洞窟から更に一日と半日ほどかかり、やっとカナンの街に戻ってこれた。まだ陽は高く、街も活気がある。
「よっしゃ、とりあえず酒呑みに行くか!」
サイはそう言って街の中にぶらぶらと歩いて行った。帰る途中までずっと落ち込んでたのに現金なものだ。
「とりあえずここで解散だ。トーマスとシュウイチ、後そっちの女も少し着いてこい」
アレスがそう言って俺とルイの方を見た。ルイーダの酒場への報告に行く様だ。エルはすたすたと俺達と違う道に入っていった。
ルイーダの酒場へと入る。今日はいつもと比べて客や冒険者が少ない。
アレスはテーブルの間を横切り、一直線にカウンターへ向かっていった。俺達もそれに着いて行く。
「ルイーダ、ちょっと報告しておきたいことがある」
「あら、何かしら」
ルイーダさんは俺達の顔を見渡して首を傾げている。
「かなり深刻な話だ。実は───」
話が終わり、アレスが一息つく。ルイーダさんは眉をひそめて少し考えてる様だ。
「この話が事実なら、すぐに何か対応を考える必要がある。…一度冒険者を集めて話し合いをするべきだ」
アレスがそう締めくくる。
「そうね…、あなた達が揃って嘘を言ってるとは思えないし、一度ここで話し合いをした方がいいわね」
ルイーダさんが軽く溜息をついた。
「これから収集をかけることになるわ、今依頼を受けてる人達のことも考えると、話し合いは一週間後位ね。ただし、それまでは他の人に他言しないこと。…いいわね?」
そういってルイーダさんは俺達の顔を見渡した。
無用な混乱をさける為だろう。皆、神妙な顔をして頷いている。
「それじゃ一週間後にここで会いましょう。くわしい日程は掲示板に書いておくわ」
ルイーダさんの言葉を聞き、俺達は解散した。
ルイーダの酒場を出て軽く伸びをしていると、少し遅れてルイが出てきた。
「シュウイチさんはこれから一週間どうするんです?依頼は受けちゃダメですし」
「そうだな…一日、二日は休むとして、それから少し魔物退治に行くかな。…今回報酬無かったし」
お金を稼がないと少しやばいかもしれない。鎧も修理できるのか聞いてみないといけないし…。
「あ、そでしたね。私も無報酬でした…」
ルイががっくりと肩を落とす。
少ししてガバッと顔を上げ、
「シュウイチさん、私もその魔物退治、着いて行っていいですか!?」
そう言って目を輝かせている。
「あ、うん、こっちとしても助かるよ」
少しその勢いに引きながら答える。
「良かったぁ、シュウイチさん、大好きです!」
ルイが満面の笑みで喜んでいる。
確かに魔法使いは一人で外に出るのは危険すぎるだろう。魔力がつきたら即アウト。誰かと組まないと、とても魔物退治にはいけそうにない。
「そんじゃ、二日後の朝にするか。集合は…南門かな」
そろそろ違う門をでたところに行ってみたくもあるが、ルイを危険にさらすわけにもいかないだろう。
「分かりましたー。それじゃまた二日後に!」
そう言ってルイは手を振り、背中を向けて歩きだそうとしてピタっと止まった。
「あ、大事なこと言うの忘れてました」
「ん?」
「ちょっとここではアレなのでこっちに…」
そういって人気の無い路地の方へ俺を引っ張っていく。
路地は狭く、人も居ないようだ。
「大事な話って何だ?」
「はい、その前にですね。確認を取っておきたいのですが…。シュウイチさんはボッコの募集を張り紙で見たんですよね?それを見て、南門に集合して、ボッコと知り合った」
「そうだけど??」
それがどうしたのだろう。
「さっき出てくる前にルイーダさんに確認を取ったんですけど、ボッコという冒険者は存在しないし、見たこともない。…少なくとも名簿には登録されていないそうです」
「そうだったのか…」
そういえば思い当たる節もある、だからルイーダさんを経由せず、
