今回は一人称で視点が変わるためside表記をしております
sideギュスターヴ12世
「お久しぶりです父上」
私が執務を終えて自室に戻るとどこか見覚えが金髪の男がまるで我が家のようにソファーにくつろいで座り、茶を飲んでいた。一瞬絶句し、そして心を落ち着かせて言葉を紡ぐ。
「お前はどうやって・・・ああ昔と同じようにやったのか、隠密向きだなジャン」
7歳の時に出奔しギュスターヴの双子の弟。そして間違いなくユジーヌ家の歴史を紐解いても最強の術士と呼んで良いであろう我が息子。ギュスターヴになり損ねた男。ジャン・ユジーヌとはそんな男だった。
「本当に得意なのは広域への術のぶっ放しなんですが、でもそれしちゃうと人間止めているみたいで嫌じゃないですか。まあ話は置いておきますが、本日はノール侯からの使者として参りました。正式なルート使うと色々と面倒なのでこういう手段をしましたが、これおみやげです」
息子から手渡されたのは一本のワインだった。ラベルを見てため息をついた。
「ソフィーの雫か。ケッセルの領主として色々とやっているのは聞いておるが、この酒は聞いたことがない」
ジャンが領主をしているケッセルではケッセルの悪戯というワインが有名で、高級品だが手が出せないほどではないと近年需要が高まっていた。
「来年から売り出す予定の新しいブランドです。まあ寝酒代わりにでも飲んでください。改めましてノール侯からの親書です」
ノール侯(ソフィー)からの手紙には自分が長く無いこと、その前にフィリップに形式的ではあるが引き継ぎをしたいこと、諸条件などはジャンに任せることが書いてあった。
「・・・ソフィーは長く無いのか」
「原因は分かるのですが、根本的な治療法が確立していません。食料でいうと節約すれば何日かは延ばせますが、最終的に餓死するのは変わらないでしょう? それで里帰りのついでにちょっと調べたいことがありまして」
「何だ?」
「母上の家系の死因です。母上特有の原因なのか、母上の家系に原因なのか」
「お前はどう思う?」
「おそらく女系にだけかかる病気でしょう。子どもを体に宿す際、アニマのコントロールが上手くできない状態になります。一年も経てば以前と同じ状態になりますが、出産を繰り返したり、難産だったり、産後にストレスを抱えた状態になるとそれがうまく出来なくなると。すぐにコントロール不能になるわけではなく、徐々に蝕んでいく。術力の強い人間の方が意識的にコントロールしなければならないので庶民とかだと問題無いのですが・・・。ほらお祖母さまはアマーリエ叔母上産んで体調崩して一年で亡くなってますし、そのアマーリエ叔母上もカンタールでしたっけ? 従弟を産んで2年くらいで亡くなってます。まあ叔母上は運が悪かった可能性は否定できませんが」
ここで初めて、ジャンの言いたいことが分かった。
「マリーも可能性は高いと」
「一度や二度の出産なら問題ありませんが・・・まあ頑強な家系じゃありませんしね。産後の肥立ちが悪いってこれのことだと思うので、その内研究機関でも作れないかと思いますが母上の場合間に合いません」
ジャンは捻くれているが、人の死を茶化すような男ではない。幼少の頃息子に仕えたノールの子弟達を中心に支持者が多いだからこそ未だにノールの人間は息子によって統御されている。そうソフィーとギュスターヴを追放したにもかかわらず反乱が起きない理由は、当時7歳の息子が‘お願い’したからだ。そして、反乱を起こすとなれば必ず息子が陣頭に立つだろう。
「ここからはお願いですが、フィリップとマリーを留学という形で一度ファウエンハイムに寄越してください。フィリップは正式にノール侯になるので出立から2ヶ月くらいで戻しますが、マリーはなるべく長く」
ここからグリューゲルまでの航路を考えれば実質2週間前後か。
「・・・いいだろう。どうせ断れば余計な血が流れるのだ」
こいつはナ国のスイ王の腹心という立場と、ノール侯の使者という立場で断ることは許されない状況に追い込んだ。力を持ちながら政治的プロセスを重視するスタイルは政治家向きだが統治者としてムラがあるのが難点だ。自分でも分かっていたからこそ、フィリップが王に向いていると言ったのだろうが、当時の私にそんな精神的余裕はなかった。
