「──僧侶の人?」
俺の言葉にルイーダさんが首を傾げる。
「えぇ、固定パーティに入ってない僧侶の人とかって判りませんか?」
日が変わり、ルイとマリィさんと一緒にルイーダの酒場に来ている。
僧侶を探すにあたってまずはルイーダさんに聞いてみよう、ということになった。以前のルイの忠告もあってここへ来るのは少し躊躇いがあるが、普通に過ごす分には問題ないだろう。第一忠告した本人も一緒に居るのだ。
「うーん、うちに登録してある名簿はそういうのは載ってないのよねぇ…。昔は名簿に載せるようにしてたんだけど、結構固定として組んだけどすぐに解散してしまった…とか多くて、申請しない人も多かったから、載せなくなっちゃったわ」
ルイーダさんが軽く溜息をつく。
その動作と共に軽く揺れる胸をなんとなく眺める。
胸、もといバニーは素晴らしい。
「やっぱり上手くいかなかったりするんですか?」
ルイが俺のわき腹を強く突きながら聞く。
結構痛い。
「そうね、やっぱり性格が合わなかったりとか、後…男女一緒に旅をすると色々あったりするじゃない。それで解散せざるを得なくなった…とか、色々聞くわね」
その言葉にルイとマリィさんが俺の方をちらっと見る。
俺と色々あるのか想像しているのだろうか。
ルイやマリィさんと色々…。
ピンク色の妄想が頭に浮かびかかったところで頭に衝撃が走った。
「何変な顔して考え込んでるんですか」
ルイにチョップを喰らったようだ。
「シュウイチくん…」
マリィさんまで少し軽蔑したようにこちらを見ている。
「そ、そんなことないっすよ!性格の不一致とか大変だな…とか、考えてただけでありまして、全然スケベじゃないっす!!」
自分でもよく分からないキャラになってしまった。
「それじゃ、やっぱり掲示板に書いて募集するしかないんでしょうかね…」
ルイがそんな俺をスルーして呟く。
「そうね、希望者は私に伝えるように書いておいてくれれば、聞きに来れば応募があったかどうか教えてあげるわよ」
ルイーダさんの言葉に、少し考える。
…それしかなさそうだ。
まさか名簿に載ってる僧侶の名前を聞き出して、全員に直接訪ねる様な真似はさすがに非常識だろう。
「そうですね…そうしよっか?」
ルイとマリィさんに視線を送る。
「うん、そうだね」
「私もそれでいいと思います」
二人の言葉を聞きルイーダさんに向き直る。
「そうすることにします」
「そう、それじゃ…ちょっと待ってね」
ルイーダさんがしゃがみこみ姿が見えなくなった。
カウンターの下でごそごそと音がする。
「はい、これを使って書くといいわ」
そう言って立ち上がったルイーダさんは紙とペンを持っていた。
「あ、どうも。お借りします」
紙とペンを受け取り、改めてカウンターに座る。
ルイが左に、マリィさんが右に座ってきた。
どう書こう…。
少し頭を捻る。
「僧侶の方募集、でいいかな?」
マリィさんの言葉に、シンプルだがそれでいいかな…と思う。
「あ、でもやっぱり私達の編成とかランク、あと目的は伝えてた方が分かり易くないですか?」
「俺たちの目的?」
少し首を傾げる。
「ほら、掲示板に貼ってある張り紙にもあるじゃないですか。外で魔物を退治してお金を稼ぎませんか?とか、様々な依頼をこなしませんか?とか、お宝を探しにいきませんか?とか」
なるほど、確かにこれといった目標を立てていない。
「みんなは何か目的とかあるのかな?」
二人の顔を交互に見る。
普通パーティに誘い終わった後で聞くものじゃないような気もする。
「私は前に話した通り、強くなりたいから…かな」
マリィさんが少し照れた様に微笑む。
「ルイは?」
ルイに視線を送ると、ルイは少し考えこむそぶりを見せた。
「私は…、もう望みが半分叶ってますから」
よく分からない答えが返ってきた。
「特に目的は無いってことか?」
「んー、一応お金稼ぎってことにしておいてください。そういうシュウイチさんはどうなんです?」
