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No.20619の一覧
[0] 星は夢を見る必要はない(クロノトリガー)【完結】[かんたろー](2012/04/28 03:00)
[1] 星は夢を見る必要はない第二話[かんたろー](2010/12/22 00:21)
[2] 星は夢を見る必要はない第三話[かんたろー](2010/12/22 00:30)
[3] 星は夢を見る必要はない第四話[かんたろー](2010/12/22 00:35)
[4] 星は夢を見る必要はない第五話[かんたろー](2010/12/22 00:39)
[5] 星は夢を見る必要はない第六話[かんたろー](2010/12/22 00:45)
[6] 星は夢を見る必要はない第七話[かんたろー](2010/12/22 00:51)
[7] 星は夢を見る必要はない第八話[かんたろー](2010/12/22 01:01)
[8] 星は夢を見る必要はない第九話[かんたろー](2010/12/22 01:11)
[9] 星は夢を見る必要はない第十話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[10] 星は夢を見る必要はない第十一話[かんたろー](2011/01/13 06:26)
[11] 星は夢を見る必要はない第十二話[かんたろー](2011/01/13 06:34)
[12] 星は夢を見る必要はない第十三話[かんたろー](2011/01/13 06:46)
[13] 星は夢を見る必要はない第十四話[かんたろー](2010/08/12 03:25)
[14] 星は夢を見る必要はない第十五話[かんたろー](2010/09/04 04:26)
[15] 星は夢を見る必要はない第十六話[かんたろー](2010/09/28 02:41)
[16] 星は夢を見る必要はない第十七話[かんたろー](2010/10/21 15:56)
[17] 星は夢を見る必要はない第十八話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[18] 星は夢を見る必要はない第十九話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[19] 星は夢を見る必要はない第二十話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[20] 星は夢を見る必要はない第二十一話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[21] 星は夢を見る必要はない第二十二話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[22] 星は夢を見る必要はない第二十三話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[23] 星は夢を見る必要はない第二十四話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[24] 星は夢を見る必要はない第二十五話[かんたろー](2012/03/23 16:53)
[25] 星は夢を見る必要はない第二十六話[かんたろー](2012/03/23 17:18)
[26] 星は夢を見る必要はない第二十七話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[27] 星は夢を見る必要はない第二十八話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[28] 星は夢を見る必要はない第二十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[29] 星は夢を見る必要はない第三十話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[30] 星は夢を見る必要はない第三十一話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[31] 星は夢を見る必要はない第三十二話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[32] 星は夢を見る必要はない第三十三話[かんたろー](2011/03/15 02:07)
[33] 星は夢を見る必要はない第三十四話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[34] 星は夢を見る必要はない第三十五話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[35] 星は夢を見る必要はない第三十六話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[36] 星は夢を見る必要はない第三十七話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[37] 星は夢を見る必要はない第三十八話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[38] 星は夢を見る必要はない第三十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[39] 星は夢を見る必要はない第四十話[かんたろー](2011/05/21 01:00)
[40] 星は夢を見る必要はない第四十一話[かんたろー](2011/05/21 01:02)
[41] 星は夢を見る必要はない第四十二話[かんたろー](2011/06/05 00:55)
[42] 星は夢を見る必要はない第四十三話[かんたろー](2011/06/05 01:49)
[43] 星は夢を見る必要はない第四十四話[かんたろー](2011/06/16 23:53)
[44] 星は夢を見る必要はない第四十五話[かんたろー](2011/06/17 00:55)
[45] 星は夢を見る必要はない第四十六話[かんたろー](2011/07/04 14:24)
[46] 星は夢を見る必要はない第四十七話[かんたろー](2012/04/24 23:17)
[47] 星は夢を見る必要はない第四十八話[かんたろー](2012/01/11 01:33)
[48] 星は夢を見る必要はない第四十九話[かんたろー](2012/03/20 14:08)
[49] 星は夢を見る必要はない最終話[かんたろー](2012/04/18 02:09)
[50] あとがき[かんたろー](2012/04/28 03:03)
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[20619] 星は夢を見る必要はない第三十六話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/02 16:07
 空耳ってあるじゃないか。これもそういうものだと当たりをつけて、聞き流そうとした。
 しばらくして、空耳を無視していては何もすることが無いと気づき、仕方なく何と言っているのか本腰入れて聞いてみようと心変わりする。本当に、することが無いのだ。辺りは暗いし、手を伸ばそうにも伸ばせない。果たして腕があるのかどうかすら曖昧な感覚。立っているのか座っているのか寝そべっているのかもしくは浮いているのか。確固とした自分を認識できない以上何かをしようとすること自体馬鹿らしいのかもしれない。
 空耳と思っていた音は、酷く掠れた人の声に似ていた。潰れかけているのに、清澄で澱みの無い美しい声音。俺は、この声の主が人間ならば、笑い声が聞きたいと渇望した。だって、その人は泣いていたから。何度も何度もごめんなさいと聞いている方が辛くなる程繰り返される謝罪。許しを乞うているのでは無いのだろう。もしそうなら、間を置かず誤り続けるのはおかしい。謝る事しかできないと諦めているのだろうか? もしそうならなんて陰気な思考だろう。そもそも、一度謝って許してくれないような事なら謝らなくても結果は一緒じゃないか? 極論だが。暴論と言い換えることも出来る。
 言葉を形成することは出来ないので、心の中だけで「いい加減にしろ、謝罪は過ぎれば鬱陶しいだけだ」と喚く。その甲斐あってかどうかは分からないが、声はしぼみ始め、ついには聞こえなくなった。最後に、「せっかちです」と拗ねたような声を残して。
 次に頭に響くのは、清澄と言うよりは、美しいと言うよりは、まだ幼さを残した甘い声。聞いているだけで心地の良い声。だけれど、俺はそれ以上に居た堪れなくなった。先ほどの人物と同じく、泣いているのだ。胸を締め付けられる、なんて言葉があるけど正にそれ。
 俺は少しほっとした。胸が痛いという事は、今の俺には胸部が存在すると言う事だから。もしかしたら、心臓だけ存在していて後は何にも無いグロテスクなもの、という可能性も無きにしも非ずだが、悲観思考は捨てる。そんな状態で考え事が出来るはずがない。出来ると思いたくないが本音だ。
 彼女が泣いている。今もまだ泣いている。彼女のいるさらに遠くにいる人も泣いている。ずっと、ずっと膝を抱えて嘆いている。
 ──彼女? そうか、泣いている人は女の人なのか。どんな女性なんだろう? やる事もないのだ、想像に没頭してみよう。
 ……そうだな、髪は金髪だ。それも、白に近い、朝から昼にかけての太陽を思い出させるような、優しい色。顔は? 笑顔の似合う元気そうな顔立ちだ。では性格、ただ一言、活発に尽きる。その割りに抜けた所もあって、ドジな部分もあるけれどとても強い人なんだろう。体も心、も。
 ああ、想像に過ぎないのになんてこの声の持ち主と合うのだろう。俺の勝手な考えなのに、彼女はこういう人なのだと認識してしまった。それ以外に有り得ない。だって彼女は……彼女は……
 もしかしたら、俺はこの人を知っているのだろうか? ……ここまでくると妄想が激しすぎるか。止めよう……いやいや止めたら退屈で死んじまうって。


──ああ、俺死んでるんだっけ? え? 何で死んだんだっけ?


