さすがに夕飯時なだけあってルイーダの酒場も賑わっていた。
所々であがる笑い声や食器の立てる音が騒々しい。バニーの格好をした店員が忙しそうにテーブルの間を行き来していた。ルイーダさんもカウンターに居る客の相手で忙しそうだ。
隅の方のテーブル席が空いてたのでそこに座ることにする。向かい側の席にエルが座る。
「さて何にしようかな…。」
少し考え、パンにスープ、肉料理とサラダの組み合わせにする。
パンではなくお米が食べたいところだが、生憎この世界にそんなものはない。この地方にないだけかもしれないが。
基本的にはこの世界の料理も前の世界と大差はない。牛も存在するし、野菜も元の世界と似通っている物がある。果物は未だに未知の領域だが…。
「エルは決まったか?」
エルが頷いたのでバニーさんを呼び止めて注文する。エルはパンにスープ、サラダの組み合わせの様だ。
でもこの忙しさだと注文した品はなかなか来そうにない。待ってる間エルと話してることにする。
「エルは冒険者始めてどのくらいになる?」
「…二年」
彼女は15~17歳位にしか見えないから冒険者を始めたのは13~15歳位ということになる。冒険者に年齢制限はないのだろうか。それとも見た目が幼いだけで実はもう少し大人なのかもしれない。
相変わらず表情から感情が読めない。他に話す話題はないだろうか。
何か無いかなと考える。
そうだ、魔法について少し質問しよう。
「あのさ、俺ギラとかホイミを使えるように…なりたいんだけ…ど?」
「…?」
なにか重大なことを見落としている気がする。俺の様子にエルがきょとんとしている。
…そうだ!
「やっちまった!先に戦士に転職しちまったーーー!」
あぁ、取り返しのつかないミスをしてしまった…。
思わず頭を抱える。どうして俺はこうなのだろう。
「あなたの行動は間違ってはいない」
エルの言葉に顔を上げる。
「ギラを覚えたとしても、戦士に転職して魔力の落ちたあなたでは恐らく、まともに発動すらできない。仮に発動したとしても、強い疲労感に襲われて体が動かなくなると思う」
エルがそのまま言葉を続ける。この子の声は涼やかで心地良い。
「──ホイミも同じ、傷を治す代わりに動けなくなるようでは使い物にならない」
確かにそれでは意味が無い。
「トーマス君は出来るって言ってたのにな…」
俺はもしかして想像以上に駄目な子なのか。
「彼なら魔力が多少落ちても魔法は使いこなせる。僧侶として魔法を扱い、魔力も普通の人より遥かに成長しているから。…要するに魔力の総量の問題」
なるほど。
戦士に転職してからも魔法を使おうとするなら結局、先に魔法使い、もしくは僧侶に転職してある程度修行しておかないといけないということになる。
「そっか…、じゃあさっさと戦士になってしまってもあまり問題なかったってことかな」
「すいません、お待たせしましたー!」
料理をトレイに乗せたバニーさんの言葉で会話を打ち切る。
鉄板の上で肉がジュウジュウと音を立てており、香ばしい匂いが食欲をそそる。
それから食べ終わるまで二人とも黙々と食事をした。
店を出ると涼しい風を感じる。
火照った体に丁度いい。
「あぁ、そういえばエルって自宅に住んでるのか?それとも宿屋住まい?」
「宿をとってる」
「そっか、それじゃ宿まで送るよ」
そういってエルの横にならんで歩き出す。
さすがにこんな時間に女の子一人で帰らせる訳にもいかない。
大通りもこの時間になると人気が少ない。たまに酔っ払いらしき人が地面に横たわっている。
歩きながら先程の会話を思い返す。
結局ギラもホイミもお預け、あるのはメラだけか…。
こっそり溜息をつく。
そういえばメラも戦士になってから一度も使っていない。メラも発動しないんだろうか。
