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No.29793の一覧
[0] そして魔王様へ【DQ3】(5/8新話投稿)[NIY](2014/05/08 23:40)
[1] 新米魔王誕生[NIY](2014/03/05 22:16)
[2] 新米魔王研修中[NIY](2014/04/25 20:06)
[3] 続・新米魔王研修中[NIY](2012/09/28 10:35)
[4] 新米魔王転職中[NIY](2014/03/05 22:30)
[5] 新米魔王初配下[NIY](2014/03/05 22:41)
[6] 新米魔王船旅中[NIY](2012/10/14 18:38)
[7] 新米魔王偵察中[NIY](2012/01/12 19:57)
[8] 新米魔王出立中[NIY](2012/01/12 19:57)
[9] 駆け出し魔王誘拐中[NIY](2014/03/05 22:52)
[10] 駆け出し魔王賭博中[NIY](2014/03/19 20:18)
[11] 駆け出し魔王勝負中[NIY](2014/03/05 22:59)
[12] 駆け出し魔王買い物中[NIY](2014/03/05 23:20)
[13] 駆け出し魔王会議中[NIY](2014/03/06 00:13)
[14] 駆け出し魔王我慢中[NIY](2014/03/19 20:17)
[15] 駆け出し魔王演説中[NIY](2014/04/25 20:04)
[16] 駆け出し魔王準備中[NIY](2014/05/08 23:39)
[17] 記録[NIY](2014/05/08 23:37)
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[29793] 駆け出し魔王準備中
Name: NIY◆f1114a98 ID:313d545b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/05/08 23:39
二章第八話 駆け出し魔王準備中


「まだ直せんのか!」

 苛立たしさを隠すことも無く、アッシャは激昂していた。
 矢面に立たされているのは、杖を背負った男。それは、リンが最初に逃亡しようとしたとき、ラリホーを使った僧侶くずれである。顔面蒼白となり、痙攣した口からしどろもどろに説明しようとする。

「も、申し訳ありません……そ、その……何か魔力が働いていることは分かるんですが……そ、それが一体どう動いているのかも、どういう作用があるのかも……さ、さっぱりで……」
「っ!! その程度でよく腕利きの魔法使いなどとほざけたな!! この役立たずが!! 次の“場”を開くまでに復旧できなければ、どうなるか分かってるだろうな!!」
「そ、そんな!!」
「なんだ? 今ここで始末されたいのか?」

 提示された無理難題に男は抗議の声を上げるが、アッシャが睨め付けることでさらに顔から血の気を引かせ、這うように部屋から退室した。
 それを見届けても全く怒りが冷める様子はなく、腹立たしげにアッシャは椅子を蹴飛ばす。
 ハル達と取引した前回の“場”より二週間。格闘場にはある異変が起きていた。
 外から購入した魔物が、まともに戦わなくなったのである。否、正確に言うなれば、“戦えなくなった”と言うべきか。あの理性ある魔物達以外は、総じて町中では全く力を出せなくなってしまう。
 あのローブを着た謎の人物が訪れる前の状態と全く同じだ。奴の施した仕掛けの寿命が来たのか、誰かが仕掛けを壊したのか、ただ一つ間違いないのは、それが今正常でないということである。
 おそらくは魔法の類いであろうと見切りをつけたが、アッシャの配下の魔法使いは先ほどのような体たらくだ。異常が分かってから既に四日経っているというのに、手がかり一つ見つけることができていない。
 ローブの人物が来たのは、つい最近のこと。次に現れるのは最低でも一月は後になるだろう。
 理性ある魔物達だけではまともな殺し合いにならず、下手に薬を与えて戦わせたところで損ばかりが見えてしまう。
 最悪、コロシアムが使えるようになるまで閉鎖をしなければならない。維持費分のマイナスは出るが、その後のことを考えると被害を最小限に抑えるにはそれが一番マシだ。

「くそっ!」

 ガツンと、今度は壁を蹴飛ばす。どうにもならない現状に、アッシャは行き場の無い怒りを抑えることができない。
 アッシャ達には分からないことであるが、コロシアムに使われていたのは、ある一種の結界のようなものであった。
 結界魔法など、普通の人間が手を出すことはない。冒険者の夜営時には聖水を使った簡易結界を作るのが当たり前だが、そもそれが結界であると知らない者すらいるのだ。
 しかし、ある意味では当然である。この世界において魔法とは、Lvを上げることで式を手に入れるものであり、それ以外の方法で魔法を使うことなどそうはない。普通の人間には必要のないことなのだ。
 魔法使いである者でもそれは同様で、Lvを上げて手に入る魔法式以外の特殊な魔法を使う者など、一部の限られた人間だけである。
 冒険者以外の者が結界に触れる機会など、街を覆う神の結界の他は無く、その張られている神の結界も決められた条件と儀式により使われるもので、原理を理解している人間などまずいない。
 あるいは、魔法陣について研究している者が手にあれば、何らかの手がかりが見つかったかもしれないが、アッシャにそのような伝手はなく、門外漢である彼ではそのような考えに至ることすらできない。
 結果として、“場”をしばらく閉鎖することしかアッシャにはできないのだ。事を為した者が、苦々しい思いを抱いているのとは裏腹に。




***




 ポルトガと言えば、船の印象が強い。
 ハル達の世界でも、ヨーロッパで昔胡椒が金と同じ価値があったことを思えば、確かにそこまで不思議なことではないのかもしれないが、いまいち船入手のイベントが納得いかなかったのは、あまりにも軽すぎた王様の台詞の所為ではなかろうか。
 ゲーム上で唯一港が描かれていた国は、イメージに違うこと無く、潮の香りがほのかに鼻孔をくすぐる巨大な港町といった風であった。何よりも目を引くのは、やはり多くの船が並んだ大きな港だ。大小様々な船が並び、そこから人々が行き交う光景は、他の国ではまず見ることができないものだろう。
 ガレオン級の帆船を国軍が何十と保有しているポルトガは、海上での戦いで他に追随を許さない。海兵だけでなく、商人達が雇う護衛も他の国にいる者に比べ格段に船上での戦いに強い。
 凶暴な魔物が増え、他の国では船での交易が極端に少なくなった今でも、多くの交易商が国を潤し、街を賑わせているようだ。さすがにネクロゴンド事変以前とまではいかないようであるが。
 香辛料などは気候的に栽培することが難く、交易に頼っていただけに値段は高騰しているらしい。やはり胡椒はその最たるもので、さすがに金と同等とまではいかないまでも、平民では日常的に手を出すことが難しいほどの値段となっていた。

「……で、どうするんだ?」
「ふむ…………」

 タクトに問われ、ハルは腕を組みながら口元へ手を当てる。
 ポルトガの港近くにある酒場のテラス。港を行き来する人の流れを横目に、ハル達は遅めの昼食を取っていた。
 タクトが問うのは、これからの行動について。ハルの計画の中で、かなりの重要度を占めていた船であるが、それが手に入らなかったのである。
 伝手が無い中で情報を集め、何とか非合法的な仕事を請け負ってくれそうな連中を見つけても、内容を聞けば拒絶される。下手をしたら国を敵に回すような仕事は、いくら渡されても割に合わぬと、そういうことらしい。
 あるいはもっと力を持った組織なりと接触できれば可能性はあるかもしれないが、それを相手にするには手持ちの金では少々心許ない。何よりも、そこまで時間を掛ける余裕がハルにはなかった。
 イシスのコロシアムに張られていた結界。その術式を破壊したのはハルである。
 フルガス達と接触した時点で、ハルの頭の中には脱出に至るまでのいくつかの計画が既に有ったが、どうしたところで準備に時間が掛かる。そうなれば、格闘場の魔物達に被害が出るのは間違いない。よって、何らかの手段で、できるだけ長い間、“場”を開かせないようにしなければならなかった。
 しかしながら、アッシャにこちらの存在を感づかれず、なおかつ長期間“場”を封じられるような、そんな都合のいい手段などハルは思いつかなかったのだ。
 リンからそれらしき存在を聞き、“場”に張られた結界を壊すことができたのは、ゴウルから話を聞き、ダーマを始めとするあちらこちらで知識を吸収し、『主従の儀』で特殊な魔法陣を扱ったことのあるハルだからこそであるが、それしかできなかったのも事実である。
 それから開かれた“場”では、確かに結界が壊れ、直されていないことを確認できているが、それがどれだけ保つのか分からない。運営の動きからすぐに直せるようなものではないことは予測できても、いつ復旧されるか分からないのだ。
 アッシャが復旧させる術もなく取り乱していることは、神の目を持たぬハルでは知り得ず、故に、ハルはただ復旧されていないことを願いながら、脱出の準備を急ぐことしかできない。