俺も少し考え込む、自分の中で答えは決まっている。
…なんと言ったらいいのか。
「俺もマリィさんと一緒かな…」
言葉にするのは少し気恥ずかしい。無難に濁しておくことにする。
「とりあえず全部やれそうなものはやるって方向でいいかな?」
俺の言葉に二人とも頷いた。
「そんじゃ、『当方ランク1から2の戦士・武闘家・魔法使いです。僧侶の方、一緒に固定でパーティを組んでみませんか?魔物退治、依頼、宝探し、色々やりましょう!』で、いいかな?」
「それに応募の方はルイーダさんまで、って付け足さないとね」
マリィさんの補足に頷く。
「よし、それじゃ書く…よ……」
動きが止まる。
「?」
「どうしたんですかシュウイチさん?」
左右の二人が怪訝そうにしているのが気配で分かる。
「ごめん、俺あんまり字がうまくないんだ…ってことでルイ、パス」
左に紙とペンを滑らせる。
「別にいいですけど…」
ルイが苦笑している。
言葉は通じるし、この世界の文字も何故か理解はできるのだが、自分で文字を書いて上手くかけてるのか分からない。いまいち文字の美醜の感覚が掴めないのだ。もし自分で書いてみて、他の人から見て子供のらくがきレベルだったら目も当てられない。そんな怪しい募集に乗りたがる人はいないだろう。
「ルイーダさんまで…っと、これでいいですか?」
「あぁ、十分だよ。ありがと」
実は良し悪しがイマイチ分からないのだが、読めるし、ルイの様子やマリィさんが口を挟まないとこからすると問題ないのだろう。
「それじゃ、これを貼りたいと思います」
書き終わった紙をルイーダさんに渡す。
「…そうね、これでいいんじゃないかしら。掲示板に留め針は余ってると思うから、開いてるスペースに貼っちゃっていいわよ」
紙を見て頷いた後ルイーダさんが掲示板の方に視線を送る。
「分かりました、ありがとうございます」
立ち上がってお辞儀をし、掲示板に向かう。
「シュウイチくんって、意外と礼儀正しいよね」
隣を歩いているマリィさんがそんなことを呟いた。
「そうかな?」
自分ではよく分からない。割と普通だと思うのだが。
「そうですよねー、目上の人に対する礼儀が意外としっかりしてるっていうか…。冒険者になってる人にしては珍しいですよね。実は貴族とか、もしくは裕福な家庭で教育を受けてたりします?」
ルイの質問に少し答えを迷う。
迂闊な返事をすると出身まで語らされる羽目になる。
「いや、ごく普通の一般家庭だよ。ただ少しだけ親が礼儀にうるさかったかな…」
そう言いながら話を打ち切り、掲示板の開いてるスペースに募集の紙を留めていく。
こうすれば、よほど感心の強い話題でない限りは、わざわざ作業をしている相手に話を続けようとは思わないだろう。
少し視線をずらすと、掲示板スペースの中央の大きな紙に、話し合いの告知が書かれた紙が書いてあるのが目に入った。どうやら話し合いは夜かららしい。
「話し合いか…」
ここの人達にとっては御伽噺と言われていた、高度な知能を有する魔物の存在。二日後の話し合いでどんな結論に至るのだろうか。それにルイが少し不吉なことを言っていたのも気にかかる。
「そういえば、話し合いのときにほとんどの冒険者が集まるんだよね?それならそのときにこの張り紙を見て、僧侶の人が来てくれるかもしれないよね」
「あ…、言われてみれば」
確かにマリィさんの言うとおりだ。
俺達は計らずとも、良い時期に募集の紙を貼ったのかもしれない。
ルイーダの酒場を出たところで立ち止まる。
「今日はこんなところで解散かな?話し合いのときに会うだろうし、次の予定はそのときに決めようか」
「そうですね、上手くいったらメンバーも増えてるかもしれないですし」
ルイも頷いている。
「それじゃ解散…の前に、一応皆の住んでるところ聞いておいていいかな?」
これから何かと行動を共にするのだ。一応住所は押さえておいた方がいいだろう。
「私は南門の方の大通りの武器屋…は分かるかな?」
