朝早く、北門の前にある馬車の元に辿り着く。
馬車の横にはアレスとトーマス君が立っており、馬車の中にはエルが居るのが見えた。
「おはよ」
「おはよーございます」
横に居るルイと一緒にアレス達に挨拶をする。
──結局あれからルイは俺の部屋に泊まり、俺は又隣の部屋で寝ることになった。
ルイが隣の部屋で寝ればいいんじゃないかと言ったが、
「…ヤです、私はこのベッドが気に入ったんです」
とルイが俺の部屋のベッドから動こうとしなかった為、結局俺が隣の部屋に泊まることになった。
「おはようございます」
トーマス君が微笑みながら挨拶を返してきた。
「よお、お前ら忘れ物はないか?荷物をちゃんと確認しとけよ」
アレスが修学旅行のときの引率の先生のようなことを言う。
「ん、多分ばっちりだ」
「私もばっちりです!」
ルイと二人揃って荷物の入った袋を掲げてみせる。
「そうか、それじゃ他の面子が揃うまで馬車の中ででも時間を潰してろ」
アレスの言葉に再び馬車に視線を戻す。
「…でかいな」
思わず感嘆の声が漏れる。
アレスの用意した馬車は非常にでかい。今までもいくつかの馬車に乗ってきたし、色んな馬車を見かけたのだが、この馬車はその中でも間違いなく一番大きい。馬車だけでなく、馬も異様に大きく、とても迫力がある。というか、迫力がありすぎて馬に近づけない。
下手に近づくと蹴り飛ばされそうな気がする。そして蹴り飛ばされたら間違いなく即死だろう。
「シュウイチさんシュウイチさん、どこに座ります?」
ルイはすでに馬車の中に入っており、はしゃいだ声を出している。
俺も馬車の中に入ることにした。
エルと目が合い、軽く挨拶してみせる。
「おはよ」
エルは軽く頷いて見せた。
そのまま馬車の何処に陣取るか少し考える。
結局前の部分に座ることにした。
ここなら外の眺めも見えるし、景色を眺めることで暇つぶしにもなるだろう。
「じゃあ私はここですね」
ルイが上機嫌そうに隣に腰を下ろす。
ルイはどうやら浮かれているようだ。
楽しくて仕方ないらしい。
なんというか、その様子を見て小学校の頃の席替えを思い出した。かくいう俺も修学旅行の前の様な感覚になってしまっている。
──色々と準備をして仲間と旅に出る。
これで魔物の存在がなかったら、この旅は紛れも無く楽しいものになっていただろう。いや、それでもこの旅は楽しいものになるかもしれない。
これからの旅への想像で胸を膨らませていると、エルが俺と馬車の端っこの狭いスペースに体を入り込ませて腰を下ろしてきた。
とりあえず少しルイ側に体をずらし、エルのスペースを広げてやる。
「わ、ちょっと、シュウイチさん押さないで下さいよ!」
「どうした?わざわざこんな狭いとこにきて」
慌てた様子のルイを横目にエルに質問する。
「…貴方に色んな話を聞きたいから」
エルがポツリと答える。
「色んなって──」
言いながら自分の脳裏に思い当たるものがある。エルには自分が異世界の人間であることを告げている。
ようするに、俺の世界の話を聞きたいのだろう。
「いや…、流石に馬車でその話は他の人に聞こえるだろうし…」
前方の隅といっても、直ぐ近くで誰かが御者として馬の手綱を握っているだろうし、いくら広いといっても所詮は馬車の中なのだ。
他の人間に聞こえないように話すなんて不可能に近いだろう。
「それなら、旅の合間に他の人の居ない場所で…」
「…私は居てもいいんですよね?」
割り込んできたルイの言葉にエルは頷いてみせる。
「おはよーさん、なんだシュウイチ、両手に華じゃねぇか」
ゾルムさんが馬車の外から顔を出し、俺たちの様子を見て笑ってみせる。
…確かに言われるとおりだ。
まだ他の人も入ってない馬車の中で、わざわざ密着して座ってる俺達を見て不思議に思わない方がおかしいだろう。さっきから二人の柔らかい体の感触や、甘い匂いのせいで落ち着かない。
