自分の袋の中身をテーブルの上に出し、中身の確認をする。
薬草×15、満月草×9、毒消し草×7、干し肉少々、竹の水筒。まぁ、こんなものだろう。
改めて道具を整理して詰め直し、袋を担ぐ。
自分の姿を見下ろし、腰に聖なるナイフを差してあるのも確認する。
…よし、これでバッチリだ!
今日はいつもよりも手ごわい相手と戦うのだ。準備の確認にも少し気合いが入る。
…そろそろ東門に行った方がいいだろう。
少し緊張するのを感じながら宿を出た。
東門にはすでにルイとマリィさんが待っていた。
「おはようございまーす」
「シュウイチくん、おはよー!」
二人に軽く手を上げて挨拶を返す。
「おはよ、遅かったかな?」
「ううん、私達もさっき来たところだし。」
マリィさんの返事を聞いて少し安心する。前回に続き遅れていては信用を失いかねない。
「あぁ、そうだ」
自分の道具袋をごそごそと漁る。
「これ、満月草と毒消し、それと薬草。誰が麻痺や毒でやられるか分かんないし、配っておくよ」
ルイとマリィさんにそれぞれ分けて手渡す。
「ありがと!でもお金とか払わなくていいの?」
マリィさんが少し申し訳無さそうに聞いてくる。
「いいですよ、元がタダだし。これで仲間からお金は取れないよ」
そう言って軽く笑ってみせる。
「シュウイチさんって冒険者向きの趣味持ってますよねぇ。道具屋の主人とかになれるんじゃないですか?」
ルイの言葉に自分が道具屋を開いてる姿を想像する。
「……駄目だな」
「そうですか?」
「多分、薬草集めに夢中になってて店に居そうにないよ。それじゃ意味ないだろう」
「店員を雇えばいいんですよ。私とかお勧めですよ?その、住み込みでも平気ですし…」
そう言って少し頬を染めて、上目遣いにこちらを見つめてくる。
「そのときは私も雇ってもらおうかな?」
マリィさんも話に乗ってきた。
少しからかうような視線でこちらを見ている。
「もし冒険者を辞めることがあったら…ね。それじゃそろそろいきますか」
とりあえず話を打ち切ることにする。
このままではいつの間にか将来設計を立てられかねない。
最初に出くわした魔物は、キラービー二体とバブルスライム一体、それと緑色の巨大な芋虫だった。
芋虫の尻尾の先端が針のような形になっている。
…あれはキャタピラーだ。
確か若干HPが高かったような気がする、あと少し硬かったかな…?
何にせよ後回しだ!
「マリィさん、あの芋虫は後回しにして、先にキラービーを狙おう!」
「うん、分かった!」
俺の言葉にマリィさんがキラービーに向かって駆け出した。
俺もキラービーを狙おうと思ったが、キャタピラーが邪魔をして思うように進めない。キャタピラーは尻尾の先端の針を突き刺すようにしてこちらを突いてくる。それを盾でいなしながら剣で斬りつける。少し硬い感触とともにキャタピラーから緑色の体液が噴出す。
だが、まだ浅い。
与えられた痛みに怒りを覚えたのか、キャタピラーの攻撃は更に激しくなった。
「メラ!」
背後からルイの声が聞こえる。
恐らくは俺の視界に入っていないバブルスライムを狙ったものだろう。視界の隅に移るマリィさんは二体のキラービーに回りを飛び回られ、苦戦している様だ。手助けに行きたいところだが、こちらにも余裕がない。
…ルイの援護に期待するしかないか。
そう考えた瞬間、注意がそれてしまったせいか、盾で捌ききれずキャタピラーの攻撃が肩を掠った。
「…ってぇな!」
すぐさま尻尾を斬りつける。傷つけることは出来るがやはり浅い。
もう少し踏み込めれば…!
