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No.20619の一覧
[0] 星は夢を見る必要はない(クロノトリガー)【完結】[かんたろー](2012/04/28 03:00)
[1] 星は夢を見る必要はない第二話[かんたろー](2010/12/22 00:21)
[2] 星は夢を見る必要はない第三話[かんたろー](2010/12/22 00:30)
[3] 星は夢を見る必要はない第四話[かんたろー](2010/12/22 00:35)
[4] 星は夢を見る必要はない第五話[かんたろー](2010/12/22 00:39)
[5] 星は夢を見る必要はない第六話[かんたろー](2010/12/22 00:45)
[6] 星は夢を見る必要はない第七話[かんたろー](2010/12/22 00:51)
[7] 星は夢を見る必要はない第八話[かんたろー](2010/12/22 01:01)
[8] 星は夢を見る必要はない第九話[かんたろー](2010/12/22 01:11)
[9] 星は夢を見る必要はない第十話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[10] 星は夢を見る必要はない第十一話[かんたろー](2011/01/13 06:26)
[11] 星は夢を見る必要はない第十二話[かんたろー](2011/01/13 06:34)
[12] 星は夢を見る必要はない第十三話[かんたろー](2011/01/13 06:46)
[13] 星は夢を見る必要はない第十四話[かんたろー](2010/08/12 03:25)
[14] 星は夢を見る必要はない第十五話[かんたろー](2010/09/04 04:26)
[15] 星は夢を見る必要はない第十六話[かんたろー](2010/09/28 02:41)
[16] 星は夢を見る必要はない第十七話[かんたろー](2010/10/21 15:56)
[17] 星は夢を見る必要はない第十八話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[18] 星は夢を見る必要はない第十九話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[19] 星は夢を見る必要はない第二十話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[20] 星は夢を見る必要はない第二十一話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[21] 星は夢を見る必要はない第二十二話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[22] 星は夢を見る必要はない第二十三話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[23] 星は夢を見る必要はない第二十四話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[24] 星は夢を見る必要はない第二十五話[かんたろー](2012/03/23 16:53)
[25] 星は夢を見る必要はない第二十六話[かんたろー](2012/03/23 17:18)
[26] 星は夢を見る必要はない第二十七話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[27] 星は夢を見る必要はない第二十八話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[28] 星は夢を見る必要はない第二十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[29] 星は夢を見る必要はない第三十話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[30] 星は夢を見る必要はない第三十一話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[31] 星は夢を見る必要はない第三十二話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[32] 星は夢を見る必要はない第三十三話[かんたろー](2011/03/15 02:07)
[33] 星は夢を見る必要はない第三十四話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[34] 星は夢を見る必要はない第三十五話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[35] 星は夢を見る必要はない第三十六話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[36] 星は夢を見る必要はない第三十七話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[37] 星は夢を見る必要はない第三十八話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[38] 星は夢を見る必要はない第三十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[39] 星は夢を見る必要はない第四十話[かんたろー](2011/05/21 01:00)
[40] 星は夢を見る必要はない第四十一話[かんたろー](2011/05/21 01:02)
[41] 星は夢を見る必要はない第四十二話[かんたろー](2011/06/05 00:55)
[42] 星は夢を見る必要はない第四十三話[かんたろー](2011/06/05 01:49)
[43] 星は夢を見る必要はない第四十四話[かんたろー](2011/06/16 23:53)
[44] 星は夢を見る必要はない第四十五話[かんたろー](2011/06/17 00:55)
[45] 星は夢を見る必要はない第四十六話[かんたろー](2011/07/04 14:24)
[46] 星は夢を見る必要はない第四十七話[かんたろー](2012/04/24 23:17)
[47] 星は夢を見る必要はない第四十八話[かんたろー](2012/01/11 01:33)
[48] 星は夢を見る必要はない第四十九話[かんたろー](2012/03/20 14:08)
[49] 星は夢を見る必要はない最終話[かんたろー](2012/04/18 02:09)
[50] あとがき[かんたろー](2012/04/28 03:03)
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[20619] 星は夢を見る必要はない第四十七話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/24 23:17
 死にたくないと思った。
 今までに無い程濃密に、手に取るように分かる死の気配を感じて、尚一層その想いは高まった。
 もし生きれるなら、何でもしてやると思った。民の誰であれ殺してやろうとまで考えた。最低最悪の為政者として歴史に名を残しても構わないとまで。
 けれど、生き残った。特に何のリスクを背負う事も無く生き残ることが出来た。それがまた恐怖心を煽らせた。次は無いぞと誰かに言われたように感じて、何をしていても背中に死を意識した。
 ……だから、死にたくないという想いは強まった。何に変えても生きたいと願った。その為なら何を犠牲にしても構わぬと。
 けれど、自分は何故死にたくないと思ったのだろうか? 何故にそこまで生を渇望したのか。今はもう思い出すことさえ叶わない。
 唯一脳裏に刻まれているのは、病床に臥せる私の隣で泣いている、子供たちの姿。


 では、子供たちとは誰だったろう?
 もう、自分の子供が誰なのか、どのような姿でどのような声でどのように笑うのか泣くのか怒るのか、いくら記憶を掘り返せど、発掘する事は出来なかった。
 それが不老不死の代償だというなら……甘んじて受け止めよう。
 だが、胸の内に巣食う寂寞感は消えようが無かった。


「……来たか」


 もう過去を振り返るのは止めようじゃないか。
 来客だ、素晴らしい来賓がお越しになられた。これは丁重にもてなさなければならぬ。その事を思うだけで胸が張り裂けそうなほど歓喜に震えている。目がチカチカと明滅するほどに、自分は興奮している。
 さあ来い、さあ来い虫ケラども。盛大に歓迎してくれる。そうすれば、訳の分からぬこの感情も次第に消え失せよう。さすれば、妾はもっと高らかに笑えるだろう。迷い無く、真っ白な自分を取り戻せるだろう。
 呼吸が荒くなる。まるで畜生よな、と自嘲するが、止められない。親指の爪を噛んで今か今かと待ち望んでいると、爪を噛みすぎて血が零れてしまう。
 生々しいほどの赤は、目に余るほど美しかった。
 だってそれは、紛れも無い生の証だから。


「良くぞ来たな、虫ケラども。さあ、踊ろうではないか、最後の時に相応しい、血飛沫舞い散る艶やかな舞を」












 星は夢を見る必要はない
 第四十七話 それはきっと、遥か遠く












 グレンは、小さなラヴォス──プチラヴォスとでもしておこうか。案外正式名称っぽくて気に入った──を絶命させると、汗も掻かずに剣を一振りして体液を振り落とす。鞘に剣を入れながら、振り向きざまに声を掛けてくる。


「怪我は無かったか、クロノ」
「……まあ、ねえよ」実際敵に近寄る事も無くグレンの剣舞に見惚れていただけなのだ、怪我などするわけが無い。それを正直に伝える気にはなれず、少々気まずさを持ち合わせながら答えた。
「そうか、では先に進むぞ。このような所で立ち止まっている暇は無い」


 サラ、と長い髪を揺らしながら扉に手を掛けた。開かれた先は暗く、奥行きの深い部屋に繋がっていた。
 足を踏み入れる前から感じていた、扉から洩れていた冷気が一身にこちらに迫る。凍える程ではないが、体ではなく魂を凍てつかせるような冷気に思わず体を抱きしめてしまう。女々しい事だ、と自分を嘲っても震える体は治まらない。掌と体を擦りあわせる行為は止まらず、摩擦で生まれる小さな熱を頼りに歩き出す。
 十歩と歩かぬ内に、妙な不安が疼き出す。何故だか、前を歩くグレンが遠く感じられた。関係的なことではない、目の前にいるはずなのに、手の届かない場所にいるような錯覚。この場に一人しかいないのではないか、と馬鹿げた考えが鎌首をもたげる。この耐え切れない程の孤独感は何だ? 孤独感はやがて焦燥に変化する。せっつかれるように、俺はグレンとの会話の糸口を探し出した。何でもいいから、彼女と……誰かと繋がっていたいと思ったのだ。


「なあグレン、その髪切らないのか?」自分でも、突拍子の無い質問だと自省したが、何でも良かったのだ、それなりには無難だろう。いきなりの俺の質問にも関わらず、律儀に振り向いて答えようとしてくれるグレンを見ると、彼女も俺と似たような感覚を覚えていたのかもしれない。
「ああ、確かに戦闘では長髪は不利にしかならんが……昔、な。サイラスが褒めてくれたのだ、グレンは長い髪が似合うとな。まあ、俺に残った唯一の女らしさと思ってくれ」
「そっか……そうだな。確かに、男っぽいお前だけど、その髪型は良く似合ってると思うよ」


