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No.20619の一覧
[0] 星は夢を見る必要はない(クロノトリガー)【完結】[かんたろー](2012/04/28 03:00)
[1] 星は夢を見る必要はない第二話[かんたろー](2010/12/22 00:21)
[2] 星は夢を見る必要はない第三話[かんたろー](2010/12/22 00:30)
[3] 星は夢を見る必要はない第四話[かんたろー](2010/12/22 00:35)
[4] 星は夢を見る必要はない第五話[かんたろー](2010/12/22 00:39)
[5] 星は夢を見る必要はない第六話[かんたろー](2010/12/22 00:45)
[6] 星は夢を見る必要はない第七話[かんたろー](2010/12/22 00:51)
[7] 星は夢を見る必要はない第八話[かんたろー](2010/12/22 01:01)
[8] 星は夢を見る必要はない第九話[かんたろー](2010/12/22 01:11)
[9] 星は夢を見る必要はない第十話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[10] 星は夢を見る必要はない第十一話[かんたろー](2011/01/13 06:26)
[11] 星は夢を見る必要はない第十二話[かんたろー](2011/01/13 06:34)
[12] 星は夢を見る必要はない第十三話[かんたろー](2011/01/13 06:46)
[13] 星は夢を見る必要はない第十四話[かんたろー](2010/08/12 03:25)
[14] 星は夢を見る必要はない第十五話[かんたろー](2010/09/04 04:26)
[15] 星は夢を見る必要はない第十六話[かんたろー](2010/09/28 02:41)
[16] 星は夢を見る必要はない第十七話[かんたろー](2010/10/21 15:56)
[17] 星は夢を見る必要はない第十八話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[18] 星は夢を見る必要はない第十九話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[19] 星は夢を見る必要はない第二十話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[20] 星は夢を見る必要はない第二十一話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[21] 星は夢を見る必要はない第二十二話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[22] 星は夢を見る必要はない第二十三話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[23] 星は夢を見る必要はない第二十四話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[24] 星は夢を見る必要はない第二十五話[かんたろー](2012/03/23 16:53)
[25] 星は夢を見る必要はない第二十六話[かんたろー](2012/03/23 17:18)
[26] 星は夢を見る必要はない第二十七話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[27] 星は夢を見る必要はない第二十八話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[28] 星は夢を見る必要はない第二十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[29] 星は夢を見る必要はない第三十話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[30] 星は夢を見る必要はない第三十一話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[31] 星は夢を見る必要はない第三十二話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[32] 星は夢を見る必要はない第三十三話[かんたろー](2011/03/15 02:07)
[33] 星は夢を見る必要はない第三十四話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[34] 星は夢を見る必要はない第三十五話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[35] 星は夢を見る必要はない第三十六話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[36] 星は夢を見る必要はない第三十七話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[37] 星は夢を見る必要はない第三十八話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[38] 星は夢を見る必要はない第三十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[39] 星は夢を見る必要はない第四十話[かんたろー](2011/05/21 01:00)
[40] 星は夢を見る必要はない第四十一話[かんたろー](2011/05/21 01:02)
[41] 星は夢を見る必要はない第四十二話[かんたろー](2011/06/05 00:55)
[42] 星は夢を見る必要はない第四十三話[かんたろー](2011/06/05 01:49)
[43] 星は夢を見る必要はない第四十四話[かんたろー](2011/06/16 23:53)
[44] 星は夢を見る必要はない第四十五話[かんたろー](2011/06/17 00:55)
[45] 星は夢を見る必要はない第四十六話[かんたろー](2011/07/04 14:24)
[46] 星は夢を見る必要はない第四十七話[かんたろー](2012/04/24 23:17)
[47] 星は夢を見る必要はない第四十八話[かんたろー](2012/01/11 01:33)
[48] 星は夢を見る必要はない第四十九話[かんたろー](2012/03/20 14:08)
[49] 星は夢を見る必要はない最終話[かんたろー](2012/04/18 02:09)
[50] あとがき[かんたろー](2012/04/28 03:03)
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[20619] 星は夢を見る必要はない第四十三話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/05 01:49
 齢を重ねた木々が所狭しと並んでいる。蒸し暑い昼下がりであるに、こうまで密集し、それぞれ同じ時を生きてきた老木の仲の良さを見せ付けられると些か気圧されてしまう。腕を組んだ屈強な男たちがスポーツよろしく横並びに突進してくる幻覚を見た。猛る叫び声は天まで響き、天まで届いているという事は然るに俺の耳には殊更鮮明にやかましく聞こえてしまう。
 人は蒸し暑い日には機嫌が悪くなる。これは至って常識的な事であって、人間ではない樹木の類にとってもそうだろう。いや俺よりも遥かに長い年月を生きてこの地に根を張っていた彼らは俺なんかよりもよっぽど老成した知識を備えているはずだ。つまり、俺に自分たちが密集している姿を晒しているのは確信的な悪事であると言える。もしかしたら、俺が幻覚を覚えている事さえ彼らからすれば計画の内なのかもしれない。ふふふ、考えてみれば楽しくなってきた。だってそうじゃないか、幾百年も生きてきた森が一丸となって俺に悪意を向けているなんて愉快痛快、腹を抱えて笑うしかない。
 さあ次はどうするのだ? 己が身を揺らし季節外れの花粉を撒き散らし俺の鼻腔や網膜によろしくない刺激を加えるのか? それとも大概の人間にとって、そう特に女性なんかは毛嫌いするであろう事から名づけられた毛虫を召喚するのか?(毛虫という名前の本当の由来なんぞ知らん。俺が今考えた。毛嫌いされるから毛虫、良いネーミングじゃないか。これが真実として何の不満があるのか。あっても聞く耳なんざもたねえ)万が一自分を縛る根を千切り俺に襲い掛かるというならば、俺も男だ。潔く貴様らと相撲でも取ろうじゃないか、この忌々しい熱気の中組んず解れつ互いの肉体を触りあいたまには愛が芽生えたりなんかしようじゃないか。さあ掛かって来い俺はここだ三百六十度前後左右上下もいれて三次元様々に俺を嬲ろうと虎視眈々に狙ってくるが良いわ!!


「クロノー? 顔が面白いことになってるよ、大丈夫? お水分けようか?」
「マールか。気をつけろ、この森に生息する木々は俺たち人間を嫌悪している。今にも襲い掛かってくるぞ決して気を抜くな、気を抜けば瞬きする間に涅槃に送り尚且つ俺たちの屍を玩び『今宵の晩餐は新鮮だー!』と涎を滴らせるに違いないんだ」
「……暑いもんねえ、今日は」


 マールは木陰に隠れて鼻と唇の間に溜まった汗を拭った。
 暑い? 馬鹿を言うなこれは暑いとは言わない。今ここでマールが言うべき言葉は「今日も地獄だねえ」か「今から空に浮かぶ不躾者を落としてくるね!」と正しく行雲流水に口にして言葉に違わず掌を人間撲滅の最筆頭に躍り出た燦々と光を阿呆丸出しに発しているサン、所謂太陽に向けて気功の波道を打ち俺たち、ちゅうか俺に快適な世界を提供すべきだ。王女だろうがお前。
 マールは俺の希望を素知らぬ顔で無視して、「はい」と顔だけは優しげに俺に水筒を手渡してくる。水? そんなもの今の俺に必要ない。必要なのはあの太陽に近づく術と近づいた後爆砕する方法である。それ以外の施しなんか一文にもならない、があげるといわれたものを無碍に断るのも無粋。俺はクールで悪くて良い男ではあるが無頼漢では無いのだ。意味も無く他人の好意を切り捨てる愚か者など全員滅びろ。それが今日の俺の信念。昨日は一日三善だった。一善目にして計画は頓挫した。何故なら暑すぎて自分の部屋を出る気になれなかったからだ。ちなみに最初の一善は食事を運んできた給仕の女性に御礼を言ったこと。礼儀を忘れない俺の行いは善と言う外無い。身を挺して戦争に赴きゲリラ戦に巻き込まれた一組の家族の為、自分の命を捨てる事と同位である尊き行いだったな。神や仏はこの世にいないがもしいたら俺に師事を願いに裸足でやって来るだろう。ああ、水分が足りないせいか頭が痛い。水筒に入っていた微量の水じゃあなんの解決にもならん。


「ああ、マール。俺はもう駄目かもしらん。幻覚が見えてしまう。マールの姿が天女に見える。もしかしたら、国の王女とは仮の姿でお前は天女なのか?」マールの背中から純白の翼か、はたまた透明の衣が見えた俺は思わず声に出して聞いてみた。すると彼女は一度考え込んだ後、胸を張って(底上げを止めたルッカ程ではないが、なんともなだらかな、丘ともいえない些細な盛り上がりだった)言った。
「良く気付いたね! 実は私は天空から舞い降りた」
「ああ暑い。暑すぎて吐き気がしてきた。頭も重い。もう駄目だ城に戻る。オレ、モウイエデナイ」
「せめて最後まで聞くのが道理でしょうに。ああもう、駄目だよクロノ! そんな風に城に引きこもってからもう一週間だよ!? 全然時の最果てにも帰ってないし、皆に文句言われてるんだから! ていうかガルディア城はクロノの家じゃないし!」


