朝日が昇り周囲が少し明るくなってくる。この時間はまだ辺りが寒い。震えながら焚き火に手をかざす。
…皆こんな寒いのによく寝てられるよなぁ。
周りに転がっている男達を見ながら呆れる。
やはりこの世界の人達はこういうのに慣れてるのだろう。自分はまだまだ現代っ子のモヤシっ子なのだ。
まぁ、寒いものは寒いのだから仕方ない。
物音がしたので馬車の方を見ると魔法使い(エルだったっけ)…が降りてくる。
「おはよう」
そう声をかけたが、何も言わずちょこんと横に座ってくる。
この子苦手だな…何話せばいいか分からん。
見た感じ15~17歳くらいか?
下手したら俺と一回り歳が違うのかもしれない。まだ幼さを残した顔つきだが、整った人形のような雰囲気がある。もう少し成長したら美人になりそうだ。
「…何?」
そういいながらこちらを見てくる。
じろじろと見すぎたようだ。
「ん、いや。エルだっけ…魔法使いってすごいな。昨日は助かったよ。」
そう言って誤魔化す。
するとエルはこちらを少し見ていたが興味を失くしたのか視線を焚き火に戻す。
……沈黙が痛い。
やはり会話を好むタイプではないようなので仕方なく黙り込む。
「本…」
「ん?」
エルがこちらに視線をまた向けてきている。
「…昨日言ってた本の名前を教えて欲しい」
昨日の本?
あぁ、昨日誤魔化す為に言った本のことか。
……まいったな、また嘘をつくしかないのか。
「いや読んだのも結構前のことだし、タイトルまでは覚えてないなぁ」
昨日から嘘ついてばっかだな…自己嫌悪に陥る。
「そう」
エルはまた視線を焚き火に戻す。
「おはよー」
武闘家の姉さんも起きてきた様だ。
「おはよー」
こちらも軽く挨拶を返す。
周りの男たちもゴソゴソと動き出した。目が覚めた様だ。
「あー、寝足りねぇや」
サイがそう言ってあくびをしている。
「それじゃあ早速行こうか、順調にいけば夕方までにはルカに着くよ」
雇い主の言葉に焚き火を消し、馬車に乗り込んだ。
馬車に揺られて旅は続く。
出来たらこのまま魔物が出ないでくれるといいなぁ。
そう願いつつ周りを見る。
トーマス君と武闘家さんが何か談笑している。サイは暇そうにあくびをしてるのが見える。エルは隅の方で本を読んでるようだ。
トーマス君達楽しそうだな…俺も会話に入れてもらおうか。そう思ってるとロンゲと目があった。
「お前、戦士ならもう少し装備に気を使ったらどうだ?そんなんじゃすぐにおっ死んじまうぜ」
そう言ってフフンと嫌味な笑いをしてくる。
確かにロンゲは鉄の装備一式で身を固めており、見た目にも戦士…といった感じが出ている。
片や俺は銅の剣に皮の鎧、皮の盾だ。
どことなく未開の地の部族・・・といった感じがしないでもない。少し恥ずかしい。
「駆け出しの俺にそんな金あるわけないだろ」
そう言ってそっぽを向く、すると眼前に武闘家さんの顔があった。
「うぉお?」
驚いて仰け反る。
驚いてる俺に気を止めず武闘家さんがペタペタ足や腕を突付いてくる。
心臓の鼓動が激しくなる。…一体何なんだろう。
「シュウイチ君ってまだ戦士の洗礼も受けてないんだって?その割には昨日の動きすごかったね、筋肉もそんなについてるようには見えないのに」
そう言いながらまだ俺の腕を突付いて首を傾げている。
トーマス君が話したらしい、後ろの方で苦笑しているのが見える。武闘家さんのセミショートの髪から甘い香りがする。
あ、それ以上近づかないで…。
「止めて下さいよ…えっと」
この人の名前は何だろう。そんな俺の表情を察したのだろう
「そういえばキミは遅れてきたから自己紹介まだだったね、私の名前はマリィ、シュウイチ君よろしくね!」
そう言って人懐っこい笑顔を見せてくる。
「君を付けずにシュウイチでいいよ、こちらこそよろしく」
ようやくマリィさんが少し離れてくれた。少し自分の頬が赤いのを感じる。こういうお姉さんタイプの人に俺は弱い。
「おい」
ロンゲから横から声をかけてくると同時に馬車が止まる。
「お客さんだ」
前方を見ると行く手を塞ぐように魔物が居るのが見える。お姉さんとお近づきになれるいいチャンスだったのに邪魔しないでほしい。
空気読めよな…そう思いつつ馬車から飛び出した。
魔物と対峙すると先程の浮ついていた気持ち無くなり、
心臓の鼓動が静かになっていくのを感じる。
アルミラージが二体とホイミスライム、その横に全身に鎧を纏った騎士の様なものが居る。
「おいおい、なんで人間が魔物と並んでんだ…」
ロンゲが呆然と言う。
違う、多分あれは…さまよう鎧だ。
頭全体を覆っている兜の覗き穴の部分に空洞しか見えない。あいつとホイミスライムの組み合わせにゲームでも苦戦させられたことを思い出す。
「頭の部分をよく見ろ、中に人なんて居ないだろ。あれも本で見たことがある…魔物だ!」
そう言いながら横目でエルがアルミラージにギラを詠唱しようとしてるのが見える。
昨日の戦いでアルミラージの危険性を理解していたのだろう、対応が早い。
「ロンゲは鎧を足止めしててくれ、倒そうと思わなくていい。そいつ滅茶苦茶強いぞ!トーマス君はロンゲの補助を、マリィさんは俺と一緒にアルミラージを、サイはホイミスライムを牽制してホイミを唱えさせないでくれ」
そう言いながらエルがギラを唱えるのを見計らって飛び出す。
後ろで 「誰がロンゲだっ!」 とロンゲが言い返してるのが聞こえるが相手にしてる暇は無い。
ギラの炎が消えた瞬間を見計らってアルミラージに切り込む、前回は炎が消えない内に飛び込んだがあんな無茶は二度とご免だ。
横を見るとマリィさんがアルミラージを蹴り飛ばしている。蹴られたアルミラージがすごい勢いで吹っ飛んでいく。
…あれなら生きていないだろ。
そう思いつつロンゲ達の方を振り返る。
サイがホイミスライムの周りを素早く回りながら隙をみてナイフを突き刺しているのが見える。その動きに翻弄されているのだろう、ホイミスライムが他の魔物にホイミをする余裕がないようだ。
ロンゲはさまよう鎧に押されているようだ、相手の突きを防ぐのに必死になっている。
急がないとロンゲがやられそうだ…!
