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No.20619の一覧
[0] 星は夢を見る必要はない(クロノトリガー)【完結】[かんたろー](2012/04/28 03:00)
[1] 星は夢を見る必要はない第二話[かんたろー](2010/12/22 00:21)
[2] 星は夢を見る必要はない第三話[かんたろー](2010/12/22 00:30)
[3] 星は夢を見る必要はない第四話[かんたろー](2010/12/22 00:35)
[4] 星は夢を見る必要はない第五話[かんたろー](2010/12/22 00:39)
[5] 星は夢を見る必要はない第六話[かんたろー](2010/12/22 00:45)
[6] 星は夢を見る必要はない第七話[かんたろー](2010/12/22 00:51)
[7] 星は夢を見る必要はない第八話[かんたろー](2010/12/22 01:01)
[8] 星は夢を見る必要はない第九話[かんたろー](2010/12/22 01:11)
[9] 星は夢を見る必要はない第十話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[10] 星は夢を見る必要はない第十一話[かんたろー](2011/01/13 06:26)
[11] 星は夢を見る必要はない第十二話[かんたろー](2011/01/13 06:34)
[12] 星は夢を見る必要はない第十三話[かんたろー](2011/01/13 06:46)
[13] 星は夢を見る必要はない第十四話[かんたろー](2010/08/12 03:25)
[14] 星は夢を見る必要はない第十五話[かんたろー](2010/09/04 04:26)
[15] 星は夢を見る必要はない第十六話[かんたろー](2010/09/28 02:41)
[16] 星は夢を見る必要はない第十七話[かんたろー](2010/10/21 15:56)
[17] 星は夢を見る必要はない第十八話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[18] 星は夢を見る必要はない第十九話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[19] 星は夢を見る必要はない第二十話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[20] 星は夢を見る必要はない第二十一話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[21] 星は夢を見る必要はない第二十二話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[22] 星は夢を見る必要はない第二十三話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[23] 星は夢を見る必要はない第二十四話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[24] 星は夢を見る必要はない第二十五話[かんたろー](2012/03/23 16:53)
[25] 星は夢を見る必要はない第二十六話[かんたろー](2012/03/23 17:18)
[26] 星は夢を見る必要はない第二十七話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[27] 星は夢を見る必要はない第二十八話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[28] 星は夢を見る必要はない第二十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[29] 星は夢を見る必要はない第三十話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[30] 星は夢を見る必要はない第三十一話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[31] 星は夢を見る必要はない第三十二話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[32] 星は夢を見る必要はない第三十三話[かんたろー](2011/03/15 02:07)
[33] 星は夢を見る必要はない第三十四話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[34] 星は夢を見る必要はない第三十五話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[35] 星は夢を見る必要はない第三十六話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[36] 星は夢を見る必要はない第三十七話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[37] 星は夢を見る必要はない第三十八話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[38] 星は夢を見る必要はない第三十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[39] 星は夢を見る必要はない第四十話[かんたろー](2011/05/21 01:00)
[40] 星は夢を見る必要はない第四十一話[かんたろー](2011/05/21 01:02)
[41] 星は夢を見る必要はない第四十二話[かんたろー](2011/06/05 00:55)
[42] 星は夢を見る必要はない第四十三話[かんたろー](2011/06/05 01:49)
[43] 星は夢を見る必要はない第四十四話[かんたろー](2011/06/16 23:53)
[44] 星は夢を見る必要はない第四十五話[かんたろー](2011/06/17 00:55)
[45] 星は夢を見る必要はない第四十六話[かんたろー](2011/07/04 14:24)
[46] 星は夢を見る必要はない第四十七話[かんたろー](2012/04/24 23:17)
[47] 星は夢を見る必要はない第四十八話[かんたろー](2012/01/11 01:33)
[48] 星は夢を見る必要はない第四十九話[かんたろー](2012/03/20 14:08)
[49] 星は夢を見る必要はない最終話[かんたろー](2012/04/18 02:09)
[50] あとがき[かんたろー](2012/04/28 03:03)
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[20619] 星は夢を見る必要はない第三十三話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/03/15 02:07
 ここには、朝は来ない。そもそも時が停滞して動く事を止めているこの場所でそういった流れを感じさせるものを期待するだけ無駄だと、私はとうの昔に分かっていたはずなのだが。それでも今、この時においてはその時の流れを渇望したいと願っている。
 おかしな話だ、常に時を監視して……いや眺めているだけの私が何かの為に何かを為したいなどと考えるとは、ここ数年……数十? はたまた数百かも知れぬ、その中で決して思わなんだことであるのに。
 ──時の最果て。私の今いる場所にて唯一の居場所。永遠にここを出ること無く、それは私自身の想いが原因となっている。最早……何もする気が無い私だからこその結論。
 それでも私は、彼らの為に何か出来ないか、思考の波に溺れてみる。でなければ、長年生きてきた私でも、少々気が重い。この状況は。


「だから……うるさいんですよ貴方は! クロノクロノって……もういないんですよ、いつまでも延々同じ言葉を聞かされて、思い返される身になってくれませんか!?」


 ああ、またか。帽子をかぶった娘に機械の子供が怒鳴り散らしている。同じ単語を並べているはずの無い者に語り続ける娘に嫌気が差したのだろう。胸倉を掴み鉄製の拳を幾度もぶつけて……彼は気付いたように顔を強張らせるのだ。自分の腕が血に塗れ、それ以上に赤く染まる娘の顔を見て震え始める。
 ……同じ流れだ。彼は今にもこう言うのだ。「クロノさんごめんなさい、クロノさんごめんなさい」と。慌てて娘に治療の光を翳して、胸が潰れそうなか細い声で娘を心配しながら、最後に「これで、約束は破ってませんよクロノさん、僕、良い子ですから」と誰かに許しを請う。ここまでが何度も行われた一定の行事。
 彼はまた部屋の隅に座り、黙り込む。いつかまた亡きクロノさんを想い偶像へ話しかける娘さんに爆発するのだろう。そしてまた彼も謝るのだろう。その手を仲間の血で濡らして、治療して。この繰り返しは絶えることは無い。クロノさんが許してあげるまで。彼が「よくやった、ロボ」と笑いかけるまで。
 私は、懐より小さな卵を取り出した。言うべきだろうか? ……いや、それは私の役目ではない。それではあまりに分を超えすぎている。私はあくまで傍観者、役者と戯れ、運命を変えるなどしてはならないのだ。彼らが答えに辿りつくまで……背中を押すその時まで。
 もしも、その時になるなら。その時に流れを変える人間がいるとしたら……それはきっと彼らではない。機械の子供はまだ若い。消えた誰かを嘆くことしか出来ないだろう。英明であるのは疑わないが、そこまでの強さを彼は秘めていない。
 ではそこで独り言で会話をする娘さんか? それはもっと無い。彼女は今も過去を彷徨っている。戻ってくる時は明確な希望が見えてからだろう。それだけに彼女はクロノさんを愛していた。それが恋愛的なそれかどうかはともかくとしても。
 人外に身を窶された娘さんはどうだろうか? ……彼女はもっと危ない。私の持つ方法を知った時、彼女がどういった行動を起こすか自ずと私は見えてくる。希望があるとすれば……


