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No.20619の一覧
[0] 星は夢を見る必要はない(クロノトリガー)【完結】[かんたろー](2012/04/28 03:00)
[1] 星は夢を見る必要はない第二話[かんたろー](2010/12/22 00:21)
[2] 星は夢を見る必要はない第三話[かんたろー](2010/12/22 00:30)
[3] 星は夢を見る必要はない第四話[かんたろー](2010/12/22 00:35)
[4] 星は夢を見る必要はない第五話[かんたろー](2010/12/22 00:39)
[5] 星は夢を見る必要はない第六話[かんたろー](2010/12/22 00:45)
[6] 星は夢を見る必要はない第七話[かんたろー](2010/12/22 00:51)
[7] 星は夢を見る必要はない第八話[かんたろー](2010/12/22 01:01)
[8] 星は夢を見る必要はない第九話[かんたろー](2010/12/22 01:11)
[9] 星は夢を見る必要はない第十話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[10] 星は夢を見る必要はない第十一話[かんたろー](2011/01/13 06:26)
[11] 星は夢を見る必要はない第十二話[かんたろー](2011/01/13 06:34)
[12] 星は夢を見る必要はない第十三話[かんたろー](2011/01/13 06:46)
[13] 星は夢を見る必要はない第十四話[かんたろー](2010/08/12 03:25)
[14] 星は夢を見る必要はない第十五話[かんたろー](2010/09/04 04:26)
[15] 星は夢を見る必要はない第十六話[かんたろー](2010/09/28 02:41)
[16] 星は夢を見る必要はない第十七話[かんたろー](2010/10/21 15:56)
[17] 星は夢を見る必要はない第十八話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[18] 星は夢を見る必要はない第十九話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[19] 星は夢を見る必要はない第二十話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[20] 星は夢を見る必要はない第二十一話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[21] 星は夢を見る必要はない第二十二話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[22] 星は夢を見る必要はない第二十三話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[23] 星は夢を見る必要はない第二十四話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[24] 星は夢を見る必要はない第二十五話[かんたろー](2012/03/23 16:53)
[25] 星は夢を見る必要はない第二十六話[かんたろー](2012/03/23 17:18)
[26] 星は夢を見る必要はない第二十七話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[27] 星は夢を見る必要はない第二十八話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[28] 星は夢を見る必要はない第二十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[29] 星は夢を見る必要はない第三十話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[30] 星は夢を見る必要はない第三十一話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[31] 星は夢を見る必要はない第三十二話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[32] 星は夢を見る必要はない第三十三話[かんたろー](2011/03/15 02:07)
[33] 星は夢を見る必要はない第三十四話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[34] 星は夢を見る必要はない第三十五話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[35] 星は夢を見る必要はない第三十六話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[36] 星は夢を見る必要はない第三十七話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[37] 星は夢を見る必要はない第三十八話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[38] 星は夢を見る必要はない第三十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[39] 星は夢を見る必要はない第四十話[かんたろー](2011/05/21 01:00)
[40] 星は夢を見る必要はない第四十一話[かんたろー](2011/05/21 01:02)
[41] 星は夢を見る必要はない第四十二話[かんたろー](2011/06/05 00:55)
[42] 星は夢を見る必要はない第四十三話[かんたろー](2011/06/05 01:49)
[43] 星は夢を見る必要はない第四十四話[かんたろー](2011/06/16 23:53)
[44] 星は夢を見る必要はない第四十五話[かんたろー](2011/06/17 00:55)
[45] 星は夢を見る必要はない第四十六話[かんたろー](2011/07/04 14:24)
[46] 星は夢を見る必要はない第四十七話[かんたろー](2012/04/24 23:17)
[47] 星は夢を見る必要はない第四十八話[かんたろー](2012/01/11 01:33)
[48] 星は夢を見る必要はない第四十九話[かんたろー](2012/03/20 14:08)
[49] 星は夢を見る必要はない最終話[かんたろー](2012/04/18 02:09)
[50] あとがき[かんたろー](2012/04/28 03:03)
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[20619] 星は夢を見る必要はない第四十五話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/17 00:55
「私たちには、何も出来んのか?」


 弱弱しい呟きに、聞いていたボッシュは顔を伏せていることしか出来なかった。彼とて、本来ならば現代にいたのだ。今現在、魔物たちに蹂躙されている世界に何も思わぬでは無い。元は賢者として称えられていた自分の無力さに歯噛みしていた。


「じゃがな、ハッシュ。ワシらに出来ることは精々この時の最果てから彼らの戦いを見守るしか無い。年寄りに出来ることなど、既に……待てよ?」


 悲しげなハッシュの肩を叩きながら、ボッシュはふと思いついた事を彼に話してみた。最初は何を馬鹿な、と取り合わなかったが、話を聞くうちに、表情を隠していた帽子を落とし、驚愕と興奮の入り混じった顔でハッシュの話に没頭した。
 ボッシュは、己の提案の無茶を分かっている。けれど、もし彼が、時の賢者たるハッシュがいけると判断したならば、それは可能であるという事。一縷の望みに賭けるような想いで彼は思いつくままに言葉を作った。ハッシュの目は見開いていく。


「そうか……可能性はある。だが、それを行うとするならば私とお前だけでは不可能だ。我々の魔力だけでは、到底……」
「うむ……だからこそ、そろそろ起きてもらう事にせんか? 目覚ましは鳴っておる」ハッシュの言葉に頷き、ボッシュが近くの光の柱に目を向ける。
 彼の考えが読めたハッシュは帽子を拾い、目深に被りなおした後、口端を持ち上げて、年甲斐も無く悪戯小僧の気持ちに浸り、口を開けた。


「そうだな……私らは三人で一つの三賢者だからな」


 彼らは彼らなりの戦い方を模索し、見つけ出したようだった。











 星は夢を見る必要はない
 第四十五話 六千五百万二千三百年の歴史において、各々の類似点、その検証結果












 荒廃した大地に、悲鳴が木霊している。人々は汚れ、擦り切れた服のまま逃げ惑い迫り来る死の恐怖に耐える事もできず、ただ背中を見せる。
 中には、勇敢にも鉄骨を振り回す者もいたが、食料を満足に得られない痩せ細った人間が、屈強な黒の夢の魔物に抗える訳が無いのだ。
 今、未来は終わろうとしている。元来より終焉を迎えていたではないかと思うかもしれないが、それはある種時の流れゆえでもあった。だからこそ、人間はそれを受け入れているような節さえあった。
 貧困に喘ぎ、希望を閉ざしたまま死ぬことを覚悟していた。しかして、他に引き裂かれるのは望んでいない。そこまでのニヒリズムを得る事は、人間には到底不可能だったのだ。
 荒れた空を悠々と泳ぎながら現れる魔物によって、久方振りの生きた感情を垂れ流す。それが正であれ負であれ関係は無く。星と同じように、恐怖と痛みに嘆いている。


「レーザー一斉放射!!」


 その中で、戦いに挑み、唯一互角に戦える存在がロボである。凶報を聞き急ぎ己が産まれた時代に向った彼はその惨状から激情し、何を考えるでもなく魔物たちと相対していた。
 しかし、分が悪い。他の時代と違い戦える人間は未来には存在しない。皆戦いとはある意味無縁な、むしろ虐げられる事こそ本領と言っても良い彼らだ。ロボの力為り得る者は存在しない。
 それでも彼は退かなかった。これは無理だろう、と悲観し逃げるを良しとしないからこそ彼はロボなのだろう。必死に拳を振るい、爆薬で敵を吹き飛ばし、加速装置を作動させたまま走り続ける彼は確かに強かった。
 とはいえそれが長続きするとは思えない。加速装置自体、作動時間を長引かせればその分いかに頑強な体であっても徐々に壊れていく。空気との摩擦で装甲が削れていくのを自覚しながら戦い続けるのは愚策とすら言えよう。
 瓦礫の山に立ち、砲台の如く魔物たちに爆薬を放ち、光線を発射する。当たる当たらないではなく、まず効きそうにもない魔物が多数。直接拳を当てるならまだしも、彼の遠隔攻撃はあまりに功を奏さなかった。
 彼にとっての僥倖は一つ。人間の助けは皆無だが、人間以外の存在が彼を助けていた。それは、皮肉にも人間たちを襲い喰らっていたミュータントである。廃墟より這い出してきた意思無き物体が牙を向き魔物たちと戦っているのだ。
 勿論、彼らに人間を助けようという意思は無い。ただ自分の領域に入り込み攻撃する者を敵と認識し、狂っているだけだ。証拠に、中には人間を攻撃するミュータントもいた。その数は少なく、見つけ次第ロボが殲滅する為目立ってはいないが。それでもロボとしては戦力として……というよりも、魔物たちの狙いが人間以外に分散するのは好ましい事態である。
 さらに幸運というのは皮肉だが、人間の数が少なく、集まっているのもロボとしては守り易い。世界中に人間が分かれているなら、彼一人で守りきるのは不可能だったろう。
 ただ……未来に人間が生きているのは一箇所ではない。トランドームにアリスドーム、この二つを一人で守ることは出来ない。廃墟を境にしている二つの施設を守るならばもう一人ロボが必要となってしまうのだ。その事実に、ロボは歯噛みした。


(このままここに留まっていれば、アリスドームが! でも……)


 トランドームの住人すら守りきれていないこの状況で何を言っているのだ、という自責が駆け巡る。また守りきれなかったトランドームの男の断末魔を聞きながらロボが表面上は冷静に拳を突き出す。物語に出てくる鬼のような魔物のショルダーガードを飛ばした。次に肉迫し、体内に蓄積された爆弾を破裂させ肉片に変える。
 個人個人ならば、ロボの力ならば問題は無い。再度となるが、ミュータントに魔物が集まっている事が彼を助けている。
 しかし、ミュータントといえど無限ではない。いつかは魔物全員が障害となっている彼に襲い掛かるだろう。だからこそ、今の間に出来うるだけ数を減らさなければならないという焦りもあり、ロボは思うままに戦うことが出来ずにいた。


「サークルボム!」


 適度に群れた魔物たちを一掃すべく、惜しげ無しに爆薬を消費するも、内蔵武装も底を突きかけている。レーザーを充填するエネルギーは既に無い。トランドーム内部に戻れば充電も可能だろうが、そのような暇があるとも思えず、ただ身を晒すのみ。実際彼がトランドームにて……例えばエナボックスなどを利用しようと思ってもそれは不可能なのだが。既にトランドームの機械類は大半が使用不可となっていた。ドーム上部に付けられた辛うじて稼動していたアンテナも破壊され、発電機も木っ端微塵。仮にロボが魔物たちを全滅させようとトランドームで生活するのは無理だろう。今そのように先の事を考えるのは無意味であるが。
 落ちていた鉄の棒を折り、槍投げの要領で敵に投げつつ、ロボは舌打ちする。


「戦力が違いすぎる……どう戦えって言うんだ!!」


 アリスドームの様子が気になって仕方ないロボは、見えない何かに向って叫んだ。体力は削られる、人間は死んでいく、魔物は増える。
 彼には、守るものが多すぎるのだ。


「……エンジン音?」


 今にも頭を抱え跪きたい中、奇妙な音に気を巡らせる。嘆きと魔物の叫声以外に混ざる機械音、アンドロイドである彼の物ではない。そもそも自分のそれを聞き間違えるという馬鹿を彼がこの状況で犯す訳が無い。