 ぐるりと行き先を変える俺にマールがびっ、と連絡機を突きつけた。時の最果てにてハッシュから貰った物だ。ぎゃあぎゃあと、カエルとロボが叫んでいる声が洩れてくる。いつのまにか、あいつらも時の最果てに戻っていたのか。口々に遅すぎるという内容の雑言を発していた。言わせて貰うならば、なんて品の無い。世界を救う事を目的としている俺たちクロノメンバーの一員としての誇りは無いものか。連絡機をマールから受け取り、俺たち、というか俺に聞くに堪えない悪口を叫んでいる二人に言ってやった。


「黙れちんかす。俺は田舎に住んでた引きこもり蛙や日光に当たり肌が変色しようとも気にしないお子様と違ってシティボーイなんだ。俺は大抵の事は我慢できるが暑さと寒さと苦い事とか怖いこととか痛い事に緑黄色野菜全般と甘い物だけは我慢ならん。後厚着した女。付け加えるならこの糞暑いのに全裸どころか半裸にもならないサービス精神の欠けた王女」
「残念だね、私とクロノでは風習が違うみたい。私は羞恥心を備えてこの国に住んでたから。暑いんなら、クロノが半裸もしくは全裸になれば。サービス精神とやらを発揮して」
「黙れ恥女め。俺の体が目的とは知らなかった。夜に一人で俺の部屋を訪れなければその機会は無いと知れ」
「もう面倒臭いッ! 誰か来てクロノを引っ張って行ってよ!!」


 事もあろうに、マールの卑怯者は時の最果てより増援を要請し、俺は青筋を作った魔王に首から下を氷付けにされた挙句引き摺られながら現代を後にするという羽目になった。
 なんという暴挙、なんという卑劣な手段だ。王女の風上にも置かない。王女とは清廉潔白を地で行く心清らかな女性であるべきではないのか。自分に出来ぬことだからといって他力本願になるとは、仲間として、いやいや同じ人間として頭が痛い。でもいいや、涼しいから。この夏のファッションは氷付けで決まり!
 口笛を吹きながら引き摺られる俺を何故か憎憎しげに見つめながら顔を赤くしている魔王とマールの三人でシルバードに乗り込み、颯爽と現代に別れを告げた。
 時の最果てに戻った後、俺が放った言葉は一つ。眼鏡を掛けた幼馴染に腰を低くして言う。


「寒すぎる。解凍してくれ」
「あんたねえ……魔王に頼めば?」額に手を当てて顔を顰めるルッカに俺はまだ諦めず頼み込む。「魔王も火炎魔法は使えるけど、あいつまだ怒ってるから絶対溶かしてくれないだろ」
「まあそうかもね。ったく、世話焼かせるんじゃないわよ」


 俺に火傷させないよう絶妙な加減で火炎を作り出し俺の体を覆う氷を溶かしてくれる。「サンキュウ」と聴く者をうっとりと陶酔させる俺の発音を聞いたルッカはあっちに行けと言わんばかりに手を振った。これだから学者肌の人間はつまらない。
 溜息を吐いて時の最果てに集うメンバーを見渡した。各々困ったように笑う者、目を怒らせているもの、呆れている者と(最初と最後の反応以外は複数である。つうかエイラとルッカ)様々に分かれているが、とりあえず俺の言葉を待っているようだ。
 ……これ以上遊んでられないって顔だな。まだもう少し英気を養っても良いと思うんだが。
 仕方ないか、最悪作戦会議だけでも立てておかないと、特に魔王がキレそうだ。この中で一番齢を喰っているだろう(ロボという例外を除き)魔王が一番怒りんぼってどういう事だ。若者過ぎる。


「さてと、それじゃあこれからの方針について話そうかね」
「随分とのんびりした作戦会議だがな」
「こらそこ。文句ばっかり言ってるとそののんびりした会議がさらに遅れるぞ」ふん、と魔王がそっぽを向いた。やれやれ、開いた扉がまた少し閉じたようだ。それもまた人によっては愛らしいのかもしらんが。
「とにかく、ハッシュの助言は全てクリアした……だよな?」視線をルッカに送ると、彼女は頷いた。
「中世の女性の心で蘇る森。これは私とエイラとロボで終わらせたわ。ほとんどロボのお陰だけどね。中世で逃げた魔王配下三悪も……」指折り数えていたルッカが魔王に視線を飛ばす。魔王は「私が終わらせた。次だ」と言ってまた目を閉じた。
「それで二つ。未来にて機械の生まれた故郷もロボが達成したし……こうして纏めてみるとロボ大活躍ね。原始より陽の光を集める石は太陽石の事。私とエイラとマールが見つけ出したわ。中世から現代まで彷徨う騎士の魂……カエルが終わらせたんだって?」
「ああ」短く答えて、カエルが己の剣を撫でた。その顔には自信が溢れている。かなり鍛えてきたらしいな、戦闘が楽しみである。
「そして、中世の虹色に輝く物はマールとクロノが見つけてきた……あんたたち、仲良いわねえ。一週間以上二人で行動してたんでしょう?」
「茶化すなよルッカ……つっても、俺はほとんど何もしてないけどな。そもそも俺は色んな奴のサポートしてたくらいで、これだ! っていう活躍はしてねえのか」
「これから頑張りなさいな。で、私たちのパワーアップは全てこなした訳だけど……各々成果はあったかしら?」


 全員がそれぞれの顔を見る。その顔には確かな自信が生まれている。俺はもう行ける、お前らもそうだろう? と問いかけるようだ。魔王はいつものように暗く澱んだ瞳を、しかしその中に光り輝く生きる意思のようなものが見える。カエルも、いつもの威風堂々とした空気に混ざっていた何処か迷っている気配が消え、剣士として何かを得たようだ。ロボからは幼さが鳴りを潜め、確固たる個が作られていた。マールは目立った変化は無い、が彼女がガルディアの事件でさらに強くなった事を俺は知っている。


「私は太陽石を加工して、新装備を作ったわよ。威力は……まあ見てのお楽しみかしら」


 ルッカが腰に付けていた銃を取り出し果ての無い空に向けた。ハッシュの助言にあった太陽石をベースに作った武器となれば、並みの威力では無いだろう。元々頼もしい彼女がさらに強くなるとは、鬼に金棒だな。
 彼女の強気な表情に、俺も腰に付けた刀を触って、喉を鳴らした。
 これが新たな俺の相棒、虹。名前から予想できるよう、虹色の貝殻を削り作った刀だ。いくら俺でも、延々にぼーっ、と城に滞在していた訳ではない。兵士の武器の納入にてガルディア城を訪れていたボッシュに頼み込んで俺の武器を作ってもらっていたのだ。ボッシュはにか、と顔を緩ませて「御主等には借りがある」と笑い快く了承してくれた。
 忘れていたけれど、そういえば俺たちとボッシュはこの時代よりも前、古代にて一度対面しているんだな。今更過ぎて本当に忘れていた。借りというのは嘆きの山の一件のことか、もしくはサラの事か。後者は俺は助けだせなかったので、多分前者だろう。
 ともあれ、彼に作ってもらったこの虹は俺を守ってくれるだろう。一度切れ味を試す為に適当な岩に振り下ろしてみれば、バターの如く、いや流水のように切れてしまった。これは武器なのか兵器なのか。作った本人であるボッシュさえ冷や汗を流していたのは印象深い。同じ虹色の貝殻を削って作った鞘でないと、並の鞘ではこの刀を納めているだけで鞘を切ってしまうだろう。刀の概念を考えてしまうような代物である。
 だが、今から向うは人外魔境すら生温い世界の破壊者が待つ黒の夢。頼もしいとしか言いようが無い。


「あの……エイラ、何も、無い……」皆が戦気を高めている中、エイラだけがおずおずと手を伸ばし肩身狭そうに発言する。
「あ、そういえばエイラが主体となる助言は無かったな」


 それぞれ、己を高めたり迷いを振り払ったり武器を得たりとしたものの、彼女は誰かの手伝いをこなしたものの特に目立つ変化は無さそうだった。
 でも、多分それは。


「エイラの為さなきゃならないことは、全部原始で終わってるんじゃないか? 正直、エイラに迷いや戦いを前に決算しなきゃならない事柄が思いつかねえ、だってエイラは基本イオカ村の人のため、俺たちへの恩を返す為、なによりキーノの為っていう明確な目標があるし、ブレてもいない」
「く、クロ! キーノは、その……」キーノの為と言われたのが恥ずかしいのか、エイラが顔を落としながら真っ赤になり口篭った。
「……ああもう、可愛いったらねえな」