 そこで会話は終わる。咄嗟に出ただけの内容なのだ、広がりはしない。お互いに無言になり、またお互いに次の会話を見つけようとしている。ちらちらとこちらを見てくるに、グレンもきっと会話を続けたいのだろう。少しでもこの不安を紛らわせたいのだ。
 情けないとは思わない。この誰でもいいから縋りたくなるような感情は覚えがある。この空気はあの時の、ラヴォスと対面した時に酷似している。目の前で立っているそれだけで殺してくれと懇願したくなるような、体をそのままに心だけを刳り貫かれるような不快感は馴染みが深い。長くも無いあの時間で刻み込まれたのだから。
 何処まで続くのか分からないこの部屋に響くのは足音だけとなった。誰も口を開かないのだ、当然である。嫌に靴だけがはしゃいでいるのは、逆に不気味であった。
 やがて、暗闇は終わる。緑のような、青のような不可思議な薄ぼんやりした灯りが視界に入った。心持ち、俺とグレンが足早になる。誰でも光が無いよりも、頼りなくとも光に触れていたいと思うのだ。
 結局それは、無意味なものだったのだけれど。光の正体に気付いた俺たちは、どんな感想も吐く事は出来なかった。


「人間……いや、これは!?」グレンが目を見開き驚愕の声を出した。


 彼女と俺が見ている先には光の柱がぽつぽつと立っていた。時の最果てにある物に酷似している。『形だけは』。
 光から洩れる粒子は薄暗く澱み、体に触れる事を避けたいと思わせる物。何より、その光の柱の中に何かが浮いていた。身動き一つしないそれは、まるで光の柱に縛り付けられているようだった。
 その何かとは、グレンが言ったとおり人間である。それだけでも十分なのだ、それだけでもう腹一杯だ。それ以上はいらないのに、なのに。その光の中に縛られてるのは、確かに『俺たち』だった。紛れも無く俺たちだったのだ。
 光の柱は六つ存在した。その内の一つに閉じ込められているのは、俺。次にマール、ロボ、グレン、ルッカにエイラ。魔王以外の全員が光の柱の中で目を瞑りたゆたっている。水面に揺れるように、夢を見ているように。それが目覚めるものなのかどうかは知らないけれど。


「……悪趣味な。偽者、人形か?」
「馬鹿を言うな、人間の雌が」
「ッ!?」


 光の柱を凝視していた時、暗闇の奥から篭った、それでもよく通る声が届く。聞きたかった声、聞きたくなかった声。
 俺たちの旅を操り、直接では無いにしろ、俺を殺した女性、女王ジールが高みから俺たちを見下ろしていた。愉悦に唇を歪め、狂気を孕んだ表情を浮かべながら、喉を鳴らして。


「それは、貴様らの未来だ。分かるか? それがここにある意味が。いかに貴様らが反抗しようとも、抗おうとも、結果はここに集束されておる。足掻くな、潔く死ぬべきだぞ……? 何せ未来は決まっておるのだから!」


 俺たちの言い分を聞く暇も無く、ジールは掌を振って、そこから火炎を迸らせた。大蛇のように形を変えて俺たちに牙を向く火炎の波。
 流石、ラヴォスの力を得ていると豪語するだけあって凄まじい熱気だ。ちりちりと大気が怯えている。氷河であろうが氷解させるだろう熱が間近に迫る。


「くっ!」


 すぐさまに横に転がり飛び避ける。すぐ後ろを濁流の如くなだれ込む火炎を感じて背中から冷や汗が一筋流れていった。それもすぐに蒸発したが。


「いきなりだな、話も無しか!?」


 剣を抜き払いながら言う。ジールはさも呆れたように掌を己の額に当て、嘆くように囁いた。


「本気で言うておるのか? 野蛮な貴様らに礼儀作法など必要なかろうが」
「……間違ってはいないな」グレンが指を顎に立てて納得したように言う。どっちの味方だお前。
「いや、戦いとはそうあるべきだと言いたいだけで、他意は無い」
「言い訳しないといけないって、分かるくらいには成長したんだなお前も……もういい、また来るぞでかいのが!」


 空間から逆巻くように水流が現れ、隣にも放射状に作られ始める電流の束。それらは各々に形を変えて、三叉の槍となった。矛先はこちらを向いている。
 水と電気を槍に形状変化させる……俺やグレンには出来ない芸当だな、そりゃあ。小器用じゃねえか。
 電気の槍はグレンに、水の槍は俺に向う。避けるにも、飛来する軌跡を見る限り追尾してきそうな気配である、いっそ魔力で気化させることも考えたが、シャイニング級の魔力を必要としそうだ、防御だけの為に切り札は晒したくない。
 ようやく出番が来そうだな、虹よ。
 先ずは一本の槍を袈裟切りに叩き落す。剣先を上向きに変えて、二本目を切り上げ、体を半歩分右にずらし三本目の槍を避ける。予想通りに、目標を見失う事無く残る槍は方向を反転させてもう一度俺に向い迫る。術者の執念を具現化させたみたいな能力だな。
 とはいえ、二本の槍を叩き落とすに比べれば、一本の槍を無力化させるなんて容易い事だ、と口端を吊り上げた。
 その油断が、いけなかったのだろう。


「……執念深さって、そこまで比例するもんかね?」


 今さっき床に落ちて流水に変わった水の槍が、俺に巻き付く様に絡み付いていた。まさに自由自在か、極めれば水の魔力とはここまでになるのか。グレンも剣ばかりでなくこういう魔法の使い方を覚えれば良かったのにな!
 からめとられたのは両足と左腕。動くのは頭と右腕。流石に腕一本だけで豪速の槍を落とせるかと言われれば難しい。シャイニングを使うか? ……それも癪である。


「他に、方法も無いか……? ぐっ!」


 そも、俺を締め付ける水の力も尋常ではない。万力もかくや、体をバラバラにせんと収縮していた。このままでは骨をやられそうだ。悩んでいる時間は無い、今すぐに魔力を解放すべきだ。
 ……そう、もしも俺が一人ならば、その選択しか無かっただろう。


「醜態だぞ、クロノ」
「……はっ、なんの。序盤のミスなんかいつでも取り返せるだろ」


 露に消える俺を縛る水の触手。切り裂く剣光は一筋の線になり俺に自由をくれる。
 剣の銘はグランドリオン、繰り出すはグレン。戦いにおいて、今や最も頼りになる仲間だ。彼女の剣舞は力強く、それでいて鮮やかな、完成されたものだった。
 舞うように切り、風のように走り、自然的な何かを感じ取らせるような動き方だった。


「面倒な……不敬である! が、まあ良い」


 ぎりぎりと歯噛みしたと思えば、一転無表情に変わりジールが近づいてくる。長いドレスと法衣を足したような変わった衣装を揺らしながら、あくまでも雄大に尊大に歩み寄ってくる。彼女に似つかわしくない、と言えばそれもまた不敬なのだろうか。
 それに対しグレンは剣を構え、眼光鋭く睨みつける。左足を引き、常時飛び出せる事が分かる。


「急くな、小娘。妾はただそこな男に話があるだけだ」
「話? 馬鹿な。世迷言にもほどがあるぞジール女王!!」
「貴様に話は無い、暫し黙れ!」


 手を翳し、落雷をグレンの前に数度落とす。剣で遮り、また回避するものの、ジールとの距離が広がっていった。そして、俺とジールの間に距離は無い。手を伸ばせば触れる程身近に、奴がいる。
 お互いに、一瞬で殺しあえる位置なのに。俺もジールも何処か気を抜いた表情をしていた。
 ジールはうっすらと笑い、軽く首を右に倒した。子供がするみたいな動作に戸惑いが生まれる。


「嬉しいぞクロノ、よく戻ってきてくれたな?」
「その台詞は、十年前に聞きたかったなジール女王。俺がその気になるにはちょっと老けすぎてるよ、あんたは」嫌味に堪えた様子も無く、ジールはむしろ楽しそうに笑った。
「妾は不老じゃぞ? すぐにお前も追いつくさ。そして妾を残し、追い越していく」
「真面目に走れよ、じっとしてるだけの人生なんて楽しいか?」
「走るだけの人生よりは、幾分充実しておる」胸を張る彼女に、迷いは無かった。「そうか、そりゃあ価値観の相違だな、分かり合えることは無い」


 右手の虹を握り締める。縛られた事による体の痺れはもう無い。
 存分に、振るうことが出来る。目一杯に、渾身に。問題があるとするならば、一つだけ。
 こいつは切るべき敵であり、世界の仇であり、あらゆる人に恐怖を刻み込んで、文字通り世界を滅ぼそうとする悪魔みたいな……人間なんだ。
 ──俺に、人間を殺せるか?


「迷いがあるか?」
「どうかな、お前は?」問われて思わず聞き返すことしか出来ない自分が、情けない。下らない事を聞くなと言うようにジールは顔を顰めた。
「迷いだと? 戯言よな」
「……そう言い切れる自信が俺も欲しいねえ!」


 大丈夫、剣は振れた。振った。辛うじてかわされたものの俺はこいつに、人間に剣を振る事ができた。
 そりゃそうだ、俺は殺せるさ。人間だからなんだっていうんだ、ダルトンにだって、マールにすら剣を振れたじゃないか。殺す気があるかないかの違いがなんだっていうんだ。魔王には殺気を込めて剣を振るったぞ、あの時は、あいつが同じ人間とは知らなかったけれど……
 人一人殺すだけで何戸惑ってるよ、俺?