「スイ王は良くしてくれるのか」
「平民でも才能があればある程度出世できるのでここよりは暮らしやすいですよ。爵位も頂きましたし、敵対しないようにどこぞの令嬢と結婚させるくらいの予定は立てられていますが、嫌になったら逃げられるのは魅力的です。まあ問題が起きるとしたら陛下が身罷った後ですが」
「お前が王位を継いでくれたらな」
だが息子は私の言葉に苦笑しながら両手を挙げて首を振った。
「フィリップが王位継承者なら喜んで帰国しましたが、次のギュスターヴは違いますからね。それとギュスターヴからの伝言です。価値観は違えども、自分なりの道を歩んでいると。そして私からの忠告です。次のギュスターヴが統治者として問題があるなら私はギュスターヴをけしかけるでしょう。まあ何にせよギュスターヴか私か、フィニー王家の内一つは残りますよ」
それも一つの手かと素直に息子の考えに同意することにした。シルマール殿はギュスターヴの中の何かを感じ、ジャンもそれを前提に動いている。超常に踏み込んだ二人が才能を認めるならギュスターヴは違う分野で才能があるのだろう。保険は多ければ多いほど良いに決まっている。何より、目の前の息子は執着をしない。クヴェルを壊す程の強大なアニマという力があるから執着する必要が無い。そういう人間は王の補佐はできても象徴には向かない。
「まあいい、私は生きている間フィニーの為に尽くそう。私の死後は好きにすればいい」
結局、この子は私の手に負えないし、ソフィーの手にも負えなかったのだろう。シルマール殿がかろうじて理解した。多分人の身でありながら人の力を越えた何かであり、人の中で暮らす為にそれを抑えている。自分の領域を荒らさなければ問題が無い。
「フィリップの部屋は以前と変わらずに」
「ああ・・・」
「後日改めてナ国の使者として表敬致しますのでよろしくお願いします」
子どもの頃のような悪戯っぽい顔でジャンは会釈すると部屋から出て行った。
そして開けられた扉の前にはギュスターヴがいた。息子は腹違いの兄から発せられたアニマを前に震え、下半身が濡れていた。
sideフィリップ
「ここはフィリップ様のお部屋でフィリップ様は不在です。はぁ? 待たせてくれって・・・というかあなた誰ですか?」
私が書庫から自室に戻ろうとすると部屋を警護している兵士の声が聞こえてくる。何事かと思い早足で現場に向かうと、私の良く知るアニマを感じた。
「あっ! フィリップ様、この男がフィリップ様の部屋に入ろうと」
「ジャ、ジャン兄様!?」
10年前と比較にならないほど背が伸びた私の兄の一人が部屋の前に立っていた。私に気付いたのか大きな手で頭を撫でてくる。
「まあ何というか元気そうで何よりだフィリップ。ところで部屋に入れてもらえませんか王子殿?」
「も、もちろんです。お入り下さい」
「あの・・・フィリップ様この男は誰なのでしょうか?」
私の兄だと伝えようとしたが、ジャン兄様は目で言うなと伝えるような仕草をする。
「私にとって大恩ある方だ。どうぞ」
部屋に入った兄様は部屋を見渡すと一枚の絵画に目を向けた。
「あの時の絵か。みんな小さかったな。10年は短いようで長かったな」
「私は昨日のように思えます。ですが兄様、どうしてテルムへ」
ギュス兄様と違い、ジャン兄様は出奔したという形になっている為、戻ってくることは可能だ。とはいえ、ジャン兄様が目的もなくこちらに戻ってくる可能性は少ない。
「お前とマリーをナへ連れて行く為だ。保留していたがお前が正式にノール侯になる。随員はジョルジュとアンリとカルロくらいでいいか」
「ですが、次のノール侯は兄様だと父上が」
「お前が次のフィニー王ならノールに戻ったが、継がせないみたいだから、ナで暮らすことにした。それより多分お前が母上に会うのは最後になると思うのでよく話しておけ。滞在期間はそんなに長く無い。マリーはせめて最期まで一緒に居させてやりたいが」
兄の言葉を理解したとき、私は自分の血の気が引くのを実感した。声に出そうと思っても声が出ない。
