俺の銅の剣が人面蝶を切り裂く!
ボッコの竹槍がバブルスライムに突き刺さる!
イワンは転んで動けない!
トム座って様子を見ている!
戦士の洗礼を受けた影響があるのだろう。この程度の相手は苦にならなくなってきている。
もう一体の人面蝶を切り裂き、一息つく。
「ふぅ、なんとかやれましたね」
額の汗を拭いながら細い目を更に細めてボッコが微笑む。
「うん、まぁ、なんとかなったっていうか…」
地面でジタバタともがいてるイワンに顔を向ける。
「なぁイワン…その鎧脱いだ方がいいんじゃないか?」
「い、嫌ですよ。この下パンツしか履いてないのに恥ずかしいじゃないですか!」
なんで鎧の下がパンツ一枚なんだ。
「もうその役立たず置いていかないか?こんな奴居なくても、敵なんて僕の魔法で焼き尽くしてやるさ」
「そんなぁ…」
トムの言葉にイワンが情けない声を上げる。
「さっきは俺が焼き尽くされそうになったけどな…」
俺の呟きをトムは聞こえなかったかの様にそしらぬ顔をしている。
───話は少し前、南門を出たところに遡る。
南門を出て最初に出会った魔物は大アリクイが三体だった。
まだこちらに気付いていない。
「気付かれない内に一二の三でいきましょう」
ボッコの言葉に頷き、
「じゃあ俺は右の奴を」
銅の剣を構える。
その横でイワンが鋼の剣を構える。
「ぼ、ぼぼくは、ひ、ひだりのやつ」
どもりすぎだ。
「いきますよ、一、二の…三!」
ボッコの合図で大アリクイに向かって走る。
するといきなり背後から、
「メラ!」
という声が聞こえ、俺の顔のぎりぎり横を火の玉が追い越して目の前の大アリクイに当たる。
頬の部分が少しヒリヒリと傷む。
少し遅れて何が起こったか理解し、冷や汗がどっと出てきた。
「お、おい。どこ狙ってんだ!」
慌てて振り返りトムの方を見るがなにやら目つきがおかしい。
「ふふふ…ははは!メラ!メラァ!!」
次々と火の玉が飛んでくる。
「うわっ、ちょ、落ち着け!こっちに敵はもう居ないって!!」
飛んでくる火の玉を死にもの狂いで避けながら叫ぶが一向に止める気配がない。
何発避けたのだろうか、火の玉が飛んでこなくなりトムの方を見ると、体を地面に投げ出す様にして座り、荒い呼吸をしながらこちらを見ている。
「ど、どうだ僕の魔法はっ…」
背後を見るとボッコが二体目の大アリクイに止めを刺しているところだった。
焼け焦げているのは俺が切りかかろうとした一体だけで、残りは二体はボッコが一人でやったらしい。
イワンは途中で転んだようで、ジタバタともがいている。
「…どうだも何も最初の一発しか当たってないって」
呆れて言う俺にトムは顔をしかめ、
「君が目の前をチョロチョロするから気が散って当たらなかったんだよ」
とこちらを睨み付けてきた。
なんなんだこいつは。
こちらも負けじと睨み返す。
険悪な雰囲気になった俺とトムの間をボッコが割って入る。
「まぁまぁ二人とも落ちついて、次はうまくやりましょう」
トムは不快そうに鼻を鳴らしそっぽを向いた。とりあえずイワンを助け起こしに行くことにする。
「大丈夫か?」
潰れたカエルのような姿が哀愁を誘う。
「す、すいません。ちょっと緊張しちゃって転んじゃいました」
「あんたは魔物と戦うのは初めてか?」
「はい…」
「なら仕方ないさ、俺も初めて魔物と戦ったときは散々だったし」
そう言って慰めておく。
「さて、それではそろそろ行きますか」
ボッコの言葉に魔物を探して再びあても無く歩き始めた。
───そして現在に至る。
トムが魔力切れで疲れたと言い出したので少し休憩することになった。結局あの男は最初の大アリクイ一体を倒した以外、何もしていない。
…イワンはそれ以上に何も出来てないが。
もう少しイワンがどうにかならないかものかと、色々試行錯誤してみることにする。
「こういうのはどうだろう、腰から下の部分だけ外してみるとか」
「えー、パンツ見えちゃうじゃないですか」
「パンツがあるだけマシだろう。さっきから転びまくってるのも、その足装備が引っかかってるからかもしれないし」
「は、恥ずかしいなぁ…」
イワンがもじもじと足装備を外しだす。そういう仕草は男がやっても気持ち悪いだけだ。
「ど、どうでしょう?」
「…………」
視覚的にかなり問題があった。
