<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

スクエニSS投稿掲示板


[広告]


No.20619の一覧
[0] 星は夢を見る必要はない(クロノトリガー)【完結】[かんたろー](2012/04/28 03:00)
[1] 星は夢を見る必要はない第二話[かんたろー](2010/12/22 00:21)
[2] 星は夢を見る必要はない第三話[かんたろー](2010/12/22 00:30)
[3] 星は夢を見る必要はない第四話[かんたろー](2010/12/22 00:35)
[4] 星は夢を見る必要はない第五話[かんたろー](2010/12/22 00:39)
[5] 星は夢を見る必要はない第六話[かんたろー](2010/12/22 00:45)
[6] 星は夢を見る必要はない第七話[かんたろー](2010/12/22 00:51)
[7] 星は夢を見る必要はない第八話[かんたろー](2010/12/22 01:01)
[8] 星は夢を見る必要はない第九話[かんたろー](2010/12/22 01:11)
[9] 星は夢を見る必要はない第十話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[10] 星は夢を見る必要はない第十一話[かんたろー](2011/01/13 06:26)
[11] 星は夢を見る必要はない第十二話[かんたろー](2011/01/13 06:34)
[12] 星は夢を見る必要はない第十三話[かんたろー](2011/01/13 06:46)
[13] 星は夢を見る必要はない第十四話[かんたろー](2010/08/12 03:25)
[14] 星は夢を見る必要はない第十五話[かんたろー](2010/09/04 04:26)
[15] 星は夢を見る必要はない第十六話[かんたろー](2010/09/28 02:41)
[16] 星は夢を見る必要はない第十七話[かんたろー](2010/10/21 15:56)
[17] 星は夢を見る必要はない第十八話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[18] 星は夢を見る必要はない第十九話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[19] 星は夢を見る必要はない第二十話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[20] 星は夢を見る必要はない第二十一話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[21] 星は夢を見る必要はない第二十二話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[22] 星は夢を見る必要はない第二十三話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[23] 星は夢を見る必要はない第二十四話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[24] 星は夢を見る必要はない第二十五話[かんたろー](2012/03/23 16:53)
[25] 星は夢を見る必要はない第二十六話[かんたろー](2012/03/23 17:18)
[26] 星は夢を見る必要はない第二十七話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[27] 星は夢を見る必要はない第二十八話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[28] 星は夢を見る必要はない第二十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[29] 星は夢を見る必要はない第三十話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[30] 星は夢を見る必要はない第三十一話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[31] 星は夢を見る必要はない第三十二話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[32] 星は夢を見る必要はない第三十三話[かんたろー](2011/03/15 02:07)
[33] 星は夢を見る必要はない第三十四話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[34] 星は夢を見る必要はない第三十五話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[35] 星は夢を見る必要はない第三十六話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[36] 星は夢を見る必要はない第三十七話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[37] 星は夢を見る必要はない第三十八話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[38] 星は夢を見る必要はない第三十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[39] 星は夢を見る必要はない第四十話[かんたろー](2011/05/21 01:00)
[40] 星は夢を見る必要はない第四十一話[かんたろー](2011/05/21 01:02)
[41] 星は夢を見る必要はない第四十二話[かんたろー](2011/06/05 00:55)
[42] 星は夢を見る必要はない第四十三話[かんたろー](2011/06/05 01:49)
[43] 星は夢を見る必要はない第四十四話[かんたろー](2011/06/16 23:53)
[44] 星は夢を見る必要はない第四十五話[かんたろー](2011/06/17 00:55)
[45] 星は夢を見る必要はない第四十六話[かんたろー](2011/07/04 14:24)
[46] 星は夢を見る必要はない第四十七話[かんたろー](2012/04/24 23:17)
[47] 星は夢を見る必要はない第四十八話[かんたろー](2012/01/11 01:33)
[48] 星は夢を見る必要はない第四十九話[かんたろー](2012/03/20 14:08)
[49] 星は夢を見る必要はない最終話[かんたろー](2012/04/18 02:09)
[50] あとがき[かんたろー](2012/04/28 03:03)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[20619] 星は夢を見る必要はない第四十八話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:a89cf8f0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/11 01:33
 きゅるきゅると、テープを回す音を極端に大きくしたような鳴き声が響く。まだこの目で見るのは二度目なのに、嫌に見慣れたような気がする。地面も空も果てという概念すら無いような奇妙なこの場所。ラヴォスのいる場所。最悪の居所。
 どっしりと、この世界の支配者たるラヴォスは巨躯を震わせながら俺を見下ろしていた。その目には何も浮かんでいない。憎悪も、敵愾心すらも。敵として認識する事すら億劫なのか、それに値しないからなのか。
 その気になればいつでも天を穿ち大地を殺すことが出来る背中の黒針が鈍く光っていた。まるで銃座がびっしりと張り付いているみたいだった。その圧迫感、破壊力共にその比では無いが。
 三つに分かれる口がだら、と垂れ始めた。口内の牙と喉がありありと見える。ここが、今からお前が入る所だと教えるみたく、その動きは緩慢だった。教えを乞う立場にある俺の身からすれば、それは堪らなく業腹な事である。
 はたして、俺の体は震えていた。やはりこいつを目の前にした時の絶望感は底を知らない。身体から内心まで震え上がらせられる。魂や精神なんていう体を動かす為の動力を無造作に掴み取られて押し潰されるような、腹の奥がじくじくと痛みを覚える。
 そう、だからこそ前回とは違う。前回はその事すら気付かないほどに狼狽し怯えていた。自分が怯えている事にすら気付かなかった時と比べれば雲泥の差だ。その差は大きい、つまりは戦えるという事なんだから。
 半ば無理やりに自分を納得させて、通信機を取り出す。


「……さて、爺さん、誰でも良いからルッカとグレン以外が時の最果てに戻ってきたらここに転送してくれ……爺さん?」


 時の最果てに連絡を取ろうと声を通信を図るが、返事は返ってこない。それどころか、無機質なノイズすら無い。繋がっている様子が無いのだ。
 壊れたか? と不安になるが、それよりも納得のいく答えが見つかる。ゲートが発生した理由や、今俺が対峙している存在を思い出せば簡単な事だった。


「──単身挑むのがお好みってか? えらく自分勝手な武士道精神だぜ……」


 ラヴォスがあくびをするように口を開けた。時の賢者の魔法を断ち切るくらい造作も無いと言いたいのか。
 奴は仲間と俺との繋がりを消したのだ。これでもう応援は期待できない。本当に、俺だけでラヴォスを倒さなければならなくなったという事か。
 ……言いたくないが、無理だろう。そんなの。


『────ロノ』
「……ッ!?」


 ラヴォスの前だというのに、突然に頭に響いた声が俺の視点を振るわせる。左右後ろと見回してしまった。だってその声は、ここにいるはずのないあいつの声だったから。
 暫く声の主を探したが、姿は見えず、代わりに違う誰かの声が響いた。それは随分と老齢そうな、低く重たい声質だった。


『……ニンゲン、ワタシガワカルカ?』


 耳からではなく頭に響く声というのは酷く気持ちが悪い。ぐるぐると脳みそをかき回される気分だ。その後乱暴に掻き分けられて、頭蓋の中心に声をかけられるような……想像しただけで吐きそうだ。
 ……にしても、こういった不思議な現象にも耐性がついたものだ。昔はルッカの時間を移動した云々にも耳を貸さなかったというのに。これも成長の証か? 人間的にはどうかと思う成長だな。
 自嘲気味なことを考えながら、こめかみを曲げた人差し指と中指で叩き、想い人を見つけられなかった苛々も含めた怒鳴り声を発する。


