ダーマ神殿は街の北東よ、とルイーダさんは大まかな場所を書いた地図渡してくれた。
その地図の書いてある通りに行くのだが…どうしてもダーマ神殿が見つからない。
「ここの角を曲がって…ここだよな。」
地図を見る限りだとダーマ神殿のあるべき場所には物置ぐらい大きさの石造りの小屋しかない。
その小屋は窓も一切なく、木の扉が一つあるだけだ。
いくらなんでもこれがダーマ神殿ってことはないだろ…。
もう一度地図に書かれてる最初の地点から戻ってみる。
やはり行き着く場所はこの小さな建物だ。周囲にも神殿らしき建物は見当たらない。
…ルイーダさんにからかわれたのだろうか?
地図のダーマ神殿のある位置に、「こ・こ・よ」とハートマークが書いてあるのが憎らしい。
仕方ない、歩き回って探すか…。
そのまま北東のエリアを一時間程うろついたが神殿らしき建物は見つからなかった。
もう一回ルイーダさんに聞きに行こう…。
少しげんなりとして大通りに出る。すると大通りをはさんで向かい側の店先に見覚えのある小男の姿があった。
お、サイだ。何やってるんだろう。
声をかけようと近づく。
どうやら店のおねーさんと話してるようだ。
邪魔しちゃ悪いかな…。
そう思ったところに二人の会話が聞こえてくる。
「困ります、店を見ないといけないし…」
「いーじゃねぇか、そんなの気にしねぇで俺と遊びに行こうぜ」
「離してください!」
…何をやってるんだあいつは。
なんという典型的な小悪党。
足早にサイに近づきその後頭部をベシッと叩く。
「なにしやがる!…って、シュウイチじゃねぇか」
そんなサイを無視して困り顔のおねーさんに話しかける。
「すいません、この人ちょっと頭が病んでるんで…ほんとすいません」
そう言って愛想笑いしながらサイを引きずっていく。
「ちょっと待てシュウイチ!俺はそこの女に話が…てか誰の頭が病んでるって!?」
「はいはいそうですね、大変ですねー」
サイの言葉を聞き流しそのまま路地裏に引っ張り込んで溜息をつく。
「何やってんだアンタは…」
「馬鹿野郎、あれが大人の駆け引きってやつなんだよ。あの女もお前が邪魔しなけりゃ、もう少しで堕ちてたのに余計なことしやがって…!」
あれは大人の駆け引きだったのか。
どう見たっておねーさんはドン引きしていた様に見えたけど…。
「大人の駆け引きの話は置いといて、丁度いい所に居たね、サイ」
なんのことだと、サイが怪訝な顔をしている。
早速借りを返してもらうことにしよう。
「本当にこれで貸し借りなしだぞ?」
「分かってるって」
サイの後を着いて行く。見覚えのある道だ。
「ほら…ご到着だ」
そういってサイが立ち止まったのは先程の小さな建物だった。
「ほんとにここなの?」
「嘘ついてどーすんだよ」
こ、これがダーマの神殿…。
狭い小屋の中、神官がポツンと膝を抱えて来客を待ってる姿を想像する。
中に入ると顔がくっ付きそうなぐらい近くで会話をするのだ。
「あなたは戦士の洗礼を受けたいのですか?」
「神官さん、顔近いです」
…シュールすぎる。
「これはちょっとした嫌がらせみたいなものじゃないのか?」
「何言ってんだ、さっさと行くぞ。」
サイが扉のノブを握る。
ちょっとドキドキしながら扉が開くのを見守る。
「あら?」
中には何も無かった。よく見ると地下に続く階段になってるようだ。
…その発想は無かった。
サイに続いて階段を下りていく。
階段はかなり下の方まで続いてるようだ。どういう原理なのか一定の間隔で壁の一部が光っており、足元を照らしている。階段を抜けると視界が急に広くなった。
学校の体育館くらいの広さだろうか。
荘厳な雰囲気のする空間はギリシャの神殿の様な造りになっていた。正面には赤い絨毯が敷かれており、そのまま奥まで続いている。
「あの奥にいるのが洗礼をしてくれる神官だ。もう案内はここまででいいだろ」
「あぁ、助かったよ。ありがとう」
そういって足早に去っていくサイに手を振る。
さて、いよいよ洗礼を受けるときがきたんだ。
少し緊張しながら神官の前まで歩いていく。
目の前まで行くと神官が口を開いた。
「ここは己自身を見つめ直し、これからの生き方を考える神聖な場所です。新たな生き方で人生を歩めば、それに相応しい新たなる能力があなたに芽生えるでしょう。…生き方を変えたいとお望みですか?」
「はい」
簡潔に答える。
「どの様な職業をお望みですか?」
「俺は…戦士になりたいです」
色々と悩んではいたが、やはり最終的には戦士になろうと結論を出していた。
「よろしい、それでは戦士の気持ちになって祈りなさい」
戦士の気持ち…?どんな気持ちだそれは??