「…………手に入らなかったものは仕方ないな。最良とは言いがたいが、次善の策はある。とりあえず、ランシールに向かう船か、請け負ってくれる船を探そう」
「ランシールに……ねぇ……消え去り草か?」
「ああ。最低でもそれだけは手に入れないと厳しいな」
「何となくやろうとしてることは分かるんだけど……そんな量を確保ってできるのか?」
「どうだろうな……行ってみないことには分からん。危険度は上がるが、最悪少量でも何とかできんことはないだろう」

 ハルの言葉から行動目的をすぐに推測できるのは、同じ(ゲームプレイヤーであったという)条件を持つタクトだからこそである。同時に、ハルがこぼす言葉の端々からある程度の推測を立てられるところに、タクト自身が決して愚鈍ではないという部分が垣間見える。
 いくらゲームの知識があるとはいえ、実際のこの世界とゲームとの差違があるのは間違いなく、確かめるまでそこにあるであろうという前提でしか考えることができない。なんとも頼りない話ではあるのだが、いかに脱出の危険度を下げるかを考えれば、あまり頼りたくないゲーム知識に頼らざるを得ないのが現状だ。毎度の事ながら、ハルは自身の至らなさにもどかしさを感じずにいられない。

「まぁ、何にしてもやることは変わらんさ……あと、お前達はそろそろ慣れろ。言いたいことは分かるが、そんなもんだ」

 ハルから言葉を向けられるのは、ハル達に同行しているルナとマナである。。
 今回連れてきたのは、タクト、リンに加えてこの二人の四名。クウはもう隠して連れ歩くには大きくなりすぎであり、フルガス達と共にやって貰わねばならないこともあったので、別行動だ。ボウはあることをして貰う為にポルトガに到着するまでは一緒だったが、向こうでも必要な人員であったため、既に帰還させている。
 そして、まだ13才であるという双子の姉妹。ポルトガに来るまでに何度か戦闘になったが、Lvはルナが4でマナが5と特別高いわけではない。しかし、奴隷として売られた筈の彼女らが、フルガス達と一緒にいるのを万が一でも部外者に知られたらまずい。ハル達と共に国外にいればそんな心配もいらず、ハルも手が欲しいのは確かだったので、今回同行することになったのだ。
 だが、Lvは低いとはいえ、この双子、実は『職持ち』である。
 先天的な『職持ち』がどういう原理で生まれてくるのか、実はダーマでも把握できていないらしい。唐突に現れることもあれば、血筋により受け継いでいることもある。賢者を含む巫女や国王などの特殊加護を除いた職は7種。先天的な加護持ちはおよそ20人に1人程度だ。
 Lvを犠牲にするとはいえダーマで転職できる上、イシス霊樹の守人の中で一番実力が高いのが職持ちではないフルガスであるから、絶対的と言うほどの優位性は無いが、それでも大きなアドバンテージであることは間違いない。
 200名余りの中で職持ちは13名。さらにその中に魔法使いはルナ一人だけだ。魔法使いではなくとも魔法を使える人間はいるが、魔法使いならば確実にハルと同じ魔法を覚えることができるので、彼女の重要度は高い。
 マナは盗賊の加護を持っており、タクトが確認したLv上限は二人揃って38と、能力的資質はかなりある。本人達もやる気があるので、頑張ればいずれ戦力として数えることもできるだろう。

「いえ……その……」
「えっと……うん……」

 ハルの言葉に、何とも微妙な表情を浮かべながら食事を取るルナとマナ。
 ポルトガは海に面している国だけあって、魚介類に関してはいいものが安く食べられる。ハル達が頼んだのも魚介類が使われた普通のランチメニューだ。
 町中で顔を出すわけにはいかないリンは、ハルの道具袋の中で差し出される果物や料理を食べてご満悦の様子である。

「お店で食べるって凄い贅沢だと思ってたんですが……その……」
「……外で食べたタクトさんのご飯の方が美味しかったよね」
「マ、マナ! そんなはっきり言っちゃ……」

 歯に衣着せぬマナに、ルナが慌ててそれを咎めた。気付いていないようだが、むしろルナの言葉で止めが刺されている。

「まぁ、この国は香辛料が手に入りにくいしな。それに、俺だって伊達に料理人してた訳じゃないし」
「タクトさん料理人だったの!?」
「え? 何? そんなに意外……?」
「私てっきりハル様の雑用係かと……」
「マナ……あ、でもお肉の処理の仕方とか、いろんな調理方法とか知ってますから、凄いです」
「ルナ、せめて否定ぐらいしてあげなさいよ……それじゃタクトがそれしか取り柄がないって言ってるようなもんじゃない」
「リン……お前も大して変わらねぇよ……。というかお前は俺が来た当初のことを知ってるのに……」

 食べながら騒ぐ仲間達を前に、ハルは一つため息を吐く。
 脳裏にあるのは、イシスで施した妨害のこと。どれだけの時間が稼げるのかということもあるのだが、それ以上にあれが一体何なのかが気に掛かる。
 魔法を作るのは魔力と魔法式だ。これはどんなものでも変わらない。
 術具は魔力を行使する時に必要な過程を補助するもの。魔法陣を簡潔に言えば、外部に存在する魔法式にあたる。
 ハルが存在を知る魔法陣は、主従の儀と各街に張られる神聖結界の魔法陣の二つ。
 ダーマでの資料による研究や、ゴウルから得た知識、あちこちを巡っての調査の結果、ハルは双方の原理をある程度推察することができていた。
 主従の儀は、あらかじめ描いた魔法陣に自身の血を媒介として中継させ、呪を唱えることで儀式となし、魔法式としての意味を作り出すもの。神聖結界は、用意されたいくつもの魔力媒体を同期させ、定められた儀式をもって魔力で魔法陣を形成し、魔法式を作り出すものであると考えられる。
 さすがに神聖結界の方は儀式を見たわけでもなく、ハルが調べられる程度の資料からの推察であるが、全く的外れというほどのものではないだろう。
 イシスの格闘場で見た結界は、おそらく後者の方に近い。魔力が延々と循環し一定の流れを作り上げ、結界を形成していた。魔力感知にかけては一流に足を掛け始めたハルですら集中せねば分からないほどの自然さで、リンが居なければ気付くことすらできなかったかもしれない。
 本人としてはまだまだ足りぬと考えているものではあるが、一流に届く魔法技術を持ち、魔法陣に対する知識があるハルと、魔物で有るが故に人間よりも遙かに魔力に対する理解が深く、ハルに師事してそれを操る術を得たリン。この二人がいてこそ、支点となっていた魔力媒体を発見し、魔力の流れを阻害し崩しつつ媒体を削って、結界を形成していた魔法陣を無力化させることができたのだ。
 ただ、魔法陣を調べる時間があったわけでなく、術理に関しては殆ど理解できていないため、再び形成する為にどれほど労力が必要かというのは分からない。
 さらにハルに疑問を持たせるのが、あの魔法陣が存在する“理由”である。
 神聖結界を無効化する結界。そんなものが人間に必要である理由がないのだ。そもそも、人間は神聖結界が何故魔物を退けられるのかを理解していない。魔物が魔王によって呪われているなど、各国の王族ですら知らないだろう。
 なのに、あの魔法陣はあそこにあった。まるで、格闘場を経営する為だけに作られたような魔法。そんな都合の良いものが前々からあったとは思えず、されど霊樹の魔物達が捕まってからの短期間で新しい魔法を作ることができるような化け物じみた人間などありえるのだろうか。
 本当に、あの魔法は神聖結界を無効化するものなのか。リン達にはむしろ外よりも呪いの影響が濃かったと感じられたようだが、むしろそちらの方が重要な――――。

「なぁハル。お前からも言ってやってくれよ……俺への認識が酷すぎじゃね?」
「えー? 割と正しいと思うんだけど……」
「もうマナってば……」

 と、仲間達の声に思考が中断された。見れば、大体食事も終わっているようだ。
 元より、なんとなしに考えていただけである。中断され霧散していくそれに大した未練を感じることもなく、顔ぶれが変わっても騒がしさは変わらない様子に、ハルはもう一度ため息を吐いた。




***




「ぐ……ふ……うむむ……」
「すー……ふー……すー……ふー………」
「すーー…………ふーー…………」

 三つの口で繰り返される吐息。一つは吐息と言うより呻き声であるが、目を閉じて深呼吸をしているかのような三人の周りを、ハルは静かに歩く。
 それぞれの様子を観察しながら15分ほど、ハルは頷いて口を開いた。

