「で、話っていうのは?」
目の前の男に問いかける。
今朝、扉をノックする音で目が覚め、扉を開けるとそこにアレスが立っていた。
正直完全に予想外だ。
この宿のことはエルにでも聞いたのだろうか。
テーブルを挟み、向かい会う。俺の問いかけに少し間をおいて、アレスが口を開いた。
「お前に確認を取っておこうと思ってな」
「確認?」
「そう、確認だ」
何のことだろう。心当たりが思いつかない。
「はっきりと言おう。お前自身が魔物である疑いがかかっている」
「……」
一瞬何を言われたのか理解できない。
起きたばかりで脳が目覚めていないせいもあるだろうが、言われたことの衝撃も大きすぎる。
俺の様子を見てアレスが溜息をつく。
「…正直俺はお前をさほど疑っちゃいないけどな。魔物が化けてるとして、事を発覚させたのが魔物自身なんて意味が分からん。だが、お前には不審なとこがあるのも事実だ」
「不審…って?」
言いながらも少し答えは想像できる。
恐らく、俺の出身のこと。
「俺たちが例の魔物のこと報告した次の日に、この街でもトップのランクの人達が軽く話し合ったみたいでな。まずは冒険者から不審な者が居ないか洗うべきだ…って、話になった」
つまり、魔物のことを誰かがその人達に伝えたことになる。
…ルイーダさんが告知のことを問い詰められて答えたのだろうか。
「…その話し合いにお前も?」
アレスは確かランク3くらいだった筈だ。お世辞にもトップクラスとは言いがたい。
「いや、俺は身内にランク6の兄が居るからな。兄貴から早い段階で話は聞いた」
兄が居たというのは初耳だ。
しかもランク6、つまりこの街の最高峰の冒険者を兄にもっていることになる。
だがアレスの顔は誇ってる様子もなく、どこか冷めた表情をしている。
「まずはその話し合いに参加してる、上位の冒険者たちから調べられた…当然だな。要は、出自を証明できるかどうか、だな。その点は高位ランクの奴らはすぐに証明されたよ。どいつも名の知られた奴らだ、証人はいくらでも居た」
確かに、有名な人間であれば調べ終わるのもすぐだろう。
「で、とりあえずはここ半年以内で冒険者になった奴を優先して調べることになった。おかしな魔物の出現もここ最近の話だしな。……その結果不審者として挙がった名前が、お前とあのルイとかいう女だ」
「ルイも…?」
ルイも出自がハッキリしてなかったことになる。
ルイの時折見せる、どこか別人の様な表情。彼女が魔物だという可能性はあるのだろうか?
…ありえない。
ボッコはルイのことを知っている様子はなかった。何より、彼女が魔物だったなら俺は今ここに生きている筈がない。
「お前はサクソン村出身ってことになってるが、村の人間の話じゃお前はある日ふらりと現れてから村に住み着いたらしいな。これは俺も村に行ったときに聞いた話だ」
…やはり聞かれていたようだ。
「あの女の場合はもっと怪しい。出身はカナンだとされているが、あの女を見た者はここ最近のみしか居ない、しかもあいつの宿の主人にも問い合わせたが、あの女はたまにふらりと現れて一日二日泊まる程度、それ以外はどこに居るのかも掴めないらしい」
ルイ自身も滅多に宿には居ない、と言っていた。
だがアレスの話ではそもそも宿の一室を借りきってる訳はではないらしい。
ではルイは普段どこに居るのだろう?
昨日聞いたときは軽くはぐらかされたが、一度探す必要があるのかもしれない。
「今のところの上の奴らの結論はこうだ。『シュウイチとルイという冒険者に化けた魔物が、俺たちを疑心暗鬼に陥れ、混乱させようとしている』」
…最悪の展開だ。
どう答えればいいのだろう。組織的に調べられては嘘で押し通す訳にもいかない。かといって答えられない、では通らないだろう。
「正直に言うと、今こうしてお前に話しているのは俺の独断だ。…俺はお前が魔物に襲われて死に掛かっているところも見てるからな。ルイって女はともかく、お前が魔物とは思えない」
アレスが鋭い目つきでこちらを睨みつけてくる。
「だからこそ教えてもらおうか。お前はどこから来たのかを」
場に沈黙が下りる。俺は答える術を持たない。
アレスが俺を睨み付けたまま時間だけが過ぎていく。
「…言えない、どこから来たのか、言うことは出来ない」
俺の言葉にアレスはゆっくりと立ち上がった。
そのまま背を向ける。
「それがお前の答えか…。…明日の話し合いでもこのことは徹底的に糾弾されるだろう。その場でどういう結論が下されるのかは分からんが、何事もなく冒険者を続けれるとは、思わないことだ」
そういい残してアレスは部屋を出ていった。
椅子に座ったまま色々と考えようとするのだが、考えが纏まらない。
…先にルイのことを確かめよう。
荷物をもって宿を出た。
とりあえずルイの言ってた北西エリアの方へ向かう。
確か北東エリアの宿、と言っていたが、詳しい場所は明言してなかった筈だ。俺の知っている宿は一つのみ、エルの泊まってる宿屋だけだ。
以前ダーマ神殿を探したときに北東エリアをうろついたが、宿らしきものは他に見当たらなかった。まずはあの宿屋を当たるべきだろう。
「…またあの子のことを聞きに来たのか。あの子は何かやったのかい?」
宿屋の主人の言葉にここで合っていたことを確信する。
「いえ、彼女は今ここに泊まってますか?」
「いいや、一昨日前に出て行ってからそれっきりだ」
…つまり、俺たちとの話し合いが終わって以降宿に戻っていないことになる。