立ち止まった俺にエルが振り返る。
左手を目の高さまで上げ、意識を集中させる。
頭の中に炎を思い浮かべ、そのまま炎の熱が頭から左肩、そして左手に流れていくイメージ。
そして左手の手の平でそのイメージを開放する。左手の上に火の玉が出現させ、さすがにここで飛ばすわけにもいかないので浮かべたままにする。
五秒もしない内に意識が遠くなりかけ、慌てて火の玉を消す。
「…思ったより……きついな…これは」
百メートル走を終えた後のように乱れた呼吸を整える。
明らかにメラを唱えたときの負担が以前よりでかい。
使えて、一回か二回位か。しかも異様に疲れる。
エルが立ち止まったままこちらを見ていた。
「いやごめんごめん、ちょっとメラ使えるかなって急に試したくなってさ…」
そういってエルの横に並ぶのだが、エルは立ち止まったまま歩き出さずにずっとこちらを見ている。
「…?どうかしたか?」
俺の顔を見たままエルが口を開く。
「あなたの魔法は、少しおかしい」
何がおかしいんだろう。
「おかしいって??」
「普通魔法は一直線に対象に飛んでいく。メラの火球を浮かべたままに出来る人を私は見たことがない」
そうなのか。
誰にでも出来ることと思ってたし、トーマス君に見せたときも特に突っ込まれなかったんだが。
「それって結構すごいことなの?」
とりあえず聞いてみる。
「分からない」
そういってエルが再び歩きだした。
「…そっか」
俺も横に並んで歩き出す。どちらにせよあまり使いものにならない気がする。
北東エリアに面する大通りから小道に入り、少し歩いたところでエルが立ち止まった。
「ここ」
「ん、着いたのか」
俺の泊まっている宿屋よりも若干大きい建物だ。
「…ありがとう」
俯いてそう言うエルの頭にまた手を置きそうになり慌てて引っ込める。
いかんいかん、どうも手が伸びてしまう。
「それじゃ、お休み。またな」
そう言って軽く手を振り、元来た道を引き返した。
宿に戻り、自室のベッドに腰をかけ一息つく。
魔法方面はお手上げ、地道に戦士としての腕を上げるしかないか。
メラしかないんじゃなぁ…しかも異様に疲れるし。そう呟いた瞬間にあることを思いついた。
机の上に置いてある銅の剣を手に取る。
原作でも火炎斬りなどの特技が存在した。もしかしたら俺にでも出来るのではないか?
剣を右手で握り締め、精神を集中させる。
熱が頭から右肩、そして右手から武器へ伝わるイメージをする。その瞬間目の前が真っ白になり、ガクッと膝をついた。視界が鮮明になってきて銅の剣を見るが変化は見受けられない。
「そういやさっきメラ使ったばかりだったっけ…」
魔力がどうやら尽きてるようだ…とても眠い。
また明日試してみることにしよう。
朝を起きて少しベッド上でボーっとし、
早速銅の剣を手に取る。
昨日と同じ手順で銅の剣に熱が伝わっていくイメージをする。
銅の剣の刀身が紅く、薄っすらと輝きだす。
「おおお!?」
だがすぐに目の前が真っ白になり、気が遠くなる。
視界が戻ると銅の剣は元の色に戻っていた。
出来ることは出来たけど、一瞬で元に戻ってしまうな…。
疲労感で足がふらつく。
効果時間自体を引き延ばすのは無理だろう、戦士に転職したことで魔力の成長は無くなったし。
だか使い方によってはここぞ、という時の切り札にはなるかもしれない。
もう少し練習が必要だな…。
魔力の都合上一日一回か二回くらいしか試せそうにないが。
今日はルイーダの店に寄ってから図書館に行くかな。
いつもの細道を通り大通りに出る。
酒場に入るといつもより人でごった返していた。
はて、なんだろう…?
カウンター席の方に目をやると目覚えのあるスキンヘッドの後頭部が見える。
あ、ゾルムさんだ!