 そうだ、確かラヴォスに立ち向かって玉砕したんだ。それもまあ、呆気なく。だっせえ、せめて傷を残すくらいやってみせろよ俺。でなきゃ格好つかないだろ。ただの無駄死にじゃないか。それでは報われない。誰って、俺が。


──声が聞こえる。


 でもまあ、小生意気な子供の声と、実は泣き虫な幼馴染の声が遠くから聞こえるという事は、あいつらを守ることは出来たという事か。ああ、それなら納得いく。大体それが目的で死んだのだから、俺は。


──声が、聞こえるんだ。頭に直接語りかけるように、懇々と。


 いや、それっておかしくないか? 俺はそんな仲間の為にかくかくしかじか、なんて事をする馬鹿だったっけか? ……らしくねえ、らしくねえよ俺。らしい俺ってどんなだ? そんなの俺しか分からないよな。逆に言えば俺なら分かるって事だ。いつもの俺ならどうするんだっけ、こういう時。


──心配そうな声だなあ、こんな声どっかで聞いたっけ。何処だったかな? ……声が一つから二つへ、二つから三つ、数え切れないくらいに増えてきた。そのどれもが俺の知っている声。明確に思い出せる声。


 いつもの俺なら、そりゃあ決まってる。まずは、そうだなあ……ぶっ飛ばすよな、相手を。なんせ世にも名高くなる予定のクロノ様を殺したんだから。とんでもない悪党だそりゃあ。再審無しで死刑だ、つるし首だ。
 ……でも、まあ。その前にやるべき事があるよな。
 右を見る。見る、という行為が可能なら俺に目はある。頭を動かした感覚から首から上は正常だ。両手は? ……多少麻痺している部分もあるが、神経が通っている確かな手応え。両足も健在、体はそれらを全て繋げてる。つまりは五体満足と言う事だ。
 けれど、場所は変わらず闇の中。この問題の解決策は整ってる。御丁寧に、声が道標になっている。後はそれに従って、もう一度目を開けるだけ。ここではない『俺の』目を開くだけで全部上手くいく。世の中、そういう風に出来ている。俺はそう信じてる。だって俺は、


──こんな声をいつまで出させているんだ? 俺は泣いてる奴を放っておいて暗がりで腐る程馬鹿だったか? ……違うよな、クロノ。だってお前は、


 誰でもない、皆が知ってるクロノなんだから。






「おはよう、マール。ひでえ面だな」












 酷い顔だった。間近に迫った顔は水分を放出し過ぎてふやけている。下がった眉が悲壮感を上乗せして尚のこと。への字に曲がる口は山みたいな形で可愛くも美しくもない凡庸な顔立ち以下の、見るに耐えない顔になっていた。
 それでも、俺はその顔が好きだった。今までずっと、太陽なんてものと比較するくらいだったのだから、当然なのだけれど。


「……クロノ。私ね、夢があるの」彼女──マールは俺の悪口を自分の泣き声に邪魔されて聞こえなかったのか、平然と話し始めた。


「……夢、か」そう、夢。とそのままに返して、彼女は涙と鼻水を袖で拭き取りながら「むー、」と喉を詰まらせ、僅かの間を残し口を開く。


「世界中のね、誰でも知ってるような綺麗な女の子になる事。他にね、世界中で一番強い女の子にもなりたい。誰もが望むような幸せも欲しいし、美味しい物も沢山食べたいの。まだ見たこと無い所にも行きたいし、そうだ! この前トルースに来てた楽団を見れなかったから、今度はちゃんと演奏を見たい……でもね」話を整理する為か、短く呼吸を入れる。「私ね、クロノとお祭り回りたいの。まだまだ見てないお店もあるし、遊び足りないから。それが一番の夢、願いなの」


「随分お手軽だな。いつだって、叶うじゃないか」


 また溢れ出してくるマールの涙と鼻水を、俺は右腕を上げて拭いてやる。鼻水を拭くのは抵抗があったけれど、彼女のなら汚くはないんじゃないか、と馬鹿な事を思った。
 マールは俺の言葉にそうだね、と一度は同意して、でも、と反論を提示する。「クロノがいないと、出来ないよ。それってとっても難しいよ」


「難しくないよ。要は、俺がマールと一緒にいれば良いんだろ?」そう、難しくなんか無い。これからはそうなるんだから。夢とか願いとか、そんな大層なものに縋らなくたって、片手間に頼めるくらいの極々ありふれたお願いになるのだから。
 マールは俺の体を起こして、ゆっくりと俺の首に抱きついてきた。そこに、照れとか、羞恥心なんか存在しない。極々ありふれた行為なのだから。今この時においては。俺もまだ痺れの残る両腕を気合で持ち上げて彼女の背中に手を回す。マールは、俺が今ここにいることを確認するみたいに強く抱きしめてきた。ここにいるよ、と告げる為に俺も強く抱きしめ返す。俺がここにいる事も、彼女を抱きしめる事も、極々ありふれた事なんだ。


「もう……いなくなっちゃ……やだよ?」


 いるさ。ずっと。お前が飽きるまでな。
 俺の声が聞こえたのか、俺は知らない。でも、彼女が体を離す前に小さく頷いた気がした。俺の後ろに位置する太陽が彼女を照らして……なんだか、これからは大切に、心からおはようが言えそうだ、としみじみ思った。






 それから、涙が落ち着いたマールから事の経緯を話してもらった。俺はラヴォスに殺されたとか、時の最果ての爺さんに生き返らせ方を教えてもらったとか、二度目は無いの? とか、多分改造したら二回目以降も生き返れるよとか、魔王が仲間に入ったとか、実はシスコンだったと教えられてマール諸共俺も谷底に落とされそうになったり、海底神殿は実は空に飛べたのだ! なんだってー! とか。途中関係無い話を織り交ぜて俺が抜けた後の話を掻い摘んで教えてもらう。掻い摘んで無かったけど。


「そうか……それで、ロボとルッカは戦闘不能、エイラは二人のお守になったと。マールの他にカエルと魔王……が助けてくれたんだな。何だか、魔王に礼を言うのは違和感あるけど、ありがとうな」俺が立ち上がって頭を下げると、魔王は「貴様の為ではない。ただ、僅かでも戦力になるなら塵も有用かと気まぐれに思っただけだ。勘違いするな」とそっぽを向かれる。ナイスツンデレ! とガッツポーズを取ったマールが谷底に落とされかけた。仲が良いんだなあ、兄妹みたいだ。


 その後落下の恐怖から息を荒げていたマールが呼吸を整えて、「でもカエルったらね、」と口にした瞬間いつのまにやら女性体に戻っているカエルが「クロノ疲れているだろう! 早速時の最果てに帰るが吉! ほら、カエルだけに!」と盛大に滑ってくれる。起き抜け……というのはおかしいか。生き抜け……? に力を奪うのは止めて欲しい。


「何かあったのか? マール」


 無表情の中にも確かに愉悦の感情を浮かばせている魔王がカエルを魔法で縛り付けている間に、マールにカエルが何をやったのか聞き出す。


「うん。カエルね、最初はクロノじゃなくてサイラスさんを生き返らせようとしてたんだよ。気持ちは分かるけどさ」困ったよー、と肩を落とすマールのリアクションから、カエルが本気だった事を悟る。マールはちょっとアレだから、深刻な事態でも今一つ伝わらないが、彼女がオーバーな動きを伴って伝える時は大概に深刻だったという事になる。俺の知るマール豆知識である。短い付き合いだというのにこういった癖を見破れる俺が凄いのかマールが分かり易すぎるのか。
 ともあれ、カエルは滝のように汗を噴出しながら目線を逸らしている。それでも、ちらちらと俺の反応を窺う辺り実にカエルの人間の小ささが現れていて微笑ましい。馬鹿だな、俺がそんな事を気にすると思ったのだろうか? 考えてみれば、ヘビーな過去を背負っているカエルなら仕方が無いと思える事じゃないか。まあ少々寂しくはあるが、いかんせん俺とサイラスという人ではカエルとの付き合いが何百倍も違う。


「だから俺は怒ってないよ、カエル」


 魔法でカエルを縛り付けている魔王に言って、自由にしてもらう。カエルは少し目を潤ませながら「す……すまん、クロノ」と直角に腰を曲げて頭を下げてきた。結果として俺の帰還を喜んでくれるなら文句は無い。


「おい……クロノ?」


「いいかカエル、俺は怒ってないんだよ」当たり前だ。こんな事で怒るほど俺の器は小さくない。並の人間がお猪口だとしたら俺はどんぶりなのだ。杯と言っても良い。だから俺がカエルを羽交い絞めにして引き摺る事はなんら怒りと繋がっていないのでふ。でふ。


「ク……クロノよ。気のせいかお前が俺を引き摺る方向に谷が見えるのだが。まさか俺を谷底へと落とそうとする魂胆ではないだろうな?」


 カエルがいらない心配をしてくる。高所恐怖症の女性にそんな事をする訳が無いじゃないか。俺だってやって良い事と悪い事の区別くらいするのだ。落とすだなんてとんでもない。まだ杞憂である事を話して俺から距離を置こうともがくカエルを安心させるべく、俺は耳元で囁いてやった。


「逆さ吊りで許してやる。この萌え媚女め」


 言うが早いが、ふんっ! と力を込めてカエルの両足を掴んで引き、地面に倒す。そのまま持ち上げて谷底まで持っていく時に模範的な絶叫が山に木霊する。関係無い人間が聞いたら心霊スポットになりそうだな、この山。とことんどうでも良いが、カエルをこかした時こいつが発した悲鳴は「のわぁっ!」でも「うぉおお!?」でも無く「きゃあっ!」だった事は記しておく。どうせ、誰もいない所なら一人称が私だったりするんだろうこんな奴は。