「……つまらぬなぁ、その程度の覚悟か、赤毛」
「うるさい」吐き捨てるように言う。
「面白う無い。もっと本気で来ぬか貴様。そのままではいたぶるにも興が乗らぬ……もう良い、勝手に朽ちよ、ラヴォス神の力の一部となるが良い」


 失望に近い感情を露にして、ジールの姿が消えた。と同時に部屋の明かりも一斉に落ちる。ぼん、と重い何かが落ちたような音が響いた。
 刀をだらりと垂らして、俯いてしまう。剣先が床に擦れて金属音がちりちりと鳴る。煩わしい。
 僅かの間、ぼうとしていると、後ろから肩を叩かれる。振り返るまでも無く、それはグレンだろう。彼女は、取り逃がした俺を怒るではなく、申し訳無さそうに眉を落としていた。


「……お前は人を殺めた事は、無いのか?」
「無い。ある訳ないだろ、戦争なんて起こりっこない国で産まれたんだから」
「お前に、斬れるか? 奴を」
「…………」


 聞くなよ、そんな事。


「……暗いな。明かりを消して不意打ちする心積もりか?」


 気を遣ってくれたか、グレンが周りを見渡しいつまでも暗がりのまま変わらない部屋を嘆くように顔を曇らせた。とはいえ、暗いせいで彼女の顔も良く見えないのだが。
 暗澹とした空気が流れゆく。じっ、と動かずにいても何も変わらない、けれども動く事は憚られる。そんなあやふやな雰囲気の中だった、現れたのは。
 まるで、元々そこにあったような錯覚に囚われる。それは、音も無く気配も無く急にそこに存在したのだから。
 丁度玉座と俺たちとの間の位置の床から銀色の、仰々しい銅像のような人型の物体が姿を見せている。上半身の部分は鉄仮面をつけた騎士然とした風体で、下半身は二つのコードが垂れ下がり、それらを支えるように一本の柱が胴体代わりに床に刺さっている。それは、過去魔法王国ジールにて見た魔神器に他ならなかった。
 まだ、俺は魔神器を見たことがあるため驚きも軽減したが、初見であるグレンは慌てふためき目を丸くさせていた。


「敵、なのか? これは」
「多分な、魔法王国で見た魔神器ってやつだと思う。ラヴォスの力をジールに送るだか増幅するだかする機械だったな、つまり、壊しておいて損は無いだろ」
「なるほど、壊せるならな……」


 ぎら、と魔神器の双眸が光り、空間が歪んだかと思うと、そこから一筋の光線が発射された。じくざぐに交叉しながら、やがて網目状に光線は姿を変える。面と化したそれは、俺たちを押し潰しように迫ってきた。
 虹で払えるか? いやそれは無理だ、二三の線を消し去れたとて、その後に残る光線が俺をバラバラにするだろう。グレンの剣に頼るにも限界がある。で、あれば。


「まるごと消してやる……!!」


 詠唱を開始。体中に分かれている魔力を総結集。イメージは凝縮されていく電子。何者をも通さない電気の壁を精製。触れれば消滅、触れずとも消滅、須らく敵を消し去る魔法を俺は知っているはずだ。
 後は、右手を前に出して、言葉を紡ぐだけだ。それで終わる……のに。
 なんだか、とても嫌な予感がした。良い予感は当たらないのに、悪い予感は当たるんだよな、俺はさ。今更、止められないのだけれど。


「シャイニング!!」


 俺の魔法は、何の狂いも無く発動した。迫る熱線を悉く消し去り、そのままの勢いに魔神器の大半を塵芥と変えた。
 魔神器のコードは半ばから千切れ落ち顔面部分の鉄のコーティングはずるりと溶けて中の電子機器を剥かせた。バチバチと火花が爆ぜて、体を支えていた柱は鈍い音を立てている。崩れ落ちるのは時間の問題だろう。奇妙な色の液体がぶくぶくと泡を立てて零れていく。灯油みたいなものだろうか? それにしては、刺激臭が酷い。鼻がまがりそうだった。


「いつ見ても、お前のその魔法はとんでもないな、クロノ。魔術だけなら、魔王をすら凌駕しているんじゃないか?」グレンが混じりっ気無しに褒め称えるので、俺は少し肩を落とした。
「連発できない、使った後体が碌に動かない。これだけ使い勝手が悪い魔法が凄いとは思い難いけど」俺の謙遜染みた答えに彼女は笑って肩を叩いてきた。
「そう言うな。お前のその魔法は誇っていいだろう、ラヴォスの力に耐えうる魔神器……だったか? を一撃なのだからな」


 そう、それが怖いのだ俺は。
 “あの”ラヴォスの極大な力を吸収出来る魔神器がこうも容易く壊せるものだろうか? たかだか人間の魔力程度で。
 既に、魔神器は横倒しに倒れて沈黙している。残骸となったそれにもう力は無いはずなのだ。作動音も聞こえない、攻撃してくる意思も感じられない。言ってしまえば、ただのガラグタであるそれに俺は恐怖すら覚えていた。


「大丈夫……なんだよな、これで」
「心配性だな、何を怯えているんだクロノ」
「笑うなよ。別に怖がってるわけじゃないさ」彼女の言い方に不満があった俺は声のトーンを下げて、不愉快を示した。それでも、彼女の笑顔は変わらない。
「なあに、怖がる事は悪い事ではないさ。まだ子供なのだから、お前は」
「グレン、お前今までの事かなり根に持ってるだろ? そこだけ女らしいよな、お前は」
「執念とは剣士にとって必要なものだ。褒め言葉として受け取っておく」


 無い胸……もとい、ある胸を張って鼻から息を吐くグレン。一頻り揉んでやろうかという願望……いやはや、使命が浮かんだが理性で押さえ込む。次は無いが。


「ちっ、先に進むぜ。お前と構ってたら俺のムラムラが終わらん」
「? たまにクロノは分からん言葉を使うな?」
「黙ってろ、お前のそのハテナ顔でさえ俺を悶々とさせるのに一役買ってるんだ……!?」


 背筋が、凍った。
 視界の先に、緑が見えた。その緑は馴染みの深い色彩だった。電力という電力を込めて、それを魔法で包んだ結果浮き出る幻想的な色。時折雷の線がはみ出る辺りが酷似している。
 魔神器から、確かな力を見つけた時、情けなくも俺は動きを止めてしまっていた。
 嫌な予感がしたなら、もっと調べておくべきじゃないのか。何故もっと警戒しなかった。様々な自責の念が浮上する。どのみち、結果は同じだと分かっていても。
 崩壊寸前の魔神器が作り出していた力は、確かに俺の放った魔法、『シャイニング』と同じだった。


『エ……ネル……ギー……放……出……』


 電子音が聞こえて、世界の色が変わる。一面に広がるのは俺の全力の魔力を込めて作り上げられた電流の壁。どんな物でも消滅させられるだろう力。それは誰よりも俺が知っている。防御も回避も不可能な、俺が唯一絶対を信じられる魔法。
 ……そうか。魔神器は世界を破壊するラヴォスのエネルギーですら吸収できるんだ。俺の魔法を吸収するのも当然だろう。
 つまりは、俺のシャイニングを吸収し、本体が破壊されても、魔法を解放し反撃することが出来た訳だ。
 ……最悪だ。魔神器相手に魔法は御法度だったわけだ畜生!! よりによって、シャイニングを使っちまうなんて……どう乗り越えりゃ良い?
 相殺は無理だ。前にルッカを守るのに一回、さっきので二回。魔力は底を尽いてる。仮にエーテルで回復したとしても、こんな短い時間で発動は無理だ!
 消滅の壁は、徐々に俺たちに迫ってくる。部屋の柱を軒並みに消し飛ばせながら。俺もグレンも後ろずさるが、もう既に後ろは壁。逃げ場は無い。
 いくらなんでも、俺のシャイニングはここまで範囲は広くない。それは恐らく、魔神器が俺のシャイニングにラヴォスのエネルギーを足して、強化しているからだろう。下手をすれば、奴のシャイニングは黒の夢全体を覆うほど広がるのではないだろうか?


「下がれクロノ!!」


 肩を後ろに引かれ、よろけながら俺は後退して尻餅をついた。とはいえ、僅か三歩分の距離。その三歩分の距離の前で、グレンが剣を縦に構えていた。迫る電力の壁から、立ちはだかるように。俺の、失敗から産まれた危機から俺を守るように。
 何も声に出せない。だって、守ってもらうなんて事を想像していなかったから。それくらいには強くなったと自惚れていたから。


「グレン!?」


 シャイニングの壁がグランドリオンに触れて、発光する。バチバチと音を上げて、彼女を喰らおうとしている。緑色の牙が迫っているのに、俺は後ろでぼんやりと見ているしか出来ない。手を伸ばせば届く距離なのに、こんなに遠いのか、俺とあいつとの距離は。
 縮まったと思ってた。むしろ追い抜いたとさえ思っていた。もう俺は守られる事なく、守れるだけの男になったのだと過信していた。それが過信だと気付いたのは今更だった。
 まずは立とうと思った。だから腰を上げた。次にグレンとの立ち位置を交代しようと思った。だから手を伸ばした。けれど、俺の右腕は俺自身に逆らうように前に出ない。
 壁は徐々にグランドリオンをすり抜け、グレンの体を侵食していく。血飛沫でさえ浄化する“俺の”魔法。俺が不用意に放って返された俺の過ち。
 ふざけるな、それならば尻拭いは俺のはずだ、背負う人間を間違えるんじゃねえ!!


