約束の日の朝、少し早めに東門に行くと既にボッコと背の高い髭を蓄えた男が待っていた。
「おはようございますシュウイチさん、こちらは僧侶のロランさんです」
「どうも戦士のシュウイチです」
軽く頭を下げる。
髭を蓄えた男は柔和な笑みで、
「はじめまして、ご紹介に預かりましたロランです」
と丁寧にお辞儀を返してくる。
髭で多少年齢が分かりづらいが三十代前半くらいだろう。あと一人は見つかったのだろうか。
聞いてみることにする。
「あと一人は見つかったのか?」
「えぇ、魔法使いの方を探し出すことが出来ましたよ。そろそろ約束の時間なので、来ても良い筈ですが…」
ボッコがそう言って街の中の方に目を向ける。釣られて俺も街の中の方に目を向けると、こちらに走ってきている人がいるのが目に入った。
「あれじゃないのか?」
「えぇ、彼女がそうです」
長い黒髪のストレートヘアの女の子で、身長は低い様に見える。その子は俺達の前にピタっと立ち止まるとアハハ…と笑い出した。
「いやー、すいません。ちょっと寝坊しちゃって」
結構綺麗な顔立ちをしているのだが、顔に似合わず軽いキャラの様だ。年齢は十代後半…といったところだろう。
改めてお互いに自己紹介をし合う。彼女の名前はルイというらしい。
「へぇ、お名前シュウイチっていうんですか。シュウイチさん結構カッコイイですね」
そう言ってこちらを見上げてくる。
「あぁ…そりゃどーも」
なんと答えていいか分からず曖昧に返事を返す。あまりにもあっけらかんと言われてしまったせいか照れや嬉しさが沸いてこない。
「それでは行きましょうか。夜には洞窟に着くでしょうから、順調にいけば明日には戻ってこれると思いますよ」
ボッコの言葉で東門を出発した。
ひたすらボッコの先導の元、歩く。
ルイがなにかと、
「シュウイチさんって何か趣味あります?」
とか、
「今度私とお食事でもどうですか?」
とか纏わりついてくるので前を歩くボッコとロランから十メート近く距離が開いてしまっている。
あぁ、これは思ったよりも辛い旅になるかもしれない。
内心溜息をついていると小声でルイが呼びかけてきた。
「シュウイチさん、シュウイチさん」
「ん、何かな…」
「そのままどうでもいい会話をしてる振りをしてください」
ん…?
「おかしいと思いません?この依頼」
「……確かになんか変だなーとは思ったけど」
なんかこの子雰囲気変わったか?と思いつつ、こちらも小声で返す。
「鉱石を富豪が欲しがってるって、一見筋は通ってるように聞こえるけど、私達みたいなぺーぺーの冒険者が行ける場所にある鉱石を8000Gも出して買い取る様な物好き居ると思いますか?」
「…ただの物好きなんじゃないのか?」
「それに鉱石を運ぶっていうのに、馬車じゃなくて徒歩ってのもおかしな話ですよね?」
確かにそれには違和感を感じる。
「それじゃ何だってんだ?それこそ俺達ぺーぺーの冒険者を連れ出してきても何の意味もないだろう」
「そうなんですよねぇ、それがなんだか分からなくて…」
そういってルイは何か考え込むような素振りをしている。
考えすぎではないだろうか。
「杞憂じゃないのか?」
「杞憂ってなんですか??」
「なんだ知らないのか、昔…中国の杞って国に天が落ちてこないかって心配している男の話があってな。考えても無駄な心配する有様のことを言うんだよ」
確かこんな意味合いだった筈だ。
「へぇ……そうなんですか。それでそのチュウゴクっていうのはシュウイチさんの故郷ですか?」
ルイが首を傾げてこちらを見ている。
…しまった、少し気を抜きすぎてたか。
こちらの人間には中国と言っても分かる訳がない。
「…まぁ、そんなとこだ」
「お二人とももう少しペースを上げてください。距離が離れてしまってますよ!」
「あ、はーい」
ボッコの呼びかけにルイは小走りで向こうに駆けていった。
そう、考えすぎだろう。
不吉な予感を否定するように軽く頭を横に振り、ルイと同じく小走りにボッコの後を追っていった。
目的の洞窟までの道中、敵とはまったく遭遇せずに済んだ。洞窟に着いたのはボッコの言った通り、すっかり辺りが暗くなってしまってからだった。
森の奥まったところの山肌にぽっかり大きな穴が空いており、洞窟の中は暗く、松明を照らしただけでは奥の方は見えなかった。
「この奥にあるのか?」
「はい、この洞窟にある筈です。私も初めてここに来ますので、この中のどこにあるかまでは探さないと分かりませんが」
俺とボッコの声が反響して木霊する。
「うわー、すっごい奥まで続いてそうですねぇ」
そう言うルイの声も大きく反響している。
結局ボッコ、ロラン、ルイ、俺の順番で進むことになった。ボッコと俺は松明を片手に持っている。
俺達の靴音だけが反響して響く。辺りはどこまでも暗く、圧迫感を感じる。
考えてみると洞窟に入るなんて生まれて初めての体験だ。
背後から何か得体の知れない物が沸いてくるような気がして、ついつい何度も後ろを振り返ってしまう。
やばい、これは下手なお化け屋敷よりよっぽど怖いぞ…!
