地面に落ちているゴールドを黙々と拾う。
考えてみるとゲームのドラクエの主人公達も、描かれてない裏側ではこうやってゴールドを拾っていたのだろうか。
「冒険者ってすごい稼げるんですねー」
ルイが少し驚いた表情をしている。
「一応命がかかってるしな、それなりの見返りがないと困るってことなんだろ」
今のところ稼いだ額が合わせて218G。ルイとマリィさんと一緒に魔物を狩り始めて三時間程、すでに以前ボッコの募集で集まったときより稼げている。
あのときのメンバーと質が違うせいだろう。
マリィさんの強さはもちろんのこと、ルイも魔力を使いすぎないように魔法の使いどころを的確に抑えている。
「熟練の冒険者の人だと、下手な貴族よりお金持ってるって言われてるし、シュウイチくんの持ってる鋼の剣だって、確か2000Gもしたよね?キミも少し会わない内にすっかり一人前になっちゃってたんだねー」
「いやー、ははは…まいったなぁ」
マリィさんに肘で突付かれ、乾いた笑いを返す。
…すいません、これ、殺された冒険者の遺品なんです。言うのも憚られるので黙っておく。
ルイの視線が痛い。
視線から逃れるために顔を逸らしたところで昨日迷い込んだ森が目に付いた。
「そういえばさ…、あの森ってなんで魔物が寄り付かないのかな?」
俺の言葉にルイとマリィさんも森へ視線を送った。
「なんでかな、あの森ってなんだか近づきにくい雰囲気があるよね」
少し不思議そうにマリィさんが言う。
「…気のせいじゃないですか?」
ルイは余り興味が無さそうだ。
昨日のことを話題にしようかとも思ったが、止めることにする。自分でもあれが夢でなかったと言える自信が無いのだ。
マリィさんの回し蹴りが大アリクイ三体をまとめてふっとばす。
そのまま大アリクイ達は動かなくなった。
バブルスライムに止めを刺した俺は、それをぼーっと見ていた。
「…すごいですね」
ルイの呟きが後ろから聞こえる。
確かにすごい。
武器を使わずにあれだけ魔物を倒せるとは。あの脚で思いっきり蹴られたら俺なんか一撃なんじゃないか…?
…あまりマリィさんを怒らせないようにしよう。
狩りが終わった帰り道、
「マリィさんって蹴り技使うことが多いですよね、殴ったりはしないんですか?」
少し疑問に思ったから聞いてみる。マリィさんが殴ってる姿を見た覚えが無い。
「んー、脚力の方が腕の力より強いって言うしさ。リーチも長いでしょ?…それに、手で触りたくない魔物も結構居るし」
何かを思い出したのか、マリィさんが少し嫌そうな顔をする。
確かにその気持ちは分からないでもない。相手によっては攻撃したときに、思いっきり体液を飛び散らせたりするのだ。なるべく体を近づけたくもないだろう。
「それよりさ、シュウイチ君もルイちゃんも思ってたより強いし、今度都合がいい日に、一緒に東門を出たところに行ってみない?」
マリィさんの提案に俺とルイが顔を見合わせる。
「どうなんでしょう?私はまだ新人でその辺りよく分からないの。」
そう言ってルイが俺に目配せしてくる。
俺が判断してくれ、ということだろう。
「俺は構いませんよ。一応満月草もストックしてあるし、なんとかなりそうかな」
「へぇ、シュウイチくん用意がいいね。いつもそんな感じなの?」
マリィさんが感心した様な顔をする。
「一応趣味なんですよ、薬草収集が」
唯一人に誇れるかもしれない俺の特技だ。
「シュウイチさんがそう言うなら、私も大丈夫です」
俺とルイの言葉を聞き、マリィさんが嬉しそうに頷いた。
「そっか、それじゃ明後日とかどうかな?」
「俺は大丈夫です」
「私もです」
人と組んでやる魔物退治がこれほど楽だとは思わなかった。以前のパーティが少し特殊だったせいで、悪い印象をいつの間にか持ってたようだ。
もう少し、パーティを組むことについて考えてみる必要がありそうだ。…明後日の狩りが終わったら、ルイとマリィさんを固定パーティに誘ってみようか。
ルイはあっさりと了承してくれそうだ。
マリィさんはどうだろうか…?
