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No.30263の一覧
[0] サガフロンティア2 レーテ侯伝[水城](2012/03/13 21:50)
[1] 1226年 アニマ至上主義に対する一見解[水城](2011/10/26 15:27)
[2] 1227年 ジャン出奔[水城](2011/10/31 15:29)
[3] 1232年 ジャン12歳[水城](2011/11/11 10:16)
[4] 閑話1 アニマにまつわる師と弟子の会話[水城](2012/03/12 20:08)
[5] 1233年 少年統治者[水城](2011/11/21 14:15)
[6] 1234年 ケッセルの悪戯[水城](2012/03/12 20:30)
[7] 1235年 ジャン15歳[水城](2012/03/12 20:35)
[8] 閑話2 天命を知る[水城](2012/03/12 20:39)
[9] 1237年 叙爵[水城](2012/01/09 13:37)
[10] 閑話3 メルシュマン事情[水城](2012/01/17 20:06)
[11] 1238年 恋模様雨のち晴れ[水城](2012/01/31 12:54)
[12] 1239年 幼年期の終わり[水城](2012/03/13 16:56)
[13] 閑話4 イェーガー夜を征く[水城](2012/03/13 21:49)
[14] 1240年 暗中飛躍[水城](2012/03/27 10:33)
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[30263] 1239年 幼年期の終わり
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/13 16:56
ソフィー・ド・ノールが亡くなったのは1240年を迎える3週間前の春のことだった。息子と共に国を追われ異国の地で終わりを迎えた彼女の生涯は幸福とは言い難いものであったと語る人間は当時も今も存在している。ただ歴史家にとって重要なのは彼女の血を引く子どもたちのその後の行動だった。術不能者と蔑まれたギュスターヴ13世の歴史はここから始まり、すでに独立した存在だったジャン・ユジーヌの雌伏はこの時点を持って終わりを告げたと言える。当時の人々はこう振り返る「激動の1240年代は彼女の死から始まった」と。



子爵となったジャンは、ケッセル郊外に作る予定の新市街の都市計画を立案していたが、自分が住む屋敷も新市街に移転してはどうだという提案をグランツ領警備隊長であるアランから受けていた。特に不便を感じていなかったジャンが理由について尋ねると、アランは警備に関する問題を告げる。

「ジャン様を不意をつけるような刺客がいるとは思えませんが、将来の奥方様やお子様達は常識の範囲内で警備が必要になります。現在の館は守るには適していないのです」

ケッセルの代官が使い、その後ジャンが継続して使用していた屋敷は、それなりに豪勢で貴族の屋敷としては問題無かったが、爵位持ちの屋敷としては格の問題がある。それに今後、国王の行幸などがある場合、宿泊させるには些か手狭だ。ジャンも仕事が増えるに従って増えた文官や武官などが効率良く働ける環境を必要と感じていた。以前は自分が文官としての役務も兼任し、警備などはアラン、普段の生活などは村の顔役のエミールの3人で回していたのだが、予想以上の経済規模の成長と道路拡張事業でそのまま居着いてしまった人間を中心として新市街の建設。加えて婚約者が婚姻後はこっちに住むとなると最低でも10人以上の家臣団を召し抱えなければならず、加えて自宅警備などに兵や侍女などを雇わなければならない

この話を聞いたトマス卿は笑って次のように評した

「ジャン君は人の使い方は上手いが何でも一人でできてしまうのが難点だな」

これはある一面で正しく、不足は自分の能力で補ってしまうジャンは余り他人を必要としなかった。軍事的な分野など自分が及ばない範囲は他人に任せる、あるいは数が必要な分野なら必要数を完全に把握してスケジュールを進行させる。今まではそれでも良かったが、爵位持ちの貴族となればそれなりに格式が必要となる。