「――――よし」

 その声と共に、三人の内一人は甲板へと脱力し、二人はゆっくりと目を開ける。

「ぷはああぁぁぁ……疲れたあぁぁ……」
「ど、どうでしたか……?」

 だらしなく寝そべるマナに対して、ルナは不安そうにハルを見た。どうにも自分に自信がないルナをどうしたらいいかとも思いながら、とりあえず評価を下す。

「ルナは順調だな。流れを大分意識できるようになってきている。集中しなくてもその状態が保てるように練習しろ。マナは集中力がなさ過ぎだ。魔力の存在が分かっているんだから、もっと流れを意識しろ」
「は、はい! ありがとうございます!」
「難しいですよハル様ぁ……というか私魔法使えないのに何で魔力操作の練習なんかしなくちゃいけないんですかぁ……」

 ほっとして褒められたことに素直に喜びを見せるルナ。一方のマナは駄目出しに情けない声を上げた。

「盗賊の役割に罠の感知や索敵がある以上、魔力認識ができるのとできないのでは大きな差が出るからだと言ってるだろう。魔力操作と魔力認識は相互関係にあるから、操作が下手だったら認識も大きく伸びることはない。少量でも盗賊の加護は魔力補正があって、それでしか覚えられない魔法もある。不可能じゃ無い筈だ」
「むうぅ……」

 突きつけられる言葉に、口を窄めて唸るマナ。盗賊らしく何かと小器用で、別段頭が悪いという訳でも無いのだが、彼女は物事を直感的に捉えがちな傾向がある。マナの感覚が魔力を扱うことにあまり向いていない以上、繰り返し修練して練度を上げていくしかない。
 まともに指導し始めてまだ一ヶ月足らず。魔法を主とする職業の加護を持つルナは徐々にできかけてはいるが、マナはようやく魔力を扱う感覚が芽生えかけてきたという程度だ。時間がないのは確かであるが、まだ幼いとも言える二人を無理に急かせるのはよろしくない。

「魔力の流動訓練か……随分久しぶりにやったけれど、なかなか勉強になったわ」

 それを言うのは、十代半ばほどに見える少女。双子よりも少し高い程度の背に、僅かにそばかすが残る顔。ボブカットにされた癖のある茶髪がさらに彼女を幼く見せるが、そうはさせじとローブを着ていても分かるほどの胸囲が存在感を出している。これで24才と、ハルより年上であるらしい。

「あぁ、いい師に習ったみたいだな。流れに淀みが感じられなかった。後は徐々に範囲を広げていったり、それをしながら日常を過ごせるようになれば、もっと色々できるようになる」
「基礎を徹底的に……ね。魔法を素早く出すようには訓練しているのだけれど、それだけじゃ足りないか。あなたみたいな凄い制御能力を見せられると、確かに考えさせられるわ」

 三人の訓練を見ながら、ハルとて何をしていなかったという訳ではない。今自分で言ったとおり、三人を包むほどの広い範囲に魔力を流しながら、制御していたたのだ。
 少女――――ティアは、これほどの技術を見たことがない。有名ではなくとも、魔法使いとしてはそこそこの腕を持つ彼女の師匠でさえ、彼と比べたら霞んでしまう。

「俺レベルなら探せば見つかるだろうさ。ダーマの司書長なんかはもっとやるぞ? 俺と初めて会った頃から比べて、また上達してるみたいだしな」

「教会三大魔法使いの一人じゃないその人。そういう規格外を引き合いに出されても困るわよ。このご時世で他の国まで知れ渡ってるって相当なんだからね?」

 魔物の凶暴化により各国の情報が入ってこなくなった昨今において、いくら大本に教会という媒体があれども、世界に実力を知られる者とはやはり特別なのだ。
 その人物をして鬼才であるとまで言われたハルであるが、実のところそう“勘違い”された理由も、魔法の習熟が進む内に大体予測できていた。事実、ハルの制御能力はここ最近大した上達を見せていない。そこにある壁が明確に意識できているのに、超えられない、超え方が分からない壁。それは、ハルがよく知っているものであった。

「でも、そんな人と比べられるってこと自体すごい事じゃないですか? 私は魔法使いじゃないのでどれだけ難しいか想像も付きませんけど、同じぐらいできる人の方が少ないでしょう?」

 と、横合いから話しかけてきたのは、頭にターバンを巻いた青年だ。
 身長はそれほど高くなく、ハルと同じか少し低いぐらい。少し垂れ目がちな目が、顔に浮かべている柔和な微笑みと合わさって、人好きのするお人好しそうな雰囲気を醸し出している。どことなく警戒心を解される、付き合いやすそうな彼は、なるほど商人という職業に向いていることを感じさせた。
 名をセオというその青年の隣には、もう一人男の姿がある。
 まだ青年と言うには少しばかり若いだろうか。目つきは鋭く、普通にしていても他者を威嚇しているように見えてしまう。そこそこ整った顔立ちはしているのだが、それが逆に目つきの悪さを際立ててしまっていた。

「そんだけ魔法の技術があって、二回も転職していて、今は盗賊の職業の加護持ち。そりゃよっぽどじゃなきゃ一人でも護衛には十分だよな」

 少年――――レオは、そうため息を吐きながら肩を竦める。
 既に海上。ランシールに向かう商船の甲板。レオが言ったとおり、ハル達は彼らの護衛としてこの船に乗っていた。

「でも、本当にいいんですか? ハルさん程の人をこんなに長く雇ったら普通3000Gは最低必要なんですけど……」

 どこか申し訳なさそうに、セオは言う。
 実際、ハルは冒険者としてはかなり上位に位置する人材である。平均Lvが15を下回る世界において、ダーマで転職の儀を受けているというだけでも珍しいのだ。さらには魔法使いとしての実力は折り紙付きで、近接戦闘も平均以上にこなすとなれば、好待遇で国から仕官を望まれてもおかしくない。
 で、あるのにも関わらず、ハルは自分の仲間も同じように船に乗せてくれるのならば、報酬は十分だとすら告げていた。

「いや、むしろ信用も何もない、さらにはこぶつきの俺を雇ってくれたあんたの方に良かったのかと聞きたいが……」
「困っていたのはこちらですから……ティアにも魔法の腕が非常に高いことは確認して貰いましたし、何より私たちに嘘を吐くメリットもなければ、戦力の少ない船の長い航海に付き合うのはデメリットが大きすぎます。何より、ハルさんが引き受けてくれなければ護衛無しで航海することになってましたし」
「あんたの所為でね…………ほんと、血の気引いたわよ。護衛を雇うはずの金を見ず知らずの人に貸すなんて、馬鹿にも程があるわ。商品積んで、出航することが決まってるっていうのによ? 自殺に付き合わされるのかと思ったわ」
「あはは……でもほら、娘さんの治療の為にお金が必要だったんだし……必ず返してくれるって言っくれたよ?」
「それが本当かどうかなんて分からないじゃない! ていうか、ほんと商人としてそれどうなのよ……」

 タイミングがよかったと、そう言う他ない。
 護衛を雇う余裕がなくなったセオ達が、ランシールに向かう船を探していたハル達と合致したのだ。いかにポルトガといえど、だいおうイカやマーマンダイン、さらにはテンタクルスといった危険度の極めて高い魔物を相手に、長距離を航海する船はそれほど多くない。戦力のある大きな船ならばともかく、セオの船程度の規模でならば、それこそ巡礼の聖職者ぐらいではなかろうか。
 そんな中、単独でテンタクルスを撃破したというハルの存在は、船旅をする者たちにとっては心強い。強力な魔物というのは、対抗できる実力を持つ者がいなければ、どれほど数が揃おうが無駄なのだ。故に、たとえこぶつきであろうとも、魔法の一端だけでも実力を示したハルならば、十分に歓迎される。実際に、航海に出てから既に一度魔物に襲われたが、だいおうイカとその取り巻き程度なら、船に被害を出すこともなくあっさりと倒して見せた。セオ達にとって、有難いことこの上ない存在である。
 しかしながら、このセオという青年はティアが言ったように商人としてはあまりにもお人好しが過ぎた。
 ハル達が彼らの船に乗る切っ掛けとなったのは、先の会話にも出たように護衛を雇う筈の金を、セオが見ず知らずの人間に貸し与えてしまったからである。実際にその光景を見ていないのでどうということは言えないのだが、どれほど相手が必死であったとしても、真偽の程が確かでは無く、自分たちが窮地に陥ることを理解した上で手を差し伸べるとは、商人云々よりも人として大丈夫なのかと思ってしまう。

「そんなセオのお陰で俺も助けられたからなぁ。今も世話になってる分、何とかなったならまあよしとしか言えねえな。まぁ、もっと自分のことを心配してくれとは思うんだが……」
「レオみたいな人ばっかならいいんだけどね……騙されたことだってもちろんあるし。まったく……このおじ様が遺した船だけは守れるように見張っててあげないと」