「分かるか! 今は忙しいんだよ、くそでけえ海洋生物の出来損ないみたいな化け物を倒さなきゃならねえしな!!」


 今現在、こうして話している最中でもあの悪魔のような針の雨を浴びるはめになるかもしれない。会話なんかしている暇があるのか……


『ナルホド、ニンゲンカラミレバ、ワタシハソノヨウニミエルノカ、キョウミブカイ』
「……なんだって?」声の主の言っている意味が理解できず聞き返した。その時の自分の顔は控えめにも呆けたものだったろう。
『ワカラナイカ、ワタシダ、キサマガラヴォストヨブモノダヨ』
「…………聞いてねえぞ、こんな話……!!」誰も言うわけないだろうけど。
『マッテイロ、イマニンゲンニモキキトリヤスイオトヲコウセイスル……』


 言うと、ラヴォスの体にしては小さな目が(それでも俺の頭以上はあるのだが)薄く閉じられ、暫しの時間が空く。その間に攻撃でもすれば良かったのかも知れないが俺の体は意に反して動く事は無かった。
 それは、この不可思議な体験に戸惑っているのか、やはりまだ怖がっているのか、判別できない。
 じっ、と立っていると、ラヴォスの顔、その目の前の空間が歪み出す。一定の部分だけがぐにゃりと曲がりくねり湾曲しているのは、まるで透明な何かがそこに立っているように見えた。


『…………では、これで良いだろう。さて人間、貴様は中々に希少な種のようだ。とても人間の枠に入る存在とは思い難い』
「待った、小難しい話を進める前に、本当にお前がラヴォスなのかが分からない。そこをハッキリしない限りは対話なんて試みられると思うな」精一杯の強がりに似た言葉を、会話相手は笑っているように聞こえた。
『信じるも信じないもお前の勝手だが、どのみち私に従うしか方法はないぞ? 拒否しようが私の好きなようにやらせてもらう。説明を加えているのは私の慈悲だ、気紛れだ』
「言い回しが嘘くさいんだよ……」


 なんにせよ、相手に俺の願いが通じそうに無いのは分かった。久しぶりだな、こっちの言葉を頭から無視するような奴は。
 ただ、その傲慢さがラヴォス本人というのを信じられる一要素にはなってしまう。丁寧な話し言葉が鼻につくが……


『何、そう難しい話ではない。私はお前に興味を持ったのだ。ただの人間に過ぎない、産まれも育ちも極一般的なお前が何ゆえここまで戦い続けられるのか……お前の仲間たちはまだ分からぬでは無い。私とも関わりのある魔法王国王子、原始にて他の種族と争い続けてきた戦闘集団、その人間の頭領、荒廃した世界で二人しか現存しないアンドロイド、幾多の戦争を潜り抜けてきた中世の勇者……現代だけが不可思議だ。争いも無く、たかだか人間の王女に科学に特化しているだけの女……しかし、お前は特に奇妙である』
「話が長いな、要約しろ」ラヴォス(仮)の話が続き、内心苛々していた俺は随分と正直な言を発してしまう。が、奴は気にした様子も無く『平凡に過ぎるという事だよ』とのたまう。
『これという特異性も無く、幼少より鍛錬を続けたわけでもない。何処にでもいる人間でしかない。故に妙だ、凡人たる貴様が何故突出した人間たちを率いて、なおかつここまで私に迫るのか。その真を知りたい、お前がここまでに強くなった訳を、過程を目にしたい』


 言い終わると、ラヴォスが大口を開ける。明確な敵意は無く、それでも油断はならぬと腰を落とす。
 その行為に、「怯えるなよ」と言わんばかりにラヴォスの目が細くなった。警戒しているだけだ、紙一重な気もするが。
 間を置かずして、ちりちりと髪の毛が逆立ってきた。逆巻きながら集束する魔力に反応しているのか。ラヴォスの周囲に無造作に放たれていた魔力の気配が一点に集まっている、その量たるや膨大の一言。無限に限りなく近いものだろう。世界に散らばるそれを集めつくすような勢いだった。
 どのような変化でも看過せぬよう目を見開いて監視する。まだ、魔力以外に眼に見える変化は無い。


『貴様が強くなったのは何故か? それを知るには過去を見届けるべきだろう、私にはそれが可能だ。だが単純にお前の過去を覗くだけでは興に欠ける……だからこそ、見せてもらおうではないか、お前の歩んできた戦いを、強敵との争いを……!』


 ぶわ、と風が吹く。目を瞑らずにはいられない強風。腕を前に出し顔を守るようにして、しゃがみこむ。僅かにも無い魔力を出来うる限りに放出して防御へ回す。到底ラヴォスの攻撃を避けることなど出来ない微量で矮小な魔力壁。生き残れば奇跡、怪我が無ければ夢であろう防御方。半ば死すら意識しつつ、風が止むのを待った。
 結果、さっきの俺の考えならばこれは夢ということになるだろう。俺にはかすり傷一つ無いのだから。
 うっすらと目を開いていく。すると、ああ、これはやはり夢なのだろう、あるはずのない物が目の前に生まれていたのだから。


『驚いたか? さもありなん、これはお前が戦い、苦戦の末に御した相手だ。見覚えはあるだろう? お前の過去を探り見つけた存在なのだから。わざわざそれを再構築し、ここに作り出したのだ……』


 ラヴォスが何かを言っている。俺には大半が理解不能な台詞だったが、凡そは掴めた。つまり、今までに俺が戦ってきた強敵をここに呼び出し、俺に直接戦わせて、俺をテストしようって腹なんだろう。
 体力も無く、魔力も尽きた俺になんて無理難題をほざくのか。
 過去、俺は様々な強敵を相手にしてきた。未来ではルッカを傷つけ、俺が憤怒したガードロボ、グランとリオンや魔王城での戦い……数えればきりがないほどの難敵と剣を交わした。つまりは、そいつらの幻影と今ここで戦え、そういう事なんだろう。
 ああ、恐ろしい。なんて恐ろしいのだろう。恐れ戦きたいくらいだ。普通ならば。


『戦慄したか? ……さあ、お前の力を見せてくれ、まずはこの竜が如き巨体とその鉄壁を持つ動く戦車を倒して見せろ、さしずめ、これが第一の試験だ』


 ぎりぎりと鳴く巨体は天を衝き、踏みだす足は無く、代わりに何者をも押し潰す車輪が俺を狙う。開かれた口は敵を威嚇し光る体は己が頑強さを知らしめるかのよう。噴出す蒸気は戦気を表し俺の体を粉々に変えようと武者震いしているようにさえ見えた。




 いかにもな雰囲気をだすならばそう描写すべきだろう。ただ、惜しむらくは、現れた物体は何もしないでも勝手にぶっ壊れそうなほどぼろぼろのガラクタと言い換えることが出来る粗悪品だという事。ぎりぎりという音は無理に詰め込んだ装備の重量に装甲が耐えれていないという証。車輪は半分ずれているため車体が傾いている。口部分は開かれているのではなく壊れて元に戻らないのだろう。体が光っているのは唯一本当の事である、整備士は故障部分を直す事ではなくオイルで磨く事のみに執心したようだ。蒸気の量が尋常ではないのはもうすぐ壊れるぞ、というサインに思えた。
 その、見るからに哀れな兵器の名前は……


「ドラゴン……戦車?」
『お前たち人間はそう呼称していたらしいな……さあ、抗え人間。今こそ過去の恐怖と向き合い、再び乗り越えるが良い…………あ、』


 ラヴォスが間抜けな声を出した瞬間、折角大仰な力で作り出したドラゴン戦車の車体が決定的に傾き横転した。
 そのまま、俺もラヴォスも何も言えないまま時間が過ぎていくと、洩れたオイルが引火したのか、ドラゴン戦車が火を噴き爆発した。非常に危険な為玩具にもならない、実に産業廃棄物な代物だった。からからと空廻る車輪が哀愁を漂わせている。