「……マールディア王女。お前さんしかおらぬじゃろう」


 苦境を超えて、悲しみを経て前を向けるのは……きっとあの娘さんのみ。前を照らすのはその気概と勇気が無ければならない。
 悲しみを知り尚も前を見る気概と、それらを振り払おうとする勇気。並大抵の事では得られぬ、また持つ事すら許されぬ過酷な力。彼女がそれを持つならば。その資格があるならば。
 私は卵をまた懐に戻した。その時が来るまで、卵はただ眠るのみ。これは、そういうものなのだから。












 次第に速度は落ちていく。彼なりの配慮なのかもしれない。流石に山々を瞬時に越えていくスピードのまま戦闘というのは無茶だと彼も思ったのだろう。そのように不安定が過ぎる勝負は彼も望まなかったか。それでも十二分に怖すぎる舞台なのだが。
 ただ……単純な戦闘ならば私たちに分がある。基本的に私は場所を動かず、エイラの援護をしていればそれで済む話なのだ。一対一でエイラと組み合うことが出来るダルトンの膂力と体術には恐れ入ったが、シルバードの上でも恐れなく駆け回るエイラと、そこまでのバランス感覚を持てない彼とではエイラの有利どころではない。自由に動き回れる彼女と違いダルトンは動けずただ立ったままに攻撃を食らうだけだった。
 その上、魔法という魔法は私のアイスで邪魔をされて発動すら許さない……こう言っては何だが、ここで戦うのは余りに彼に対して不義理ではないかとすら感じてきた。元々ここで戦おうと言ってきたのは彼のほうだが、これは戦いではない、むしろ虐めとすら言えるものだった。
 ……けれど、彼は止めない。エイラの拳がめりめりと顔に突き刺さり歯が何本と取れても、私のアイスで右足が凍りつき僅かな回避すら出来ずとも、彼は自分の存在を知らしめる様に吼えて両腕を振り回した。その覚悟が、構えが、私たちに攻撃を止めさせない。
 止められる訳ないじゃない。いないよ、こんな人。圧倒的劣勢で、魔法は放てず自分の攻撃が当たらなくても弱音を吐かず数の不利を口にしないでかかって来いと言わんばかりに笑う人なんて、私は見たこと無い。
 何度も倒れそうになって、痛みで顔を歪ませて、笑う声も明らかに強がりで。それは心無い人から見れば格好悪いとか思うかもしれないね。諦めが悪い馬鹿だと笑うかもね。
 ……言ってろ。私たちは知ってる。彼がどれだけ自分を無様だと思っているか。どれだけ両手をついて彼女に謝りたいと願っているか、分かるもん。
 彼とサラさんがどんな関係か、私は知らない。でも知らない仲じゃないんだろう。自分で自分が八つ当たりだと理解していても衝動を抑えきれないくらいには。
 辛いと思う。泣きたいんだと思う。そうすれば楽なのに、聞こえない彼女へ許しを願う言葉を吐けば、誰に届かぬとも彼が『謝った』という事実が残るのに、彼はそれをしなかった。闘う事を選んだんだ。
 それはそう難しい話じゃない。ただ単に、彼は同じ意味が無いことでも座して嘆くより誰かと闘う事を選んだというだけ。私の考える方向性とは違うけど、みっともないかもしれないけど、諦めるという道を遠ざけただけ。至る結末は違っても、彼は嘆くだけという最低の方法は取らなかった。


「なら……私は手加減なんてしないよ」


 それが貴方の望みなんでしょう? ダルトン。


「……くっ、御主人様! シスターズを呼んでください! そうすれば……」


「黙れマスターゴーレム。俺は今……楽しい、貴様を呼んだが、戦わせずに正解だ。これだ、これが俺の欲しかったものだ!」


 怒号と共にエイラへ渾身の力で拳を投げかける。当然に、力任せのパンチなんか彼女に当たるわけが無い。あっさりと避けられてカウンターに顎に一発アッパーを貰っている。脳震盪でも起こしたのか、ゆらゆらと体をふらつかせて、それでも倒れない。舌を噛んだのか、ひどい量の血を吐きながら、彼は仁王立ちを崩さない。


「ぶほっ! ……ハハハハ、これが俺の、結末だ。何も出来ず、何も為せず。ただ駄々を捏ねて癇癪を起こすことが俺の末路よ」


 とんでもない方向に彼は魔力球を放り投げる。遠く彼方に消えていくそれを見送ることもせず私は弓を射って肩に突き刺す。今度は、体を揺らすことも無かった。躊躇無く矢を抜き取り地上に放り捨てて、迫るエイラに中段蹴り。半身を逸らしてあっさりと中に入り込んだエイラの爪を立てた虎爪が顔面に入り、指先が目に入る。半分視界を奪われても、「温いぞ娘ッッ!!」と今度は逆に反撃を加える。といっても、ほとんど力の無い拳がエイラに当たり、微かに呻いただけだったが。
 回復呪文を掛けるまでも無い痛手だったが、私は彼女に近づきケアルを施した。一種の、敬意だった。ボロボロの彼が放った一矢は無駄ではなかったと伝えたかった。


「ハハハハ!! 効いたか俺の一撃は!? まだまだ、追い詰めてくれるわ!!」


 凍って床にへばりついている自分の足を無視して彼は鈍重に距離を詰めてきた。靴やローブが千切れ、皮膚が剥がれても気にする事無く前進する彼は……多分、狂っていた。
 ……それほどまで、貴方は好き……ううん。大切だったんだね、サラさんの事が。
 異性を想う気持ちが全て恋愛とは限らない。だから、私は彼が思慕の念を抱いていたとは断定しない。でも、もしかしたら……


「……それは、私が考えることじゃないんだけどね、きっと」


 迎え撃つ体制を取ったエイラを制止して、私はダルトンの前に立った。


「今度は貴様か。先程の女はもう動けぬようだな、フハ、フハハハハハッッ!!」


 エイラは今さっき確かに敏捷に動き彼と対峙していた。なのに、その言葉が生まれるという事は……
 ……もう、視界が正確には動いていないのか。
 エイラの目潰しによるものか、それとも殴られすぎて脳がいかれ始めたのか、私には分からない。分かるのは、彼が限界をとっくに超えているということだけ。常人なら気を失うどころか死んでもおかしくない攻撃を食らっているのだから、当然か。


「何度もごめんね。これが最後だから……教えて欲しいの。ダルトン、貴方は……」


──サラさんが、好きだったの?


