馬車を降り、村の人達と再会を喜び合う。
最初は馬車から俺が降りてきたとき村の人達は驚いていたが、すぐに俺の無事を喜んでくれた。この村の人達は相変わらず温かい。
アレス達のパーティは村長の家に向かった。彼らは今日は村長の家に泊まることになる。
ルイは俺と一緒にローレン爺さんの家に泊めることにした。
隣のおばさんに家の扉を開けてもらい、ルイを抱きかかえて中に入る。家の中は少し埃っぽさはあるがそれほど汚れていない。ルイをじいさんの使っていた部屋のベッドに寝かせ、おばさんの元に戻る。
「部屋が思ってたよりもキレイなんですけど、これは誰が…?」
「たまに掃除はしてたんだよ、あんたがいつ帰ってもいいようにねぇ」
「すいません、ありがとうざいます」
頭を下げる俺におばさんはいいんだよ、と笑う。
「それより、もう少ししたら彼女を連れて家にきな。おいしいもんを食べさせてあげるよ」
「おばさんの料理を食べれるのも久しぶりですね。楽しみにしてます」
このおばさんの名前はローズさんという。
この村に居た頃はたまにローズおばさんの料理をごちそうになっていた。ローレン爺さんは食べれればなんでもいい、という考え方の人間だったし、俺は簡単な料理しかできない上に、この世界の食材についてはまったく知らなかったのだ。俺にとってローズおばさんの料理はこの村での数少ない楽しみの一つだったのである。
ローズおばさんが出て行って少しすると家の扉がノックされる音がした。
「はいはい?」
扉を開けるとサイが立っていた。
「よう、シュウイチ。早速例の女を紹介してくれよ!」
「あーはいはい、ミランダさんね」
ちらっとルイの寝ている部屋の方に目を向ける。
…まだ起きないかな。
「分かった、今から紹介するよ。着いてきて」
「おうよ!」
家の外を出て向かい側に並んでる家の内の一軒のドアを叩く。中から ハーイ という声とドタドタと歩いてくる音が聞こえる。
「きたきたぁ!」
後ろでサイが嬉しそうにしている。
ドアが開き、豊満な肉体の女性が出てくる。恐らく体重は100キロを軽く超えているだろう。相変わらずのムチムチな肉体だ。
「あらー、シュウイチ君久しぶりじゃないのぉ。…後ろの方は?」
「お久しぶりです、こちらは僕の知り合いでサイって言うんですけど、ミランダさんの話をすると、どうしてもお会いしたいって聞かなくて…」
なにやら後ろでサイが俺の背中をバシバシと叩いてくる。
感極まってるようだ。
「あらあら、私なんかに会いに来てくださる方がいらっしゃるなんて嬉しいわ!さぁさぁ、中に入ってくださいな。お茶でもごちそうしますわ」
ミランダさんも喜んでくれたようだ。
「あ、自分は友人の看病があるのでこれで失礼します」
「あら残念、それじゃサイさんだけでもどうぞ」
ミランダさんがあまり残念ではなさそうな満面の笑みを見せている。
これ以上はお邪魔だろう。さっさと戻ることにした。
「それじゃあサイ、頑張って」
「おいシュウイチてめぇ、話が違うじゃ」
「ほらほら、サイさんこちらへいらっしゃって!あなたのことを色々聞きたいわ!」
サイは言葉の途中でミランダさんに引きずられて家の中へ消えていった。
良いことをした後は気分が良い。少し軽い足取りで爺さんの家に戻った。
家に戻り、爺さんの部屋へ行くとルイが体を起こして窓の外を見ていた。
「お、目が覚めたか」
「シュウイチさん?ここはどこですか??」
「サクソン村、俺の以前世話になってた人の家だよ」
「助かったんですね、私達…」
ルイが安堵したように胸を撫で下ろす。