「暴走ロボット!?」


 驚愕するロボには、確かに四輪を走らせる元ガードロボの姿が見えた。マザーの司令により人間を殺し続ける殺人機械。最早命令を聞く事すら可能なのかどうか分からない、危険極まりないロボットである。砂煙を上げながら走る数は、六台。一つ目みたく、赤いセンサーをぎょろぎょろと左右に振りながら近づいてくる。
 予想外であった。これ以上増えないと勝手に考えていた。魔物の数だけで手一杯を超えるというに、ロボットまで相手にしなければならないのか。銀髪の少年は拳を握り締める。その際に爪が食い込み血液に酷似した液体がロボの掌から流れ出した。
 人間はもう御終いだと逃げる事すら止め、抵抗用に持っていた角材を落としはらはらと涙を流す。その内の髭を思うままに流している男と、男に抱きつき泣いている少女を見たとき、ロボの目は赤く光る。少女は「兄ちゃん……」と泣いていた。
 そもそも、ロボはこの時代の人間と面識が無い。遥か昔、人間を殺していた時代以降話したことも無いのだ。よって、冷たいことを言うならば他の時代に向った者たちよりも幾分か守らなければという決心は弱い。いや、弱かった。
 彼は様々な人間たちと出会ってきた。その中でも、フィオナの森を耕していた時の事だ。老若男女問わず彼の植林を手伝ってくれた。その中で別れを数え切れないほど経験した。それは子供であったり、老人であったり。一方的な死に別れを経験したのだ。


(この人たちと、あの人たちは、同じなんだ)


 彼とて、中世の人間と未来の人間が同じ種族なのは当然知っている。だけど、どこかで差別的な感情が無かったかと言われれば頷いてしまうだろう。
 中世では、笑い、悲しみ、未来を見て生きている人ばかりだった。魔王軍という恐怖が消えてすぐの事だった為、浮かれていたのもあったろうが。それに比べて未来の人間はどうだ? 肩を落とし項垂れ未来など無いと決め付けている。とても同じ人間として扱う事は出来そうに無い。クロノたちからの話を聞いてロボはそう思っていた。
 それが、少女の涙で間違いだったと気付く。彼女を守る人間の姿に思い知る。例え擦り切れようが、諦めようが、人間は誰かを好きになれるのだと。


「やめろおおおおぉぉぉ!!!!」


 声の限り叫ぼうと、ロボットたちは止まらない。人間たちを轢き殺そうとスピードを上げて突き進んでいる。彼らにぶつかれば、見るも無残な轢死体が出来上がるだろう。
 六台の魔物がお互いの間隔を開けていく。上から見ればまるで亀の甲羅ような陣形である。そのままに走り、人間たちが目を瞑り始めた時──急ブレーキを掛けたロボットたちは、歌いだした。いや歌なのかどうかはよく分からない、しかし、仮に歌だとすれば、それは陽気な歌だった。


『アニキ! アニキ! アニキハハヤイ!!』
『アニキ! アニキ! アニキハツヨイ!!』
『アニキ! アニキ! アニキノデバン!!』




「風ニナローゼ! ベイベー!」


 唐突に現れた声の主は瓦礫の山を飛び越え、少女と男に爪を振りかぶっていた魔物の顔に己のタイヤを落とし、吹き飛ばす。その反動でもう一匹の魔物に回転しながら衝突し、同じく瓦礫に突っ込ませた。ロボのセンサーにして、時速二百を超えるスピードで体当たりを食らった魔物は、いかに生命力が高かったとしても生きてはいまい。数回痙攣して、動かなくなった。
 頭をとさかのように立て、逆三角形のサングラスを掛けたアニキと呼ばれる男はその場で半回転し、タイヤを腿の裏に収納して人型の形態を取る。タイヤの焼ける臭いがロボの鼻腔をくすぐった。


「ッタク! 折角のレース場が台無シニナルジャネーカ! ソノ上観客マデ減ラソウトスルナンテクールジャネエナァ! ソウダロオメエラ!?」
『アニキノイウトオリ!』
『オレタチノレースジョウメチャクチャ!』
『チカヂカ、オレタチデ“スズカサーキット”ヒラコウトシテタ! モウダイナシ!』
「……えっと、暴走族とかいうやつですか? ……なんて全時代的な……」突如現れた彼らを、ロボはそう判断した。判断理由は、見た目。


 自分としてはあまり大きな声を出したつもりは無かったのだろうが、彼らが一斉にロボに顔を向けたので、思わず「うっ!?」と声を上げてしまう。その顔にはありありと関わりたくないなあという感情が色濃く出ていた。
 ロボの願い空しく、四輪駆動形態可能な彼らはあっという間にロボを取り囲む。はや、戦うのかと身構えるが、彼らは先と同じように歌いだす。


『アンタ! アンタ! アンタモナカマ!』
「オメー、中々良イ根性シテルジャネーカ! 一人デ闘ウナンテ男ダゼ! ダガ一人デ格好ツケルノハ頂ケネエ、俺タチモ祭リニ参加サセナ!」サングラスを指で持ち上げながら、ぐい、とリーダーらしきロボットが顔を近づけてきたので、ロボは反射的に腰を引かせてしまう。
 理由も分からないが、とりあえず首を縦に振っておこうかな、と惰弱とした考えが過ぎるが、その前に彼には聞かなければならない事があった。正直に言えば、聞きたくは無いのだろうが。ロボの顔があからさまにそう語っている。


「あの、貴方は?」
「オレカ? オレノ名ハ……」


 名前を言う前に、ロボットは時間を掛けずもう一度四輪形態に移行しクイックターンを行った。そのまま前輪を上げたままウィリー走行で走り出し、ロボの後ろの魔物を圧し掛かるようにして押し潰した。タイヤを押し付けたまま回転させ、ばりばりと肉を削いでいく。ロボットの顔に返り血が付き、サングラスに付着しても排気ガスを止める事無く前輪を動かし続ける。
 やがて、魔物が息絶えたとき、彼はサングラスを、やたらと派手な服で拭った後妙に高揚した顔で言った。


「俺ノ名ハジョニー! ジョニーサマト呼ビナ!!」


 その言葉を聞いて、ロボは様付けはしたくないなあ、と思った。




     ※




 ジョニーたちの「ココハ俺サマタチニ任セテオメーハ他ノ人間ヲ助ケテ来ナ!」という言葉に甘え、ロボは一路アリスドームへと向う。
 彼らだけで大丈夫だろうか? という考えは無かった。彼らが頼りになりそうだから、という事では無い。今現在彼らが人間を守ろうとしている事実を知ったとき、彼は一つの確信を得た。『仲間はいる』と。それも、並大抵の数では効かない莫大な仲間が。
 何故そう思えたか。そも、ジョニーたちとてロボットである。何らかのバグが生じて人間を襲わなくなったとしても、わざわざ助けようとするのは有り得ない。元来ロボットとは電子頭脳に命令されているのだから。『人間を殺せ』と。レース場がどうとかいう理由はあくまで建前だろう。ロボはそう考える。
 殺せという命令に抗えても、守るなどという真っ向から反する行動は出来ない。ロボのようなアンドロイドであり、他者から修理されてそのプログラムを書き換えられなければ。それはアトロポスの例で証明されている。普通ならば、ロボットよりも遥かに高度な存在であるアンドロイドでそれなのだ。ジョニーのような特別製ならばまだしも、有象無象の警備ロボットが逆らうなど天地が逆転しようと有り得ない。
 そう、有り得ない。電子頭脳に命令されているから有り得ない。命令は製造時点で行われているのではないのだから。常にリアルタイムで行われているのだから。
 その彼らが人間を助けようとしているという事は、それはつまり、その命令が書き換えられたという事だろう。『人間を殺せ』から、『人間を守れ』へと。


「それにしたって……吃驚だな。僕もまさか、そう出るとは思いませんでしたよ……マザー」


 古今東西、未来のロボットに命令を下せるのは、彼の想像通りここより遥か遠い島に存在する工場を統べるマザーコンピューターのみであった。


「ふふっ、でもちょっと楽しみかもしれないな、あのマザーがどういう考えでこういう事をしたのか」


 彼は独り言を喋るのに抵抗は無かった。それだけ高揚していたのだ。今の状況に。
 敵の数が極端に減ったのではない。過去の彼の願い通りにロボが無敵の存在に変化したでもない。彼が見ているのは前であって、空でもある。
 廃墟の中を走り抜けている彼は、何度か魔物に遭遇した。しかしどの魔物も彼に見向きもしない。戦っているからだ。
 魔物たちが戦っているのはミュータントだけではない。過去何百年と人間を虐殺すべく作動していたロボットたちと戦っているのだ。そこらから機関銃の発砲音が鳴り響き、硝煙の臭いが蔓延している。油や魔物体液と混ざり合い、嗅覚がイカれるのではないかと思うような臭い。ロボはそれを嫌がりはしなかった。
 彼にとって、この臭いは嫌悪すべき、思い出したくも無いものである。この臭いが溢れる時は常に人間を殺している時の臭いなのだから。
 けれど今回は違う。ロボットと人間の争いではなく、人間を守る為のロボットの戦いであるのだ。高揚しない訳が無い。だって、今正に彼の願いが叶っているのだから。
 ロボは人間とロボットが手を取り合って生きていきたいと望んでいた。その代償は大きく、見返りもないものとなったが……その願いは未だに色褪せていない。叶わぬ限り願いは色を落とさない。胸の中にこびり付いた錆がぼろぼろと落ちていく気分だった。
 空に赤い花が咲いた。また新たなロボットが魔物に向けて炸裂弾でも撃ったのだろう。鼓膜が潰れそうな轟音も、彼にとってはファンファーレ。始まりを教える短い曲であるが、心躍らせる音色には違いなかった。


「……ほらね、ほらやっぱり、叶うんだ。願えば叶うんだよクロノさん。僕、今更だな、結構長く生きてきたのに、今更分かっちゃった。変に斜に構えた知識ばっかり蓄えたからだな、きっと。そうだよ、頑張れば叶うんだよ、それは絶対なんだ、無駄な努力なんて言葉はおかしいよ、だって無駄になんかなる筈ないんだもん。頑張れば森も作れる、人間と機械が協力する事だって出来るんだから!」


 両手を振りしきり、涙を拭う。ほらね? と誰かにこっそり教えるみたく、呟き続けるロボは酷く楽しげで、嬉しそうで、達成感に満ち溢れたものだった。
 廃墟を抜け、アリスドームの形が分かるようになる。半球型の形は崩れようとも、トランドームに比べ被害は少なそうに見える。ロボが自身のセンサーを起動させた。


「良し、電子系統はまだ生きてる。人間もまだまだ生き残ってる。清浄機能は完全に壊れたみたいだけど、これなら直すのにそう時間は必要無い。人間は死なない!」


 アリスドームに近づく前に、ロボは急停止して魔物たちを迎え撃つべく構えを取った。数えられぬ程のロボットがアリスドームを守っていたからだ。自分まで防衛に周る必要は無いと判断したらしかった。
 自分の血が滾るような感覚に、不思議を覚える。体中が沸騰するような状態というのは、怒りを堪えきれぬ時のみ罹るものだとばかり思っていたからだ。本当の血液じゃないし、血管も作られたものなのになあ、と苦笑しながら、右腕を高く掲げた。彼の掌にあるのは、サークルボム用の爆弾。それを握ると、爆弾が破裂し魔物たちの目が彼に集まった。瞬時に三匹の魔物が彼の前に降り立つ。まるで戦場でのうのうと名乗りを上げ敵の注目を得るやり方は自分の好む所ではない、口の中でもごもごと呟いたのは、誰に対しての言い訳だったろう。
 ロボは口をひくつかせる。ざわざわと興奮が背筋を走った。まるでアドレナリンが分泌されて、脳を浸していくみたいな感覚が滲み口内に唾が溜まり出す。知らず鼻息は荒く、今なら山でも持ち上げられそうだった。
 血臭漂う口を開いて魔物がロボを噛み砕くべく迫る。まずは平手で攻撃を避け、距離を取る。当然叩かれた程度で怯む魔物ではないが、今の平手の際に自分の頬に爆弾を仕掛けられた事に気づくのが遅れた。頭部が破裂し絶命する。