 それは、もしかしなくても無粋な好奇心。聞く必要も無ければ、私なんかが聞いて良いことじゃない。それでも口をついたのは、きっと──だから。
 ダルトンは今までの狂気を発露していた笑みを消して、無表情へと形を変えていった。それは、積み上げた積み木をバラバラと崩していくようにあっさりとしていた。


「……俺は、馬鹿な女は、嫌いだ」


「じゃあ、当たりだね」


「……喰えん女だ。勝手に決めるな、馬鹿め」


 それで終わり。これからは会話は要らない。
 私は弓を仕舞って、腰を落として開いた右手を前に出す。足を肩幅よりも少し離して右足の爪先を相手に、左足は横を向くように。膝は足首よりも出ないよう心掛けて、目線は相手の臍より尚低く。
 ガルディア王家に伝わるたった一つにして究極の武技、縦拳。私はまだ極めたつもりは無いけど、ご先祖様に対抗して負けじと延々に鍛錬を行った力。彼は今のように強くなるまで、きっと相当の修練を積んできたのだろう。なら私も、年数が足りずとも磨き上げてきた技で締めるのが礼儀だ。
 ……ダルトンには、迎撃の態勢を取った私に馬鹿正直に突っ込んでくる義理は無い。ただ少し離れた位置から魔力球を飛ばせばいいのだ。だけど……彼はそれをしない。もし私の挑戦を避けるのなら、さっさと使い魔を召喚しているはずだから。彼もまた今までに積んできた己の武技を見せるため拳法の構えを取った。
 右拳を左手で包み、左膝を前に出してその長身を私と変わらぬ程に落とす。その姿はまるで大砲。あらゆる壁と困難を突き破るべく見せた、必中の砲撃体勢。散拳? いや、それでは拳を包む意味が無い。昔父上に見せてもらった東乱陣という構えに良く似ているが……彼がそこからどのような変化で私と戦うのか予想は出来なかった。
 ……怯えるな、マールディア。思い出せ、私の持つ縦拳はどのような技だったか。
 愚直で単純拳法の基礎も基礎。習いかじっただけの輩でも扱える事は容易い凡庸な技でありながら、極めた者ならばあらゆる武芸を打ち崩す究極の技だと私は教えられた。過去、この縦拳を扱ったガルディア王家の人間がこの技を破られた事は生涯にて一度きりだったという。
 ……確か、ガルディア拳法に縦拳が加えられたのは私の時代より四百年以上も昔。ジール王国の歴史がどれほどかは知らない。でも私は私の国の四百年分の歴史を背負ってる。何万の人間が研鑽を重ね進化したそれを破られるわけが無い!
 ……風が、止んだ。私とダルトンは合図も無く、互いに飛び込んだ。


「ゼアアアッッ!!!」


 ダルトンは包まれた右手を解放し、体を捻って豪腕を伸ばし私へと肉迫させた。確かに早い……早いけど、これなら拳で撃ち落すまでも無い!
 半歩分体を横に動かし、無防備なダルトンへと拳を放つべく力を込めたが……その前にダルトンのしてやったり、と笑う顔が不吉で秒に満たない時間、私は硬直してしまった。


「ウォアアアア!!!」


 さっきまで右手を隠していた左手が突きの反動そのままに体を回転させて私に肉迫している。巨大なハンマーのような圧迫感。振り回すだけのそれが先程の右拳と合わせて避けがたい拳に変化している。
 あの裂帛の気合で放った初撃がフェイント!? ……いや、確かに決め手であろう二撃目は初手の数倍の力を秘めている。避ける術の無い私は、そのままダルトンの拳に頭を直撃させた。


「ぎっ!! ……ま、まぎゃ……終わらないよっ!!」


 効いた。確かにこれ以上無いくらいジャストミートした。。耳から脳みそが飛び出るんじゃないかと思う位の衝撃。むしろ頭ごと飛んで行く幻覚すら見えたくらいだ。現に視界はぐらぐら、考える事すらおぼつかない。舌は廻りづらいし、吐き気も溢れる。耳は高鳴るし、場所が頭だけに心臓の鼓動も激しくなる。
 ……でも、構えは解かない。例え拳に刺されても、火に煽られても矢が体中に突き刺さろうとも崩れない構え、それが私の縦拳だから。


「あ、あ、あ、アアアアアッッ!!!」


 全ての力、全ての想い。込められるもの全てを込めた私の拳が、ダルトンの鳩尾に突き刺さり……私はその場に倒れた。あれ……? 回復呪文……唱えないと……駄目……な、の……に。











 星は夢を見る必要は無い
 第三十三話 クロノ・リメンバー












 高く、今にも割れそうな声が頭の中で木霊する。徐々にその声は、私にとって耳障りの良いそれに変わっていき、私は妄想の中の私が何を聞いているのか悟った。ああ、ここは確か……


『待ってよクロノ! 私、こういう所あんまり好きじゃないの!』


『何だよマール、怖気づいたのか? こういうのは一回やってみれば楽しいもんだって!』


『もう……次は私の行きたい所に行くからね!』


『分かったから、ほら行こうぜ!!』


 そうか。お祭りだ。私とクロノが出会った所で、私たちの旅が始まった、色んな意味で、始まりの場所。
 これは……お化け屋敷みたいな暗いサーカステントに入る時の事だ。もう、あそこは本当に怖かった。いきなり大きな音が響いたり、背筋が凍るような音楽が流れ始めたり、私は最初から最後までクロノにへばりついていたような気がする。鼻の下を伸ばしてたから、テントを出た後クロノの背中をおもいっきり叩いてやったけど。
 それからも、クロノと色々と見て回った。あまりに大き過ぎる、盛大なお祭り会場は短い時間で回りきれるものではなくて、次々に屋台を巡っても私たちは飽きる事なんて無かった。射的屋では飛び道具の得意な私が勝ってクロノに得意気な顔を見せていると、輪投げで呆気なく勝者は逆転してクロノに鼻で笑われた。金魚すくいも、レース予想も鐘の鳴らし合いや飲み比べまで。最後にやった型抜きではお互いに不器用だったから、二人して顔を見合わせて笑ったっけ。
 ……楽しかった。それ以上に私は感動していた。大袈裟でなく、私は生きるってこんなに楽しいのかと驚いていた。普通の女の子って、こんなに楽しい毎日を送っているのかと嫉妬さえしていた。
 違うよ、それは違うの。お祭りにいるから楽しいんじゃなくて、誰かと一緒だから楽しいんでもなくて、クロノと一緒だから楽しかったんだよ。クロノが横で私を見ていたから楽しかったの。
 お城の中では、クロノみたいな人はいなかった。最初は城下にはこういう人ばっかりなんだと思ってたけど、そんな訳ないよね。彼みたいな滅茶苦茶な人が早々いるわけない。今まで旅してきても彼みたいに馬鹿で、明け透けで、エッチで、その割りにヘタレで……臆病で。でも本当は強くて……いや、弱いけど前に立って、誰かの為に泣けて笑えて。自分より大切な人が何人もいて……いる訳、無いのにね。そんな男の子。
 ……会いたいよ。やっと分かったのに、胸を張って伝えたいのに。貴方は私の…………って。
 少しづつ見ている世界が色を消して、黒一色に染まる。ドロドロの液体が皆消していく。中世で私が消えた時に凄く似てた。それはとても怖いもので、悲しくて寂しくて不安になって私の存在が消えていく悲しい結末が身近に感じられて。
 ねえクロノ、貴方は今あそこにいるの?
 彼に耐えられるだろうか、あの何も無い空間で一人でいることに。彼は怖がりなのに、彼は臆病なのに……誰かといるだけで笑顔になれる人なのに。
 私は遠くにいるだろう彼を取り戻すべく、ドロドロの中に手を突っ込んで掻き回した。ここのどこかにいる筈なんだ。助けられる筈なんだ。今も誰かを待ってる筈なんだから。
 ……見つけた。
 私は万感の想いを胸に抱き、掴んだその手を黒い沼から引き摺り上げた……






「……マール?」


「……カエルなの?」


 目を覚ました私は、強く握り締めた手の主の名前を読んだ。彼女は目を白黒させて、私を心配そうに眺めていた。その隣にはせっせとタオルを水に付けて冷やしているエイラの姿。
 辺りを見回せば、黒茶けた布が降りている。中央に柱の立っているその光景は、間違いなくアルゲティの人々が作ったテントだった。そっか、地上に戻ってきたのか。


