランスの悪そうな体躯からは想像できない俊敏な動きで、こちらに飛び蹴りを放ってきた。
それを皮の盾で咄嗟に防ぐ。
衝撃で腕が痺れているのを感じた。
大目玉は俺に反撃する間を与えず、もう一度飛び蹴りを放ってきた。今度は防げず、後ろに弾き飛ばされて後ろにいる仲間の誰かにぶつかった。丁度鳩尾の辺りを蹴られてしまった様で、激痛と呼吸困難の苦しさで思わずその場で蹲ってしまう。
「おいシュウイチ、大丈夫か!?」
ぶつかったのはゾルムさんらしく、心配そうな声をかけてきた。
痛みで返事が出来ない…!
「ホイミ!」
トーマス君の声と共に痛みが徐々に和らいでいく。
立ち上がり前方に視線を送ると、アレスが俺達の前に立ちふさがり、大目玉の猛攻を凌いでいる。
マリィさんがアレスの横合いから大目玉に蹴りを入れて吹っ飛ばす。
「ヒャド!」
「ヒャド」
ルイとエルが同時に吹っ飛んだ大目玉に追い討ちを掛けるように魔法を唱えた。
無数の氷柱が大目玉に突き刺さる。
大目玉は声もなく体をよじらせていたが、その動きがぴたりと止まった。
「まだ生きてやがんのか」
アレスがうんざりした声を出す。
そのとき大目玉の巨大な目玉に異変が起きた。
最初は薄っすらと、そして段々と目が赤く染まっていく。
──思い出した!
自分の脳裏に閃くものがある。
「二人とも退け!!」
前方で大目玉の様子を唖然として見ていたアレスとマリィさんに、慌てて呼びかけると同時に自分は大目玉に向かって駆け出す。
それと同時に大目玉がマリィさんに向かって駆け出した。その動きは先程よりも更に速くなっている。
「──え?」
マリィさんは反応出来ていない。
皮の盾をかざしながらマリィさんの前に体を割り込ませる。
盾でなんとか防ごうとした俺の努力も空しく、大目玉の蹴りは俺の体に叩きつけられ、
──そして、俺の意識はそこで途絶えた。
──振動が体に伝わるのを感じる。
……あぁ、俺は馬車に乗っているんだな。
周囲の音や人の気配でなんとなく判る。あれからどうなったのだろうか?
ゆっくりと目を開く。
「あ…シュウイチくん大丈夫!?」
マリィさんとルイが俺の顔を覗き込んでいる。二人とも安堵の表情を浮かべていた。
上体を起き上がらせ、自分の体に異常が無いか確かめる。鎧と服は脱がされており、上半身裸だった。特に体に異常は見られない。
「うん、特に異常はないかな」
周囲を見渡す。
いつの間にか御者がアレスからゾルムさんに入れ替わっており、それ以外の皆はこちらを見ている。
ふと傍らに俺の青銅の鎧が置かれているのが目に入った。
鎧の右胸の部分には大きな穴が開いており、あのとき俺が大目玉から喰らった衝撃の大きさを物語っている。
「……俺、もしかしてやばかった?」
俺の言葉にルイが怒った表情を見せる。
「やばいも何も、鎧が無かったら死んでたかも知れないんですよ!なんであんな危ない真似するんですか!!」
俺を睨みつけるルイに少し驚く。
考えてみれば、ここまでルイが怒りの感情を見せたこともなかったし、俺にこんな視線を向けることも無かった。
「……シュウイチさんは自分の命を軽く見すぎています。貴方はマリィさんを救えて満足かもしれませんが、あのままシュウイチさんが死んだら、マリィさんはシュウイチさんが自分を庇って死んでしまったという事実を一生背負わされる羽目になるんですよ」
ルイの俺を見る目は冷たい。
「ルイちゃん、もういいよ。私を助けてくれたのに責められたんじゃシュウイチくんが可哀相だよ……」
マリィさんの言葉に、ルイは無言で誰も居ない馬車の後部の隅に歩いて行き、そこに腰を下ろした。そのまま顔を馬車の外に向け、こちらを見ないようにしている。
「ごめんね、私のせいで…」
申し訳なさそうな顔をしているマリィさんに軽く笑って首を振ってみせる。……彼女は悪くない。ルイが怒っているのは恐らく俺のした行動についてのみだ。
マリィさんは俺の右隣にルイのスペースを空けて座った。
アレスは我関せず、といったばかりに外を見ている。サイとトーマス君は少し気まずそうな顔をしており、エルは気にした様子もなく本を読んでいた。ゾルムさんもさっきの会話は聞こえていただろうが、口を挟むべきではないと判断したのか何も言ってこず、黙々と馬車を操っている。
ルイが俺を心配してくれたのは分かる。
だが、あの強い怒りはなんだろうか。
単純に心配して怒った、といった感じには見えなかった。
ルイの感情が分からない。俺は彼女の触れてはいけないタブーに触れてしまったのだろうか。
「──曇ってきたか……、こりゃ一雨来そうだな」
ゾルムさんの呟きが聞こえてきた。