「僕のサークルボムは体のどこからでも出るし、相手にくっ付ける事も可能なんだ。分かり易く言おうか? 僕の攻撃はなんとしても避けないといけないって事。少しでも触れれば爆発しちゃうよ?」


 全身に黒い爆発物を浮き出させながら、からかうように言う。


「もう来ないの? ……久しぶりに言ってみようかな……宇宙開闢の時より、聖を持って魔を滅することの生業としてきた僕に挑むなんて、イデオローグとして机上に愚痴を吐いていたほうが良い。出来ないことをやるべきじゃないんだよ」


 出来るだけ格好をつけたつもりだったが、どうも今一つだなあと首を捻った。充分に意味深なようで意味の無い意味不明な発現だったが、満足は出来なかったようだ。
 彼の口上に付き合う気はないようで、魔物がさらに迫る。一体は直接の攻撃へ、もう一体は魔法にて。
 ロボは近づいてきた一体に密着する。彼の速さに魔物が戸惑っている隙に思い切り体を押した。ふら、とよろけた相手の首を掴みハンマー投げのように魔法を放とうとしていた魔物に向って投げつける。離れていた一体は当然投げつけられたそれを避けようとする。速度もそう無かったので、詠唱を止める事も無い。
 二匹の魔物が交差するように近づいた瞬間、魔物たちは爆発した。魔物を投げる際に、ロボが爆弾を付着させていたのだ。ばらばらと魔物の肉片が霰のように降ってきた。
 退場した魔物と交代するように、巨大な、三メートルを超えるだろう機械型の魔物、黒の夢で製造されたのだろう、が落ちてきた。同じ機械という事で少々戸惑ったが、その形状的に明らかに未来で作られたものではないと分かり、ロボは構えを戻す。


(でかいし、頑丈そうだな……僕のボムじゃ破壊しきれないかも……)


 弱音を吐きながら、それでも彼の表情は崩れなかった。負けるかもしれないとは考えない。そもそも今の自分に勝てない存在があるとは思えない。個人が持てる限界ギリギリの自信を膨らましていた。


(まず装甲に穴を開けて、中から爆発させれば良いかな? 大丈夫さ、僕に出来ないことは無い)


 足を慣らすようにその場で二度跳躍して、加速装置を起動させる。まずは渾身のボディブローを叩き込んだ。鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合った音は見た目とは裏腹にとてつもなく高い音を立てた。相手の装甲は少しへこみはしたが、穴が空くにはまだまだ時間が掛かりそうだった。ロボが自分の目論見を達成させるのは骨だと感じ、代替案を出した。
 ロボは相手に当てた拳を、そのまま発射させる。ブーストのかかった拳は前に飛ぼうとして巨大ロボットを後ずさりさせる。二メートルと距離が開いた所で、もう一つの拳を射出させた。着弾点は飛んで行った自分の拳。
 敵にぶつかっている拳を後押しさせるような一撃は、相手の腹を貫通させる事に成功した。電気の糸を散らしながらじたばたと暴れていたが、やがて沈黙する。


「良かった、これで駄目ならちょっと面倒だったよ」


 発射させた拳を回収すべく、歩き出す。敵を破壊した時点で勢いを失っていたそれは案外近くに落ちていた。拾って装着する。接着具合を確かめる為にぐっ、と押し込んで異常は無いと判断する。
 ふと拳を見遣れば、表面に傷が無数に刻まれている。今の事だけでなく、随分の魔物を屠ってきたのだ、当然かもしれない。これは後でマスターに修理してもらわないとな、と拳を擦り、次の敵を待つ。しかし、いくら待てど中々魔物が降りてくる気配は無い。空中から魔法を撃つだけに専念するのか、と舌打ちをした。空に浮いたままでも戦えないわけではないが、少々面倒である。彼のレーザーでは致命傷には至らない。基本的にロボもエイラと似て近接を得意とするのだから。
 どうしたものか、と考え込んでいても、魔物からの攻撃は無い。いよいよ妙に感じ始め、周りの様子を見る。アリスドーム付近の魔物さえ数が激減していた。一体どういう事なのか? もしや残る敵が相当に減ったのだろうか、いやまさか。いくらなんでも三千もの魔物を倒しきったとは思えない。
 様々な可能性を模索し……ロボは、「ああ、そういうことか」と感嘆したように息を吐く。


「……そういえば、次に会う時は戦争ごっこをしようって言ったよね」


 足裏からブースターの火を噴出しながら一人魔物相手に優雅に待っている、己と同じアンドロイドを見つめて彼は約束を思い出していた。









     ※原始※









 四方に迫る魔物を蹴散らしながら、エイラは肩で息を吐くことしか出来ずにいた。
 獣を狩り、熱帯の中暮らしていた原始人たちは現代、中世の住人とは一線を画す戦闘力を有していた。ただ、今の彼らが相手をしているのは獣ではなく、獰猛であり、知性を持つ魔物である。つまりは、今の彼らは狩る側ではなく狩られる側であった。
 石で削った槍など何の効果も無い。太古の時代にのみ発掘できた希少な鉱石を使った斧や、マンモスの牙を削り取った斧などは攻撃にはなるも、それを持っている人間は少ない。魔物と戦えるのはエイラ、キーノ以外には百人を超える程度しかいない。それだけで二千八百の魔物を相手できる訳が無いのだ。猛々しく吼えながらも、人間の数は減っていく。圧倒的な戦力差は、過去の恐竜人たちとの争いと比べ物にならないほど劣勢である。
 その中でも、エイラは十二分に活躍した。女を助け子供を救い敵を打ち倒し、戦女神と呼ぶに申し分ない戦いである。それでも、局面を変えるには届かない。
 キーノの指示とエイラの活躍にて、辛うじて士気は保たれている。本来ならばいかに勇猛な原始人であっても戦々恐々、腰を抜かし逃げ出してもおかしくはないのに武器を手に立ち向かっている、それだけで彼らを褒め称えるべきだろう。


「くそ! 一旦、退く! 村、放棄放棄!! 男たち逃げない! ここで守る!」


 キーノの声を聞き、戦いには向かない女性や子供、老人などは若い男集に守られながら戦場であるイオカ村を脱出すべく走り出した。
 逃がすものかと囲む魔物はエイラが倒し、動き回る。それでも守りきれない者は大勢いたが、元より全員を助けられるとはキーノも考えていなかっただろう、せめて二百も助けられれば、という考えだった。
 藁葺きの屋根は燃え、冬を越すために貯めた食料もぐしゃぐしゃに潰される。その光景に諦観の想いを抱きながら、人々は逃げる。己の努力の結晶が、生きていくための糧が潰えていくのを知りながら、涙を流して逃げていく。


「うう……うあっあ……」エイラが涙を堪えるため、吐息を洩らす。吐き気が込み上げるが、無理やり呑み込み飛ぶ。敵の襲撃は終わらない。
 仲間が消えていく、慟哭の間も無く次から次に、己を酋長と慕いついてきてくれた仲間が死んでいく。感受性の高い彼女に耐えられるものかどうか。本心を言えば、彼女は思うままに泣き出し膝を抱えたかった。勝てる勝てないなど二の次、皆で生き残りたいという願いだけが占めていた。もしかしなくても、死んでしまいたいという逃避に似た自殺願望すら抱いている。


(勝てる訳無い)


 誰かがエイラに肩を置き、促すように語り掛けてくる。誰が彼女の心を折ろうとしているのか。


(もう良いじゃないか。諦めて死んでしまおう。ほら見てみなよ、キーノだって半ば諦め始めてるみたいだよ?)


 それは誰でもなく、彼女の心の声なのだろう。その声を、耳ではなく頭で聞いているのだから。
 爪を立て、竜巻を起こし、飛び上がり蹴りを放っても、彼女が一つの行動を起こすたびにいくつもの悲鳴が響く。彼女が魔物を一匹倒せば三人の人間が死んで行く。じゃあ頑張っても無駄じゃないか。勝てるわけ無い。意味の無い努力を重ねて、結局待っているのが全滅なら、その意味があるのか。いやあるものか。自棄になりながら、少しずつ走る速度が落ちていく。今や、彼女の足は止まり俯いている。ぶつぶつと、意味の無い言葉を積み重ねながら。


「つまらねえなあ! 屈強な人間が集まってるって割には、えらくつまらねえ」魔物の一人が空からエイラたちにも聞こえるよう、大声で嘆いた。
「もっと頑張れよおい。ジール様から聞いた話じゃ、この時代の人間はなんだったか、恐竜人だったか? に勝った勝者なんだろ? もうちょっと足掻いてくれよ。それとも……」大きな体を揺らして、嘲るように口を横に裂いた。
「恐竜人ってのは、そんなに弱い奴らだったのか? ……まあそうだろうな、ラヴォス神に潰されたトカゲに勝った所で、強いとは限らんか。潰されたって事は、爬虫類じゃなくて、虫だったのかもしれねえな、恐竜人ってのは」


 違う! と言いたかった。そうではない、彼らは確かに人間を殺してきた。何度も虐殺してきた。子供でも女でも殺した。けれど意味の無い戦いをしたことは無い。皆大地の掟に従い、誇りを持って戦ったのだ。生きる為に戦ったのだ。決して関係の無い者に見下されるようなものではない。互いに生存を賭けた強敵だったのだから。
 言いたいことは沢山あっても、エイラが反論する事は無い。もう堂々と彼らに反抗できる意思は薄れている。右を見れば体を砕かれ、ひしゃげた人間の死体。左を見れば体中を焼かれ半分以上炭化している子供。前には足の動かぬ親を守ろうと槍を振るい、頭から飲み込まれる女性の姿。それを見て狂ったような悲鳴を上げる老婆。彼女の顔に血飛沫が舞った時、老婆は糸が切れた如く倒れこんだ。
 今力強い言葉を吐いたとて何になる? 全て虚勢だと嘲笑されるだけではないか。拳を握る力も、今の彼女には残っていない。


「──違う」
「ああ? 何処のどいつだ、今のは」魔物が癪に障ったように顔を顰め、地上を見下ろす。真っ向から彼を睨んでいたのは、キーノだった。キーノは首を振り、違うと連呼していた。
「恐竜人、凄かった。部下も、ニズベールも、アザーラも。あいつら、勇気あった。強かった。お前ら馬鹿にする、キーノ許さない!!」
「許さなければなんだよ人間。知ってるんだぜ俺は。お前らは屑だ、同じ人間なのに戦うだの逃げるだのでもめた挙句、真っ二つに別れたらしいじゃねえか。そんなあやふやで結託も出来ねえ人間が俺たちに勝つって? 見ろよ俺たちは全員仲間だ、テメエラを殺すって目的の為一つになってる。それに比べて、悲しいよなあ人間ってのは。お互い分かり合えず避けあって生きていく、それは悲しいだろう? だからさ、俺たちは手伝ってやるのさ。同じ一つの生命にしてやる、死ねば皆同じだろ? 安心しな、お前らを殺したら次はラルバとかいう村の人間も残らず殺してやる。人類皆兄弟ってやつだ」


 諭すように、嫌に優しい口調で話し終えた後「ゲギャギャギャギャ!!」と笑い、キーノに向って火球を吐いた。急な動作に、キーノは避けきれる事が出来ず右手を焼かれる。
 苦悶に呻く彼に、魔物は腹を抱えた。「虫けらに怒るなんて高尚な感情はいらねえんだよ! 馬鹿が! ゲギャギャギャ!!」手を叩く彼に、何が面白いのだとつのる人間はいない。


「キーノ……あは、あはははは」


 エイラも笑う。何よりも大切な人が倒れこんで苦しんでいるというのに、助けねばという思いすら浮かばない自分がおかしくて堪らなかった。そこまでに己が折れているのだと思い知ったからだ。
 いつもの彼女なら弾丸のように飛び出しキーノに駆け寄ったろう。それはエイラにとって息を吸うよりも当たり前の事であり、エイラをエイラたらしめるものだった。それをしない彼女は既にエイラではない。
 エイラはふと昔自分が吐いた言葉を思い出した。