「たっ、たすっ、助けっ!!」


「ない。カエル? これは怒りじゃないんだ。ただ、カエルと俺の仲は所詮その程度だったのかという俺の悲しみがこうさせているだけで、本当は俺もこんなことはしたくないんだ。本当だよ? 信じなくていいけど。どうせやることはやるんだし」


 谷底まで歩いて下の景色を見せた後……そうだな、三振りくらいかなあ? カエルが気絶したのは。一度くらい男らしい悲鳴を上げるかと期待したが、結局モンスターに襲われた村娘みたいな声しか出さなかったよ。もう勇者じゃなくてヒロイン目指せば良いじゃないか。それと、魔王さ、代わりの服持ってたらカエルに貸してやって。ズボンが濡れたままだと風引くかもしれないし。ついでに臭いし……あ、垂れてきたからやっぱり上の服も貸してあげて……駄目か。


「もう……もう、俺は剣士には戻れない……」


 意識を取り戻した後体中にウォーターを被って、体を清めたカエルの言葉だ。寒くないのか? と聞くが寒い寒くないよりも尊厳に与えられるダメージの軽減が優先されるそうだ。マール、ロボに続きカエルも仲間入りだな。何のとは言わんが。
 喚きながら「あそこまでするかクロノ!!」と目を剥くカエルの姿はそりゃあ愛らしいものだった。滑稽と愛らしさはほぼ同一のものだと再認識する。
 俺は怒るカエルを適当にあしらいながら、片手を上げて「何はともかく、ありがとな」と呟く。海草に塩を掛けたみたいに剣幕がしぼんで、カエルはもう一度「すまない」と返してくる。


「次に謝ったら、またやるからな」目を細めて、彼女の覚悟を促す。はっ、と顔を上げたカエルは驚いたように眼を丸くしていたけれど、もう一度言うつもりは無い。これで理解できないほど馬鹿じゃないだろう、こいつも。


「……分かった。ありがとう」ぎこちなくも、それは笑顔と言えるものだった。
 さて、次は時の最果てメンバーに会うとするか。少々気が重たいが。特にルッカ。
 山を足早に下山し、シルバードに乗り込む。山道には魔物はいなかった。マールたちは首を傾げていたが、もしかしたらこの山に来た者たちが目的を達成したら現れなくなる試練的なものだったのかもな、と想像を与えれば、予想に反して納得された。少しばかり幻想的か? と不安だったが受け入れられて何よりだ。
 ちなみに言えば、先に時の最果てに転送されるのはマールとなった。何でも、「心の準備をさせないといけないから」だそうだ。それが誰を指しているのか分からなかったが、とりあえず「頼むわ」と言って見送った。どの道、そう時間を掛けずに俺たちも行くのだが。
 ……ただ、俺とカエル、魔王の三人での移動はとてつもなく気まずいものだった事は誤算だった、予想しておくべき事だが、まだ頭がはっきりと覚醒してない俺にそれを望むのは酷というものだろうに。マールは良い緩和剤になっていたんだろうなあ、と彼女の性格を羨ましく思った。






 シルバードが空を飛べるようになった事を驚く暇も無く、眼を瞬かせる間に時を越え、時の最果てに降り立った。レンガの床に鳴る自分の足音を久しく聞いてなかった気がして、ただ歩くだけ小さな喜びと安心感が浸透していく。背中から立ち上るそれを満悦していると、物思いに耽る俺に躊躇無い全力体当たり。しまった、油断してはいけない暴走小僧がここにはいるのだった。
 声も無く飛び込んできた小さな塊は、嘆きの山で見たように騒がしく泣くのではなく、喉の奥から絞った呻きを上げるだけで、叱る事も出来ない。じんじんと痛む腹の痛みを忘れてさらさらの髪を撫でてやる。透き通るように美しい銀髪は外灯の光に当たって優しく輝いている。
 ああ、久しぶりだ。ロボをあやすのもこいつの頭を撫でるのも、本当に久しぶり。俺にはそう感じられた。ロボもそう思っているのだろうか? だとすれば……俺は罪悪にも嬉しく思ってしまうのだ。
 ロボの泣き声は、時々に謝罪が含まれている。守りきれませんでした、待てませんでした、と。ルッカが生きている事は知っている。待てませんでしたという言葉から、海底神殿を脱出した後の事を言っているのだろう。俺はそこまでこいつに背負わせた覚えは無い。だから俺は気にするな、としか言えなかった。
 ……謝罪以外の言葉が、俺への恨み言。「何でいなくなるんですか?」とか、「無理しないって言ったじゃないですか」という答えにくい言葉。無理しないとか俺言ったっけ? ……覚えてないや。それを言うとロボの声が一層大きくなってしまった。なじる言葉の棘が大きくなる。
 いつもなら、そんな言葉遣いを注意するためにも一発どつく所だが、ここは我慢しておく。どう言おうが、俺の勝手でこいつが泣いている事に違いは無い。ああもう、何回泣かせるんだが、俺は。大事にしてるつもりではあるんだがなあ……


「僕が嫌いですか!? だったら良い子になります! 今回は駄目だったけど、次はちゃんとしますから! だから!」


 ──もしかしたら、ロボは愛情に飢えているのだろうか? 昔の俺のように、確実な味方が欲しいのかもしれない。絶対に自分を愛してくれる誰かを心から欲している。そんな風に、見えた。
 馬鹿だなあ、何でお前はその絶対に愛してくれる人間候補に俺を選んだのか。同じ男だからか? 格好良く見えたとでも言うのか? 優しそうに見えたのか? ……まさか。強くも無い、いつもぼかぼか頭を叩いたり脅したりした俺を信じられるなんて、おかしいだろう。お前は俺の何処を見てたんだよ、その目は飾りなのかよ。
 鼻の奥から切ない痛みを感じる。これだけ俺を必要としてくれる人がいた。やっぱり俺はお前を守って良かった。アザーラの時に、俺はシスコンになるだろうと思ったけれど、ブラコンの気もあったみたいだ。
 ……そうじゃないか。俺は身勝手だから、俺の事が好きな人が好きなんだ。ちゃんと受け止めてくれるから。俺の居場所を作ってくれるから。弱いなあ、俺は。


「……お前を嫌う奴なんかいないよ。いたら俺が殴ってやるさ」


 いる訳無いんだから、俺が殴る機会は無さそうだけどな。
 見た目が可愛いんじゃない、ロボは全部可愛いんだ。守ってあげたいとか、性癖をこじらせた感情とかじゃない。ただ、愛らしい。小さな子供に抱く微笑ましいという感覚と、その子供が背伸びして前に出る、健気さ。それらが見る者に勇気をくれる。俺をまた立ち上がらせてくれる。
 ああ、俺は幸せだ。幸せでしかない。小さい頃の孤独も大怪我を負う事もしばしば起こり得るこの旅も、一度死んだことも全部ひっくるめて、思う。俺は幸せだと、迷い無く。
 あの時、祭りに行って良かった。あの時マールに会えて良かった。あの時ルッカの発明品に乗って中世に飛んで良かった。俺の行動は全てが正解だったんだ。だからこそ、俺は皆と話せる、触れ合える。これ以上の幸福が何処にある。
 それをそのまま伝えるには、俺に語彙量が足りない。だから、これから先の誓いに似た言葉を代わりに告げる。。


「悪かった。これからはずっと一緒だからな」


 言ってるだけで恥ずかしくなるような台詞も、ロボを泣き止ませるには至らない。ぐいぐいと俺の腹に頭を押し付けてくる。なんだよ、抱っこでもすればいいのか? ……絵になりそうだから止めとくけどさ。
 これだけ自分が愛されている事に驚く反面、やっぱり嬉しくなるな、業が深い事だぜ。


「泣くなよ。ちゃんと帰ってきただろうが」笑いながらあやしても、ロボはいつまでも俺から離れる事は無かった。ひきつった声が広場に充満して、これは長くなるな、と思いこのままの体勢で他の人間に挨拶を交わす。


「エイラ、もうキーノは大丈夫なのか?」


「……クロ、それ、最初言う事、違う」不機嫌そうに、膨れながらエイラは鼻を啜りながらじとり、と睨んでくる。どうしろというのだ。
 頭を掻きながら、次に放つ言葉を選んでいると、エイラが溜息をついて俺に近寄り、俺が見惚れた時と同じように柔らかに口元を緩めて、俺が一番聞きたい言葉を紡いでくれた。くしくも、俺の腹元で泣いているロボと同時に、同じ言葉を。