「グレ……!!」


 唐突に光で弾ける視界。グレンもシャイニングも黒の夢も消え去ったのでは無いかと思う程の、白一色の世界。それはやがて終わりを告げ、元の世界が顔を出す。光が止んだ景色に浮かぶのは、見知った人の、俺の師であり恩人であり、俺が辛い時には支えてくれた親友が床に伏している姿だった。
 ──彼女は死んではいない。それを間違えるほどには俺は狼狽していない。
 でもおかしいんだ、グレンは剣士なんだ。それに誇りを持っていたし、確かこの旅が終わっても剣の腕を高めるべく武者修行をしようとしていたはずなんだ。
 剣を使うには何が必要か? 剣は勿論、腕が必要なはずだ。でもおかしいんだ。
 なんで、今のグレンには腕が無いんだ?


「……が、ああ……」


 倒れているグレンが呻き声を上げる。痛む箇所を押さえたいだろうに、腕が無い。傍に落ちている剣を拾うことさえ出来ない。だって腕が無いのだから。
 初めから無かったみたいに空間が広がる肘から上をゆらゆらと揺らしながら、その度に並ではない血が垂れ流れている。ぼとぼとと音が聞こえる程に、濁流のように。命の灯火が急速に消えていく。耳を塞ぎたくなった。それから俺の腕を千切ってグレンに手渡したかった。意味が無いとしても、贖罪気取りでも、そうしたかった。


──俺のせいだ。また、俺のせいなんだ。


 ……だったら、初めからリーダー風吹かすなよ、考え無しの臆病者め。


「クロノ!!」


 盛大な音を立てながら後ろの扉を開けて、テラと戦っていたのだろうルッカが現れる。その顔はようやく見つけたという達成感ある表情から愕然としたものへ変わった。
 慌てふためいた様子で走りより、俺の隣に座りこみグレンの容態を悟る。一目に分かるだろう、腕が無いという事実はこれ以上ないほど明白なのだから。
 どうしたものか、と俺を見遣るがこっちだってどうすればいいかなんて分かるわけが無い。沈痛に顔を俯かせるしかないのだ。「どうしよう……」と声を落とすルッカもそれは同じだろう。


「ポーションはある? 私の分はさっき使い切っちゃったの! クロノとグレンのは無いの!?」
「持ってねえよ、グレンが回復呪文を使えたからな、持ってたらとっくに使ってるさ!!」
「そんな……」


 こうしている間にもグレンの腕から血は流れ、すぐ傍に座る俺たちの服を濡らす。今や真っ赤になり、終わりは刻一刻と迫っている。
 彼女の呼吸が荒いものから力弱いものへ変わり始めた。それはつまり、そういうことなんだろう。
 頭を抱えたくなるような状況。それが全て俺のせいだなんて、冗談であってほしい。そんな風に保身に走る俺は、もっと。


「面倒だろう? 繋がりというのは。断ち切りがたいからこそ、背負うものは際限無く増えていく」
「……かもしれねえ」
「かも、とは弱いな。そうなのだ、誰かと関係を持つそれだけで生きるには重たい。それは生きてきた年数分絡みつき澱み、いつしか腐っていく! だが切れる事も解ける事も無い、どちらかが死ぬまで続くそれは因果か? 違うな、それは業としか言えぬ。罪を犯すでもなく増えるそれはいかに厄介か、分かったのではないか?」
「長々とうるせえな……」


 いつ現れたか、またも玉座に姿を見せて俺に何かしかを語りかけてくるジール。己の髪の毛をしっかと掴み揺さぶりながら口を上げている。愉快かよ、そんなにさあ。
 刀の柄を握り、立ち上がる。突然登場したジールに警戒を払うルッカに頼みごとを一つ。「グレンを頼む」
 彼女は言う。「分かったわ」と、「終わらせて」を。迷いながらもルッカはどうしたらいい? とは問わなかった。ならばグレンは助けてみせるということだろう。なんて頼もしい、俺のミスを彼女に押し付けたままの出陣とは格好悪いな、俺は。
 でもそれでこそ、俺なんだ。頼りっぱなしでようやく立てるのだ。


「待たせたな、俺が相手だ。文句は無いだろ? それがお前の望みなんだから」切っ先を向けて宣言。抜き払う瞬間のしゃらん、という音が鳴った時ようやく奴の笑みは消えた。
「……良かろう、遊びは終わりか。しかし、魔神器を一撃で砕いたのには驚いたぞ。内心二人とも殺す、とは言わずともどちらも生きているのは予想しておらなんだ。とはいえ……」奴の細めた目が倒れているグレンに向く。「片方はもう、終わりだろうがなあ」
「……ほどほどにしとけ、俺は気が短いんだ……!」
「つまらぬのお。しかして、ここではちと場所が悪い。妾と貴様らの最後の戦いなのだ、場所は選ぶべきであろう」


 そう言ってジールが印を結ぶ。指先掌腕全てが意味を為し、最後に円を描いて空中に陣を作り出した。青白く光るそれはゆっくりと地面に降りていき、柱となる。魔王城にて目にした光の柱と同質の気配。恐らく空間移動の呪文だろう。
 目が眩む事を嫌った俺は目蓋を下ろし、最後の舞台を待った。
 始まるというなら始まれ、終わるというなら終われ。
 肩書きも何も無い、未来を救うなんて大層な願いも無い。
 生きたいから生きて何が悪い、誰かを守りたいと思って何が悪い。
 グレンを守る為、ルッカを守る為、世界に散らばる仲間と出会った人々。それに……
 約束は、もう一つ残ってる。






 まず目を開く前に感じた事、それは肌寒さと叩きつけるような風。目を開けると空一面に黒が浮かんでいた。まだ昼過ぎだろうに太陽が見えない。雲一つ存在しない世界。吸い込まれそうな光景だった。
 壁も無い、床は妙にごつごつとしている。ここは、そうか。黒の夢の中ではなく……


「黒の夢の上部である。光栄に思うが良い、貴様は今この星に生きるどの生命よりも高い場所で息をしておるのだから」


 空中に浮かびながら、ジールが俺を見下ろしながら答える。その理論なら、お前はこの星の生き物ではないのか、と言ってやりたかった。


「黒の夢はこんなに高い所を飛んでたか? 雲が浮かぶ所と同じ程度だったと思ったが?」
「言っただろう? 場所は選ぶと。わざわさ貴様らを招待するにあたり浮遊域を変えたのだ。感涙に咽ぶ泣くがよい」
「馬鹿言え、俺が泣くのは誰かに虐められた時と妹と別れる時だけだ」
「そうか、では今すぐに虐めてやろう」加虐心を孕む顔で告げる。


 戦いの前に深呼吸を一つ。そこでふと気づいたのが、いやに呼吸がしやすい事。死の山よりも遥かに高いはずのこの場所でこうも呼吸が容易とは考えがたい。なにかしらの結界が張られているのか。流石、魔法王国の技術を結集させただけの事はある。皮肉を言いたいが、助かっているのは確かなので抑えておこう。
 そのまま暫く時間を置く。風の音だけが耳に入る。
 自分から動き出そうか、と足に力を入れた瞬間に、ジールが動きを見せた。腹の底から響くようなどす黒く重たい声で、聞き取れない呪文を吐いたのだ。
 言葉を紡ぎ終えた瞬間、最初からそこにいなかったみたくジールの姿が消える。逃げたのではない、戦うにあたり、最高の力を出し切る為の下準備なのだろう。俺と同じであいつに逃げるは無い。
 ジールが消えて十秒と経たぬ内に奴の姿が浮かび上がった。姿というのは語弊があるか。俺が捉えたのは、手袋を付けた彼女の左手と右手、そして顔だけ。それしか無かったのだ。
 人間の体を優に超える両手と、同程度に巨大化した仮面を付けたジールの顔が暗い空に浮かび俺を見据えていた。酷く奇怪な光景だった。
 お互いの指をぐねぐねと揺らし、曲げてその内の一本を突きつけて、随分と大きくなった声が響いた。「始めよう、人間」
 彼女の開幕宣言は、酷く端的で、シンプルだった。






 ジールの右手がすっと俺を指す。それだけで指先から黒く鋭い光線が俺を射抜こうと発射された。虹で受け止めたものの、両手が痺れてまともに動かなくなる。二度目は無いな……
 このまま狙い打ちにされるのは上手くない。シャイニングはまだ使えない、さっきの失敗もあり使いたくないのも本音ではあるが、それだけで怯えていては逆にグレンに申し訳無い。あいつは情だけで俺を助けるほど馬鹿じゃない。あいつは腕を犠牲にしても俺を助けるべきだと判断してくれたのだ。ならそれに応えよう、全力で。


(狙うべきはどれだ? 左手? 右手? 顔か? 頭部を破壊すれば倒せそうな気もするが、ブラフの可能性も無くは無い……)