『…………流石だな、人間。ジールを殺したのは伊達ではない、か』
「恥ずかしいなら、恥ずかしいって言って良いんだぜ?」
『だが、あくまでもこれは初手。お前の力を知るには足りぬ』
「そりゃあな、俺何もして無いし。ほら言ってみろよ、穴があったら入りたいってさ」
『さあ、もっと私に見せてみろ、お前という人間の可能性を、全て!』
「忘れて欲しいなら、ちゃんと口に出せよな。顔赤くなってないか? 風邪ですか?」
『黙れ下等生物!!』


 ラヴォスの第一印象は俺を殺した恐怖の象徴だった。
 第二印象は案外可愛い奴という事。というか何故あれを俺にとっての強敵と認識したのか。結構頭のあれな奴なのかもしれない、ラヴォスって。












 星は夢を見る必要はない
 第四十八話 彼女は夢を見ていた












「どうして!? なんでクロノの所に行けないの!?」


 マールが絶叫と呼べるほどの大声で叫ぶ。対して、二人の賢者は俯くしか出来なかった。
 私とグレンが時の最果てに戻ってきた時には、クロノ以外の全員が集まっていた。各々、飛び立った時代を救い駆けつけてくれたのだ。
 その事に喜んだのも束の間、今度はクロノの増援に行けないという最悪の結果へと変わっていた。マールに至っては、グレンの腕の治療を終えた途端狂ったように喚いている。グレンもまた、魔王とマールの共同で治療された事に苦い顔をしていたが、その面影は無く、押し黙ってはいるが親の仇のようにボッシュたちを睨んでいる。それは、全員が同じ事だ。あの温厚なエイラでさえ殴りかかりそうな雰囲気だった。
 逆に、私はというと皆とは違い、一歩引いた目線で考えをすることができた。恐らく、黒の夢が消えた事で記憶が元の“ルッカ”に戻ろうとしていることに起因しているのだろう。頭の中がごちゃごちゃになっている為、逆に考えが纏まるという皮肉な状態だ。今の私は何を言われても見た目には慌てる事はないだろう。慌てる事ができないだけなんだけどね。


「今暫し、待て。間も無く来るはずだ……」
「さっきから同じ事ばっかり言ってますけど、誰が来るっていうんです? そして、その誰かが来たからって何が変わるんですか? クロノさんは今にも死ぬかもしれないんですよ!!」


 いよいよロボが爆発した。二人に詰め寄り、犬歯を見せる。
 ロボとマール二人掛かりで責められるボッシュたちは、それでも同じ事を繰り返していた。


「まあ、落ち着け二人とも。賢者と言えど、もう老いさらばえた老人だ。不足の事態に対処できないのは仕方が無い……期待した俺たちが馬鹿だったのだ」


 腕を再生し、顔色も戻ったグレンが二人を庇うような口調でその実痛烈に批判する。目上には礼儀を置くグレンがそのような事を口走るという事は、腹の中は煮えたぎっているのだろう。彼女もまた、クロノを愛すべき弟分として扱っていたのだ、無理は無いが。


「……魔王、貴様は何か方法を持っていないのか? 貴様の魔力でゲートを開ける事は出来んのか!?」
「八つ当たりをするな馬鹿が。ラヴォスの魔力を超えることが出来るなら、とうの昔にやっている……!!」
「くそ! 偉そうな事を言っておいて、そんなものか!!」
「蛙が……今すぐに殺してやろうか?」
「魔王! グレン! もう止める!」


 険悪になるグレンと魔王をエイラが止める。
 ……脆いわね。本当に私たちはクロノがいなければ、前に進む事も出来ないのかしら?
 それは、もしそうならば……なんて醜い。
 今の彼らは、昔の私だ。クロノがいなければ何も出来ない、考える事もできない。なるほど、これは呆れられる。これでは阿呆の集団だ。
 ……けれど、私では彼らを元に戻せない。私にその力は無い。正しい思考を持っていても、卓越した頭脳を持っていても、こればかりはどうしようもない。
 だから、私は託すことにしよう。彼女なら、彼らを元に戻せる。彼女は賢いから、すぐに分かってくれるはず。そして彼女の声ならば……彼女の声は、良く通るのだから。


「マール」
「!? 何ルッカ? 今はのんびりできないの、ていうか、ルッカも何か思いつかないの!?」
「聞いてマール、お願いだから」


 彼女の怒声に取り合わず、静かに彼女に声を掛けると、矛先をかわされたマールは小さく肩を落とした。
 さあ、彼女に何を言うべきだろう。落ち着いて? 油を注ぐに等しい。すぐに何とかなるわよ? 何を根拠に言うのか。深呼吸を……馬鹿にしているとしか思えない。では、単純に行こう。それだけで分かってもらえるはずだ。
 息を、吸った。


「貴方から見たクロノは、どんな人かしら」
「……っ!」


 分かって……くれたみたいね。もう、マールの目が変わる。本当にこの子は暴走し易いけど、賢いわよね。
 胸に手を置いて、目を閉じる。次に私を見る目は、いつも誰かを牽引して、正解に突っ走るいつものマールだった。


「私が見たクロノは、誰にも負けない男の子だよ……女の子以外にはね」
「……正解よ、王女様」


 後は大丈夫、私は壁に背中を預けて成り行きを見守るだけとなった。私は私を侵そうとする記憶の濁流に飲まれぬよう平静に保つことにする。存外に、辛いものだけれど、耐えられる。私はまだ、彼に言っていないから。今の私は勿論、前の私も。
 一番取り乱していたマールが静かになったからか、他の皆も次第に声が小さくなっていく。マールは仲間を混乱させるけれど、落ち着かせるのも彼女だ。クロノよりも、リーダーに向いてるんじゃないかしら? そんな事を言えば、きっと彼女は怒って反論するのだろうけれど。


「ねえ、ハッシュにボッシュ。貴方の言う誰かがくれば、何が出来るようになるの?」マールは別人かと思うほどに落ち着き払った声で、知るべき事を模索し、聞くべき事を選択した。
「……私が、いや我々が出来ることなどたかが知れている」


 ハッシュは隣のボッシュを垣間見た後、すっと空を見上げた。時の牢獄とも言えるこの場所には星も月も太陽も無い。けれど、彼の目には光が点っていた。


「常識と、真理を書き換えることさ」


 彼の声は力強く、確定した事柄を話すようだった。






 まだ、ラヴォスの言う所の試練は続いている。幾度刀を振るったか、幾度死を予感させたか。その答えは、言いたくは無いが酷く少ないと言えるだろう。
 俺が過去に対峙した強敵との強制的な再戦。ドラゴン戦車との戦いは手を下すまでも無く、未来でのガードロボは今の俺の敵ではない。唯一グランとリオンの二人を俺一人で相手取った際は手こずったが、命を脅かすまではいかない。あの頃と比べ俺は格段に強くなった自信がある。細かな傷はいくつか付けられたが、死を覚悟するには程遠い。
 それを見ているだけのラヴォスとて、随分退屈に違いないだろう。違う言い方ならばアホらしいだろう。見世物にしては格が低すぎる。


「おお、ここは広いのお! クロノ、これはなんという所なのじゃ?」
「ああ、多分それは……あれだ。これは夢の中なんだ」
「そうかー……良く分からんが、凄いのじゃな!」


 そして、今俺と戦っている(じゃれている)相手はアザーラとティラノじいさんの二人。ラヴォスは俺とこいつらが戦った敵同士と思っていたようだが、実の所こいつらと戦った記憶も無いし、世間話をするくらいに仲が良いのだ。こいつらを再構成したところで戦闘になるわけもない。なってもこいつらと戦う気なんざさらさら無いのだが。だって、家族だし。


「……もういいだろラヴォス。俺とこいつらとで戦いなんて起きねえよ。さっさと次の試験とやらに移れよ。でないともう帰るぞ」帰り方なんか分からないが。
『ふむ……仕方あるまい。だが、中々面白い結果が産まれた。お前の戦闘力はともかく、どのようにして歩んできたかは凡そ掴めてきた。収穫は、あったのだ』
「……本当かよ」


 ラヴォスによる俺の試験内容は上々らしいが、とてもそうは思えない。こういう場合、俺の死力を尽くした戦いが必要なんじゃないかと思うのだが……気にした方が負けか?
 ……だが、こうして直接にラヴォスと戦わないでいれるのは有り難い。今こうしてあいつの提案する試験に従っているのは時間稼ぎが目的なのだから。
 俺の仲間は必ずここに来る。今は無理でも、もうすぐにラヴォスの時空封鎖を破り現れてくれるはずだと信じている。問題はその間俺がどう生き残るかだ。この下らない茶番も今は幸いである。
 幸いであるが──やはり下らないものは下らない。最終決戦でこんなに肩の力を抜かれるってどうよ?