「おかえりなさい」


「……ただいま。ロボ、エイラ」


 今日は随分と笑顔になれる日だ。






 それから、少しの間ロボとエイラに話をして、俺はもう一人会うべき人間がいない事を知って視線を回す。外灯付近にはいないようだし、もしかしたら何処か違う時代にでも行ってるのか、と少しだけ残念に思う。入れ違いになってしまったか。あいつにも元気な顔を見せたかったんだが。
 そんな俺の考えを見抜いたか、マールが「ルッカは現代にいるよ。場所はクロノとよく遊んだ所だって」とニヤニヤしながら教えてくれる。なんだか、その笑顔を見ると嫌な予感がするんだが。もしかしたらまた俺を使って人体実験でもする気か? 「生き返った人間の解剖なんて胸が躍るわ!」とか。うわあ、言いそうだなあそれ。


「……やっぱりそれ、俺が行かなきゃならねえよな?」俺の不安げな疑問に当然でしょ、と一転顔をしかめて叱るように指を立てるマール。子供のような動作で、また、子供がやりそうな動作で。俺は噴出してしまった。


「分かった。今すぐ行ってくるよ」背中を向けて歩き出す俺に、マールは行ってらっしゃいではなく、「先手はルッカに譲るよ」と妙に意味深な送り出しをした。
 わざわざシルバードに乗って向かうまでも無い。俺は光の柱を経由して現代のリーネ広場に出る。今もまだ続いているお祭りに、俺はいつまで祭りは行われているのだろう、と考える。いや、そういえば時を行き来している俺たちと違って現代では旅が始まってから一日も経ってない事になってるのか? 随分都合の良い事だ。


「まあ、都合が良いのは俺たちにとって、だから別に良いんだけどな」


 独りごちて歩き出す。こうしていると、マールと二人でいた時間を思い出すな。あれは、随分楽しかった。まだマールが元気なだけの可愛い女の子だと思っていたからだけど。
 ……今でも充分可愛いけどさ。むしろ、今彼女と祭りを回ればもっと楽しいんだろうな、と確信できる。ただ元気で可愛いだけの子じゃないと分かったから。俺を生き返らせてくれる優しさと慈悲と、そんな途方も無い夢物語を信じて実行する心の強さを持っている。例えそれが、俺への恩義だけの行動だとしても。
 店屋の前で宣伝をしている呼び込みの男が、一つの風船を空に飛ばしてしまう。なんとなく行方を見守ってそのまま見上げていくと、空を覆う巨大な黒い物体。マールからの話で現代にも海底神殿……名称は黒の夢と言うのか? が存在していると聞いてはいたが、いつもの見慣れた空に異物があるというのは不快だ。常に見下ろされているような感覚が付き纏う。出来るなら、今すぐにでもソイソー刀で突き落としてやりたいくらい……まあ流石にあそこまで伸ばすことは出来ないが。


「あ、そういえばもう無いんだっけ。刀」


 ふと腰元に手をやりすかっ、と空を切った事で思い出す。あのラヴォスとの戦いで砕けたのか。こうしてお日様の元を歩けるだけ御の字だが……こういうと俺が悪事を犯して出所したみたいだ。現に俺はこの時代では極悪人となっている事実が皮肉だよな。


「……なんにせよ、ルッカに会わないと」


 祭りの様子を見ながら歩いていたせいで時間を食ってしまった。この道草が好きな性質は治りそうにない。死んだって治らなかったのだからこれ以上無い位に重症なんだろう。自分で言っておいてあれだが、全然面白くないな、この冗談。全てが事実なだけに尚更。
 ──ルッカとよく遊んだ場所か。ただ遊んだというだけなら無数にある。よく遊んだ場所も片手では足りないくらいに存在する。森の入り口、町の広場、ゼナン橋、森の中にある川から港町の古びた喫茶店といったように。だが、一番と言うなら……一番と言うなら、あそこしかないだろう。祭りを抜けた後は早足でそこに向かった。あの頃植えた花はもう育っているだろうか?






 海沿いから離れ、丁度城に続くガルディアの森と港町の中間点に位置する、位置的に人が訪れ難い、なだらかな丘の上。人の痕跡が極力に薄い黄色い花畑。頭花が反り返り、陽光を満遍なくその身に受けているタンポポが一面に広がっていた。軽く風が吹くたびに体を横に傾けて、綿帽子が舞う。幻想的でも、美しいとも言えない有り触れた光景。それでも、きっとこういうのが幸せな光景となのだろう。命が芽吹いている瞬間なのだから。
 蝶が飛び交いダンスのように花と花を移動する。言ってみれば、ただの食事なのだが、それすらこの幸せの一部に組み込まれ穏やかな気持ちにさせてくれる。
 視線を右に向ければ、黄色と二分化するように、白色の背の高い植物が同心円状に伸びている。腰まで届く頑丈な茎を持っている花、ハルジオンだったか? それらの中心に帽子を外して髪を風に遊ばせているルッカが立っていた。その手には、祭りで売られていた水を入れる容器が握られていた。透明の容器に入っている水は半分程に減っている。やはり、待たせてしまったかと申し訳なく思う。
 草花を踏む音を聞いて、ルッカがぴく、と反応した。そのまま振り向く事無く「クロノ?」と。待たされて怒っているような雰囲気は見えない、いつも通りのルッカの声が聞こえる。もしかしたら泣いているかも、と心配していたのだが、良かった。ルッカは泣き虫だけど、弱虫じゃないからな。


「来たぜルッカ。わざわざこんな所に呼び出して、どうしたんだよ。っていうか、何でここ?」


 俺の質問に答える事無く、ルッカはすっと遠くに見える一本の大樹を指差した。
 ……そうか。そういえばここは、あの場所が近いんだったか。
 彼女が指差す大樹は、昔俺たちが初めて出会った木。あの頃は、孤立したようにぽつんと立っている木だったが、今は周りに花が顔を出して色とりどりに木の周りに集まっている。寄り添うように、励ますように。ルッカが笑えるようになって、ようやくあの木も仲間を見つける事が出来たんだな、と感慨を覚える。


「懐かしいな、あの木。俺たちが出会ったのは、ある意味あの木のお陰だよな。あれが無ければ、もしかしたら俺たち一生会わなかったかも……そりゃないか。狭い町だしな」自分で言って否定してりゃ世話無いな、と笑うとルッカは「会えなかったと思うわよ? あの時クロノと会わなかったら、私死んでたもの」と素っ気無く告げる。俺は「そっか。なら感謝しなきゃだな」と意味も無く合掌して木に拝む。


「クロノってさ、変わってるわよね」小さく笑って、ルッカはようやくこちらを振り向いてくれた。何でもないような顔に見えるが、眼は腫れて、隈が出来ていた。泣いてくれたのか。嬉しい反面それを覆って余りある切なさが胸を絞める。やっぱり、彼女が泣くのは嫌いだ。例え何があっても。それを気取られないよう必要以上に大きな声で「適当言うなよ」と風に乗せた。


「適当なんかじゃないわ。仮にも幼馴染である私が、死んでたから、なんて言ってるのに平然としてるんだもの」


「だって、今お前は生きてるじゃないか」


「そうね。貴方も生きてるわ。今は」


 何だ? 今一つルッカの会話の真意が図れない。死んだ事に文句を言いたいような感じでも無いし、さりとて俺の死に何の関係も無い話をしたいとも考えにくい。仕方なく俺は彼女の出方を窺った。


「……あんたが死んでから、私考えたのよ。私にしては珍しく、難問だったわ。答えなんか無いって分かるまでちょっとかかったもの」


 意地悪問題みたいだ、と口に出そうとして、止める。彼女にしては珍しく、真剣だったから。それに気付くまで数瞬と必要なかった。


「ねえ聞いてクロノ。私恋してたの。知ってた?」少し悪戯っぽい顔で俺に近寄り下から覗き込んでくる彼女は、とても可愛かった。まるで、十年前に戻ったような気分だった。あの頃の、気弱だけど頑固で俺にちょっかいを出すのが好きだった彼女に。時を越えてばかりの俺だけど、過去に跳んだのではないか、とここまで明確に認識したのは初めてかもしれない。それが誤認識だとしても。俺は懐かしさから目を細めて「嘘つけ」と言ってやった。彼女は頬を少しだけ膨らませる。


「何よ、騙されたって良いじゃない」ほら、嘘だった。
 ルッカは大きく背伸びして、息を吐く。それはとても満足そうに見えた。「恋じゃ無かったみたい。勘違いって言うか……気のせいとでも言うのかしら?」その割にはのめり込んじゃったけどね、と自分の失敗を照れ隠しに笑った。