困惑してる俺を他所に神官は言葉を続ける。
「おお、この世の全てを司る神よ!彼の者に新たな人生を歩ませたまえ!」
「あ…ちょ、待っ」
その瞬間青白い光が俺を包む。
徐々に光は消えていった。
まともに祈って無かったのだが、こんなのでいいんだろうか…?
何処と無く力が沸いてきた様な…気がする。気のせいかもしれない。
「これであなたは戦士として歩んでいくこととなりました。生まれ変わったつもりで修行を積みなさい」
そう神官は締めくくった。
「…はい、ありがとうございました」
どこか釈然としないものを感じながらダーマの神殿を出る。
さて、次は何をしようか。
薬草の補充をしに近くの森に行きたいところだが、新たな魔物が次々と出現してきている今の状況では危険すぎるだろう。
いまいち転職した実感が沸かないのでモンスターと戦いたいんだけどな…。
大通りに出るとサイが先程の店のおねーさんに再び絡んでいたので今度はルイーダの酒場の前まで引きずっていった。
この男はいつか衛兵に捕まるに違いない。
…結局この日はサイに酒の相手をさせられて一日が終わってしまった。
――今の俺に必要なことはなんだろう。
魔物を倒す力を得ることが真っ先に思い浮かぶ。
しかし、ただがむしゃらに鍛錬積んだとしてすぐに強くなれるとは思えない。
…いや、この世界だとそれも有り得るのかな。
実際、この世界にきたときに身体が軽くなっているのを感じた。そしてこの世界にきて半年も経っていないのに今の俺の身体能力は、この世界に来る以前の俺からは想像もつかない。
驚異的な成長スピードだ…だがそれでも足りない。
以前の俺から想像もつかない、と言ってもこの世界ではこの程度の強さの人などそれこそいくらでもいる。
冒険者という枠の中で見ると底辺の方だろう。
戦士の洗礼を受けたことで少しは変わってくれるといいんだけどな…。
だがその前にすべきことがある。
戦闘云々以前の問題で、この世界の常識を知ることだ。
サクソン村にいた頃はさほど気にする必要は無かったが、元の世界に帰る方法も検討がつかない今、最低限の知識は持っておきたい。
人に教わるのが一番早いのだろうけど…,
「すいません、一般常識教えてください」
とは、この歳ではとても言えない。言ったところで怪訝な目で見られるだけだろう。
…ということで、俺は前の世界でいうところの図書館の様な場所に来ている。
宿屋の主人に本を扱ってる店はないですか?と聞いたところ、ここを教えてもらった。
基本的に石造りの建物が多いカナンの街中では珍しく、この建物は木造だった。少し埃っぽい空気の中、ページを捲る音と床の軋む音だけが聞こえる。この図書館は古今東西の本を納めているらしく、膨大な量の書物が置いてあった。
えーっと…一般教養の本はどこだ。
歩きながら本のタイトルを眺めていくが、なかなかそれらしき本は見つからない。ふと『勇者アーネスト伝記』という本に目が留まる。シーリズ物のようで六冊近くある。
この世界にもやっぱり勇者みたいな存在は居るんだなー。
そう思いながら一巻を手にとって読んでみる。なかなか面白そうだ。
読書スペースに歩いていき、改めて読め始める。
ほうほう…なかなかこれは……おぉ?…なるほど。
本を読んでるうちにいつしか時間を忘れ、没頭していった。
四巻を読み終わり一息つく。
辺りを見ると外はすっかり暗くなっており、周囲には俺と係員の男しか居なくなっていた。
そろそろ帰るか…。又明日来るとしよう。
本を戻し、図書館を出た。
夜道を歩きながら先程まで読んでいた本に想いを馳せる。
四巻の続きが気になるなぁ…他の英雄シリーズも読みたいところだ。
今日は思わぬ収穫だった。少し嬉しくなる。
ん……、そういえば俺は何をしにあそこに行ったんだっけ。
首を傾げる。
宿に戻ってからようやく本来の目的を思い出し、ベッドの上でゴロゴロと身悶えをした。
明日は脱線しないように気をつけよう…。
そして次の日。
今度こそは!と、『勇者アーネスト伝記』の誘惑を断ち切り目的の本を探す。
一般教養と言っても漠然としすぎてるか…もう少しジャンルを絞るかな。軽く地理辺りを押さえておこう。
それらしき棚を探す。するとあるタイトルが目に留まった。
『エッチな本』
ごくりと唾を飲む。
なんという直なタイトルなんだろう。
思わず伸ばした手を途中で止める。
駄目だ、これじゃ昨日と変わらないじゃないか…!