 仕方なしといった様子のティアは、セオと幼なじみらしい。
 中規模といえど、十分に外海への航海に耐えうるこの船は、セオの父が必死に手に入れたものであった。いつかは世界中で商売をする大商人にとは、彼の父親の夢であったが、身一つから命を削り働いてきたためか、これからというところで倒れ帰らぬ人となってしまう。セオは、父が遺した船と共に、父の夢を受け継いだのだ。
 そんな二人と行動を共にしているレオ。驚いたことに、彼はアリアハンの出身である。鎖国状態のあの国から教会の船へと密航したのはいいが、途中嵐に遭い海に放り出され、海上で漂っていたところをセオの船に拾われたとのことだ。

「ティアが見てるなら、大丈夫だろうさ。それに、なんだかんだ言ったって、セオは商才あるしな」
「あはは、レオも含めて皆に助けられてるからだよ。でも、レオもいつまでも私たちに義理立てしてくれなくていいんだよ? 元々ダーマに行きたかったからアリアハンを出たんだろう?」
「ああ、それはそうだけど、命を助けられた恩もあるし……俺自身まだ転職の儀を受けられるLvじゃないしな。セオに拾われてからの二年で少しはマシになったけどさ……」

 冒険者の死亡率が最も高いのは、冒険者に成り立ての頃と、駆け出しから最初の壁――Lv10に到達する手前だ。Lvの上昇に必要な訓練量(経験値)は人によってある程度ばらけており、軍の訓練でも、一年二年でLv10まで到達する者もいれば、三年四年掛かってようやくそこに至れる者もいる。その速度の差が決定的な才能の差と言える訳では無いのだが、Lvが高いということはおおよそ身体能力の限界が高いということであり、わかりやすい指標でもあった。
 普通の人間は生まれてからある程度育つまでに、大抵Lv5前後にはなる。これ以降は相応の訓練が必要となるが、やはり一番早い手段は戦闘――殺し合いである。相手の命を奪う、もしくは自らの命を危険に曝してこそ、魂が昇華し、器たる肉体が強化されるのだ。
 技術であれ、運であれ、戦いの中生き残った者だけが冒険者として身を立てることを許される。わざわざ生真面目に何年も訓練してから、冒険者になるような者は少ない。自分の食い扶持を稼ぐことすら大変な世界で、何かの片手間に訓練などしていてもLvなど到底上がらないからだ。
 故に、冒険者となるものはそれまでに身につけた技術と運で戦いに赴き、才能も、実力も、運もない者は、最初の戦闘から大体十を数えるまでに淘汰される。それを超えて初めて駆け出しと呼ばれる辺りのLvになるが、この程度では冒険者としてまだまともに稼げるほどではない。そこで無理をして、壁を越えられずに死ぬ者が多くいる。環境であれ、実力であれ、そこまで超えられて初めて冒険者として身を立てられるのだ。
 レオは、現在Lv14。魔物との戦いを見てみれば、冒険者としてなかなかに優秀だと言える。セオに拾われ、手伝いをしながら護衛として良き戦いにも恵まれたのであろう。比較的いい環境で強くなれた彼には、冒険者として身を立てられるだけの運もあった。
 それでも、職業の加護を持っていない彼が大成しようと思えば、ダーマで転職することは必要不可欠だ。高レベル帯になればなるほど、職業の加護のアドバンテージは大きくなる。

「でもまぁ……確かにもうあんまり時間がないのも確かなんだよなぁ……」
「……冒険者になった理由に関係することか?」

 困ったように呟いたレオの言葉を聞いて、ハルは問う。レオは言いづらそうに、頭を掻きながら空を仰いだ。

「ああ、その……なんだ……知り合いのためにだな……」
「ふむ…………女か」
「ぶっ!? な、何でっ!?」

 単刀直入なハルの言葉に、レオは吹き出しながら目を剥く。そんなあからさまな反応を見せれば一目瞭然だと思うのだが、まだ若く、見るからに素直でなさそうな少年には、仕方ないことかもしれない。

「ああ気にするな気にするな。男だったら分からなくもない。それに、俺が旅してる理由も似たようなものだからな」
「へぇ……意外ね。何? 好きな人でもいるの?」

 隠そうとしているが、キラリと隠しきれぬ好奇心に目を光らせて、ティアが聞いてくる。どこの世界であっても、女性というのはこういう話題が好きらしい。

「そうだな。命がけで手を伸ばそうと思うほどにはいい女がいるな」
「うわ……臆面もなくそんなこと言っちゃうんだ…………いいなぁ…………」

 堂々と答えたハルにティアは少し顔を赤らめ、誰のことか知っているタクトは横で話を聞きながら何とも言えぬ顔をしていた。
 一方で、唖然としているレオに向けて、ハルは笑いかける。

「ダーマに行きたいなら、ランシールに着いてから送ってやってもいいぞ? 丁度適正Lvぐらいだ。覚悟があるなら、転職するぐらいまでは何とかなるだろう。………………見込みはあるみたいだしな」

 ハルが言う覚悟とは、命がけという意味を多分に含める。レオぐらいの実力になれば、そこに至るまでどれほど大変か分かっているだろう。だが、ハルのような実力者にそう言われれば、できなくはないと思わされる。
 そして、見込みとは彼の才能のことでもある。タクトと出会って以来、出会う人物を常に視させているが、出会った内の誰よりも優れている部分があった。
 レオ。職業は農民。現在のLvは14。限界Lv――――57。
 近距離では短剣を、中距離では投げナイフを使い、そのどちらもがまだまだ伸びる片鱗と器用さを感じさせる。
 今のレオよりも強い人物も何人もいた。それはフルガスであったり、フリードの護衛であったホルトとイリスもそうだ。だが、彼らでも限界Lvは30前後でしかない。
 無論、限界Lvの高さがそのまま結果に表れるものではないが、“規格外”に至るに足る器であるとハルは判断した。彼が特別なのか。それとも、『勇者』を排出するアリアハンという国が特別なのか。

「いやでも……うん…………」

 ダーマに行くことができると、そう言われてもレオは迷いを見せた。何を思っているのかわかりやすく、セオは彼に優しく話しかける。

「レオ。言ったように、君には十分助けられているよ。幼なじみの子の為に強くなりたいんだろう? なら、君は行くべきだ。元々、ダーマに行ける算段が付くまでって話だったしね」
「そうよレオ。折角だから甘えちゃいなさいな。これを逃したら次はいつになるか分からないわよ?」
「セオ……ティア…………俺はあんたらに一生頭上がらないな……。じゃあ、頼むハルさん。俺をダーマまで連れて行ってくれ」

 後押しされ覚悟を決めたか、真剣な顔でレオはハルに向かって深く頭を下げた。精一杯の誠意を込めた声と姿には、好感を抱ける。

「ああ、任された。そんな大した手間でもないからな。ま、とりあえずは航海が無事に終わってからの話だ」
「そうですね。後二週間ぐらいですけど、レオの門出を祝えるように頑張りましょう」




***




 旅には問題が付き物である。
 状況により問題となることは様々であるが、たとえばそれは魔物であったり、嵐などの自然災害であったりする。
 では今現在あり得る問題とは何か。
 魔物であれば、以前既にハルは経験している。だいおうイカが6体とテンタクルスに加え、取り巻きを合わせた状況。それと同等の状況など、まず起きることは無く、仮に再びテンタクルスと相まみえようが、今のハルならば危なげなく倒すこともできるだろう。
 嵐であれば、ハルができることなどそうそう無い。が、セオの船は少々の嵐で沈むような船で無く、この船を購入して以降ずっと船を担ってくれているという彼の父の友人達は、船員としてかなり練度が高い。それこそ、急に大渦が発生したりなどしない限りは、まず沈むことはないはずだ。
 さて、そんな状況下でなお問題だと感じられるような出来事とは何かと言うと――――。

「――――海賊船……か」
「こちらと同等以上の船……かなり大きい相手です。あれほどの相手は滅多にないことなんですが……」

 明らかにこちらへ向かってきている船を見ながら、ハルとセオは話す。
 報告を受けた時はまだ遠方にあった船影は、既にセオの肉眼でも確認できるほどに近い。
 この広い海の上で、わざわざ航路を曲げて接近してくるような船など、海賊船以外に殆ど存在しない。まず間違いないだろう。

「あまり悠長にしている時間はなさそうだが、どうするんだ?」
「…………全力で逃げるようには言っていますけど、足は向こうの方が上のようで、逃亡は難しいかと」
「となると迎撃か……」

 魔物の群れと海賊では、状況により脅威度が異なる。
 個体差があり、それほど組織だった行動をしない魔物ならば、強い個体を倒せる個人戦力が必要だ。いくら数を揃えたところで、圧倒的な個を倒せる存在がいなければどうしようもない。
 一方で、海賊と相対する時に必要なのは数の力である。略奪という目的の下統率された団体に対して、個の力で防衛をするのはかなり難しい。
 今この船において戦力と数えられるのは、ハルとレオぐらいであり、ティアやタクト、その他船員は魔物から自分の身を守る程度の強さしかない。セオ、ルナ、マナに至っては完全なる庇護対象である。明らかに、海賊相手への防衛には向いていない状況だ。
 唯一、こちらが有利といえるのは、略奪が目的の連中は船が沈むような攻撃は仕掛けてこれないということ。接敵されるまで、向こうができるのは精々弓程度であろう。こちらは沈めてしまってもいいのだ。多くはなくとも有効的な手は増える。
 接敵されれば不利であるならば、こちらから攻めるしかあるまい。

