洞窟のあった森を抜け、果てしなく広がる平原に出る。周囲は夜が明けたばかりで気温が少し肌寒い。
洞窟を出た俺達はその場で少し休憩を取った。
一息つき、「では出発しましょう」 というルイに、
もう少し体力と魔力が戻るまで休んでいこうと俺は提案した。
昨日の朝から寝ずにいたのだ。俺はまだしもルイの体力は持たないだろう。
だが俺の提案に、ルイは首を横に振った。俺の左肩の傷は、一刻も早く回復魔法を受けさせないとまずいらしい。
こうして俺達は再びカナンを目指して進むことになった。
「シュウイチさん大丈夫ですか?」
この質問も何度目だろう。ある程度の距離を移動するたびに、ルイは何度も俺の調子を聞いてきた。
「薬草が効いてきたみたいだ、だいぶ楽になったよ」
ルイが少しほっとしたような表情になる。
…これは嘘だ。
左腕の感覚は確かに戻ってきだしたのだが、楽になったどころか、感覚の無くなっていた左肩に再び激痛が走るようになってきた。痛みが頭の芯まで響いてくる。
だが弱音を吐いてもいられない。
終わりの見えない道のりをただひたすら西に向かって歩く。
二時間ほど歩いただろうか、後ろで何かが倒れる音に振り向くとルイが倒れていた。
「ルイ!?」
抱き起こし、ルイの顔色を伺う。
呼吸が荒い。
額に手を当てると、僅かに熱もあるようだ。
…やはり体力に無理があったのだ。
魔力を使い切ってたのはルイも同じ。冒険者になりたての女の子が、この状態でカナンまでの道のりを歩くのは、元々無理があったのだろう。それをこの子は俺の肩の傷を気遣って、一切疲労を口にしなかったのだ。
…とりあえずここでルイの意識が戻るまで待つか?
だが、状態が悪化しないとも限らない。下手をすると二人ともここで野垂れ死にだ。
どうすればいい…よく考えるんだ。
こんな場所では他の人の助けは望めないだろう。とりあえず安静にできる場所を探すか…?
いや、サクソンとカナンを結ぶ街道ならあるいは…!
ルイを背負い立ち上がる。
「──ッ!」
今までにない痛みが左肩に走る。おそらく傷口が開いたのだろう。
痛みに耐えつつ歩き出す。街道に出るだけなら、それほど時間はかからない筈だ。
──街道になんとかたどり着いた。
道の脇にある岩陰にルイを横たわらせ、自分も岩にもたれかかり一息つく。
後はここでルイの様子を見ながら、馬車が通りかかるのを祈るしかない。
左肩を見る。
馬車が一切通らず、時間がかかってしまったらもうこの左腕は二度と使い物にならなくなるかもしれない。
…仕方ないよな、やれるだけのことはやったんだ。いざとなったら魔法使いにでも転職するさ。
そう自分に言い聞かせる。
そのまま意識がゆっくりと落ちていった。
「おーい、あんたら大丈夫かぁ?」
誰かの声で目を覚ます。
目の前には馬車が止まっており、手綱を握っている御者がこちらを見ている。
…どうやらまだ神に見放されてなかったようだ。
「すいません、ちょっと連れが熱を出してしまって…。乗せていっていただけませんか?」
俺の頼みに御者は快く頷いてくれた。
馬車から人が降りてくる。
見覚えのある金髪ロンゲ姿。更にトーマス君やサイも馬車から降りてきた。
「お前、こんなところで何やってんだ?」
「よう、ア……ロンゲ」
「アレスだ!」
そんな名前だったか。
見知った顔を見て助かった、という思いが広がる。
「シュウイチさん、酷い怪我をしてるじゃないですか!」
トーマス君が杖を取り出し、手を掲げる。
「べホイミ!」
体が淡い光に包まれ、左肩の傷がみるみる内に塞がっていく。
「おぉ、これはすごいな…」
俺の居た世界にこの力があればどれだけ便利だろう。医者は仕事が無くなるかもしれないが。
トーマス君がルイの方に視線を送った。
「そちらの方もどこか怪我をしているのですか?」
「いや…この子は単純な疲労と、それからくる発熱だと思う」
「おい、とりあえずこの女を馬車に乗せるぞ。シュウイチ、お前は馬車の中でこの女を受け取れ」
そういえばアレスに初めて名前で呼ばれた気がする。
「分かった」
馬車の中に乗り込もうとするとエルが馬車の中からこちらを見ていた。軽く手を上げて挨拶しておく。
「よう、ちょっとお邪魔するよ」
エルはこくりと頷いた。
アレスとトーマス君が抱え上げてきたルイを受け取り、馬車の中に横たわらせる。
外に居たメンバーが次々に馬車に乗り込んできた。貨物を積んでいることもあってだいぶ狭い。