『それでは、最後の試験といこうではないか、人間』
「ようやくかよ……仮にその試験を無事終わらせれば、どんなご褒美があるのかね?」


 冗談交じりに礼を期待した一言をぶつけると、ラヴォスは一呼吸分考えたような沈黙を置いて、声を響かせた。


『私の、本体に会わせてやろう』
「本体?」聞き捨てならない言葉が聞こえ、鸚鵡返しに聞き返す。
『そう、本体である。今お前が見ているこの姿は……“くそでけえ海洋生物の出来損ないみたいな化け物”は私の本当の姿ではない。いわば、外殻のようなものだ。いや、それそのものか。この巨大な外殻の中にこそ、本当の私が存在している。お前は私を倒したいのだろう? ならば、そこに招待するのはお前にとってこの上ない褒美ではないか?』


 脳天から、衝撃が落ちた。世界を破壊し、未来を粉々に変えたラヴォスにはまだ本体が隠されているというのか。外殻とやらのみで世界を壊せるのなら、その本体とはいかなものなのか。出来るなら、本体の方が弱い事を祈るしかない。


『安心しろ、広範囲の攻撃や、硬度ならば外殻よりも私の方が弱い。この外殻は私を守る鎧と剣のようなものだ。裸同然の私ならば、案外お前一人でも勝てるかもしれんぞ』
「けっ、思っても無い事をずらずらと……あと、人の考えを読むんじゃねえ」
『気にするな、癖だ』


 人の思考を読めるという事は否定しない。それは本体が存在するという事実に匹敵する事実であった。正真正銘の化け物が、今目の前にいる。そりゃあそうか、この旅の最大最後の敵なのだから。いかほどの常識も通じない、当然だ。


『とはいえ、それはお前が最後の試験を突破出来れば、の話だ。命を賭けろ、人間』


 それはその通りだ。今ラヴォスの本体の事に頭を回しても皮算用。だが、今までの試験内容からして、とても俺が負けるような存在が出てくるとは思い難い。もう一度ジールなんかを出されれば負けるのは確定だが……どうも、このラヴォスの試験、その目的は俺を苦しめる事に無い気がする。もしその気なら、最初から本当の意味での強敵をばかすか出せば勝負はつくのだから。
 例えば、一体ずつなんて言わずに魔王からジールにダルトン、後はそうだな、魔王の部下も入れれば間違いないだろう。とても勝ち目が無い。


『最後の敵は、なに。お前の旅が始まって間もない時に御した相手だ。苦戦などするまい』
「……? いたか、そんな敵?」


 それこそ、俺が最初の頃に戦った敵といえば出来損ないのドラゴン戦車くらいだろう。ガードロボも倒したし……誰が残っているのか。
 ラヴォスは口を開き、また今までと同じく魔力を練って何かを再構成し始めた。
 過去に出会ったらしい俺の強敵は、魔力を擬態化させて産まれる。次第に輪郭も整い始めた。
 大きさはさほどではない。というよりも、今までに比べて随分と小さい。アザーラほどではないが、ドラゴン戦車よりも小さく、ごく普通の人間程度だった。巨大な爪も腕も無ければ気味の悪い装備をつけた訳でもない。作られ始めるそいつからは魔力すら感じられない。
 ただ一つ、特異な点があるとすれば……その闘気。
 徐々に形が完成されていくそいつからは、今まで碌に感じたことが無いような、恐ろしい気迫が感じられた。それは、怖くとも懐かしい気配だった。


「……なるほど、やってくれる……!!」


 ようやく姿を現したそいつは、確かに強敵だった。恐らく初めて、これ以上ない程の負けを意識した相手で、俺に本当の意味での戦いを教えてくれた、ある意味恩すらある人。人間だ。
 この人と戦って、その時が俺の旅の始まりだったと言っても過言ではない。立場も地位も関係なく、高貴な身でありながら己の強さに揺ぎ無い自信を持っていた、たった一つの武を極めたと豪語する、俺の知る限り五本の指に入る最強の女性。


「──もう、手加減はいりませんよね? クロノさん」
「連戦続きなんだ、出来れば手心加えて欲しいね、リーネ王妃」


 こんな形のリベンジマッチは、期待してなかったんだがな。






 ぶん、と女性が振るったにしては似つかわしくない拳音を鳴らして王妃が正拳突きを繰り出す。辛うじて半歩後ろに上体を逸らして、刀を横に払う。難なくサイドステップで避けられるも、アドバンテージを奪えたと、俺はまた刀を袈裟切りに振るう。
 振り落とした刀は、ガキン、と妙な金属音を上げてその軌道を止める。
 王妃の右腕には、無骨な金属手甲が付けられていた。過去の王妃は持っていなかったそれは、恐らくラヴォスが作り出した擬似手甲なのだろう。間違いなく世界最高峰の切れ味を誇る虹の斬撃を受け止められるのだ、それ以外に考えられない。
 尋常ならざる魔力を込められたラヴォス特製の手甲に、王妃の拳速が合わさり、その破壊力たるや異常。ボッシュの傑作虹で受け止めた時、ぎし、と嫌な音が響いた。そう何度も受け止められはしないと宣言されたも同義。


「どうしましたクロノさん。これではまたその他の方に逆戻りですよ?」
「そいつはごめんだ……な!!」


 気合と共に横に刀を凪ぐ。風を切り断ち切る刀はあっさりとよけられ、カウンターに前に王妃が近づいてくる。アッパー気味の拳を顔を横に置いて避けた。


「脇がお留守ですね?」
「……ぐっ!!」


 左鉤突きが脇腹に刺さり、肋骨が砕けたような音が聞こえる。一時的に痛みを無視して飛び下がり、患部を抑えた。……砕けてはいない、だが皹が入ったか折れたかはしただろうな、これは。
 見ると王妃はハプキ(合気)にて呼吸を整え、息一つ乱さぬまま立っていた……いや本気でこの人エイラや母さんばりに強いんじゃないか? ニズベールクラスと言われても信じそうだ。流石にあれだけの耐久力と破壊力はあるまいが、技術と体運びの巧みさは他の追随を許さない。瞬発力はグレンとタメを張るぞ!? いや、それは言いすぎか。
 ともあれ……今までの試練を超える難敵なのは確かだろう。


「……来ないなら、私から行きましょう!」


 足音無く、風のように駆けてくる王妃。迅雷もかくや、追いきれぬでは無いが対処するには困難なスピード。ましてや体力が尽きかけている俺にはかなり厳しい。せめて体が回復していれば話は変わるのだが……嘆いていても変わりはしない、か。
 刀を正眼に構えて、隙を減らす。元々正眼はあらゆる場面でも対処が可能な万能の構え。にも関わらず、王妃は突進を止めない。どのような攻撃も蹴散らす自信があるのか、俺が低く見積もられているのか。
 ……前者だろうな。王妃は、今の王妃は俺を過小評価する事は無いだろう。ラヴォスが作り出した王妃はえらくストイックに見える。というか、能力はともかく性格は丸々違わないか? どうせ、都合の良いように作り変えてるんだろうが。
 王妃の姿勢は酷く低かった。振り下ろすには面倒で、切り払うにも角度が難しい迎撃し辛い、模範的な攻撃方法。武術を学んだ人間がこうもやり辛いとは。これなら黒の夢の魔物を相手しているほうがよっぽど楽じゃねえか!!