 これでキーノとエイラがくっ付かなかったら嘘だな。何よりも俺が報われん。結構マジに。
 纏めると、エイラに変化も強化も必要無いんだよな。格闘戦に持ち込めば、魔王やカエルすら倒せるだろうし。魔法が無ければ、だけれど。それでも距離さえ開かれなければ彼女の猛攻は止められない。足の速さも尋常じゃない彼女から距離を開ける方法も多くは無いし。いやいや冗談抜きにエイラ最強説は結構濃厚である。次点で魔王か? 前に俺とやった戦闘訓練は俺の奇襲勝ちみたいなもんだしなあ。
 ……まあ、気持ち的には、俺だって誰にも負けないつもりだけどさ。
 剣ではカエル、魔法の種類と戦闘経験では魔王、単純な魔力と機転ではルッカ、回復だけでなく遠距離近距離自在に戦える万能娘マール、素手で岩石も砕く格闘女王エイラ、鋼鉄の体で自在に飛びまわりレーザーで敵を穿つロボ。そこに俺が入ってもいいじゃないか、一般人に近い俺でも出来ることはいくらでもある。シャイニングが良い例だ。二発避けられれば終わりだけどさ。


「……準備は整ったようだな、あんたら」外灯にもたれて帽子を被り直したハッシュが声を掛ける。
「ああ、あんたのお陰だハッシュ。俺たちはきっと、強くなった」焼け石かもしれないけどな、と加えると、彼はゆっくり頭を左右に振った。
「あんたらは十全に強くなったさ。今のあんたらなら……もしかしたら」
「もしかしたら? 違うな御老人。俺たちは必ず勝つ、貴公も見守ってくれ」カエルがハッシュに近寄り手を差し出す。ハッシュは握手に応じて、にか、と笑った。彼にしては珍しく、分かり易い笑顔だった。「頼もしい事だ。本来女性である貴方に言うのもおかしな話だが、貴君たちの勝利を願う」帽子を外し、ぺこと御辞儀をした。






 さあ! 出発だ!
 俺たちは意気揚々に足取りを揃えてシルバードに乗り込み、黒の夢へと……行かない。






「……それは何故だ? 場合によっては貴様を分割し魔物どもの餌にしてくれよう」
「そう怒るなよ魔王。言わずと知れた最終決戦だぜ? 一日くらい自由時間があって良いだろうが。皆にさ」
「貴様は十二分に自由な時間を浪費したではないか」魔王の指が俺の首に迫る。皮の手袋特有のびたびたした触感を感じる。
「俺にはあった。でも皆には無かったろ? ……最後なんだ、皆で飲みにでも行かないか? ほら、ちょっとした幻想記物語なんかでは、最後の敵の本拠地に乗り込む前に英気を養ったりするだろ? ……っと、ここ以外の時代の居酒屋には、皆で行けないだよな」


 そう、思い返せばこのメンバー全員で酒を酌み交わした事は無い。同じ時代に集まる事は出来ない、それは知っている。ならせめて各々の時代にて食べ物なんかをここに持ち込みここで宴会に耽るのも悪くないじゃないか。
 我ながら素晴らしいアイデアを提案した所、魔王を除く全員は乗り気であった。エイラは原始から岩石クラッシュを持ってくると、自分は飲めないくせに胸を張り、カエルは家から干物を持って来るとはりきっていた。彼女にしては珍しい、砕けた態度にサイラスと過ごした時間は無駄ではなかったのだな、と認識する。


「もう良い、貴様らで勝手に準備しろ。私は何もせんがな!」ぷいと顔を背けて光の柱に入る魔王を全員で見送る。その態度にカエルが「つまらん奴だ」と吐き捨てたが、俺とマールの考えは違う。彼女と顔を合わせて予想を出し合った。
「珍しいつまみか酒を持ってくるに千G」
「じゃあ私はそれに追加で『よくもそのような低俗な酒を飲んでいられる。嗜むならこの程度は準備しておけ』的な事を言うに二千G」
「くそっ、俺より付き合いの長いだけはある。魔王の言いそうな言葉を的確にチョイスしやがって」マールはふふふ、と自慢げに笑っている。
「あんたにしては、悪くない考えかもね。折角だし私はトルースの地酒でも買ってくるわ。あんたはお酒を飲まないロボとエイラの為に他の飲み物を買ってきなさいな。マールとロボはそうね……こんな殺風景な場所で宴会ってのも興ざめだし、適当に飾りつけでもしておいてくれる?」


 時の最果てをこんな呼ばわりされてハッシュが何か言いたげに口をもごもごさせていたが、マールとロボの元気の良い返事にタイミングを失い項垂れてしまう。あんたも一緒に飲むんだから、そう落ち込むなよ爺さん。
 ……どうせだ。あの人も呼んでやるか。
 思いついた案を実行すべく、俺はシルバードを貸してもらって良いか? と皆に聞く。後で俺を運んでくれよ、というカエルに頷いて桟橋へと走った。
 さあ、楽しもうじゃないか。明日も来年も地平線と同じよう何処までも続いていくであろう、普通の晩餐を皆で。






 全員の準備が整うのに二時間。晩餐というにはあまりに早い時刻からの開始である。現代での時間は、今は昼を回り一番の猛暑となるあたりか。体面を気にしないなら長く楽しめる分不満は無いけども。時の最果てに太陽が昇っていないのが幸いだ、お日様の下酩酊するのは避けたいところである。
 さて、現在は乾杯の音頭を取ってさらに二時間というところか。既にエイラは酒気のみで酔っ払い、目を重たそうにしてむうむうと唸っている。彼女に何か言うべきことがあるとするならば、飼っていいだろうかこの娘。一々言動が俺の燃え滾る衝動を刺激して止まない。もっと自分の気持ちを露呈するならば触りたい抱きしめたいを超えて舐めたいという人に言えば憚られそうな欲求という名の悪魔が俺の頭で魍魎跋扈している。討伐隊はまだか、すでに理性地帯の五分の二が焼け野原だぞ!
 ルッカは岩石クラッシュの飲みすぎか、良く分からん数式を石畳に刻みクククと笑っている。時折聞こえる「反陽子」という呟きは何を意味するのか。
 マールも皆と騒いでいる時間が楽しくて仕方が無いと皆を牽引するように人一倍はしゃいでいる。彼女が酒に酔うとは信じがたいので、雰囲気に酔っているのかもしれない。それもまた、可愛らしくはある。嫌がるロボをひん剥こうとするのは頂けないが。いやあれって素面じゃないか? っていうか計画的?
 その光景を見ながら、慈しむように目を細めているのがカエル。彼女は珍しい酒が気に入ったのか、早いペースではないもののじっくりと酒を嗜むのを止めない。マールの作り出した即席ロックアイスを鳴らしながら喉を潤している。彼女が気付いているのかいないのか、熱っぽい息を吐きながらカエルを御満悦にさせている酒を持ってきたのは魔王である。ちなみに、俺とマールの賭けはマールに軍配が上がった。二千Gなんて持ってねえよチクショウ!
 その喧騒を一人離れて見守っているのは魔王である。自身が持ち寄ってきた酒をちびちびやりながら、見逃しそうなくらい、正に一瞬と言える時間頬が緩むのを俺は見逃さない。同じ人間とこうして飲むのは久しぶり……というか初めてなんじゃないか? 楽しんでくれているなら発案した俺としても嬉しい。
 さて、残る人間は二人。一人は時の賢者ハッシュ、そして俺がここに連れてきた元古代の賢者である……


「まさか、お前にまた会えるとはな。クロノたちに感謝せねばならんか?」
「そうだろうなあ、時の巡り会わせとは分からぬものだ……お前と飲むのは何十年振りか。と言っても私とお前では過ごしてきた時の流れが違うがな、ボッシュ」


 そう、命の賢者たるボッシュを現代から呼び出しシルバードでここに呼んだのだ。シルバードを見たときのボッシュは「ほおおええええ!?」と仰天していたが、今はこの落ち着きよう。大人というべきか大人の癖に変な驚き方をするなと蔑めばいいのか。曖昧なところである。
 魔王の観察を一時中断して、二人の会話に入る事にする。「どうかな、二人には会わせておきたいと思ってたんだ」
 ハッシュとボッシュは二人して髭を揺らし、頭を下げた。


「止めてくれよ、目上の人間に頭を下げられるのは気が引ける」
「ほほ、初めて会ったとき私を変質者呼ばわりしたというのに、なんと謙虚なことかな」老人特有のしゃがれた笑い声を洩らすハッシュにいらっ、と来たのでわざと挑発するような言葉を選んでみた。
「仕方ないだろ、ぱっと見、あんたそういう類の危ない人間にしか見えないし」
「……謙虚というのは取りやめよう。あんたはあまり変わらんなあ」引きつった顔で、やっぱり笑うあんたは結構変わったように思えるね。
「しかし、ここは時の最果てか? ハッシュの理論は正しかったのだな、莫大な時の流れに取り残された空間が存在するという。出鱈目な理論だとガッシュは譲らんかったが……」ボッシュが遠い目をして言うので、ハッシュもまた同じように何処を見ているのか分からない悲しげな瞳を作り何も無い空を見た。
「そうだな……今奴に会えば、そら見たことか! と大笑い出切るのだが……」
「あいつは今何処に? 生きているのか?」ハッシュはかぶりを振って、消沈した声を出す。「奴は未来のA.D.2300年にて死んだ。記憶を他の生物に移し変えて、仮初の体を保ってはいたが、それも機能を停止させている。私とお前ならば無理やり起こす事もできようが……奴は休息を望んでいた。起こしてやるのも無粋だろう」
「……そうか」


