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No.29793の一覧
[0] そして魔王様へ【DQ3】(5/8新話投稿)[NIY](2014/05/08 23:40)
[1] 新米魔王誕生[NIY](2014/03/05 22:16)
[2] 新米魔王研修中[NIY](2014/04/25 20:06)
[3] 続・新米魔王研修中[NIY](2012/09/28 10:35)
[4] 新米魔王転職中[NIY](2014/03/05 22:30)
[5] 新米魔王初配下[NIY](2014/03/05 22:41)
[6] 新米魔王船旅中[NIY](2012/10/14 18:38)
[7] 新米魔王偵察中[NIY](2012/01/12 19:57)
[8] 新米魔王出立中[NIY](2012/01/12 19:57)
[9] 駆け出し魔王誘拐中[NIY](2014/03/05 22:52)
[10] 駆け出し魔王賭博中[NIY](2014/03/19 20:18)
[11] 駆け出し魔王勝負中[NIY](2014/03/05 22:59)
[12] 駆け出し魔王買い物中[NIY](2014/03/05 23:20)
[13] 駆け出し魔王会議中[NIY](2014/03/06 00:13)
[14] 駆け出し魔王我慢中[NIY](2014/03/19 20:17)
[15] 駆け出し魔王演説中[NIY](2014/04/25 20:04)
[16] 駆け出し魔王準備中[NIY](2014/05/08 23:39)
[17] 記録[NIY](2014/05/08 23:37)
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[29793] 新米魔王偵察中
Name: NIY◆f1114a98 ID:9f67d39b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/12 19:57
一章 七話 新米魔王偵察中


 ハルが目を覚ましたのは、テンタクルスと戦って二日後のことだった。体はボロボロで、魔力もほぼ使い切っており、実のところ相当危険な状態だったらしい。治療はロドリーが行ってくれたとのことだが、眠っている間はずっとエベットが看病をしてくれていたと聞かされた。
 船乗り達に見つかってしまったクウは、しかし船を救ってくれた立役者の一人として、また、エベットとロドリーの言葉もあり何とか受け入れられたようだ。
 今では、外で船乗り達の様子を見たり、果物を恵んで貰ったりと船内を楽しそうに飛び回っている。


「まぁ、概ね良い方向には向かってるんだな」
「そうですね。一時はどうなることかと思いましたが……ハルさん、一応療養中なんですから、魔力弄るなと何度言えば分かるんですか……」
「暇なんだよ。あんときはもっと上手くできたと思ったんだがなぁ……あれから何度やっても同じ速度が出せないんだよなぁ」

 いわゆる火事場の馬鹿力というやつか。そう言えばあの時は随分と思考がクリアーになっていた気がする。
 圧縮自体はそこそこの速度を出せるようにはなったが、あの時のように、両手で別々の魔力を圧縮させることがどうしてもできなかった。しかしながら、一度できたことができない訳がないし、自分の可能性が見えたのは非常に大きかった。

「はいはい。ハルさんが魔法の虫なのは理解してます。でもほんとダメですよ? それ相当魔力消費激しいみたいだし、ハルさんあの時魔力殆ど枯渇して、生きてたのが幸運だったぐらいなんですから」
「いつからお前は俺のお目付役になったんだ……別にいいけどな。適当な所で置いとくさ。さすがに、鍛錬してて死にましたじゃ笑い話にもなりゃしない」
「まったくですよ」

 手をパタパタとはたくように振って魔力を消すハルに、エベットは深くため息を吐いた。
 と、バタリと大きな音を立てて扉が開く。

「クウウー♪」
「おかえりクウ。何だかご機嫌だね? あ、それ船乗りさん達に貰ったの?」
「クゥ!」

 クウはなにやら体に袋を着けていた。中にはクウの好きな果物が入っている。

「クックウ♪」
「ああ分かった分かった。嬉しかったんだな? ったく、お前ホントにスカイドラゴンかっての」

 これでもかとハルにアピールしてくるクウに、ハルはため息を吐く。
 フヨフヨと部屋の中を飛び回るクウに、よしよしと頭を撫でてやっているエベットを見ていると、どうにも調子が狂う。




 何ともはや、平和なことだと。




***




 大陸が見えたと連絡が入り、ハル達は甲板へと出ていた。

「おー、あれがアリアハンかー」
「何というか、帰ってきたーって感じですね。アリアハン出てからもう半年でしたから。毎年ジパングへは行ってましたけど、二ヶ月ぐらいで帰ってましたし」
「エベットが私の元へ来てから初めてのダーマ出向でしたからな。そう思うのもしかたないでしょう」
「クウー?」

 それぞれに大陸を眺めて述べる。ハルとクウにとっては初めての、ロドリーとエベットにとっては久しぶりのアリアハンだ。なかなかに感慨深い。
 船はそれから半刻ほどで港町へと到着し、碇を降ろした。クウはハルの荷物袋の中へ入り、ハル達は船から下りる。降りる際には船乗り達が声を掛けてきた。

「おつかれさん! あんたのお陰で無事に帰ってこられたよ! ありがとな!」
「ん、いやこっちも助かった。また縁があったらよろしく頼む」
「クウ、元気でな! 袋大事にしろよ!」
「クウ!」

 掛けられた声に、ハルは手を振りながら、クウは袋の中からそれぞれ返す。エベットやロドリーも、船乗り達とお互いに労いの言葉を掛け合っていた。
 これから船旅の片付けをする彼らと、すぐに移動を始めるハル達とはここでお別れである。

 歩きながら、ハルは港を観察していた。海の魔物対策か、大型の固定弓が幾つも設置されている。大きな城塞を作るつもりなのか、倉庫の方にはいくつもの壁石が置かれているのが見えた。
 反面、町の方は割とこぢんまりしたものである。兵宿舎はともかくして、どうにも小さな漁師町といった風だ。

「大国の港町っていうから、もっと大きいもんだと思ってたんだが……」
「アリアハンは昔から他国と国交を断絶していますからね。僕らみたいな神官は特別です。ここも、基本的には漁師町ですから」
「ああそっか……たしか戦争でそうなったんだっけか」
「よくご存知ですな。かつて国を分裂させた戦争があり、アリアハンは大陸に旅の扉を封じました。国の力は確かに衰えましたが、こうして平和な国になったことを思えば、それも良かったのかもしれません。私が生まれるより前の話になりますが」

