昨日までいつ魔物に出会ってもおかしくない状況であった為、自粛していた火炎斬りの練習をする。
ただし、今日は宿屋の自室ではなく、南門を出てすぐの所でやっている。今日の練習は下手すると宿屋で火事を起こしてしまいかねない。
「…ッ!」
地面に思いっきり転んでしまう。そして自分の顔から数十センチ離れた所に、紅く染まる刃が突き刺さった。
顔に刃から発せられる熱気を感じ、後少しずれていると、自分の命がなかったという事実に冷や汗が出てきた。剣の刃は目の前で少しずつ元の銀色に戻っていく。
「あ、あぶねぇえええええ!!」
魔力を使い果たしたせいで呼吸が苦しい。
今日はもう少し練習を実践に近づけようと、走りながら火炎斬りを発動し、物を切る。といった練習をしようと思った。
それで斬るものを探そうとしたのだが、考えてみると街中には手ごろなものが中々無い。下手な物を切ったりすると火がつくだろうし、街中の美観を損なうのは気がひける。となると、街の外でやるしかないだろう。という結論になった。
訓練所なら出来るかもしれないとは思ったが、火炎斬りは無駄に目立ってしまうし、何より、ルイからルイーダの酒場と訓練所の人間には気を許すなと言われたばかりである。
それから街の外に出て、すぐに目が付いた手ごろな大きさの岩に斬りかかろうとしたところで、あることに気付いた。
走りながらだとどうしても意識が集中できず、火炎斬りが発動しないのだ。
考えてみれば、以前レッサーデーモンを倒したときも相手が体に噛み付いており、動かない状態だから発動できたのだろう。走るとなるとバランスを取るために色んな体の部位に神経を使うので、熱の伝導のイメージが難しい。かといって無理に発動させようとすると、先程の様にバランス崩して転んでしまう。
このことを考えると、今のままでは火炎斬りを実戦で使いこなすのはとても厳しいことに気付く。移動しながらでは発動しないので相手の動いてないときのみ、しかも失敗したら後に残るのは大きな疲労だけ。これでは使うのにリスクが大きすぎる。
なんとか改善したいところだ。
…これは魔力とは関係なさそうだし、慣れの問題なのかな。
律儀に戦闘のなさそうな日を選んで、走りながら火炎斬りを発動させる練習をするしかなさそうだ。
さて、どうせ南門の外まできたんだし薬草収集にでもいこうかな。薬草もサクソンの村でローズおばさんに全部あげた為、手持ちがない。
鎧を修理に出したままだけど、まぁ大丈夫かな…ここの強さの敵にも慣れたし、魔力切れのせいで疲労が残ってるがなんとかなるだろう。折角身軽な状態なのだ、魔物に出会ったら全力疾走で逃げるのもいいかもしれない。
結局森に着くまで魔物には一切出会わなかった。
俺のイメージではこういう森の中の方が、魔物とかが潜んで居そうなイメージがあるのだが…この森で魔物に出会ったことは一度も無い。というより、この森の周辺で魔物を見かけたことがない。
考えてみるとおかしな話だ。
魔物も出ないし、薬草も豊富にあるのに近くのカナンの人達もなぜ、ここのおいしさに気付かないのだろう。
…気付かれたら俺が困るのだが。
この森は広く、一番奥に行くのにも三キロメートル以上ありそうだ。
案外この森の奥地にこの辺りの魔物の主みたいな存在が居るのかもしれない。少し怖い想像をして首を振る。
んなわけないよな。
どうせだし今日はもう少し奥の方を探して見るとしよう。いつも同じ辺りの薬草を採っていてはすぐに無くなってしまう。
時に木々に囲まれて暗くなり、時には木々の間から光が差しこんで明るくなる森の中を進む。
ちょっとしたハイキング気分だ。どうせなら弁当を作って持って来れば良かったかもしれない。
そんなことを暢気に考える。
歩きながら目についた薬草を拾いつつ、更に奥へ進んで行った。
「………困った。」
辺りを見渡す。
360°努見渡す限りの森、森、森!