心臓の鼓動が激しくなっているのが分かる。そんな俺を見てロランが優しく微笑む、
「大丈夫です、神のご加護が私達を守ってくれますよ」
「シュウイチさん、怖かったら手を握ってもいいですよ?」
ルイの言葉はスルーした。
しばらく歩いていると道が途中で左右に分かれていた。左側は中腰に屈まなければ通れないほど縦幅が狭い道になっており、
右側の方はふたり並んで通れない程度に横幅が狭くなっている。
ボッコがそのまま立ち止まらずに左側の道に行こうとした瞬間、
「あぁぁあああああああ!!」
「うおおおお!?」
急にルイが叫び声上げ、釣られて俺も叫ぶ。
慌てて周囲を見渡すが何も見当たらない。
「どうしました…?」
ボッコが尋ねる。
「と…」
「と…?」
俯いたままのルイの言葉に続きを促す。何が起こったんだ…。
「トイレいきたくなっちゃいました」
ルイの言葉に場がしらけていくのを感じる。
ルイ以外の皆が一斉に溜息をついた。
「ちょっと外に行ってくるので、シュウイチさん付いてきてください」
「へ?ちょっと待て。なんで俺が…」
「だってシュウイチさん松明持ってるじゃないですか」
「それなら皆で出ればいいだろう」
「ヤですよ、トイレに皆を連れ回すなんて恥ずかしい」
ルイと俺のやり取りにボッコが軽く溜息をつき、
「分かりました…シュウイチさん、付いて行ってあげてください」
と言った。
「さーさー、シュウイチさん急いで!そろそろ我慢の限界なんです」
グイグイと手を引っ張るルイの言葉に、
「分かったよ…」
渋々付いていくことにした。
洞窟の外へ出る、先程まで感じていた圧迫感が消えて少し気分が良い。
「シュウイチさん」
「あぁ、ここで待ってるから松明持っていけよ。余り遠くに行くなよ?」
「そうじゃなくてですね」
「ん、どした?」
一息おいてルイが話し出した。
「私こう見えて結構鼻がきくんですよ。小さい頃もそれで犬鼻のルイちんとか呼ばれたりしちゃって。…女の子に向かって犬鼻はないと思いません?」
何が言いたいんだこの子は。
「思い出話はいいから先にトイレ行ってこい!」
「あぁ話が逸れてしまいました、そうではなくてですね…」
「──先程の分かれ道、左側から強い血の匂いと腐敗臭がしました。あのボッコという男は、意図的にそちらの方向へ誘導している節があります」
一瞬何を言っているのか理解できなかった。
「あのままあの男の誘導されるままに進むのは危険なので、少しお芝居をさせてもらいました。今すぐここから離れましょう」
そう言ってルイが俺の手を引っ張る。
「おい、疑いすぎじゃないのか。ロランさんはどうする??そもそもなんでそんな考えに行き着いた?」
俺の様子にルイが軽く溜息をつく。
「ここでのんびり説明している暇はありません。移動しながら説明します」
そう言って再び手を引っ張るが俺は動かない。
まだ判断に悩んでいた。
「シュウイチさん、今は私を信じて下さい」
ルイが真っ直ぐこちらの目を見てくる。
「……分かったよ、行くから説明してくれ」
足早に歩きながらルイの説明を聞く。
「シュウイチさんは違和感を感じませんでしたか?」
「何が?」
「ボッコは初めてあの洞窟に来たと言ってたんですよ?なのにいざ洞窟に入ってみると、スタスタと先に進んじゃうじゃないですか」
言われてみれば確かにそうだ。
普通あんな暗闇を歩くときは足元を警戒する。だがボッコはそんな素振りを一切見せなかった。
「そしてあの分岐ですね、あの分かれ道に遭遇したら普通の人は右を選びます。…何故だか分かりますか?」
「……左は屈まないと通れない道だったからか」
「そうです、普通の人は移動し辛い道よりも、通り易い道を優先します。なのにあのときもあの男は迷わず左に進もうとした。そして不審に思ったところにあの匂いです」
「言いたいことは分かった…でもなんで俺だけに話したんだ?ロランさんもまさか共犯なのか?」
「いえ…ロランさんはどうなのか分かりません。ただシュウイチさんは以前から見知っていたので安全だと確信していました。あの状況でボッコだけを置いて抜け出すのも困難でしたし、ロランさんが何も知らなかった場合、私は彼を見捨てたことになります…」
ロランさんはそんな危険な状況で取り残されたのか。彼がボッコと組んでいる可能性もあるが…。
「…私のことを軽蔑しますか?」
ルイが俺の目をじっと見ている。
「いや、そんなことはないさ」
落ち着いて答える。
それに俺にそんな資格はない。脳裏に燃え上がる村の光景が浮かぶ。
「シュウイチさん…?」
立ち止まった俺にルイが訝しげに声をかけてくる。
「俺、洞窟に戻るよ。君はこのままカナンに帰れ」
俺の言葉にルイが反論してくる。
「危険です、あの血の臭いの強さは普通じゃない。戻れば間違いなく命に関わりますっ」
確かにそうだろう、俺の中の何かがずっと引き返すなと警鐘を鳴らしている。
「そうかもしれない、今も怖くて仕方ないしな…。でもここで帰ったら、ずっと後悔し続ける羽目になるんだ。俺にはもうそっちの方が耐えられないよ」
あんな屈辱は二度と味わいたくない。
「…分かりました、引き返しましょう」
「ルイが無理して付き合う必要はないよ」
「カッコイイこと言ってますけど、私一人でどうやって帰るんですか。魔物に襲われたらか弱い女の子一人じゃお仕舞いですよ?」
確かにそうだ。ルイの安全のことまで頭が廻ってなかった。
「そんな顔しないでください。申し訳ないと思ったなら、帰ったときにご飯奢ってくださいね?」
そういって笑いながらこちらを見上げてくる。
「分かったよ、好きなだけ付き合おう」
苦笑して答える。
「約束ですよ?では急いで引き返しましょう」
「分かってる!」
俺とルイは洞窟まで走って引き返し始めた。