 三つに分かれた敵の本体、どれに攻撃を加えるべきかを考えても答えは出ない。教えてもらった訳じゃない、分かるわけは無い。だが時間も無い。悠長な真似は命を落とすのみだ。


「……顔に決めた!!」


 理由は単純、ジールの性格からして引っ掛けなどを用いるとは思えなかったのだ。案外、正解である気がする。
 愚直に顔目掛けて走り出すが、決して通さぬと言わんばかりに左手と右手が俺の進路を邪魔する。光線、火炎、冷気の雨と乱雑な、多種多様な魔法で足止めさせられる。そのどれもが一度喰らえば命とりな強力な魔法。
 元々女王として君臨していたジールがラヴォスから力を貰っていたのだ、人間の域は遥かに超えているのだろう。それは彼女の今の姿を見れば一目瞭然だが。
 左手はぼろぼろと掌から魔法を落とす。中にはダルトンが得意とした鉄球や火炎球、電流の槍などもあった。救いは召喚魔法は無かったことか。元々一体三のような勝負なのだ、これ以上敵が出てきてたまるものか。
 いつまでも攻撃が当たらない事に業を煮やしたか、左手が魔法ではなく直接に殴りかかってきた。立ち止まって刃先を返し、タイミングを合わせてかわしながら初太刀を入れる。指を切り落とすには至らなかったが赤い傷跡を残した。続いて減速した左手に二の太刀を叩き込む。相手の手の甲から止め処ない血液が流れ始めた。
 三の太刀を入れるまでは出来ないだろうと踏んでいたが、左手は動きを止めて俺に向け巨大な手を広げた。しまった、その場に留まり攻撃を受けながらも反撃するつもりか!? 生命力が高いからこそ出来る荒業、ごり押しじゃねえか!


「HFYW&’SFJ!!」


 何を言っているのかも分からない言語が左手から聞こえる。発声器官があったのか? という疑問を抱く暇もなく俺は魔法の直撃を食らった。咄嗟に電流壁を作り出しガードしたが、衝撃はまるでない。痛みはなく、間抜けに突っ立っているだけだった。勿論痛みも傷も無い。
 失敗したのか? まさか? と胸を撫で下ろしていると、己の異常を悟る。これは、中世にてヤクラを殺したジャンクドラガーが最後に放った魔法か!
 魔法力をまるで感じられない。俺の持つ魔力を全て吸い取られたようだ、念じても構成を頭に描いても魔法が発動する気配すらない。
 つまり、俺はもう奴の魔法を受け止める術は無いってわけだ。はは、随分面白いじゃねえか。序盤でいきなりやられたぜ……


「残るのはこの刀だけか……良いぜ? 試してみろよ、俺の剣術だって、それなりには鍛えられてるんだよ!!」


 果たしてそのそれなりが世界崩壊を操る女王ジールに通用するのか甚だ疑問だが、真偽は分からない。今は、まだ。






「あ、がああ……ルッカ、か?」
「起きたの、グレン! 良かった……まだ動かないで、体の熱を高めて治癒力を活性化させてるから……」


 自分の魔力特性“火”で出来る応急処置を施すも、体力を僅かに回復させるしか出来ず血を止めることにすら至らない。自分の服袖を破って腕を縛り、傷口に当てるものの碌な役には立たず、グレンの顔色は悪くなるばかり。


(駄目だ、これじゃあ時間を引き延ばすだけ、それも本当に僅かな時間……!)


 私は唇を噛み己の無力を呪う。頼まれたのにという重責が肩に圧し掛かる。それを圧力と考えている自分をさらに呪う。


「……いてくれ」
「え? グレン、今なんて?」


 私はグレンが呟いた言葉を聞き取れず、聞き返した。
 本当は聞こえていたのかもしれない、ただし、意味が分からず問い返した。およそこの状況には似合わない言葉だったから。


「焼いてくれ……」


 グレンの顔は悲壮に染まっていた。瞳の色はいつもと変わらず、力強いまま。






 魔力とは心の力。徐々に回復はしていくが、エーテルなどの特殊な液体を含まねば早々回復はしない。そして、枯渇したままでは正常な心理状態にいるのは困難な事だった。分かってはいても、いざ体験してみると気持ち悪いよなあ、これはさ。
 ゆらゆらと視界が揺れるまま攻撃を避けるのは中々に難儀だった。何度か光線や火の壁が体を掠り、痛みがまたふらつく意識を遠のけさせる。連鎖だな、こりゃ。


「剣術ねえ、啖呵は切ったが、何の役に立つんだか……っと!!」


 千鳥足気味の足に無理やりに動かし左に飛ぶ。すぐ隣の床が焼かれて、後転すれば床下から氷の棘が突き出し、前に飛び出せば後ろから電撃の爆ぜる音がありありと。地雷ゲームでもやってる気分だった。迫力は段違いであるが。
 モスキート音に近い高く振動するような音が耳元で聞こえて、二足前に出る。やはりと言おうか、頭上から落雷が三つ。仮に魔法が使えても防御など意味を為さない三対の電鎚が床を抉っている。放射状に広がる白い網は残り香を思わせた。
 心を鋭く尖らせろ。自分自身で思い込む。昔母さんから聞いた教えだ。子供心には何を意味深で意味の無い教えだと馬鹿にしていたが、今なら(それでも多分に理解はしていないが)それなりに掴める。要は注目しろということだろ? 相手と、それ以上に己を。
 俺がどれだけ動けるかなんて俺が一番知ってる。いつもそれは心掛けてきたつもりだ、だから知ってる。想いの外俺は自分の限界を容易く超えられると。それはつまり自分を過小評価しているという事なんだ。
 これは出来ないと思えるラインを俺は飛び越えることが出来るはずだ、今までだってそうだったんだから。原始古代中世現代未来どの時代でも俺は生き残ってきた、絶望的な戦いだってあった、でも俺は生きてる。死んでも蘇ったんだから、俺の限界は遥か先のはずだ、俺自身が知覚出来ないくらい、地平線の果てまで。


(直線に突いてくるか? ならさっきと同じく避け様に斬る……いや、左手を斬った時の事を考えると、右手も同じように反撃の手段があるかもしれない。出来るだけ攻撃は顔以外に加えないほうが良い……)


 イフを考えて、考えすぎる事は無い。なにせ今戦えるのは俺しかいないのだから。後ろには伏しているグレンと看護しているルッカのみ。ルッカもポーションを使い切ったという言葉から、テラを相手にかなりの深手を負ったのだろう。戦闘は酷なはず。魔法が使えないだけの俺が最も戦える。いや俺しか戦えない。


「良いねえ、こういう自分に全部が圧し掛かってくる感覚。俺の一番嫌いなパターンだ」


 いつも頼ってばかりじゃいられないっていう、良い見本だ、この状況は。教訓になったよ。
 ぐおん、と空中で回転しながらジールの右手が俺に突っ込んでくる。焦らず冷静に、を念頭に左に身を逸らすが、右からも左手の突っ込みが俺を襲う。今まで同時に攻撃を仕掛けてこなかったのは、俺の油断を誘う為か。読んでるさ、伊達に戦ってきたわけじゃない。
 床に体を伏せて難を凌ぐ。これで、体勢を整えて顔に攻撃を加えに行けば良い。左手も右手も攻撃直後ですぐに応戦は無理のはず!
 体を飛び跳ねるように起こし、前に足を踏み込んだ。
 ──が、硬直する。びく、と一痙攣した後呼吸が止まってしまった。目の前にいたのだ、俺の攻撃目標が。
 ジールの顔部分が二メートル程先に浮かんでいる。口を開いて、俺を食い殺そうと言わんばかりに。
 幸いにか、奴は俺を咀嚼しようとはしていないようだった、彼女はぶつぶつと何事かを唱えている。食うではなく、唱えている。この至近距離で、避けるなど出来ようも無い体勢で、俺はそれを迎え撃たねばならないのだ。
 視界いっぱいに広がる彼女の表情は、何かを終えたようににこり、と綻んだ。背中が凍えるような笑顔だった。


「ハレーション」


 彼女の声を聞いた途端、体から力が抜ける。特別傷を負ったわけではない。痛みを感じたわけでもない。体に巣食うのは虚脱感と危機感。あるべき物が失われていく感覚は俺から生命力のようなものを根こそぎに奪っていった。
 視界が黒く染める。暗幕を下ろしたみたいだ、見ることを拒まれているみたいだ。刀が手から滑り落ちたのに拾おうという気持ちすら生まれない。落ちた音さえ届かない。
 奴の魔法がいかなものなのか、正当な判断が作り出せない今でも、なんとはなく予想できた。魔力を吸い取る魔法を使えるんだ、命を吸い取る魔法を使えてもおかしくはないか。


(これは、不味いか……)


 体を倒した今も続く抜き取られる感覚。疲労とは別種の脱力感は時が経てば癒える類の物ではない。魔法による治癒か、特殊な加工を為された液体、例えばポーション等じゃなければどうにもならない。そのどちらも今は使えない。