目の前の薬草に釣られて拾いながら進んでいたら、どちらの方向から来たのか分からなくなってしまった。
…とりあえず今さっきまで歩いてきてた方向に進んでみよう。
もしかしたら戻れるかもしれない。
「……ほんとに困った」
見渡す限りの森。ちっとも森の外に出れる気配がない。もう辺りは陽が落ち始め、薄暗くなってきている。こんなところで夜を過ごしたくない。
あてども無く歩いていると前方に木々が途切れ、開けた空間があった。
空間のど真ん中には巨大な木の幹があり、少し神秘的な雰囲気をかもし出している。
開けた空間に出て、強大な木を見上げる。
「おー」
その木はとても大きく、巨大な枝や葉に阻まれ、木のてっ辺を見ることさえ出来ない。
…こんなでかい木あったのか。これだけでかいと森に入らずとも見えても良い筈だが…。
辺りはもう暗い。不本意だが、ここで今日は夜を明かすしかないだろう。
どこか手ごろに腰をかけれそうな場所はないかと、木の幹の周りを探して回る。するとこの場所に不釣合いな物が目に入った。
…なんだこりゃ。
扉。
木の幹の一部に木製の扉が付いていた。ご丁寧に扉に続く部分には歩きやすいように巨大な根が張ってある。
なんでこんなところに人の手が入ったものが…?
扉の隙間から少し光が漏れている。誰か居る様だ。
恐る恐る扉をノックしてみる。
…二度。
……三度。
反応がないのでドアノブを捻ってみると扉はあっさり開いた。
中はいくつかのランプに照らされ明るく、広かった。テーブルや、ベッド、タンスなど、全て木製の物が置いてあり、人の姿はない。
家主はどこに行ったのだろうか。
明かりが点いているということは、出かけていたとしても、すぐに戻ってくるつもりの筈だろうが、とりあえず家主が戻ってくるまで待たせてもらおう。勝手に椅子に座ってくつろぐのも悪い気がするので、床に座った。
木の匂いに混ざって、どこか甘い香りがする。この住家の持ち主は女性なのかもしれない。どことなく部屋の様子にも女性特有の気配りの様な物が伺える。…これで家主がムキムキの木こりのおっさんだったりしたら少し嫌だ。
こんな場所に家を建てるとは、物好きだよな…。
家主がどんな人物かあれこれ考えながら待つが、一向に姿を現さない。
いつしか目を閉じて待つ内に、眠りに落ちていた。
「……なんでこんなとこに居るんですか」
どこか、聞いた覚えのある声を聞いた気がした。
寒い…寒さに目を開けると、周囲に平原と森、少し離れてカナンが見える。
「……?」
空は少し白んでおり、山際は少し明るい。おそらくは早朝だろう。
しかし何故自分はここに居るのだろう。
確か森に迷って、そこで強大な大木を見つけ、そしてその幹に家があって…そこで寝てしまった筈だ。
とりあえずカナンに向かって歩きつつ森の方を振り返る。やはりあれだけの巨大な木があったら見える筈だが…。
俺は夢でも見ていたのだろうか?
不思議な体験に頭を捻りつつ街へ戻っていった。
宿に戻ると主人が声をかけてきた。
この人は常にカウンター付近にいる気がする。
何時寝ているのだろうか。
「あぁ、お客さん。お知り合いという方が見えてるのですが…」
「こんな時間にですか?」
誰だろう。
「それが、昨日の昼にいらっしゃって、お客様は出かけていると言ったら、待たせて欲しい…と」
「昨日の昼からって…それからずっと居るんですか??」
「はい、あれから降りてこられる姿を見ていないので恐らくは…」
首を捻りつつ階段を昇る。
ある可能性に思い至り、苦い思いをしながら自室のドアを開けた。
「…やっぱりか」
ベットに赤毛の少女が持たれかかるようにして寝ている。
エルは火炎斬りに強い関心を示していた。俺の街に戻ったら見せてやる、と言った言葉を覚えており、早速見せてもらいにきたようだ。
…何もこんな時間まで待つことはないだろう。
その執念に呆れつつエルを抱えて改めてベッドに横たわらせ、毛布をかける。
明日はルイと魔物退治に行く予定だし、火炎斬り使うわけにもいないのだが、どう謝ろう…。
とりあえずまだ時間はあるのでもう少し寝ることにする。
最近俺、まともに布団で寝れること減ったなぁ…。
そう心の中でぼやきつつ、ベッドにもたれかかり眠りについた。