「そうですか…ありがとうございました」
そう言って主人に頭を下げ、宿を出る。
これで手がかりは無くなってしまった。
彼女はどこに居るのだろう。
明日には話し合いもある。この街のどこかには居る筈だ。
だが民家を一つ一つ探すわけにもいかない。しかも一部の冒険者からはすでに俺も疑われている身だ。下手に目立った行動も取れない。
正に八方塞だ。
「どうしたの?」
振り向くとエルがこちらを見上げていた。
そういえばここはエルの泊まっている宿なのだ。出会ってもおかしくない。
「ちょっと人探しをな…。エルはどこかに出かけるとこか?」
「貴方の声が聞こえてきたから…」
どうやらエルの部屋まで俺の声が届いていたらしい。
…そんなに大声で話したつもりはないのだが。
「実は、ルイを探してるんだけど…。エルは心当たりないか?」
俺の言葉にエルは首を振る。
やはり駄目か。
「…そっか、分かった。ありがとな」
そう言ってエルに背を向け、歩き出そうとする。
「待って」
その言葉に再びエルの方を振り向く。
「今朝早く、アレスが貴方の宿を私に聞きに来た。…何の話をしたの?」
エルの表情からはその考えは読めない。
だが、恐らくは俺達がどんな内容の話をしたのかある程度察しているのだろう。
「出身のことを問い詰められたよ…正直まずい状況みたいだな。どういう訳だか、ルイも同じような状況らしいから…とりあえずルイを探してる」
「私に出来ることは…?」
エルがこちらを見つめてくる。
彼女は俺のことを信じてくれている様だ。
「もし宿にルイが現れたら、俺が探していたってことを伝えてほしい。今はそれだけで十分だ…ありがとな」
エルに笑いかける。
相変わらずルイの表情は変わらない。
「それじゃ、もう少し街の中を探してくる」
エルに軽く手を振ってみせ、再び大通りに向かって歩いて行った。
エルにはそうは言ったものの、思いつく場所は一つも無い。こんなときに交友関係の少なさが仇になる。
聞くべき相手も居ないのだ。
片っ端から街にある公共の施設や店を探すしかないだろう。
それから街の中をひたすら探し回った。
武具屋や酒場、図書館、道具屋…様々な店や施設を回った。
「後は、もうこっちしかないんだけどな…」
北西の区画へ通じる道を見る。
以前サイに連れられて以来、こちらの区画には近づいていない。この区画は素行の悪いならず者や、貧しい貧民層の人間の多い区画だと聞いている。正直このエリアに立ち入るのは躊躇いがある。
…ここはどうするべきかな。
ルイがこの区画にいるのも想像できない。ここは探さなくても良いかもしれない。こんなときにサイが居れば色々と聞けそうなのだが…。以前サイに連れて行かれた酒場のことを思い出す。
あそこにならサイはいるかもしれない。
記憶を頼りに道を進んでいく。
辺りの様相は徐々に寂れていき、時折人の視線を感じる様になった。
…姿は見えないが確実に誰かに見られている。
やはり俺は場違いな存在の様だ。少し焦りを感じ、足早に道を進む。
…あった!
以前訪れた地下酒場の階段を下りる。
ドアを開けると相変わらず薄暗い店内に、無愛想な主人がグラスを磨いていた。
彼はこちらを一瞥した後、再びグラスを磨いている。
店内を見渡すと、一目で素行がお世辞にも良さそうには見えない男の三人組がこちらを見ていた。
他に客は居ないようだ。
サイは居なかったか…。
店に来ておいて何も注文せずに帰るのも失礼かとも思ったが、
ここで落ち着いていれる気もしない。すぐに店の外を出た。
階段を昇った先に誰か立っているのが見える。
その男は背が低く、痩せた体をしており、目がぎょろぎょろしている。
…サイだ。
「シュウイチじゃねぇか、お前も飲みに来たのか?」
「いや、人探しだ。ルイを探してる」
「あぁ、お前と一緒にいた嬢ちゃんか。あの子も顔はいいんだが、もうちょい…こう、色気ってもんが欲しいよな。やっぱ女は胸と尻がだな…」
誰もそんなことは聞いていない。
「サイの評価はいいから、ルイを見かけなかったか?」
俺の言葉に語りを続けていたサイが肩をすくめてみせる。
「いーや、見てねぇよ。そもそもあんな子がこの区画に居るわきゃねーだろ。お前さんもだいぶ場違いだぜ」
「前に連れてきておいてよく言うな…」
サイを軽く睨みつける。
「まぁ、そう言うなって。それよりちょっと酒に付き合えよ」
そう言いながらサイがおれの横を通り抜け、階段を下りていく。
「悪いけどそんな暇はない。又今度な!」
サイをスルーして元の道を引き返す。
サイがまだ何か言ってたようだが気にしないことにしよう。
結局見つからなかったか…。
疲労感と共に溜息をつく。明日になるまで待つしかないのだろうか。
…とりあえず一旦宿に戻るかな。
宿に戻ると主人が俺を見て顔を輝かせた。
この反応は以前にも見たことがある。
「あぁ良かったお客さん、お連れ様が見えてますよ。」
ルイだろうか、もしかしたらまたエルかもしれない。
「以前も来てた子ですか?」
「はい、その方もですが…もう一人女性の方を連れていらっしゃいました」
どうやらルイを連れてきてくれた様だ。
「分かりました、ありがとうございます」
主人に頭を下げ階段を昇る。
「いえいえ、ごゆっくり」
主人の言葉を背中に受けつつ考える。
まず何を話すべきなのだろう。
手に緊張で汗が滲む。
…とりあえず散々探し回ったことを愚痴るか。
少し気を抜いて自室のドアを開けた。