(実際、俺の能力からして人間相手は得意じゃねえんだよな……そういうのはマールやグレンの得意とする所なんだから……俺は魔物特化型なんだ)


 そんな事を考えている時には、俺は高く宙に舞っていた。下からの掌底にて顎を揺らされ、肘突き一発、持ち上げるようなハイキックの三連打で見事にダウンだ。
 違うな、これは違う。ラヴォスの手甲がどうとかじゃねえ。王妃自身が強いんだ。よくもまあ、あの頃の俺が勝てたもんだ。あの王妃にさ。油断されてたとはいえども。正しく化け物じゃねえか。
 ……駄目だな、勝てる気がまるでしない。もう走る気力も無いっていうのに。力強い言葉をかけ続けてもまるで燃えやしない。
 ──でも。


「立つんだよなあ、俺はさあ」


 古ぼけたからくりみたいにぎしぎしと、無様に立ち上がる自分は酷く不恰好だろう。そんな事は理解している。けれど、それがなんなのか。ただ見守るだけでは何も変わらない。
 これはきっと礼なんだ。俺がここまで戦ってこれたのは……戦い続けていられたのは。彼女のお陰なのが大きいから。
 今でも続けていられるか? 俺は俺だけのプライドを持っているのか?
 答えは、持っていない、だ。正確には持っていなかった。
 ……だせえ。仲間が来るのを信じて、あいつらならきっと来てくれるとか信じ込んで、時間稼ぎだ? 天晴れな馬鹿だよ、本当さ。
 逃げてるんじゃん。俺一人ではラヴォスに勝てない? じゃあ仲間が来てくれたら勝てるのかよ? 一人じゃ出来ないけど皆がいれば僕頑張るよ? 何それ、群れなきゃ何も出来ないなんちゃって不良か俺は。
 よく考えろよ俺。一人で出来るなら皆いればもっと簡単に出来るんだよ。そっちの方が得じゃね?
 そうだろう、大体今も昔も俺は未来の事なんかどうだって良いんだ。マールには怒られるだろうけど、経験した事の無い、経験する事の無い未来がどうなろうと知ったことか。そう考えればラヴォスなんかどうだって良い。
 でも、あいつは俺を見下した。今だってそうだ、試験だとか言って俺を試してる。少し前には俺をばらばらに分解して殺したりもした。ジャキやボッシュたちに頼まれた約束を破る羽目になったのはこいつのせいだ。
 つまりは、こいつは俺の顔に泥を塗ったんだ。丹念に丁寧に侮蔑と嘲笑を混ぜ合わせて。
 刀を握る手に、力が入る。もろ、気合が入った。思い出さなきゃ力の出ない俺はアホの極みだな。身に染みこませろってんだよ。


「思い出させてくれて、ありがとな王妃。俺はまだ、持っていられそうだ。砕けず折れず、あるがままの俺のプライドをさ」


 本当の王妃とはかけ離れたリーネは、それでも静かに笑った気がする。
 それが、とても嬉しかった。認めてくれたみたいで、凄く。


「はああぁぁ!!!」


 迫るのは右手手刀、左手正拳、顔面と水月を狙う両手突き。それらを捌ききっても、また足技が繰り出される。足払い気味の側刀蹴りは飛んでかわした。そのまま大根斬りに持ち込むが、腕を絡まされて投げられる。
 受身を取り前転しながら立ち上がると、目の前には王妃の靴が飛び込んでいた。素直に受け止めざるを得ないため、顔面に喰らい後ろに飛ばされる。
 浮き上がった体を持ち直し立ち上がるのに秒の間も掛けない。じりじりと刀が床に滑るが、手放しはしない。俺を守る唯一のものだから。
 追撃に備えると、王妃は構えを解かぬまま、俺を見据えていた。その表情には訝しげなものがあった。何か疑問でもあるのか、と問いたくなるような、分かりやすいものだった。


「どうして、魔法を使わないのですか? 今の貴方は魔法が使えるのでしょう?」王妃は、俺がサンダーやシャイニング、トランスを使わない事を不思議に感じたのだろう。
 何故王妃が魔法を知っているのかは問わない。どうせ、ラヴォスが作った王妃だ、魔法の事くらい知ってても不思議は無い。そもそも、大事なのはそこじゃない。
 俺は、王妃の問いの答えを探して、放つ。


「これは、あの時の戦いの再現だから。あの時のあんたは本気じゃなかった。だから、今度は本当に決着をつけるべきなんだ。あの頃の俺を塗り替える為にも。その為には、魔法なんかあっちゃいけない。あんたにとっての戦いは、そんな不可思議な現象が混ざるものじゃないだろ?」


 そうだ、王妃が自分を鍛える為におこなった鍛錬には、魔法を使う相手なんて想定していない。そんな裏からの隠し道を頼るのはルール違反だ。俺は真っ向から王妃と闘わなければならない、いや闘いたい。真実、俺はこれ以上無いほどにこの戦闘を味わいたいから。


「お互い、自分が鍛えた自分だけの技術で闘おうぜ。昔の人間の力だかなんだか知らねえが、今ここで魔法なんてのは無粋だ」
「……これは、私は貴方を見くびっていたのかもしれませんね。中々どうして、良い男になったではありませんか。今度パーティーに招待してさしあげますよ」
「そりゃあ、あんたの好きなお菓子パーティーか? ……甘すぎるのは苦手なんだが」
「ビターで揃えましょう」
「そりゃあ、楽しみだ」


 今ここにいる王妃は、ラヴォスの作りだした偽者なのに、どうしてだか俺はその約束を大切にしたいと思えた。無意味とわかっていても。
 そろそろ幕引きにしようじゃないかと言うように王妃が一つ両手を合わせ音を鳴らした。構えは彼女が極めたと豪語する縦拳の構え。腰を落とし眼光は真っ直ぐにこちらを見つめ、控える拳はバリスタの圧力を見せる。引き絞られたそれが放たれれば何者をも貫き通すという信念を込められた一撃。
 女性特有の柔らかなバネを限界までに使用、いや酷使とも言えるだろう。前回と違い、手甲をつけた彼女の拳は小細工ではかわせない。止める事も、ずらす事も果てのない考えである。
 勿論こちらも小手先の策なんか用いない。ただ剣を振るい俺の剣と彼女の拳を競わせるのみ。どちらが高みに辿り着くか、賭けてみようじゃないか。
 やがて、硬直は終わり俺が前に出る。力を入れる必要はない、ただゆっくりとその時を待ちながら足を動かすだけ。警戒はない、彼女から前に出ることはないのだから。
 互いの距離が四メートルを切った辺りで虹を抜く。酷く滑らかに鞘を出た刀は、まるで呼吸でもしているように脈動しているように感じられた。確かな重みが俺に安心感を与えてくれる。


 ──さあ、始めよう。
 温い風が頬を刺激した時、一足に飛び出し刀を真正面に振り下ろす。王妃もまた同時に拳を突き出す。大砲に似た風を貫く轟音を共に、俺を吹き飛ばそうとする脅威。俺の刀は王妃の拳に押し負けて、跳ね上げられる。まだ止まらぬ王妃の拳が迫りくる。


「俺がこの旅で得たのはなあ!!!」


 真上に弾かれた刀をそのままの勢いに一回転させて下段から突き上げる突きに変化させる。その速さは王妃の縦拳が凄まじければ凄まじいほどに比例する。それでも僅かに俺が遅いだろうか?
 予想は当たり、まず俺の体に王妃の拳が突き刺さる。回転も込められたそれは俺の筋肉も内臓も一緒くたにブツブツと千切っていく。けれど吐き気はない。今の俺はそんな不快な気分を忘れてしまっているから。