「落ち着け・・・別に後3ヶ月で死ぬという病気じゃない。ただ確実に死ぬという病気で手の施しようがないというだけだ」
「ジャン兄様の師であるシルマール殿は世界最高の術士でジャン兄様も優れた術士だと思いますが、それでも無理ですか」
「医療に関しては、天才が治療法を確立することきはできても、症例の積み重ねが前提だ。最低でも4、5人のデータが欲しい。だが、残念ながら私はそれに時間を掛けている余裕がない。だがお前やマリーを連れて行くことができる」
ジャン兄様は天才だ。だが天才でも奇跡を起こせるわけでは無い。
「お前とマリーには本当に申し訳ないと思っている。再会させることが次善であると思っていながら、また別れさせなければならないと思うと」
「ジャン兄様が悪いわけではありません、悪いのは」
だが私はそれ以上の言葉を出すことができなかった。ジャン兄様が首を振る。
「ギュスターヴはフィニーという社会では認められない。王様なんてものは無能は困るが成すべきことなせる人間であればいい。これは次代以降の課題だな」
自分も政治というものに関わってきてようやく分かってきたが、兄様は自分達とは見ている先が違う。貧民は明日を、平民は一週間後を、商人は1年先を見るという。為政者はもっと長い間隔で先を予測するがジャン兄様は10年以上先を見て生きている。だから聞きたくなる。兄はジャン・ユジーヌは今日のことを予測していたのかと。
「まあいい、俺はちょっと出掛けてくる。一週間後には戻ってくるのでマリーには内緒にして置いてくれ」
「どちらに行かれるんですか?」
「ちょっと従弟殿に会いに」
side カンタール
僕があの方にあったのは9歳の時の話だ。
「アマーリエ叔母の墓参りに。刺客? ご冗談を。伯父上を殺すくらいなら父上を殺しますよ」
僕が幼い頃に無くなった、何となく優しかった肖像画でしか見る事ができない母様によく似た男の人。
「フィニーの王になり損ねた放浪王子。私も噂は色々聞いている。君が王太子だったなら今頃メルシュマンは統一されていただろう」
「さてどうでしょう? ところでそこに隠れている従弟殿を紹介してもらえますか?」
「カンタール、出てきなさい」
父様はお客様を凝視して、その後呆れたように僕に声を掛けた。
「はじめまして従弟殿。グランツ子爵ジャン・ユジーヌだ。君のお母さんのお姉さんの子どもだから私達は従兄弟の間柄になる」
「は、はじめまして! オート侯アッバースが長子カンタールです」
「いい目をしている。これからも精進しなさい」
「はい!」
それからジャン殿は2日ほど滞在して色々な話をした。南大陸の流行や大陸を渡るのに船でどれくらい揺られていたなど。おみやげとして貰ったお酒を飲むというか舐めさせて貰ったがとても甘くておいしかった。後で父様から聞いた話だとあれ一本で平民の収入の半年分くらいするらしい。
「フィニーとオートは対立関係にあるが、私は基本的にナの人間なので、もし相談できると思ったらいつでも相談しなさい。それと話せる時にきちんと親子で話をしなさい。死んだ相手には話すことはできないのだから」
ジャン殿は跡継ぎとしか接してくれない周りと違って兄のような存在だった。そして僕だけに教えてくれた。僕の叔母に当たるジャン殿のお母様も体が弱いらしい。
「私の弟達、特に妹は生まれてすぐに母から引き離された。政治とはいえ色々とね」
その表情を僕は、私は生涯忘れないだろう。
オートは負け、父を殺した男の娘を押しつけられる。だが、考えて見れば彼女と結婚すればあの方と義理とは言え兄弟になれると思えばそれほど苦痛ではない。
サンダイル1200年代の後半というのはヤーデ伯とオート侯の争いですが、原因ってやっぱりマリーだと思っています。というか乳母か侍女辺りに育児任せっきりだったと予想される父親の養育方針が悪いと思うのですが。まあ一番の問題は公式に跡継ぎを残さなかったギュスターヴなんですけど、その辺は1240年代以降の問題だしいいや。
次が1238年でようやくヒロイン登場です。
ショウ王の生年を確認する・・・・・・あれ? 年下? まあ主人公より5歳ぐらい早く生まれてもいいやと思った。どうせほぼモブだし。