「まあ、それは良いのよ。で、それはそれとして……聞いて聞いてクロノ!」俺は反射的に「聞いてるよ」と答える。「さっきも聞いてただろ?」とも。


「凄いのよ、私生まれて初めて恋をしたの! これはつまり、初恋ってヤツね!」


 つまるもつまらないも、初めての恋は初恋だろう。読んで字の如くだ。それを人類の発見みたく話すルッカは、いつもと違って見えて微笑ましかった。「それは新発見だな」彼女に一口乗って大袈裟な言葉を使うと、「でしょう!?」とふんぞりがえるので、我慢できず声に出して笑ってしまった。彼女は怒るだろうか? と笑いながらも不安になったが、彼女は怒らず、拗ねず、心細そうに体を小さくするので、「ごめん、気にしないでくれ」と慰めておく。俺の言葉は魔法みたいにルッカの様子を変えて、また嬉しそうにルッカは話を続けた。


「ええとねえ……だからつまり、これは私の初めの一歩、つまりスタートラインなのよ!」“つまり”が多い彼女に感化されてか、「それはつまり?」と聞き返す。伝わらないもどかしさか、じたんだを踏んで「だからぁ!」と怒鳴った、というには勢いの弱い声を出した。それから、ええと……と言葉を詰まらせて結局「もう、それは良いのよ!」と逆上した。それは良いのよ、か。つまり? としつこく続けた俺の言葉は無視された。


「そうそう、私クロノに聞きたい事あったのよ。あんたってさ、好きな人いるの? 先に釘差しとくけど、恋愛的な好き、だからね」


 急すぎる話題転換だなあと呆れながら、これも悲しい習性かルッカの言うとおりに言われた事を吟味する。本当に悲しいなあ、おい。まあ、今のルッカの様子から、断っても酷い事をされそうにないが、今のルッカの様子では断るのは心が痛みそうだった。
 好きな人……好きな人……好きって何だ? 今一つ、普通の好きと愛に繋がる好きの違いが分からない。性行為がしたいかどうかか? それなら大半の女性は愛に繋がる好きになるが……そういう事じゃ無いんだよな。


「……分かんないって顔してるわね」


「流石、長い間幼馴染やってるだけの事はあるな。情けないが、当たりだよ」まさかいい年して愛の定義を考えた上識別が出来ないとは思わなかった。もっと彼女とか積極的に作るべきだったかもしれない。言うだけなら簡単な事だが。


「じゃあ私から質問。エイラ……はキーノがいるから除外として、マールの事好き?」対象人物を定めて聞き出そうというのか。単純と言うか、効果的と言うか……


「マールか。分からないよ、そりゃあそういう関係になれるのは光栄だけどさ、本当に恋愛出来るかって言われれば、なってみなくちゃ分かんねえ」あやふやな答えにルッカは気を悪くした様子も無く「ふうん」とだけ言って、その場に腰を下ろす。このまま俺だけ立ちっぱなしというのも馬鹿らしいので、ルッカと肩を並べるように花を潰さぬよう注意して座った。耳元で話すルッカの声は距離がない分すぐに俺へと届くような気がした。


「じゃあ……まさかロボ?」


「ルッカ、お前とも長いがその手の冗談を言うなら俺はお前との縁を絶たねばならん。未来永劫に」


「じょ、冗談よ……」冗談でも言って良い事と駄目な事くらい分かるだろうに。その程度の区別も出来ない女だと思いたくないぞ幼馴染よ。
 それから、次の相手を出す事無く、ルッカから躊躇っているような気配が感じられた。聞きたいけど言いたくないというような、そんな雰囲気に、この話題は止めようと口にすれば、「もう一つだけ聞かせて」と遮られる。結構恥ずかしいんだがなあ、こういう話題って。


「カ……カエル、とかは? ほら、あんたら結構仲良いし」


「何だ、あいつかよ……まずカエルが俺を好きになる事が無いと思うが」


「私からすれば時間の問題だと思うけど……まあいいわ。あんた自身はどう思ってるの?」随分と穿った予想……むしろ私見というべきか? だな。仲が良いのは認めるが、いかんせん俺とあいつで甘い空間を作れというのは無からケーキを作るに等しいと思うのだ。「まあ良い女とは思うよ。でもあいつが彼女とかそういう未来予想図が設計出来ん。未来は分からんと言われればそりゃ確かにって感じだけどな」不も可も無い微妙な意見でも、ルッカには何か掴めたか「ふむふむ」と空にメモを書く動作をしてみせた。
 その後、もう一度考え込んでから「サラさんは?」と聞いてくる。


「……分かんねえって」その名前が出た事に驚き、少しどもってしまうと「何か反応違わないかしら?」と探るような視線を向けてくる。探るな、探るな。
 サラか……悪い印象は無いと思う。いや、あるけれど、それを補ってしまう魅力も知ってるつもりだ。現に、思い出したくないが見惚れたこともある訳だし。思い出したくねーけど!
 はーあ、と長い嘆息のような息を表に出して、ルッカは立ち上がる。お尻をぽんぽんと叩き、土と雑草を取ろうとしているようだった。しかし、しつこく食い下がる雑草が取れず、終いには諦めたように歩き出そうとする。俺は親切心と悪戯心、多少の煩悩からちょっと待てよ、と呼び止めて彼女の臀部に手を当てて汚れを取る。一揉み位は御愛嬌で許されるはず。許してくれるわきゃねーんだけど。


「ふわっ!?」


 飛び上がって俺に背を向けるルッカは顔が真っ赤に染まっており、俺はカウントダウンを始めた。なあに、燃やされるくらいで済むなら問題無い! 俺は至高の感触を掴む事が出来たのだ! 好みを焼かれようが砕かれようが後悔など微塵も無い! 無いったら無い!


「あ……ありがと。汚れ取ってくれたのよね?」


「………………うん」


 怒られるという事は決して嫌な事だけではないと身を持って知った。まさか報復に出ないルッカに悪戯をするのがこうまで罪悪感を高める事になるとは思った無かった。後で自分を殴っておこうと心に決めた。
 少しばかり欝になり下を向く俺を「まだ調子戻ってないの? 大丈夫? 悪かったわね、いきなり歩かせて……」と心配までしてくれるのでもう堪らない。今すぐ脳天に金槌を叩きつけて欲しかった。俺、今から痴漢行為で自首してこようかな?
 このまま落ち込んでいても仕方ない。話は終わったのか? とルッカに聞くと、未だ赤らんだ顔のまま肯定されたのでリーネ広場のゲート目指して歩き出した。肩は持ち上がらない。断じて。
 ここに来た時は何も思わなかったハルジオンが邪魔に思えて、少し乱暴に倒しながら進むと、いきなりルッカが走り出して俺の先を行く。待てよ、と声を掛けても止まらず真剣に怒らせてしまったか? と気分をさらに落としたが、丘の上に登り、視界から消える前にルッカはこちらを振り向いて、管のように両手を作り、それを口に当てて広大な空の下、精一杯の声で叫んだ。


「クロノ! もし私があんたを好きだって言ったら、何て答える!?」


 怒ってはいないようだが、なんだそれ? 歩くのを忘れて、ルッカとの距離を縮める事無くその場に立ち止まり同じように両手を口に添えて聞き返した。「なんだよその状況! 面白過ぎるだろ!」と笑いの感情を含ませて叫んだ。「良いから答えて!」と不満顔になるルッカは何故か、焦ったみたいな顔で、悲しそうな顔で。意味が分からない俺は困惑するしかなかった。
 今のルッカが俺を好きだって言ったら何て答えるか? ……そんなの、決まってるだろう。
 俺は叫ぶ事を止めて、もう一度強い風が吹くのを待った。風に乗れば、きっと叫ばないでも彼女に伝わるだろうから。
 さわさわと花々が踊り始める。まだだ、この程度の風では彼女に届きっこない。もっともっと、綿帽子が天高く舞い上がるくらいの風でないと。
 蝶の群れが各々持ち場につくように花弁に身を置いて風に耐える。もう少し、もう少しだ。急いては……なんて言うじゃないか。
 ルッカが何も言わない俺を見て、力が抜けたように両手を下ろし、今にも泣きそうな顔で走り去ろうとしていた──瞬間、この日一番ではないか、と思う程の春風が俺たちの間を通り抜けて行く。焦らず、平坦に、さも当然の事じゃ無いかという声音を心掛けて、俺は口を開く。