『生きてない。死んでないだけ』


 それは、今の自分にこれ以上無く、正しく当て嵌まるではないか。生きる気も自分から死ぬ気も無い自分はなんとみっともない事だろう。唾棄すべき汚らしい生き物だ。中途半端と言うのも憚られる。
 太陽の光を乱反射する水溜りを見つめ、自分の顔を見て、彼女は自分が泣いてもいない事を知る。悲しむ力も残ってないのか、じゃあそれは死人と何が違うのだ。
 早く殺してくれればいいのにと願うエイラの目に、太陽の子と言われていた面影は無い。


「あはははは、あははは、はは……」


 壊れたエイラは、空を見ながら擦れた声を垂れ流し続ける。
 普通の戦いなら、彼女は壊れない。それは恐竜人との戦いでもそうだったのだから。しかして、これは戦いではない。何を目的に何を得る為に戦えばいいのか、その答えは何処にも無かった。


「は……はあ、あ?」


 破壊音が鳴り響く中、なんとも頼りない鬨の声が彼女の耳に届いた。
 イオカ村の北、元ラルバ村の方角から、勇ましいとは言えない叫び声が産まれていたのだ。見ると、石斧や棒切れを持って走っている人間の姿。かんかん、と拳二つ分の短い棒を叩き合わせ鳴らす女性や、杖をついた老人までもが必死にイオカ村へと走っていた。
 恐らく、イオカ村との共存を望まなかったラルバ村の住人だろう。過去恐竜人たちとの戦いを拒み、村の奥へ逃げ去った人間たち。そこには、過去にエイラに怨嗟をぶつけたラルバ村酋長の姿もある。彼は鳥の羽をつけた帽子を被り、松明を持ちながら曲がった腰のまま駆けている。
 助けに来てくれたのか? とエイラは考えた。しかし、それにしても異様なのだ。戦いに赴くというのに、老人や女性も前に出ている事それ自体異常ではあるが……彼らは一人残らず、泣いていた。
 怖かったのだ。恐竜人と人間という、数にそう差は無い戦いでさえ避けた彼らが強大な魔物に挑むことがどれだけ怖いか、エイラには分からないだろう。
 今まで生きてきた中で、彼らがこれ程に勇気を振り絞った事は無いだろう。震える体を叫び声で叱咤し、涙を流す事で蹲る事を我慢している。
 ラルバの人間は臆病だった。けれど、それは責められるような事だろうか? 彼らは戦いを避け、普通の生活をしたかったのだ。川で魚をとり、森で獣を捕まえ、木の実を拾い時には土器を焼き、戦いから離れ細々と、静かに暮らしていきたかっただけだ。命を奪われるのも奪うのも嫌だっただけだ。
 勿論、褒められる事でもないと彼らは知っている。同じ人間を裏切ったと言われても仕方ないと諦めている。事実、彼らはイオカ村が襲われていることを知りつつ、森の中で静観していたのだから。魔物の言葉が聞こえるまで。
 卑怯者と言われても、彼らは怒らない。嘘ではないのだから。
 臆病なサルと恐竜人のリーダーに言われても反論できない。嘘ではないのだから。闘う事を避け、逃げ回る自分たちはそれそのものだろう。
 同じ人間に、生きてない。死んでないだけと言われても、項垂れるしか出来ない。生きる為に抗う努力をしていない自分たちは、何を為せるのか。


 ──けれど。彼らは怒らないわけではない。ラルバ村の人間にはどうしても許せない事がある。嘘だ、嘘を用いて貶されるのだけは許せない。同じ人間からも蔑まれる彼らの最後の誇りである。
 卑怯者でもいいだろう、臆病なサルでもいいだろう、生きる意志が見えずともいいだろう、だが虫けらではない。人間だ、踏みにじられ軽んじられても人間なのだ。それだけが触れれば崩れそうな尊厳を形にしている。食事をして寝て夢を見て笑って泣いて怒って生きている人間だ。
 サルまでは妥協できる。サルは立っている。虫はどうだ? 下を向かねば見ることも出来ない。踏み潰されることもしばしばある。我らは立って歩いている、その事実がラルバを支えている。唾を吐きかけられる事には慣れている。けれど、唾を吐くこともできない存在として見られるのは許せない。


「おおおおお!!!」


 無様な突撃だ。中には足が縺れて転ぶ者までいる。石斧を引き摺りながら走る子供さえいる。それを言うなら杖をついた老人がどうやって戦えという話だが。
 全員が非戦闘員。全員が戦うことを得意としない。けれど、得意としないからといって戦えない訳ではない。狂気染みた奇声を上げての行進は、より一層魔物の笑い声を強くした。火炎を一噴きすれば腰を抜かす者もいた。魔物は「俺たちを笑い殺す気だな!」と浮きながらじたばた足を動かした。


「エイラ!」自分の名前を呼ばれ、呆然としていたエイラがはっと背中を伸ばした。キーノが右腕を押さえながら叫んでいる。
「な、何? キーノ……」
「生きろ!!」


 キーノはただそれだけを口にした。戦えでも逃げろでも無く、生きろと口走った。
 自分にとって、生きるとはどういう事か、エイラは頭を回転させた。するとどうだろう、いとも簡単に答えは見つかったではないか。記憶の扉を開くまでも無く、扉自体が答えだった。
 彼女にとって生きるという事は、いつも行っていた行動に過ぎない。彼女は生きる為に拳を振るった、足を唸らせた。牙を突きたてた。
 それは、戦うという事に違いなかった。


「……うん。うん、ごめん、キーノ。エイラ馬鹿、すぐ忘れる」


 負けるに違いないと蹲るのは楽だった。どうせ無理だからと投げ出すのは簡単だった。
 それらから真っ向に戦うのが己の人生ではなかったか? 女だてらに必死に酋長であるべく戦いに身を置き皆を引っ張るのは容易なことでは無かった。全員が、女である彼女を見下しているのを知りつつ認めさせようと躍起になったのは何故だ。住人の思い通りに酋長の座を明け渡し女仕事をしていれば、傷を負う事も無く想い人を傷つける事も無かったのに。プレッシャーから夜な夜な泣くことも無かったのに。何故膝を折らなかったのか。
 答えは……生きたかったからだ。自分でも何かが出来ると愚直に信じ込み、その証を立てたかったからだ。それならば、今のエイラに出来ることは単純だった。


「ウ、アアアアアァァァ!!!!」


 長い髪を振り回し、ラルバ村の人々と同じように真っ直ぐ敵に突っ込んでいく。竜巻? 馬鹿を言ってはいけない。台風? それでもなお足りない。暴風? それではありきたりだ。
 彼女はエイラ、自然災害に例える必要は無い。エイラはエイラとして敵を巻き込み振り回し走る。首を掴み噛み千切り、頭を乱暴に引きちぎり蹴りで内臓を吐き出させて拳で粉砕する。攻撃中も止まる事は無い。彼女が通った後には生きた魔物はいない。
 戦力が増えたとも言えない、むしろ足手纏いが出来ただけの状況になってから彼女の本領が発揮された。戦況は悪い、とてもひっくり返されるとは思えない。


(でも、抗ってこその、人生)


 彼女の戦い方は、まるで恐竜が憑依したような暴れ方だった。顎を開き、噛み砕く様は幻視しそうなほどに酷似している。足を回転させるだけで竜巻を発生させ、回転しながら体当たりをすれば巨体の魔物を四散させる。自然現象では例えられないと言ったが、どうしてもというならば近い表現がある。噴火だ、近づく者皆荒ぶる振動に体を震わせ、その熱気は触る者を蒸発させる。


「調子に乗ってやがるなあ、あの女」悠々と地上を観察していた魔物が苛立たしげに首を鳴らした。そして、手の中に巨大な戦斧を召喚する。幅三メートルを超える人間には到底扱いきれない代物だ。それを軽々と一回転させて、隣にいた二匹の魔物に声を掛けエイラの元に飛来する。
 それを遮ろうと飛び出してきた原住民を斧を一払いし二つに分けながら、血を浴びつつ低空にて飛ぶ。
 まずは、二匹の魔物を先に攻撃させる。さしたる障害にもならぬとエイラが回し蹴り一つで沈黙させたが、次に落ちてくる斧はそういう訳にもいかない。横っ飛びにかわして体勢を戻す。避けられると思っていなかったのか、魔物は少しだけ目を見開いた。


「まさか、今のを避けるたあ、屑の割には頑張るじゃねえか」
「お前、仲間、わざと捨石にした。本当に仲間か、お前」仲間の魔物を無理やりに突進させて己の隙を突こうとしたやり方に怒りを覚え、思わずエイラは問う。魔物は何故怒っているのか分からない様子で空手の左手を持ち上げ、「利用できるのが仲間だろうが」と答える。
「……下種。お前、もう死ね」


 彼女にしては強すぎる言葉を放ち、後ろ足を蹴り体を前に飛ばした。距離は詰まり、渾身の拳を突き出そうとした時、魔物が何らかの言葉を呟いた。


「ストップ」


 その言葉を聞いた瞬間、エイラの動きが止まる。呼吸すら満足に行えない。腕も足も凍り付いてしまったようだった。


「神経系に作用する魔法だ。動けないだろ? 俺様の切り札だからな……見た目で俺をただのパワーファイターとでも勘違いしたか? 甘いんだよ、黒の夢で作られた俺たちを舐めるんじゃねえ、下等生物」


 喋りながら一歩ずつエイラに近づいていく。
 焦りは勢いを増し、体は動かないというのに冷や汗が流れる。
 エイラの危機を知ったキーノが駆けつけようとするも、他の魔物たちが邪魔をして辿りつくことも出来ない。ぎらりと鈍い光を放つ斧が禍々しかった。お前の体に食い込むのが楽しみだ、と舌なめずりをしているようにすら見える。


「お前を最初に見た時には、悪くない女だと思ったよ。正直、ストップを掛けてそのまま犯ってやろうかとも思ったが……お前は少しばかり殺しすぎた。頑張りすぎたのさ。だがまあ……」斧を振り上げて、にたりと笑う魔物の顔は、嫌悪感を誘うには充分な醜悪な笑顔だった。
「殺してから楽しんでやるから、喜べよ」
「ッ!」


 目を閉じてやがて来る衝撃に備える。斧が彼女の体に入り込み、肉を裂き骨を断ち切り内臓を破壊しながら体内を断っていく。捌かれるような感覚を待つ。
 視界を消してすぐに、遠くも無い場所から「ゲヒ」と魔物の悲鳴が聞こえる。何かに潰されたような声だった。衝撃は来ない。
 目の前の魔物が「何だあ?」と戸惑う声が聞こえる。衝撃は未だ来ない。そろそろと目を開けると、何も持っていない魔物が目をぱちぱちと瞬かせながら右を見ていた。それに倣い、エイラも首は動かないので、眼球だけを動かし右を見遣る。
 そこには、巨大な戦斧に潰されている羽の生えた魔物の死骸があった。
 何がなにやら、エイラにも魔物にも、傍から見ていたキーノやイオカ村の人々、ラルバ村の人間、誰にも分からず一瞬戦いの喧騒は治まった。
 まるで、魔物の斧が瞬間に移動したような現象に誰もが驚いている。
 風が吹き、さらさらと藁が流れていく。この場に居る全員が声を失っている中、エイラが場違いに甘く幼い声を聞いた気がして、視線を前に戻した。斧を持っていた魔物のさらに後ろ、村を出てさらに行った所の開けた丘の上に誰かが立っている。普通の人間とは段違いに目が良いエイラですら視認するのがやっとの距離である。