「あ、、ぎらめの、悪ざだあああぁぁぁああ!!!!」


 づぶり、と王妃の腹に刀を突き刺した途端、王妃の体が霧散する。
 消える直前に、彼女はしっかりと、俺を見て笑ってくれた。もう大丈夫だと背中を押すような、柔らかな笑顔だった。
 確かに彼女もまた俺の恩人だった、疑いようもなく。


『……見事だ』


 どこか清涼な気持ちに浸っていた俺に、ラヴォスが賞賛の声を上げた。
 こっちの気も知らずに、と心の中で悪態をつき、ぺっと血の混じる唾を吐き捨てた。
 痛む腹を押さえて、痛みを顔に出さぬよう努めながらできる限り見下ろすようにしてやろうと首を上げて見遣る。空いた左手を腰に当てる。


「さて、これでお前の本体とやらに会わせてくれるんだろ? 会わせろよ、すぐに切り刻んでやる」
『虚勢ではないのだな、流石人間。傲慢の化身よ』だが、とラヴォスは前置きした後『約束は守ろう』と律儀であることを晒すように一々告げてくる。
『折角である、見せてやろうじゃないか。私を、生物が悠久の年月をかければ辿り着くであろう最終進化というものを』
「御託だな、見せてみろ亀野郎」


 奴の魔力が俺の周りに浮遊し始めるのを感じた後、徐々に俺の姿が消えていくのを感じた。人一人を飛ばすのに詠唱も予備動作も必要無いわけだな、分かっていたが、目の前で行われると少々戦慄する。
 生きて帰れるだろうか? ふとそんな事が頭に浮かんだときには、皆に会いたいと思ってしまった。これは俺を殺すかもしれない考えだと、頭の隅で感じていた。


「情けねえぞ、クロノ……」


 しくしくと腹部が痛むのは、戦いの後だからか、それ以外か。
 自分の名前を自分で呼んだとき、皆が俺の名前を呼ぶ声を思い出して、より寂しくなった。本末転倒だな、と自嘲して俺の姿は消えていく。
 その、寸前のこと。


『……来客か。無粋なことだ』


 何者かの来訪を知らせるラヴォスの声が耳に入ったのだった。
 それが誰なのかなど、考えるまでも無いというのに、俺はそこから消えていくのだ。












 そも、三賢者とは何か。
 ただ魔力が他を寄せ付けぬほどに優れている人物であること、それだけではない。人柄か? それもあるだろう。しかしそれでは勤まらぬ。知恵がある、逸脱した発想力、類まれなる精神力。これらは当然のごとく兼ね備えていた。
 だが、それだけであるならわざわざ三賢者と呼称する必要は無い。各々の力を認め、一人一人を一賢者として呼べばいいだろう。あるいは科学者、研究者というように分けてしまえばそれまでである。
 何故彼らは三賢者と呼ばれたのか。その所以は至極最もであり、また納得のできるものだった。
 ただ、彼ら三人が揃えば何事をも可能としたのだ。巨大に過ぎる山々を宙に浮かせたり、空を飛ぶ乗り物を作り出すも、魔法を概念ではなく理屈として解明し、科学と融合させることも三人揃えば可能となった。
 だからこそ、彼らは今ここ、時の最果てに集まることとなった。


「ヌゥ、まさかお前たちに叩き起こされるとはな……古くからの友人を労わる気は無いものか」


 青く、太古より生存していた生物ヌゥに姿を変えた理の賢者、ガッシュが愚痴るように漏らした。
 その動きは緩慢で、寝起きを髣髴とさせるものであった。事実、彼は永い眠りからボッシュ、ハッシュの両人に魔力で強制的に起こされたのだが。気だるそうに目を擦っている。


「何を言うか。ラヴォスを蘇らせる装置の基盤を作り上げたのは私たちだ。自分たちの過ちを少年たちが正そうとしてくれている、その様なときに大口を開けて寝ているなぞ、誰が許すものか」
「全くだガッシュ、お前は昔から最後の詰めを誰かに放り投げる癖がある。その悪癖は治らなかったようだな」


 ボッシュとハッシュの二人に立て続けに責められ、ハッシュはヌゥの長い両手を上に上げて降参のポーズを取る。「悪かったとも。だからこそ今こうして重い体を引きずりここまで来たのではないか」
 唇を尖らせるその姿は、ふて腐れている様そのものだった。その様子を見て、二人の老人は笑いをかみ殺す。
 やがて、ハッシュが不意に笑顔を止めて、遠くの果て無き空を見定めた。


「さあ、風穴を開けてやったぞ。見たかラヴォス、これが我らの力だ、人間の力だ。何者にも負けぬ、地上も人間も、あるべき姿に変わっていく。彼らがそれを為してくれる」


 そこに誰かがいるように語り掛ける。傍から見れば奇行と言えるが、今の彼は真剣に口を開いている。
 今は一線を退き、年老いた老人の目は燃え上がり、力溢れる男の目をしていた。


「頼むぞ、クロノさん。あんたらに賭けるよ、未来も運命も……これで、我らの出番は終わる」


 ぐら、とハッシュの体が揺れ、硬い石畳に落ちる。衝撃の音は軽く、人一人が倒れたとは思えない乾いた音だった。
 それに続きガッシュとボッシュもまた力を失い倒れていく。立ち上がる力も無いのか、彼らは皆起き上がろうとすらしなかった。
 己の力を使い果たした彼らは、魔力も体力も尽き果てたのだ。呼吸音が小さくなっていく。やがて、消えていく。
 しかし、緩やかに死が近づいている最中にも関わらず、彼らは一様に目を細め、笑っていた。あるいはその目には憧憬に近い物を宿していたのかもしれない。今は遠い、平和で明るい故郷を思い浮かべ、夢に浸っていたのだろう。
 そう、彼らは今夢を見ていた。願うならば、覚めることの無い夢を。


「……じいさん、お前ら馬鹿」


 時の最果て広場から通じるスペッキオの部屋、その扉の裏側にもたれかかっていた戦の神が、ぽつりと漏らしていた。
 彼の姿は、頭上から角を生やし、はち切れんばかりの筋肉の鎧をつけた見るからに戦の神と呼ぶに相応しい姿である。
 戦の神──スペッキオは力なく座り込んだ。その目に光るものが涙とは、認めずに。
 この孤独な空間で唯一彼と話をしてくれたハッシュが消えていく。それは、いかに神を自称する怪物でも、思うところはあるのだろう。だが、彼はこの部屋を出られない。出ればその時彼は消えてしまう。限られた空間のみ存在することができる、だからこそ人智を超えた力を持っているのだから。


「でも、俺も馬鹿。俺戦の神、人助けはしない、普通は」


 けれど、スペッキオは扉を開けた。それだけで帯びるような激痛が彼を蝕む。扉の外に出れば、出た部分だけ体の部位が焼け付いていく。力があろうと無意味なのだ。彼は『そういう』存在なのだから。
 一歩ずつ足を踏み込んで、倒れている自分の友人と、その友人の友人に近づいていく。
 急速に消えていく己の魔力をこれ以上消費させない為にもスペッキオは自分に回復呪文を使わない。ガッシュたちの為に残しておくべきだと判断したのだ。それがいかなる結果になるかなど、知っているのに。


「……俺、戦の神。俺のやりたい事をやる! だから、邪魔するな!!」


 なんとしても彼を消滅させてやろうとする現象に、スペッキオが吼える。
 彼を殺そうとする現象は怯むことなく、存在を許さない。
 果たして、彼が三賢者を助けられたのか、それは誰も知らない。