 思い出したように呟いたハルの言葉を、ロドリーが補足する。よくもまあ町人の話なんぞを覚えていたものだと、ハルは苦笑した。
 改めて、ハルは空を見上げる。正しくは空ではなく、大気中に流れる魔力をだが。
 ようやく分かるようになったが、大気中にも魔力は含まれている。何か一定の流れをもっているようにも思えるが、これが結界の力なのだろう。
 ダーマの周辺と比べたら、アリアハンの魔力はずいぶん濃い。結界の力の強さがそのまま魔力の濃さなのだとしたら、闇の力を抑えるのもこの魔力なのだろうか。

「クウ、大丈夫か?」
「……クゥ!」

 呼びかけた声に、クウは背中の袋の中で身じろぎをしながら返事をする。どうやら、問題はないらしい。
 アリアハン大陸。それも王城近くに出現するのはスライムや大ガラス。今のクウはそれ程力が無いとはいえ、スカイドラゴンである。だというのに、全く結界の影響が感じられない程とはいかなことか。

 闇の力とは、結局どういうものなのか。ヒミコですら完全に理解しているという訳ではなかった。
 曰く、ゾーマに与えられたもの。魔物の本能を刺激するもの。魔物に力を与えるもの。バラモスが上の世界において魔族、魔物全てに影響を与えさせるもの。
 闇の力をもって魔物を意のままに操ることは本当に可能なのか。できるのならば、どのようにして行っているのか。その本質は何なのか。
 理解すれば、防げるかもしれない。理解しなければ、いずれクウも暴れ出すのかもしれない。
 魔王としてバラモスと戦うのならば、結界と闇の力の関係を解き明かす必要がある。この大陸は、その鍵になりうるかも知れない。

「そういえばハルさん。魔物の調査って一体どんなことするんですか?」
「ん? ああ、主にはこの大陸の魔物の分布とその傾向だな。神の結界について分かることもあるかもしれんし、それも含めて」
「ふむ……しかし確かに、神の結界がどれほどの魔物に効果があるのか、調べた人物はおりませんでしたな。あれに関しては我ら神に仕える者でも知らぬ部分がありますが、そういったものだという風に扱っておりましたので」
「ま、道具の使い方は知ってても原理が分からないってのはよくある話だからな。特にあんた達にとっては神を疑う行為になりかねないから、一種のタブーみたいなもんだろ。信仰ってのは考えることを放棄させる部分があるもんだ。それだけ信じてるってことだからな」

 ハルはこの大陸に来るに辺り、魔物の調査が目的だとロドリー達に告げた。本命というわけではないが、勇者のことに関しては何も言っていない。
 理由は、ロドリー達が一度も勇者関係の事を話題に挙げなかったことである。アリアハン出身だというのなら、知っていてもおかしくない筈だ。そして、勇者という希望の存在を知りながら、それが話に全く出てこないというのは無理があるだろう。会話の中で、それが出てきてもおかしくないタイミングは、いくらでも有ったのだから。
 もし正直なところを述べて、アリアハンに来られなくなったらと思うと目も当てられない。
 もっとも、こうして来られた以上はまずこの二人に聞いておいた方がいいが。

「そういやさ、オルテガに子供がいるだろう? そいつってどんな奴か知ってるか?」

 返したハルの言葉に、驚いたようにエベットが目を見開く。

「勇者様の事をご存知なんですか?」
「エベット!」

 と、エベットに向かってロドリーが声を飛ばす。それで、慌ててエベットが口元に手をやった。
 ロドリーは確かに普段エベットには厳しい。が、今のような叱責は初めて聞いた。やはり、意図的に隠していたことだったか。
 その反応を見つつ、ハルは思案する。勇者のことを隠す理由とは一体何なのか。

「…………ふむ、答えなくてもいいが、推測を述べようか?」
「………………どうぞ」
「一つ、魔物への対策。表向きの理由としては、まああり得る話だ。んで、アリアハン国王の性質にもよるが、あと一つ。他国への対策」
「……………………」

 ロドリーはいつも通りの笑みである。しかし、ハルは自身の言葉を聞いた反応を見逃しはしなかった。前者は口元がピクリと反応しただけだったが、後者は若干眉も動いている。
 これでいてロドリーはポーカーフェイスが上手い。人の性質をよく見抜ける人間ほど、それの隠し方も上手いものだ。それが反応したというのは、今の言葉だけで見抜いたハルによほど驚いたか。

 前者は簡単だ。要するに、人類の切り札になるかもしれない勇者を魔物の手から守るためである。
 例えば、ヒミコやゴウルがその存在を全く知らなかったこと。あの二人はアリアハンの結界が強い件に関して、オルテガの存在が大きいのだろうと推測していたが、ハルが勇者のことを述べた後、そちらが本命なのかと考えを改めた。魔王側でも、それなりに事情に詳しい二人が知らないとなれば、答えは自ずと見える。
 もしも、勇者という存在がいれば、魔王に目を付けられぬ筈がない。勇者とて育たぬ内から魔物に襲われては、ひとたまりもないだろう。故に、その存在はあまり公言できるものではない。
 だが、ハルの推測した本命は後者だ。魔王に対して以上に、他国に秘密とすること。そのメリットは、勇者の功績を多く自国のものとできるということである。
 勇者を排出した国。たとえ他国と国交を断っていようが、もしも勇者が世界を救ったのならば、それを育てた国としての功績は多大なものだ。後々に、他の国に対する強い力を手に入れることが出来るのである。
 現アリアハン王がどのような人物かは知らないが、港町を見てハルはそれなりの野心家であると判断した。理由は、物々しく建築されていた明らかに新しい港の城塞である。
 魔物対策だというのなら、この国にそれほど大きな武装は急ぎ必要ない。大陸に渡る結界が海の魔物の上陸を許さぬからだ。たとえ、結界の影響を知らずとも、強い魔物が陸に上がって来られないのは理解しているだろう。

 ならば、あれは一体誰に対するものか。

 港というのは、船から上陸しやすいように作られるものだ。よって、もし他国が船で攻めてきたとき、そこを取れるかというのは大きい。しかも、アリアハンの城の近くともなれば尚更である。
 他国による侵略を警戒する。それは逆に、自国が他国に対する侵略を考えている可能性が高いということだ。自分の野心を理解するからこそ、人の野心に怯えるものなのだから。
 どこまで秘密にするつもりかは知らないが、突然現れた存在が精霊の加護を持つ勇者であると言っても、それをどこまで信頼できるかと言えば微妙なラインである。全面的な支援を申し出る者など、まずいないだろう。