「ざっ……けんなぁぁぁ!!」


 拭けば飛ぶような命を振り絞って、立ち上がる。それだけで膝が砕けそうな気分だった。何百キロと走り回ったように感じられた。たった一挙動が果てしないほど辛く、重たかった。鈍重な体は引きづる方がまだ、という速度でずりずりと前に進む。刀を拾った瞬間、羽のように軽く感じられた虹が鉄板のように思ってしまう。勢い良く持ち上げようとして背中を伸ばし腰を使うと右腕が脱臼し、激痛からまた倒れこんだ。どんだけ虚弱だよ、俺は。


「無様よな。逃げるかクロノ? 良いぞ、逃げても。このような幕引きでは呆気が無い。妾はラヴォス神に仇なす貴様の仲間全員を殺し、最後に貴様を屠りたいのだ。今逃げるなら、僅かの間だが貴様を生かしておいても良い」
「────!!!」


 馬鹿言うんじゃねえ! と言ってやりたかったが、肩の痛みで言葉にならない。呻いた声を大きくするだけで精一杯だった。悔しくて、悔しくて堪らない。
 負けるのがじゃない、侮られている事が、だ。少し前の事だが、ダルトンに俺が行った事がどれだけ奴を傷つけたのかを思い知った。
 こっちは本気なんだ、なのに相手が遊戯感覚でいてはどうなる? こちらの熱意も情熱も何処に消えるというのか。消えはしない、延々と胸の中に渦巻き澱んでいくのみだ。そりゃああいつも肩を砕くさ。対等というのはどこまでも尊いものだから。
 だからこそ、あいつに見せてやりたい、俺が何処までできるのか、それを証明したい。


「案外上手く行くかも知れぬぞ?」俺がどれほどの怨嗟を溜め込んでいるのかも知らず、ジールは薄笑みのまま言う。「言ったであろう、他人との関係が全て消え去れば、貴様もまた強くなるかも知れぬ。これは真理なのだ、誰でも、他に考えが行くよりも己が事のみで構成されたほうが突出する。万来、鬼才天才とはそういう者を指している」
「……」聞きたいわけじゃないのに、声を出せる余力が無いため強制に静聴させられる。収監所にでもぶち込まれた気分だった。
「今は逃げろクロノ。そして貴様を知る者が妾以外に存在しなくなった孤独の世界を味わうが良い。なあに、すぐに慣れる。想いの外気楽なものぞ? 一人というのは何でも出来る、何にでもなれる。妾のように神になることもまた容易い」


 神、と口の中で繰り返す。神か、神ってなんだ? 一人でいることが神というなら、今の時代かなりの数が神になれる。なんだそりゃあ、逃げてる奴の言い訳じゃねえか。聞く耳持てるか。
 でも、その逃げた奴に俺は負けてるわけだ、不恰好な体制を晒して殺してくれと言わんばかりに蹲ってるわけだ。そりゃあどういう訳なのか、分からない。反論も口に出せないのでは一方的じゃないか。
 ……誰でも良い。声を聞きたいと思った。立て! とか、勝て! とか安易なもので良いんだ。頑張れとか勝手な期待が込められた無責任を具現した言葉でも良いし、格好悪いって侮蔑を含んだ罵詈雑言でも歓迎だ。選別したりしない、だから俺にこの女以外の声を聞かせてくれ。一握りでいいから力をくれ!!


「………………げほっ」


 声は、届かない。
 生まれたのは、待った挙句に反応がない事に絶望し、無意識に息を止めた代償に咳き込んだ俺の苦しげな声だけ。世界は甘くは無いのだ。
 それを受け止めて、自分の力だけで起き上がろうとする。それでも、やはり腕に力が入らない。床に置いてもすり抜けるような感覚に襲われてまた倒れるだけ。鼻から床にぶつけた為、片方の穴から鼻血が出てくる。元々端整でもないのに、また不細工になるわけだ。何度も言うが、それはどういう訳なんだよ。
 倦怠感を垂らして、睡魔が圧し掛かってきた。心拍が遅く、長くなっているのが分かる。見えない誰かにあやされているみたいだ。眠れ、眠れと目蓋を下ろされる。
 眠ればどうなる? グレンとルッカは殺されるだろう。他の世界の皆も死ぬんだろう。現実感がないからか、その問題を先延ばしにして眠ってしまえと考えてしまう。段々に視界がモノクロへ変わってきた。色の識別すら困難になったか、末期だな。
 自分の症状を知ってどうなるというわけでもないのに、じっくりとその作業に映っている自分が不思議だった。もう俺は刀を握れない。立てないし視えないし話せない。出来ることはただ聞くだけ。目の前にいるだろう女の戯言を子守唄にするだけ。






──ったよ──






 だからなのか、それだけに集中していたからか、俺は胸の中から聞こえてくる声に気づく事ができた。
 風の音に邪魔をされても、服の下に隠されていても、耳が遠くなった今の状態でもしっかと捉えることが出来た。声は徐々に大きくなり、声の主は増えていく。
 彼らは一様に俺に告げている。俺がこれだけ失望しているのに、耐え難い無力感に苛まれているのに、彼らは皆胸を張っているような自信と希望に満ち溢れた『元気』な声だった。


「勝ったよクロノ!! 現代は無事魔物たちを追い払った! 凄いよ、魔物たちが皆人間を守ってくれたの! あ、それとクロノのお母さんって凄いんだね、父上が『是非一度手合わせ願いたい』ってさ! その後は私もお願いしといてね! って、ああちょっと取らないでよー!」
「これに話しかけりゃあの馬鹿に繋がるんだね? 聞いてるかい馬鹿息子! なんだか分からんけどあんたどえらい奴と戦ってるんだって? 私ならそんな奴三秒なんだがね、息子のあんたにそこまでは言わない、十秒で蹴りつけてきな!!」
「奥方、悪いが私に代わってくれないか? 貴方の息子が私の娘をかどわかした容疑が産まれているのだ。よくもまだ年若いマールを……マールは一生私と生きるのだ」
「国王、今すぐ死になされ! いつまでも子離れの出来ぬ馬鹿め。マールディア様はこのワシが一生世話をするのじゃ」
「おいクロノ! うちのルッカがそこにいるんだってな? 良い機会だ、やるべき事が終わっちまえばその場で押し倒しちまえ! なに、こういう切羽詰った時こそ男女の仲ってのは燃え上がるもんさ!!」
「そんなの駄目ーー!! もう皆、私がクロノと話してるんだから返してよー!!」


 声は、どうやら通信機から聞こえているようだった。実に喧々としたもので、無理やりにでも耳に入ってくる。皆の声が、すっと俺に届けられる。
 通信機からは今、現代の人間の声が流れていた。次々に繋がる時代は代わり、声が聞こえ続ける。


「クロノ、中世は無事だ。所詮黒の夢の魔物とて私の力には及ばぬ。全て無に帰してくれたわ」
「魔王様! それでは貴方様のみの活躍に聞こえてしまいます! この私ビネガーが七万の軍勢を退けた武勇伝を語らねばなりませんぞ!」
「七万もいないのよネー。嘘ばっかりつく緑の化け物は引っ込みなさい。私の魔法で五万の魔物を虜にしてやったわ」
「虚言を弄し己が功績を過大させるとは、つくづく哀れな奴よマヨネー……だがこれだけは言っておく、我が剣の錆になった数は三万を超えるとな!」
「……そういう訳だ。人間の声を聞かせることは出来んが、我が魔王軍が全力をもって人間共を守ってやったのだ、被害は少ない。端的に言えば、私たちの勝利だ」


「クロノさん! 未来は無事です、マザーがとち狂って人間たちを助け始めました! ロボットも人間も共に手を取り合って新たなイデアを作るべく新しい一歩を……」
「狂ってなどいませんよプロメテス、私は私の理想を貫くべく人間たちを見下す為そして優劣をはっきりと見せておく為に我々機械の偉大さを知らしめたのです!」
「このような物で遠くの者と会話が出来るとは、昔の人間は凄かったんじゃのお……やはり年寄りは無敵なのだ。ともあれクロノよ、早くアリスドームに顔を見せなさい、ワシの戦いっぷりをとくと聞かせてやろうぞ!」
「キイテルカクロノ! サイワイサーキットハソコマデハカイサレテネー、イツデモオマエトノサイセンハカノウダゼ! マタカゼニナロウゼベイベー!!」
「皆はしゃぎ過ぎね。気持ちは分かるけど……ともかくクロノさん、私たち勝ちましたよ。だから安心して下さい。それと、この前の事で謝りたいですから、またいつでも未来に訪れてくださいね。プロメテスも一緒に私のお花畑に招待しますから。あんまり大きくは無いですけどね」


「クロ! エイラたち勝った! もう原始大丈夫! それに恐竜人たちも生きてた、皆一緒に生きていく! 心配する、無い!」
「聞こえるか我が友よ。お前の帰還、我々恐竜人も心待ちにしている、必ず生きて帰ってくるのだ、我が主もそれを今か今かと待ち望んでいる」
「なんじゃこれは? 新しい玩具か、それともお菓子か……!? クロノとお話が出来るのか! 聞こえるかクロノ! また遊べるぞ、たくさん話せるぞ! 早く来るのじゃー!!」
「クロ、帰ってきたらまた飲み比べする! キーノ、また強くなった! だから……帰ってくる!!」