「あれ、ダルトンは?」


「……消えたよ。何処か、俺たちの知ることの無い場所にな」


 ──それから、私が気絶した後戦いはどうなったのかを彼らの口から聞いた。ダルトンは私の縦拳を食らった後、私に遅れて倒れたそうだ。それでも、意識は残っていたらしい。なんだか、悔しいな。
 ダルトンは自分の負けを宣言して、マスターゴーレムに何かを伝えた後、マスターゴーレムと共に黒い空間へと姿を消した。カエルたちの見間違いでなければ、それは時を越えるゲートに酷似していたそうな。ダルトンが自分の力で開いたのだろうか? ……今一つ信憑性が無いが、そう考えるのが妥当なのかな? 
 もしかしたら、架空空間の使い過ぎで、何かしらゲートの力が暴走して彼らを飲み込んだ……いや、これは考えすぎかな。仮にそうだとしてもそのタイミングはおかしい。ダルトンが自主的にゲートを暴走させて自分を何処か遠い時代に運ばせた、とかならまだしも。今度は穿ちすぎか。
 ともあれ、ダルトンたちは姿を消して、行方不明となった。


「行方不明……か。ねえ、賢者の人たちやサラさん、ジャキ君が行方不明になったのってダルトンと同じ理由なんじゃないかな?」


「ゲートに呑み込まれたということか? 有り得ぬ話ではないだろうが……決め付けるのはまだ早いだろう」


 確かに確証は無いけど、可能性としては充分ありえると思う。まあ、それこそ決め付けるのは早いんだろうけどさ。
 私は体を起こして伸びをした。びきびきと関節が鳴ることから結構な時間私は寝込んでいたらしい。


「もう体は痛まんのか?」心配するカエルの言葉に私は笑顔で返し、「むしろ動かないと調子が悪くなりそう」と残した。一応、まだ腫れの引いていない頭にエイラが渡してくれた冷えタオルを当てて、私はテントの外に出る。
 日はすでに落ち始め、空を赤く染めている。地平線に沈む太陽が名残惜しげに燃えているのだ。直に夜へとなるだろう。空には気の早い一番星が姿を見せていた。
 気分転換に少し歩くと、シルバードの姿が。両翼から伸びる翼が目新しい。そういえば、もう飛べるんだよね、シルバード。


「……ねえ。これも決めつけかもしれないけどさ、ダルトンは、私たちの為にシルバードを改造してくれたんじゃないかな?」


 後ろから追ってくるカエルたちにちょっとした可能性を提示してみた。すげなく斬られるかと思っていたが、想いの外カエルたちは考え込んでいた。
 というのも、それに思い当たる節が幾つかあったらしい。一つは、黒鳥号にいるダルトンの部下たちがシルバードを取り戻しに来ないこと。それどころか、操作の分からず戸惑っていたエイラに操作方法を教えたのも彼らだというのだ。空中に彷徨っていたシルバードに乗り込んできた彼らは己が主が消えたというのに私たちに復讐する事無く無事地上まで連れて行き、そのままアルゲティの住民に謝罪をしたとのこと。
 その際に彼らが口を開いた言葉は「ダルトン様を恨まないで下さい」だった。彼らはきっと、彼らなりにダルトンを慕い敬っていたに違いない。それだけの度量を、彼は持っていた。


「しかし、ダルトンが俺たちの為にシルバードを改造したとして……それは何のためだ? いや、確かに便利ではあるが……」


 ううん、そう言われると答えようが無いが……


「ダルトン、色々知ってた。いつか、必要なる。違うか?」


 エイラの言葉に私たちはまた謎が増えたと頭を抱える。必要になる時……空を飛ばねばならない時が来るというのだろうか? 空……空。駄目だ、思いつかない。ジール大陸はもう落ちてしまったんだし、海底神殿は空ではなく海中にある。もしかしたら、今のシルバードなら海の中にも潜れるかもしれないが……ちょっと想像できないな。


「……うー。分かんないや」


「だろうさ。ともあれ、これからどうする? ……やはり、時の最果てからラヴォスに……」


 カエルの考えに私は首を振って否定する。まだ足りないんだから。上手く言葉には出来ないけど、私たちにはまだやるべき事がある。明瞭に見えてなくても、それを理由に惰性で挑んで良い相手ではないのだから。
 かといって、これから明確な目的があるわけでも無い。あるとすれば、唯一つ。会いたい人物……いや、会わなければならない人がいることだけ。死んだか、ダルトンたちと同じくここではない何処かの時代へと連れて行かれたのなら打つ手は無いが……彼がそこまでのヘマをやらかすとは思えない。彼が何もかもやられっ放しというのは、戦ったことのない私でも想像が付く。最盛期のカエルたちが挑んでなお高かった壁はそう迂闊に消えはしないだろう。
 ならば、どうする? 彼が今私たちに見つけることが出来る場所にいると仮定して、可能性が一番高いのは……もしかしなくても海底神殿だろうか? であれば、無理を押してシルバードで海底神殿に向かうべきかな? ……ああ、だから海水に耐えられるかどうかも分からないのにそんな博打を打ってどうするの私!


「うあー、ちょっと手詰まりかも。だからって、みすみす命を捨てる気は無いよ」


 両手を放り出して、私は地面に体を倒す。空に浮かぶ雲は私の苦悩を知らず青空を漂っている。妙に、苛立たしいものがあった。理不尽だけどね。


「ラヴォス、知る。なら、色んな時代廻る、良くないか?」


「エイラ、色んな時代に行ってもラヴォスの事を知ってる人なんて早々いないよ。ていうか、精々ここの時代の人か、時の……っ!!」


 無意識に体が飛び起きていた。そうだそうだよ、時の最果てのお爺さんならラヴォスの事を知ってるかも知れない! いや、というか知ってた! それが何処まで知っているかは未知数だけど、よく考えないでも彼は謎の多い人物。私たちの知らない何かを知っていてもおかしくはない。それどころか……


「……それは夢見過ぎだよね。でも何もしないよりマシ。行こうよ、時の最果てに!」


 二人は頷き、素早くシルバードへと乗り込んだ。後はタイムテーブルを操作するだけ……
 起動開始、エネルギーは無尽蔵。スイッチを押して時の最果てに飛ぼうとして……


「おーい! あんたら、ちょいと待ったー!!」


「? あれって、村の人だよね?」


 なだらかな丘を越えた先にアルゲティの住民らしい黒茶けた服を纏った男の人が両手を振り、私たちに呼びかけていた。急遽シルバードの起動を止めて、地面に足をつける。息を切らしながら走り寄ってきた男の人は膝に手をつきながらも、途切れた声を出した。


「はあ、はあ……い、今北の岬でさ、あんたらの仲間がいたけど、放っておいていいのかい?」


 わざわざその為だけに走ってきてくれたのか。随分優しい人だなあと感謝しながら……仲間? まさか、ロボとルッカがここに来るわけは無いし、もしそうならカエルとエイラがここにいるのはおかしい話だ。
 私たちが頭を捻っているのを見て、男の人は「何だ、違うのか?」と肩透かしを食らったように落ち込んでいた。まあ、必死で追いとめたのにそれが自分の勘違いだとすれば気も抜けるだろう。


