…妙に背中が痛い。
少し寝返りをうっただけなのに何故か背中越しに硬い感触がする。
それになんだろうこの違和感は?
「……んん?」
布団からいつの間にかはみ出したかな?
そう思いつつ目を開けると、何故か自分が木陰にいるらしいことに気付く。
そよ風が頬に気持ちいい・・・のだが、正直意味が分からない。
「なんだこれは??」
周りを見渡す限り木しかない、どこかの森林なのかもしれない。
俺、家で寝たよな・・この景色も見覚えないし。
なんでだ、俺の部屋は?なんでこんな場所に??誰かのいたずら?・・・ありえないだろう。
それを言うならこんな意味不明な場所に居る事自体がありえないし・・・。頭で色んな考えが浮かびは消える。
「とりあえずここがどこか確かめないと…」
周りを見渡す限り、道らしき道は見えない。
とりあえず歩いてみよう、と適当に歩き出す。
歩きながらポケットを探るが財布や携帯等は入ってない、確か布団のそばに放っておいたはずだし、あるわけないか。
これは思ったよりも厄介かもしれない・・携帯で連絡が取れないのはもちろん、財布がないも痛い。
少なくともこんな森林は俺の住んでるアパートの近辺には一切無いし、間違いなく自宅から距離はある筈だ。
あれこれ不安に思いながら歩く……。
10分、20分ほど歩いただろうか、未だに周囲には木々しか見えない。
どうにも自分は想像してたよりもタチの悪い場所に置き去りにされたらしい。
「なんだってんだ…」
そう言いながら歩いてると前方で何か動くものが見えた。
木々や茂みで視界が悪くよく見えないが、確かに何か動いている。
熊とか勘弁してくれよ、と思いつつ息を殺し足音を立てないようにその方向に近づいていく。
…自分で見たものが理解できない。
少し離れた位置にいるソレは自分も見たことのある生き物だ。
ただ、そのサイズが常識ではありえないサイズだった、全長1メートルはあるであろうカエル。大きな目がグリグリと動いている。ただのカエルでさえ気持ち悪いのにあれだけ大きいと気持ち悪いのを超えて本気で怖い。一気に冷や汗が出て一瞬気が遠くなる。
と、とにかくここから離れよう!
そう思い音を立てないように出来うる限り早くその場を離れた。
さすがにこれだけ離れればもう出くわさないだろう…。
周り見渡してため息をつく、ここはヤバイ。少なくとも日本であんなカエルが生息してるなんて聞いたことないぞ。
何なんだここは…とにかく誰か居ないのか!?
焦りを感じつつまた歩き始める。
…それからおそらく1時間ほどは歩き続けただろうか。
その間、さきほどのようなありえない体験を二度ほどした。
飛び跳ねながら移動する青い何か、刺されたら生きてはいられないだろうと見ただけで感じる巨大なハチ。どれも距離があり、幸いにも自分は見つからなかったようだが命の危険を感じた。
自分がこんな理不尽な命の危険にさらされるなんて今まで想像すらしたことなかった…。
そしてそんな状況で一つ気づいたことがある。
体があれだけ動き回ってるにも関わらず、さほど疲れを感じないのである。気のせいか心持ち体も軽い気がする。俺は普段外でスポーツをして遊ぶタイプではない。友人と遊ぶときも誰かの家で麻雀やゲーム、スロットを打ちに行く等基本的に体を使う遊びを一切しない。本来なら今の時点で汗だくになってる筈だ。
これが火事場のクソ力ってやつなのかな…。
そう思っていると前方の森が少し開けた広場に人が居るのが見えた。かがんで草を採っているように見える。
良かった、助かったんだ!
「すいませーん!」
呼びかけるとその人が振り返った。
白髪のおじいさんのようだが白い髭を伸ばしてあって年齢が良く分からない。よく見たら目の色が青い。
…やばい、これ外人じゃん。
「あー、えっと…」
英語なんてまともにしゃべれんぞ。と、一人混乱していると
「なんじゃ、君も薬草採集か?」
あれ?流暢に話してらっしゃる。なんにせよ話が通じて良かった。
「いえ、すいませんちょっとお聞きしたいのですが…ここってどの辺りになりますか?」
「お前さん迷っとるのか?ここから西に…あっちの方向じゃな、向かえばじきにサクソンじゃ」
そういいながらおじいさんが右手の方向を指す。
サクソン??店の名前かな…。
「すいませんサクソンって何でしょうか?」
「何って、村じゃよ村」
当然の様におじいさんが言う。
…あの巨大な生き物を見た後、更にどう見ても日本人じゃないおじいさん見た時点でいやな予感してたけど…。
「ここってもしかして日本じゃなかったりします??」
「日本?なんじゃそれは?」
…やっぱ外国かよーーー!!!!