ロンゲに気を取られているさまよう鎧の背後から全力で切りかかる。
「ふんっ!」
しかし堅い感触に剣がはじき返されてしまう。むしろ攻撃したこちらの手が痺れてしまった。
さまよう鎧が振り向きざまに振るった裏拳気味の右腕に吹っ飛ばされる。
肺の中の酸素が全部吐き出される。
「ゲホッ……くそっ!」
今度はロンゲがその隙に切りかかったようだが同じように剣が弾かれている。
「無理だろこんなの…どうやって倒すんだよ!?」
ロンゲが慌てて下がりながら焦った声で叫ぶ。
エルの唱えたヒャドがホイミスライムに突き刺さる。どうやらあちらは片付いたようだ。
皆でジリジリとさまよう鎧を囲む。
俺達の剣じゃあいつにダメージも与えられそうにない。
再びエルがヒャドを唱えるが氷のつららも鎧に弾かれる。
ゲームよりも手ごわくなってないかこいつ…!
冷や汗をかきつつ必死に頭の中で倒す手段を探す。
「…ルカニ」
エルの杖先から出た光がさまよう鎧を薄っすらと包む。
光が消え、ぱっと見何も起こってない様だが鎧の輝きが鈍くなっているのが分かる。
その手があったか!
再び後ろから切りかかる。
振りぬくことは出来なかったが左肩から胸にかけてまで切り裂くことができた。
振り向き、こちらに槍を振ろうとするさまよう鎧の右腕をロンゲが切り落とす。
「ヤッ!」
更によろめいた鎧の胴体にマリィさんが蹴りを入れると
鎧はバラバラになって吹っ飛んだ。
「あー…しんどい。」
だらーと馬車の壁を背に体を伸ばす。
全身がズキズキと痛い。
他の皆も疲れきった顔をしている。
エルに至ってはスゥスゥと寝息を立てている。魔法を使いすぎたようだ。
あれからさほど間をおかずに三度も戦闘があった。
現れた魔物はどれも強く、殴られ噛みつかれ、散々な目にあった。
トーマス君のMPも限界を迎えたらしく、
「すいません、少し時間を下さい…っ」
と頭を抱えたまま俯いている。
もうしばらくはこの痛みを我慢しないといけないようだ。
俺の皮の鎧が所々引きちぎれたりしてボロボロになってるのを見、ため息をつく。
買ってそんなに経ってないのに……自分の鎧の有様を見てると少し涙がでてくる。
「魔物はワラワラ出てくるわ、知らない魔物だらけだわ…どうなってんだよ…」
ロンゲがぼやく。
「もう少しでルカが見えてくる筈だよ、それまでの辛抱だ!」
前で馬車の手綱を握っている雇い主が声をかけてくる。
村に着いたら飯を食って風呂に入ってさっさと眠ろう、そうしよう。
そう心に誓う。
「お、見えてきたぞ!あれがルカ村だ。」
依頼主の言葉に皆の顔が明るくなる。
「早くお風呂入りたいねっ」
マリィさんの声も弾んでいる。
「まずは酒だろ」
「いや、飯だな飯」
サイとロンゲもほっとしたように笑いあっている。
馬車から身を乗り出して前の方を見る。周囲はすっかり暗くなっていたが遠目に明かり灯っているのが見え、そこに建物がいくつか見える。
うきうきした気分でそれを見ていたが、ふとその光景に違和感を覚える。
…なんだろう。
「なぁロンゲ」
「ロンゲって呼ぶな…なんだよ。」
村に近づくにつれ違和感が確信に変わる。
「…あれ、村のあちこちが燃えてないか?」
とても、嫌な予感がする。