「ヒャド!」
ルイの詠唱と主にキャタピラーに氷の氷柱が突き刺さる。激しくもがくキャタピラーに剣を突きたて、止めを刺した。
マリィさんの方に視線を送ると、キラービーが一体地面に落ちているのが見えた。
一体はやれた様だ。
しかしマリィさんの様子がおかしい。太股の辺りを抑えており、脚が震えている。麻痺か痛みによるものか判別はつかないが、急いでキラービーに向かって駆ける。俺に気付いたキラービーは少し上空に逃げ、距離を取った。
「ルイ、マリィさんを頼む!」
キラービーに目を離さないままルイに呼びかける。
「はい!」
ルイが駆け寄ってくる足音が聞こえた。
キラービーがルイが駆け寄ってくると同時に急降下してきた。
鋼の剣を大上段に構える。
まだだ、まだ遠い。
もう少し引き付けて…今だ!
キラービーが剣の範囲に届くと同時に思いっきり剣を振り下ろす。軽い手ごたえと共にキラービーは真っ二つになった。
…麻痺は脅威だけど、倒すこと自体は一対一ならさほど問題なさそうだな。
後ろを振り向き、地面に座り込んでるマリィさんの方へ駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「うん、今満月草を使ったから…もう少しで良くなると思う。ごめんね、心配かけて。」
マリィさんが少し微笑む。
「このまま少し休憩しましょっか」
ルイの提案に頷く。
…休む前にゴールド拾っとかないとな。
そのまま魔物が消えた辺りを歩き、ゴールドを回収していった。
ゴールドを拾い終わり、マリィさんとルイが座ってる場所に歩いていく。
「マリィさんって彼氏とか居ないんですかー?」
「うん、冒険者やってると変な人としか縁が無くって…」
…なんという緊迫感の無い会話だろう。
女性の方が神経が太いと言われるのはこの辺りからくるのだろうか。
マリィさんは主に東門で狩りをするパーティに入ってたそうなので、こんな状況にも慣れているのかもしれないが。
「確かに悪党一歩手前、みたい人多いですよね。この間のゾルムさんとか、見た目はすごかったし」
ルイの言葉にゾルムさんの姿が脳裏に浮かぶ。
確かにあれは仕方ない。
俺の居た世界であんな人が街中を歩いたら、絶対にヤクザと勘違いされそうだ。
「ゾルムさんはああ見えて面倒見がいいし、良い人だぞ?」
ルイの発言に口を挟みながら俺も座る。
「そうだよね、話してみたら思ったより気さくな人でびっくりしちゃった。あの人って固定パーティを組みたがらない人って噂で聞いたから、もっと気難しい人だと思ってたよ」
マリィさんの言葉に首を傾げる。
はて、それは初耳だ。
そういえばゾルムさんと初めて会った日も、護衛役はゾルムさん一人だった。その後の調査団みたいなのも固定パーティで行った、というわけではなさそうだ。ゾルムさんはカウンターで一人で飲んでいることが多い。あの見た目で敬遠されてるのだろうか。いや、固定を組みたがらないってことは誘いはいくつかあったのだろう。
…今度聞いてみることにしよう。
「そういえば、この前カッコイイ人が居ましたよ。アレスさん…でしたっけ?シュウイチさんの知り合いの人ですけど」
「あ、その人なら前にシュウイチくんと一緒に組んだときのパーティの一人だね」
二人の会話に思考を打ち切る。
やはり美形がいいのか。
「あの人とかどうなんですか?少し斜に構えてるとことかも、すごくもてそうですけど」
ルイの言葉にマリィさんが少し考える仕草をする。
「うーん、ちょっと私とは性格が合わないかも。格好良い人よりも、話やすくて優しい人の方が好きかな」
「あ、それは少し分かるかもです」
話しやすくて優しい人、と聞き、一瞬トーマス君の顔が浮かぶ。
…確かに馬車の中でも二人で話してたりしてたしな。
少し胸の中がもやもやする。これは嫉妬だろうか。
自分の恋人でもないのに、独占欲のようなものがある自分が少し恥ずかしい。
…というか、いつまで休憩しているのだろうか。
放っておくといつまでも恋愛談義をしていそうな気がする。
「んじゃ、そろそろ再開しますか」
そう言って立ち上がる。
『はーい』
二人とも声を揃えて立ち上がった。