 ボッシュの気落ちした雰囲気に、俺は新しい酒を提供して背中を叩いた。「その人に俺は会って無いけど、ガッシュさんがいなければ俺はここにいない。本当に、凄い人だったんだな」
 無理やりではなく、自然に浮かんだ言葉を呟くと、二人は自分の事を言われたように笑った。ハッシュが言う。「おまえさんが生きていることが、あいつの生きた証だ。大事にしなさい」
 それに「当たり前だ」と告げて、自分の酒を取りに戻る。
 時々マールが絡みに来る以外、静かに酒を飲めた。結局騒ぎまくったのは最初の一時間くらいか。その短い時間で気力を使い果たせるほど楽しめるってのは、出来すぎた仲間だって事なんだろうな。
 エイラは事切れて寝息を立てているし、ルッカも同じ。マールも疲れたのか二人の間で寄り添うように横たわっている。起きているのは俺と賢者二人組みに魔王とカエルにロボ。ロボは乱れた服を調えながら荒く息をついている。一線は守ったのか? と問うとロボは肩で息をしながら「あははは……」と笑うのみだった。大丈夫だったんだと勝手に思っておこう。でないとなんだかぎくしゃくしそうだ。マジで。


「そういえば、スペッキオはいないのか? あいつもいるなら同席したら良いのに」ハッシュにここにはいない獣饅頭の名前を出す。
「あいつは酒を好まんからな。むしろあの部屋の中であんたらの楽しそうな声を聞いているのが最上なんだろうさ」
「友達のいなさそうな奴だなあ」


 本人が良いなら別に構やしないけどさ。
 浮かしかけた腰をどっしりと下ろし、空になった瓶を適当に置いて新しいコルクを抜き始める。にしても流石元王子。魔王の選んだ酒は流れ込むように飲めるし、上手い。芳醇な香りに味もさっぱりとして、明日に響かない味で安心して飲み続けていられる。同じ王族のマールとはえらい違いだ。味覚ってのは立場が同じでも才能によるんだなあ。哀れマール。
 コルクスクリューを回しながら世の不条理を嘆いていると、ロボが歩み寄ってくる。おいおい親役のルッカやマールが潰れたからって酒を飲もうってのか? いかんいかん未少年(見た目は)がそんなものに興味を持つでない。大人の階段をエレベーターで昇っても良いことなんか無いんだぞ。出来る事からこつこつと積み上げて初めて人間は熟成していくんだ。アンドロイドだからとかそんな詭弁は聞かん。


「ねえクロノさん」
「駄目だ、この酒は皆に人気でもうこれしか残って無いんだ。どうしても分けて欲しかったら魔王に買出しを頼め」カエルやルッカがばかすか魔王の持ってきた酒を飲むからほとんど味わってないんだぞ俺は。
「私に買出しを頼むなど、貴様は死にたいようだな」
「頼めば行ってくれるだろ? 魔王は」
「ふざけるな下郎。私は行かぬ。そもそも貴様酒を飲んで良い年齢なのか? そうだとしても、そろそろ飲みすぎだ、その辺にしておけ」
「くそ、思ってた方向と違うデレ方だったぜ」
「あの、話聞いてくれませんか?」


 小さくなりながら俺の袖を引っ張るので、仕方なくコルクを引き抜く前に向き合ってやる。「それで? 何の用だよ」
 ロボははい、と前置いて「良ければ、これから僕と模擬戦闘をしてくれませんか?」とのたまってきた。はいはいコルクを引き抜く作業に戻りましょう。マジ固いこれ。いっそ飲み口を切り落とした方がいいかもしらん。


「ちゃんと聞いてくださいよう」
「やかましクソガキ」あ、なんか良い感じのフレーズになった。「ただでさえ馬鹿げた提案である上に、酔った俺相手になんちゅうことを言い出す。なんだ、酔った俺相手に何をするつもりだ? 正直に言え、場合によっては新しい武器の試し切り第二号にしてやる」一号は前述したとおり岩である。
「体内のアルコール洗浄なら僕のケアルビームで補えます。それに、遊びで提案したわけじゃないですよ僕」
「お前もあの回復光線をケアルビームと認めるんだな。なんちゃらエンジェルスパーキングとか抜かさんようになったのは高評価だ」
「聞いて下さいってばあ」


 ぺたぺたぺたぺた小動物よろしく俺にへばりついてくるロボが鬱陶しい。夏場に大量発生するやぶ蚊の如しだ。あと胸を触るな、背徳な気分になるじゃないか。お前は最後になっても妙な色香で俺を惑わせる奴だな。
 前後左右から「ねえねえねえねえ」と張り付くロボに見かねたのか、カエルが「その辺にしておけロボ」と待ったをかけてくれる。一皮剥けたじゃないかカエル。なんだか女性の姿に戻っても男らしいぞ。


「クロノと勝負するのは俺だと前々からの約束だ。故に今から模擬戦闘をするのは俺であるべきだ」
「テメエが俺の期待を裏切るのは何か? 世界からの盟約か何かを交わしたからなのか?」


 多少の修行では人格に変性を及ぼさないらしい。今度論文にしてみようか、きっと拍手喝采とともに退場願われること請け合いである。警備員に連れ出される俺のみすぼらしい事。


「もう良いや面倒臭い……おいロボ、お前と手合わせした事は一度も無かったな、どうしてもってんなら相手してやる」俺の諦めを大量に押し込んだ言葉を聞いて、項垂れた俺とは対照的に「本当ですか!?」と顔を輝かせるロボ。こいつ以外には、ルッカを覗けば全員と戦い合っていることを考えれば一度くらいは付き合ってやっても良いだろう。
「おいクロノ、俺との勝負はどうするのだ」
「お前とは一度戦っただろ? 魔王城に行く前の話だよ覚えてるだろ? だから無し」
「あの時は俺は魔法の存在を知らなかった! あれは取り消しだ!」
「じゃあティラン城での戦い。あの時お前は魔法を知ってただろ。二度も負けたんだ、潔くなれよ」
「あれは、俺が人間に戻って慣れていなかったからに過ぎん!」
「うるさいなあ、とにかくお前とのリターンマッチは無しだ。機会があれば今度設けてやるよ」


 絶対だからな! と叫ぶカエルを無視して、俺とロボはスペッキオの部屋に入る。中にいるスペッキオに「ここで修行しても良いか?」と許可を求め、「好きにしていいぞ、俺寛大!」との言葉を得る。
 何故だかカエルと魔王もついてきたが、観客がいるのもまあいいさ。どれくらい俺が強くなったのか、二人の評価を聞いてみたい所でもあるし。魔王にはきっちり見せたからあまり意味は無いけれど。
 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、準備体操代わりに体を動かすロボを凝視する。その外見とは裏腹にロボは決して油断ならない戦士である。未来にて記憶を呼び起こされた時から自分の戦い方を思い出したと彼は言っていた。出会ったときから規格外の強さを有していたロボの強化とはいかなるものか、想像するのは難しい。


「そうだ。先に酔いを覚ましてあげますね」
「良いよ別に。少しづつ時間を掛けて飲んでたから、そんなに酔ってねえし」
「じゃあ、さっきの酔ってるからって断り文句は嘘だったんですか?」ロボが顔を顰める。「嘘とは人聞きが悪い、方便と言ってくれ」
「……良いんですけどね」
「むしろ聞きたいんだがなあ、何で今更俺と模擬戦闘なんだよ」
「今だからこそですよ。最終決戦を前に、口だけの人をリーダーに据え置くのは自殺行為ですしね」にやりと口元を歪めてロボは言う。
「なるほど、それはつまり、俺を低く見てると思って良いのか」


 手首を揺らし、掌からレーザー放出口を出して調節しながら「ご自由にどうぞ」とのたまうロボのなんと憎らしい事か。
 挑発とでも思っているのだろうか。いやはや、口が達者になるというのは良いことばかりではないという真理を教え込んでやるべきかしらん。その上で叩きのめしてやるべきだと脳内の俺が国会よろしく騒ぎ立てている。賛成票二百九十九、反対一票。たった一人悠然と反対の意を示した俺は危ない性癖を持っている俺に違いない。後に削除決定。判決は揺るがん。


「久しぶりにぎゃあぎゃあ泣き喚かせてやるよクソガキ」


 尻の拭き方を思い出しただけで子供に侮られるのは侮蔑よりも甚だ癪に障るものなのだ。
 ロボの両腕が腰に当たり、俺を目標に構える。刀を出すまでも無い、子供とのじゃれ合いに刃物は不要である。飛んでくる拳を叩き落とし前進、近寄って踵を落としてやれば全部終わるだろう。
 ──と上手く行けば俺の流れるような動作に黄色い歓声がそこかしこから生まれるのだろうが、事実はそう上手く進まない。ふんぞり返ってロボのロケットパンチを顔面に喰らいながらよろよろとふらつく俺の脇腹に容赦無い左手のロケットパンチがめり込んで、「おぼろっ!」というかくもふざけた呻き声を上げることになろうとは。今現在の俺は床に這い蹲り嘔吐感と聖戦とも言うべき切った張ったの名勝負を繰り広げている最中である。敵軍、優勢。


「クロノさん、ふざけてますよね? 馬鹿にしてますか僕を」
「こ、この痛みに悶える俺に不信感を抱けるならお前は立派な悪党だな」


 発射された腕を回収することなくロボが一足に俺へと駆け寄り、俺の頭を踏み潰そうと足を落とす。無様にごろごろと転がって避けるも、奴は執拗に俺を追い縋る。何だって言うんだ、俺がお前に何をしたっちゅうんだ。やはり今までの恨みつらみをこの場で回収しようという腹か? なんて陰湿な性格なのか。脳内にて唯一反対を示した俺ですら叩きのめすに賛成票を投じてきた。脳内会議員クロノ192番は泣きながら「あんな事する子じゃ無かったのに……」と悲声を上げている。モザイク不可!