「クロノは!? 何処にいるの、クロノー!!」


 私は、浮遊している感覚が終わり、目を開いた途端に叫んだ。未だかつて見たことが無い気味の悪い、眼下に渦を巻いた海が見える、世界の何処にも存在しないだろう空間に放り出されたことや、私たちの仇敵であるラヴォスよりも大事な事だから。
 慌てながらふらふらと目をそこかしこにやっている私の隣を一筋の風が駆けていった。横目に捕らえたのは青く、長い髪。
 弧を描く大振りの鎌を手に、魔王が飛び出したのだ。右から左への一閃は空を切る一撃。その微塵たりとも容赦の無い必殺の一撃を、ラヴォスはいとも容易く受け止めていた。
 受け止めた、という表現は妙かもしれない。実際ラヴォスは体を、指一本として動かしていないのだから。魔力による防御壁か、もしかしたら単純に体の硬さから魔王の攻撃を弾いたのかもしれないが。出来るなら前者であってほしい、でなければ直接攻撃でラヴォスにダメージを与えられるかもしれないのはエイラのみとなる。あくまでも魔王と比肩できる、というだけで以上というわけじゃないんだけど。
 ふと、考えたくも無い想像が浮かび、私の口は無意識に疑問を……というよりも、糾弾するように叫んでいた。


「ラヴォス……!! クロノは、クロノを何処にやったの!?」
『……驚いたな娘よ。私が言語を解すると知っていたとは。流石に想定外だった』
「え?」意味も分からず感心されたので、思わず疑問の声を上げてしまう。
『何?』
「何って、え?」
『娘、何を戸惑っているのだ』ラヴォスがぐうん、と巨体を震わせた。本当に意味が分からず、身じろぎした、という感じだった。
「うわ、大きい!! ら、ラヴォスってこんなに大きいんだね! 未来のモニターでしか見たこと無かったから、分からなかった!!」
『そうか、娘。貴様劣性の頭脳を持っているのだな』


 なんだか分からないけど、とてつもなく馬鹿にされた気がしたので言い返そうとしたが、その前に苛々した様子のルッカに顔を掴まれて後ろに投げられた。いや、押しのけられたという方が正しいのだが、彼女としては私を放り投げようとしたかったに違いないのでそう表現しよう。
 何で怒ってるのかな、あの日かな?


「マール、貴方突拍子も無い時に突拍子も無い事をするから突拍子も無く貴方を嫌いになる時があるわ。それはさておき……」


 私としてはさておいてほしくない問題なんだけれど、きっと問い詰めたらまた顔を掴まれるんだろうなあ。あれは痛かったから今は我慢するとしよう。


「人の言葉を話せて、理解できるとは……正直恐れ入ったけど、今は助かるわ。私たちの前に赤毛の男が来たでしょう? というよりも、私は貴方が彼を連れ去ったと睨んでるけど、どうかしら?」ルッカの言葉にラヴォスは螺旋を孕んだ瞳を細めた。
『ふむ……正解だ。伊達にここまで来たわけでは無いのだな、科学者、ルッカよ』
「……!! 趣味が悪いわね、勝手に人の事を調べるなんて」心底嫌そうにルッカが唇を震わせ、嫌悪を表に出した。ところが、ラヴォスはそれを気にした様子も無く、頭を下げて──人間で言う所の方を竦めるような行動なのだろうか──声を放つ。
『調べたのではない。“知っている”のだ。履き違えるな、人間』
「何を……そう、そういう事。なんてデタラメ……」
『フフフ……それだけで分かるか。悪くないぞルッカ、お前はこの星の人間の歴史上でも、五十には入る頭脳の持ち主だ』
「残念、私は歴史上一番の天才なのよ」


 ……なんとなく、ルッカの独壇場であり、さっきまで騒いでいた私の立つ瀬が無かった。
 何より、さっきは脱線したものの、私はクロノの居場所が知りたいのであって、ルッカとラヴォスの意味の分からないやり取りを聞いていたい訳ではない。
 大声を出して、彼女らの会話を途切らせるため、大きく息を吸った。


「そのような事はどうでも良い!! 今やるべきはこいつを殺す事! もしくは、クロノの場所を吐かせる事だ! これ以上無駄な時間を使うな女!!」


 私の前に、魔王が殺気を露に叫ぶ。私の言いたいこととほぼ同じなので、不満は無いがしこりは残る。もしかしたら、今は私はいらないのかもしれないと深く深く考え込み、やがてそんなことはないという結論に至る。紆余曲折あったが正しい解を導き出したという自負があった。
 亀のような姿のラヴォスの首がずるり、と垂れながら伸びて、魔王を真正面から捉える。過去の恐怖が癒えていないのか、それだけで魔王は小さく呻き、半歩体を後ろに下げた。そして、それが屈辱だったのか、反対に大きく前に一歩を踏み出し睨みつける。
 どうやらそれはさして効果を得なかったようで、ラヴォスは声音を変えることなく淡々と話し始めた。


『彼は、今私と会いに行っている。少し興味を持ったのでな』
「……興味、ですって?」
『そう。意外かね? 私のような生き物が興味などと……不可思議に感じるかね?』ラヴォスの問いにルッカは迷うことなく深く頷いた。
『そうか……良いことを教えてやろう。何故この星では人、魔族、恐竜人。この三種が繁栄したと思うかね』
「考えるまでも無いわ。考えることが出来たからよ」
「ねえ、何の話をしてるのか、私にも教えてくれない?」
『違うな、その三種はただ、他の生物と比べ、貪欲に過ぎたからだ。ただ食べるでは満足せず、ただ飲むでも満足しない。生きるという事を極限にまで味わおうとする。では貪欲とは何だ? 何が貴様らをそうさせる?』


 心なしか、ラヴォス(らしい)声のトーンが上がっている気がする。この問答を楽しんでいるのかもしれないと、あり得ない想像が浮かんだ。何故あり得ないのか、その根拠は私には無いのだけど。
 ルッカは暫しの間を置いて、徐に顔を上げた。


「好奇心、知識欲のことかしら」
『……正しいぞ人間。正鵠を射るばかりでは興もそがれようが、お前は中々、話していて楽しい。そうだ、お前たちは知りたいと願うから、それを許されたからこそ繁栄を誇れた。生きていればどうなるだろう、これを作ればいかなるものか……殺せばどのような事態を作り出し、いかに楽しめるのか。傲慢で残酷な知識を遮二無二得ようとする。それは、見ていて実に面白いものであるぞ』
「分からないわ。分かったのは貴方が酷く偉そうで回りくどいって事かしら。そろそろ私も我慢したくないのだけど?」


 喉を鳴らす音が響く。金属音に似た聞き覚えのある、嫌な笑い声だった。横目に、魔王が顔をしかませるのが分かった。今すぐに首を跳ね飛ばしてやりたいという思いがありありと表情に出ていて、背中が寒くなるほどだった。
 私は、いい加減に結果を出してほしいと、結論を聞かせろと。何よりも……まだなのか、と思ってしまう。怖いくせに、徐々に膨れ上がっていく奴の殺気に怯えだしているくせに。
 ふっ、と足の力が抜けると、背中を支えられた。私を支えてくれた彼女はいつものように力強くにか、と笑ってくれた。


『つまりは単純だ。私とて例外ではないのだよ。知識欲とは強者にとって持っていて然るべき感情なのだ。私は特に顕著だよ、ありとあらゆる事柄を知っていながら、まださらなる事実を追求したい。いやはや、中々厄介な性質であると理解しているが……止められぬ。抗えない快楽と同義であろうな』ラヴォスの言葉に合点がいったとルッカは指を鳴らし、
「つまり、あんたは色狂いとそう変わらないって事ね、気持ち悪い」
『……言い得て妙か。さて、次は私にも質問させてくれるかね?』


 時間だ、と皆が気づいた。剣を抜き、あるいは拳を抜き。腕から銃口を生み出し鎌を持ち上げた。最後に、ルッカが口端を吊り上げて、笑う。これまでの問答はこの質問に答えるべくあったのだと言うように。