「…………セオ、油はどれぐらいある?」
「油ですか? 全て集めて樽三つというところです。でも、投石機で飛ばしたとしても途中で打ち落とされる可能性がありますよ? こちらの船に近すぎては危険ですし……」

 木造の船である以上、火攻めはかなり有効な手である。ただ、この船に載っている量の油をそれに使うには、少々数的に不安があった。セオが言ったとおり、相手が近すぎては火がこちらに燃え移ってしまう可能性もあり、遠くから打ち出すには撃ち落とされたり外れたりという可能性があり十分な効果は期待できない。

「俺が先に行く。暴れて混乱させてやれば撃ち落とすのはできなくなるだろう。後、近くにさえ飛ばしてくれれば当たらなくても構わない」
「先に……とは言いましても、乗り移れるほど近くでは……」

 ハルの提案に眉を顰めるセオ。対するハルは、問題ないとばかりに不敵に笑った。

「なに、飛ばせるのは何も矢だの石だのばかりじゃないだろう?」


**


 セオの商船は、彼らにとっておよそ一ヶ月ぶりの獲物であった。
 長距離の航海に出るような船はそれほど多くなく、いたとしても船団を組み自衛能力を高めているものが多い。彼らのような中規模の海賊にとっては、それらを相手にするのは荷が重く、何らかのアクシデントで孤立してしまった船を狙うしかない。
 そんな中、ただの一隻で航海しているセオの船は、美味しい獲物以外の何物でもなかった。

「てめーら! 準備はいいか!」
「「「おおおおおっ!!」」」

 頭目の掛け声に呼応して、部下達が剣を振りかざす。この海賊船に乗っている者は、軍隊崩れや冒険者のなれの果て。それなりに腕も立ち、船上での戦いにも長け、乗り込んで負けることなどありえない。
 ならば、下手に弓など使って、もしかしたらいるかも知れない女などが死んでしまっては勿体ない。売るにしろ使うにしろ、女はできるだけ生かして捕らえたいものだ。
 向こうから何かしてきた場合に対処していれば、どうとでもなる。頭目は既に商船に勝った後のことを考えて、舌なめずりをした。

「ん? なんだあれ?」
「あん? どうした?」

 と、商船の方を見ていた部下達が、なにやら困惑した声を上げる。

「いや、あの船から何かでっかいのが飛んだような……」
「でっかいの? なんだ?」

 言われて、頭目も商船の方へ目をこらす。
 確かに、商船からこちらの方角へ向けて、何かが飛んできている。だが、まだ互いの距離は遠く、どんな優れた投石機であろうがまず届く訳がない。
 海賊達が困惑している間に、飛来物の影はどんどんと船に近づいて来ていた。もうはっきりと目に見えるほどに近い。

「は……?」

 それは、大人一人ほどありそうな巨大な氷塊であった。おそらくはヒャド系の魔法であろうことは分かるが、低級や中級の魔法であれほどのものを作り出すことなどできない筈である。いや、たとえ魔法であってもこの距離を飛ばすことなどできないはずだ。
 現に、氷塊は失速を始め海に落下しようと――――。

「「「はああああ!?」」」

 目の前の現象に、海賊達は目を疑う。
 そのまま落下していく筈の氷塊から、爆発と共に新たな氷塊が射出されたのだ。なにやら、氷塊の影に人の姿らしきものも見える。
 再び飛ばされた氷塊は、もはや海賊船の上空に到達しようとしていた。咄嗟のことに、海賊達の誰もが呆気に取られたまま見ていることしかできない。

「――――【ヒャダルコッ】!!」

 その声を聞いた時には、海賊達の頭上へと氷柱が降り注いでいた。


**


「なんて……なんて無茶苦茶な……」
「ああ……ほんと何というか……アホだよな……それを考えるのも、実行するのも……」

 文字通り“飛んでいった”ハルを呆然と見つめながら、ティアとタクトは頷き合う。

「ハル様……凄い……」
「魔法使いってあんなこともできるんだねー」
「いや! できないから普通! っていうか、考えも付かないわよあんなの! 『ヒャダルコ』に掴まって飛んでいくとか!!」

 感心したように言う双子に、ティアは大きく首を振りながら突っ込みを入れる。
 ハルがやったことは、今ティアが言ったとおりのことである。
 過剰圧縮し(そもそもこの時点でティアは驚愕していた)、入式待機して漏れ出したヒャダルコに掴まり(そんな現象などティアは聞いたことがない)、発動時に逆らわぬように共に飛ぶ。飛び出すと同時に、同じく過剰圧縮したイオを自分の後ろで発動して、爆風により補助をする。そして、飛んでいる間にもう一度同じ行程を繰り返して、向こうの船まで辿り着く。
 魔法の発動タイミングが少しずれれば、あるいは空中での姿勢制御を誤れば、海の中へ真っ逆さまである。第一、過剰圧縮だけでも制御するのが難しいというのに、入式待機となるとさらに二段階ほど難易度が上昇する。
 それを空中で、さらにはイオによる加速のおまけ付きで、思う通りに扱うことがどれほど困難か。魔法技術もさることながら、身体的技能もかなりのものを要求される。少なくとも、ティナには逆立ちしてもできるとは思えなかった。確かに、その一つ一つは努力次第で身につけられる範疇なのだろうが、あのような運用方法は万能とも言えるハルならではである。

「……いーい? ルナちゃん。あれは例外よ例外。魔法に対する自由な発想も確かに大事だけれど、あれはただの無茶でしかないからね?」
「は、はい……」

 肩を掴んで真剣に言うティアに、ルナは気圧されたようにコクコクと頷きを返す。
 ハルの使ったその技術自体は非常に有用である。特に圧縮の技術は、求められる技量を鑑みても、そのリターンは大きい。自分のLv以上の火力を出せ、その根本となるのは魔力の運用技術だけ。やろうと思えば今のティアでもある程度できそうな、魔力操作さえ上達すれば使用可能となるものなのだ。ハルが執拗に双子に訓練を施すのも、十分に理解できる。

「『高レベルの魔法を使うことだけが、魔法使いの腕じゃない』……か」
「……? 何ですかそれ?」

 ポツリと呟いたティアの言葉を聞き、ルナが問う。ティアはそれに苦笑を返しながら答えた。

「私の師匠が口酸っぱく言っていた言葉よ。あなた達がやってるような訓練を延々とさせるような人でね。あんまりそればかりやらせるものだから当時は反発したものだけれど、あんなの見せられると改めて師匠の正しさが身に染みるわね。まぁ、師匠が言っていたのは使い方や形成速度のことだったけれど」

 魔法使いの実力を計るのは魔法を撃つ速度とその運用、そしてLvである。Lv限界に到達する者が殆どいない中では、中級位の魔法を撃てるならそれだけで上位の魔法使いだと認識され、何よりもLvを上げて魔法を覚えた方がよいというのがこの世界の常識だ。故に、圧縮の技術は、Lv限界に到達して尚力を欲したハルだからこそ辿り着いた技術であった。

「レオ、準備はいいかい? そろそろ射程距離だよ」
「ああ、いつでもいけるぜ。だいぶ上手くいってるみたいだけど、早く援護しないとな」

 セオに問いかけられて、レオは弓を掲げる。レオの後ろには、同じように弓を携えた船員達と、油が詰められた大量の小樽があった。





 剣を抜き放つ。同時に、落とした背嚢がドサリと音を立てた。
 停滞は一瞬。

「――――っ!!」

 ヒャダルコを受け倒れる海賊達の間を縫うように、一気に駆け抜ける。剣の腕が立つ者ならば、相手が固まっているこの間に三・四人は切って捨てることもできるかもしれないが、ハルの腕では密集している中の一人を突くぐらいしかできない。
 空気が漏れるような音を出して死へ至ろうとする男の喉から鮮血が吹くか否か、海賊達は気を取り戻して、それぞれに武器を構えだした。
 ハルの予見よりもそれは少々早い。できることならばもう少し場を掻き回したかったが、簡単に思惑通りさせてくれないところに、彼らの実力が見える。脅威度を一段階上げながら、剣を片手で振り空いた手を翳した。

「【イオ】!」
「うわあああ!?」

 爆発の起点となった男は大きく吹き飛び、周囲に散る小爆発によりできた隙に、躊躇うことなく飛び込む。
 これは奇襲だ。どこまでいっても数の不利は変わらず、ハルに求められるのは混乱を利用して動き続けること。この状況での停滞は即ち、包囲による圧殺を意味する。