 勇者ですら道具とするとは、なんと人間の業の深いことか。


「……………………どこで知られたのかはともかく、気をつけた方がいいかと。別にあなたが他国の間者だと疑う訳ではありませんし、私は神に忠誠を誓った者ですが……そう思われないようにするべきだと思います」
「ん、忠告、ありがたく受け取っておく」

 精霊の加護による職業で能力が左右される世界。生まれ持つか、まだ赤子の器の時に授けられるかしない限り、加護は得られない。そして、ダーマですら勇者の加護を与えることができないとなれば、生まれ持つしかありえない。
 生まれたばかりの赤子が、誰も持ち得ない勇者という加護を持っていればどうなるかというのは、色々想像できるものだ。
 ゲーム上では出ることはなかったが、一応想定はしていた。人間がきな臭いことこの上ないが、後々考慮するべきだろう。

「…………さて、どうするかねぇ……」




***




 朝に港町を出発し、夕方頃に王都へと辿り着いた。
 アリアハンの印象を一言で表すのならば、牧歌的といった所だろうか。
 王都自体はダーマと比べるまでも無いほど大きい。この世界は壁に囲まれた城塞都市が基本であるが、恐ろしいほどにその市域が広い。ダーマですらかなり大きかったというのに、その倍以上だ。
 元々広大な平原を持ち、他国と国交を絶っているアリアハンは、全てを自給自足で賄わねばならない。資源は豊富であるようだし、国民の数も多いようなので、ことさら困ったことはないようだ。
 また、大した魔物がいない王都の近くでは、都の外側で家畜を放牧したり畑を作ったりしている。この地方だからこそできることだが、かなりこの効果は大きいだろう。
 王都の中も、ダーマのように混雑した雰囲気は無い。活気自体はあるのだが、家の一軒一軒が詰まっておらず、石畳の道はダーマと同じぐらいの広さであるものの、道の脇にはスペースがあり随分と広く感じる。
 のどかでありながら、それ以上に人々の活気が息づく街。さすがは、かつて世界を治めていた大国である。

「ハルさん。こっちにいる間宿はどうするんですか?」
「あー、適当に探したら見つかるだろうとか思ってたんだが……」
「じゃあ、うちの教会で泊まりません? 他にも人がいますけど、空き部屋もありますんで」
「ああいやそれは……」

 エベットの提案に、どうしたものかとロドリーを見るが、彼もまた一つ頷いた。

「よろしいですよ? ハル殿がどういう人物なのかは知っておりますから、何も問題ないでしょう」

 たかだか四ヶ月あまりの付き合いで、随分信頼されたものだとハルは内心でため息を吐いた。
 ハルが気にしたのは、よそ者である自分がいれば二人に迷惑が掛からないかということなのだが、それを理解した上でよしというロドリーに少々戸惑う。
 しかしながら、船から一緒にここまで来たことは他の人間にも見られていたことだ。それだったら、できるだけ共に行動していた方が怪しまれることもないかと考えを改める。

「ん、じゃあ暫く頼む」
「ええ、分かりました。皆には、私達の護衛だったと伝えておきましょう」
「やった! クウ、もうちょっとよろしくね」
「クウ!」

 それこそが本命だったのか、エベットは嬉しそうに袋へ語りかけ、クウもまた機嫌よさげに小さく返事を返した。




***




 勇者の事に関しては、慎重に進めながら幾つか情報を手に入れた。


・勇者は女性である。
・性格はかなり温厚。誰に対しても優しく、分け隔て無い。
・次の誕生日が旅立ちの日となる。それまで大体七ヶ月程度らしい。
・若いながらも普通の兵士よりは既に強く、ベテラン兵ともそこそこ渡り合う。
・剣を得意としながら、回復魔法と攻撃魔法も使える。
・現在は軍と共に遠征訓練中。


 この中で特に有用なのは、誕生日までの期間。旅立ちまで後七ヶ月という情報は、ハルにとってかなり有り難い。順当に旅をしていったとしても、ヒミコの所に辿り着くまで最低でも二年以上は掛かるはずだ。考えていたリミットの中でも、最長に近い。
 ただ、それでも全然時間が足りていないというのが現状ではあるのだが。
 他の情報は確認程度の話だ。予測される現状のLvは9~11。男であろうが女であろうが関係ないし、能力としても予測していたのと変わらない。性格については当人に会ってみなければどうとも言えないだろう。
 軍と共に遠征中ということなので、当人に会える可能性は限りなく薄い。まあ、会ったところで国の庇護下にある存在に何ができるわけでもないが。

 一方、結界の方は成果は殆ど無かった。そもそも、人間で結界のことを正確に把握している存在がいない。何故この大陸の魔物が弱いかも知らないのであれば、もはや論外だ。影響を受けている魔物の方が理解が深い。
 行商人の馬車に乗せて貰いレーベまで遠出をしてみても、魔力の濃さから結界の強弱は分かれど、それがどういう風に魔物達に影響を与えているのかは理解できない。唯一の収穫は、王都からレーベまで馬を使って大体四日程度というのがわかったぐらいか。
 距離的にはダーマから波止場までの方が短いようだが、こちらは平原ばかりで魔物もそこまで警戒する必要もなかったのが大きい。帰りはルーラで直ぐなので、少しばかり向こうでも調査をしてみた。

 レーベはまさしく田舎といった風だ。今までの例通り人は多いし民家もあるが、おおよそイメージと変わらない。一応アリアハンからの行商人などが泊まるらしく宿もあり、大ガラスや一角ウサギ辺りを狩れば、かなり喜ばれた。

 いざないの洞窟まで足を伸ばしてみたが、やはり旅の扉は封印され、奥へは行けなくなっている。過剰圧縮ベギラマを撃っても壁に焦げ目すら付かなかったところをみると、何らかの結界が張られているのだろう。破るには、最低でも過剰上級魔法クラスか、それこそ魔法の玉でも無い限り不可能かと思われる。
 オルテガが通った後に再封印されたのか、それともオルテガは船で旅立ったのか。地形を無視して冒険していたあの男なら、泳いで大陸まで渡っていそうで怖い。



 色々やってみたが、結局結論は一つである。つまり、『何も分からない』。



「だぁーっくそっ! 三週間使ってこれかよ!」
「クウゥ…………」

 思った以上に成果を上げられなかったことに、ハルはストレスを発散するように声を上げながら、ゴロンと地面に転がった。今いるのは、アリアハン近くの森の中である。さすがに外といえど、王都付近の平原でクウを出すわけにもいかない。