上半身は鉄の装備で目以外見えなくほど固められているのに対し、下半身はステテコパンツ一枚。足から伸びたスネ毛がなんともいえない味を出している。これで街を歩いたら間違いなく変質者扱いだろう。
「シュウイチさん?」
何も言わない俺にイワンが訝しげな声をかけてくる。
「うん…い、いいんじゃないかな。ちょっとそこを全力で走ってみなよ」
「分かりました、やってみます!」
徐々にスピードを上げてドタドタと走り始めるイワン。やたらと上半身がふらついている。
あ、上半身だけ重いからバランス悪かったかな。
そう思った瞬間にイワンがヘッドスライディングのように地面へ頭から突っ込んだ。
そのままがぴくりとも動かない。
その有様を見てトムが腹を抱えて笑っている。ボッコは元々目が細いので笑っているのかどうか判別がつきにくい。
──結局イワンが意識を取り戻すまでそれから更に五分ほどかかった。
辺りは夕焼けで赤く染まっている。
「いやー、皆さん今日はお疲れ様でした」
南門に戻ったところでボッコが皆に今日魔物の落としたゴールドを配る。
42G、あの程度の強さの魔物の落としたゴールドを分配するとこんなものだろう。
「ふん、これっぽちか」
「す、すいません僕全然お役に立てなくて…」
トムとイワンがお金を受け取り帰って行く。
さて、俺も帰るかな。
そう思って宿の方向に帰ろうとするとボッコに呼び止められた。
「シュウイチさん、ちょっとこれからお時間よろしいですか?」
ルイーダの酒場は食事時の人々で賑わっている。
店内は混んでおり、二日程前にエルと食事をした隅の席に座ることになった。果実酒を一口飲んで目の前の男に視線を戻す。
「それでお話っていうのは何かな?」
ボッコは細い目でじっとこちらを見ている。
「シュウイチさんに耳寄りなお話がありまして…」
「耳寄りな話?」
「えぇ、ここだけの話ですので他言無用でお願いします」
ボッコは声を潜めて少し顔をこちらに寄せてくる。
「実は私、この街の富豪に知り合いが居りまして…。その知り合いからちょっとした、頼まれごとをされたのです」
…ほう。
「それで…?」
「その頼まれごとというのが少し厄介でして…。東のとある場所にある洞窟でしか取れない鉱石を少し取ってきて欲しいとのことなんですよ」
…大体話が見えてきた。
「…その鉱石を取りに行くのを手伝えってことかな?」
「お察しの通りです」
でも少し引っかかる。
「なんで俺なんだ?自分でこんなことを言うのもなんだけど、俺より強い冒険者なんてそこらにいくらでも居るだろうに」
「ランクの上の冒険者を引き入れるとなると、分け前を多めに寄越せと言われかねませんからね。低ランクでそこそこ腕の立つ人間が欲しかったんですよ」
なるほど。
「となると、今日のパーティ募集もその選考の為に集めたようなもんか?」
「えぇ、思ったよりも人数が集まらなかったのと、使えない連中が集まったのは誤算でしたが…。あなたが居たのが唯一の救いでしたね」
そう言って目を更に細める。
使えない連中って…。
この男は思っていたよりも腹黒い人間の様だ。
「人数はなるべく少人数が好ましい。…四人くらいでしょうか。私に貴方、僧侶と出来れば魔法使いを引き入れたいところです」
「まだ受けるとは言ってないんだけど…」
「えぇ、無理にとは言いません。今回の話はルイーダの酒場を一切通さない、言わば個人的な依頼になりますので、ランクが上がることもありませんからね」
ボッコが言葉を続ける。
「ただし、その分報酬は破格です。報酬は8000G。その8000Gを四人で分配することになります。…後々揉めないように言っておきますが割合は私が4、他の三人が2です」
それでも一人頭1600G、以前の護衛の報酬が700Gだったのを考えると確かに破格だ。
「…どうでしょう。悪い話ではないと思うのですが、受けていただけませんか?」
ボッコが目を細めたままこちらをじっと見てくる。
1600Gもあれば装備の新調も出来るな…。少し怪しい気もするけど…何事も経験だ。
「分かった、引き受けよう」
「そうですか、こちらも助かります。では明後日の朝に東門でお会いしましょう。それまでに人数は揃えておきます」
そう言ってボッコは立ち去っていった。果実酒を飲み干して一息つく。
…とりあえず、明後日までに色々と準備を整えとかないとな。