「いい加減にしやがれ、俺は温厚じゃねえんだ!!」


 這い蹲ったまま左手を突きつけて直線に雷撃を放つ。ムササビのように広がる雷の翼はクラッカーを思い出す。至近距離からのこの一撃は必中を誇れる自信がある。
 案の定、バリバリと耳を覆いたくなる稲光はロボの体に満遍なく食いつき、貪った。


「とまあ、それがクロノさんの予想なんでしょうけどね」
「……にゃろう、味な真似を」


 今度は正史。俺の集束型サンダガはロボの手首から先が無い左手の中に集められ、姿を消していく。口から蒸気を吐きながら俺を見下しているロボの顔はどこか満足そうだった。吸収とか言うなよ絶対言うなよ!


「電力を用いて動く僕に雷撃が通用する訳無いんですよ、低機能のロボットならともかく、僕は世界に二体しかいないアンドロイドですよ? 電力吸収なんて、息を吸うよりも容易い」
「一家に一台ってあだ名をつけてやりたいぜロボよ」憎しみ満載、牙を出すような気持ちで口を開いた。
「軽口叩いても状況は変わりませんよ、クロノさん」
「上等だ、修理は後でルッカに頼むんだな!」


 床に手をついて、飛び起きる。腰に差してあった刀に手を伸ばし、躊躇無く抜き払う。虹色に輝く刀が電光に照らされその美しさを見せ付ける。
 万里に切れぬ物無し、空に掛かる虹の欠片、果ては落雷隕石に及ぶまでありとあらゆる形あるものを斬る、名刀虹。ちゃちな拳なんぞ触れるだけで切り捨てる!


「俺に抜かせたのは誇れよ、動く相手にこれを使うのは初めて──」俺の前口上の最中だというに、ロボは背中を丸めて素早く接近してくる。顎に一発掌低、おまけに膝を俺の腹にぶち込んでフィニッシュである。
「凄い刀であるのは認めます。でも僕に当たらないなら意味は無いですよ」
「ど……道理だ、げほっ!!」崩れ落ちる俺の哀れな事といったら無い。刀を支えに立ち上がる俺の頑張りやさんぶりったら全国民が座席を立って感涙に咽び泣くこと請け合い。
「いくら模擬とは言っても、戦いです。訓練だからとて手を抜かれては意味が無いですよ」


 俺にこれだけの暴虐を働いておきながら、ロボは膨れっ面になりながら不満を垂れ流した。自分の腕をのらくらと回収して接合する彼に俺は戦慄を覚えざるを得まい。なんだその、覚悟を決めて口に入れたらそれ程苦くなかった事で、目の前のピーマンを馬鹿にするみたいな行動。俺はトウガラシの栽培変種じゃねえ。
 さて……どうする俺? 俺の得意魔術を吸収するということで、サンダーサンダガ両共に通用しないのは確かである。シャイニングすら効かないとは思いたくないが……あまり試したくない。もし軽々吸収されたら俺の立つ瀬が無いからだ。連鎖的に魔王の立つ瀬も無い。刀を振り合うにも、ロボのスピードに俺がついていけるかどうか。トランスを用いれば可能性はあるだろうが、あれもそう多用は出来ない。
 ……シャイニングしかないか? いやあれもそう命中率に信頼が置けるかどうかと言われれば首を傾げるが。当たるか? 範囲を広めれば当たるかも知らんが下手をすればロボを完全に電気分解してしまう。手加減が難しいのだ。であれば可能性がまだあるトランスに頼るしかない。


「……トランス!」


 体中に微細な電流が流れ込む。無理やりに刺激され呼び起こされる筋肉が暴れ出す。古い水道管に水が流れた事で錆の類が浮き出てくるのだ。その痛みは慣れるものではない、体の中にいる不可思議な生き物が暴れ出すような感覚が痛覚を覚醒させる。
 痛みによって吐き出される嘆きを溜息に変えて、腹の底に力を入れる。刀の柄がみし、と音を立てているのを耳でなく掌で感じる。全てが鋭敏になっていく四肢は俺の物であってそうではない。
 ぎゅる、と靴を床と摩擦させながらロボに切りかかる。どの道この程度じゃあ避けられるんだ、遠慮は必要ない。


「っ!」


 咄嗟にしゃがみ俺の刀を避けるロボ、逆立ちの要領で俺に蹴りを放つ。空いている左手でそれらを捌き、もう一度刀を、今度は縦に振り下ろした。
 これをロボは受け止める事無く、胸部からレーザーを放ち俺に攻撃を中断させる。落とす刀を翻し体を後ろに傾けて回避した。俺の前髪を焦がして部屋の壁を焼く光線に舌打ちして、ロボから三歩分距離を取る。ロボもまた、俺と同じく三歩分の距離を置いている。合わせて六歩、五メートル弱の空間が俺とロボを隔てていた。
 こつこつと床を爪先で叩いてから、もう一度ロボが突進。間も無く俺の胸倉を掴み鳩尾に左の拳が刺さった。それは、俺の頭突きが炸裂するのと同時であった。目から火花を飛ばしながらふらつくロボに、きりきりとした痛みから背中を丸めたい衝動に打ち勝ち刀をロボの首に突きつける。勿論、逆刃だが。
 ぬめる刃に気付いたロボが小さく「あっ!」と溢した後、むうう、と目を開き両手を上げたのはすぐの事であった。


「僕の負けです。でも僕が加速装置を使ってたら負けなかった」
「お前加速せずにあのスピードなのかよ、世の中馬鹿げてる!」刀を鞘に戻しながら嘆いた。
「まあ、最後は使いましたけど。ううう、痛みに弱いってのは駄目ですよね、ああいう時に酷い隙が出来ちゃうや」
「確かに、頭突きの一発でああも乱れるとは思って無かったよ。次はそういう所に気をつけろ」
「そんな事言って、クロノさん途中までボロボロだったくせにー! 最後だけじゃないですかあ優勢になったの!」


 負けた事が悔しいのだろう、ロボがばたばたと暴れて喚く。まあまあと頭を撫でてやれば少し落ち着いたが、こちらを睨むのは止めない。その子供らしい駄々に笑ってしまったのが良くなかったらしい、「もう一回やりましょうよお!」と声を荒げる。当然俺の答えは「嫌だ」だ。これ以上殴られるのも髪を焦がされるのも御免こうむる。これ以上髪に被害を与えては後々の将来泣きを見る羽目になりそうだ。
 河豚の腹のように頬を膨らませる姿は中々赴き深い上俺の優越感をこの上なく満たしてくれるが、これ以上ロボの我侭を聞くつもりも無いし、部屋を出る。早足だった訳はカエルが目をぎらぎらと輝かせて「俺とも戦え!」と訴えていたからだ。絶対嫌だ、昔のカエルならともかく、今の吹っ切れた様子のあいつと手合わせするのは何があっても避ける。奇跡が起きて、下手に勝っても面倒そうだ。
 部屋の外には、年甲斐も無く飲みすぎたのかぐっすりと寝入っているハッシュとボッシュ。これで起きているのは俺、魔王、カエル、ロボになったわけか。


「むうう……負けた。むうう……!」いや、ロボはそろそろおねむの時間か。悔しいという感情がある為に起きてはいるが、そろそろ辛そうである。沢山食べてたくさん飲んでたくさん動けば眠くなるのは子供大人関係無いのだが、やはりこいつの場合眠そうにしているとそういう幼さが際立つ。
「もう寝ろロボ、お前も疲れたろ、俺との手合わせでっていうか、マールから逃げるのに」


 背中を押して、横にしてやる。いつまでも唸っていたが、暫くせぬ内にすうすうと寝息が聞こえてきたのでカエルと二人小さく笑う。魔王はつまらなそうに見ていたが、どこから出したのか小さなタオルケットを乱暴にロボに掛けていた。あかん、もうキュンキュンするわこいつの行動。もう絶対こいつ良いお父さんになるわ。


「疲れたな……」外灯に持たれて一息つく。時間的にはそう長くは無かったのだろうが、気を張り詰めている時間とは濃密に感じられる。
「随分楽しそうに見えたがな、勘違いか?」誰かの飲みかけだろう酒を煽って、カエルが俺に話しかける。嫌味か? お前の相手をしなかったから、とかならば不機嫌になるぞ。それ以上は何も出来ないけど。
「子供のお遊びに付き合うのが楽しい程俺は出来た人間じゃねえさ」
「遊びか」
「遊びだ」