「これだったらジパング帰ってた方がマシだったな……」
「クウー……。クウ!」

 嘆くハルに、クウは首掛け袋から果物を差し出して鳴く。ここ最近でクウが一番お気に入りのリンゴだ。

「あー、いいってクウ。それ楽しみにとってた最後の一個だろ? 全く……お前に慰められてりゃ世話ないな……」
「クウ?」

 ハルは頭を掻きながら上半身を起こす。ここで嘆いていたところで何一つ変わらない。時間は有限なのだから、少しでも前向きに行動した方がマシだろう。

「これ以上やっても収穫なさそうだし、一度ジパングに帰ってゴウルの爺さんと話してみるか」

 言って立ち上がろうとしたとき、ハル達の近くの茂みが揺れた。
 ガサリと音を立てて現れたのは、ハルの腰ほどもある鳥。大ガラス。続いてさらに二匹姿を現し、ハル達を威嚇してくる。

「……逃げるつもりは……ないのな。やれやれ、仕方ないか」
「クウ!」

 実力差があるにも関わらず戦う気を見せるカラスたちに、ため息を吐きながらもハルが剣を構えようとしたとき、クウが自己主張した。

「え? お前がやるの?」
「クウ!」

 やる気満々とアピールするクウに、ハルはポリポリと頭を掻く。
 カラスたちはジリジリとこちらに近づいている。飛びかかるタイミングを見計らっているのか、それとも実力差を理解して動かないのか。しかしながら、たかがカラスとはいえ、そのクチバシによる攻撃は並の人間の命を簡単に奪えるだろう。
 クウはまだ生後数ヶ月経つかどうかというところ。成長自体は人間と比べるまでもなく早いが、成体のスカイドラゴンから見ればまだ半分も体長はなく、体も細い。
 ざっと見たところ、クウと大ガラス三匹であれば、普通にやれば若干クウの方が分が悪いだろう。だが、クウもやる気を見せていることであるし、過保護にしていても仕方がない。
 ちょうどいい機会かと、ハルはコクリと頷いた。

「よし、頑張ってこい。本気で危なかったら手を貸してやる」
「クウ! クウウ!」

 心配はいらないとばかりに高く鳴くと、クウはスルリと首掛け袋を地面に降ろし、大ガラスへと飛びかかっていった。大ガラス達も、それに対抗して取り囲むように動く。
 素早さならばカラス達よりもクウの方が勝っている。勢いを活かして、クウは正面の大ガラスに体当たりを仕掛けた。

「クウ!」
「クエエ!?」

 囲いを抜けるようにそのままクウは前へと進み、振り向きざまに口から火を吹く。スカイドラゴンのメインの攻撃といえば燃えさかる火炎であるが、クウはまだ器官が育っていないのか、精々火の息といったところだ。
 しかし、大ガラス相手には十分な武器である。炎に巻かれ、大ガラス達は泡を食ったように体を動かしながら距離を取った。

 実のところ、クウは火の息を連続して出すことができない。一度吹いたら次に放つまで大体30秒ほどの時間が必要だ。
 できることならば、今ので最初に体当たりした大ガラスぐらいは倒せればよかったのだが、残念ながら未だ三匹とも健在であった。それでも、クウの攻撃を警戒し近寄ることができないようだ。
 自分の最強の手札である火の息を牽制に使うとは、ずいぶんと思い切ったものだ。もっとも、クウの立場ならばハルも同じ事をしただろうが。
 手札が少なく相手の数が多い場合、防御側に回ったらまず負ける。だが、無闇に攻撃したところで倒しきれずに囲まれてしまえば同じだ。よって、こちらの攻撃を警戒させる必要がある。ならば、使うのは一番強い手札か、それに準ずるものでなければならない。

 にらみ合うように動かず、されど時間はクウに有利に働く。あと少しで火の息が吹き出せるというところで、クウは一度大きく息を吸い込んだ。
 大ガラス達は身構えるも、クウの口から出たのは掠れた息のみ。戸惑ったようなクウの様子に、好機と一斉にカラス達はクウに飛びかかった。
 仕方無しとばかりに、クウは満身創痍の一匹に食らい付き、喉に噛み付かれた大ガラスはくぐもった声を上げながら絶命した。
 それでも、残る二匹はクウに攻撃を仕掛けてくる。タイミング的に一匹は躱せても、もう一匹は無理だ。受けて怪我をすれば、クウの方が不利となる。
 しかし、それこそがクウの望んだ瞬間である。ばらけていた大ガラス達が、近距離で固まった瞬間に、クウは口に大ガラスを咥えたまま火の息を吹いた。


「「クエエエェェェ!!??」」


 仲間の死体を越え吹き付ける火の息を、大ガラス達はまともに受ける。間近で火の息を直撃されては、二匹が生き残ることなど不可能だ。
 火が消えた後、地面には三匹の焦げた死体が転がっていた。


「クウウウゥゥ!」


 単独戦闘での初勝利に、クウが雄叫びを上げる。そして、嬉しそうにハルの元へと帰ってきた。

「ん、よくやった。頑張ったな」
「クウー♪」

 労い頭を撫でてやると、クウは喜びながら体をくねらせた。終わってみれば、一撃も受けない勝利である。道筋を立てて行動予測した結果であろうが、一体誰に似たのやらとハルは苦笑した。

「クッククウ♪ ……ク?」

 機嫌良さそうに、クウは地面に降ろした首掛け袋を着けようとするが、ふとその動きを止める。

「どした?」
「クウ……」

 見れば、袋の中でゴソゴソと何かが動いていた。果物が数個入る程度の小さな袋だ。中に入れる存在など限られている。クウの戦闘に気を取られてはいたが、こちらに敵意を持っている者に気が付かぬほどハルとて間抜けではない。ならば、これの狙いは袋の中身だけだということだ。

「………………」

 ハルはおもむろに袋を掴み、目の前まで持ち上げた。

「ピキー!? 何か浮いたよ!? 何!? 何!?」

 袋の中の存在は、急に地面の感触が無くなったことに戸惑いの声を上げる。普通に喋りやがったと、ハルは眉を顰めながら袋の中に手を突っ込んだ。

「ピッキャアアアア!? 何か来た何か来た! つ、掴まないでぇ!!」

 プニプニとした感触。ゼリーの塊にしか見えないくせに、決して体内に指が入っていったりせず、しっかりと掴める。アリアハンに来てから何度も遭遇したが、こうしてまともに触ったのは初めてだ。何とも不思議な感触である。
 引き抜いてみれば、ハルの頭の大きさと同じ程度の青い体躯が現れた。ドラクエ世界でも一・二を争うほど有名な魔物、スライムである。
 その大きな目を泳がせ、口を引きつらせながら、スライムはフルフルと体を揺らす。