「知ってた」


 綿帽子は、俺の言葉を包んで何処までも遠くにその身を運んでいった。
 ぴた、と動きを止めたルッカは風が吹き止むのを待ってから、俺を見ずに、空を見上げて叫ぶ。


「私! 諦め悪いから!」そうして、風に負けないような速さで去っていく。顔色は見えなかったけれど、どうせ今までに無い位に真っ赤なんだろう。だって、俺もそうなんだから。一々口に出させるなってんだクソッタレ。
 こんなに顔が赤いのは、いつぶりだろう? ……そうだな、確か、昔ルッカが海で溺れた時以来だろう。子供とは言え、随分思い切った事をしたもんだ、俺。彼女は気を失っていたから覚えていないだろうけど、初めてだったんだぜ? 俺。お前もだろうけどな。
 とうに姿が見えなくなってしまったルッカに、今度は風も届けてくれないだろうけど、彼女の諦めが悪い発言に対して、とりあえず言葉を出してみた。


「知ってるって」


 まだルッカをそういう目では見れないけど。もしかしたら一生無理かもしれないけど。俺はお前がいない人生に耐える事なんて一生無理だから。気長に待ってるよ、俺の初恋の人。なんてな。
 花を折らないように、慎重に歩きながら花畑を抜けた。












 星は夢を見る必要は無い
 第三十六話 スタートライン・ターニングポイント












「ここからが初めの一歩で、スタートラインだ」俺は時の最果てに集う仲間たちに宣言した。
 時の最果てに帰り、俺たちがまず初めに行った事はこれからどうするか、という事。目的は分かっている。言うまでも無くジール、ラヴォスを倒す事。奴らを倒すのが俺たちの最終目標であり、俺たちの旅の目的である。そんな事は一々確認するまでも無い当然のこと。問題はいかにしてそれを達成するか。今の俺たちにその力は無い。恐らくメンバー最強の魔王でさえラヴォスには敵わなかった。魔王以下の力しか持たない俺たちが立ち向かったところで結果は火を見るより明らかというものだ。
 問題解決の方法は俺たち全員の強さを底上げする事。とはいえ、口にしてもそんな事が容易に行えるわけが無い。地道に修行を繰り返したところでたかが知れている。その程度で強くなるなら、俺たちはもっと力を有しているはずなのだから。通常の修行で高められる己の力、その限界に自分たちが達しているとは言わないが限りなく近いと思う。並々ならない戦いは幾度も繰り返してきた。
 必要なのは急激なパワーアップ。言葉にすればこれ程陳腐なものは無いが、そこに行き着いてしまう。苦しい時の神頼みならぬ爺さん頼り。時の最果ての賢人の知恵を借りる事にする。
 彼は言う。時の最果てに設置されているバケツに飛び込むか、シルバードで1999年ラヴォスの日に行くか、黒の夢まで飛んでいきジールを倒すか。そのどれもがラヴォスへと通じると。
 そんな事は分かっている、何か俺たちが強くなれる方法は無いかと訊ねれば、爺さん──ハッシュはふっ、と笑い帽子を被り直した後、厳かな口調で語り始めた。


「お前さんたちだけでは、奴に勝てるとは思えん……おぼろげじゃが……時代を越えてあんたらに力を貸してくれる存在が見える……」


 まるで予言を話すように、ハッシュは次々に明確でない内容を零した。
 一つ、中世の女性の心で蘇る森。
 二つ、中世で逃げた魔王配下三悪。
 三つ、未来にて、機械の生まれた故郷。
 四つ、原始より陽の光を集める石。
 五つ、中世で魔王に破れ、現代に至るまでに彷徨う騎士の魂。
 六つ、同じく中世にて幻と言われる虹色に輝きし物。
 これらが、俺たちに力を与えてくれるものとなるらしいのだ。もう少し掘り進めて聞けば、どうやらそれらの事柄を解決する事で未来が変わるという。そのどれもが人々を幸せにして、どれもが運命によって捻じ曲げられる負の連鎖だと。
 彼は、激励の代わりに短く呟いた。「断ち切れ」と。この世界を縛る鎖を引きちぎれと。
 ……そうだよな。俺たちの敵はラヴォスやジールだけじゃないよな。その前に、まずでっかい借りがある奴がいるものな。


「下らん、今すぐにラヴォスの首を挙げれば良い事だ……!」


 魔王が我慢なら無いという様子でラヴォスに通じているバケツに入ろうとする。エイラやマールがそれを止めようとするが、彼に聞く耳は無いらしい。まあ、ハッシュの言う事全部こなしてたらそこそこの時間にはなるだろうなあ、確かに。けどさ……


「それで良いのかよ、魔王。まだあんたが戦うべき奴が残ってるんじゃないのか?」


 あえて挑発気味に言うと、魔王は苛立たしげに睨みながら「どういう事だ?」と冷ややかに見据えてくる。俺は、もったいぶる様に人差し指を立てて笑みを堪えることなく言った。


「運命だ」


 運命? とそっくり同じ言葉を魔王を覗く全員が零す。分かんないかなあ、今まで俺たちがどれだけ翻弄されてきたか知らないではないだろうにさ。


「この星を操る運命って奴が何をしてきたと思う? ラヴォスをこの星に降らせて、原始の戦い、その決着を邪魔して、魔王を中世に飛ばして、その結果中世の人々が恐れて、現代の俺たちがあたふたして、未来がぶっ壊された。操ってきたんだよ、運命が、時も未来も」


 操る、という表現は自分で言っておきながら実に正しい表現だと思う。そう、操られてたんだ。全部が全部そいつの思うがままに展開を決められて、何処何処で誰が死んで何処何処で何かが起こって何処何処で誰かが泣いて。掌の上ってやつじゃないか。
 ……爺さんは言った。未来を変える事ができる、と。世界破壊を止めるだけじゃ割に合わない。それだけじゃたった一つしか借りを返せてない。俺たちは皆で七人いるんだ、爺さんの言う六つの出来事をこなさないとやられっ放しで終わる事になる。


「我慢出来るか? このまま運命をのさばらせておいてさ? 俺は嫌だね、今までの礼をきっちり返さないと気がすまねえよ。俺たちが喧嘩を売ってるのはラヴォスやジールだけじゃない、このふてぶてしい野郎だって勘定に入ってるんだ」


「……人間が、運命に挑むというのか?」


「人間だから挑めるんだ、この星に生きてるんだからな」後者を付け足したのはロボの為。お前だけ仲間はずれにはしないと彼の頭を撫でてやる。ロボは気持ち良さそうに目を細めていた。
 ……この星に生きる全ての生物が、こぞって運命に挑むなんて、とんでもない力が生まれるだろうさ。運命だろうが魔法王国の女王だろうが世界を滅ぼすものだろうが片手でぶっ飛ばせるくらいにな。
 両手を叩き、甲高い音を鳴らして皆の注意をこちらに寄せる。やべえ、今俺、絶対にニヤニヤ笑ってる。控えめに言っても良い笑顔なんかじゃない悪そうな顔なんだと自覚出来るほどの。
 だってしゃあないだろう? ようやく鼻を明かせるんだ、楽しくない訳が無い。


「ここからが初めの一歩で、スタートラインだ」聞いたばかりの、ルッカの言葉を引用する。


「……下らん。が……」面白い、と凶悪な顔つきになり、魔王はククク、と笑い出した。同じように、ルッカは「私個人も、借りを返さないといけない奴がいるからね」と高揚したように喉を鳴らし、マールは「相手が大きいほど、喧嘩は面白いよね!」と無邪気に物騒な発言。「ウンメー、食べ物か、なにか? 美味しい?」とエイラが問うので、悪い奴は油が乗ってるもんさと教育をしておく。カエルは「やられっ放しは業腹だな」と手首を揺らし、「運命など僕の偉大な歴史に刻まれる事すら許しません」といつものロボ節が復活した。


「ぶっ壊してやろう、面倒な柵も禍根も全部。ありったけの自由を謳歌する為にもな!」


 ここまで来ても、俺には未来を救うなんて英雄的な考えは持てない。ただ、やられたらやりかえすだけだ。俺には明瞭にラヴォスにやられたという理由が出来た。舐められたまま、弱いと鼻で笑われたままのうのうと生きていけるほど心は広くない。器と心の広さは似て非なるものだからな。


「さて……そんじゃ早速各々で行動しよう。ハッシュの爺さんの言葉に引っかかる者があればそれぞれにその時代に向かってくれ。勿論一緒に行動しても良いし、なんなら個人行動でも良いさ。どの道魔王はそのつもりだろうしな」俺に言われて魔王は当然のように光の柱に歩き出していく。もうちょっと連帯行動とかを知ったほうが良いと思うんだが……まあいいさ。