「【イオ】! 【イオ】! 【イオ】!」

 自身の周りに凝固させ浮遊している魔力に、触れると同時に入式、発動させ続ける。
 魔法の発動には、“凝固させた魔力に術者の一部が触れていること”が絶対条件だ。より正確に言うならば、凝固させた魔力と術者の魔力を反応させることが必要であり、術具として作られた道具は、それ越しに条件を満たすことができる。
 故に、やろうと思えば足や頭からでも魔法を撃つことだって可能だ。が、魔法の照準やこまかい調整などに不具合がでるし、やはり手で撃つ方が集中もしやすいので、ハルですら滅多にそのようなことはしない。
 一方で、魔力を扱うのに肉体が触れている必要性は特にない。魔力の扱いに長けていれば、自分の周囲に広く魔力を放出して操ることだってできる。ランドやハルがやっている肉体周辺での多重凝固も、この技術の延長線上にあるものだ。
 ハルは今、そうして多重凝固させた魔力の数を維持しながら、魔法の連射速度を極限まで高めているのである。
 連続で爆発を受けながらも、致命傷を負っていない海賊の多くははハルを取り囲もうという動きを見せる。多少仲間がやられたところで動揺したりはしない。幾つもの修羅場を経験し、特に人間相手の戦いにこなれた者たち。一人一人はそれほど強くなくとも、人数が揃っている彼らは厄介なことこの上ない。

 集中、集中、集中。

 決して止まらぬように、凝固魔力の数を減らさぬように、剣で一人一人確実に削れるように、戦いの中に思考を沈める。
 それらを支えるのは、視界を広げる盗賊の特技、『鷹の目』。常時であれば、視野を広げた上で遠くを探索するのに使うものであるが、視野の増大は戦闘にも多大な影響を与える。本来は戦闘に使うものではないため、一つ間違えば目の前の相手の動きすら把握できなくなってしまうが、ハルは日頃の訓練と極度の集中によりそれを為し得た。現在、ハルから完全な死角となる範囲は非常に狭い。
 周り全てが敵で、ただ単純に戦うことだけが必要な今だからこそできることだ。戦うために必要な思考以外を全て切り捨て、ひたすらに戦闘することだけを考える。
 魔力の残量が半分を下回った。しかし、敵は未だ1/3も減っていない。
 振るう剣が一人を切った。だが、致命傷には届かず、動きを悪くする程度に止まる。
 ハルを囲む連中が、徐々に手強くなってきた。どうやら、海賊達の中の実力者が全面に出てきているようだ。

「――――っ!」

 頭が警鐘を鳴らす。まだヒャダルコやメラミならば確実に仕留められるが、そう連発できるものではない。このままではじり貧であるが、ハルは頭の中の冷静な部分が告げる危険信号を無視して、敵の中へと切り込んでいく。

「もらっ――――た!?」

 剣を止められたハルの後ろから、斬り付けてきた男が何かに躓いたように転倒する。僅かに体をずらして相手の武器をいなしながら、見向きすることなく頭を蹴りつけ跳躍した。
 突き出される武器から逃れるため、宙で体を捻るハルの目に、キラリと太陽の光を反射する何かが映る。
 セオ達が放った矢だ。撃ち込まれる矢には、油が詰まった小樽が付けられている。

「【ベギラマ】!」

 着地と同時、ハルはそれらに向けて魔法を飛ばす。熱波により生み出された炎は次々と矢に着火し、海賊の船に火の雨を降らせた。

「ぎゃああああ!?」
「帆が燃える!! 防げ!!」
「火が! 火が広がりやがる!?」

 ベギラマの範囲外であった矢はそのまま海賊達に降り注ぎ、広がる油が火勢を強める。
 船を沈めるほどのものではないが、放っておいてよいものではない。近くの海賊を盾にしながら、対処に追われる連中を手に掛けていく。
 と、呻りを上げ迫る大振りの海賊刀に、ハルは動きを止められた。

「っ!?」
「よくもやってくれたなこの野郎!!」

 叫びを上げ押し込んでくる男の力は、ハルが受け流すことができないほど強く、鋭い。
 これまでの相手とは一線を画す男は、この船の頭目か。振り抜いてくる剣の勢いに任せて、ハルは一旦距離を取る。

「随分好き勝手やってくれたじゃねぇか……だが、てめえさえ殺ればあの船に残ってるのは雑魚だけだろう? てめえと戦って足手まといにならない奴がいるなら、一人で乗り込んでくる訳がねえからな」
「…………さてな」

 存外に頭が回る。この人数を取り纏めているだけのことはあるか。
 もとより、ハルと同等の敵がいる可能性を捨てた作戦である。こちら側の不利を覆すには、これぐらいの賭けに出なければならなかったのだ。
 しかし、海賊達それぞれの実力は予想とそれほど離れていないものの、集団戦の練度は高く統率が取れており、頭領もハルが警戒しなければならないほどの腕前であった。現状は想定していたものより悪く、セオの船に取り付かれれば多くの犠牲者が出るか、最悪制圧されてしまう。
 それを防ぐのには、頭領を撃破するより他ない。
 守勢に回ることができないのは変わらない。ハルは最速をもって頭領へと切り込んだ。

「――――シッ!!」

 鋭い呼気と共に、威力よりも速度を重視した一撃を繰り出す。
 速度においてハルに勝る者はこの船には乗っていない。頭領でさえそうだ。しかし、船上という不慣れな状況がハルの速度を削り、頭領の技量がその一撃を届かすことを許さない。
 カキンと、剣は軽く弾かれる。元よりそれを前提とした攻撃で、ハルが体勢を崩されるようなことはない。すかさず横に流れ切り上げようとするハル。が、それは横合いから差し込まれた刃によって叶わない。

「ちぃっ!」

 見えているだけに、周囲の攻撃がハルに致命傷を与えることはない。だが、無視することもできず躱せば、攻撃の起点は潰される。

「おらぁっ!!」

 気合い一閃。頭領の海賊刀がハルに振り下ろされた。何とか剣を差し込み直撃は防ぐが、その力に抗えず、剣を弾かれぬようにするのが精一杯だ。
 完全に動きを止められたハルに対して、周囲の海賊達も武器を突き出してくる。甲板に転がりながらそれらを避けようとするが、躱しきれずにハルの体に裂傷が刻まれた。
 セオ達の援護は、ハルに当たる危険性があるため散発的である。最初のあれは、打ち合わせていたからこそできたことだ。
 海賊が倒れてできる隙間に逃れながら、剣を振るい、魔法を放つ。されど、頭領が前面に出てくるように動きながら、連携して攻撃してくる海賊達を前に、ハルの攻撃は密度が薄く、効果はそれほど上がらない。
 セオの船が迫ってきている。取り付かれるのは、それほど遠くない未来だ。
 何とかしなければならなくとも、多勢に無勢。奮戦虚しく、ハルの体には次々と傷が付けられ、比例して動きが鈍る。
 そうなれば、限界が訪れるのもそう時間は掛からなかった。

「はぁ、はぁっ……」

 荒い息と吐き、ハルは剣を支えとして立っている。誰が見ても満身創痍。十全な動きはもはや不可能であり、完全に死に体であった。
 周囲が囲まれていることも変わらず、動けないハルの前に、悠然と頭領が立ちはだかる。

「手こずらせやがって……」

 悪態を吐きながらも、その顔にはにやにやと嫌らしい笑みが張り付いている。既に勝った気でいるのだろう。この状況で、負けるという想像をする方が難しいのであろうが。

「てめえのお陰でずいぶんとやられちまったなぁ」
「すっきりして……よかったんじゃないか……?」

 この期に及んで挑発するハルに、周囲の海賊達が喚き立つ。今にも殺そうという部下達を前に、頭領は余裕の表情を崩さない。

「くくっ、まあ役立たずは俺もいらん。いらん……が、さすがにこう数が減ると困るわけだ」
「…………」

 無言で、ハルは頭領の言葉を聞く。だが、その視線は頭領の顔に向いておらず、頭領の周囲にいる海賊達の方へと飛んでいるようだった。

「なぁ……助けてやろうか?」
「何……?」
「命乞いをして、俺の部下になると誓えば命は助けてやるぞ? みっともなく地べたに額擦りつけて、『助けて下さい。お願いします』ってな。それでてめえの命が助かるなら高いもんじゃないだろう?」

 自分の思い一つで、ハルの命運は変わる。それが間違いない事実であることを、頭領は全く疑わなかった。
 仮に、これでハルが激昂したところで、別に問題はない。ハルを殺して、当初の目的通りセオの船を制圧するだけのことだ。
 どう転んでも自分の不利益になることはなく、ハルの反応は激昂か、隷従かどちらかしかないと思っていた。どちらにせよ全て奪うのだから、高い実力がある男が従えばその分得だということでしかない。