ありえん、自室で寝てて気づいたら外国でした、とか聞いたことねぇよ。
よほど自分が深刻そうな顔をしてたのだろう、おじいさんが少し心配そうにこちらを見ている。
「お前さん旅人かい?見たところこの国の人間じゃなさそうじゃが」
「いえ、自分でも何でここに居るのか分からなくて、どうすればいいか…」
頭を抱える。なんでこんなことになったんだろう。
「うーーむ、とりあえずここに居ても仕方なかろうて」
そういっておじいさんが袋を持って歩き出す
「村で詳しく話を聞こう、着いてきなさい。」
「あ、はい」
なんだか申し訳ない気持ちになりながら慌てて着いていく。
それから少ししたら森を抜けることができた。草原が広がっており遠目に村らしきものが見える。
「あれがサクソン村じゃよ」
おじいさんが少し笑いながら話しかけてくる、この人感じのいい人だなぁ…。
ふと自分の祖父を思い出す。あまりしゃべらない寡黙な祖父ではあったがいつもやさしい顔していた。
「それにしても、日本語お上手ですね」
少し気が楽になり自分から話を振ってみる。するとおじいさんはこっちを見て、何を言ってるんだろうという目で見ている。
…あれ?そういえばさっき日本なんて知らないとか言ってたような。
思いっきり日本語ペラペラじゃないか。
「あ、いえ、なんでもないです」
「そうか、ならいいんじゃが…」
これ以上その辺を聞くのは止めておこう…どうも話が噛み合わない。
村に着いた、自分の村というイメージとは少し違い
どちらかというと集落と表現したほうがいいような感じだ。見た感じ車なども見当たらないし、機械もなさそうだ。結構な田舎なのだろう。子供が走り回ってるのが微笑ましい。どうやら自分の存在が珍しいらしく色んな人が好奇の視線を向けてくる。
あぁ…それにしてもやはりここは外国なんだなぁ、どうしよう。
「なにしてるんじゃ、こっちじゃ」
おじいさんが一つの家のドアを開けながら呼んでいる。どうやらあそこがおじいさんの家のようだ。
家に入るとやはりテレビなどもなく、やはり機械とは縁がなさそうだ。電話もないのか…もしかして。
「そこに座るといい、今お茶をいれてやろう」
おじいさんに進められて部屋の中央のテーブルの椅子に座る。
しかし、本棚ばかりの家だなぁ。
「さて…と」
おじいさんがお茶を置き、向かい側の椅子に座る。
「あ、どうも」
お茶から嗅いだことのない香りだが、良い香りがする。
「まずは名前からじゃな、いつまでもお前さんじゃ悪かろう」
「あ、自分は修一っていいます」
「シュウイチ、か。ワシはローレンじゃ。さてシュウイチ、さきほど何故ここに居るか分からないといっておったが、あれはどういう意味じゃ?」
「それがですね…」
それから俺は今朝からの出来事を説明した、自宅寝ていて起きたら森に居たこと。ここが自分の住んでいた国ではないこと、何故こんなことになったか検討も着かないこと。
それからローレンさんに自分の家族に連絡がとりたいのですが…といったのだが、どうやら電話の存在すら知らないらしい…田舎すぎるだろう。
「まぁ、暇を見てお前さんの故郷のことは色々調べてやろう、それまでしばらく泊まっていくといい。少しは家のことを手伝ってもらうがな」
そういってローレンさんがニヤリと笑う。
「すいません、お世話になります」
ほんといい人だなぁ、このおじいさん…。
こうして俺のサクソン村での生活が始まった。
ローレンさんの家に厄介になってから四日程経ったが、その間に色々なことが分かった。ここはどうやら自分の知っている世界ではないらしい。
まずローレンさんがどんなに調べても日本という国が存在しないというのが一つ、次にローレンさんがそのときにこの中に俺が知ってる国はないか?と聞いてきた国々の名前がどれも俺の知らないものであったこと…いくら地理に疎い俺でもそこまで聞いたこともない国がいくつもあるわけがないことが一つ、さらに通称『魔物』と呼ばれる存在がいることが一つ、これは実際に見ているからすぐに信じることができた。