…なんとなくやりづらい。
こっそりと溜息をついた。
キャタピラー、バブルスライム、キラービー、お化けきのこ、ポイズントード、様々な敵と戦った。
どうにも東門を出たところの敵は状態異常を起こす敵が多いようだ。
手持ちの毒消しが残り少なくなったので帰ることになった。
「今日の合計は……364Gか。一人頭121Gってとこかな。…1G余っちゃうけど」
一見昨日よりは額が増えた様に見えるが、使った道具の量を考えると昨日とさほど変わらないかもしれない。
「その1Gはシュウイチくんのでいいよ。シュウイチくんの道具で今日は助かった様なものだし、1Gじゃ全然足りないけど…。」
ね?とマリィさんがルイに振る。
「そうですよ、もらっちゃって下さい!」
ルイも頷いている。
「そっか、それじゃいただくことにするよ」
1Gで遠慮してても仕方ないだろう。素直にもらっておくことにする。
「今日はどうします?ご飯食べにいきますか??」
ルイの言葉に昨日のことが脳裏に浮かぶ。
「…もう奢らないぞ」
「…シュウイチさんケチですね」
ルイがいたずらっぽく笑う。
「うん、いこっか!」
マリィさんの言葉で行くことが決まった。
今日も冒険者でルイーダの酒場は溢れかえっており、
テーブルにつくのに30分ほどかかってしまった。
更に料理が届くまで30分程、ゆうに1時間過ぎたことになる。
「いただきまーす」
そう言って食べ始めるルイを横目に見た後、マリィさんへ視線を向ける。
相変わらずすごい量の食事だ。
…冒険者にでもならなければ、食費を賄えなかったのではないだろうか。
そんな想像さえ出てくる。
自分の料理を食べてる最中にあることを思い出した。
…あ、固定パーティに誘うのをすっかり忘れてた。今朝まで緊張していたくらいなのにド忘れてしまうとは。
食べ終わったら言うことにしよう。
三人ともご飯を平らげ、ルイとマリィさんは色々と話に華を咲かせている。
言え、言うんだ…!
緊張で握り締めた手に汗が滲む。
「あ、あのさ。ちょっと二人とも聞いて欲しいんだけど」
俺の言葉に二人とも少し不思議そうに視線を送ってくる。
「どうしたんですか?そんなに改まって」
ルイが首を傾げている。
「いや、えっとな…」
なんと言って切り出そう。
…直にいくか?
いや、少し遠まわしに持っていこう。
「やっぱりさ、今日見たいにパーティ組もうとしたら、掲示板の募集みたりしないといけないよな」
「うん、そうだね。なかなか募集が無い時期もあったりするよねぇ」
マリィさんが少し眉を寄せる。
いい流れだ。
「だよね、しかも組めたとしても、合わない人とか居たりするしさ、なかなか上手くいかないわけで…」
「シュウイチさん、何が言いたいんですか?」
ルイが怪訝そうにしている。
これ以上遠まわしに言っても無駄な気がしてきた。
「要するに、アレス達みたいな固定パーティを組みたいってことなんだ。それで…二人がもしよかったら俺と一緒に組んでほしい」
二人に交互に視線を送る。
マリィさんは虚をつかれたような顔をしている。ルイはある程度予想出来たのか、さほど表情に変化は見られない。
「私は構いませんよ、というか、誘ってくれて嬉しいです!」
ルイは嬉しそうに笑ってくれている。
「マリィさんはどうですか?」
少し考えてる様子のマリィさんに視線を送る。
「…うん、出来たら僧侶の人誘いたいよね。僧侶は引く手数多だから、なかなか見つからないかもしれないけど」
マリィさんの言葉に少し考える。
…ということは。
「…じゃあ、マリィさんも?」
「うん、改めてよろしくね。シュウイチくん!」
そう言って微笑んでくれた。
その瞬間に安堵で胸を下ろす。
「はぁ……、良かったぁ!二人に断られたらどうしようかと…。」
俺の様子を見てマリィさんとルイは顔を見合わせて笑った。
それから先は記憶が少し曖昧だ。
自室のベッドで先程までのことを思い出す。
どこか夢見心地の状態で色々と話をした。
覚えてるのは、明日改めて集まって仲間を探そう、ということだった。
──俺にも仲間と呼べる存在ができた。
無性に嬉しくて叫びだしたい衝動にかられる。
…今夜はあまり眠れそうにない。