ルイは椅子をベッド側に向けて座っており、エルはベッドに腰をかけていた。
どうやら何か話してた様だ。
二人の視線がこちらを向く。
「エル、連れてきてくれたんだな」
俺の言葉にエルがこくりと頷く。
「シュウイチさん、用事ってなんですか?」
ルイが顔に疑問を浮かべている。
どうやらエルは事情を一切説明していない様だ。
「そうそう、用事があったんだよ。なのにお前は宿には居ないわ、探しても見つからないわで散々だったんだぞ…」
軽くルイを睨んでみせる。
「まさか昨日の今日で訪ねてくるとは思わなかったんですよ!訪ねてきてくれたのは嬉しいですけど…エルさんに連れてこさせるように頼んだってことは、少し大切な用件だったりします?」
エルには言伝を頼んだだけで連れてきてくれとは言ってなかったのだが…。
視界にエルがこちらを見ているのが映る。
…これからする話も聞かせてしまっていいのだろうか。
かといって、ルイを連れてきてくれたのを無下に追い返すのも出来そうも無い。
「あー…まず何から説明するべきかな」
少し考えをまとめる。アレスの訪問からでいいだろう。
「今朝アレスがこの部屋に来てな、忠告…だろうな、アレは。…そう、忠告みたいなことをしていったんだ」
そう、恐らくは忠告。
純粋に俺を心配して…っていうのとは違うだろうが、疑問を解消しに来たというよりは、忠告の意味合いが強かった気がする。
「忠告ですか?」
「そうだ…俺達が魔物のことを報告した次の日に、高ランクの冒険者だけで軽く話し合いがあったらしい。」
ルイの表情が少し変わった。
何処となく雰囲気が冷たくなった様に感じる。
「ルイーダさん、私たちには話すなって言ったのに…他の人に話したんですね」
…これは怒りだろうか。
ルイの感情が掴めない。どことなく口調が淡々としている。
「告知してから多分問い詰められたんだろ。信頼できる人間達だけに伝えたってだけかもしれないし。実際にその面子はすぐに魔物かどうか調べたらしい」
「その話し合いの結果が、アレスさんの忠告と関係あるんですか?」
「あぁ、そう通りだよ。その話し合いでの結論は、俺とルイが魔物で、今回の話は冒険者を混乱させるために俺たちが作ったんじゃないか?…だとさ」
言いながら強い脱力感に襲われる。
人に疑われるというのは気分の良いものではない。
しかも大勢の人間に、俺やルイの存在は否定されているのだ。
「…少し、甘く見てました。思ったよりも向こうの対応が早い」
ルイの呟きに疑問が掠める。
その口調では、ルイはこの展開を予測していたことになる。
「ルイ、お前こうなることを知ってたのか?」
ルイがこちらの目をじっと見てくる。
真剣な表情でこちらを見つめていたが、その表情がふっと和らぐ。
「…そうですね、大体予想はしてました。多分、シュウイチさんは何で私が疑われているかを、アレスさんから聞いてますよね?」
ルイの言葉に頷く。
「シュウイチさんも私と同じ、何か人に言えない事情、隠してますよね。…チュウゴクなんて国、世界地図にも載ってません。国単位の大きさの物の別称なら普通に分かりますし、後有り得るのはそれこそ私たちの常識の及ばない、魔物の住む世界と言われる魔界か、神の住まうと言われる天界ぐらいでしょう」
それこそ御伽噺ですけどね、とルイは付け加える。
「シュウイチさんが何を隠してるか、教えてくれませんか?…私も話せる限りのことは話します」
ルイがそう言って目を伏せる。
エルの方を見る。
ここまで聞かれていて俺のことを話す分には、さほど躊躇いは無い。以前にも俺の国の話を軽くしたことがあるし、この子は信頼に値すると思う。
だがルイの話はどうだろう?