「…………はっ」

 だが、ハルは笑う。頭領の考えていた反応など欠片も見せず、ただ口元ににやりと、笑みを漏らす。そして、トンッ、と靴を詰めるように甲板をつま先で叩いた。

「……何がおかしい!」
「はは、いや……想像しただけだ」

 トントンと、つま先で甲板を叩いて音を鳴らしながら、ハルはすらりと両手で剣を構える。顔には、笑みが張り付いたままだ。
 頭領の放った言葉にハルが脳裏に浮かべたのは、最愛の女性の姿。
 この男の部下となり、それで彼女が助けられるのか。彼女が望むものが手に入るのか。彼女が望む存在へと、昇華できるのか。


 それは、どう考えても無理だろう。


「俺が今望んでいるのは、ただ一人の女の幸福だけだ。今の俺では手を伸ばすことも叶わない、慈悲深く、誇り高く、儚い女だ。俺が誰よりも焦がれる女だ。そいつが笑っている場所に至れないなら、そこを目指さないなら、俺の存在に価値などない」

 にいっ、とハルは笑みを深くする。

「だから、お前程度のくだらないお遊びに、俺を付き合わせるな」
「――――やれっ!!」

 号令と共に、周囲にいた海賊達がハルに襲いかかる。
 ハルはその場から動くことなく、ただトンッとつま先を打ち鳴らし終え、静かに一言唱えた。

「咲け、【ヒャダルコ】」

 あたかも華が咲くように、ハルの周囲に氷柱が出現する。せり上がってきたそれらに、飛びかかろうとした海賊達は次々と串刺しにされた。

「なっ!?」

 何のことはない。ハルは先ほどから鳴らしていた足の先にて、魔力を編んでいたというだけの話。だが、魔法は手か術具から撃つことが普通であり、そのようなことを想定していなかった海賊達は、一様に何が起きたのか理解できないままに絶命していく。
 魔法の展開と同時、ハルは頭領に向かって駆けだしていた。予想外の光景を見せられ、隙ができいた頭領。しかし、ハルが満身創痍であることは変わらない。その動きからは、最初に見せていたような速度が失われていた。
 たとえ隙を突かれていようが、速度に勝るハルと技術だけで打ち合える実力者である。少々の距離があるこの状況下で、一撃がハルより遅いということはない。
 確実に、息の根を止める一撃を。頭領は、勝利の確信を持って、剣を振るう。
 ハルの剣は届かない。魔法を使う隙もない。弾くことすら不可能。必殺の剣は、最後まで抗った愚か者の命を奪わんと、軌跡を描く。
 故に、そこが決定的な瞬間だった。

「ハル様あああぁぁぁぁ!!」

 絶叫と共に、海賊達の中から飛び出す一つの影。自身の中で魔力を練ったであろう一撃は、最弱の存在と到底思えぬ速度と威力を持つ。

「なあっ!?」

 頭領の剣が、腕ごと大きく弾かれる。その目に映るのは一匹のスライム、ハルと共にこの船へと乗り込んでいたリンだ。
 リンは背嚢へと入り、大立ち回りを見せるハルの影で、そのサポートをしていたのである。海賊達の足下を縫い、その体勢を崩したり転ばせたりと、乱戦の中でハルが動く隙を作っていたのはリンだ。彼女がいなければ、今まで命をつなぐこともできていなかったであろう。その最も大きな役割は、この最後の瞬間に頭領の隙を作ることであったが、難易度の高い要求にもリンは見事に応えて見せた。
 思考に空白ができる。一体何が起こったのか、理解が追いついていない。
 それでも、振られたハルの剣に反応できたのは、今まで通ってきた修羅場の数のお陰であろう。回避は間に合わないまでも、体を捻り身につけた皮鎧に当てさせることぐらいはできる。
 万全の状態ではなく、それほど高くもないハルの腕では、いくら剣が良かろうと切ることはできない筈であった。

「【くさなぎの剣よ】!」

 微量の魔力と共に、唱えられたのは発動の呪。剣から放たれる水色の光が、頭領の存在を脆くする。
 くさなぎの剣に備わった力。僧侶の魔法たるルカナンは、違わずその効果を発揮した。
 ゾブリと、皮鎧の抵抗など殆どなく、肩口から袈裟斬りに入った剣は、頭領の腹まで切り裂いて止まる。

「ご……ぽ……」

 口から漏れる言葉は、逆流した血に遮られ、驚愕の表情を浮かべたままに頭領は絶命した。

「っ! ふうー……」

 倒れ込まぬよう、深く息を吐きながら剣を引き抜けば、ドサリと音を立てて頭領の体が倒れる。
 シンと静まりかえった海賊達。続いて聞こえてきたのは、セオ達の鬨の声。
 もはや二つの船の距離は、目前まで迫っていた。

「ハル様!」

 周囲の海賊達を警戒しながら、リンが心配そうに声を上げる。

「ああ、大丈夫だ。じきにあいつらも来るから、また隠れておけ」

 リンに指示を出してから、ハルは剣を構え直す。満身創痍であるはずなのに、不敵さは失われず、覇気すら感じるほど。

「さて、死ぬまでやるか?」

 どちらが、などと問う必要はない。顔を引きつらせ、セオ達の船に取り付かれた音を聞きながら、海賊達はばらばらと武器を手放した。



***



「あの状況じゃあれが最善だったってのは分かるけど……無茶しすぎよほんとに」

 縛られた海賊達を横目に、ハルは治療を受けていた。
 今いるメンバーに回復魔法を使える者はいない。よって、包帯などによる応急処置しかできないが、マナとルナがてきぱきとそれを施していく。傷は多いが、深刻なものもないので、時間は掛かるだろうが自然治癒でも大丈夫であろう。

「ま、何とかなったんだからいいだろう。こちらに死人を出すこともなかったわけだし」
「でもハル様が危険にさらされては……私たちの命よりも遙かに大切な御身ですし」
「ルナの言うとおりですよハル様。私たちも覚悟してお付きしてますし、本当に危険なら、せめてハル様だけでも逃げて下さい。私たちのように換えが効く訳じゃないんですから」
「換えって……」

 双子の言葉に、露骨にティアが顔を顰める。
 彼女らにとって、ハルは命に代えても護らなければならない存在だ。一族の命運を握っている者として。彼女達の王として。しかしそんな事情は、ティアには分からない。こんな少女達に何を言わせるのかと、非難の目を向けようとした先で、ハルがポンとその頭に手を置いた。

「分かってる。俺も俺の目的の為に死ぬわけにはいかないしな。だから、お前達も簡単に命を捨てようと思うな。お前達も俺の力の一部だ。欠けてプラスになることなんて一つもない」
「「……はい!」」

 その光景に、ティアは何とも言えない顔になってしまう。
 彼らが主従関係にあるのは間違いない。ルナ達からハルに向ける信頼は絶大なものがあり、ハルもそれを当然のものと受け止めている。ただ、ハルの立場が謎すぎた。
 しっかりとした教養と知性を持っているが、どこから見ても冒険者だと思える雰囲気には、従者がいるような貴族然とした様子は全く感じられない。自身が唯一にして最高の戦力であり、共に行動する者はむしろ護るべき対象。貴族が漫遊しているのなら、護衛の一人もいないなどあり得ないだろう。
 かといって、普通の冒険者に従者などまずおらず、どこかの国の将とも思えない。これほどの人材を動かすような利点など考えられず、仮にそうだとしても、危険な旅に戦えぬ従者を同行させるような無駄なことをする人物ではないだろう。
 そして、ハルと対等に近い態度を取るタクトの存在。ハルと同じように教養と知性の匂いを漂わせながら、しかし双子が敬っている訳でも無く、冒険者とも思えない。戦闘能力も低く、精々が料理が上手いというぐらいしか特徴がない。何となくハルといるような、どことなく優柔不断な態度で、彼が何故ハルに同行しているのかと思ってしまう浮いた様子が見て取れる。
 ちぐはぐで、奇妙な集団。出会った時から思っていたことであるが、そこに踏み込むことはきっと自分では許されないのだろうとティアは思った。護衛としては過剰な存在であるハルが中心の、気のいい連中。それだけ分かっていれば十分だろう。

「……はい。終わりましたハル様」
「ん……上手いな二人とも。ありがとう」
「えへへ、お母さんに習ったんですよ」
「リーシアが?」
「母は一族でも唯一の薬師ですから。基本的な治療の仕方と、簡単な薬の調合ぐらいしかまだ習っていませんけど…………」