「なんだなんだ、魔法か? ……まさかな、この時代に魔法因子を持つ人間はいないはずだ。一体どういうことだよ?」


 指を閉じたり開いたりと動かして、斧が移動した原因を探る。言葉調は落ち着いているものの、額から流れる汗が魔物の狼狽振りを語っている。
 敵が慌てているというのに、エイラはそれを一切気にしない。彼女が意識を向けているのは、丘の上からこちらを見ている人影のみ。目を細めて正体を知ろうとするも、時折魔物が彼女の視界を邪魔する為もどかしい気分になった。


────随分なザマじゃなあ


 今度ははっきりと聞こえた。周りが静かな為か、遠く離れた場所にいる誰かの声は他の魔物や人間にも聞こえたらしい。全員の視線が丘に集まる。
 “何者か”は丘の上から下り、ゆっくりと村に近づいていく。丁度、丘の麓についた頃には、その何者かが誰なのか、エイラとキーノには分かった。見紛う事無き人物だった。しかし、そうだと断言は出来ない。むしろそうであるはずがないという気持ちの方が強かった。
 何者かは立ち止まり、腰に手を当てて戦場を見回した。


────所詮、人間のサルということか? ……無様じゃ。そうは思わんか?
────はい。仰るとおりで御座いますな。私も奴らがこうも脆弱であると、些か憤りを感じます。


 何者かは、丘の向こう側から現れた誰かに声を掛ける。二人のその話し方と声に、エイラとキーノのみならず、人間たちは聞き覚えがある。驚愕がイオカ村を覆った。
 彼らの驚きなど関係無いと、嘆息しながら、何者かがゆっくりと手を上に掲げた。


────まあ良い。私たちの戦い方をサル共に教えてやるとしようじゃないか……全軍、


 何者か──彼女は獰猛な笑みを口元に貼り付けた。









     ※そして未来※









 空を駆けている女性型アンドロイド──アトロポスは榴弾をばら撒き、次々に魔物を爆破した後、今までの冷徹な表情を一変させてロボの前に降り立った。


「おはようプロメテス! 今日は良い天気じゃないわね、けど絶好のコウラクビヨリだわ」朝一番の挨拶をかわすような気楽さが込められていた。
「行楽日和ね……意味を分かって言ってるのかいアトロポス?」
「ええ勿論。観光地なんかに赴くのに最適という意味でしょう」
「まあ、凡そそうかな」
「そんな事よりも、今日は待ちに待った戦争ごっこの日よ。ほら一緒に遊びましょう? 私とプロメテスは白組で、あいつらは、」アトロポスが指先を魔物の群れに向けた。「赤組よ」
「ええ、僕は赤の方が好きだな、男らしいもの」彼女の楽しそうな口振りに、ついロボも便乗してしまう。後悔は見られない。


 アトロポスは不満げなロボの言葉に、「駄目よ」と端的な否定を口にした。


「だって、赤く染まるのは彼らの方だもの」
「それは、違いないね」ロボは肩を竦めた。


 二人は手を握り合い、軽やかに廻る。ダンスを踊るようなステップだ、爪先立ちになっているアトロポスが変に似合っている。
 戦いの中で舞踏に励む彼らは異色な存在だった。
 踊りの最中に、アトロポスが予兆無く右手を空に向ける。指を開くと、掌の中央に小さな穴が空いていた。そこから一筋の閃光が洩れ、空中の魔物を一体落とす。隙間無く、ロボも左手をアトロポスの後ろに向け、親指を除く四本の指を立てた。彼の指関節がマシンガンのように飛び魔物数対を蜂の巣に変える。生え変わるように、彼の指は復元した。


「ねえプロメテス、私はお空を掃除するわ。貴方には下をお願いしていい?」
「奇遇だねアトロポス、僕もそう言おうと思ってた所さ」
「流石、私たちよね。意思疎通が速やかだわ。阿吽の呼吸と言うのかしら? それとも、ツーカー?」
「アトロポス、それは死語なんじゃないかな?」
「あら、『つうかあ』はちゃんと辞典にも載ってるのよ?」


 彼らは同時に手を離し、各々に魔物を殲滅すべく駆け出す。
 アトロポスは右腕を砲筒のように変形させて炸裂弾を無造作にばら撒き、空に爆裂の華を咲かせて、時には煙幕を、時にはロボよりも強力な集束型レーザーを用いて、先ほどと同じように踊るように魔物を滅している。
 ロボも負けてはいない。地上を闊歩する魔物を倒す彼の動きは眼に見えるものではない。拳を乱発射し、敵に近寄り爆発し、炎の中から飛び出して行く。エネルギーが切れれば補修ロボットから分けてもらい、爆薬の消費が著しくなれば補給専用機械から補充する。


(こういう所にまで気が利くあたり、マザーだよなあ)


 ただ戦闘用ロボットを操作するのではなく、補充部隊の重要性を熟知しているマザーに心の中で敬意を表す。当然と言えば当然だが、魔物の急襲にも関わらず即座に準備できる手腕と言うか、行動力にロボは有り難いと思わざるを得ない。
 頭が下がる思いながら、十全に戦える現状を楽しんだ。


(所詮僕は戦闘ロボットか。それでも良いよ、誰かを守れるならそれで良い。甘っちょろいと馬鹿にされても、それを嬉しいと思える僕でいれるのが嬉しい)


 彼はマザーと自分の仲間に感謝した。こんな僕にしてくれてありがとうと、全霊の気持ちで。
 彼の体に血が舞う。けれどそれは人間の血ではない。誰かの痛みを思うあまり自分が感じる痛みを怖がった彼は今傷だらけである。それでも泣きはしない。痛みに呻くよりも大事な事を見つけたから。
 遠くから、爆撃の音が耳に入る。アリスドームから西、トランドームの辺りだろう。見遣れば、空から飛行ロボットが地上に爆弾を落としている所だった。世界中を巡回する無人飛空機が人間の援護に回っているのだろう。爆発音は立て続けに起きている。トランドーム周辺に心配はいらなそうだった。
 爆撃はロボの近くにも起きる。ピンポイントの爆撃は魔物を的確に狙い、吹き飛ばしている。ロボは無茶苦茶だな、と笑った。
 落ちてくるのは爆弾だけではない、飛空機から落ちてきた縄を伝い銃を装備した兵隊機械が降下し、新たな戦力が追加される。魔物に増援があっても、それはこちらも同じ。人間と機械の連合と黒の夢の魔物たち、条件はこれで同じとなった。いや、世界中に存在する機械が全て仲間になるのなら、その数の差は段違いであるが。魔物が三千ならばロボットの数は万を超える。
 二匹の魔物を拳で沈めた頃、ロボの近くに二体の単独飛行可能ロボットが降りてきた。補充ならまだ良いと伝えようとして、ロボの動きは止まった。飛行するロボットは両手にひし形の水晶に似た映像機を持っていたのだ。立体映像を作り出す機械が今ここで何の役に立つのかは考えるまでも無い。ロボットたちが映像機を操作しているのを黙って待つ。
 時間を置かず、映像が作られた。ノイズ交じりの映像が映し出したのは、やはり、人型を模したマザーコンピューターである。見下ろすようにロボを見ている彼女は優越に浸った、優雅な構えを取っていた。


「これが答えですよ、プロメテス」彼女の第一声はロボを心配するでもない、どうだ! と言わんばかりの言葉である。「これで、私たちロボットが人間より優れているという証明になりました」
「ええと、マザー、今一つ貴方の言いたいことが分かりません」
 ロボの戸惑った様子に、マザーは出来の悪い子に言うみたく溜息をついて「貴方が前に言ったでしょう。人間に出来ないことをやらなければ私たちの方が劣っていると」


 そのように決め付けた言い方では無かったが、ロボがそれを指摘する事は無かった。


「見なさいプロメテス。人間ではこの魔物たちを倒す事も退ける事も出来はしない。けれどどうです私の息子たちは! 低俗な魔物など相手ではない! 人間では到底勝てはしない魔物をこの私の息子が! ロボットが! 難なく御しているではないですか!? 人間と私たちの優劣の差は明らかです! あはははは!!」
「ま、マザー?」


 飛びまわりながら回転する彼女は、頭でも打ったのかと思うような躁具合だった。ロボは腰を引かせて彼女の暴走を見ている。明らかにマザーの目は何かしらの液体を打ったように瞳孔が開ききっていた。
 どうしたものか、と混乱しているロボの耳に通信が入る。同じアンドロイドからのみ、つまりはアトロポスからの通信だけ受信できるロボの機能である。昔マザーに無理を言って取り付けてもらった彼らだけの為に必要となった少し微笑ましい機能だった。
 ロボが通信機能をオンにして、離れたアトロポスの言葉に耳を傾ける。


「貴方が工場を離れてから、ずっとああなのよ。私を修理した時も鼻息荒く、『人間の技術など私たちに遠く及ばないのです!』って言ってたから」まるでこちらの状況を見ているような程的確にマザーの状態を説明してくれるので、ロボは彼女が近くにいないか顔を振り確認する。近くにアトロポスの姿は見当たらなかった。
「元々負けず嫌いな人だったけど、それに拍車が掛かったみたい。今じゃどんな些細な事でも負けたくないみたいよ、特に人間にはね」
「なるほど、つまり今回魔物を倒して人間を守っているのは、人間と一緒に生きていく為じゃなくて、単に自分の凄さを知らしめたかっただけなんだね?」
「見も蓋も無い言い方をすれば、そういう事になるかしら」
「プロメテス!!」
「はいっ!?」


 マザーが怒鳴るように自分を呼んだので、無意識に通信を切ってしまう。彼は体験した事が無いが、学び舎にて教師に悪さを見咎められたような反応である。


「見ているでしょう貴方も! うふふ人間の慌てふためいた様子といったら実に面白いものでしたよ? 私たちロボットが助けに来た時なんか平伏する勢いでした! まあ、これから私たちに敬意を払って生きていくならロボットの庇護下に置いてあげてもいいかもしれませんねホホホホ!!」


 笑い方は統一してくれないかなあ、と思ってしまう彼は相当混乱しているのだろう。
 元々人間と仲良くさせようと考え発現したのは彼だが、こうまで意味の分からない成功を収めると複雑ではある。首筋を掻きながら、「そうですね」と気乗りしない返事をするのがやっとであった。
 こうしている間にも魔物は次々に撃墜されている。見れば、工場からも誘導弾が発射されているようで、黒の夢の魔物射出口にも爆撃を加えているようだ。流石に黒の夢本体にダメージは無いようだが、出ようと体を出した魔物からすれば堪らない。外に出た瞬間爆破させられるのでは、非道な魔物であっても哀れだと感じてしまった。
 私の科学力は世界一ィィィ!! とガッツポーズを取るマザーを見て、ロボのマザー像はぐずぐずに壊れていく。
 曰く、冷酷無比で感情を表に出したがらずどのような相手にも笑顔で応対しつつも腹の底ではいつでも処理できるのだと見下している機械の母。それが今では狂喜乱舞に踊り熱狂している。冷静? 彼女が冷静ならば赤い布に飛び込む猛牛は氷のような自制心を持っているに違いない。感情を表に出さない? 赤子の方がよっぽど弁えている。
 それほどに、ロボの挑発は彼女を変えたのだ。生来の負けず嫌いを刺激された彼女の性格は実に面白い方向に誘導され、今ではクローン技術を用いて実際の自分の肉体を作り出した程である。何故そのような事をしたのか? 映像などではなく、自分の体を使って誰にも負けない美しさを持った女性になろうと考えたのだ。彼女は知性や力だけでなく、美でも人間に負けたくなかった。元々美しい外見を模して作った映像を基に肉体を作成したのでズルイけれど。その辺りは彼女は意識的に無視した。彼女のダイエットは今二週間継続中である。理想としては後五キロ痩せたいとか。