直接南門に集合、と募集をかけていたのだろう。
「それでですね、私の場合は直接ボッコが宿に尋ねてきました。人づてに私の事を聞いたと言って、あの話を持ちかけてきたんです」
ボッコが宿にくる。
奴の正体を知った今ではぞっとする話だ。
「実はですね、私はその日の昼に冒険者登録をしたばかりだったんですけど。…おかしいと思いませんか?私は冒険者になりたてで、まだこの街に親しい人も居ませんでした。ルイーダさんもボッコのことを見たこともない言ってたのに、ボッコはなんで私のことを知っていたのか」
確かに、おかしな話だ。
だとすればどうやって、ボッコはルイのことを知ることが出来たのか。
「偶然どこかで…っていうのは少し厳しいか」
「そうですね、それよりももっと自然にボッコが私の情報を知りうる可能性、ありますよね」
ルイがその日に冒険者になったことを知っている、もしくは知ることが出来たであろう人間、つまりは訓練所の人達、…もしくは登録をしたルイーダさん本人か、ルイーダの酒場で働いている人達。
頭に浮かんだ嫌な考えを慌てて打ち消す。
「…気が付きました?あくまで可能性の話ですけど、もしかするとルイーダの酒場の内部に、ボッコと同じ存在がいるかもしれません」
ありえない、とは言い切れない。
ルイーダさんや訓練所の人達の顔を思い浮かべる。あの中にそんな危険な存在が紛れているのだろうか。
「ルイーダさんは魔物ではない、という確信が持てなかったので、この話は伏せておきました。あくまでも可能性の話ですが、余りあそこの人に気を許さないで下さい」
ルイが真剣な表情でこちらを見ている。
「…でも、このまま黙ってて何か起こったらどうするんだ?」
「それは無いと思います。わざわざ自分達の天敵である冒険者の集まる場所に潜んでるくらいです。目的あってのことでしょうし、今の状況で人を襲うリスクくらい理解してるでしょう」
そう言ってルイは一息つく。
「──何か仕掛けてくるとしたら、恐らく一週間後の話し合いの場でしょうね。私やシュウイチさんにとってはまずい展開になるかも…」
そう呟いてルイはこちらに背を向けて歩いていく。
「変な話しちゃいましたね、あくまでも私の推測なので、あんまり気にしないで下さい。それじゃまた二日後に!」
そう言ってそのままルイは走り去っていった。
そのままルイの走り去った方向を見てぼーっとする
ルイはたまに人が変わったような鋭さを見せる。普段の少し軽い感じのルイと、どこか鋭いところを見せるルイ。
…どちらが本当の彼女なんだろうか。
宿に帰る前に武器屋に寄る。
鎧の修理を頼めるか聞かなくては…。
店の中は客がおらず、閑散としている。そういえばここで他の客を見たことが余り無い。
この店は採算が成り立ってるのだろうか?無駄な心配をしつつカウンターにいるオヤジに話しかける。
「すいません、この鎧のここなんですけど…修理とかってできます?」
「うーん、肩のとこだけなら80Gってとこだな」
どうやら直せるらしい。
「あ、それじゃ是非お願いします」
そう言って鎧を外し、カウンターに置く。
「あいよ、明日の夕方までには終わらせとくから取りに来てくれ」
そう言う店のオヤジの言葉を聞き、店を後にした。
宿の自室に戻り、ベッドに腰をかける。この部屋にも随分馴染んだものだ。
ここにくると帰ってきた…という実感が沸く。
明後日はルイと魔物退治に行くとして、明日はどうするかな。薬草収集に行くのもいいかもしれない。…まぁ、明日になって考えるか。
ランプを消し、ベットに横になって目を閉じる。
あの洞窟での出来事。
ルイのルイーダの酒場を信用するな、という言葉。
様々な考えが頭に浮かんでは消える。
──いつしか意識は眠りに落ちていった。