 それにしてもまだ飲むのかこいつ。ざる認定して間違いは無いだろうな、うわばみと言っても良いが、元カエルのこいつに蛇とは中々面白い。いや元が人間なんだっけか。
 しかし、こうしてみると中々にこいつも綺麗な顔立ちをしている。勇ましいのは確かだが、美しいや可愛いではなく麗しいといった表現が良く似合う。剣士として戦い抜いてきたからか、細く相手を威圧させるような眼は人を惹き付けるだろう。
 ふと、こいつが剣士にならず極々平凡な村娘として生きていたらどうなっていたんだろうかと想像する。カエルがエプロンを付けて食事を用意して、風呂を沸かし畑か、もしくは店にでも働いて笑顔のまま「いらっしゃいませ」と客を案内する。同じように村人の男と結婚して「おかえりなさい貴方」と愛情溢れる態度でにこやかに迎え入れて夕食を頬張る、か。うわあ想像したくない。でも似合いそうな気がしないでも……無いでも無い。っていうか無い。


「そういえばさ、俺はお前をなんて呼べば良いんだ? このままカエルってのもおかしな話だろ? もうお前は人間の姿なんだから。グレンと呼ぶべきか?」
「別に、クロノが呼びたいように呼べば良いさ。カエルという名も気に入ってはいる」
「そうか……」


 たかだか呼び名ではあるが、気になってしまったのはしょうがない。一通り悩んでみるか。
 今更にカエルという呼び名を変えるのはおかしな話かもしれない、けれどいつまでもこいつの本名を呼んでやらないのは少々気後れする。こいつのカエルという名前はむしろ自嘲が含まれている気がするからだ。こいつは過去の弱かった自分を責めてカエルと名乗り出したのかもしれない、ならいつまでもカエルという名前を定着させるのは過去の失態をねちねちと責め立てている気がした。
 とはいえ、だ。俺が今まで共に戦ってきたのは過去のグレンではなく、カエルなのだ。蛙の姿のこいつと一緒に戦い、笑い合い、慰めてもらったり。仲間というよりも親友というような気持ちで接してきた、大切な人間だ。カエルと呼び続けるのも悪くない。
 無い頭でぐるぐると考え込み、出した結論は。


「じゃあ、これからもよろしくなグレン」カエルではなく、グレンは少し驚いたように腰を浮かして、酒を飲むのを止めた。
「そうか、クロノは呼び方を変えないと思っていたがな」
「幻滅したか?」


 グレンがそれは無い、と断言したので安心する。その程度で評価が下がるようなら一緒に旅なんかしてないか。
 グレンは、弱かったグレンを捨ててカエルを選んだ。そしてまた過去を捨てた自分を取り戻したのだ。ならグレンと堂々と名乗らせてやるのが筋ではないか、と俺は考えたのだ。
 と言えば聞こえは良いが、実際人前でカエルカエルと呼ぶのは、知らない人間からしたらおかしいだろうなあという単純な理由もある。むしろそれが大本を占めている。
 気付けば、魔王も己の外套に身を包み眠っているようだ。今起きているのは俺とグレンのみ、それを確認すると、なんだかこそばゆい気分になってしまった。このままでいるのも気恥ずかしいので、一つからかってやろうかとネタを探す。が、何でもない時にグレンを辱めるのは中々の難題であった。せめてこいつが何かボロを出してくれればな、と願ってしまう。


「おいクロノ」グレンが呼びかけてきて、俺はよし来た! と内心ガッツポーズを取る。
「黒の夢に行く時のメンバーだが……俺を入れてはくれんか?」
「へあ? ああ、何でだ?」到底揚げ足を取れる話題ではない事に落胆しながら、取り繕う。
「試したいのだ、自分の力を。それに、このまま戦いが終われば俺の腕をお前に碌に見せないままとなりそうだしな」


 なるほど、剣士としての自分を発揮したいと。サイラスさんにしごかれたのは間違いでは無かったようだ。さらに、俺の評価も変えたいと。確かにグレンの良い所を探しても、魔王城以降ほとんど無いしなあ。俺もこいつの力は見ておきたいと思っていたし、まあ良いだろう。同じ近接戦闘タイプを入れるべきだとは思っていた。
 ……ここで、俺は自分の考えに疑問を持った。ついでにグレンが俺にメンバーに入れてくれと頼んだ理由にも。


「ええと、俺が黒の夢に行くのは確定なのか?」
「む? お前は必ずそのメンバーに入るとばかり思っていたが……違うのか?」
「いや、行くつもりだったけどさ……ははは、そっか。変わったなあ俺も」
「?」


 最初は何処に行くにも俺は行きたくない、戦いたくないって腰が重かったというのに、今ではどんな所でも赴きたいと考えている。あの自他共に認める面倒臭がりが、偉い変わりようだ。そう考えると、この旅で一番得たものが大きいのは俺かもしれない。これだけ頼もしい仲間たちに出会えて、自分を少しでも良いように変えていける。悪くないものだ。
 特に、ルッカとマールには感謝しよう。彼女らがいなければ俺は時を越える事なんて出来なかったんだから。きっと平和で退屈な日常を謳歌していたに違いない。それはそれで素晴らしいものだったんだろうけど、今は、今の自分を幸福だと信じられる。自分を好きでいれる。


「妙な奴だな……まあいいさ。そろそろ眠るとしよう、明日は早いのだろう?」


 グレンがそう言って、マントを布団代わりに被り横になった。これで、起きているのは俺だけか。
 誰もが寝静まった今、一人起きて酒を飲むのはつまらない。俺もまた横になろうとして……その前に、一人の仲間に歩み寄った。起こさぬよう、慎重に。
 その人物の隣に座り、寝顔を見つめる。その安らかな寝顔を見ているうちに、酷く胸が痛み出した。恋じゃない、大体こいつは男なんだから。たまに忘れそうになるけども。
 出来るだけ優しい手つきで頭を撫でてやる。さらさらと流れる髪が手に絡みつき、何度か繰り返していると「ふむう……」と嬉しそうに顎を突き出した。気持ち良いのかな、なら良いけどな。


「……お前が言わないなら、俺も言わないよ、ロボ」


 座ったまま、暫く彼の寝顔を見つめていた。彼は俺の視線に気付く事無く、健やかな寝息を落とし、俺を安心させてくれる。
 どうか、もう少しだけこの時間が続いてくれと祈りながら、外灯の光を見上げた。






 後日、全員が目を覚まし、朝食を軽く取ってから俺は皆々を見回して今日のメンバーを発表する。黒の夢に入る最初のメンバーである。何度か交代するだろう旨を伝えてから、口を開いた。


「俺、グレン、そして……ルッカだ。異論は認めん」
「異論がある」魔王が一歩踏み出してこれ以上無い睨みっぷりを見せ付けてくれる。「駄目だ、魔王も必ず呼ぶから今は我慢しろ」
「そこの蛙はまあ、良しとしてやろう。だがそこの女が選ばれる理由は分からぬ。私の力を侮るというならば、貴様の弱さを露呈させてやっても良いぞ?」


 殺気をむんむん発露させる魔王を宥めるのには少々時間を要した。魔王沈静剤であるマールが頑張ってくれなければ暴れ出していたかもしれない。戦いの前に暴れる魔王を相手するなんて考えたくも無い、マールに感謝しておこう。
 ──正直な所、ルッカをメンバーに入れたのは、皆に説明した「魔力の強い遠隔攻撃が得意なメンバーが欲しかった」という理由は建前である。では他の理由があるのかと聞かれれば俺は「分からない」と答えるしかない。何故俺が彼女を黒の夢に連れて行かねばならないのか、ただそうしなければならないと思った。そんな出所の分からない気持ちでしかないのだ。
 無論、そんな事を馬鹿面下げて魔王に言えば今日の死傷者が一人になるだけ。笑えやしない。死に方に貴賎はなくともそれは避けたい。


「ルッカはそれで良いか?」
「私? 一応リーダーのあんたが決めたんだし文句は無いわ。戦うのを嫌がるってのも格好悪いしね」


 腕を伸ばしてもう片方の腕でさらに伸ばす。そんな柔軟を続けて、一区切りついたのか、彼女はシルバードへと歩いていった。「ほら、早く行くわよ」
 遅れてグレンと俺が乗り込み、残ったメンバーが見送る形となる。各々「頑張れ、クロ!」とか「いつでも交代して下さいね!」と送り出してくれた時、やっぱり仲間って良いなあと心底感じるのだった。後ろでやはり腑に落ちないのか不機嫌顔の魔王とそれを宥めているマールの姿にもそう感じてるよ? ほんと仲間って良いよね。早く出してくれルッカ、このままここにいたら魔王がまたプッツンするかもしらん。
 手早くエンジンを掛けて、ルッカがシルバードを時空空間に飛ばす。タイムテーブルを弄ろうとする彼女に、俺は疑問を飛ばした。