まだ見習いの俺と組むのを嫌がったりしないだろうか。そう不安に思うのと同時に、彼女がそんな理由で断ったりはしないだろう、という確信もどこかにある。
ま、なるようになるさ。
考え込みそうになった思考を打ち切る。いつの間にか南門が近くに見えていた。
「それじゃ今日の稼ぎは一人頭、82Gだね。」
まとめて預かってあったゴールドを、ルイとマリィさんに分配して渡す。
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様ー!」
ルイとマリィさんの声が弾んでいる。
気持ちは俺も分かる。
パーティが終わり、お金の分配が終わった瞬間は、仕事が終わった給料日の様な独特の開放感がある。このまま帰りに飲みに行きたいくらいだ。
「シュウイチさん、マリィさん、一緒にご飯食べにいきません?」
ルイの言葉に、マリィさんと顔を見合わせる。
考えることは皆同じ様だった。マリィさんも笑いながら頷いている。
「それじゃルイーダの酒場にいこっか!」
マリィさんの言葉に場の空気が一瞬固まる。
「…あれ?何かまずかったかな??」
俺とルイの表情で察したのだろう。マリィさんが遠慮がちに聞いてきた。
「いえいえ、気のせいですよ。さーいきましょう!」
ルイが少し気合の入った声を出して歩き出す。
…まぁ、食事するだけだし、問題ないか。
俺とマリィさんもその後を着いていった。
ルイーダの酒場に入ると、いつもよりも更に多い客で賑わっていた。
夕飯時ということを考慮してもこの賑わいは異常だ。カウンターに居る筈のルイーダさんも人ごみに隠れて姿が見えない。壁際に立って談笑しながら飲んでいる客もかなり居る。
今日は冒険者がいつもより多く居る様だ。
「依頼禁止令が出ちゃってるから、冒険者達も暇なんだね。五日後に何を話し合うのかな??」
マリィさんが掲示板の方を見ながら言う。
どうやらすでに、掲示板で話し合いのことは告知されている様だ。
「あ、あそこの席空きましたよ!他の人に取られる前に座っちゃいましょう!」
ルイが空いたばかりのテーブルに駆け寄って席についた。まだテーブルには前の客の使った食器が残っている。
「すいませーん、これ片付けてくださーい!」
そのままバニーさんを呼びつけている。
俺とマリィさんもそれに習って座ることにした。
やはりこれだけ混雑すると料理が届くまで時間がかかり、全部の料理が揃うまでに40分近くかかった。
「それじゃ、いただきますっ」
マリィさんが食べ始める。
動かない俺達を見て、動きが止まった。
「あれ、二人とも食べないの?」
不思議そうな顔をして聞いてくる。
そのマリィさんの前にはずらっと並んだ皿の数々。量が男である俺の倍近く多い。ものすごい食欲だ。
「…マリィさん、そんなに食べて太りませんか?」
ルイが唖然とした声で質問した。。
「えっ?私そんなに太ってるかな!?」
ルイの言葉を聞いてマリィさんは慌てて自分の体を見渡している。太っている様には見えない。というか、抜群のプロポーションだと思う。
「その養分が全部胸とかにいっちゃってるんですね…」
ルイがマリィさんの胸を凝視している。確かに大きい。俺の視線にマリィさんが顔を赤くして胸を両手で隠した。
「そんなにじろじろ見ないでよ!」
そう言って俺を睨む。
「あ、いえ、ご立派です」
慌ててよく分からない返答をする。
「よぉ、楽しそうじゃねぇか。」
肩を叩かれ、聞きなれた声に振り向くとゾルムさんが立っていた。
「あ、ゾルムさん」
「今日はやたらと客が多いな。ここ、座ってもいいか?」
そう言いながらこちらが答える前に俺の横に座る。