「適当に基盤確保したら後は研究生活で過ごすつもりだったんだがな」

未だ本人は術士が本職だと思っているが、周囲から見れば商売が上手い貴族という評価を受けているジャンだった。どちらにせよ有能かどうかは別として信頼のおける家臣を欲したので未来の養父になるフランツやスイ王から文官や武官を紹介してもらい、調査して10人ほどを採用した。これは将来的に増えることはあっても、減ることはない。加えて自分の家を管理する人員も必要だった。

「私の世話に関してはミレイユだけで事足りるんだけど、割と面倒だな」

ジャンが連れ戻したミレイユだが、向こうでかなり仕込まれていた。彼女が学んだことで実践していないのは夜伽くらいなもので、識字をはじめ、一般的なマナー、料理、裁縫、洗濯など私生活において彼女1人いれば事足りるという状態だった。ジャンはケッセルからグリューゲルに移動する際も基本的に彼女を伴っていたが、今後のことも考えればそういう訳にもいかないだろう。

「というわけで誰かいい人材居ませんかオルトさん」

「ジャン、いや子爵殿の頼みとあらば聞いてやりたいが、お前より料理の旨い奴となると副料理長のミシェルか、サードのウーゼルしかいないんだよ。最低でもミレイユの嬢ちゃんより腕が無くちゃメンツ丸つぶれだろうし」

ナ国の宮廷料理人に料理人の紹介を頼む男なんてそういないだろうが、初期のユジーヌ商会の取引品目が食品や嗜好品ということもあって料理にはうるさかった。一番の趣味の術開発やツール開発は仕事の要素を含んでいるが、食事に関しては純然たる趣味の領域だ。それに加えて舌がいいのか、2、3回食べれば再現してしまう為、客としては金払いもいいので歓迎したいのだが、雇い主としては勘弁して欲しいところだ。

「俺が後3人位いれば一人は術研究に力を注いで、一人は商売で生活費を確保して、最後の一人が仕事をするんだが、中々世の中は上手く行かないものだ」

このようにジャンが呟くのを聞いたミレイユはお茶の準備をしながら思うのだ。

(ジャン様お一人でも世の中を騒がすのだからお二人もいたら世界が混乱してしまうに違いないわ。でもお二人居るなら・・・)

この当時のミレイユはどちらかと言えばジャンの側にいる時間よりもジャンの母であるソフィーの為にファウエンハイムの邸宅に通い詰めていることが多かった。世話という点ではヤーデ伯の元へ行儀見習いとして来ているレスリーがほとんどやってくれているので問題がないが、ミレイユは万が一の時の連絡要員として派遣されていた。その連絡方法については主人であるジャンと警備隊長のアラン、そして自分しか知らない機密である。主からの信頼が厚いことはうれしく思うが、主の母であるソフィーを見舞いに来る彼の婚約者のアリアを見ると、胸が切なくなるのを自覚していた。だがそれを表に出してはいけないと自制している。

だがそんな彼女の心境に気がついている人間がいた。ジャンの母であるソフィーだ。既に起き上がることもあまり無く、咳き込むようになってはいたがミレイユが見ても彼女は美しかった。

「ジャンはハラハラさせることが多かったけど、全然手の掛からない子で、フィリップの面倒も見てくれたしとても助かったわ。でもあの子はギュスターヴとは違う意味で他の人と違うの」

ミレイユはソフィーの発言の意図を理解していた。ジャンは貴族や平民、術士と一般人のような枠組を気にしないが、自分達とは全然違う世界に生きている。

「結局あの子を育てたのは私でも陛下でもなく、シルマール先生とスイ王様で私は親として失格なのよ。あの子は何でもできる、人を救うのと同じように簡単に人を破滅させる」

そんなことはないとミレイユは言いたかったが、多才であり、人当たりも悪く無いがが、それが全てではないことを彼女を数年間の付き合いで理解していた。彼は自分の領域を大切にする人間で、何かに没頭する時間を確保できないならば、現在の生活を捨ててしまっても良いと考えるタイプだ。ミレイユが客を取る生活をしないで済んだのは、自分がケッセルの出身という望外の幸運に過ぎなかったことに他ならない。そして、あの当時助かるチャンスはあったが結果的に今も花街に埋もれている人間はかなりいるだろう。