何より、『魔法』の存在である。
俺も最初ローレンさんが何気に焚き火に魔法で火をつけたのを見たときは何の手品かと思ったが、どうやらこの世界では一般的な常識らしい。村の神父さんがこけた子供を魔法で治療しているのを見たときは心底驚いた。ただひとつ引っかかるのが、火の魔法のときの「メラ!」やら、治療のときの「ホイミ」とかどう聞いてもドラクエの呪文にしか聞こえない掛け声でやってるところなんだよな…。最初は悪質な冗談かと思ったけど、どうにも本気のようだし。
まさか、ねぇ。
それから更に一月が過ぎ、そのときには俺はもう認めていた。
ここがドラクエの世界であると。
ローレンじいさんの薬草取りに付き合うようになってから外で実物のスライムとかに出会うと、もう信じるしかないだろう。
最初森で見た化け物はおそらくフロッガー、スライム、さそりばち辺りだったのかな。実際戦うのはじいさんで俺は逃げ回ってるだけだけど…だって、怖いし。
それからは色々考えた、もう一月以上経ってるけど家族心配してるんだろうな、とかこの世界でも死んでしまったら終わりなのかな、とか、元の世界に帰れないのかな、って重い考えから、これ、ドラクエでいうとどのシリーズの世界なんだろ?とか、俺はドラクエでいうとどの職業なんだろう??、と軽い考えまで。
とりあえず色々考えてまず決めたことは、魔法を使ってみたい!ということだった。じいさんが(最近はローレンさんと呼ぶと怒るのでじいさんと呼んでいる)メラやヒャドを使っていたのでじいさんに習うことにした。
実際にやってみるとこれがまた見事にできない。
元々魔法なんて無くて当たり前の世界からきたせいか、どうにもできないのだ。
じいさんも、
「お前は才能ないのう」
と笑っていた。
それでも根気よく教えようとする辺りにじいさんの人の良さが分かる。
じいさんに習いだして2週間ほどして、ようやくメラが出せるようになった。そのときはすごく興奮して、ところかまわずメラを唱えまくって爺さんに怒られた。
それから更に3ヶ月、村の生活にもすっかり慣れ、村の人達もいい人ばかりだし、元の世界に戻れないならこのままここで暮らすのも悪くないかな…と思い始めた頃、じいさんが亡くなった。
正確には 魔物に殺された。
その日俺は隣のおばさんの畑の収穫を手伝ってて、じいさんは一人で薬草採取に森にでかけた。
「じいさん一人じゃ危ないだろ?」
と言ったが、
「馬鹿言え、お前が来る前は一人で行っとったんじゃ。この辺りはどうせ強い魔物などおらんしな」
と、じいさんは笑っていた。俺も、だよなって笑って送り出した。
夕方になっても帰らないじいさんを心配して俺や村の男達で森を探して回った。いつもの薬草を採取してる広場から少し離れてる場所でじいさんは死んでいた。そのときのことはよく覚えていない。後で聞くと俺はじいさんの前で崩れ落ちたまま呆然としていたらしい。
葬儀までは瞬く間に過ぎた。
色んな人が慰めの言葉をかけてくれるのを聞き、家に戻りでベッドで横になったときにようやく涙が出だした。
こんな理不尽なことで身近な人が死ぬことが許せなかった、守ることが出来なかった自分がただただ、許せなかった。
それから暇を見ては鍛錬をするようになった。
何かに打ち込んでいないと得体の知れないに焦燥感に駆られるから。
魔物と対峙したときに感じる恐怖もいつしか消えていた…。
ある日村に訪れた商人に、次にいく予定の隣街にあ、るルイーダの酒場の存在を聞いた。またパーティを組み、魔物を退治する冒険者という存在も。その話を聞いた俺は迷わず商人に頼み込んだ。
「その街に行くの、俺も連れていってもらえませんか?」
商人は最初は驚いたようだが、護衛の真似事なら出来ると思います、と言うと喜んで了承してくれた。