「ばらばらに行動するの? シルバードが必要な時とかどうするの? あれは一つしか無いよ?」マールが不安な顔をする。


「その事なんだが……ハッシュ、通信機って他にも無いのか? 出来れば全員分あれば嬉しいんだが……」話に加わるどころか立ったまま寝ようとしているハッシュに声を掛ける。寝るなよ、ボケが始まるぞ。手遅れか知らんが。


「ん? ああ。今ある分なら……そうさな。七つくらいならあるじゃろう」ハッシュはコートの中から最初俺に渡してくれた通信機と同じ形の機械を取り出して、全員に配っていった。良かった、まだ魔王が光の柱に入る前で。あいつのことだから、自分の仕事が終わればすぐにも時の最果てに戻ってくるだろうし、あまり必要ないかもしれないけど。ていうかあんた定位置から動けるんだ、俺何らかの因果だかなんだかに縛られて一歩も動けないと思ってた。ただの動きたくないでござる症候群だったか。チホウへの道は近い。


「シルバードを使って移動したい時、また一人で行動してて、誰かの力が欲しい時はそれで連絡しよう。レベルアップの為とは言え、そう時間は掛けられないし、手早く動こうぜ」言って、レベルアップとは、また幼稚だな、と内心で戒める。
 それぞれに、ハッシュの言葉に思うことがあったか、皆考え込んでは予定を組み立てているようだった。魔王は論外、あいつは既に当たりをつけて何処かの時代に飛んでいった。まあ、中世だろうな。魔王なら一人でも大抵の困難は退けられる。俺としては、あいつはさっさと自分のやる事を終わらせて他のメンバーの手助けをしてもらいたい。それだけ、あいつは戦いの面では信頼できる。他に欠陥部分は腐る程点在するのだが。


「それじゃ、皆行動開始! てきぱきこなそうぜ」指を鳴らして、行動を促す……が、カエル以外動き出そうとしない。いきなり過ぎたか……? だろうなあ。


「ねえ、クロノはどうするの?」マールが言う。俺は「ちょっと、一人でやる事がある」と爺さんに目を向けた。ハッシュは軽く首を傾げただけだった。


 皆がそれぞれに次の行動を思い悩んでいると、ロボがその空間を砕くべく挙手して「じゃあ、僕は未来に向かいます!」とはきはきとした発言をした後、足早に部屋を出て行き光の柱に飛び込んでいく。なんだかんだで、あいつも行動力があるんだなあと感心した。


「じゃあ、とりあえず私はルッカとエイラを連れて色んな所を見て回るね! ルッカも何か思い当たる場所がありそうだし」マールは「だよね?」とルッカを覗き込み、それに応えるべく俺の幼馴染は自信ありげに深く頷き眼鏡の縁を指で持ち上げた。マールはくるりと反転して、エイラとルッカをシルバードに続く細い、先の途切れた廊下へと押し込んでいく。
 二人をシルバードに乗り込ませた後、自身も操縦席に座り、時空を移動する前にマールが俺を見ていたので、「何だ?」と投げる。彼女は一度ルッカに手を合わせてごめんね? と謝罪した。ルッカは悔しそうに、嫌そうに顔を歪ませて自分の指を噛んでいたが、最後には渋々、といったように了承した。


「好きだよクロノ! ルッカと同じ意味で、ね」


 言い終わると、恥ずかしい訳でも無いのだろうが、これ以上伝える事も無いという雰囲気でさっさとシルバードで移動してしまった。今までそこにいたという形跡を残さず、虚無の空間が広がっている。
 ……今日は恋愛運が暴走でもしてるのか? 嬉しいのは間違いないのだが……頭を抱えてしまう。なんだか、焦燥感だろうか? に追われるようなむずむずした気配が足先から登ってくる。上るではなく登る、だ。
 闇雲に両手を振って思考を切り替える。何がどうなるでも無いが、迷いが薄れた気がしないでもない。
 にしても、マールは告白の類はもう少し言い回しを加えると思っていたが、随分さっぱりしていたな。彼女らしいとも言えるが。いつだって彼女は実直で着飾らないんだなあ。お陰で妙にしっくりと彼女の言葉を受け取れたのだが。
 さて、俺も俺で自分の仕事を終わらせるかね。


「なあクロノ」後ろを振り向いた瞬間驚かせる為としか思えない近さにカエルがいたので瞬間的に拳が出そうになるが、自制する。お前、一足早くに出て行ったんじゃないのかコノヤロー。


「まさか、お前も俺に告白か? フィーバータイムか? 奇数字で当たったのか?」何を馬鹿な、と訝しげに見つめると、勇気を出すように呼吸を繰り返してから口を開く。何を話すのか知らんが、異性の前で深呼吸を幾度か行い、その上赤に染まったその表情とか、もうそういうあれとしか思えないんだが。


「出来れば、お前の用事が終わった後、中世に来てくれないか? 場所はチョラス村……魔王が消えて魔物の脅威が薄れた今ならば、船で渡る事も可能だろう。なんなら、お前はシルバードで来ても良い」言い終わった後、気付いたようにチョラス村の場所は分かるか? と問われたので、頷く。現代とほとんど地理は変わってないんだ。なら、見当はつく。
 後で向かう、と約束すれば、あからさまにカエルはほっとした顔を見せた。
 俺がいなければ心細い、という事はカエルに限って無いだろう。いやまあ、戦闘力ががた落ちしているだろうカエルに単独戦闘は不可能だと思うが、それでもこいつは自分の弱さを認めず一人で突っ走るタイプだ。意地っ張り代表選手権にでも出れば良いのに。
 ……何か思うところがあるのだろうか? 俺の復活云々の事をまだ引き摺っている……だろうな。多分。それ関係と決め付けて良さそうか?


「なんにせよ、無理はするなよ、今のお前は剣も碌に振り回せないんだからな」


 俺の注意を聞いているのかどうか、見た目にはカエルは聞いてません、と顔に書いたまま、床を蹴り今度こそ中世に向かった。同じ中世に向かうなら、魔王と一緒に行動すれば良いのに、と思わないではないが、どっちも拒否するのは明々白々である。無理をする事に関しては右に出る者はいない彼女だからこそ、その態度に眉根を寄せた。


「……まあいいか。どうせ俺の用事はすぐ終わる」


 心配は心配だが、そう間を置かず合流する事も出来るだろうと楽観して、外灯に身を預けるハッシュを見た。彼はいつも通り表情の見えない、何を考えているのか探れない淡々とした空気を放っていた。何も考えていないようで、何も知らないようで、人を惑わせるこの爺さんは前世は狸だったんじゃないか、と埒も無いことを考えた。


「ワシに何か用かい? クロノさん」


「ああ、あんたに聞きたい事があるんだ」



















 おまけ


 ルッカから告白されたクロノが戻るまでの、先に時の最果てに帰ったルッカのお悩み


 顔が熱い。溶けてしまいそうだ。むしろ燃えてしまいそうだ、いやもう燃えているのではないか? 耳の辺りなんか鉄を熱した時に似た熱気が生まれている気がする。ルッカは真剣に馬鹿らしいことを考えていた。
 生まれて初めての恋と、初めての告白。その二つがほぼ同時に行われたとなれば無理の無いことかもしれない。その初々しい行為を子供とは言いがたい年齢で経験したことも相まって彼女の脳は過負荷に耐えられず気絶への秒数を刻んでいた。


(いやいや、でもここで倒れたら皆に迷惑かかるし、皆が心配するし……クロノは心配してくれるかしら? そりゃするわよねあいつ優しいし……やっぱりクロノに迷惑かけたくないし、クロノに心配させたくないし……)


 いつのまにやら『皆』が『クロノ』へと変化した事に気づかず、ルッカは悶々と膝を抱えていた。頭に浮かぶのはこれからどうやって己が幼馴染と会話すればいいのかという一点に尽きる。今までのようにどつき漫才をするのは恋愛対象として見られない恐怖があるし、畏まったまま付き合っていては距離が縮まらない焦りが生まれる。いわば、その中間を捜索する作業を延々続けているのだ。未だに行方不明である『程よい距離感』は見つけられそうに無い。
 見かねたのか、マールがぶつぶつとああでもないこうでもないと試行錯誤しているルッカの肩を叩き、「どうしたの?」と聞いてみる。