人が多いと思ったら各地に向かってたパーティが帰って来てたらしい。足早にカウンターに歩いていき、声をかけた。
「ゾルムさん!」
「おうシュウイチ、久しぶりだな!」
この人の顔も久しぶりに見る。
「いつ帰ってきたんですか?」
そう言いながら隣の椅子に腰をかける。
「昨日の深夜だな、そっちも大変だったらしいじゃねぇか」
燃え盛る村が一瞬脳裏に過ぎる。
「…えぇ、ゾルムさん達は各地の村の様子を見に行ってたんですよね?サクソン村はどうでしたか?」
サクソン村のことが気にかかる。
何事もなかったなら良いのだが…。
ゾルムさんが自分の頭をツルリと撫でる。
「安心しな、俺が直接行った訳じゃねぇがサクソンは無事だったとよ。俺のパーティは南のホーンハルに行っててな…。あっちも村には特に被害は出てなかった」
良かった…無事だったんだ。
胸を撫で下ろす。
「後一つ、北に村がありましたよね?そちらの方は??」
「マリアンか、あっちは丁度様子を見に行ったパーティが村に居たときに魔物が襲ってきたらしい。なんとか追い払ったとさ」
「そうですか…」
ゾルムさんが溜息をついた。
「しかしどうなってんだろうな。人里にゃ近づかなかった魔物が村を襲うようになって、しかも見たことのねぇやつらまで沸いてきてやがる」
確かに最近魔物の動きが活発なってきてるようだ。何かの前触れだろうか…。
「シュウイチ」
「はい?」
ゾルムさんが真剣な顔になってこちらを見ている。
「ルカの村のことは残念だった。お前達の判断は間違ってない。…お前が気に病む必要はないんだぞ」
ゾルムさんの言葉に一瞬息を呑む。
「分かってます…」
そう、分かっている。
あの状況で村人を助けることなんて出来ない。助けに行ったところで自分達が次の犠牲者になるだけだった。
でも理屈じゃない。
燃え盛る村が、倒れている村人達の姿が今でも鮮明に思い出せる。あの光景を忘れることなんて出来やしない。
「そんなしみったれた顔すんなって!ほら、酒でも飲め!今日は俺が奢ってやるよ!!」
ガハハと笑って背中を叩いてくる。
この人は不器用なりに俺を慰めてくれている様だ。
「そうですね…じゃあごちそうになります」
「おう、じゃんじゃん頼め!遠慮すんなよっ」
いつまでも心配させていてはいけない。
「ルイーダさーん、メニューの端から端まで全部持ってきてください」
「おぉぉおい!?少しは遠慮しろよ!」
「遠慮するなって言ったじゃないですか…」
こうしてこの日はゾルムさんと夜まで騒いでいた。
「あー、頭痛てぇ…。」
のそのそとベッドから這い出る。
昨日ゾルムさんと飲んでいたのは覚えているのが途中から記憶がない。どうやってこの宿まで帰ってきたんだろう…。
こんなになるまで飲むのは久しぶりだ。
気分が少し楽になってから最近日課になってきた魔法剣の練習をする。紅く染まる刀身に軽い満足感を覚える。だいぶスムーズにできるようになってきた。
…一度何かで試し斬りしないとな。
疲労感を覚えつつ、いつもの様に荷物を整えて宿を出る。
ルイーダの酒場につくと掲示板にこんな紙が貼ってあった。
──お知らせ──
カナン周辺は今ままで通り冒険に出ても大丈夫です。
ルカ方面へは危険の為、通行を禁止します。
どうやら低ランクへの冒険禁止命令が解けたらしい。早速パーティ募集の張り紙を探す。
お…?
──冒険者なりたての方、一緒に魔物を退治しに行ってみませんか?
昼過ぎに南門を出発予定。興味のある方は南門に集まってください。──
いきなりパーティ募集にありつけるとは…。
昼過ぎまで少し時間があるので食事を済ませてから行くことにした。
「どうも初めまして、戦士のシュウイチっていいます。」
そういって軽く頭を下げる。
目の前には竹槍を持ち皮の鎧を着込んだ男や、どう見ても普段着に杖を持っただけの男、そして全身を鉄装備でガチガチに固めた男がいる。
「どうも、募集をかけた戦士のボッコです。」
竹槍を持った男が言う。
あんたはこれから一揆でも起こすのか。
「魔法使いのトムだ」
「せ、戦士のイワンです」
杖を持った男と全身鉄の固まりが名乗る。
どうみても僧侶が居ない。
そういえば募集条件何も書いてなかったっけ…。
このバランスの悪さはそのせいか。
「では早速行きましょう」
ボッコの言葉に全員が南門の外へ歩き出す。
「うわぁっ?!」
つまづいたのかイワンが転ぶ、ガシャーンとすごい音がした。
「大丈夫か?」
全身鉄だし、歩きにくいんだろう…そう思いながら声をかける。
「あ、あの」
「ん?」
鎧の中でイワンがもがいてる気配がする。
「そ、装備が重くて動けないんです、持ち上げてくれませんか?」
トムは見てみぬ振りをして先に進んでいるし、ボッコに至っては気付いてすらいない様だ。
大丈夫かこいつらは…先行きを考え思わず溜息をついた。