そのまま馬車に入ってきたゾルムさんは俺達の向かい側に腰を下ろした。
アレスとトーマス君も馬車の中に入ってきた。
アレスは俺の様子を見て一瞬呆れた表情をしたが、すぐに表情を戻し、ゾルムさんに話しかけていた。
「ゾルムのダンナ、あんたは馬車の扱いはできるか?」
「あぁ、一応やれることはやれるぜ。もっともこんだけでかい馬車は初めてだがな。」
「すぐに慣れるさ。あんたが馬車を操ることが出来て助かったぜ。俺がずっと御者をやる羽目になるとこだったからな」
アレスが安堵の表情を浮かべる。
「お前さんと俺とで交互にやろうや。長旅になるんだし、そうでもしねぇともたないわな」
そんなアレスの様子を見てゾルムさんが笑って見せた。
そのままアレスはゾルムさんの横に、更にその横にトーマス君が座った。
「おはよー!皆早いね」
マリィさんが馬車に入ってきて、そのままルイの隣に腰を下ろす。
「あとはサイか…。あいつまさかまた寝てるんじゃないだろうな」
アレスが顔をしかめている。
以前に寝坊したことでもあったのだろうか。まだ出発まで時間がかかるのかもしれない。
「なぁ、エル」
俺の言葉にエルがこちらを見上げてくる。
…やはり位置が近すぎる。
後でルイにもう少し横に移動してもらおう。
「何?」
「いや、ガーブルってどこにあるのかなーって思ってさ」
「ガーブルの位置も知らないのか…、お前はどんだけ田舎に住んでたんだよ」
アレスが横から口を挟んでくる。
だがそれ以上追求してこないところを見ると、なんやかんや言っても俺に気を使ってくれているのだろう。
「…ガーブルは北西の方向へ遥か進んだ先にある。それまでに私達は山を二つ越え、村を三つほど経由する必要がある」
エルが淡々と説明してくれる。
「山越えか…、馬車は通れるのかな?」
「当然だろ、じゃなきゃ交易が成りたたねぇよ」
アレスが俺の疑問に答えた。
「王都ガーブルはありとあらゆる物が集まる場所と聞きます。あそこならばもしラーの鏡が見つからずとも、何か良い手段が見つかるかもしれません」
「おうよ!あそこならいい女も腐るほど居らぁな!」
トーマス君の言葉に答えたのは馬車の中の人物ではなく、
馬車の外から顔を覗かせているサイだった。
「遅いぞサイ、何やってんだ」
「悪りぃ悪りぃ、果物屋のねーちゃんに俺が居なくなっても寂しがるなよって、別れを告げてきたからなぁ」
悪びれた様子も無くサイが馬車に乗り込んでくる。
果物屋のねーちゃんとは、以前サイが絡んでいたあの人だろうか?
…あの人からすればサイが旅に出ることは願ったり叶ったりの様な気もするが。
「ではそろそろ出発するか。皆忘れ物はないな?」
そう言いながらアレスが御者の席に移動する。
馬車がゆっくりと動き出した。
徐々に遠ざかっていく北門。カナンの全貌が見える様になり、その光景を感慨深く見つめる。
思えばあの街でも色々なことがあった。
アレス達との出会い、今思えば最初の印象は最悪だった。今こうして一緒に旅をしているのが不思議に思えてくる。人の縁とは判らないものだ。
ふとルイの方に顔を向けると、ルイが何か考え込んでいる様子だった。
「どうした?」
俺の言葉に少し遅れてルイが反応する。
「あ…、いえ、本当に魔物はカナンから撤退したのかなーって思いまして」
「ん、どうしてそう思うんだ?」
ゾルムさんがルイの言葉に反応して疑問を挟んでくる。
「いえ、別に根拠とか無くて、単にあっさりと魔物が居なくなったのが気に入らなかっただけです。少し考えすぎですよね」
ルイが軽く笑ってみせる。
「後は兄貴達が上手くやってくれるだろ」
御者をしているアレスが声をかけてくる。
「……ですよね」
なんとなく、ルイがまだ納得していないのが分かった。釣られて俺も嫌な予感がしてくる。
…何事もなければ良いのだが。