「おかしいなあ、あんな服装の人、他所から来たに違いないんだから、あんたらのお仲間さんだと思ったんだけどなあ」


「服装が違う……? それは、どんな格好だったんだ?」


 カエルが問いかけて、彼は間違いなく重要な言葉をゆっくりと吐いていった。「いやね、黒尽くめの服で、橙の手袋をはめて、髪は青い……」
 ……それだけで、特定できた。アルゲティの住民でも、ジール王国から逃げてきた人でもなく、その他人を寄せ付けないことを表している服装。違えることなく、その人物は……


「あっ、カエル!?」


 私がその人物の名を上げる前に、私より先に悟ったカエルが飛び出した。向かうのは、北の岬。一人で決着をつける気かもしれない。
 駄目……まだ、彼から聞きたいことは山ほどあるのに……!
 遅ればせながら、私たちもカエルの後姿を追って走り出す。それでも、彼の姿は見る間に遠くなり、視認のできないものへと。私はともかく、メンバー随一の身体能力のエイラですら追いつけないなんて……それだけの気合をカエルが持ち合わせているということだろうか?
 私も形振り構わず両手を振り、足を必死に急がせた……






 ……見渡す限りの大海原。ウミネコが空を浮かび魚の浮上を待っている。夕日は姿を消す間際、赤い陽光が彼らの対峙をこれ以上無いくらいに演出している。舞台照明は整い、場の空気は張り詰めた風船よりも尚、尚。ガラスの床に立っているような不安感を見ているだけで知らしめる緊張、カエルは既に剣を抜き、感情の全てを怒りに全変換させている。私とエイラは、彼女に近づくことすら出来なかった。彼女は背中で瞭然に語っている。寄らば、斬ると。
 岬の先端に立ち、マントを潮風にたなびかせていたのは……中世のモンスターを牛耳り、ガルディアを滅亡寸前までに追い込んだ闇の主……魔王その人だった。
 魔王は後ろでカエルがグランドリオンを手に今か今かと斬りかかる瞬間を探しているのに対し、彼は何一つ動きを見せない。逆光に遮られて彼の表情は窺えないが、何処か寂しげな背中に見えた。


「見つけたぞ……魔王!!」


 カエルの呼びかけにより、たった今気付いたという風に彼はゆっくりとこちらを振り向いた。眼に浮かぶ赤い瞳は力を無くし、今にも崖下に身を投げそうな……そんな悲しげな顔だった。


「……見るがいい」


 彼はカエルの敵意に取り合う事無く、遥か先まで連なる水平線に手を伸ばした。戯曲に登場する役者のような、それでいて自然な動作に私たちはどうしても、彼の言葉を止める事は出来なかった。


「夢見る国と謳う、ジール王国。全ては最早海の藻屑と消えた……そして、過去の私も……」


 過去の私……? ……それって、どういう……


「まさか……貴様、あの時のガキか?」


 カエルの確認に魔王は返さず、それが答えとなっていた。
 ……そっか、私は会って無いけど、サラさんの弟……名前はジャキだったかな。魔王は過去に中世に飛ばされて、またこの時代に辿りついたのか……恐らく、そこまでして古代へと戻ってきたのは、偏に……


「ボッシュ……ハッシュ……ガッシュ……サラ……それぞれ何処にいるとも知らぬ時代へと飛ばされ、サラに至っては会うことも叶わぬ……」


「……サラさんを助けたかったのね?」


「……私はラヴォスを倒す、それだけを考えて生きてきた……ラヴォスが作りだすタイムゲートに飲み込まれ中世に落ちて以来……長かった、魔力を鍛え、魔物共を使役し、見返りに膨大な領地をその時代の人間から奪い……それも、魔王城でラヴォスを呼びだす事を貴様らに邪魔されて無駄となったが……」


 自嘲気味に口を歪めて、魔王は力無く腕を下ろした。


「再び次元の渦に飲みこまれ辿りついたのが……またこの時代だ。滑稽だろう? 歴史を知る私は、予言者と名乗り女王に近づきラヴォスとの対決を待った……しかし結果は……何も、出来なかった……!!」


 話す内に感情が爆発したように、彼は勢い良く体を反転させて太陽に向け叫んだ。


「私は……っ! 強いと信じてきた! 魔術を深め研ぎ澄まし体術という体術武術という武術戦闘時においての心理戦多対一一対一の条件下での対応ありとあらゆる戦いを制するという自負さえ持ち合わせていた!! ……だが」一度呼吸を整えて、再度低く項垂れた声を上げる。「ラヴォスの力は強大だ。奴の前では、全ての生物に黒き死の風が吹き荒れて……小手先の知恵も力も役には立たぬ……」


「……言いたいことはそれだけか? 魔王」


 何故伝わらないのか、と言うように魔王はチッ、と舌打ちをして、今も睨み続けるカエルに怨嗟の眼差しを送り返した。


「分からんのか? このままでは貴様らも同じ運命となる……そう、あの赤毛の男、クロノとかいう奴とな!」


「っ! クロ、馬鹿にする、許さない!!」


「どこまでも腐り果てた奴だ……! 今ここで斬り殺してやる!!」


 ……怒りたい。私だって、クロノを貶す発言を撤回させたい。でも、無理だよ。
 だって、その人。泣いてるよ? 眼に涙を溜めて、誰かに助けを求めてる。手を振り回して、世界とか、そんな大きなものに悪態をついて、それでもままならない事に諦めと失望と、理にならない事柄を恨んでる。
 私には、彼が長身の大人の男ではなく、幼いままの子供に見えた。


「奴は弱かった……誰一人助ける事も出来ぬ程にな!! 虫けら……いや、何も為せぬ分、いないものと然して変わらん!!」


「俺の……俺の仲間を……貴様、貴様ァァァァ!!!!」


 喉が潰れるのではないか、と思うほどの大声量で叫び、カエルは大上段に剣を振りかぶって魔王に斬りかかった。魔王は避ける事無く、ただ静かに飛んでくるカエルを見つめて……小さく、ダークボムと唱えた。すぐさま宙を飛ぶカエルは地に伏せて、体を押し潰されていく。エイラが助け起こして横っ飛びしたことで魔力の効力外へと移動され事無きを得たが……
 ……どうしよう。私も、戦わないと。カエルとエイラが剣と拳を向けている。それも圧倒的な力を持つ魔王を相手に。
 そう、見ただけならば彼は圧倒していた。子供の手を捻るようにカエルとエイラを相手取れるのだろう。でも、なんでかな? 私には、カエルとエイラが魔王をよってたかって嬲ってるように見えるの。泣いてるだけの、迷子の幼子を怒鳴りつけて孤独にさせている……そんな図式に見えてしまう。