「……あ、魔物が近づいてますよマザー」


 やる気無く、映像機を持っているロボットに魔物が迫っている事を告げるロボ。彼の力なら守りきる事は出来るが、彼としてはとっととこの気を違えたように笑う彼女の姿をこれ以上見たくないのでとっとと壊れろ、と念じている為手を出す気は無い。今だけ彼は魔物を応援していた。頑張って映像機を破壊しろ! それが出来たら僕が相手する。こうしてロボは少しづつ汚れていく。


「ええ!? 何をしているのですかプロメテス、早く私を守りなさい。映像機が壊れれば私の凛々しい姿が拝めなくなりますよ? 何より人間たちに見せ付けられなくなりますよ」
「歓迎ですね。身内の恥を晒したくありませんし」
「恥とは何ですか? ……なるほど、美しい私を人間の穢れた目に写したく無いのですね? 大丈夫ですよプロメテス、いつまでも私は貴方の母足らん事を誓いますから。ああっ、アンテナが折れたあ!?」魔物の飛来した攻撃がかすり、映像機から突き出ている受信棒が一本折れた事でマザーの顔が蒼白になる。隠す事無く拳を握り喜びを表現するロボを責めるべき者は今慌てふためいているので気付かない。
「大丈夫ですかマザー。僕は今深刻な考え事をしているので助けられませんが、頑張ってください」とても心配しているような様子ではないが、口だけは案じるように伝えておくロボ。誠意が篭らない事山の如し。
「考え事!? 何ですかそれは私の御姿を拝見するよりも大切な事ですか!」
「ええ、オムライスのオムって何なのかなって」
「過去に存在した国、フランスにてオムレツをオムレットと呼んでいました! そのオムレットにライスを足してオムライスと呼ぶようになったのです! オムとはつまりオムレツの事です! これで貴方の疑問は解消しました、私を守りなさい、というか映像機を守りなさい! 良い子だから!」
「へえ、そうなんですか。じゃあわびさびのわびとさびについて教えてください」
「外国人が日本人に質問するような内容を……そもそも今はそのような時ではありません!」
「大体、他のロボットに命令を下せば良いでしょうが」
「映像機を介して私をここに出現させるのに手一杯です。他の息子たちは全て自動で動いてもらってますから、私を守る為に動かす事はできません」戦場での指揮系統よりも自分の姿を晒す方を優先した彼女に、ロボは言葉も無くなった。
「ですか。じゃあ好都合ですね」彼女を守るものがいないという事に、ロボはあえて好都合という言葉を使う。


 割と必死に頼み込むマザーと何処噴く風のロボ。この場にクロノがいれば嬉々とマザー弄りに参加したろうが、彼がここにいないのは彼女にとって救いなのかそうでないのか。
 今でも魔物たちの攻撃は続いている。地面に魔法が炸裂し、破裂した地面の石や土が映像機に当たる。それを持つロボットですら、映像機を守る仕草は見えない。むしろ盾として活用している節さえあった。今、彼女の尊厳は地に落ちている。機械に意思があるのかどうかは知れないが、尊敬する相手を選ぶ知能は存在しているようだ。それを彼女に伝えれば自分の科学力を誇り胸を張るのだろうが。
 今戦場で響いているのは爆音、銃弾の飛び交う音、魔物の鳴き声、女性の泣き声。ロボからすれば四番目が特に顕著に聞こえている。
 土錆が舞い上がり、弾丸が我が物顔で辺りを飛ぶ今を、ロボはなるほど戦争ごっこだと考えた。メモリーから過去の歴史を抽出して、1900年代後半のそれに良く似ているな、としみじみする。戦力はこちらが上回っているが、指揮官が役立たずである所なんか帝国主義傾向が強くなった~本国そのものではないか。
 痛烈であり風刺的な考えに身を寄せながら、隣の喧々と騒ぐ女性を無視する。内容もさることながら、「良い子」という子供扱いをする台詞が彼を不機嫌にさせる。それ自体に苛々するということはすなわち子供である証拠とも言えるが、それを鑑みても苛々するので、悪循環であった。
 馬耳東風を実践していると、ロボの目に一筋のレーザーが映った。花火が打ちあがる様を眺めるようにその軌跡を眺めていると、やがてそれは魔物に当たり、貫いていく。ロボは酷く機嫌を害した。穿たれた魔物こそが、映像機を狙っていた、つまりは彼が応援していた魔物だったからだ。黒い煙を上げながら落ちていく魔物に向けて小さく合掌した。


「おお! 私の息子が私を助けてくれたのですね。プロメテス、貴方と違ってなんと優しい息子なのでしょう」
「別に、貴方に優しい息子と思われたくも……ああいえ、そうですね。随分優しく頼もしい方がマザーを助けたのでしょうね」前半意見を切って捨てて、ロボがマザーに同意する。それが彼女の高揚を高めたか、むふ、と鼻で息を吐いて言う。
「ええ、ええ。後でご褒美をあげましょう。後で頭でも撫でてあげましょうか」
「是非そうして下さい……ちゃんと、撫でてあげましょうね?」


 気味が悪いほど同調するロボに、いよいよマザーも不信を抱く。
 センサーを使い、誰が自分を守ったのかを探るも、レーザーの発射された方向にロボットはいない。いや、いるにはいるのだが、遠距離装備を搭載したロボットはいない。彼女の見ている方向にはアリスドームがある。そこには番人代わりに装甲の厚い格闘戦を得意とするロボットを多数待機させたが、彼らがマザーを守ったとは考えられなかった。
 考えてみた。世界有数の知識を有した彼女は奥深くまで探り、可能性を探し当てようとした。答えは見つかっているものの、考えたくは無いものしか無かった。
 まさかそんな、世界中のロボットを起動可能にしたけれど、起動可能になった機械にはたしかに“そういった物”もあったけれど。ロボットには必要無い機械まで動かせるようにしたけれど。認めたくないと、マザーは首を振りロボを見遣る。彼はにこ、と可愛らしく微笑んだ。対照的に、マザーは慄くように目を垂らした。
 そもそも、アリスドームとは一体何なのか。過去、ラヴォスの力により滅びかけた人間が己の叡智を結集させて作り出した物を保管してある、ある意味人間にとって最大の希望だった場所である。この荒れ果てた世界で不十分ながらに機械が作動していたところからしても、重要な施設だった事が分かる。
 ではアリスドームに保管されていたものは何か? 宝石でも石油でも衣食住でもなく、人間たちが最後の抵抗として作り出した、ラヴォスを倒す為に作り上げた武器が保管されていた。今まで保管装置のロックをマザーが掛けていた為使用不可であったが、それは解かれた。アリスドーム地下にてひっそりと牙を隠していた兵器が解き放たれたのだ。
 兵器名、GR-9974型、別名二足歩行人類搭載機械兵。八メートル強の大きさを誇る、歴史上類を見ない天才科学者達が作り上げた、マザーですら作ることも叶わない操縦式ロボットである。その数七体。本来は五十を超える程量産されていたが、他四十三体は長い年月を耐える事が出来ず壊れていた。
 その七体を駆るのは、アリスドームの住人に他ならない。その中でも一際目立つ彩色なされた、青色の機械兵に乗っている者こそ、過去にクロノを同じ仲間だと認め、大勢で鼠狩りを決行した老人。名前を、


「マスター・ドン。一匹撃墜しました」
「そうか……こちらも整備不良は見当たらない。思い出すな、パールハー○ーの爆撃戦を」
「指令を、マスター・ドン」


 ドン。アリスドーム指導者のドンである。
 無骨な鉄の腕を操縦して、空に上げる。少々錆付き、鉄の擦る音を立てながら、ドンは命令を下した。


「敵殲滅のみが作戦目標だ、総員、抜かるでないぞ!!」


 祝砲代わりに、残る六体の機械兵が天に機関銃を撃つ。鈍足ながら歩行を開始したそれらは、魔物たちを圧倒するに足る力強さを備えていた。


「撫でるんですよね、あの人たちを、人間を。いやあ、マザーは人間が好きなんだなあ」細く目を開いたまま薄笑いを浮かべるロボは、彼らしくないいやらしい顔をしていた。
「え、いや、でもそれは、私はロボットがやったと思ったからで、その……」両手の指を絡ませながら困っているマザーは、とても何百年と機械を支配してきた女傑とは思えない有様だった。
「それにしても、とんでもないですね、あれ」ロボが見ている先では、ドン率いる機械兵が蝿を落とすように魔物を倒している姿。仮にもラヴォスと戦う為に作られた兵器である、いかに相手が黒の夢の精鋭とはいえ、分が悪いのは間違いなかった。「守ってもらいましたね、マザー。人間も馬鹿にはできないでしょう?」


 人間の底力を目にしたマザーに、人間がどれ程強い生き物であるかを分かってもらいたかった上での発言だった。ロボとしては、これで彼女の人間を扱き下ろすかのような考えを撤回してもらえれば、と思ったのだ。「全くですね、今まで私は人間を見くびっていました。これからは共同歩調を図り、共に楽園を築き上げましょう!」
 とはいかない。愉快そうなロボと違ってマザーは自分の胸に燃え滾る何かが膨れてくるのを自覚した。溶岩のようにじわじわと奥底を熱気で充満させ溢れ出し、やがて土石流と化して全体を支配する。舞い上がったどす黒い灰は口から吐き出せそうなほど。灰を含んだ雨は平常を嫉妬へと耕していく。
 纏めよう。彼女の精神を、あえて可愛らしく装飾して言い直すなら、「まだ負けてないもん、こっちの方が凄いもん!」であろう。那由他の知識を持ち幾百の年月を監視してきた彼女らしからぬ感情だが、所謂子供のような幼稚な心が育っていた。
 いかに人間を見下そうと何するものぞ。完成された感情を作るのならば、それ相応の時を掛けて育て上げなければならない。積極的に対話を試みる事の無かった彼女は、もしかせずともロボ……プロメテスやアトロポスに劣る精神年齢なのだろう。


「……全軍に告ぎます、私の子供たちに命令します」マザーの目は内心とは裏腹に、非常に冷ややかであった。凍てつく程に。


 ふるふると拳を震わせながら、唾を吐き散らす勢いで空を仰ぎながら、譲れぬ想いを放った。
 余談だが、彼女が映像機を介しながら全ロボットに命令する為に、各地の工場の電源が落ちた。完全復旧には数ヶ月の時が必要である事を、頭に血が上ったマザーは気付かない。


「魔物を滅しなさい!! 人間よりも撃破数で劣れば、一機残らず処理しますよ!!!!」


 彼女は今、天にも昇る負けず嫌い精神を発揮した。









     ※そして原始※









「魔物を滅せよ! サル共より敵を倒せなんだら、ニズベールのお菓子は抜きじゃ! 三日もだぞ!」


 過去、ティラン城にてラヴォスに押し潰されたはずの、恐竜人の女王、アザーラの鬨の声が原始の空に響き渡った。
 その声を聞き、後ろに控えていたニズベールが彼女を肩の上に乗せ、猛走する。その勢いたるや、火炎を纏う隕石を思い出させた。


「あざー、ら?」エイラの夢を見ているような声は、魔物の声によって掻き消される。
「死に底無いの恐竜人か。たった二体で何をほざくか!!」


 魔物は言う。それにエイラは心の中で否を呈した。二体? 本気で言っているのかこいつは。この地響きが聞こえないか。大地が揺れる振動を感じないのか。猛々しい呼吸音を知らないのか。びりびりと肌を焦がす空気が分からないのか。
 ニズベールの突撃から丁度十秒。丘の向こうから一体の恐竜が顔を出した。その名を、ティラノと言う。既に老体であるティラノが真っ青な空に火炎を吹くと、それに呼応したように他の恐竜人たちも姿を現す。巨大な顔面を左右に振りながら走るドデッカダッダ、鉄をも通さぬ緑の肌を晒し、嗤う人型恐竜人、小さな噴火山ような外見で、頭頂の空洞からマグマを吐き出すドッカンに背中に二翼をつけた細長い体格のティラングライダ。家を包めるほど長い手を持つ大猿サルガッサ。三角で頭部を飾るトリケラトプスに酷似した恐竜もいれば長い首を鞭のようにしならせて走る恐竜まで。
 その数は、千を超えるだろう。続々と集まるところからして、その数はさらに際限なく増えていく。