「……うるせえなあ、畜生……」


 ふざけた話だ。俺が願ったものなんて何もくれやしない。
 勝ても立ても頑張れも挑発の悪口もありゃしねえ、あいつらが言ったのは『勝ったよ』の言葉だけ。「こっちは勝ったぜ」という一方的な勝利宣言だけだ。俺を心配してもいいだろ、俺の勝利を願ってもいいだろうが。なんて自分勝手な、仲間想いじゃない奴らの集まりか。仲間ってこんなか? それとも俺にだけ冷たいのかあいつらは。そんなの旅の始まりから知ってたけどさ。
 ……つまりあれだろ? 疑っちゃいないんだ、あいつらは。昔も、今も。俺がしくじるなんて想ってもいないんだ。わざわざ励ましの言葉を掛けるほどの事じゃないと思ってやがるんだ。世界を片手で操り未来を変える奴を相手に、敗北するなんて夢にも、夢にも。


「……確かに、嫌なもんかもな、繋がりってのは」


 そんな物を持ち歩いていたせいで、俺は頑張らなきゃならなくなる。
 別にそれは仲間の為とか大層な事じゃない、単にこれは、俺の意地なんだ。あいつらが勝って勝利の気分に酔いしれてるってのに俺だけ敗北の苦渋を味わうなんて冗談じゃない、公平じゃないだろ? 俺もあいつらと同じくらい頑張ったのだから。同じ所に立つ為には勝たねば。
 本当に嫌なものだ、仲間とは。信頼や友情よりも対抗心の方が強いなんて。


「……ジール、お前、言ったよな?」


 いつのまにか、声を出せる。それが意外なのか、ジールは片眉を上げて俺を見る。彼女の表情は不快そうだった。まさか黒の夢の魔物を退けられるとは思っていなかったのだろう。手間の掛かる……と舌打ちしていた。


「他人と関係を持たなければ、一人なら、何でも出来るってさ。それ、間違いじゃねえよ」


 刀を持てる、足が俺を支えてくれる、顔を上げることができる。それは戦えるという事であり、負けていないという証である。


「現に、お前は一人で国を滅ぼした、桁違いの力を持つ魔物たちを統べて、世界を変えた。永遠の命なんてもんまで手に入れてるんだ。そうさ、一人でも世界を破滅させるくらいのことができるんだ」もう視界は揺れない、切っ先は常に一点を見つめている。「でも」と言葉を残しておく。
「一人じゃなければ、誰かといれば、力を合わせるなんて夢見事が叶えば、世界を壊すだけじゃねえ、世界を守ったり……何より、運命だって変えられるんだ。どっちが偉大だ? どっちが凄えかねえ!!!?」
「戯言だ、それはただの戯言だ!!!」随分と熱した様子のジールが片手を払い叫び散らす。その慌てたような顔が、俺は見たかった。
「そう想わなきゃ、やってらんないよなあ? 哀れだよ、あんたは」
「……もう良い、貴様の顔も息遣いも気配も存在が妾を苛立たせる!!」


 ジールの右手が俺の頭上に現れ、降下する。避けるには速すぎる。受け止めるには力が残っていない。奴はこれで終わりだと想ってるんだろう、羽虫を潰すようなものだと考えているだろう。
 舐めるな、俺をじゃない。俺の仲間を舐めるな、そう簡単に退場するような奴らじゃねえんだよ。
 俺に覆い被さる直前に、俺を守るようにして現れた炎の波がジールの右手を包む。それを突っ切る事もできず、右手の半分近くが炭化する。ぼたり、と一度床に落ちてひくひくと震えていた。どうせ自動に治癒されるんだろうが、すぐさま癒えるような傷ではない。
 片手を上げて親指を立てる。後ろにいるだろう、俺を守ってくれた幼馴染に感謝を。もう、走り出せる。
 右足を前に出し、前傾になり飛び出した。何でも斬れる刀がある、後ろは仲間がルッカが守ってくれる。振り返る必要なんか一っつも無い!


「阿呆が! 腕は二つある、妾には届かぬ!!」


 残る左手が俺に魔法を撃とうと構えていた。今なら避ける事も出来るだろう、伏せてもいいし防御体勢に入るのもありだ。どうせ右手の復活はかなり後になるだろう、一度余裕を持つのは悪い事じゃないのだから。
 普通はそう考える。自分でも無茶だと理解している俺でもそれが最善と考える。誰でも分かる答えだ、馬鹿じゃない限りそうする。馬鹿じゃなければ。


「本当、憧れるよ、お前のそういうところにはさ」


 左手が魔法を放つことは無かった。必死の形相で飛びついてくる馬鹿のお陰だ。
 人間ではありえぬほどの跳躍で宙に浮く左手に剣を突き立てた彼女に腕は無い。グランドリオンを口で掴み持ち上げ刺す。全くもって普通じゃない、常人の行動じゃない。彼女の両腕、その切り取られたような傷口からは煙が上がっていた。傷口を焼いて止血したのか。血は止まっても、痛みとショックで延命にすらなっていない治療とは呼べない、むしろ拷問と同意の応急処置。
 彼女の……グレンの顔には冷や汗と脂汗がびっしりと浮かんでいた。痛みか、吐き気か、無理な動きを死に体で行った反動からか、その全てか。理屈も過程もどうでもいい、とにかく彼女は“やった”のだ。やり遂げたのだ。
 彼女の目がゆらり、と細くなり俺を垣間見る。アイコンタクトのつもりか? いらねえよ、お前の心配もしない。死なねえだろうがお前は。動きも止めない、ただ走り続ける。
 両腕を仲間が止めている、ジールの顔に攻撃を加えられるのは今だけだ。恐らく奴の行動からしてもそこがジールの唯一の弱点。
 出来る限界を出して近づき、グレンほどではなくても飛び上がる。刀を振りかぶり振り下ろした。
 刀が奴の顔にめり込む感触は無く、がきん、と硬質な音が鳴った。


「虫ケラが、人間の攻撃など妾が易々と受けると思うてか!!」
「結界かよ、クソッタレ!!」


 一度飛び引いた。時間が無いのに、この間が煩わしかった。
 ルッカはともかくグレンは限界を超えている。意識を保てている事が奇跡の彼女に戦いを続けられるとは考え難い。


「人の心配してる時かよ、馬鹿!」


 一発自分の顔を殴る。目を覚ませ、俺はこの中で一番弱いんだ、一番何も出来ないんだ、それを刻み込め!! 自分の身の丈を知れ、でなきゃ、出来ることも出来なくなる!!
 ジールを睨みつけたまま次の行動を探っていると、何やら奴の様子が妙だった。その形相は呆気にとられたようで、俺ではなく違うものを見ていた。
 最初は俺が自分の顔を殴った事に驚いているのかと思ったが、それでは俺を見ていないのはおかしな話だ。彼女の視線を追うと、俺の胸元からこぼれた物を見ていた。どうやら、自分を殴った拍子に胸元がはだけ、中に入れてあったものが飛び出したようだった。
 俺の服の中から出てきたものは、薄茶色の古ぼけたロケットだった。それは、未来の監視者のドームで拾った、写真入りのロケット。蓋が外れて、中の写真が見えていた。
 写真に写るのは、ハッシュ、ガッシュ、ボッシュの三賢者とダルトン、それにジールとその子供のジャキとサラの七人が笑いながら、またはむくれながら、それでも嬉しそうな、幸せな光景。
 ジールはじっと、その写真を見ていた、まるでその頃を思い出すように、夢想しているかのように。


「……なあ、どうしてそうなったんだよ、あんたは」
「………………」


 答えは、無かった。
 ロケットをもう一度服の奥に隠す。刀を握りなおし、またジールに向って攻撃を仕掛ける。何度でも、何度でも繰り返してやる。いつかこの刃が届くまで。
 そして、そのいつかは存外早く訪れたのだった。






 ジールの体が元に戻る。巨大化された両腕も顔も消え、あるのは小さな一人の女性が倒れているだけだった。
 ルッカはもう動く力の無くなったグレンを看ている。具合は酷く悪そうだった、急ぎマールに見せなければ命が危ういらしい。
 ルッカとグレンには時の最果てに先に戻ってもらう。「後は俺に任せろ」と告げた時のルッカの表情は曖昧なものだったが、了承してくれた。今ここに残るのは、俺とジールの二人だけ。
 ジールは、弱い呼吸のまま、のったりと視線を俺に当てた。


「よもや……よもや、妾がやられるとはな……はは、虫ケラも侮れぬわ……」
「五分以上に魂は持ってるつもりだけどな」
「ふん……」


 時折辛そうに顔をゆがめる。見た目には傷は無いが、変身している時のダメージはそのままに残っているようだ。残る命は少ないように思える。
 彼女が長い袖を捲り、自分の顔に手を当てた。何度も撫で擦り、異常が無いか確認しているみたいだ。