「あれから街道に出たところで、他の冒険者に拾ってもらえてな。後で礼を言っとくといいよ」
さて、ルイも起きたことだし、ローズおばさんのご飯をごちそうになりに行くとしよう。
ルイを連れて家の外を出た。
ルイがきょろきょろと辺りを見回している。
「シュウイチさんはカナンに来る前に、ここで暮らしていたんですか?」
「あぁ、何もないけど、村の人達は良い人ばかりだし…良い村だよ」
夕暮れに照らされる村の風景、駆け回っている村の子供達、どこからともなく漂ってくる夕飯の香り、この光景を見ると無性に元の世界が恋しくなる。
そういえば、元の世界を思い出すことも最近少なくなってきた。
「シュウイチさん…なんか寂しそうな顔してますね」
慌てて表情を戻す。
「いや、腹減ったなーってさ。隣のおばさんがご飯用意してくれてる筈だから、食べに行こう」
そう言ってローズおばさんの家に向かって歩き出す。
…このまま少しずつ元の世界のことを思い出さなくなっていくのだろうか。
それがとても悲しいことの様に思えた。
ローズおばさんの所で夕食をごちそうになる。
「シュウイチが彼女を連れて帰ってくるなんてねぇ、この子も隅に置けないよ」
「あ、そう見えちゃいます?」
ルイが照れたように頬をかいている。
「たまたま仕事で一緒になった子ですよ。今回の仕事でずいぶんと世話になっちゃって…」
ルイが不満そうにこちらを見ている。
おばさんから見えないテーブルの下からつつくのは止めて欲しい。
「冒険者ってのは危険な仕事なんだろう?ルイちゃんはどうしてなろうなんて思ったんだい?」
「いやぁ、冒険者じゃないと出来ないことが色々とありまして…」
「色々ってなんだい?」
「それはあれですよ…色々ですよ」
ルイがアハハ…と笑っている。答えになっていない。
わざわざ冒険者になるくらいだ、この子にも色々と事情があるのだろう。
おばさんの家を出る。周囲は日が落ち、暗くなっていた。
「どうする?村長の家に行くか??今なら商人とか冒険者の話が聞きたくて、村長の家に結構人が集まってると思うけど…」
「うーん、そうですねぇ…。助けてくれた人達にお礼言っとかないとですね」
そう話しながら歩いていると、爺さんの家の前に小柄な人影が立っているのが見えた。
「あれは…エルか?何してるんだろ」
「…助けていただいた方達って、あの人のパーティですか?」
ルイの口調が少し変わった気がする。
「あぁ、そうだけど…知り合いか?」
「いえ、知らない人ですね。」
気のせいだろうか。
俺達に気付いてる様で、エルがこちらに顔を向けているのが分かる。
「どうしたんだ、そんなところで? 俺に何か用か??」
エルがこくりと頷いた。
「魔物の本…」
「魔物の本?」
一瞬間が空き、記憶が蘇ってくる。
以前に何故新種の魔物のことを知っている?と、聞かれたときに、このじいさんの家の本を読んだって答えてしまったのだ。
「魔物の本ってなんですか?」
固まっている俺を他所にルイがエルに質問している。
「最近各地で現れてる未知の魔物達の載った本。彼は以前それをここで読んだと言っていた」
「へぇ、そんなすごい本があるんですか。そういえばあのときの洞窟の魔物の名前も、シュウイチさん知ってましたもんね」
非常にマズイ。
…冷静になるんだ。何か良い言い訳がある筈だ。
「読ませて欲しい」
エルが袖を引っ張ってくる。
「あ、あぁ、とりあえず中に入ろうか」
家の中に入り二人に椅子を勧めながら口を開く。
「その本なんだけどさ、何処にしまってあるか分からないんだ。…タイトルも覚えてないし」
諦めてくれ!