「……おいおい、恐竜人は絶滅したんじゃないのか? しかも、人間と敵対してたんだろ? 何で人間と共闘しようとしてるんだ!?」


 魔物が冷静さを欠いたからなのか、理由は分からずとも、エイラは自分の体が動くようになっている事を知る。気付いた瞬間、慌てている魔物の顎に痛烈なアッパーを加え距離を取った。顎を揺らされ朦朧としているも、倒れるには至らない。すぐに目の色を変え憤怒に染める。
 エイラに飛びかかろうと走り出せば、途端目の前に人間の胴体程の岩が現れ、顔をぶつける。
 岩を砕きもう一度前に足を踏み出せば、突然地中から盛り上がってきた石に躓き転等。起き上がったところで何故か丸太が空から落ちてきたので大地に接吻をする羽目となる。傍から見れば、実に滑稽だった。
 エイラには分かる。実際経験したことのある攻撃だからだ。他人で遊ぶ事を好む彼女らしい攻撃方法だと苦渋を飲んだ感覚は忘れられない。アザーラのサイコキネシスに違いなかった。
 魔物が七転八倒している間に、アザーラは既にエイラの隣にまで距離を近づけている。ニズベールの肩の上から見下ろす彼女の目は、酷く呆れたものだった。
 エイラだけでなく、他の人間たちも何を言えば良いのか分からない。感謝すればいいのか、過去の争いを思い出し憎めばいいのか、戸惑えばいいのか。彼らは戸惑う事を選んだ。それしか選択肢がなかったのだ。
 口を開閉させるエイラに、アザーラは問う。「何をしておるのじゃ」と。


「そ、それ! こっちの言うこと、アザーラ、何をしてる? いや、何で生きてるお前ら!?」
「何故生きているか、か。貴様も神頼みとやらをしてみると良い。案外、神とやらは気紛れらしくてな、思いも寄らん願いを叶えてくれたわ」アザーラではなく、ニズベールがエイラの質問に答える。答えているかどうか、微妙なところだが。


 神はニズベールの願いを叶えなかった。思いのままに願いを叶える神など存在しない。
 ニズベールの望みは、自分が死んでも良いから、それと引き換えに主人を助けてくれというものである。神はそれを承る事はしない。
 神は、アザーラだけでなく、ニズベールをも助けることとしたのだ。
 実際には、アザーラを死なせる事をどうしても避けたいと願うニズベールに、それに協力した恐竜人あっての生存ではあるが、それは正に奇跡としか言いようが無い結果である。空も飛ばず、ラヴォスに潰されずその爆発に巻き込まれず今まで生きてこれたのは、なんらかの力が働いたとしか思えない。そのなんらかが何なのか、それを奇跡と当て嵌めるより他は無いではないか。


「なんという体たらくか。お主ら、本当に恐竜人である我らに勝利した者なのか? 技にキレも無く見え透いた罠に掛かる。とても歴戦の戦士とは思えぬ……ニズベール、れきせんとは何じゃ?」
「れっきとしたせんしの略で御座いますアザーラ様」
「そうか……れっきとしたとはどういう意味じゃ?」
「歴戦の略で御座います」
「そうか……分からぬ」
「それでこそ我が主」


 聞くに堪えない堂々巡りっぷりを見せ付ける彼らに、エイラは開いた口が塞がらない。最早笑えばいいのか的確な突っ込みを加えればいいのか。
 今は戦いの最中であると念頭に置きつつも、混乱してしまうのは無理からぬ事である。
 長年敵対し続け、命を賭けて戦ってきた相手が何ゆえ自分たちと共に戦ってくれるのか。後から突撃してきた恐竜人たちも戦線に合流し、目を白黒させているキーノたちと手を結び魔物たちに牙を向けている。思う存分に戦っているのは恐竜人のみ、人間はどのように扱えばいいのか分からず、中には呆然と座り込んだままの者もいた。


「があああ!! 猪口才な真似をしやがって、クソッタレの恐竜人がああぁぁぁ!!!」玩ばれるようにアザーラの術中に嵌った魔物が地面から体を起こし吼える。それを汚らわしそうに見つめて、アザーラはニズベールの肩から降りた。彼女は告げる。「ニズベール、やれ」と。
「御意に」両腕を胸の前に持っていき、二の腕に力こぶを作る。ニズベールの両腕に浮かぶ血管は大蛇のように太く、びくびくと痙攣している。
「ふざけるなよ、俺たちジール様直属の魔物が、お前ら出来底無いの恐竜人に負けるか、すぐにまた殺してやるよ、もう蘇らねえようになあ!!」


 ニズベールが頭の角を前に出し、そのままに走り出す。魔物はそれを眺めつつ、口元を歪め、エイラに掛けた呪文「ストップ」を唱えた。時が止まったように、ニズベールの動きが固まる。
 その間に、魔物の乱打が始まった。拳から棘を突き出させて、ニズベールの顔を、体を、腕を、喉元を殴りつける。容赦無く、終わりの無い打撃。弾けるような音がいつまでも続き、エイラはそれを止めようと駆け出す。
 ……が、アザーラのサイコキネシスによりそれを遮られた。前足を超能力により持ち上げられ、後ろにすっ転んでしまう。後頭部を強かにぶつけ、涙を浮かべながら「何する、アザーラ!」と怒鳴った。


「大丈夫じゃ。あの程度でニズベールは倒れん、なにせ……」


 アザーラが頬を緩ませた。


「私の友人だからな」


 その笑顔に嘘は無い。もう一度ニズベールを見ると、数十発は殴られているというに、血の一滴も垂れてはいない。殴りつけている魔物の方が疲労している程である。己の拳を見つめて、揺らぐ事の無い恐竜人に恐怖を感じてさえいるようだった。
 ストップの効果が切れ、ニズベールが動きを取り戻すと、魔物は悲鳴のような声を上げた。


「嘘だろ、俺の拳はテラ様を除けば黒の夢一の破壊力を持ってるんだぜ? こ、鋼鉄の柱も、大理石も、金剛石の塊だって砕くんだぞ! なのに……なのに何で恐竜人なんぞを潰せねえんだ!?」
「……教えてやろうか」


 ずん、と地面を揺らしながら前に出る。巨体である為、見下ろされる事の少なかった魔物には、自分を上回る背丈のニズベールが近づく、それだけで恐ろしくて堪らなかった。
 震えているのは地面か、自分か、その判別も上手く出来ない。頭も回らない。
 目の前の怪物はなんなのだ、後ろに立って蔑視を送る恐竜人の少女はなんなのだ、自分は選ばれし魔物だ、俺に勝てる奴なんか、黒の夢の中以外にいるものか。それが分かっているのに、ああ、何故これ程に体が震えるのか。


「貴様程度の拳では、俺の肉を破るどころか、皮膚を削る事も叶わぬ。ましてや、俺の……我々恐竜人の誇りを砕くことなど永劫為せぬわ!!」


 右腕を振りかぶり、鉄面のような拳を突き出す。空気を裂き、魔物の腹に当たった瞬間、大地が割れるような音を出して、魔物は遥か後方に飛んでいった。四匹の魔物にぶつかっても勢いは止まらず、人間と恐竜人を侮辱していた魔物は息を止めた。


「俺を倒したくば、せめてあの男並の蹴りを覚えてからかかって来い、魔物風情が」


 ニズベールの言うあの男が誰か、それが分かったのはアザーラとエイラだけであろう。彼の目には、憧れにすら届きそうな色を齎したままに、キーノの姿が浮かんでいた。


「どうじゃ、私たちは強いだろう?」


 歯茎を見せながらふんぞり返るアザーラは、とても誇らしそうだった。己の友人の姿を見たか、その雄姿に驚いたか、と言うようだった。
 なるほど凄い。確かに彼女も彼も理屈ではない強さを備えている。それを認めた上で、エイラは尚も思う。私たちだって、負けてはいないはずだ、と。
 ニズベールの覚悟は見せてもらった。アザーラの信頼の絆も教えてもらった。恐竜人たちの強さを改めて刻み付けた。ならば、次は自分たちの番ではないか?
 エイラは、決して強くない。今までにも、今回でも、幾度も膝を折り自分程度では、と自責した。キーノに大怪我を負わせた時、クロノたちに迷惑を掛けたとき、村の皆が殺され倒れていくのに何も出来ない自分に、罵声を浴びせ続けた。


(でも、エイラは……エイラ、酋長)


 それが、何より悔しい。魔物に軽んじられるよりも、目の前の大地の掟を賭けて戦い続けてきた強敵に呆れられるのが身を焼かれるほどに悔しい。無理やり臓腑を吐いてもこのような想いには至らないだろう。
 だからこそ、彼女は声を張り上げた。その声は凜としたもので、キーノが体に深い傷を負ってからは一度も聞いた事が無いものだった。


「皆聞く! 恐竜人たち、今は仲間! でも負ける駄目! 人間の意地見せる時、エイラたち強い! それ教えてやる! だから……戦え!! 怖くない、エイラたちが世界で一番強いから!!」


 その激励に住人たちが応えたのは、キーノの洩らした「それでこそ酋長。エイラ、頑張った」という零れるような言葉を聞いた瞬間だった。




     ※




 風向きが変わる。数としては、三千を相手取るには心許ない恐竜人の増援。しかし、彼らはお互いの戦い方を熟知していた。恐竜人は人間の、人間は恐竜人の戦闘を幾度も見てきたのだから。
 この恐竜人は火を吐くが、間近の敵には弱い、逆にその牙も爪も比類なき鋭さを誇るが遠くからの射撃には何も出来ないなどと、その習性を己が身で経験している。恐竜人も人間の強さと脆さ、賢しさを理解している。人間はどの程度の攻撃ならば耐えられて、どの程度踏み込めるかを知り尽くしている。その上での連携はこの上なく効率の良い戦闘を繰り広げることが出来る。
 キーノの指示は冴え渡る。元々指揮官のいなかった恐竜人も、渋々ながら彼の命令に従っているのは、偏に彼の頭の良さが理由であろう。戦況を未来まで見通しているような先見力は多種族であっても尊敬せざるを得ないものだった。
 対してキーノも恐竜人という仲間が来た今、水を得た魚のように命令を飛ばす。言い方は悪いが、十全に活用できる駒を得た彼は湧き上がる興奮を抑えきれない。万事に対応できる駒を持つというのは、指揮官として最高の状況だろう。戦いは少しづつでも、押し返すように恐竜人・人間連合が有利なものと化していく。
 エイラはそれを深く理解はしていない。ただ……今の彼女は、誰彼構わずに抱きつきたいような衝動に駆られていた。愛情でも興奮からでもない。それが何なのか分からないまま、彼女は風になっている。
 敵を屠りながら、彼女は過去を掘り返し始めた。それは、遡る事二十年前後の事。まだ彼女の父が存命だった時にキーノが父に聞いた、答えの帰ってこなかった問い。“強いとは何だ”?
 エイラにその答えは分からない。そこまで人生を送っていないし、一生を戦いに捧げる覚悟も、まだ無い。けれど薄靄を掴む程度に理解できたかもしれない。
 強いとは? 力が強いのか、仲間が大勢いればいいのか、不可思議な能力を使えればいいのか、黒の夢の魔物たちのように残酷になれば強いのか。アザーラのようにサイコキネシスを巧みに使えることか、ニズベールのように強固な心と体を持っていれば強いのか。それは違う気がした。


