村を燃え上がる炎が照らしている。
村の入り口から離れたところで雇い主が馬車を慌てて止める。
……嫌な予感は的中した。
村中を徘徊している尋常ではない数の魔物達、地面に倒れて動かない人々。折村のどこかから何かが割れる音や、悲鳴が聞こえる。
蠢く魔物たちの中で一際巨大な生き物が雄叫びをあげている…ドラゴンだ。 その紅く、禍々しい姿は見ただけで心臓が握り締められてるような感覚になる。
「もう少し近づいてっ!早く!!」
「いや、しかし……」
「早く村の人を助けに行かないと間に合わないでしょ!急いでっ!」
マリィさんが雇い主を急かす。
「いえ、そのまま反転してください。…この場から離れましょう。」
俺が雇い主にそう言いながらロンゲの方を見る。ロンゲも同じことを考えているのだろう、俺の顔を見て頷いた。
マリィさんが俺とロンゲの様子を見て信じられない…といった表情をする。
「あの悲鳴が聞こえないの!?生きてる人が居るんだよっ!!?」
そんなマリィさんの叫びを聞こえなかったかのように、ロンゲが依頼主に呼びかける。
「急いでくれ、奴らに気付かれる前に早く!」
馬車が反転し、元来た道を引き返しだす。
「もういい!私だけでも…っ」
そう言って馬車から飛び降りようとするマリィさんをサイとトーマス君が押し留める。
押さえつけてる手を剥がそうともがいてるマリィさんを尻目に遠のいていく村を見る。どうやら追ってくる魔物は居ないようだ。
燃え盛る炎で紅く染まる村。
村が見えなくなるまでその光景をずっと目に焼き付けていた。
村からだいぶ距離が離れるとマリィさんも大人しくなった。
今は膝を抱えて俯いている。
「俺達は今までの連戦で体力もまともに残ってないんだぞ…。あの数相手に突っ込んでも無駄死にするだけだ。それに…もう行っても手遅れだ」
ロンゲがマリィさんに向かって静かに言う。
「…っ、だからって見殺しにすることないでしょ…あなた達悔しくないの?」
押し殺した声でマリィさんが言う、声が震えている。おそらく泣いているのだろう。
「…悔しいよ」
そんな言葉が口からついてでる。
悔しい。
燃え盛る村の中で倒れ、動かない村人達の姿が脳裏に焼きついて離れない。気を抜くとこぼれ出そうな涙を堪えて叫ぶ。
「ならどうすればいいんだよ…!あのまま魔物達と戦って犬死すれば満足か!?」
自分の頭を抱える。
こんな顔は誰にも見せたくない。
「…なぁ、教えてくれよ。他にどうすれば良かったんだ…」
魔物のせいで苦しむ人達の力になりたい。
そう思って冒険者の道を歩みだしたのに,
ただ逃げだすことしか出来なかった自分がいる。
…もっと力が欲しい。
自分の手の届くところにいる人達を助けることが出来る力が。
カナンには二日後の早朝に辿り着いた。
西門を通り過ぎたところで報酬を受け取り、解散という運びになった。
ロンゲと依頼主はルカ村のことを他の人にも知らせる必要があると二人で街の中心の方へ歩いていった。
他の皆も疲れ果てているのだろう、言葉少なに各々の宿のあるであろう方向に帰って行った。
俺もルイーダの酒場に寄ろうかと思ったが気力が持ちそうもない。とりあえず寝よう。
ふらつきながらいつもの宿に辿り着く。
「あぁ、お客さんお帰りなさい。…ずいぶんお疲れのようですね?」
「えぇまぁ、色々とありまして…。明日まとめて払いますので宿代後でいいですか?」
もう声を出すのも疲れる…。
そんな俺の様子を察してくれたのだろう、
「もちろん構いませんとも、ゆっくりお休みください。」
そういって二階に昇る俺を見送ってくれた。
部屋に入ると鎧や武器を放り出す様に外し、そのままベッドに倒れこむ。
意識が途切れるまでは一瞬だった。
夢を見ていた。
まだこの世界に来る前の夢。
友人とくだらない話で盛り上がってる光景。
家族とテレビを見ながら食事をしている光景。
様々な光景が浮かんでは消える。
あぁ、俺は夢を見ているんだな…。
おぼろげにそう感じる。
場面が切り替わる。
見覚えのある森の広間、そこにロレンスじいさんが立っている。
じいさんは何も言わず、ただこちらを見て穏やかな笑顔を見せている。
そちらに駆け寄りながら叫ぶ
「……っ!」
自分でも何を叫んでいたのか分からない。
謝りたかったのか、感謝を伝えたかったのか。
じいさんは笑顔のままこちらを見ている。
視界が徐々に白く塗り潰されて目が覚めた。
「………」
少しボーっとした後ベッドから起き上がり、軽く欠伸をする。
体の節々が少し痛む。
辺りは少し薄暗い、夕方だろうか?