「私は間違ってない!! もし奴が、貴様らの思うとおりの人物ならば……私の信じた者ならば!!」
『……姉上を、助けて』


 ──ほら、こんなに鮮明に浮かぶ。彼の隣に居る小さな男の子が、両手を握って震えている姿が。その子は徐々に魔王に近づいていって……


「サラを……姉上を守りぬいた筈だ!!」
『姉上ともう一度会わせて……』


 ──ついに、完全に同化した。


「約束を守れないのなら……出来ぬ事を言うくらいなら……最初から、希望など見せなければ良かったのだ!!」


 彼の眼からこぼれる幾筋もの涙。赤い瞳を揺らして、端整な顔立ちを濡らし人目も気にせず鼻水を流してクロノを責める……いや、求める彼とどうして戦えようか? 私には……それこそが悪ではないかと思う。
 ……クロノは、そんなの望まない。彼は子供の泣き声が嫌いだから。だから、ロボが泣いた時、誰よりも早く背中を撫でてあげてたんだから。
 私は猛るエイラとカエルの前に出て、自分の場所が分からず泣いている魔王の背中に腕を回した。彼は驚いてる、離せ、小娘! とわざと強い言葉を吐いて自分を大きく見せようと足掻いてる。
 ……離さないもんね。私は誰でもない、クロノの意思を継ぐ……この言い方は不謹慎かな、私は彼とまだ会えると信じてる。いや、そうなる。だから、その間だけ私は彼のやりたかった事をやろう。彼がいたら行っただろう行為を肩代わりしよう。
 宣言する。私はルッカ程クロノを見てなかったかもしれない。ロボ程彼を慕ってなかったかもしれない。カエル程彼に信頼を置いてなかったかもしれない。エイラ程彼に感謝してなかったかもしれない。魔王ほど彼を万能と思ってなかったかもしれない。
 でも、私は誰よりクロノに影響を受けた。クロノの一挙一動を見て、彼の行動を慕い、彼の信念を信頼して彼の存在に感謝した。彼がいれば皆が万能になると疑わなかった。
 だから私は見捨てない。泣いている人も、悲しんでいる人も、誰も切り捨てない。敵は許さない、でも許せるなら許したい。彼は出来る限りの人が幸せである事を願っていたから。


「……ごめんね。私は何も出来ないかもしれない。でもね、胸を貸すくらいなら出来るんだよ?」


 魔王は口を数回開けて……「……背丈が足らぬではないか」と可愛くないことを言った。いいもん、今に私は背が高くなって貴方やクロノを上から見下ろすくらいに大きくなるもん。
 ……それは、ちょっと嫌かも。


「……あっ」


 ゆっくりと、私の肩に手が落とされた。震える両手は、怖がるように私に触れて、私が背中に回す腕の力を強めれば、彼も応えてくれた。途端強くなる私を抱きしめる両腕は、助けを求める力の分だけ。息が苦しいけど、わざわざ声に出す気は無い。そんなことをしたら、怯える彼がまた離れてしまう。


「……辛かったんだね」


「……知ったような事を口にするな、小娘……っ」


 ごめんね、とだけ呟いて、後は静かな時間が流れた。カエルには悪い事をしたと思う。折角の決着をうやむやにしてしまったんだから。
 こう言ってはなんだけど、私は復讐を非難する気は無いよ。彼は正当な動機があるし、その為に費やしてきた年月の重さも馬鹿にはならない。
 でも、今はフェアじゃない。今彼と戦って勝っても、貴方の得たいものは多分手に入らないよ、それこそ、一生涯に。
 ……空は黒ずみ、星々が輝き出した。夜空に浮かぶ半月が雲から抜けて姿を見せる頃まで、魔王は私を離すことがなかった。










「私も行ってやる」


 魔王が涙してからの第一声がそれだった。当然カエルは怒ったし、エイラはついていけず眼を白黒させていた。
 私は……正直、どうしていいか分からない。彼と旅をするのが嫌だという訳でもない。もしそうなら最初から彼を慰めたりしていない。ただ……彼の望みはなんだろう。私たちとラヴォスに挑む為だろうか? 今の彼はまだ不安定の極致だと思う。もし戦って散るのが目的なら私は賛成できない。私は死ぬ気は無いし、彼にも死んで欲しくない。ただラヴォスと対面する為の手段として共に行くというだけなら、お断りだ。
 私の考えが透けて見えたか、魔王は「死ぬ気は無い」と断じて、誰もが望んでいた事を教えてくれた。


「クロノを生き返らせる手段が、無いわけではない」


 ……短くても、それは意味のありすぎる言葉。私たちが祈って、無理だと分かっていても縋りついていたそれを魔王は容易く口に出してくれた。やっぱりカエルは「そんなことが信じられると思ってるのか!!」と噛み付いているが、とにかくエイラに黙らせた。本当にごめんカエル、でも彼の言葉を信じるしか方法は無いでしょ?
 彼の言うには、時の賢者ハッシュならば失った時を取り戻せるかもしれないと言う。失った時……ぼやかした言葉だが、確かに受け取りようによってはクロノの生きていた時間を取り戻せるとも読み取れる。でも、時の賢者ハッシュって……


「……最果ての老人、知ってる、かも」


 暴れるカエルの両腕を掴みながら、エイラが思いつきと言った顔で話す。
 確かに、時の最果てなんて所にいるくらいだ。ハッシュさんの所在を知っているかも……いや、それどころか彼が……


「行こう。なんにせよ動かないと、クロノは戻ってこないよ。私たちが進まないと何も変わらない」


 世の中とはそういうものだと、私は父上に教わった。行動で、クロノにも教わったのだから。
 それから、紆余曲折の言い合いが始まり、治まるのにかなりの時間を要した。当然、その内容はカエルの魔王に対する対応への不満。甘言に惑わされること無く今すぐ斬って捨てるべきと、声高に主張した。
 こればかりは難しい。彼の言い分に私情があることは明白だが、それを指摘するのは酷と言える。私たちで例えるなら、ジール女王が仲間になるという事を許容するようなものだろう。彼は最愛の人物(友情愛情を度外視しても)を殺されているのだから。
 ただ、彼を説得した言葉は一つに尽きる。「クロノに繋がる唯一の手がかりを持っている」それだけだ。結局は、魔王も直接の手段を持っている訳では無いが、それを抜きにしても奇跡的手段を知っているだけで私たちとは違う。他にも、ラヴォスについて詳しいのは彼を置いて他ならないだろう。いずれは戦う敵の情報を蓄えている彼と、少なくとも今敵対するのは芳しいものではない。
 あくまでも、「貴様の言う手段が本当か否か分かるまで、ただそれだけの間だ!!」という事で話はついた。カエルが折れてくれたのだ。
 ……と言うよりは、先延ばしにしてくれたというのが正しいか。カエルは、思っているのだろう。そのような方法があるわけが無い、と。つまりは、魔王と切り結ぶ時はそう遠いものではない、そう確信しているに過ぎない。冷酷と謳うことはできない。彼の考えは極々当然のものだろうから。でも……私はその当然を壊して、運命を変えてみたいと願っているのだ。
 ……なんとなくカエルと私の間に距離が生まれた気がした……、
 エイラを先に時の最果てに送り、私たちはそれに遅れてシルバードでエイラの後を追う形を取ることにする。操縦席には私が乗り込み、助手席にカエル。後部座席には魔王という配置。カエルは前を見ることはせず剣に手を掛けて常に抜き払える構えを取っていた。魔王はカエルの殺気を気にする事無く、ただ両手を交差して座っているだけ。鷹揚とも取れるそれに舌打ちを一つ。
 カエルの苛立ちや不満は分からないではないが、まだ彼女の言う『その時』では無いのだから、今は落ち着いて……無理な話だよね。
 機内の殺伐とした空間に私はため息をつくと共に、頭を抑えた。操縦法がまるで分からない。今まではハンドルといった操縦管など飾りというように触れる必要も無かったのだが、改造に伴い幾つか変更点が生まれている。元々はタイムテーブルを使って時を指定、後はボタンを押すだけでその時代に行けたのだが、どうも動かない。故障では無い……と信じたいが、まず電源の付け方すら分からない私はどうしたものかとカエルを見るが……彼女は今後ろの人間に夢中である。これでは語弊があるが、大本は同じだ。
 唯一、私たちが全員入った時に閉まったカバーが最後にシルバードは動きを止めている。自動で閉まるなら、自動で起動してくれてもいいのに……