エルに聞かれてしまっても平気なのだろうか。
俺の視線に気付いたのだろう。ルイもエルの方へ視線を送った。
「シュウイチさん」
「何だ?」
「あなたから見て、エルさんは信用できる人ですか?」
本人の目の前で聞くことでは無いような気がする。
「…あぁ、エルは信用できる。この子は俺の出身があやふやのことも知ってて、信じてくれてたしな」
エルは相変わらず表情に変わりがない。
「そうですか…、私もシュウイチさんの判断を信じます」
ルイがエルの方へ向き直る。
「エルさん、一つだけ約束して下さい。あなたがここで見たこと、聞いたことを、誰にも話さないことを」
エルはさほど考えた素振りを見せずにすぐに頷いた。
元々エルは無口な方だ。軽々しく人に話したりはしないだろう。エルが頷くのを見た後、ルイはゆっくりと部屋の中央まで歩いていった。
そして俺とエルの方へ向き直る。
「…では、お見せします」
…見せる?
俺の疑問を他所にルイは自分の頭を挟むように両手をやった。
そのままヘルメットを脱ぐかの様に長い黒髪が外された。
その下から銀色の髪が見える。
カツラ…?
この世界にもあったのか。ルイの銀色の髪は肩の辺りで切りそろえていた。その姿はとても神秘的だが、隠す理由が思い浮かばない。
「…エルフ?」
エルの呟きが耳に入る。
言われて見ると確かに銀色の髪の間から少し尖った耳が出ているのが分かる。
ファンタジーものでたびたび出てくる存在、エルフだ。ドラクエも例外ではない。
「エルさんの言う通り、私はエルフです。…とはいっても、ハーフですけどね」
ルイ少し弱弱しく笑う。
「これが私の隠してた秘密です。…軽蔑しましたか?」
ルイがこちらを見上げてくる。
その様は捨てられた子犬の様だ。
…何故だろう。
「…何で?」
素直に疑問がついて出る。
俺の口調があまりにあっさりしていたのか、ルイの表情が少し唖然としている。
「え、なんでって…私エルフですよ?」
ルイの言っている意味が分からない。
「いまいちよく分からないんだけど、エルフって何かまずい病気でも持ってるのか?」
「持ってないですよ!失礼なっ!!」
ルイが怒った表情で俺の胸をぺしっとチョップしてくる。
少し元気が出たようだ。
「あー悪いんだけどさ、これから話す話を聞くと分かると思うんだけど、この世界の常識をよく知らないんだわ」
そう言って頭を掻く。
「…この世界?」
エルの呟きが聞こえる。
もう腹は括った。
俺には分からないが、ルイが自分がエルフであることを明かしたのは勇気の要ることだったんだろう。
その勇気に答えたい。
ルイとエルの顔を見る。 二人とも不思議そうな顔をしている。
…彼女達なら信頼出来る。
少なくとも俺が狂人だと思ったりはしないだろう。
「俺の名前は坂上 修一。異世界からやってきたんだ──」
俺も勇気を出して踏み出そう…!
「異世界の住人ですか…」
ルイの口調が呆然としている。
エルは………うわぁ…。
目がとても輝いている。これは玩具を見つけた子供の目だ。頬も少し赤い。エル的に好奇心を大きく刺激された様だ。
少し後の展開が恐ろしくなり、目を逸らす。
「そう、結局なんでここに飛ばされてきたのかも分からない。帰る術も思いつかない…お手上げ状態だ」
「なんか…私の話がすごく些細なことに思えてきました。私、すごく勇気だしたのに…。」
ルイが俯いてぶつぶつ呟いている。
「割とあっさり信じるんだな?」
二人とも疑った様子が余り見られない。
「うーん、それなら納得できるかなってこともあるんですよね」
ルイが少し考え込む様子で言う。
「何が?」
「えっと、実はですね。南門の先にある森ありますよね?シュウイチさんが薬草をよく取りに来るとこ」
「あぁ、しょっちゅう行くな」
「あそこ、私の家があるんです」
ルイの言葉に森で迷い込んだときのことを思い出す。
「…あの巨大な木の家?」
「その巨大な木の家です」
そういえば夢現にルイの声が聞こえた気がしたっけ。
「あの森はちょっとした仕掛けがしてありまして、魔物は勿論、人も近づけないようにしてあるんです。目には映るけど、意識して近づこうとは思わない…って感じの」
「…俺、思いっきり入ってるんだけど」
ルイが俺を見てがっくりと溜息をつく。
「そーなんですよ、初めて見たときはびっくりしましたよ。普通に人間が鼻歌を歌いながら薬草むしってるんですから。…後ろにごっついおじさんが居ましたし」
「あぁ、ゾルムさんか」
そんなこともあったな。
ゾルムさんはあの日結局俺の薬草採取を眺めてただけだったっけ。その人払いの仕掛けをスルーした俺は、この世界では普通の人間と少し扱いがずれているようだ。
「そんじゃ、前に洞窟の前で俺のことは以前から知っている、って言ったのはこのときか?」
「…よく覚えてましたね。そうですよ、まさか魔物が暢気に鼻歌歌って薬草採ってたりしないでしょう」
ルイが苦笑いする。
「エルフは人を極端に嫌い、滅多に人里には姿を現さないと聞く。貴方は何故冒険者になっているの?」
エルがルイに疑問を挟んできた。
そういえば、ドラクエ3だかのエルフは人間をえらく嫌ってた覚えがある。
「んー、いろいろあるんですけどね。私、父親が人間なんです。でも顔も見たことも無くて、一度会ってみたいっていうのが半分かな。母から父は冒険者だったって聞いたので…カナンには居ませんでしたけどね」
「母親とは今一緒に住んでないのか?」
あのとき木の家にはベッドが一つしかなかったが、別の場所で暮らしてるのだろうか?