「ぼ、僕悪いスライムじゃいないよ? だからいじめないで!」
「…………その台詞はⅢじゃねー」
「クウ? …………クウウウウウ!?」

 何とも間抜けなスライムにハルが脱力していると、スライムがいた袋の中をのぞき込んでクウが叫び声を上げた。見てみると、クウが楽しみに取っておいたリンゴを含め、中にあった果物が全部食われている。

「クウウウ! クウ! ククウ!!」
「ピキャアアアア!? やめっ、止めて! 食べられ、食べられる!?」

 珍しく憤りのままに噛みつこうとするクウと、器用にも掴まれたまま必死に体を動かしてそれを避けるスライム。どうしたものかと思いつつも、放っておいたらいつまでもやっていそうなので、とりあえず二人を止める。

「落ち着けクウ。また買ってきてやるから。んでスライム。お前もさっさ謝れ。マジで食われるぞ?」
「クウゥ…………」
「ピキィ……ごめんなさい……」

 揃って項垂れる二人にため息を吐きながら、ハルはスライムを地面へと降ろした。すぐに逃げるかとも思えば、所在なさげにその場で体を揺らすだけで、動こうとしない。

「こ、殺さないの?」
「……何で?」
「だ、だって君、人間でしょ? 人間って魔物見たら容赦しないし……」

 気怠げに聞いて返ってきた答えに、なら明らかに人間の荷物と思われる袋を探りに来るなよと思いながら、ハルは頭を掻いた。

「殺しても何の足しにもならんだろうが。第一、ここにいるクウも魔物だぞ?」
「ほ、ほんとだ! え? でもどうして人間と魔物が一緒にいるの?」
「クウ? クウクウ、クウウ」
「え? 配下? 君がこの人間の? ほんとに?」
「クウ!」
(……言葉分かるのか。いや、魔物同士だから不思議じゃないのか?)

 何ともいいがたい二人の会話に、微妙な気分になる。クウの言っていることが雰囲気でしか分からないだけに、スライムと会話がかみ合ってるのかも確認できないが。
 と、ハルは周囲に寄ってくる気配に気が付いた。それも、一つや二つではない。大きな塊で、ハル達の横手の茂みに隠れているようだ。
 また何か来るのかと、若干ウンザリしながらハルは魔法を撃つ準備をする。出てきたら即迎撃してやろうと思っていたのだが、しかし気配はそこから動こうとはしなかった。
 奇妙に思いつつ、ハルは気配を消しつつ茂みに回り込み、そこにいるものを確認する。

 果たして、茂みに隠れていたのは10匹ほどのスライムだった。何やら円陣を組むように、話をしている。

「何をまごまごしてるのよ! こうしてる間にもボウが殺されちゃうじゃない!」
「でもリン……人間怖いよ……」
「あいつら俺たち見たらすぐ叩けって言うんだぜ?」
「ボウだけじゃなくて私たちも殺されちゃうよ……」
「くっ、この腑抜け共……あんた達にスライムとしての誇りはないの!? こうなったら私だけでも……」
「……………………とりあえず、何なんだお前ら?」

「「「「「ピッキャアアアァァァアアアアア!!??」」」」」

 ハルが一声掛けたとたん、蜘蛛の子を散らすように逃走するスライム達。その様子を見れば魔法を撃つ気も失せるが、それらの中でただ一匹ハルを睨み付けているスライムがいた。

「に、人間め!! わ、私を殺すつもり!? わ、私はただではやられないわよ!?」
「…………どうでもいいが、お前震えすぎだろ」
「そ、そんなことないわよ!」

 胸?を張るようにスライムは言うが、吃り震えながらでは説得力の欠片もない。虚勢を張れるだけマシなのかもしれないが。

「あれリン? どしたの?」
「クウー?」

 言いつつ現れたのは、先ほどのスライムとクウである。いつの間にそんなに仲良くなったのか、スライムはクウの頭の上へと乗っていた。

「ボウ! あ、あんた大丈夫なの!?」
「何が?」
「だ、だってあんた人間に襲われて……」
「襲ってねえよ。人を勝手に殺人鬼に仕立てあげるな。お前らみたいなの殺しても何の徳にもならん」

 手に集めた魔力を掻き消しながら、ハルは周りからこちらを伺っているスライム達を見る。

「…………このままじゃ埒が明かん。ちょっとお前ら整列!! 10秒以内に集まらなかったらイオぶちかますぞ!!」
「「「「「ピ、ピキイイイィィィイイイイイ!?」」」」」

 怒声を受け、スライム達は慌ててハルの前へと整列した。8匹のスライムが並んで震えているのは、見た目にも鬱陶しいことこの上ないが、我慢しながらも殺す気がないことは伝える。時折逃げようとする者には、掠めるほどの距離でヒャドを撃った。

「…………理解したか?」
「「「「「しましたしました!! こちらから襲わない限りハル様は私達を殺しません!!」」」」」
「く……魔法で脅しながらなんて……この極悪人……」
「ああ?」
「な、何でもありませんハル様!」

 まだ文句がありそうなスライムを目線で黙らせ、ハルはため息を吐いた。脅しながら話をしたハルもハルであるが、こういつまでも怯えられているのは気分が悪い。いつの間にやら様付けで呼ぶようになっているし、その前にこいつら一人称的に雄雌の区別があったのかとか色々思ったが、どうでもいいかと結局考えを放棄した。


 スライムは不思議生物。それでいいじゃないか。


「しかし……スライムって喋れたんだな。俺が見たことのあるのは、全部変な鳴き声しか出したことなかったんだが」
「あ、あのパッパラパーになっちゃった子達のこと? あれはねぇ、仕方ないんじゃないかな?」

 ハルに言葉を返したのは、一番最初に出てきたボウとか呼ばれているスライムだった。かなりの大食らいで、物事を深く考えるタチではなく、先ほども袋の中から果物の匂いがしたから何も考えずに潜り込んだらしい。まあ、何も考えていないせいかこの場では唯一ハルに怯えもしていないが。