「魔王、ちょっとこれ操縦の仕方分からない?」


「ふむ……所詮人間の小娘か。見せてみろ」貴方だって人間じゃないか、と言い返したいが、それで機嫌を損ねてじゃあ勝手に頑張っていろと言われるのも堪らない。仕方なく私は口を噤み体を退かして彼に見やすいよう操縦席を見せた。
 魔王は体を前に倒し操縦席の様子を見て「ふむ、ふむ……」と何度か頷き、赤い瞳を私に向け口を開いた。曰く、「分かるわけが無いだろう、馬鹿め」だった。カエル、腕の一本くらいなら斬っていいよ。


「大体、私は幼少より中世にいたのだ。機械操作など出来るはずが無いだろう」


「でもこれってジール王国の技術で作られたんでしょ? 貴方なら小さい時に似たような機械を見てたんじゃないの? 何より、貴方最近までジールにいたじゃない!」


「小さい時と言うが、いつの話だと思っている。最近でも確かに私は海底神殿といった最新文明に触れてはいたが、それは貴様らとて同じだろう。そもそも、見て触れるだけでその時代の機械操作が理解できると本心から思っているのか? 哀れな小娘だ」


 もういい。彼と話していても埒が明かない。ちょっとは親しくなれたかと思ってたけど、それは遠い幻想だったのだ。ていうか凄いむかつくこの人!! なまじ頭が良さそうだから、大概皮肉を挟んでくる。人の神経を逆撫でするのがそんなに楽しいかな!?
 魔王の体を押して後部座席に戻し、私はまた思考を巡らせる。「俺を頼るなよマール」という声は無視した。貴方に戦闘以外で頼ることは無いよ……マトモに戦ってるのジールでしか見たこと無いからそれもあやふやだけど!
 色々とフラストレーションが溜まり始めて、私は乱暴に見えるボタンを押し始めた。妙な機会音がピコピコ鳴るけど、そんなことはどうでも良い、動けばそれで問題無いんだから。
 カエルや、魔王ですら私の行動に驚いていたが、無視だ。どうせ何も出来ないなら私の数打てば動く作戦に口出しさせないよ。
 様々なボタンを手当たり次第に押していると、シルバードの下方部から内腹部を揺らすような重い音が響いてきた。打ち付けるようなそれは徐々に感覚が短くなり、機体が揺れ出す。まさかだよね、これまさかだよね?


「自爆装置か……小娘、やってはならぬことを……」


「嘘おぉぉぉ!!!!?」


 取り乱しながら私はとにかく必死でカバーを外そうと尽力した。カエルも逆方向のカバーを下から持ち上げて開こうと顔を真っ赤にしている。人の手で開けるようなやわい造りでは無いのだろう、私たちの手ではビクともしなかった。
 そうしている内に、振動は激しくなり、もう終わったか……と半ば諦めた時、シルバードはその体を浮かして飛び立ったのだ。


「え? これって、正常に運転してるんじゃないの?」


 私の誰に向けたわけでもない問いかけを引き継いでくれたのは、心なしか愉快そうに口端を歪めた魔王。


「そうだろうな。慌てふためいて、貴様らは平常心を知らんのか? ……脆弱な凡愚め」


 もう私は隣のカエルが「おのれええぇぇ!!!」と叫び掴みかかるのを止めはしない。なんなら、その剣でぐっさり刺しちゃってもいいよ。
 カバーに映る自分の顔を見ると、激しく遺憾だが、ちょっぴり泣いている自分が居た。泣くでしょそりゃ、ここまできてシルバードの自爆に巻き込まれて死ぬなんて、心残りなんてものではすまないよ!
 一度認識すると、安堵感から私は鼻を鳴らして泣き始めてしまった、情けない……さっきまで慰める立場にあった私がしんしんと泣いているのは自分の立場から見ても恥ずかしいものだった。
 操縦席では泣いてる女、後部座席ではいんぐりもんぐり揉み合っている男女……言い方が悪いけど、大本は間違ってないから良いよ、もう。女側は蛙の体だけどね。傍目には喜劇以外の何に映るというのか。


「ぐすっ……?」


 ふと、タイムテーブル操作盤が妙な動きを示し、私は目を凝らしてみる。私は操作していないのに、時計針が微細に振動していた。これは、時代の移動を感知するものだ、とルッカから聞いた。でも私はまだシルバードで時の最果てに移動する操作をしていない。それはつまり、私たち以外の何かが時空を移動しているということ。それも、この近辺で。
 嫌な予感が浮かぶ。私たち以外で時空を操れる存在なんてそういない。知る限りでは、まずダルトン。彼もまた時空とは違うかもしれないけれど、ゴーレムを他の空間から呼び出していた。時空を操るに近いことは出来るだろう。しかし、彼はついさっき何処か遠い場所に転送されたはず……なら、残るのは。


「ラヴォス……?」


 背中から登る悪寒に襲われて、私は滲む視界を擦って磨き、尚も騒がしい二人(特にカエル)に何かが起きている、と声を出す。
 ……直前、私は多分、声を何処かに落としてしまったんだと思う。


「…………あ、れ」


 ようやく搾り出した言葉が、たったそれだけ。首元に力を入れて、腹を締めて、上擦りながら放たれる声は酷く頼りない、慎ましいものだった。
 後部座席の二人も、ようやく動きを止める。私と同じ視界を共有したのだろう、私たちの眼前は、ただただ黒かった。闇でもなく、無でもなく、黒。
 ぎらぎらと、水を滴らせながら浮かび上がる、黒一色の巨大すぎる浮遊体。落ちる水が、何処かにある顎から落ちる涎のようで、私たちを喰うその瞬間を待っているよう。尖端に光る節々が太陽の光を吸い込み反射でなく黒へと呑み込んでしまう。全長は……分からない。数キロなのか、数十キロなのか、目測も出来ない大き過ぎるそれ。
 その大きさに、私は夢を見ているのではないか、と思ってしまう。不吉な黒い夢が具現化した存在なんじゃないかと。これだけ近いのに、機動音をさせないのが何よりの証拠なんじゃないか? なんのエネルギーもなく飛ぶ物体なんてありえないんだから。
 縦長に伸びる浮遊体は移動もせず、その場に在るだけで、見る者に威圧感を与えていた。


「……海底神殿」


「まさか! あれって海底にあったんじゃ!?」


 魔王の端的な言葉に私は驚いてしまう。「はは……死神の船だと言われた方が、納得できるがな……」とカエルの嘆くような声。魔王も、冷静さを保っているように見えて、その手は震えていた。それが、恐怖なのか、それとも憎い相手の居る場所として怒りを覚えているのか。
 まるで、世界の終わりを象徴するような海底神殿の浮上。間違いなく、私たちの旅の最後の敵がいるであろう、戦いの場。


「……もしかして、シルバードが飛べるようになったのは……ダルトンがそうさせてくれたのは……」


 これと戦えと、そういう意味だったのかな? 確かに、あそこに行くには空を飛べないとお話にならない。その為の、シルバードの改造……?
 もし私たちが彼に負ければ、ダルトンは一人で乗り込むつもりだったのか。それとも、考えなしに改造してくれたのか。分からない、分からないけど……