ゴールドの入った巾着だけ持って部屋を出る。
階段を下りると宿屋の主人が暖炉に火をつけていた。
そういえば宿代の支払いしなきゃな…、そう思いながら挨拶をする。
「おはようございます」
「おはようございます、今日はお早いですね」
どうやら夕方ではなく朝のようだ。丸一日近く寝ていたことになる。
道理で体が痛いわけだ…。
「すいません支払い遅れちゃって…。これ、昨日と今日の分…それと後五日分先にお渡ししておきます」
色々やりたいこともある、少なくとも一週間程は依頼を受けるつもりはない。
主人にお金を渡してから外に出る。
さてどうしよう、さすがにこんなに朝早くからルイーダの酒場は開いてないだろう。
他の店も開いてないだろうし、こんな状態ではやることがない。
まぁ、探検も兼ねて適当に歩いてみるか。
小鳥の囀る声が聞こえる…この朝の清々しい雰囲気は好きだ。
カナンの街は広い。
街の中央を丁度十字に切ったように大通りがあり、その道がそのまま東西南北それぞれの門に繋がっている。街の中央の噴水広場に立つと街の入り口は遥か遠くに見える。
さてどっちに行こうかな。
辺りをきょろきょろと見渡しながら考える。
俺の行きつけの宿は街の南西ブロックの方にある。ルイーダの酒場も南西ブロックの大通りに面した場所にある。以前サイに連れて行かれたのは確か北西のブロックだった気がする。
…うん、北西は辞めておこう。
そう呟き正反対の南東のブロックの方に向かって歩き出す。
南東ブロックも大通りに面した場所は店が多いようだ。
果物や野菜を扱う店の中にはすでに開店しているとこも見受けられる。
果物を売ってる店に立ち寄り、朝食代わりにリンゴを少し細長くしたようなの様な見た目の果物を二つ買う。
歩きながら果物にかじり付いてみた。
「ぬぉ、酸っぺぇ!」
思わず果物を噴出しそうになる。
口いっぱいにレモンにかじり付いたような酸っぱさが広がる。
くそっ、見た目に騙された。
捨てるのも勿体無いのでちびちびと果物をかじりながら南東ブロックの中に続く道を歩く。
少し進むと塀に囲まれた大きな家がいくつも見える。
ここは高級住宅街のようなものかな?
その中でも一際大きい庭を持った家を正面の格子付きの扉から覗きこむ。
いいなぁ、こんな豪邸に一度は住んでみたい。
感嘆の溜息が出る。
「何、人様の家を覗きこんでんだ」
聞き覚えのある声に振り向くとロンゲが半眼でこちらを見ている。ロンゲも鎧などは着けておらず、ラフな格好だ。
「奇遇だなロンゲ、おはよう」
挨拶をしてから手に持ってる果物をかじる、酸っぱい。
「俺の名前はアレスだ…二度とロンゲと呼ぶな」
そんな名前だったんだ…。
どうやらお怒りらしい。
「お前、こんなところで何してんだ?」
こめかみに手を充てながらアレスが聞いてくる。
「そういうお前こそ何してるんだ?…あ、これあげる」
そう言ってアレスにまだ食べてない方の果物を放り投げる。
「…ここは俺の家だ」
果物をキャッチしたアレスの言葉にまた視線を豪邸に向ける。
ここが?
お前の??