「だからねミレイユ、あなただけはジャンを理解してあげて。これは私にはできなかったし、アリアさんには無理なことだから」

「大奥様、私はジャン様のものです。ジャン様と奥様・・・アリア様が良いと言ってくださるならば私は・・・」

世の中には色々な親子の関係がある。口減らしの為に売られた自分は家族の為の納得はしていたが、戻ってきた家は何となく居心地が悪かった。ジャンの薦めに従って住み込みで働くこととなった。当初は囲われると思っていたが、手を出さないので不能なのかと疑ったこともある。

「俺は領主の義務として領民の君を連れ戻しただけだ。世間では天才とか色々と言われてはいるし、酒場に繰り出して騒ぐこともするが、家にいる間は静かに暮らしたい。ミレイユは家事全般を一人でできる能力があるからちょうど良かったのさ。手を出す? 確かに君は可愛くて魅力的だと思うけど、そっちについてはあまり興味が無い。今は酷いことを言う同年代の男達もその内手を返したように君を口説くようになるさ」

事実、蝶が羽化したかのように美しくなっていくミレイユは、村の男達の注目の的だったが、彼女の心は既に決まっている。

「おそらく私は幸せなんだと思います」

餓えを心配せず、モンスターの被害に怯えることなく暮らすことができる、主君手ずからの商品の試作品を食べることができ、意見を採り上げもらえる。かつての友人達と同じ生き方をすることは多分もうできない。そして主君が結婚すればそのような機会は自ずと減るだろう。それでも自分の心は彼に囚われてしまったのだ。

馬車に揺られる時間や本を読む主と同じ部屋で編み物をして過ごす時間は自分にとって宝石に等しい価値がある。

「私はそういう経験が無いから分からないけど、女として辛いと思うわ」

政略結婚であっても夫婦仲は良かったし、その関係が維持されていた間は愛人や側室などをギュスターヴ12世は持たなかった。あるいは持っていたのかもしれないが多分無いのだろう。そしてジャンは恋愛関係で遊ぶようなタイプには思えないので、余程のことが無い限りミレイユには手を出さないだろう。それでもミレイユは笑う。

「私はこういう生き方しかできない不器用な女です。迷うことはあっても後悔することはありません」

ソフィーはミレイユが貴族ではないとしても、レスリーのように商人の娘であれば迷うことなく嫁がせることができたのにと残念に思った。アリアも悪く無いが、根性の据わっているミレイユは、息子の問題がある部分を補えるタイプだと感じた。ジャンはギュスターヴのことを誰かが重しを乗せておかないと風に吹き飛ばされて飛んでいく紙に例えた。だがソフィーにしてみればジャンの方にこそ重しが必要なのだと思っている。あの日、貧民街から感じることができた制御を解かれたアニマの奔流。それを行った人物が誰なのか母親であるソフィーは分かっていた。

無いとは思うが壊れたら最後、世界を滅ぼしかねないほどの危険な子どもを人間に留めて置くための保険。多分それがミレイユなのだとソフィーは死が近くなるにつれ鋭くなる勘で何となく感じていた。

「ジャンは近くも遠くも見え過ぎるけど、足下を見ない悪い癖がある。だからあなたがいつも見ていて欲しい。これが私からあなたへの遺言」

ソフィーは息子から死が避けられないことを告げられてから色々なことを考えていた。ここにいないフィリップに伝えるべきことは伝えた。ギュスターヴとマリーにはもう少し後でいいだろう。年は越せないだろうとジャンは伝えた。逆に言えば不慮の事態が起きない限り、それまでは確実に生きられるという保障をした。そしてソフィーの病状はシルマールによってできるだけ詳しく記録されている。それは未来に繋がることだとジャンから説明された時、ソフィーは自分の運命を受け入れた。願わくば娘に自分と同じ境遇にならないとの願いを込めて。