「この人はゾルムさん。俺が冒険者になるときに色々教えてくれた人だよ」
二人にそう言ってゾルムさんを紹介する。
「初めまして、ルイです」
「こんばんはー、マリィです」
二人とも食べる手を止めて軽く頭を下げている。若干緊張している様だ。
確かに、いきなりスキンヘッドのごついおっさんが現れたら引くよな…。
「おう、嬢ちゃん達よろしくな」
ゾルムさんは軽く手を上げて答えた。
「そういえばシュウイチ、お前、今朝俺を無視しやがっただろ」
「はい?」
そういえばそんなこともあったような気がする。
「いや、朝はちょっと急いでまして…」
「やかましい。今日はお前の奢りだな」
ゾルムさんはそういってバニーさんを呼び止め、注文し始めた。
「ちょ、なんでそんなことで奢らなきゃいけないんですか!?」
「この前奢ってやっただろうが、しかもメニュー全品頼みやがって…。俺があの日いくら使ったと思ってんだ!」
酔いつぶれた日のことがぼんやりと頭に浮かぶ。
「…あぁ、そんなこともありましたっけ?」
「都合のいいときだけ惚けやがって…!」
ゾルムさんがヘッドロックをかけてきた。
ギリギリと頭の骨が悲鳴を上げる。
「痛っ、マジ痛いですってば!分かりましたよ!奢りますからっ!!」
ようやく開放され、痛む頭をさする。視界が涙で滲んでいる。
少しは加減して欲しい。
クスクスと笑い声がするので前を見るとルイとマリィさんが笑っていた。
「シュウイチさんかっこ悪いです」
「駄目だよルイちゃん、そんなこと言っちゃ…あははっ」
マリィさんも嗜めながら笑っていては説得力がない。
…少しはうちとけてくれた様だ。
それから俺達は色々と談笑しながら食事をした。
──結局代金を支払う段階になってルイが、
「そういえばシュウイチさん、奢ってくれるって前約束しましたよね?…というか、マリィさんのおっぱいジロジロ見てたんだから全員分払いますよね?」
と言い出し、マリィさんも少し照れた様に笑いながら同意したので全部俺が払う羽目になった。
…不思議なことに、今日の稼ぎ以上のお金が消えていた。
懐も心も寒くなり、宿に戻る。
「あ、お客さん…」
呼び止めてくる主人の顔色だけで用件を察してしまった。
「…まだ帰ってないですか?」
「いえ、一度帰られたのですが…夕方頃又いらっしゃいまして…」
主人の言葉を聞き階段を昇る。
自室のドアを開けると予想通りエルがこちらを見ていた。テーブルに本が積んである。
…長期戦を予想してわざわざ本を持参した様だ。
言うべき言葉が思いつかないので、とりあえず挨拶だけしておく。
「ただいま」
「…おかえり」
装備を外し、体の調子を確かめる。
特に問題なさそうだ。
「ごめんな、ずっと待たせちゃって」
「構わない」
そう言ってエルは本を閉じる。
「それじゃ、大体6,7秒くらいしか持たないから、よく見ててくれ」
剣を右手で持ち、目の高さまで掲げる。
集中し易い様に目を閉じ、イメージを頭から右腕、剣へと繋げる。体から右腕を伝って何かが抜けていくような感覚に目を開く。
鋼の剣の刀身は紅く輝いていた。すぐに強い疲労を感じ、イメージを打ち消す。
刀身は徐々に元の色に戻っていった。
「…まぁ、大体こんな感じだ」
一息つきエルの様子を伺う。
「…すごい」
エルがこちらをじっと見つめている。少し興奮してる様で頬が赤い。この子は歳の割りに、興味の対象を間違っている気がする。ここは頬を染める場面ではないだろう。
「どういった感覚で行っているのか、詳しく教えて欲しい」
エルがそのまま詰め寄ってきた。
──何故か、今日もまともに布団で眠れない気がしてきた…。