豪邸とアレスを交互に見る。
美形で金持ちってのは反則だろう。
「こんな家に住んでるのに冒険者なんて危険な仕事やってるのか…」
そう呟いた俺に
「何をしようと俺の勝手だろうが…、お前の相手をしてる暇はない、じゃあな」
そう言って家の中に入っていく。
まぁ、人それぞれ事情があるんだろうな…。
そう思いながら元来た道を引き返し始めた。
「酸っぱ!なんだこれは!?」
後ろの方でむせる様な声が聞こえた。
大通りに戻る。
開いてる店も多くなったようだ。そこらかしこに露店商の姿も見える。
そろそろルイーダの酒場も開いてるかもしれない。
そう思い酒場の方向に歩き出す。
途中で以前サイに教えてもらった武具屋を見かける。
そういえば鎧がもう使い物にならないんだった…。
出来れば武器も買っておきたい。武具屋に寄っていくことにしよう。
朝早く、まだ客は自分以外誰もいない店内を眺める。
今いくらあったかな…。
自分の所持金を思い浮かべる。
サイに返してもらった730Gに前回の護衛の報酬が700G、宿代に70G支払って、さっき果物を買ったから…1358Gか。宿代や食代、不測の出費があることを考えると500G程は残しておきたい。となると、この青銅の鎧辺りかな?
値札には 『大特価 470G!』と書いてある。
後は武器か…盾は今回は諦めよう。
残りの装備に使える額は388G、一番近いのは330Gの鎖鎌 (くさりがま) だ。
鎖鎌か、一応扱い方は職業訓練所で習ったんだけどなぁ…。
振り回すことを前提にした武器なので正直使いづらいと感じたのを思い出す。味方に当てたりしたら洒落にならない。これより下の武器となると200Gの聖なるナイフになる。
ナイフにするか、これなら色々と使い勝手が良さそうだし…。
結局、青銅の鎧と聖なるナイフを買って店を出た。
ルイーダの酒場に着く。
店に入るとまだ朝は早いのにちらほらと冒険者の姿がある。奥のカウンターに座り、酒瓶の並んだ棚の整理をしているルイーダさんに話しかける。
「ルイーダさん、おはようございます。」
「あら…おはよう、大変だったみたいね?」
そう言ってこちらに微笑む。どうやらルカの村の話は伝わっているみたいだ。まだそんなに日も経ってないのにこの人の笑顔を久しぶりに見た気がする。
「えぇ、散々でしたよ…」
溜息をつく。
「それでね、ちょっと言いづらいんだけどお知らせがあるの」
ルイーダさんの言葉に首を傾げる。
はて、何だろう。
「最近各地で見たことも無い魔物が出てきてて、冒険者にも被害がいっぱいでてるの。…それで魔物の強さが確認されるまでランク2までの冒険者は依頼を受けることを禁止することに決まったわ」
俺のランクは戦士の一番下の『見習い』だ、もちろん依頼を受けてはいけない…ということだろう。仕方ない処置だと思う。
「分かりました、どのくらいかかりそうかは分かりませんよね?」
「うーん……そうねぇ…」
あごのところに人差し指を当てながらルイーダさんが考え込む素振りをする。
「今うちに登録してる冒険者の中でも腕の立つ人達を選りすぐって各地の村に向かってもらってるから…その人達が帰ってきてからになるわね」
「そうですか…そういえばゾルムさんはどうしてます?」
あの人は無事だろうか。
「彼も各地の村に向かった一人よ、シュウイチによろしく言っておいてくれって言われたわ」
そうなのか、そういえば確かに戦士の『ベテラン』とかいってたな。
「ゾルムさんって結構すごい人だったんですね」
一緒に魔物に殺されかかったイメージがあるのでそんなに上位の冒険者という気がしなかった。…まぁ、キラービーの麻痺に強さもなにも無いかもしれないけど。
あぁそうだ、聞いてみたいことがあるんだった。
「ルイーダさん、ルイーダさん」
「何かしら?」
「ゾルムさん以外の人のランクも分かったりします??」
前に組んだパーティの人達はどのくらいのランクだったんだろう。
「名前が分かるんだったら教えてあげるわよ?」
「是非お願いします」
ルイーダさんが名簿を見ながら教えてくれた話によると、アレスは戦士ランク3の『いっぱし』、トーマス君は僧侶ランク3の『神官』、サイが盗賊ランク4の『腕利き』、エルが魔法使いランク4の『一人前』、マリィさんが武闘家ランク2の『白帯』、だそうだ。
「このランクって何段階まであるんです?」
「8段階よ、うちに登録してる人達にはランクが7から上の人は居ないけどね」
へぇー、そうなのか。
つまり実質現在の最高ランクは6まで、ということになる。最高ランクの人達はどの程度強いんだろう…。
「それじゃ、ゆっくりしていってね」
そう言って離れていくルイーダさんに慌てて声をかける。肝心なことを聞いていなかった。
「ルイーダさん、ダーマの神殿ってどこにあるか知ってます??」