これがソフィーが亡くなる一ヶ月前、ソフィーと魔女の義母となる女性の語らいだった。



新年祭の一月前というのは何かと忙しい。で例年なら宮廷に出仕し、税収の計算などを本職さながらのスピードで処理していくジャンだが、彼にしては珍しく仕事が進んでいなかった。間違いなく後一週間が限度だろうとシルマールから連絡を受けたのが原因なのだが、それでも動かなかった。あるいは仕事をして現実逃避をしたいだけなのかもしれない。それでも通常の官吏と同じ程度の処理能力を維持しているのだから周囲としては頭が上がらなかった。この当時ジャンはグランツ子爵としてケッセルの運営をすると共に、公式な身分として王領の監査を行う監察官と、国王の顧問官としての地位に付いていた。私的な役職としてはユジーヌ商会の会頭もしているが常人ならまず無理と思われる仕事量をこなしていても平気なのだから恐れ入ると官僚達にしてみれば休んではと声を掛けることはできない。

「ジャン、もう仕事はしないでよい」

そんなジャンの行為を止めたのは彼の主君である。スイ王はあのジャンですら親の死の前には動揺するのかとどこか安心する側面があった。

「勅命だ。この文をヤーデ伯に至急届けよ。それに財務卿でも財務官僚でもないお前に任せればいいと考えるようになったら統治機構に問題が生じる。いや既に出始めているか」

ジャンは国家レベルでの経済活動を理解できる人材であり、書類仕事も確かな貴重な人材だが、今後はケッセルの開発並び、入り婿するであろあレーテの仕事に専念しなければならない。そうなったとき、下級官吏達で仕事が追いつくかという懸念がスイ王の中にはあった。ジャンにしても術力の多寡や家柄で採用されている現在の統治機構では人が足りない。術不能者だろうが平民出だろうが、ある程度のことはして欲しいと思い、領地に政経塾でも作ろうかと思うのだが、それが実現するのはスイ王無き後、ショウ王の御代のことである。

「・・・御意にございます」

ジャンを頭を垂れて宮廷から出ていった。公邸に戻ったジャンはいつでも移動できるように準備していたアランに告げた

「アラン、陛下より至急ヤーデ伯への文を頼まれた。悪いが一人で行ってくる」

「・・・本気ですか?」

「馬で走るより、一度飛んだ方が早い」

アランは主君が何をするのか把握していた為に、それを見られて良いのかと問うたが、ジャンの意志を変えることはできなかった。

ジャンは工房に戻ると専用のツールを両腕に身につけ外套を羽織る。そして万が一の為に必要な道具を鞄に入れるとアランを伴い、グリューゲル郊外の小高い丘に向かった。

「心配は無いと思いますがくれぐれも人目に付きませんように」

ジャンが認識を阻害できることを知っているアランとしては漏洩の可能性は皆無だと思うが、それでも忠言は必要だ。

ジャンは部下の言葉に頷くと意識を集中しはじめる。

風が吹く。樹のアニマに風の属性が備わっているのはいかなる理由なのかジャンは分からない。おそらく風は見えないから燃焼を助ける樹の属性を同じく火を燃やすのにシンボルに含ませたのか。風に揺られる木々や花粉など植物にその力があると信じられたのか。あるいは巨木が風が吹く空に近かったからなのか。

だが、ジャンはアニマが見える。アニマの色が見える。火は赤、水は青のように、空を見ればそこに集まったアニマは白く見えた。後はそれを集めればいい。

風が渦巻くのを確認する共にアニマをコントロールして自分の重さを調整する。やがて浮き上がったジャンは翼持つ物の領域に飛び上がった。高度が上がるにつれ、寒さを感じるようになったジャンはエアスクリーンを唱え、気圧と冷気を遮断する。