「……ったく、とんだお荷物拾っちまったな」
アレスがぼやく。
「シュウイチ、なんであんな場所に居たんだ?」
サイがこちらに質問を投げかけてきた。
「話すとちょっと長くなるんだけど──」
話終わり、全員の顔を見渡す。皆半信半疑といった表情だ。
…エルは相変わらず表情が変わっていないが。
アレスが髪をかき上げながら口を開く。
「人語を解し、人に化ける魔物か…にわかに信じがたいな。そんなもの御伽噺の中でだけで十分だ」
「でもシュウイチさんが怪我をしていたのは事実だし、嘘を言っている様にも思えないよ」
これはトーマス君だ。
「疑うなら、帰りにでも俺の言った洞窟に寄ってくれればいい。まだ犠牲者の遺体が残っている筈だ」
「悪いがそうさせてもらおう、これが本当の話ならルイーダの酒場に報告しなければならない。…いや、それどころか一度冒険者を全員集めて、話し合わないといけないかもしれないな」
アレスが深刻な顔をしている。
馬車が急にスピードを落として止まった。
「兄さん達、魔物が出たぞぉ!」
御者からの言葉にルイを除く全員が馬車から飛び出す。
キラービーが二体にバブルスライムが一体。
この程度なら麻痺や毒に気をつければ問題ないだろう。
サイが御者の前を守るように立ちふさがる。
「ヒャド」
エルの放った氷柱がバブルスライムに突き刺さる。
俺とアレスがキラービーに向かって駆け出す。怪我が治ったせいか、体がとても軽くなったように感じる。
キラービーが少し上空に逃げ、こちらを伺うように飛び回る。アレスが横でもう一体を切り伏せているのが横目に見えた。キラービーが横からこちらに急降下してくる。突き刺そうとしてくる針を横にかわし、すれ違いざまにキラービーを切りつける。思ったよりも軽い手ごたえに後ろを振り向くと、キラービーは斜めから真っ二つになっていた。
すごい切れ味だな…。
手の中の鋼の剣を見る。陽の光を反射して刀身が眩しく輝いていた。
「お前…」
アレスの呟きとサイの口笛を鳴らすのが聞こえる。ゴールドを拾って再び馬車の中へ乗り込んだ。
馬車に揺られながら色々サイやトーマス君と話をする。
彼らは護衛の依頼でサクソンに向かっており、もう少ししたらサクソン村に着くようだ。
確かに周りを流れる光景に見覚えがある。
「シュウイチはサクソンの出身なんだよな?あそこにいい女はいるか?」
サイが真顔で聞いてくる。
こいつの頭は女か酒で埋めつくされているに違いない。
「あぁ、ミランダさんっていう未亡人が居てな。ムチムチのすごい体をしてるよ。…良かったら紹介しようか?」
「おおおお、シュウイチお前っていい奴だなーー!」
サイが感激したように手を握ってぶんぶん振ってくる。そこまで感激してくれると俺としても嬉しい。
ミランダさんも夫を亡くしてから寂しいと言ってたし、喜んでくれるかもしれない。
アレスがくだらない、と言った表情でこちらを見ている。あの顔だ、きっと今まで女に不自由したことがないんだろう。トーマス君は苦笑している。
横で寝ていたルイが身じろぎする気配がする。起きたのかと思ったがまだ眠っているようだ。
この子にもだいぶ迷惑をかけたな…。
カナンに帰ったら好きなだけ飯を奢ってやろう。
…あれ?
なにか大切なことを忘れている気がする。
……何だっけ。
………!!
「あああああああ!!」
突然叫び出した俺に皆が驚いた顔をしてこちらを見ている。
「どうしたシュウイチ?」
サイが怪訝そうな顔をして聞いてきた。
「そういえば…こんだけ死ぬ思いしたのに報酬もらえないじゃん!!」
そう、そもそもあの依頼自体が作り話なのだ。報酬なんてもらえる訳がない。
「まぁ…そんなに気を落とすなって。今度一杯奢ってやるからさ」
サイがポンポンと肩に手を置いてくる。
肩の部分が壊れた青銅の鎧もどうにかしないといけないのに…。
でもよく考えてみるとこの鋼の剣は2000G位した筈だ。それを考えると逆にすごいプラスなのかな。
ふと視線を感じ顔をそちらに向けるとエルがこちらをじっと見ている。
「あぁ、ごめんな、うるさくして」
エルが首を振る。
「あなたが居て丁度良かった」
何の話だろう?
「着いたぞぉい!」
御者の言葉に前方に目を向けると見慣れた村が見えた。この村を出た頃と変わった様子はない。
…村の人達は元気だろうか。
馬車はそのまま、俺の第二の故郷とも言える村の中へ入っていった。