『何故、お前たちがここにいる? それも──六人。生きてきた時代の違う三人以上の群集を時は許さぬのだが?』
「さあね、ありとあらゆる事柄を知っているんでしょ? 当ててみなさいよ。私たちがあんたを袋叩きにする前にね」


 ルッカが銃を握り、引き金を引こうと指に力を入れる。その様子がありありと分かるほどに彼女らのやり取りを集中して見ていた私は、戦いの火蓋が切られると知り、慌てて声を上げた。まだ、大事なことを聞き終えていないのだから。


「待って! クロノは何処にいるの? まだ聞いてないよ!」必死の形相に止める私を、誰かが嘲笑う。今それが重要か? と馬鹿にされているようだった。
『全てはお前たち次第だ。私を倒せれば、すぐに会えよう。そう、倒せればな……』
「それって……つまり、教える気は無いってことだよね?」
『ふむ、王女よ。知ってはいたが、お前はそう頭の回る個体ではないようだ。なれば、やることは一つしかあるまいに』
「……さっきから、延々と話し込んで、馬鹿にして、私を無視してさ。そろそろ怒っても良いよね?」


 恐怖は確固として生まれてる、根を生やしてる。でも怒りも負けてない。何より……後ろに皆がいる。その安心感には勝てはしない。
 今までずっと、不満に思ってたんだ。心に残ってたんだ。あの時のことを。
 私とクロノが出会った時だ。あの時私と一緒にお祭りに誘ってくれた時の事だよ。結局それは、私が王女だって知らなかったからだけど。私が王女だって知ってたら、クロノは口を濁らせたけど、きっと遊んでくれなかったと思う。
 だから、今度会ったら言ってみよう。私と遊んでくれますか? って。前にクロノは良いよって言ってくれた気がするけど、まだ私はちゃんと誘ってない。私は王女だけど、友達になってくれますかってはっきり聞いてみよう。
 そしたら答えをきちんと聞こう。わからないなんてあやふやな誤魔化しじゃない。彼の笑顔と、了承を願って聞いてみよう。
 その為にも彼に会いに行こう。彼を探そうじゃないか。見つけ出して、救い出して……私を中世で助けてくれた恩を返そう。この旅の終着点がここだというならば、今を置いて機会は無いじゃないか。
 清算して、あの時に欲しかった言葉をもらって、ハッピーエンドを迎える。夢のような終わり方となる。
 私は、夢を見ている。見続けていく。


「──行くよ、私」


 自分自身への号令だったのに、皆がそれを聞いたみたく同時に動き出した。
 始まるんだね、終わりが。
 いつのまにか、空は赤く染まっていた。夕日の色が、今は憎い。












「あき……らめねえぞ……くそったれ!!!」


 腕に力が入らない。顔の半分が焼け爛れて、臭気が酷い。己の皮膚の焼けた匂いが常に付きまとう。左腕の骨は原型を残してはいないんだろう。軟体動物のそれのように曲がりくねっている。動かすたびに中で散らばった骨が動くのが分かる。痛みは無い、とうに領域を超えている。でなければ心が保たれるはずが無い。
 コー、コー、と枯れたような呼吸音が耳に入る。聞き苦しいことこの上ない。今すぐにも止めてやりたいのに、刀を持つことすら覚束ない。血で塗れた柄は滑り、俺の手から落ちていく。それと一緒に落ちていきそうな大事なものを無様に握り締めて、それでも指の隙間からぱらぱらと毀れていく。取り返しがつくのかどうか、俺には分かりようがない。
 畜生。何がむかつくって、何が苛立たしいって、さっきまで俺に興味が湧いたとか抜かしてたこいつが、ラヴォスの野郎がすまし顔で俺を見ていやがる事が何よりむかつく。本当に興味が失せたと、白けた目を向けているのが屈辱で堪らない。期待外れだと言外に言っているようなものじゃないか。


『──見届けたいか?』
「……」
『見届けたいか?』
「さっきから、何を、言ってんだよお前は……」


 何を言おうと、目の前の奴はただ見届けたいかとしか言わない。それ以外の言葉など不要だと告げるように、何度も何度も繰り返しては、俺を見ない。
 見届けたいか。
 あいつは誰に言っている? 誰に問いかけている?
 光の差さないこの場所で、奴の体はちらちらと輝いている。ぬらりとした嫌悪感の催す皮膚面は内部から発光し俺を威嚇する。
 奴がどのような形で、どのような攻撃を俺に仕掛けているのか分からない。この暗闇の中いくら目を凝らそうと奴を明確に視認できない。時折へばりつくような腐った視線を感じるだけ。奴が大きいのか小さいのかすら定かではない。案外凡庸な姿なのか、今までに無い異形の姿なのか。攻撃方法すら分からない。ただ、何の気配も無く俺の顔を焼き腕を粉砕しへばりつかせただけの事。力の波動も空気の振動すらも気づけなかった。
 圧倒的とか、そういう事じゃないんだ。とんでもない力を有した技を持ってるとかでもない。絶対的な負けを意識するような攻撃はまだ無い。
 ただ……勝てると思えない。衝撃的な劣等感を感じるではない。じわじわと上り詰めてくる絶望感を奴は放っていた。緩慢に、緩やかに鈍重に俺を蝕んでいく。がりがりと奥底から俺を削りだしていく感覚が、堪らない。道が見えない。


『見届けたいか?』


 さらには、薄気味の悪い言葉。仮に、こいつが俺に聞いているとしよう。そして肯定を示して見よう。そうすればどうなるのか。慈悲など毛頭なく俺を消し去るのか。これが見届けた結果だとでも言いたいのか。逆に、否定すればならば価値は無いと消し去るのか。そのどちらも有り得る。だからこそ俺は何も言わない、言えない。
 覚悟の無い、と罵倒されようが今は駄目だ。何も思い浮かばない。何をすればいいのかさっぱりだ。今は駄目だ、今を乗り越えれば……


 ……何が、あるというのだ。
 自分を待つ結末がおぼろげに見えてくる。
 頭の端に、見たくもない映像が流れ込む。
 迷うな、言い聞かせてもずっと後ろをついてくるこの想像は真実か、妄想か。願うなら……想像であってほしいのだ。


『……そうか。見届けたいか。ならば、良いだろう』
「!」


 答えを得たのか、という驚きとまた攻撃が始まるのか、という警戒心が反発しあい体を硬直させてしまう。しまった、と頭を抱える暇も無い。ただ出来るのは無意味と分かっていても両腕を上に上げて頼りない防御姿勢を取るだけだった。
 ──嫌なことを思い出した。俺のこの構えは、小さい頃、俺に友達が出来ず周りの子供たちにいじめられた時取っていた降参のポーズだった。
 目を強く閉じ、もう許してくれ、もう殴らないでくれと懇願する、哀れな構えだったのだ。


『……見よ』
「…………?」


 恐る恐る目を見開くと、目の前に長細い長方形型に暗闇が切り取られていた。白く光るそれは、未来で見たモニターに良く似ている。ラヴォスが真似たのか、たまたまか。単純に俺に分かりやすい形にわざわざ為しているのかもしれない。たとえどれが正解だとしても、大差は無いが。
 暗闇の中生まれたその光は俺の眼には強く、数瞬目を閉じてしまう。ゆえに、最初に入るのは声。聞きたかったと、渇望に近いそれを覚えた人たちの声だった。
 そのどれもが、叫びと怒りと……苦悶。


「お前……まさか」俺のぽつぽつとした問いかけに、ラヴォスは微かな昂ぶりを思わせる声音で、言う。
『遠路遥々やってきたのだ。相手をしてやらぬのは、無礼と言えよう?』


 地獄に落ちろ。
 俺の声は、きっと誰にも届かない。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.026206970214844