「マール……あのね、私ね……クロノに好きって言ったわ。そのままじゃないけど、間違いなくそういう意味を孕んだ言葉で……あれ?」


 ここでルッカの顔色が明瞭に変わる。もしかしたら、自分の言葉ではクロノに伝わっていないかもしれない。どう考えても告白としか取れない言葉だが、億が一、兆が一にも意味を履き違えられていたらどうしよう? 彼をただの馬鹿とは思ってないが、それでも不安は渦巻き、今や平常心という大陸を呑み込む大渦へと化していた。
 挙動不審に体を揺らしながら「まままマールどうしよう!? どうしよう私、間違えてたかもしれない!」と肩を掴み顔を近づける。迷わずマールは「近いなあ」と嫌そうに顔を背けたが、今のルッカにそんな事を気にしている余裕は無く、もう一回言うなんて無理! 無理だってば! と世界終焉間際の面持ちで喚いていた。


「大丈夫だよ、クロノは鈍感じゃないってば」ルッカから話を聞き、嘆息混じりにマールは諭した。


 そ、そう……? と気を落ち着かせ始める。誰かに大丈夫だと言われるのが力に変わる明確な感覚をルッカは初めて知った。彼女に感謝の気持ちを告げようとしたその瞬間、ルッカはマールと喧嘩していた事を思い出し、萎縮してしまう。よく思い出せば、彼女は自分に謝ったが、自分は彼女に謝っていないではないか、とも。


「ご、ごめんなさいマール……私、あの時訳も分からず動揺して……おかしくなって……」


「良いよ、私も酷い事言ったからお互い様だよ」ルッカはその暖かい反応に涙を流しそうになった。自分の背中を押してくれた上、大丈夫だと励まして、さらに自分の失態すら許してくれる自分の友達……いや親友に出来る事は全てやろうと固く心に誓った。


「ありがとうマール。私もう逃げない、このお礼……いいえ、恩は必ず返すからね!」拳を握り自分の決意の強さを語ると、マールは笑顔のまま「じゃあ二つばかり、ルッカに謝らないといけないことがあるんだけど、それを許してくれない? それで本当にチャラだからさ」とルッカに握った拳を包み目を合わせた。
 何でも許すし、その程度で怒る訳がないと力強く答えると、マールは嬉しそうに「良かったぁ」と息を吐いた。その可愛らしい反応に、目の前の親友を抱きしめたい衝動に駆られ、いっそ力の限りそうしてしまおうかと思ったが、その前に出されたマールの言葉にルッカの体は硬直してしまう。


「あのね、ルッカの部屋燃えちゃったから。あ、倉庫にあった写真も全焼したっぽいよ」


 待て、とルッカは命令する。マールに対してではない。自分に、だ。脊髄反射のように魔力を練ろうとしている自分に停止を呼びかけていた。きっと彼女の事だ、意味も無く自分に嫌がらせとしてそんな事をする訳が無いじゃないか。落ち着け、落ち着け、と正しく魔法のように呟き続けて、ぎこちなく笑顔を作り「き……気にしないで?」と答える。それだけが今のルッカにできる最上の行動だった。
 しかし、彼女の血涙を流す思いで作られた笑顔も、次の瞬間にはあっさりと砕け散る事となる。


「それと、私もクロノ好きだから。ごめんね、ルッカ。もう応援できないや」てへっ、と笑う。


 殺せ、とルッカは命令する。マールをではない。自分を殺せと自分に命令する。ただ死ぬ事だけが最終の目的ではない。死ねばこの悪い夢が覚めるに違いないという一縷の望みを賭けた博打を打とうというのだ。死んで次に目覚めた時には自分の恋を応援してくれる大切な親友が出迎えてくれるはずだ、と。


(もう……もう我慢しなくて良いわよね? 私もう限界だしね?)


 おもむろに立ち上がり、ルッカは右腕を高く掲げた。その行動からマールだけでなく、ロボ、エイラ、カエルがひっ、と声を上げた。間違いなくそのまま渾身の勢いで振り落としマールの肩もしくは頭蓋を砕くか火炎を作り出し火の海に呑ませた後灰燼へ戻そうとしている、そう思ったからだ。ゆらり、と揺れる彼女の後ろに陽炎が見えたのは気のせいではあるまい。
 ぶつぶつと何事か囁く彼女の様子から、それを呪文詠唱だと考えて、火炎だな、とマールは予想した。震える唇を叱咤して口早に防御の為の魔術を紡ぐ。詠唱時間の長さから並大抵の氷壁では防げないと悟り、冷や汗が流れる。カッ、とルッカの目が見開かれた瞬間、魔王とマールを除く全ての者がルッカを取り押さえるべく駆け出した。
 ──間に合わない。それがマールに浮かんだ言葉。口を動かすだけで事足りるルッカと違い他の面々には近寄るための距離が存在する。僅か数歩程度の距離が、果てしなく感じられた。
 諦観を滲ませた表情で、マールはルッカを見遣った。なんとか誤魔化せないかなあ、という打算も込みで、だ。マールの見たものは、怒りで目を引き上げた顔でも悔しさで歯を噛み締めている修羅のような顔つきでもなく……どちらかといえば、子供がするような、駄々っ子に近いものだった。


「だめーーーーっ!!!」


 拳の前面──俗に言う猫ぱんちというのか、でマールの体をぽくぽく殴るルッカに、魔王を例外とする総員が体を転ばせた。どないやねん、という転び方だった。


「だめだもん、クロノ好きだもん! 私が好きなんだもん!!」


 前述したとおり、彼女に恋愛経験は無かった。今までクロノが好きだったという過去は全て思い違いだったとされ、その上にまたクロノへの愛情を新規に上書きされた彼女の恋愛感は同年齢の女性と比べ、あまりに幼かった。一つの逆行とも言える。今の彼女にとって恋愛とは、自分が好きになった相手が取られるかもしれない、などという事は酷く理不尽に感じられたのだ。自分が貰ったお菓子を理由無く取られるような、そんな感覚に近いだろう。
 なまじっか、恋愛本を読み込んでいた事も災いとなった。彼女の見る恋愛ものといえば、大概が好意を自覚した女主人公はとんとん拍子に好きな男性とくっつくというありふれた展開の多い優しいものだった。今の彼女に現実と虚構の区別をつけろというのはかなり難しいことだった。
 要約すると、ルッカはマールの言う「私もクロノ好き」宣言は純粋に自分を虐めているようにしか感じられなかったのだ。何で意地悪するのか分からない彼女は悲しくなって癇癪を起こしていた。結局ルッカは自分本位の考え方を改めるには至らなかったという事になる。そも、考え方を変えるなど短い期間で出来る筈が無いのだが。


「取ったらだめ! 私がクロノを……う、ううーーー!!」


 とはいえ、喚きながら微量に残った理性が蘇り始めて「いや、その理屈はおかしい」と白々しく告げてくるものだからルッカは何を言う事も出来ず呻き出した。もう、自分が悲しいのか悔しいのか怒っているのか焦っているのかなんなのか全く分からなくなっていた。
 目を白黒させて混乱していたマールはようやく今の状況を掴み、視線を下に降ろす。そこには自分の胸元にしがみつき「だめだもん」を連呼するルッカの姿。時々力無く自分を叩く拳が弱弱しくて……本能のまま抱きしめる事にした。


「やばいよカエル……ロボに引き続きルッカも持って帰りたくなっちゃった」念入りに背中やら頭やら臀部やらを擦りながら至極真面目な顔でマールはカエルに助けを求める。矛先を向けられたカエルは「やめんか」と端的に返した。


「一応、カエルもリストには挙がってるよ。エイラもね」まさかここで自分の名前が出るとは思っていなかったエイラは「……え?」と怯える。「聞きたくないわ! そんな妄言!」犬歯を剥き出しにしながらカエルは言い、そのまま魔王を見遣り、平然としている様を見て(何故こいつだけマールのリストから外れているんだっ!! 不平等だ!!)という怒りを覚えた。カエルと魔王の間にある溝が地平線まで続いている。今や伸び過ぎて大気圏を突破する勢いだった。地球から水星くらいの距離だろうか。
 様々な思念が飛び交い絡み合う中、おろおろするエイラとロボ、未だ泣き止まぬルッカと彼女を至福の表情で撫で回しているマール、カエルに睨まれ殺意を送り込まれている魔王。実にバラバラなその場面に、魔王が誰にも聞こえないよう音量を落として呟いた。


「全員、阿呆ばかりだ」


 誰にも聞こえてない筈だが、老人ハッシュがタイミング良くこっくりと頷いた。


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