「この感覚だけは慣れないな」

苦笑するジャンはツールの効果で風を操りヤーデ方向に飛行する。

翼を持つ生き物以外で初めて空を飛んだのは1269年に飛行船を開発したレーテ侯ジャンとその一団が初めてと言われているが、それは船のように人が乗れることを前提とし、動かし方を覚えれば誰でもではるというものだ。ジャンが最初に飛行をしたのは1237年である。空は翼ある物たちの聖域だった。そして人間が空を飛べるというのは夢想だったが、ジャンは術の力で空を飛んだ。完全に術の力を用いずに空を飛ぶにはジャンの発表から約100年後の1300年代後期に発明される動力機関の登場を待たなければならない。

人間が単身で空を飛べることは物語の話であり、それを容易にできる人間は規格外としか言いようがない。そしてそんなことができる希有な存在は、ジャンか彼の弟子の『魔女』の二人くらいだとジャンの弟子であり魔女の同僚であったグレインは身近な人間に話している。



結果的に昼前に出発し、日が暮れる前にヤーデまで到着したジャンは着地しやすい場所に着陸すると、身なりを整えトマス卿に面会を求めた。

「ジャン君いやグランツ子爵、どうしてここに?」

ファウエンハイムにいるなら理解できるがヤーデにいる理由を考えられなかったトマス卿がジャンに問いただすと、手紙を差し出す。

「陛下よりこれをヤーデ伯に渡すように勅を拝命致しました。お改めください」

トマスはスイ王がジャンがこちらに来るための名目を作ったのは悟った。同時に残されたギュスターヴについてどうするのか意見を伺いたいという旨の内容も記されている。何にせよこれらの行動を見ればソフィーの死は避けられないと今更ながらトマスは現状を受け止めざるを得なかった。

「トマス卿、ギュスターヴに関しましては今しばらくファウエンハイムに置かせてください。いずれは東大陸に帰還する身でございますが、その前に功績を立てなければなりません」

「君のように領地を開発するというわけではないんだろうね。君が陛下と何をしようと思っているかは知らないが、貴族の先達として警告しておこう。貴族には妥協して付き合える敵と叩きつぶすしかない敵しかいない。それの見極めだけは誤らないように」

やはり家を維持してきた大貴族というのは違うとジャンは感心していたが、彼からどうやったらケルヴィンのような性格の息子ができるのかと首を傾げる思いだった。

トマス卿は基本的には王家寄りであり、貴族としても人間としても尊敬していたジャンは、生涯に渡って良好な関係を築いた。また、トマス卿の跡を継いだリチャードは叔父であるジャンを信頼していた。ジャンも孫の教育を終えて宮廷から退く際にリチャードを後任に指名するなど二人の関係は良好だったが、結果としてヤーデ伯家を継げなかったケルヴィンとは親戚付き合いはしていたが終ぞ友情を築くことはなかった。



ソフィーのアニマが還った日はここ数日の寒さが嘘のように暖かい一日だった。人々は泣きながら別れを惜しんだが、ジャンは涙を流すことはなかった。それを気丈と考える人はいても情が無いと責める人間がいなかったのは幸いだっただろう。ジャンにしてみれば、苦悩も悲しみも通り過ぎてしまったもので、怒濤の展開と言っても差し支え無いこれからについて思いを馳せなければならなかったのだ。母との誓いを果たしつつ自分の目的に沿うように動かなければならないとジャンは心の中で呟くが、自分と同じ顔を持つ兄を見ると「お疲れ様」と声を掛ける。

「ジャン・・・俺は母様を死なせてしまった」

「そうかもしれない。だが、親が子の責任を取ることはあっても、子が親の責任を取るというのはどこかおかしいと俺は思う。大切なのはこれからだよ。その為にもお前は、ギュスターヴ13世は示さなければならない」

ジャンに責められれば幾分罪悪感は薄れたのかもしれないが、ジャンがこの件について責めたことは一度もない。むしろ、ジャンにしてみれば兄弟に対して後ろめたい感情を抱いていた。おそらくはるかに苦しむだろうが命を引き延ばす方法はあった。母は拒んだので助かったが、もし実現されていたらギュスターヴは本当の意味で不能者になっていたのではないかと苦悩したものだ。