「何だっけ? 魔王様の力っていうの? あれで心の中がいっぱいになっちゃって、何も考えられなくなっちゃったみたい」
「こっちとしては迷惑極まりないわよね。なんかあれの所為で人間に狙われるようになったみたいだし、私達も影響受けちゃうから食べ物探しに行くのも一苦労だし」
「…………ちょっと待て、そういや何でお前らは平気なんだ? クウはまだ生まれたばかりのところを拾ったから分かるが、お前らはそうじゃないだろ?」

 リンというスライムの台詞に、ハルは眉を顰める。
 今のところ、戦闘以外で理性的な行動ができる魔物に出会ったのはヒミコの配下とクウ以外では初めてである。生まれたばかりのところを拾ったクウはともかくして、幹部の配下でもない魔物が闇の力に侵されていない筈はない。

「えっとねぇ、僕らは霊樹の近くで過ごしてるから……」
「ボウ! それ言っちゃダメ!」

 ボウが質問に答えているのを、リンが遮る。しかし、既にハルの興味を引く単語は出ていた。
 霊樹。清い空気の中で長い年月を経た樹木が至ったもの。力の種に始まる各種の元になるものであるとは聞いていたが、闇の力を遮る効果もあるとは初耳だ。こうして実存しているものの話を聞いたのはこれが初めてであるし、ゴウルやヒミコですら見たことは無いとのことだが。

「…………お前らが闇の力に対抗する手段を持っているなら、それを知りたいんだが……霊樹に何かあるのか?」
「だ、ダメよ! 人間なんか連れて行けるわけないじゃない!」

 予想通りの反応を返されて、ハルは口を結び目を閉じた。闇の力に関してはこの大陸に来て、いや、この世界に来て初めての収穫だ。クウがいつそれに侵されないとも限らないし、逃すのはあまりにも惜しい。
 ハルは、片膝を付いてグッと視線を落とす。

「頼む。お前らの生活を荒らしたりは絶対にしない。必要なら応えられるだけの対価は払おう。大切なことなんだ」
「そ、そんなこと言われたって……」
「ねえリン、いいんじゃない?」

 ハルに助け船を出したのは、ボウであった。逡巡するリンに対して、あっけらかんと了承を促す。

「でもボウ!」
「悪い人じゃないと思うよ? この人なら、他の皆を殺して脅すことだってできるのに、そんなことしないし。このクウだって、殺されそうな所をこの人が助けてくれたんだって。ね? 大丈夫だよねクウ?」
「クウ!」

 二人からの説得に、だがそれでもリンは迷っている素振りを見せる。そして恐る恐るといった様子で、ハルを見上げた。

「絶対に荒らしたりしない?」
「ああ」
「他の人に言ったりしない?」
「ああ」
「……私達に何かあったら助けてくれる?」
「俺にできる範囲でそれを望むのなら、約束しよう」
「…………うう~……分かったわよ。私達の長なら、あなたの知りたいこともちゃんと答えられるかもしれないから……でも、絶対! 絶対約束守ってね!」

 言うと、リンはクルリと周りのスライム達に向き直った。

「皆! 帰るわよ! この人連れて行くから、勝手にどっか行かないように!」
「「「「「ピキー!」」」」」

 リンの号令にスライム達は返事をし、固まって動き始めた。リンは戦闘でそれらを引きつれ、ハルとボウを頭に乗せたクウも一番後ろから彼らに付いていく。
 道が無いどころか、獣道すら存在しない藪の中を通り、森の奥へ奥へと進む。ハルが通るにはかなり大変な道ではあったが、できるだけ周りを傷つけぬように、人が通ったという痕跡を残さぬように付いていった。

 そして、山の麓。切り立った崖の下に、その場所はあった。

 広さはさほど無い。精々20メートル四方ぐらいだろうか。崖のすぐ下に樹があり、その横手には小さな池があった。おそらく、あの樹が霊樹なのだろう。
 樹の大きさは、目測で10メートル程度である。幹がかなり太く、大人五人ほどが手を繋いでようやく届くかどうかといったところだ。枝は大きく広がり、日光が当たれば影が広場全体を覆うかと思われる。他の樹よりも明らかに大きいが、背にある崖が苔によりかなり染まっているので、あると分かっていても離れれば見えにくい。
 何より、空気が違った。ダーマ神殿に似た、しかし明らかに違う空気。
 色濃く漂う魔力は、樹から溢れ出したものだろうか。透明感があるといえばいいのか、作られたものとは違う自然そのものの神聖さが立ちこめていた。


「……………………なるほど、これは圧巻だ」
「クウー♪」

 ハルが呟き、クウが機嫌よさそうに声を上げる。やはりクウも闇の力の影響を受けていたのか、随分気持ちよさそうにしていた。


「「「「「ピッキャアアアアアアア!! 人間だあああああああ!!」」」」」


 ハル達が広場に踏み入れた途端、そこにいたスライム達が一斉に逃げ出した。今日三度目となる状況にハルはもう目を覆うしかない。

「ちょっと待ちなさい! 長! 長はどこよ!」
「り、リン! 掴まないで! に、逃げないと殺されちゃう!」
「殺されないわよ! いいから! さっさと長の居所を吐きなさい!」

 そんな中、リンが一匹のスライムを捕まえて怒鳴っている。捕まっているスライムは必死に体を伸ばして逃げようとしているが、どうにもリンの方が強いらしく全く動いていない。
 リンがそうしている間に、一緒に来たスライム達はバラバラと辺りに散らばっていった。どうやらここの長を捜しているらしいが、見つからないようである。

「霊樹か……ここら一帯に魔力を満たしてるのは分かるんだが……」

 待っていても仕方ないので、ハルは魔力を調べつつ霊樹へと近づいていく。おおざっぱに他の場所と大気に溶ける魔力が違うのは分かるのだが、どこがどう違うのか、闇の力にどう対抗しているのか等、精緻なところまでは理解できない。
 下から見上げてみれば、霊樹はやはり大きく、まるで呼吸をしているかの様な気さえする。吸い込まれるように、ハルはそのまま樹に手をついた。
 瞬間、ハルはその場から飛び退く。クウ達が何事かとハルを見てくるが、ハルの立っていた場所にボトリと何かが落ちてきたことでその答えを知った。