 体を動かしながら言うハルには、大きな痛みを感じている様子はない。見たところそこそこ深い傷もあったはずなのだが、ハルが我慢しているのか、双子の治療がよほどよかったのか、もしくはその両方か。
 何にせよ、ハルが動けるのか動けないのかで危険度が段違いに変わってくるのだ。回復魔法の使い手がいない現在、的確な治療ができることは非常にありがたい。

「で、実際どんな感じかしら?」
「全力とは到底言いがたいが、だいおうイカやマーマン程度なら何とかなるだろうな。魔力の回復具合にもよるが、群れで来られたりテンタクルスあたりだと厳しくなる」
「そう……最悪、あの連中を囮に逃げることを考えた方がよさそうね……」

 ハルの具合を聞いて、ティアは眉を顰めた。
 捕縛した海賊達の腕を鑑みれば、ハル達が逃げなければならないほどの状況であれば、まず命はないだろう。さすがに餌というような言い方こそしなかったが、自分たちを襲った連中の扱いとしては当然だろう。

「ま、精々そうならないように祈って貰うしか――――」

 と、周囲の空気が突然『揺れた』。
 津波が起こったという訳ではない。落雷があったとか、大きな音が鳴ったという訳でも無い。
 だが、間違いなく何かが起きた。

「何? どうしたの?」
「「ハル様?」」

 急に様子が変わったハルに、首を傾げる三人。
 その答えは、別のところからやってきた。

「ハ、ハルさん!!」
「ハ、ハル!!」

 海賊の船の様子を確認していたタクト、セオ、レオの三人が、慌てた様子で走ってくる。何事かと女性陣がそちらを見て、絶句した。

「な、何よあれ!?」

 ティアが叫ぶのも無理はない。彼女らの目に入ったのは、もはや船と言えるかどうかすら分からない、ガレオン船ですら霞むほどの巨大な浮遊物。帆が付いている以上、あれも一応帆船の内に入るのであろうか。

「…………どういうことだ?」

 一番の問題は、それほど巨大な船が既に眼前にあるということである。いくら海賊達に意識がいっていたとはいえ、船乗り達が見逃す訳がなく、未だに周囲を警戒していたハルですら突然現れたとしか思えなかった。
 いや、今重要なのはどうやって現れたかということでなく、それが敵であるかどうかだ。否定したいところではあるが、こちらに友好的な存在である可能性は低い。そして、この距離では海賊を囮に逃げることなど不可能。確実に組み付かれるだろう。
 ティアに言ったとおり、ハルはもはや大して戦えない。もし万全であったとしても、先ほどの海賊の比ではない相手に、どれほど抵抗できるものか。
 最後の手段は、【ルーラ】による脱出。
 この世界のルーラは、ゲームの様に船ごと飛ぶようなことはできない。魔法の熟練次第ではそれなりに容量も増えるが、今のハルでも10人にも満たない人数が限界だ。
 助ける人間の、命の選択をしなければならない。
 自分の仲間は決まっている。それ以外で誰を運ぶかだが、選べと言っても揉めるのが目に見えている。セオはおそらく自分を犠牲にするだろうし、ティア達はそれに反対するだろう。船員を含めてしまえばもっと酷いことになるのは間違いなく、ハル一人で決めてしまうべきだ。
 幸いながら、ハルの中で優先度が高い人間は皆ここに揃っていた。
 魔力を練る。ハルの行動に気付けそうな者はティアだけであるが、彼女は巨大船に呆気にとられ、気付けるだけの余裕がない。入式さえしなければ、発動するまで誰にも分からないだろう。
 巨大船が迫る。その艦首に、二つの人影が見えた。
 どちらも女。
 一人はウェーブしたセミロングの黒髪を背負う、威風堂々とした女。片目に大きな眼帯をしており、こちらを見る眼光は鋭い。海風になびく赤いコートの下に見えるのは、湾曲刀であろうか。明らかに海賊然とした佇まいだ。
 一人は先の人物とは対照的な雰囲気を持つ、長い金髪の女。白を基調とした衣装を纏う彼女は、場所が違えば貴族令嬢と言われてもおかしくはない。また、女海賊の後ろに控えるその様は、冷静な軍人のようでもあった。
 その場にいる者全てが、互いの顔を確認できるほどの距離。身構えるハル達の前で、女海賊は笑みを浮かべる。

「やあ商人殿。景気はどうだい?」
「さてはて、それなりに稼がせていただいていますよ?」

 普段の弱々しさが嘘のように、セオは答える。その答えがお気に召したのか、女海賊はうんうんと頷いた。

「そうかい。それは結構なことだね。まぁ、今回も『船一つ分』の儲けは出ているだろうしねぇ」
「ええ全く、ありがたいことです」

 チラリと見るのは、縛られた海賊達。これらは、あの女海賊の部下であったのだろうか。薄く広げるように凝固を保ち、ハルはいつでも飛べるようにと体から力を抜く。

「いや、しかし助けてやろうと思えば、既に終わってるなんて、なかなかいい手際じゃないか。しかも、どうやらそっちの護衛殿が一人でやりきった様子。私の手下にもいる腕じゃない」
「そいつはどうも……で、ご同職の敵討ちでもするのか?」

 台詞から制圧した海賊船とは無関係だと判断し、ハルは挑発的に問うた。
 が、女海賊は軽く肩を竦める。

「まさか。最近私の縄張りにまでちょっかいを掛け始めてるアホ共を懲らしめてやろうとは思ったけどね。あんたらとことを構えるつもりはないさ。だから、魔法使いの兄さんも“それ”、使わなくて構わないよ?」

 同職という部分は否定せず、女はこちらを指さす。彼女も魔法が使えるのか、ハルの魔力には気付かれていたようだ。言われて、ティアとルナもまたそれに気がつく。

「あなたそれは……!」
「さて、どこまで信用できるもんかね。今この場であんたを殺すのも一つの手ではあるんだが?」

 ティアの言葉を聞き流して、すっと、ハルは手を女海賊へと向ける。無論、はったりだ。女海賊は、にやりと嬉しそうに笑いながら、軽く指を弾く。

「そうだね。護衛としてはどこまでも正しい選択で、実に冷静だ。もし私らがあんた達を騙そうとか考えていても、逃げるなら関係ないしね」
「…………」
「え? 逃げ……?」

 どうにも、気付かれているらしい。本当に攻撃をするのかと思っていたのか、ティアやタクト達は目を白黒させていた。
 確固たる確信を持って、こちらを格下だと見る相手。そこに油断はなく、ハルの思惑も状況から把握されている。
 ふっと手を振って、ハルは魔力を散らせた。これほどの相手だ。それこそハル達程度に騙し討ちなど意味がない。逃げるだけなら騙し討ちされたところでどうということはなく、そんなハルの力量も理解しての台詞だ。最低限の警戒さえしていれば十分である。

「……海の狩人の方であるとお見受けしますが、獲物を狩る必要はないのですか?」
「飢えちゃいないからね。優れた狩人っていうのは必要以上の獲物は狩らないものさ」
「…………で、好奇心は満たせたのか?」

 セオと話す横から聞いたハルに、彼女はまた笑う。
 ただハル達と海賊達との戦いがどうなったか確認するだけならば、こうして姿を現す必要なはい。どのように姿を隠していたか分からないが、ここまでハルにも気付かれずに接近できるのだから、そのまま去ることなど造作もないはずだ。
 襲うのも同様で、こうして会話を試みる意味があるとすれば、こちらに対する好奇心ぐらいであろう。目の前の彼女は、まさにそんな行動に出そうだ。

「ふふふ、商人殿もなかなかだが、護衛殿はさらにいいね。こうして顔を見せた甲斐があったというものだね」
「それはそれは光栄だな…………なぁセオ、この海賊船はどういう扱いになる?」

 と、ハルは唐突にセオに向かって聞いた。いきなりのことに、セオは驚き戸惑いながら答えた。

「こ、この船ですか? 普通でしたら護衛の方に追加報酬を渡して、後は私の裁量次第と言うことになるんですが……これは護衛の人数が多い時で、援護こそしましたが、ほぼハルさん一人で制圧された今回の状況に当てはめるのが無理がありますね……。護衛の報酬も少ないですし、ハルさんにお任せしますけど……」
「……そうか、なら少し待っててくれ」

 言って、ハルは女海賊の方へ顔を向ける。

「あんたがそっちの頭ってことでいいのか?」
「ふん? ああ、間違いないね」

 あえてその船のという言い方をハルはしなかった。その意味を、女海賊は正確に読み取る。

「なら、一つ交渉がしたい」
「ほぉ……。面白い話だって自信があるなら、聞いてやらないでもないよ?」

 言外にハルを威圧する女海賊に、ハル以外のメンツが不安げに体を揺らした。しかし、直接それを向けられた当人は、いつものように不敵な笑みを浮かべて言う。

「少なくとも退屈させるつもりはないさ」








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少し遅れました。


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