「母は一年前に亡くなりました…」
ルイの顔が曇る。
そんな表情をさせてしまったことに慌ててしまう。
「あ、悪い…」
「いいんです」
ルイはそんな俺を見てくすっと笑った。
「…残り半分は?」
エルが続きを促した。
ルイがこちらをちらりと見る。
「残り半分は…ナイショですね。今は、とても言える自信ないです」
結局半分は謎のままか…。
「シュウイチさんが異世界からきたというのは分かりました。ところで、シュウイチさんの世界には魔物がいないんですよね? だったらこの世界の魔物の知識はどこから仕入れたんですか?普通にこの世界の人より詳しいですよ」
ルイの言葉に頭を悩ます。
エルもそれには同意だと言わんばかりに頷いている。
ゲームで知ったんだ。
この言葉を言うのはあまりにも残酷だ。
魔物に家族を殺され、傷つきながらも戦う人達の居る世界。
皆一生懸命に生きている。
それをゲームの一言で済ませるのはあんまりだ。
「…俺の世界でも御伽噺みたいなもので魔物が登場するんだ。それに載ってた」
…結局は騙すことになるのか。
そんな自分に嫌気が差す。
「魔物の存在自体が御伽噺ですか…いい世界ですね、シュウイチさんの居たところは。でも魔物のことが伝わってるなら、もしかしたら私達とシュウイチさんの世界はどこかで繋がってるのかもしれないですね」
本当にいい世界なのだろうか。
魔物は居ない代わりに人と人が争っている。そんな世界だ。
この世界の人達は誰もが輝いて見える。生きようという意志を強く感じるのだ。俺の居た世界には、俺の周囲には、そんな人は居なかった。どこか生きていることが希薄だった気がする。
…これも安全な状況にいた人間の我侭なんだろうか。
「それで、明日の話し合いはどう切り抜ける?組織的に調べられるから、下手な嘘は首を絞めるだけになりそうだし」
「私が魔物なら、私達の不審な点を突くでしょう。上手くいけば厄介な存在を排除できるし、場合によっては自分の発言力を高めたり、他に魔物を祭り上げることで、自分が魔物ではないということを言外にアピールできます。ルイーダの酒場、もしくは訓練所の人間を疑っていましたが、冒険者にもまだ魔物が紛れてそうですね…しかも、恐らくその高ランクの冒険者の中に」
「俺達が魔物であるって結論に、その魔物が誘導したってことか?」
「…恐らくは。魔物が人間に化けていたって発覚させたのがその魔物自身。調べられて真っ先に困るのが自分達なのに、そんなことをする筈ないですからね。少し考えればそんな矛盾誰だって気が付きます。だから、誰かがそうなるように話を誘導したんだと思います」
高ランクの冒険者に入れ替わる。何時入れ替わったのだろうか。もしもずっと前から入れ替わっており、それに気付かせないとしたら非情に厄介な存在だ。思ったよりもずっと高度な知性を持っていることになる。
「魔物の打つ手が思ってたよりも早いです。このまま明日の話し合いに出ても、恐らく非常に不利な展開が待っています。…私としては、明日の話し合いに参加しない方がいいと思ってます」
「…参加しないって、それだと立場がますます悪くならないか?」
ルイが俺の顔を見る。
「そうですね。姿を現さない私たちに、皆は『やっぱりあいつらは魔物だったんだ!』と言うでしょう。でも、明日参加したら…下手すると私たちが殺されます」
殺される。
その単語に背筋がぞくっとする。
「…まさか、殺したりはしないだろう」
「シュウイチさんは集団の怖さを知らないんです。一人一人は良い人だったとしても、恐怖に取り付かれた人間は何をするか分かりません」
ルイの辛そうな顔をする。
…過去に何かあったのだろうか。