──遠ざかっていくカナンを見ながら、自分の不安を押し殺した。
馬車は北へ北へと進む。
「まずは北のマリアンの村まであと一日ってとこだな。そこから次の村までは早くて三日ほどかかるし、山を越えなきゃならない。一度マリアンで休んでから行った方がいいだろう」
「へぇー」
「…なんだその気の無い返事は」
「いや、別にそんなつもりは無いんだけど、なんか大きいリアクションとった方が良かったか?」
俺とアレスのやり取りを聞いてゾルムさんが笑う。
「シュウイチは元々少しぼけっとしたとこがあるからな、そんなことを一々気にしてたら、こいつとやっていけないぞ」
かなり失礼なことを言われている気がする。俺はそんなぼけっとしてはいない…筈だ。
「おっと、魔物だ」
魔物が出たにしては落ち着いた声をアレスが出す。
「魔物だって!?」
スピードを落とし、停止した馬車から飛び降りる。
「あぁ、シュウイチ一人で十分だろ。任せたぞ」
「…え?」
目の前に居るのはスライムが二体。かなり拍子抜けだ。
「シュウイチさん頑張ってーー!」
「スライムにやられんなよー!」
後ろで皆が観戦モードになってるのが分かる。
…なんというか、やる気がでないな。
溜息をつきながら剣を抜く。
こちらに飛びかかかってくるスライムを切り落とす。
その様子を見たもう一体は恐れをなしたのか慌てて跳ねながら逃げていった。
追う気も起きず、見逃すことにする。
昔スライムに苦戦していた頃を考えると、確かに俺は強くなっている。今の俺はどの程度の強さを持っているのだろうか。
スライムの落とした微々たるゴールドを拾い、馬車に戻る。
「しばらく見ない内に、少しは成長したんじゃねぇか?」
「スライム相手だからわかりませんよ」
ゾルムさんの言葉に苦笑してみせる。
「お前が見習いってのも、おかしな話だと思うがな」
アレスがぽつりと口にしてきた。
「結局まともにこなした依頼はアレス達と一緒にいった護衛だけで、後は自主的な魔物退治しかしてなかったからな…」
「ランク上がるといいことってあるんですか?」
ルイが首を傾げている。
「えぇ、やっぱりランクの高い人の方が依頼を受け易いし、依頼主の人次第では報酬を上乗せしてくれることもあります」
トーマス君がルイの疑問に答えている。
「まぁ稼ぎたいなら最初はランクを上げるのを優先しとくこった」
「あ、そういえばこの旅ってランクに影響するのかな?」
ゾルムさんの言葉に被せるようにマリィさんが疑問の声をあげた。
「成功すりゃ一躍街の住人達の大恩人だぜ?下手すりゃ2ランク上がっちまうんじゃねーのか!?」
サイがにやけた顔で笑ってみせる。
「成功すれば…だろ」
アレスが冷めた声で返す。
そういえば疑問に思っていたことがある。
この際だし、皆に聞いてみよう。
「あのさ、ガーブルの城にラーの鏡を取りに行くのはいいんだけど、城の人がすんなり鏡を渡してくれるのかな?」
俺の言葉にサイが驚愕の表情を浮かべる。
「あ…、そういえばそうだな」
考えてなかったのか。
「どうだろうな、城に代々伝わってる宝だってんなら、よっぽどのことをしねぇと渡してくれねぇと思うぜ?」
渋面を浮かべてゾルムさんが言う。
「まぁそもそも、ガーブルにあるって確定したわけじゃないですよね。過去に発見されたのはいつが最後なんでしたっけ?」
「…本には二百年以上前と書かれていた。そしてその本も発行されてから五十年程経っていたから、約二百五十年前になる」
ルイの質問に答えようとした俺の代わりにエルが答える。
…あぁそっか、本を読んで単純に二百年前と思ってたけど、あの本がいつ発行されたのかも計算に入れなきゃいけなかったんだよな。
エルの言葉にルイが顔を曇らせる。
「…そんなに月日が経ってたんじゃ、その鏡割れたりして無くなってるんじゃないですか?」
「普通にそうなってそうで怖いな」