おそらく俺のいつも行ってる店だろう。
「えぇ、分かります」
「あの武器屋のすぐ裏手の家だよ。家族は居ないから二人とも気軽に遊びにきてね!」
マリィさんが屈託無く笑う。
今度是非ともお邪魔させていただこう。
「私は一応北東エリアの宿に泊まってるんですけど、結構ふらふらしてるので滅多に居ませんよ?」
「ふらふらって、何してるんだよ」
ルイの言葉に疑問をはさむ。
ルイの年頃でふらふらできるような娯楽がここにあるだろうか。
「…それはナイショですよ。乙女の秘密ってやつです!」
ルイがこれで話はお仕舞い!と、言わんばかりにそっぽを向いてしまった。
「まぁ…、別にいいけどさ。あまり危ない場所とかには行くなよ?」
自分が娘を持った父親になった様な気分になる。
…そんなに年齢が離れているわけではないが。
「俺の宿は、西門側の南西エリアの大通りの、二つの果物屋に挟まれた路地の先にある宿だよ」
「今度お邪魔してもいいですか?」
「あ、私も行っていいかな?」
ルイとマリィさんの言葉に少し戸惑う。
「いいけど…何も無いよ?」
「いいじゃないですか、話すだけで楽しいってのがあるんですから」
ルイが少し笑いながらいう。
「そうだよね、私も歳の近い友達とか居なかったし…少しそういうのに憧れてるんだ」
そう言って笑うマリィさんはどことなく少し寂しそうだ。
先程家族は居ない、と言っていたので寂しい思いをしてきたのだろう。
「…俺も友人なんて居ませんから、いつでも訪ねてきてください」
そんなマリィさんに笑顔で微笑んで見せる。マリィさんが安心できるように、自分に出来る精一杯の優しい笑顔で。
意識して笑顔を作るというのは存外難しい。
自分は今ものすごく変な顔をしているのではないかと不安になる。
「シュウイチさん、顔がいやらしいです」
「あっれぇぇぇぇぇ!?」
ルイの言葉に驚愕の声を上げる。やはり変な顔になってしまっていた様だ。
それにしてもいやらしいはないだろう。
「俺の出来る限りの笑顔になんってことを…」
「あれ、笑顔だったんですか??」
「…もういいよ、帰る。そっとしておいてくれ」
一気にやる気やらその他もろもろが削がれ、とぼとぼと宿に向かって歩く。
「冗談ですよシュウイチさん!シュウイチさんってば!!」
ルイの言葉をスルーする。自分の顔は真っ赤になってるだろう。
…とても顔は見せられない。
紳士的な微笑みを見せたつもりだった自分が恥ずかしい。これ一生もののトラウマになるかもしれない。
そういえば肝心のマリィさんはどう思ったのだろう。
背後から声は聞こえない。
…次に会ったときには忘れてくれてることを期待しよう。
宿に戻り一息つく。
自分の空間に戻ってくるとやはり安らぐのを感じる。僧侶探しか…、上手くいくといいけどな。
僧侶。
一瞬レッサーデーモンに食い殺されてしまったロランさんのことが脳裏に浮かぶ。話したのはほんの僅かなやり取り、だがその僅かなやり取りで彼の優しい人柄は分かった。
もしも、なんてことを考えても仕方ないかもしれないが。もしも、あのとき俺がボッコの正体に早く気付くことが出来ていたら、彼を救うことが出来ていたら。
もしかしたら今のパーティに彼の姿があったかもしれない。
冒険者という職業についた以上、あのような人の命運を分ける場面には、これからも幾度となく出くわすのだろう。
──運命の分かれ道。
これからも無数の選択肢が出てくるだろう。だからより良い選択を選べるように、自身を磨いておきたい。
…俺らしくないな、こんな考えは。
この世界に来てから俺はすっかり変わってしまった。いつからこんなに前向きになったんだろう。
化け物と戦っていることも、全てが別人のことのようだ。
俺は本当に俺なのか、これは夢か何かなんじゃないだろうか。
胡蝶の夢という話を思い出す。
現実世界に居た俺と、ゲームの世界の中の俺。
…夢だとしたら、果たしてどちらが夢なんだろう。