そう思い邪念を払うかのように首を振る。
そうは思っても視線がどうしても『エッチな本』にいってしまう。
あの本には男を惹きつける魔力がある。気のせいか本から妙な迫力すら感じてきた。
…まぁ、少しくらいならいいよね。
本を手に取りそーっと捲る。
おおおおおお!?
目の前に展開されたピンク色の光景に目を奪われる。
ふと気がつくと服の裾が引っ張られる感触がする。
「何してるの?」
我に返り横を見ると、見覚えのある赤毛の少女がこちらを見上げていた。本を一冊、両手に抱きかかえるようにして持っている。
「エルか、いやちょっと調べ物をさ…」
そう話しながらエルが馬車の中で本を読んでいたのを思い出す。
…確かにこの子ならここで出会ってもおかしくないか。
「丁度良かった。あのさ…地理の本ってどこにあるか分かる?」
そういって意識をエルの方に戻すとエルが俺の持っている本に視線を注いでいる。
やばい。
今俺の手にあるのはとても人様には見せられない本だ。
「いやこれは、あのさ、地理…そう!人体の地理っていうか…」
自分でもよく分からないことを言いながら慌てて本を戻す。
「いやぁ、あははは…」
とりあえず笑ってごまかしておく。少し声が大きすぎたのだろう、周囲の人達の視線が痛い。
「こっち」
エルがそんな俺の様子を気にも留めずに歩き出した。
やがてエルが立ち止まり指し示した本棚を見ると、~地方の詳細地図といったタイトルが並んでいる。俺達の居るのは何地方なんだろう?
「カナンは何地方になるんだっけ?」
「アシュモ地方」
即座にエルが答える。
アシュモ地方…アシュモ地方…あった!
「ありがとうエル、助かったよ」
そう言いながら丁度いい位置にあるエルの頭に思わず手を置きそうになり、ピタッと一瞬固まる。
いくらなんでも慣れ慣れし過ぎるよな…。
そんな俺の顔をじーっと見つめてくるエル。相変わらず表情が読めない。この子はどこか俺の保護欲を刺激する…妹が居るとこんな感じなんだろうか。
そんな様子の俺に用は済んだと思ったのかエルは読書スペースに歩いて行った。
俺も読書スペースに向かい、エルと少し離れた席に座る。
アシュモ地方はほぼ中央にカナンがあり、そこから東西南北にそれぞれ村があるようだ。
東にサクソン、南にホーンハル、北にマリアン、……そして西のルカ。この本のありがたいところは魔物の分布も書いてあるところだ。今の状況では余り参考にならないかもしれないが一応覚えておこう。
空腹を感じ顔を上げる。
どうやらもう夕方のようだ…窓の外を見ると夕日が沈みかけている。
読書スペースには俺とエルしか残っていない。
ルイーダの酒場にでも寄って飯食べるかな…。空腹を訴える腹を押さえながら本を戻す。エルの方を見るとまだ本に熱中しているようだ。声をかけない方がいいのかな…。
黙って去るのも余り気分が良い話ではない。そうだ、飯にでも誘おうか。
「エル」
俺が声をかけると読んでいた本から顔を上げエルがこちらを見る。
「ご飯まだだろ?一緒に食べに行かないか??」
少し考えていたようだが、本を閉じてエルはこくりと頷いた。