「俺にそんな大それたことができるのか」

「お前が腰に帯びている剣と術は関係ないだろう。俺は俺に、お前にはお前に相応しいやり方がある」

サンダイルという世界の成長は停滞していると言っていい。術の発見と、クヴェル・メガリスの発掘、ツールの発明によって文明は豊かになったが、いつ資源が枯渇するか分からない。これから始まる北大陸に開拓で一息付くだろうが、パラダイムシフトが必要だった。その為には製鉄技術という革命的技術と共に、術の在り方を変えなければならない。そしてこれは術不能者でありながら高度な教育を受けたギュスターヴしかできないことだった。

「そろそろ俺も陛下とお約束した掃除に手を付けなければならない。それに協力してもらえれば、独立した領主として認められる。ヤーデ伯や俺の力を利用してもいいが、お前が画策して、お前が実行し、お前が奪い取れ」

ナに反抗的な領主を経済的、あるいは陰謀を持って弱体化する。第一段階として直轄地の経済力を高めることは、徐々に効果を上げていた。1240年代の目標は技術革命及び軍事革命で人や物の流れを変えていまうというものだ。困窮すれば従うか暴発するしかない。最初の目に見える生贄をスイ王もジャンも欲していた。

「まあ候補地は色々あるが、今は価値の無い鉄鉱山と石炭、材木、港とお前に必要なものが全て揃っているここが良いだろう」

ジャンは屋敷に張っている地図を指し示した土地の名はワイド。ジャンにとって旧知の人物であり、将軍として高名なネーベルスタンが仕えている領地であった。



後世においてギュスターヴ12世の名はメルシュマンを統治した王として歴史の教科書に残ることになるが、鋼鉄王ギュスターヴや悲劇王フィリップ、『王の目のジャン』『術の革命家ジャン』といったユジーヌ家の全盛期を担う息子や孫たちが戯曲や物語の主人公に取り上げられたことに比べれば扱い的には大きくない。一つにバケットヒルの戦いにおけるギュスターヴ14世の負け方が戦争史を紐解いても無いくらい圧倒的な負け方を喫したためである。それをお膳立てしたのは1230年代から地道に暗躍を続けたジャンなのだが、追放した術不能者とファイアブランドの継承者が戦って負けたとなれば、父親に問題があったと言われても仕方無い。

対して彼の妃でありギュスターヴ達の母であるソフィーの名は医学史と技術史に名を残すことになる。前者は女性のみに掛かる正体不明な病気の治療方法を確立したフランソワ博士の祖母と母の名を付けた『ソフィー・マリー症候群』、そして世界初の飛行船に冠された「ソフィー・ド・ノール」。もっとも、ケッセルのブランドでありソフィーの名が最初に冠されたソフィーの雫こそ重要だと主張する歴史研究家も多い。



第一部完




閑話4がありますがギュスターヴ編枠としては一応第一部完です。後世の情報の中に致命的な未来バレがある気がしますが気にしないでください。あと作中で天才術士と言われ続けていますが、まともに術法使ったのって今回が最初ですね。五行思想に基づいて樹(木)が風なのは分かるのですが何となく納得いかない。まあ本筋じゃないのでいいですね。後当初ミレイユさんはどうでもいいキャラだったんですが、むしろ彼女がヒロインなんじゃねと思いました。まあ妻妾が仲良くできるならそれに越したことはないのですが。詳しくは2部の後半となりますが、相続問題って貴族的に重要じゃないですか。というかサガフロ2のギュスターヴ編の大半は相続問題で、あの冒険活劇っぽいギュスターヴと海賊ですら交易権の継承で揉めてます。


次回は閑話4です。と言っても9割できているので土曜には出せそうですが。タイトルはイェーガー夜を征く、つまりあの方との話です。


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