「妾は……妾は不老である、美しいか、妾の顔は……?」彼女の問いに首を振る。怒り出すかと思えば、彼女は「だろうなあ……」と納得したみたいだった。
「……死にたくなかった。絶対に死にたくはなかったのだ……なあ、おい」


 右手を俺に向けて、指を伸ばす。何かを掴もうと足掻くみたいに。


「妾は、何故死にたくなかったのだ……?」


 彼女の手は何も掴むことは無く、だらりと腕を垂らした。
 本当の意味で、魔法王国ジールが終わった瞬間だった。


「……返すな、これ」


 言って、ロケットの蓋を開けて、写真を見せながらジールの亡骸の上に置く。続けて、苦しげに顔を顰めているのを戻してやる。そうしてみると、なるほど十年前とは言わず今でも充分綺麗な顔立ちだ。魔王やサラの母親なんだ、そりゃあそうか。
 立ち上がって、右手に持った虹を見る。刀身にはびっしりと血がこびり付いていた。魔物じゃない、人間の、それも女性の血。俺が初めて殺した人間の血。


「……俺は、お前にどんな理由があってこんな事をしたのか知らねえ。でも、仮にどんな理由があったってお前を許す気は無い。お前を殺した事に後悔は無い」


 大勢の人間を殺し、未来をあんな風に変えちまったんだ、お前を許す道理が無い。けれど、


「俺は忘れない、お前の事を。お前は俺が初めて殺した人間だから。お前が最初で最後だ、俺が人間を殺すのはこれが最後だから。だから、忘れねえよジール」


 例え全ての生き物がお前を忘れて、魔法王国の存在すら忘却されても、俺は覚えておくから。












「……来るんだろ? 待ってたぜ」


 次元が揺れる。ジールの体はそのままに俺だけを包んで時空の壁が迫る。
 抗う事無くそれに従い力を抜いた。呼んでいるのだろう、奴が。牙を向いて、世界の前にお前だ、と前菜代わりにするみたく。
 絶好のチャンスじゃないか、是非招待に預かろうじゃないか。世界も運命も『まだ』変えてない。


「約束が、あるんだ」


 守りたいと、心から思ったんだ。
 誰かじゃなくて、その約束を。これだけ願うのは最初で最後かもしれないから。


「始めようか、ラヴォス。……見てろよサラ」


 お前にも届くよう、派手に騒いでやろうじゃないか。
 虹が一際強く輝いた。























 もしもがあれば。あの時に戻れれば。
 妾……いや、私があの時に戻れたら。
 どうしようもなく怖かった。今まで生きてきてこれだけ怖いと感じるなんて思わなかった。
 最初はたかだか風邪の類だと想い、薬を飲みながらごく普通に国を治めていた。特別に体調が悪いとは思わなかったし、咳が厄介だとは思ったが、邪魔と言えばそれくらいだった。
 ……いやまだ若いジャキに風邪が移ってはならぬと近づけないのは頂けなかったが。ともかく軽く思っていた。
 それが、三日も過ぎた頃か。熱は体を蝕み歩く事すらままならなくなった。呼吸は碌に行えず、視界は黒く染まり布団の感覚すらあやふやとなった。
 唯一機能する耳が聞こえたのは、これは難病ということ。治す為の薬も魔法も存在し無いという事。つまりは、私の病気は治らず、生きるのは絶望的だという事。
 怖かったのは、それじゃない。充分に生きたとは思わない、けれどもとりわけ短命とも思わない。思い残しも無い、国は順調に廻り平和である。魔法を使える者と使えぬ者との間で差別が行われているが、それはあのまだ若い男……ダルトンが重役に就けば変わるだろう。戦争も無く、犯罪も無いこの国は永遠に栄えていくだろう。
 ……あるとすれば、幼い子供たちのことか。
 いや、なに。それも大丈夫だ。元々私は子供たちと触れ合っていない。寂しい想いばかりさせて、遊び相手にもなっていない。ジャキにいたっては私の顔を覚えているのかどうかすら微妙だ。
 そのような母親が消えた所で悲しみはしない。それで良い、あの子らにはきっと新たな大切な人が、私などよりもあの子らを愛してくれる人が現れる。それは、決まっている。あの子らはあんなに愛らしいのだから、皆が放っておく訳が無い。


──であるのに、何故この耳はこのような声を聞く? 私に届けるのか。


「お母様!! お母様ぁぁ!!」
「いけません! 女王は今病を患っておられます、サラ様やジャキ様にうつっては……」
「いいからどけよ!! 僕の母上だぞ、近くにいてもいいじゃないか!!」
「で、ですから……」


 耳を閉じたいのに、腕が動かぬ故にそれも叶わない。
 何故嘆くのか、国のことばかり考えてほとんど構いもしない母親を何故欲しがるのか。必要ないではないか、意味が無いではないか。
 何より、思ってしまうではないか、死にたくないと。もっと一緒にいたいと乞うてしまうではないか。こんな時になって、もう取り返しもつかないのに。未練を覚えてしまう。
 耳に届くのは、部屋の門番に止められる子供たちの声、門番をすり抜け耳元で泣き喚く子供たちの声。死なないよね? ずっと一緒だよね? と幼いからこその直接的な願い。一言「大丈夫だよ」と言ってあげれば泣き止むだろうに、声が出せない為それも叶わない。答えが返ってこないから子供たちは幾度も問うてくる。
 地獄があるとすれば、そこで与えられるのは痛みではない。無限の労働でもない、きっとこういう事が地獄というのだろう。
 体が動かぬ事がこれほどに辛いとは。子供たちの頭を撫でて上げる事も出来ない。
 目が見えぬのがこれほど辛いとは。子供たちを見ることも出来ない。
 感覚が無いのがこれほどに辛いとは。子供たちの柔らかく暖かい感触すら感じられない。
 口がきけぬのがこれほど辛いとは。子供たちを安心させてやることもできない。
 耳が聞こえるのがこれほど辛いとは。子供たちの泣き声ばかり聴こえてしまう。
 毎日毎日そのような日々が続く。もういっそ死にたいと思ってしまうが、死んでは子供らが悲しんでしまう。折角知ったのに、子供らが私を母として見ていてくれたことを、愛していると気付いたのに。
 忘れたくない、だから死にたくない。死んだら終わってしまう、死んだらもう伝えられない、子供たちに「私も愛している」と言えない。
 教えたいことがあるのだ、国の政治の仕方やこの国の歴史、私が行ってきた制度の数々、他にもジールにはどんな場所があるか、城の裏庭には私が幼い頃作った池があるとか、二の塔の最上階には屋根に繋がる所があって、そこから吹く風はとても気持ちが良いとか……ああ、そんな事を言っては私は昔やんちゃだったと知られてしまうか。いや、それも良い。それを真似されては困るが多少きかんぼうなのも愛らしい。特にジャキは外に出たがらないようだから、これを刺激にしてくれれば。
 ……なにより、もっと二人と触れ合いたい。朝起きたらおはようと言ってあげたい。食事は家族皆で、寝る時は一緒に寝てあげるのもいいだろう。最後のは嫌がられるだろうか? でも私はそうしたいのだ。


「……た、……な、い……」


 死にたくない。死にたくない。なんとしてでも生きたい、死にたくない。
 死ぬのは怖い、死ぬのは恐ろしい。死んだらもう会えない。ずっと、ずっと死にたくない。永遠に、ジールが終わっても世界が終わっても生きていたい。家族で笑っていたい。






 病床から起き上がった時には、私はそれしか考えられなかった。唯一、『死にたくない』と。
 死にたくないという想いは禁忌を生み出した。決して触れてはならないと言われているラヴォスを研究し、そこから力を得る方法を躍起になって探した。その中で『不老不死』なるものを見つけた時には頭の中が真っ白になった。
 研究した、研究して、研究して……最後には、もう何がなんだか分からなくなっていた。
 死ぬのが怖いと考えた時には、もう自分以外の全てが怖かった。魔物も国の人間も三賢者もダルトンも……子供たちも。
 だって、奴らは私ではないのだ。私ではないということは、私を殺すかもしれないという事だ。何も信じられない、私を脅かす可能性がある全ての生き物が恐ろしい。死に直結するかもしれない存在が怖くて……憎かった。
 私は死にたくないだけなのに奴らは私を脅す。私を殺そうと虎視眈々に狙っている。
 もう良いもう良い、分かったそれならばこうしよう。
 『妾』がこの計画を完成させる前に妾を殺せば気様らの勝ちだ。だがもしも妾がこの計画を完成させ、ラヴォス神から力を得たならば貴様らを全て葬り去ってくれる。どれだけの時が経とうと必ず殺してやる!! もう二度と妾に恐怖を与えぬように、殺しつくしてやる!!
 ……ああ、それにしても怖い。生きるのが怖い。生きている事だけで、恐ろしすぎる。






 ……妾は、何故死にたくなかったのだろう。


 そして、何故あの時に死ななかったのだろう。
 何故妾を生かした?


 子供と生きたかったんです。
 子供と行きたかったんです。
 子供と逝きたかったんです。
 永遠に生きて気に入らない他の生物を皆殺しにしたかったんです。


 さあ、答えはどれでしょう?
 私には(妾には)分かりません(分からぬ)。


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