「父さん……」


 正しいかどうかは分からないけど、分かったよ。これがそうなんだ。少なくとも、私にはそうだと思える。
 エイラが見ているのは、とても心が通じ合っているとは思えないけれど、お互いの憎しみは消えないだろうけど、共に戦い合う人間と恐竜人たちの姿がある。時には憎まれ口を叩きながら、迫る敵を倒し、守り、手を貸して生き延びている。そこには戦いがあり、生があった。
 強いとは、こういうことなんじゃないだろうか。『昨日の敵と分かち合える事が強さ』なんてつまらない、よくある言葉なんかじゃない。絆なんて安っぽいものでもない。ただこの光景こそが強いという証なんじゃないか。今の自分たちならば、例え世界を滅ぼす力が迫ろうと退けられるとエイラは確信した。


「……あは、」


 戦いは終わっていない。魔物を倒し尽くしたとしても、黒の夢は依然と空に浮かんでいるし、ラヴォスを倒す目的も残っている。それ以前に、これから恐竜人たちとどのように接していけばいいのか、問題は山積みである。それこそ数えればきりが無い程に。
 良いじゃないか、やる事があるという事は、生きる目的があるという事だ。そもそも、困難な事態に直面するのにエイラは慣れている。難題が襲い掛かろうと、彼女にはキーノがいる。村の仲間がいる。これからどうなるか分からなくとも、いざとなればアザーラたちが何かアクションを起こしてくれるかもしれない。
 全てこうなれば良い。全部が全部一つになれば、越えられない山は無いのだから。それもまた、大地に生きる者の真理。


「あははははは!!!」


 面白いほどに、彼女の拳が敵に当たる。飛んでくる魔法も、武器も、彼女には届かない。風を蹴散らすなど出来るわけも無いからだ。背中を気にする必要は無い。エイラの背中を守るのは人間だけではないから。
 恐竜人の援護を有り難く思う一方、何処かでやりきれないような想いが浮上する。人間の力を見せ付ける為には、恐竜人の助けをもらうのは気が引けるというか、意味が無い気がするのだ。
 そのなんとも言えない歯痒さを知ってか知らずか、キーノは生き生きと恐竜人にも活躍を与える。それが、彼女には不満であった。
 不満の理由は二つ。一つは人間の強さを信じてもっと戦わせてやれという想い。
 もう一つが、もっと自分にも指示を! という渇望。言い換えれば構ってほしいという欲望に他ならない。今の自分は何でも出来るのだから。
 一度考え始めると、そのことばかりに考えが行ってしまうのは悪癖かもしれない。それを自戒する気も無く、エイラはキーノの顔を凝視した。視線を回さずとも戦えるのは凄いと言うよりも不気味であったが。
 ねっとりと絡みつくような彼女の視線に気付いたキーノは身震いして、エイラを見た。恨みがましそうな彼女に戸惑いながらも、長い付き合いからか、彼女の思惑を悟る。
 キーノは迷った。エイラに指示と言われても、彼女は自由奔放に戦うのが一番合っている。下手に『広場西の敵を撃破しろ!』と伝えれば逆効果になるだろう。エイラの事である、指示の内容を気にしすぎて反対に身を縛る結果になるのが落ちだ。
 彼にしては時間を掛けて、エイラへの命令を口に出した。内容は単純そのもの。


「エイラ! 暴れろ!!」
「……っ! うん! 分かったキーノ、エイラ暴れる!」


 キーノが自分を頼ってくれたと都合よく解釈したエイラは今まで以上に動き回り魔物の掃討に力を入れる。彼女の笑顔に顔を赤くしたキーノの様子を見ることは無かった。それが、どちらにとって幸福だったのか、また不幸だったのか。






 弾圧気味な戦いから反転して、一路優勢へと傾いた原始の戦いは、およそ三時間の時を経て終わりを告げる。地平線の向こうに太陽は落ち始め、大地は赤く染まっていた。皆々傷を負いながらも、怪我人の治療に勤しんでいる。死傷者の数は莫大、恐竜人の死者も少なくなかった。
 それでも……勝敗は決し、人間たちは立っている。この広大な大地の上で、その両足で。それだけが結果だった。
 倒壊した酋長のテントの上で背中を預け合い座っている二人──恐竜人のリーダーと人間の酋長の影法師は何処までも続いている。他の人間も恐竜人も、膜の張ったようにゆるい時間を纏っている二人を見つめていた。


「……それで、何でお前ら生きてる? ティラン城、潰れた。なのに何でだ?」先に話しかけたのはエイラである。戦いの最中も、喉に小骨が刺さったような気分だったのだ。一番にそれを聞こうと考えていた。
「今更、それか」くっ、と噴出して、アザーラは空を見上げる。橙の空には既に星が輝き始めていた。「さてな。私たちにも分からぬ。それよりもクロノは何処じゃ? また思いきり遊びたいのじゃ」
「クロ、今戦ってる。だから会えない。それより、分からないじゃ、エイラも分からない。ちゃんと言え」
「なんじゃつまらぬ」アザーラの肩が落ちる。本当に楽しみだったようだ。
「誤魔化すな、アザーラ」


 言葉は厳しいが、口調は柔らかい。アザーラに対しては決して良い感情は少ない筈なのに、どうして今自分は背中を預けきって座っているのかエイラには分からなかった。
 垂れた右手に当たる石ころを掴み、ひょいと前に投げる。湾曲を描き飛んでいく石は、夕日を浴びて消えていく。流れる風が髪を揺らすたびにエイラは肺の中の息を吐き出し、気持ち良さそうに目を細めた。この時間は、案外に悪くない。背中の感触も、暖かさも。


「そう言われても、分からんものは分からん。じゃが、何だろうな。誰かに助けてもらった気もする。酷く優しい声を聞いた覚えがあるのじゃ。とはいえ、目を覚ませば森の中だったのじゃから、確信は無いがな……それよりお腹が減った。何か食わせろサル」
「エイラたち、サル、違う。調子に乗るな恐竜人」
「おうおう、サルめ、言いよるわ……それより、我らは恐竜人ではない。間違えるな」否定されると思っていなかった為、エイラは肩越しにアザーラを見つめて「何言ってる?」と聞き返した。
「我らはもう恐竜人ではない。貴様らに負けた時からな。我らを呼ぶ時は『アザーラ族』と呼ぶのじゃ。うむ、良い名前じゃろう」彼女のなんとも言えない決断により、恐竜人の名は歴史から消えたらしい。開けてみれば、随分馬鹿らしい真実であるのは、万象、どの歴史でも同じ事なのかもしれない。
「……それ、頭悪い、アザーラ」
「何い!? 頭が悪いと言う方が頭が悪いのじゃあ!」


 二人の刺々しい言葉は、傍目には仲の良いじゃれ合いに見えて、それは伝染する。ニズベールとキーノは笑いながら再戦を誓い、お互いの健闘を称える。イオカ村の人間は何処からとも無く太鼓を用意し、ラルバ村の人間は怪我人の治療を。恐竜人はその手伝いを。
 恐竜人の薬は、イオカ村特製らしい薬草をすり潰しただけの物よりも効果があり、ラルバ村の長はその作り方を聞きだしてすらいた。


 ──とまあ、寂寞とした空気と、静けさを保っていた彼らだったが……それもすぐに終わる。
 一度太鼓が鳴り始めた時、イオカの人々は怪我をしていようが疲れていようがお構い無しに踊り始めた。ボボンガのリズムが広がっていく。戦勝会のようなものなのだろう。食料も水も僅かながらに、それは宴だった。
 ラルバの人々は呆れた。この疲れて動きたくも無い状態で踊るなどと正気なのか疑った。恐竜人も同じく、やはり人間は妙な生き物だと訝しい表情を作った。
 とはいえ、それも一時の事。いつのまにか、宴の空気は広がり、皆々で大いに騒ぎ、踊り、飲んだ。貯蔵水の桶は壊されていたので、飲むものなど酒しかない。戦の後ならば、それも良いだろう。手を取り合う彼らに、人間と恐竜人という種族の壁は無かった。
 苦笑しながらそれを見守っていたキーノは、自然エイラの元へ歩き出している。
 エイラの周りには、アザーラ、ニズベールと恐竜人のリーダーが揃っていた。それを見て、キーノは顔を引き締める。恐竜人のリーダーが揃っているならば、人間の代表格として、言わなければならない事があったからだ。


「アザーラ、お前ら、大地の掟、忘れてないな?」
「当然じゃ。悔しいが、私たちは敗者じゃ。その決着をつけるというならば、いつでも首を差し出そう」キーノの突然の切り出しにも慌てず、目を閉じるアザーラ。何処と無く大人びているように感じられるのは、彼女が成長した証拠だろうか。
「決着はつける。それ、大地の掟」
「キーノ!?」


 折角、長年の争いを終えられるかもと希望を持っていたエイラは驚愕しながら、彼を責めるように刺すような眼差しを向ける。
 けれど、エイラの予想と反し、キーノはにこやかに笑って見せた。安心していいよ、と言われているみたいで、エイラの勢いは瞬時に止まる。もぞもぞと背中を丸めて、顎を引いた。


「掟として、負けた方は消える。でも、いつまでに消える、決めてない。だから別に、お前ら消える、今じゃなくて良い」
「妙な事を言うなキーノ。確かに、消える期限は大地の掟に定められていない。ならば、貴様の言う決着はいつつけるのだ?」ニズベールの言葉に、キーノはそんな事は知ったことではないと首を振った。
「そんなの知らない。明日でも、来年でも、百年後でも、大地が消えた後でも、良い。いつかはお前らも死ぬ。その時に掟は守られる」
「……それでは、掟などあって無いようなものではないか?」アザーラは困惑した。そんなものは詭弁だと言いたそうな様子である。
「掟は大事。でも、それよりも仲間は大事。お前ら、クロの仲間。なら、キーノたちの仲間……何で、それ、分からなかったか。キーノ、頭悪い……エイラもそれで良いか……っ!?」


 キーノの呟きは途中で終わる。今正に答えを貰おうとしていた相手から、抱きつかれたからだ。エイラは座ったままの体勢から、飛び出すように立ち上がり、キーノの体に手を回して押し倒した。
 疑問符を上げて目を回すキーノに、彼女が送るのは、熱烈過ぎる接吻。アザーラはさっきまでの堂々たる態度を崩し、小さな悲鳴を上げる。手で顔を隠しながらも、指は開いているのは思春期ゆえか。ニズベールは己の主の顔を手で覆う無礼を働くべきかどうか思案している。
 普通のキスにしては長い時間唇を合わせた後、酸素を求めて、エイラはぷは、と口を離した。その顔は、沈む夕日に負けず劣らず、赤くなっていた。勿論、キーノも。


「エイラ、キーノ好き! やっぱり、一番好き!!」


 キーノの答えを待つ事無く、再度口付けを行使する。今度は、されるがままではなく、キーノも彼女の背中に手を回し、左手をエイラの後頭部に回してより深く求める。
 実に彼女ららしい原始的な求愛である。けれど、これ以上の愛情表現が他にあろうか?
 長々とした説明は要らない。ただ、一人の女性の片思いは終わり、一つの恋が成就した瞬間である。
 それを見つけた人間と恐竜人たちは、今まで以上に騒ぎ立て、彼らを祝福した。中には、涙を流している者さえ。きっとエイラの恋心を知りながら報われずにいた今までを見てきた人間だろう。拳を突き上げ「ホホーー!!!」と歓声を上げている。
 そんな中、一人だけ頭を押さえている者がいた。彼はぽつり、と誰にも聞こえない小さな声を洩らす。


「……アザーラ様の情操教育に悪い……」


 恐竜人に情操教育が必要なのかはともかくとして、彼の案じている恐竜人の女王は顔を隠す事も忘れて、きらきらと輝く目でエイラとキーノの行為を見学していた。
 彼女が見学して得た知識を披露する日は、恐らく遠い。


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