「そういえば、原始以外の全ての時代に黒の夢はあるよな? どの時代の黒の夢に行くんだ?」ルッカは呆れ眼で「はあ?」と呟いてから、
「古代よ。じゃないと、それより前の黒の夢……例えば、現代の黒の夢を破壊しても、中世や古代に黒の夢が残っちゃうでしょ? 黒の夢が存在する一番古い時代の古代で事を済ませれば、連鎖的に中世、現代、未来の黒の夢は消えるの。何度もあんなヤバそうな所に行きたくないわ」
「よく分からねーけど、まあ分かった」


 ルッカの言うことなら、間違いはないだろう。俺やグレンみたく知識が無い人間ではないのだから。小難しい話はパスである。平素、勉強とは無縁の生涯を送ってきたんだ、しょうがない。


「勝手に俺まで馬鹿と決め付けるな」グレンが気に入らないと言うように顔を歪めている。ははは、虚勢を張るなよ全く。
「じゃあ聞くけどな、お前三平方の定理を知ってるか?」当然俺は知らん。数学が算数に変わる頃諦めた思い出があるからな。グレンは唖然とした様子である、ふん、少々俺の教養が炸裂しすぎたようだ。名称を知っているだけで俺の賢さが天井知らずであると理解したようだな、難しい言葉を知ってる俺カッコイイ!「幾何学の定理の一つだろう?」
「グレン、知ってるか? 俺お前のそういう所嫌いなんだ」
「ならばお前は世の大半の人間を嫌わねばならんぞ」
「もう嫌、私あんたのそういう馬鹿な発言を聞くたびにあんたと幼馴染である事を悔やむわ」


 グレンに続きルッカにまで見下げられる。下手に半端な知識を披露すべきではない。真、教養とは諸刃の武器やでえ。
 何故こんな事で肩身を狭くせねばならんのか、何処かの偉い数学者だかを恨んでると、空が見え始める。どうやら古代に到着したらしい。まだ雪の残る地上を飛ぶ。白銀の世界の中、一つ黒々とした不気味な物体が浮遊していた。臓器の一つに似た造形は畏怖を刷り込ませる。いつ見てもそれは、不気味としか言いようの無い存在だった。
 ──黒の夢。本来あるべきではない海底神殿。ゆらゆらと揺れながら地上を監視しているようなそれに、シルバードを近づけた。間近で見ればその迫力は増す。ただの神殿でしかないはずなのに、生き物のような鼓動を感じる。錯覚だと分かっていても不愉快な気分は晴れはしない。爪先からぞくぞくと昇る悪寒を無視して、何処か着陸場所が無いか目を凝らした。
 そうして、付近を見回しても中に入れそうな部分は存在しない、場合によっては黒の夢上部に乗り移り、天井に穴を開けてやろうかと考えていると、楕円型の黒の夢前方部分から通路が延び始め、まるで艙口のようだった。ここに着陸しろというような、不可思議な行為に俺たちは顔を見合わせる。


「罠よね? どう考えても」ルッカが苦い顔で呟いた。
「だな、けどあそこ以外に入り口は無いぞ?」
「そうだけど……ええい、考えてても仕方ないか!」


 ハンドルを回し、左に滑るように下降する。流石と言おうか、ルッカは難なくシルバードを黒の夢前部に着陸させた。しかしエンジンは切らない。いきなり敵の襲撃があるかもしれないと、いつでも脱出できるようにしているのだ。タイムテーブルを回し時の最果てに針を当てている。一秒と掛からず俺たちは退避出来るのだ。
 そうして立て篭もるようにシルバードの中から降りないこと十分。なんらアクションは無い。先陣を切って、俺は一人機体を降りた。最悪、敵に襲われたら飛び降りるから、その時はシルバードでキャッチしてくれと言伝して。
 黒の夢に降り立つと、なんだか妙な感覚を覚えた。今自分がいる場所に自信が持てなくなるような気持ちの悪い感覚。床を歩くたび硬質的な音が鳴るのに、何故だか床の鉄板から熱を感じる。黒の夢は生きているようだ、とさっき考えた事を思い出し、その考えを発展させて、体温のようだとありえない想像をしてしまう。馬鹿げた妄想を振り払う為に、一際強く足を床に叩きつけた。
 歩いているうちに、目の前には入り口の扉がある。手を伸ばすと、扉は俺に触られるのを嫌がるみたく、左右に開いた。中には誰もおらず、魔物の気配も無い。ただ広い空間がそこにはあった。
 後ろを振り返り、ルッカとグレンに来ても大丈夫だと合図する。二人はさっと機体から降りて走り寄って来た。


「気味が悪いな、敵の本拠地から歓迎されるとは」
「歓迎ね、そうなると招き寄せるだけで終わるわけ無いわ。色んなエスコートを受けるわよ? それも、盛大に」グレンの例えに、ルッカは鼻で笑いながら皮肉めいた言葉を呟いた。
「考えてても仕方ないさ。元々決戦を覚悟してたんだ、ここで尻込みする訳にはいかねえだろ」


 そう言って、俺たちは扉の中に足を入れる。するとどうだろう、今までお入りくださいと自分から開いていた扉が乱暴な音を立てて閉じてしまう。当然俺たちは振り返るが、誰も閉じた人間、もしくは魔物の姿はいない。


「これはただの歓迎ではないな、修飾語の『熱烈な』をつけるべきだ」力を込めても開きはしない扉に苛立って、グレンは思い切り蹴った。扉は震える事さえしない。


 進むしかないこの状況に、俺は昔話の魔女の館に忍び込んだ姉妹の話を思い出していた。彼女らはとある理由から廃屋に迷い込み、探検と称して遊びまわる。しかし、幾許もせぬ内に廃屋を徘徊する魔女に見つかり、逃げ出そうとしても、入ってきた扉は愚か、窓も閉まっており、叩き割ろうとしても傷一つつかないのだ。魔女の魔法のせいだと気付いたときにはもう遅い。二人はいやらしく笑う魔女に食べられてしまう。子供の時分に読んだので、軽いトラウマものになったことを覚えている。
 その物語で言うならば……


「お前が魔女だ、ジール」


 後ろに立っていた、元人間である女性はにたあ、と口角を上げて「私は神だ、下賤の者よ」と声を上げた。


「っ!? 貴様が……!」居合いもかくやという素早さでグランドリオンを抜くグレンを止める。「無駄だ、あれは立体映像ってやつだ。未来のロボの故郷で見た」
 ジールは……いやジールの映像は俺たちを見下ろす為か、人間の腰ほどまでに浮いている。俺が映像であると見破ったことにまたも彼女は笑い、「ただの馬鹿では無いようだ、見破った所で意味は無いがなあ」とケタケタと喉を鳴らした。聞くだけで寒気がする、出来るならば今すぐにでも斬り倒したかった。
「とはいえ、所詮虫ケラか。永遠の命を手にした妾に挑むとは、気が狂うたとしか思えぬ。しかし感謝しよう、虫ケラども……いや、クロノよ」ジールは俺を名指しにして、両手を広げた。愉悦のみを顔に貼り付けて、いかれた瞳孔を開いて。
「夢見ておったぞ、貴様をもう一度バラバラにしてやることをなあ! 一度だけではない、幾度も生き返らせその度殺してやる! 何度も殺し何度も生かしそして殺す! どんな殺し方が良いかなあ、すり潰すか? 焼くか? 腐らせるか? 貴様の性器を切り取り咥えさせるのはどうだ? 過去の文献に載っておったのだ、腐りゆく己の性器が放つ毒に身悶えて死ぬ様は中々に絶景らしいぞ!? ハハハハハハ!!」
「御託は良いんだよ、気持ち悪い! そんなに俺の息子を拝みたいなら、化粧を落としてもう少し分相応な生き方になりやがれ!」
「ハハハハ!! 世界を統べる妾になんという暴言か! まあ良いだろうまあ良い。貴様に分相応な口の訊き方など望んではおらぬ。それよりも、妾とゲームをせぬか? とても楽しい遊びだ、お前ら屑にも分かる、単純な戯れである」


 既にジールとはまともな会話が交わせない。正常ではないのは見て分かる、だが内面はそれ以上に狂っている。目は何処を向いているのか分からず、絶えず体の何処かが痙攣している。麻薬を多量摂取した人間に良く似ている。女王たる威厳は微塵も無く、異常者の末路がそこにあった。
 そう、異常者。故に奴は、突拍子も無い事を突然に言い出す。


「なあ虫ケラ? ここは何だと思う? ……そう、黒の夢である。では黒の夢とは何だ? 一体どのような場所だか分かるか? 分かるまいなあ?」
「知ったことじゃないわよ、あんたの道楽で作られた、胸糞悪い玩具でしょ!」ルッカが敵意を露に噛み付いた。ジールは酷く出来の悪い演技で「おお怖い」と袖口を顎に当てていた。「黒の夢とは、ラヴォス神が妾に力を与えてくれる場所……だがそれと同じ程に素晴らしい力を秘めておる! ……黒の夢とは、時空を超えて、成り立っておるのじゃ」