ルイの言葉も、もっともだと思う。
ゲームでは所有物を落として壊す、といったことは無かったが、この世界ではその可能性も十二分にあり得る。
「まぁ無かったら無かったで仕方ねーや、折角王都まで行くんだ。色々と楽しんでいこーぜ!」
サイはどちらかというとそちらをメインに考えてる様な気がする。
サイにツッコミを入れようと思った瞬間、馬車がガクっと揺れ、スピードを落とす。
「知らない魔物だ…さっきとは違って全員で戦った方が良さそうだな」
アレスが緊張した顔で呟く。
視線の先にはピンク色をした巨大なミミズが三体程うねっている。
普通のミミズと違って体の先端に牙の生えた口が見える。
見た目的にはだいぶキツイ。
大ミミズ、確か強さ的にはゲームでも序盤に出てくる雑魚だったような…。
「いや、あれは確か…」
俺の呟きを他所に皆が馬車から飛び降りる。
マリィさんは青い顔をして馬車から飛び降りるのを躊躇っているようだ。
「マリィさん?」
呼びかけるとマリィさんはビクっと肩を震わせ、こちらを見る。
「降りないんですか?」
「うん、アレはちょっと戦いたくないかも…」
青い顔をしたままうねっているミミズに視線を送る。
確かにアレを触りたくはないだろう。そもそもアレは打撃があまり有効ではなさそうだ。
テカテカとぬめってるし。
俺達のやり取りのやり取りを他所にゾルムさんが大ミミズの一体に切りかかる。
…俺はもう馬車から出なくてもいいか。
「大丈夫ですよマリィさん、あれは強さ的にはカナンの南門辺りの敵と同等か、それ以下です」
不安そうなマリィさんに呼びかける。
「…アレもシュウイチくんは知ってるんだ」
「えぇ、俺達が出る必要もないでしょう」
再び視線を戻すと最後の一体にルイのヒャドが突き刺さる所だった。あっさりと戦闘が終わり、外の皆が拍子抜けしたような顔をしている。
「なんだこりゃ、てんで弱いじゃねーか」
ゾルムさんが呆気に取られた口調で言う。
意識の切り替えが早いらしく、エルが真っ先に馬車に戻ってきた。
そして馬車に残ったままの俺と青い顔をしたマリィさんを見比べた後、再び俺に視線を戻し口を開く。
「あの魔物も貴方は知っていたの?」
「ん、そうだな。アレが雑魚だってことも知ってた」
「なんだよ、雑魚だって知ってるなら言やぁいいのによ」
馬車の中に入ってきながらサイが声をかけてくる。
どうやらゴールドを拾い終わり、皆戻ってきたようだ。エルも会話を打ち切り隣に座った。
「おいシュウイチ、さぼってんじゃねーよ!」
ゾルムさんが俺に文句を言いながら向かい側に腰を下ろす。
「いいじゃないですか、雑魚だったんだし、それにさっきは皆で俺だけ戦わせて観戦してたくせに…」
「馬鹿野郎、ひよっこのお前が戦わねぇでどうすんだ。これから雑魚の処理係は、しばらくお前に決まりだな」
ゾルムさんがニヤリと笑ってみせる。
「まぁ、鍛えるためってことならやりますけど…」
どこか納得がいかない。
「そんなことよりシュウイチ、さっきの魔物のこともお前は知ってたんだな?」
アレスが念を押すように聞いてくる。
「…あぁ、そうだよ」
…流石に追求されるのだろうか。
「そうか、今度からは出会い頭に俺が知らないって言った魔物で、心当たりのあるやつが居たなら教えてくれ。…魔物の特性が分かるだけで、だいぶ戦いが楽になるからな」
そう言ってアレスは前方を向き、再び馬車を走らせ始めた。
どうやら俺の怪しい部分に関しては不干渉を決めこんでくれているようだ。俺としては気兼ねなく魔物に関してアドバイスが出来るのでありがたい。
横から、
「マリィさんはミミズって苦手なんですか?」
「うん、あのヌメヌメがちょっと…」
「あ、わかります。アレに触るのはヤですよねー。私もミミズとか,なめくじとか嫌いで──」
そんなルイとマリィさんの気の抜けるやり取りが聞こえてきた。