「あ、長だ」
「長!!」

 落ちてきたのは、やはりスライムである。ただし、ボウやリン達に比べ若干その体に張りが無いように見え、目元どころか体ごと垂れ気味であった。

「人間が……こんなところに何のようですかの……?」

 長は、嗄れたような声でハルに問いかける。フルフルと震えているのは同じだが、声に恐れている様子がないのは、さすがに他のスライムとは違うといったところか。

「…………あんたらが魔王の力に、闇の力に侵されていない理由を知りたかった。不躾ですまないな。俺の名はハルだ。あんたらに危害を加えるつもりはない」
「……ここの長のアキと申しまする……ボウとリンが判断したのでしたら……本当にそうなんでしょうな……しかし……ハル殿はなぜそのような事を……? ただ人間の世界に平和をというのなら……我ら魔物を滅せればよいことでは……?」
「………………………………俺が魔王になるためだ」

 ざわりと、ハルの言葉に周りがざわめき立つ。遠巻きにではあるが、先ほど散っていったスライム達がハルとアキの周りを囲んでいた。
 中でも、ハル達の近くにいたボウとリンが驚きを見せる。

「ハル様、魔王様になるの?」
「ほ、ほ、本気!? 人間が魔王になるなんて……」

 一方で、長は酷く冷静にハルの顔を見返す。

「…………本気……なのでしょうな……魔王になって人間を支配しようと……?」
「……別に、人間を支配する為じゃない。魔物を支配するつもりもない。ヤマタノオロチ……ヒミコの為だ」

 正直なところ、ハルはヒミコの事を話すのに抵抗があった。ヒミコとハルの繋がりや、ヒミコが匿っている者達のことを知るものが増えるほど、ヒミコの危険が高まるからだ。
 だが、魔物であるスライム達に人間であるハルの事を信用させるには、必要なことだった。それに、このスライム達は魔王の力を拒絶しており、人間からも隠れ住んでいるのだから、危険も殆ど無いと思われる。

「……………………ヤマタノオロチ様の為に……ですか…………正直なところ…………私には……そういう気持ちは理解できませんが…………」
「ううう……何て……何て人なの貴方は! 愛する人のために、同じ人間の敵にすらなろうだなんて…………」

 アキがゆらゆらと考えている横で、何故かリンが滂沱の涙を流していた。その隣りにいるボウは頭の上に疑問符を浮かべており、こんなところに雌雄の差があるのかとも思わされる。

「俺は生きている限り魔王を倒そうとするだろうが、ヒミコには時間がない。あいつが無事でいられる間に魔王を倒せるか分からない。必要なんだ。だから頼む。闇の力の対抗手段について、何か知っているのなら俺に教えてくれ」
「……………………このまま魔王様が世界を征服するにしても……我らが変わらず暮らすことはできんのでしょうな…………分かりました…………私に分かる範囲でしたらお答えしましょう……」
「―――恩に着る」

 アキは変わらぬ口調で、話を始める。

「…………魔王様の力がなんなのか……それ自体は我らも知りませぬ……。ハル殿が言った通り以上のことは……。しかしながら……ハル殿は……何故魔王様の力が人間に効かず……魔物や魔族だけに効果があるのか……ご存知ですかな……?」
「いや……そういや、そういうもんだとしか考えてなかったな」

 ハルは人間で、ヒミコ達は魔物。頭の中にあったのは、確かにそういう枠組みでしかなかった。思いつきもしなかったことを問うことはできない。ゴウル達に聞けば何かに気づけたかもしれないのに。
 この世界には元々魔物が存在した。バラモスもゾーマも、全て世界が生まれて以後に現れたものだ。ならば、魔物とて人間と同じく天上の神が作った存在に相違ない。
 同じように作られた存在なのに、なぜ魔王の力は魔物にしか作用されないのか。確かにおかしい話である。

「…………私とて……理解しておる訳ではありませぬが……推測はありまする……」


 アキ曰く、この世界の生き物は大別して二種類に分けられるという。
 人間や馬や牛など、存在するのに器の方に大きく比率を持つ器型。スライムに始まる魂の方に存在比率が傾いている魂型の二種類だ。

 器型の方は、器が完全に固定された概念であるため、器が持つ能力以上のことはできないし、Lv上限もそれ程高くない者が多い。しかし、Lvアップ……魂の力が大きくなることにより器が得る力は大きく、その成長は魂型に比べ格段に早い。

 魂型の方は、より如実に魂の力を発揮できるため、器が持つ能力以上のことも可能である存在もおり、Lv上限が高く、特殊能力を持つ者が多い。しかし、魂の力を発揮しやすい分器が得る力は少なく、成長が非常に遅い。

 どちらも一長一短の部分はあるが、ことここで問題になるのは魔力と魂の関係性だ。魔力の起因は魂にあり、魂型の存在は魔力の影響を受けやすい。

「…………闇の力とは……一種の呪いのようなものではないかと思いまする……。魔王様は……その強大な魔力によってこの世界に呪いを掛けているのだと……」

 それは、魂に力を与える呪い。より強く魂の力を引き出して、闘争本能を掻き立てる呪い。ジワジワと、染みるように呪いは浸透していく。魂型の存在である、魔物達はその呪いを直に受けてしまうのだ。

「…………我らは魔物の中でも最も弱い種族でありまする……。ですが……弱いからこそ闇の力の圧迫感はよくわかるのです……。心を蝕んでいく力が……呪いじみたものであると……」

 今アキが語っているのは、あくまでも推測である。だが、闇の力を受けることにより現れる現象を考えれば、様々なことに説明がつくのも確かだ。
 理性を失う変わりに、力を得る。般若の面など、呪われた武具などはまさしくそれだろう。呪われた武具を装備すれば強力な力を得られるが、混乱したり突如体が動かなくなったり、自分の思うように動けなくなる。
 町などの結界内に入れないことや、もし入れたとして町中で力を封じられるのも神の結界が呪いに反応しているためか。徐々に呪いが進行するとなると、クウが町中に入れるのは完全に呪われていないからと考えられる。
 呪いを解く方法といえば、教会に頼むかシャナクの魔法を使うかであるが、前者はそもそも魔物が町に入ることができず、よしんば入れたとしても解呪は祭壇の前でしかできないため、どう考えても現実的ではなく、後者は使える人間がほぼいない。何せ、シャナクの魔法は魔法使いがLv30にならないと覚えないのだから。Lv30を越える魔法使いなど、世界中探しても一人か二人か、下手をすればいないかもしれない。しかも、その方法で本当に解呪できるとも限らないのだ。

「何とまあ……納得できるだけに頭が痛くなる話だな……」
「………………私が知りうる対抗手段は三つのみ……こうして霊樹の空気の中にいるか……霊樹から生み出される雫を飲むか……」