そう祈りつつ言い訳をする。
「分かった、それではこの本棚を探させて欲しい」
そう言ってエルは、本棚の本を端からパラパラと流し読みし始めた。駄目だ、この子はこの程度の言い訳では諦めない。
「シュウイチさん、本の色くらいは覚えてないんですか?」
ルイが余計な援護をしてくる。
「あー、うん、色もサッパリ覚えてないんだ」
「シュウイチさん、忘れっぽいですね」
やかましい、そもそも知らないものを覚えている筈がない。
エルはすごい勢いで本を探している。魔物の絵が並んでる本だけを探して一気に流し読みしている様だ。この勢いでは全ての本を確認し終わるまで十分もかからない。
「ところで、シュウイチさんがお世話になってたって人はどこに居るんですか?」
ルイが首を傾げている。
そういえば爺さんのことを言って無かった。
「死んだよ、…魔物に殺されたんだ」
ルイが驚いた顔をした。
エルも本をめくる手を止めてこちらを見ている。
「…ごめんなさい」
ルイが俯いた。
気を使わせてしまったらしい。
「いや、別に謝る必要ないだろ。ちゃんと説明してなかったのは俺なんだし…」
部屋が静かになり、エルが本をめくる音だけが聞こえる。
少し間を置いてルイがポツリと口をひらいた。
「…シュウイチさんはそれで冒険者になったんですか?」
「ん、そうだな。魔物で大切な人を失くす人を、少しでも減らしたかったのかな…」
――もしくは…憎悪かもしれない。
「そうですか…」
ルイは再び俯いて何か考え込んでるようだった。
空気が重い。
「無かった」
エルの声に本棚の方に目をやると、エルがこちらをじっと見ている。
しまった、こちらの対応を考えて無かった。
「あー、もしかしたらじいさんが捨てちゃったのかな?ここ以外に本置いてないし…」
そう言うとエルはこちらをじっと見た後、
「残念…」
と、ぽつりと呟いた。心なし落ち込んでるようにも見える。普段感情を見せないだけに、とても申し訳ない気分になってくる。
「悪い、変に期待させちまったみたいで…」
そう謝った俺にエルは首を振り、口を開いた。
「興味のある本が何冊かあったので、読ませて欲しい」
「あぁ、構わないよ。好きなだけ読んでくれ」
そう言うとエルは本棚から次々と本を抜き出し、テーブルに積んでいく。…何冊読む気だ。
「…すごいですね」
ルイがその光景を見て唖然としている。どうやら考え事は終わったようだ。
しばらくエルの本を読む様子を二人揃って眺めていたが、我に返ったのかルイも本棚を漁り始めた。
「あ、これなんか面白そうかも」
そう言って本を読み始める。
なんとなくそれに釣られて、俺も適当に本棚から本を取り出し読み始めた。
それから二時間ほど経ったが、俺とルイが入れ替わりで風呂に行ったとき以外、未だに三人揃って黙々と読書を続けている。
他の人から見るとかなり異様な光景かもしれない。
「…眠くなってきちゃいました。あの部屋で寝ちゃっていいですか?」
ルイがあくびをしながら立ち上がった。
「あぁ、構わないよ。おやすみ」
「おやすみなさいー。…あ、シュウイチさん一緒に寝ます?」
「…さっさと寝ろ。」
「はーい」
ルイは笑いながら爺さんの部屋に入っていった。
エルの方を見るが未だに本を読むのを止める気配はない。
「お前は寝なくて大丈夫なのか?」
「平気」
「そっか」
…もう少し付き合うか。
再び本の続きを読むことにした。
ゆっくりと目が開き周囲を見渡す。
テーブルの向かい側にエルが突っ伏している。どうやら自分はいつの間にか寝てしまってした様だ。今何時くらいなのだろう、時計が無いので分からない。
…とりあえずエルをどうにかするか。
少し考え、エルを自分の部屋のベッドに運ぶ。
「ん…」
ベッドに寝かせると軽く身じろぎをしたが起きては居ないようだ。
さて、どうするかな。
自分の寝る場所がない。
一瞬、ルイの一緒に寝ません?発言が頭に蘇るが即座に否定する。その次にエルの横に寝る自分を想像し、再び頭を振る。
何を考えてるんだ俺は。
よく考えるとじいさんと二人で暮らしていた為余分な毛布も無い。
…まぁそれほど寒くもないし、一晩くらいなら平気か。居間のテーブルに再び突っ伏して寝るとしよう…体が痛くなりそうだが。
居間に戻るとエルの読んでいた本のページに目が留まる。
『ラーの鏡にまつわる伝承』
「…この世界にも存在したのか」
まぁいい。今は眠いし…明日にするか、もしくはカナンに持っていこう。
ランプを消し、再び眠りについた。