 映像のくせに、ジールは愛おしそうに近くの壁を撫でて顔を付けた。三度接吻し、三度頬ずりする。そしてもう一度良人との別れ際のように接吻して、また俺たちの前に戻ってくる。
 ふざけた言動に怒りを納めきれなくなったのは、グレンだ。無駄と分かっていても、彼女はグランドリオンを振り下ろした。実体の無いジールをすり抜け、床に当たり火花を散らしても彼女は止まらない。「黙れ、貴様の悪行は知っている。俺には直接関係無くとも、世界を破滅させる貴様を見逃すわけにはいかん、何より……その見下しきった目を止めろ、不愉快だ!」
「ヒヒヒ、息の良い女子よのお、そうそう、名はグレンとか言うたか。哀れよのお、想い人が死んでも男として生きるのは中々に屈辱だったのではないか?」
「貴様が俺を語るな!!」
「ヒヒヒヒヒ!!!」


 ……グレン、分からないのか。いや仕方ない、彼女にとって大切な思い出と覚悟を汚されたように感じている今それを知るのは難しいのかもしれない。
 隣を見ると、ルッカも驚愕に顔を染めている。信じられないと、言外に語っていた。そりゃあそうだ、奴の言葉はおかしい。
 奴がグレンという名前を知っているのはまあいい。もしかしたら、俺が覚えていないだけで黒の夢に降り立ってからグレンの名前を呼んだのかもしれない。無理のある結論でも、納得出来ないではないのだ。だが……
 何故、ジールがグレンの事情を知っている? 男として生きていた事を、想い人を亡くした事を何で知っているのだ。
 俺が凝視している事に気付いたジールが、一度グレンとのやり取りを止めて俺に向き直る。「何故知っているのか? という顔だな」とずばりに当てて見せた。悔しくも、俺は肯定するしかない。


「おい、おい虫ケラ? ガッシュを覚えているかガッシュを。奴の研究も知っているだろうそうだろうでなければ貴様らがあの翼に乗っている訳が無い! ヒヒヒ……ではここで問答をしようではないか。この海底神殿は魔法王国ジールが総力を結集して作り上げた代物。勿論ガッシュもそこに手を貸しておる。そこから、何か分からんか?」
「……嘘でしょ、全ての歴史を監視出来るって言うの!?」唖然とした様子だったルッカが、金切り声を上げた。そんなことは信じられないと頭を抱えて。水位が下がるように、顔の上から顎まで顔色が青褪めていく。血の気が引いていくルッカをけらけらと嘲笑うようにしてから話し始める。
「察しの良い愚図である! 妾は知っておるぞ、貴様らの仲間の数も、元いた年代もその場所も! 全て調べた! ……そこから、何か連想せんか? 妾がいかに雅な戯れを考案するか、少しはその矮小な知恵を絞ってみい」


 何が楽しいのだと問い詰めたいほど、ジールは満悦した様子でくるくると回る。空から降る雪を見上げる少女のように、これからどうなるのか、どんなことが起きるのか楽しみで楽しみで……今にも飛び跳ねそうな勢いだ。無垢な少女と違うのは、目が違う。暗いのだ、黒いのだ。見る者に暖かな物を与える優しい光なんか無い、何もかも吸い取り奪い取る残虐な色が浮かんでいる。


「もう一つ知恵を授けてやろうか、妾とラヴォス神の御所と言えるこの黒の夢には貴様らの呼ぶ、シルバードに似た機能を持つ、先にも申したが、あらゆる時空と繋がっておるのだからな。流石に黒の夢ごと時を移動するわけにはいかぬが……何かを別の時代に飛ばすことは出来る」


 ……今まで大人しく聞いていたものの、煙に巻くような口振りに俺の自制心が耐え切れなくなる。こいつが何を企んでいようが、関係無いのだ。勝手にゲームでもなんでも思いつけば良い。今すぐこいつの待つ場所まで駆け抜ければ全て終わる。こいつの企みなんか知った事じゃない!


「一々煩いよお前、遊び相手が欲しいなら俺たちが構ってやるさ」啖呵を切り、ジールの映像をすり抜けていく。耳障りにも限度がある、こいつの声は人類に対して不快な周波数の塊なのだろうと、本気で信じた。
「惜しい! 惜しいぞクロノよ! 遊びたいのは妾もそうであるが……それ以上にな、うずうずしとるのだ、黒の夢の住人が、大勢の人間を殺したいとな? 育ちが良いのか悪いのか、ラヴォス神にだけ任せるのは気が引けるとの事だ」
「──待てよ」何を言われても奥に進む心積もりだった俺の考えは呆気なく水泡に帰した。聞き捨てならない、それは聞き捨てならない! 今こいつは言った、ジールは確かに『大勢の人間』と言った。
 集めてみよう、ジールの放った言葉の断片を拾ってみよう。まずは、こいつは『ゲーム』と言った。それから先のこいつの発言が全てゲームに関連している事柄だとしたら?
 『歴史を監視できる』それはつまり『俺たちの事を知っている』。現にこいつは『俺たちの仲間の数も、仲間の産まれた年代も知っている』と言ったな。さらには俺たちと同じように『何かを時空を越えて別の時代に送ることも出来る』と。最後に、黒の夢の魔物が『大勢の人間を殺したい』と望んでいる。
 誤魔化すな俺、そんなことあるわけ無いと根拠の無い答えに縋るな。
 でもまさか、そんな事がある訳無いと叫びたい。だってこれは俺たちの旅だ。俺とマールとルッカとロボとグレンとエイラと魔王の旅だ。戦うのは、俺たちだけのはずだ、傷つくのは俺たちだけの、“そういう”旅だったはずだ!


「そうそう、余談ではあるがな? この黒の夢には三千の魔物が存在しておる。貴様も知っての通り、並の人間では手も足も出ぬ剛の者ばかり……国の一つや二つ、すぐにも消し去るだろうなあ……? まあ安心せよ、この黒の夢には二百しかおらぬ。なんせ、B.C.65000000年にだけは黒の夢は無いのでな、他の時代と違い、ここから送り込まねばならんのだ」


 ああ、ああそうだよな。確かに原始にはないものなあ黒の夢は。それじゃあお前のゲームは成り立たないよなあクソッタレ!
 ……なんて事考えやがるこの化け物は。普通の思考じゃあ思いつきやしない、最低の一手だ。敵に使うなら、普通の人間じゃあ立ち上がれない最適の方法だろうさ、それをゲームだと!?


「な、なあおいクロノ。奴は何を言っている? お前やルッカには分かったんだろう? 俺にも教えてくれないか? ……なあ!!」
「グレン……」俺の肩を掴んで、グレンが叫ぶ。「気付いてるくせにさ、俺に言わせるのかよ?」肩の痛みに苛立ちながら、俺は歯を食いしばって言った。


 グレンの目が揺れている。肩を掴む握力、震える声、全てが物語っている。だってグレンは馬鹿じゃない、ジールの言葉が何を指しているのか、もしかしたら俺より早く気付いたんじゃないか?
 どうやら三人とも同じ考えに至ったようだ。ルッカもまた爪を噛みぶつぶつと何か呟いている。これからどうすべきか思案している、いや違うか。どうすべきか分からないでいるのだ。
 けれど、ここまでなら迷いですんだ。ただの戦略だ、ジールが俺たちの動揺を誘おうとして訳の分からない戯言を抜かしているだけだと自分を騙せたのだ。
 しかし、ジールはそれを許さない。クイズのようにヒントを出して俺たちの反応を窺い、答えに辿りついたと見るや否や、俺たちを讃えるように大袈裟に、大振りに拍手して聞きたくない事実を発表した。


「そう! B.C.65000000年イオカ村! A.D.600年ガルディア王国! A.D.1000年同じくガルディア王国に住む人間! そしてA.D.2300年の生き残った人間全てを殺せと『妾』に伝えたのだ! 各々の時代に生きる黒の夢にいる『妾』にな! 流石は妾よな、迷う事無く実行に移しおったわ! 最早どうあろうと貴様らの大切な人間は死ぬ、親も家族も友人も想い人も一人残らず滅ぼしてくれる!! 黒の夢に生きる三千の魔物の手によってな! 楽しい遊びであろう? 妾の考えた遊びは楽しいだろうが虫ケラアアアアアアァァァァァァ!!!!!!!」


 グレンとルッカが息を呑む音が聞こえ、俺は懐から、時の最果てにて待機している仲間たちに通じる連絡機を取り出した。彼らに伝える事は一つ。


「今すぐ皆が元いた時代に飛んでくれ! 魔王は中世だ! ……頼む、世界を──」


 世界を守ってくれと、出来る限りに声を振り絞って叫んだ。慟哭みたいだ、と思ってしまった時には自分の立っている場所が分からなくなった。
 ……大丈夫だ、皆はそれぞれ頼もしい戦士だ。決して負ける事の無い仲間なのだからと言い聞かせても胸の鼓動は治まらない。
 戦士と戦死は何故同じ読み方なのだろう。ふとそんな縁起の悪い馬鹿げた疑問が頭の中を通り過ぎた。












 星は夢を見る必要はない
 第四十三話 そして、運命の時へ












 夢が閉じる。人間の歴史を閉じる為、己の殻を閉じるように。
 けれどまだ、時の悲鳴は聴こえない。今は、まだ。


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