 霊樹とは他の樹木より呼吸が大きいらしい。空気を取り込む際にその中にある魔力も取り込み、樹の中で循環させはき出す。ここに来たとき感じた透明感のある魔力は、そうして生み出されたものだった。
 霊樹から生み出された魔力は魔物に悪影響を与える事はなく、呪いの力を掻き消すことができる。そして、霊樹が作り出す雫には、その魔力と同等の効果があるのだという。

「……お連れのスカイドラゴン殿も……一度飲んでおくとよろしいかと……霊樹の隣にあります池がそれですので…………」
「ああ、後で貰っておく。それで、あと一つは何なんだ?」
「…………我ら魂型の存在は……他者と契約を結ぶことができまする……」
「契約?」

 オウム返しに訪ねるハルに、アキは頷く。

「…………実のところ……私は契約の儀については……詳しく知りませぬが…………己が主と認めた者と契約することにより……魂型の存在は主と魂の繋がりができるといいまする……」

 実際にアキが契約の儀を行ったり見たという訳ではない。遠い昔……アキが祖父より聞いた話だ。
 主と魂を繋げることで、自身が他の者に操られることを防ぐ。主に逆らうことが許されなくなるため、ともすれば隷属させる儀式だと思われがちかもしれないが、本来は主と契約者の間にある絆が切れぬように願う儀式である。絆が神聖なものであれば、そのような儀式は必要ではないのだから。
 魔王の呪いがどれほど強力なのかは分からないが、おそらく契約の儀を行えば外部からの魂への干渉をかなり軽減できると思われる。
 ゴウルなどは呪いの力を浴び続けているのに、全くその影響を受けていないように見えた。あれは、ヒミコと契約していたからなのか。彼に聞けば、儀式のことも分かるかもしれない。

「……本当に、一度帰るべきか。今後どうしていくかも見えてきたことだしな。スライムの長、貴重な情報をくれたこと、心から感謝する」
「……私ごときの話が力になれたのなら……それは重畳ですの…………代わりに……一つ願いを聞いては……くれませぬか……?」
「俺にできることなら…………願いとは?」
「……霊樹と私は長らくの時間同じ時を過ごしてきました…………だから……何となく分かるのです…………霊樹が……もう長くないことを…………」
「お、長! それホントなの!?」「わわわわわわわわわわ」

 アキの告白に、リンが叫んだ。その横では、ボウが超スピードで振動しながら動揺を示している。

「……今日明日……ということはないでしょうが…………後五年持つかどうか…………」
「う、嘘でしょ……? じゃ、じゃあ私達もいつか外の魔物みたいに……」
「…………それで、俺に何を願う? ここの霊樹が枯れない方法でも探せばいいのか?」

 項垂れるリンを横目に、ハルはアキに問う。しかし、アキはゆっくりと体を横に振り、否定の意を表した。

「……もしよろしければ…………ここにいるボウとリンを……連れて行ってやっては……くれませぬか……?」
「ふえ!? 私!?」「え? 僕?」

 いきなり言われて、目を白黒させるボウとリン。アキの意図が読めず、ハルもまた眉を顰めていた。

「……ボウとリンはここの若い者の中でも中心となっている二人…………。もし……あなたの作り出す場所が我らの安寧の場所となるなら……この二人がいれば皆も移りよいでしょう……。そして……外の世界を知り……我らの居場所を築く力を……得て欲しいのでありまする…………」
「……まあ俺は別に構わんが……」

 チラリと、ハルは二人の方を見る。

「………………長がそう言うなら、従うわよ。貴方に付いていったらいいんでしょ?」
「わわ、クウ! 僕も一緒だって!」
「クウ!」

 リンは言われたから渋々といった様子だが、ボウは特に異論はないようだった。そんな二人の様子にハルは軽く肩を竦める。

「なら問題はないな。あと、あの池の水、少しばかり貰っていっていいか?」
「……ええ……構いませぬ…………。むしろ……ボウやリンに必要でしょうから……いつでも採りに来て下され……。二人を……よろしくお願いしまする…………」
「ああ、任された。で、お前らは特に用意とかはいいのか?」
「私は別に……ボウは?」
「僕はねー、えっと……ちょっと待ってて!」

 言うと、ボウは走るように近くの茂みへと飛び込んだ。てっきりボウも直ぐに出られるものと思っていたのか、リンはボウの行動に不思議そうな顔をしている。
 ガサリと、再び姿を現したボウは、その頭の上に何か木の実のような物を乗せていた。

「ハル様ハル様! これあげる!」
「ん? なんだこれ?」
「んとね、霊樹が偶に落とす木の実なんだ。これ食べると、力持ちになったりするの!」
「って、お前それ……」

 思わず、ハルはマジマジと木の実を見てしまった。ボウの頭に乗っている木の実は三つ。二つが大体似たような丸い形で、一つが細長い。ボウの話が本当ならステータス各種を上げられる種の筈だが、どれがどれだか分からない。Lv上限が20のハルにとっては、どの種だとしても非常に有り難いものであるが。

「いいのか? これ貴重な物なんだろ?」
「いいよー。あんまり取れないけど、皆これ食べたりしないし。あんまりおいしくないんだよねー。滅多に見つけられないから、見つけた時にラッキーって集めてたけど、僕もあんまり食べたくないかなぁ」
「……そか。んじゃ、ありがたく貰っておくよ」

 大切かどうかが味によるとは、最初にクウの果物に釣られて捕まったボウらしいと、苦笑しながらハルは種を受け取った。今使うつもりはないが、後々転職しなくなったときの為に荷物の奥へ仕舞っておく。機会があれば、商人辺りに鑑定して貰うのもいいだろう。

「ううう……外かぁ……」
「クウ! ククウ!」
「大丈夫だってリン。ハル様強いし、クウも守ってくれるって」
「何であんたはそう楽天的なのよ! もう! はぁ……魔王様? ちゃんと守ってね? 私弱いんだから」


 アリアハンに来た収穫は確かにあった。やるべき事も見えてきた。ようやく、自分にとってのスタートが切れそうな位置までやってきた。
 しかしながら、これから随分騒がしくなりそうだなと、やたらと元気な連中を見ながらハルは頭を掻いた。






******************

 7話更新……遅いし長いし……。
 設定の詰めが甘かったなぁというだけの話ですが。なんともはや……こういう間の話が上手く書けるようになりたいです。
 
 いつものように裏話は記録のほうへ。


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