プロローグ
我が家の広間では、この家の――そして私の将来を決める選択が、今にも行われようとしていた。
広間の中央には私を含めて3人の女性が立っている。
一人は、濡れたような黒髪を結い上げ、深紅のバラで飾った女性。
見事な肢体を薄い服で覆い、その上から毛皮を羽織っている。
格好だけを見るのなら奇抜を通り越して奇異の視線を向けられてもおかしくない。
そして一度視線を向けてしまうと、匂い立つような美しさで目が離せなくなる。
一人は、美しい金髪を緩く三つ編みにした女性。
柔らかな目線と伸びやかな肢体は、健やかな美しさを見せている。
動くのに邪魔にならず、かつ分厚いマントに、柔らかいブーツとスパッツは、旅慣れた人なのだと想像させる。
その立ち姿は、全身から柔らかな光を発しているようにさえ思えて、先ほどの人とは別の意味で目を離せなくなるだろう。
そして私。
私自身は、あまりの緊張感に普段は気にもとめない時計の音を聞いていた。
「ではアベル君。この二人(とプラス1)から誰を選ぶのだね?」
父の言葉に、私達の前に立つ青年は口を開いた。
『立派な』としか表現が出来ない青年だった。
太く締まった眉に、決して底を見通すことの出来ない黒い瞳。ほっそりとした顎。
真っ直ぐに前を見る表情と相まって、街ですれ違ったなら多くの人が振り向かずにはいられないだろう。
視線を手に移せば杖を握る手指は逞しく、どんな物にその手で触れてきたのか想像すら出来ない。
その足がどれほどの旅路を越えてここに立ったのか――使い込まれた革の靴が雄弁に語っていた。
この青年は、望めば表情だけで多くの人を動かすことが出来るだろう。
その直感を示すように、本来人には慣れないはずの魔物が彼に付き従っている。
その顔が、その瞳が私を見つめて言った。
「……僕は、フローラさんを妻にしたいです」
「まあ、私は守られることしかできない女ですのよ? それでもよろしいのですか?」
「もちろんです。僕はフローラさんとこれからの人生を歩みたいんです」
――私はその言葉を嘘と知りつつ頷いた――。
【フローラはアベルの妻になるようです】