「…だから、シュウイチさん。一緒に遠くの街に逃げませんか?人が追ってこないくらい…遠くに」
そう言って俺の顔を見上げてくる。
その瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだ。
「逃げる…か」
天井を見上げる。
なんでこんなことになってしまったんだろう。この街で知り合った人達の顔が脳裏に浮かぶ。
マリィさん…。
彼女は初めて友人らしいものが出来たと喜んでいた。
俺の無茶な誘いにも笑顔で乗ってくれた。
ゾルムさん…。
世間知らずな俺に色々教えてくれた。
落ち込んでる俺を励まし、一人の俺に色々と構ってくれた。
アレスやトーマス君、サイ、ルイーダさん。
色々な人の顔が浮かぶ。
「…明日の話合いには出よう。お別れぐらいは言いたい人達が居るんだ。せめて、こそこそせずに別れを言いたい。…それから街を出よう」
ルイが少し困ったように微笑んだ。
「…ですよね、シュウイチさんはそんな人ですよね」
エルの方へ視線を送る。
「どっちにしろ、明日でお別れになると思う。…色々とありがとな」
エルはゆっくりと口を開いた。
「行く宛てはあるの?」
「ないよ、俺はこの世界のことを何も知らないし、サクソンにも帰れないだろうしさ、ルイの父親探しでも手伝うよ」
ルイの頭の上に手をぽんと置く。
光を反射して銀髪が輝いてる。
サラサラとした感触が心地いい。
「…いいんですか?」
ルイがこちらを見上げてくる。
「やることないしな、とりあえず大きな街を探してみよう」
エルが立ち上がった。
そのまま立ち上がった姿勢のまま何故か立ち止まって、あらぬ方向を見ている。何か考え事でもしてるのだろうか。
「エル?」
「少し用事が出来た。…また明日」
こちらを見てそう言った後、エルは部屋を出て行った。
「シュウイチさん、詳しい話はまた明日にして今日は寝ましょうか?」
確かに長いこと話していた気がする。少し眠い。
「そうだな、続きは明日にしようか」
「ですね、それじゃあ…」
そのままルイが俺のベッドに入っていく。
どこに入ってんだ。
先程までの緊迫した雰囲気が台無しだ。ツッコミを入れようかとも思ったが、少し趣向を変えることにしよう。
「じゃ、おやすみ」
そのまま部屋を出る。階段を下りるときに、
「あれ、シュウイチさん??」
という声が聞こえた。
宿の主人が俺に気付く。
「あ、お客さんどうしました?」
「あの、俺の泊まってる部屋の近くに開いてる部屋はあります?」
俺の言葉に主人が少し不思議そうな顔をする。
「えぇ、一応隣の部屋が空いてますが?」
10ゴールドを取り出し、カウンターに置く。
「もう一人泊まることになったんで、隣も貸してください」
そういって苦笑してみせる。
「ああ、そういうことですか。てっきりそのまま同じ部屋で泊まられるかと…」
「いえいえ、そんなんじゃないですよ」
主人から鍵を受け取り、階段を昇る。
ルイは部屋から出てきてないようだ。もしかしたらそのまま寝てしまったのかもしれない。
隣の部屋の鍵を開けて中に入り、ベッドに横になる。
ルイは冗談であんなことをしてるのかも知れないが、男としては勘弁して欲しい。歯止めが利かなくなりそうだ。
ルイは元々可愛い顔立ちをしているのだが、本人の軽い雰囲気がそれを意識させなかった。だが本来の姿を見せたときのルイはとても綺麗だと感じた。
綺麗な銀髪を思い出す。
あんな姿を見た後では、軽くあしらえる自信がない。
──明日は多分、大変な一日になる。
早く寝ることにしよう。
眠れそうにないかとも思ったが、眠りに落ちるのは意外と早かった。