「あれに……勝てるの? 私たち」


 託してくれたのだとすれば、私たちは是が非でも叶えなければならないと思う。でも……まるで空が落ちてくるような圧迫感を放つ海底神殿に、私たちは挑めるだろうか? こうして眺めているだけで心がどうしようもなく砕けていくのに。
 私の勝てるの? という声に、二人は答えない。私たちは、逃げるように……いや正しく目の前の現実的でない現実から逃げて、時の最果てに向かった……












 シルバードは時の最果ての端、壁の無い通路の先にとめておいた。最初見つけた時はなんて危なっかしい場所なのだと近づくことすら無かったが(壁の先は無の空間が広がり、床の無いそこに落ちると何処に行くか分からないと言われたので)、望外に使い道ってあるものなんだね。
 口を開かず座り込むルッカとロボの二人をエイラがおどおどしながら見比べて、現れた私たちを嬉しそうに出迎えた。なるほど、話し好きでもないエイラでも、黙々とし過ぎるこの空間に居るのは例え僅かでも耐えがたかったのかな。
 ……分かってたけど、彼らはまだ立ち直らない。いつまでもいじいじとしたその姿にまた私は頭に血が上りそうになるが、理性で抑える。何より、こういう言い方は良くないけど、今は彼女らに構っている暇は無い。私が話を聞くべきは……


「お爺さん、聞きたいことがあるんだけど……」


 私の声にお爺さんは僅かに帽子を目深に下げて、髭を撫でながら「……なんじゃね?」と問い返してきた。まるで、私が何を求めているのか分かっているような雰囲気に一瞬呑まれそうになる。よくよく思い出せば、私は……というよりも私たちはまともに彼と会話をしたことが無かったように思える。目的が山積みだった私たちは気にしていなかったが……もっと早くに彼と会話を試みるべきだったんじゃないか? 今更だけど。
 私は、口にするだけでも奇跡に近い希望を確認するため、深呼吸を一つ、口を開いた。


「時の賢者を……探してるの。その人の事知らない?」


 お爺さんは見た目には何の変化も見せず、飄々とした声で「時の賢者か。聞いた事はあるが、彼にあってどうするね?」と返す。


「クロノを生き返らせることが出来るらしいの。ねえ、もし知ってるなら教えて!」


 私の言葉に反応したのは、彼よりもむしろ他。ルッカは夢遊病のような顔から一転して顔を起こし、私を見た。それはロボも同じ事。誰とも関わろうとしないといった背中を反転させて、よつんばいに私たちに近づく。「クロノさんが……?」と問うロボには悪いと思う。でも……今は気にしてられない。大事なのは、そこじゃない。


「死んだものを生き返らせる……それは誰しもが願い、誰しもが叶わず嘆いてきた過酷な真実。お前さんに、それを捻じ曲げる勇気はありますかな?」


「勇気はいらないよ。我侭であろうと、私は私の信じる道を進むだけ。クロノにもう会えないなんて、私は認めないもん」


 帽子の下から見える眼光が鋭く尖り……彼は片手に持つ杖を頭上に上げた。特に意味は無いのだろう、彼はすぐに杖を下げて、顔を綻ばせながら髭を揺らした。


「幸せですな、クロノさんは。なんせ……こんなにも想ってくれる人がいる」


 彼の目線は私に向き、次にカエル、魔王、ロボ、エイラ、ルッカとこの場に居る全ての人間を射した。本当は、こんなものじゃない、もっと沢山の人間がクロノを想ってると伝えたかったけど……それは今関係無いよね。クロノを心から慕うというなら、ここにいる人以上に大切に想う人は多分いないと思うし……ちょっと自惚れかもしれないけど。それだけの旅を私たちはしてきた筈だから。


「……あるわけが無い。そんな手段など。そんな眉唾に構わず、俺たちはラヴォスを討つべきでは無いか?」


カエルの水を指すような、ある意味現実的な言葉にルッカとロボが触れそうな希望を消されたように顔を歪める。と同時に今度は私とお爺さんに視界を移す。
 ……縋るのは良い。私だって内心怯えている。人が生き返るなんて、ある事なのか? と疑問が無いわけでもない。でも私は信じた、そう決めたのだから。なのに……未だに誰かが形にした言葉しか自分を決められないのは、正直不快である。貴方たちは、誰かが決めてくれないと……クロノがいない今でもクロノを頼るのか、と。それでは負担に過ぎるじゃないか。あんまりじゃないか。ロボとルッカの態度には……あまり好感は持てない。


「お前たちもそうだ。気持ちは分かる……親しい仲間がいなくなって何も思わんなど、鬼畜としか言えん。だが、夢物語に気を取られるだけでなく、明瞭とした目的に向かうべきでは……」カエルが言い切る前に、お爺さんが前に出て、カエルの声を終わらせる。訝しげに見るカエルを無視して、お爺さんが小さな、肌色の卵を取り出した。その手つきは慎重で優しくて、とても大切なものを取り扱うように繊細だった。
 注目する私たちを見回して、お爺さんは場を仕切るように咳払いをした後、よく通る低い声を薄暗い部屋の中に響かせた。


「これは、クロノ・トリガー、別名時の卵」


「クロノ……トリガー?」


 何だろう、何処かで聞いたかもしれない、とても不思議な響き。彼の名前が先に付いているからだろうか? それとも……何か、別の……


「これを孵す方法は……あの時の翼を作った男に聞きな」言って、お爺さんはシルバードを指差す、時の翼……なるほど、言い得ている。


「あんたらがこれを上手く使えるかどうか分からない。もしかしたら、何の意味も無いただの卵かもしれない」


「でも、意味が産まれるかもしれないよね?」


 私が胸を張って言うと、お爺さんは分かりづらい程度に破顔した。僅かに、苦笑の色が混じる声で、「かもしれんな」と告げて。


「その通り。結果の為に行動する……そんなことは在りえない。行動の後に結果は付いてくる。そうじゃろう? ……お前さんらがクロノさんを思う気持ち……それがあるなら、あるいは……」


 そんな事はわざわざ聞かれることでもないし、私が口にすることでもない。そういった思いが顔に出ていたかもしれない。だから、お爺さんは「これは野暮だったかな?」と今度こそ私に見えるように笑った。その笑顔は、何でだか、とても若々しく見えて、違いなく余計な事だけど、お爺さんは若い頃はとても精悍な顔だったのではないか、と耽ってしまう。


「……貴方が、時の賢者ハッシュ、なの?」それに対する答えは、「……どうだろうな?」というからかうようなものだった。別にいいけどね、分かってる事を口にするのは野暮だもの。貴方と同じように、さ。


「……本当、なのか? それは」


 カエルがわなわなと震えながら、お爺さんに真偽を問う。それにどう答えればいいのか迷ったお爺さんは、恐らく分かってはいたんだろうけど、「どっちが?」と返す。これは、クロノが生き返るかもしれないという部分と、時の賢者ハッシュなのか、という二つに対してのどっちが? なんだろう。カエルの答えは当然、


「人を生き返らせることが出来る、という部分だ! どうなんだ!?」


「言い切ることは出来んさ。ただ……あんたら次第、というだけだ。答えはあんたらにしか分からんよ」


「同じ……同じことじゃないか!」


 ……何で、カエルは怒ってるんだろう? お爺さん──ハッシュは、私たちに道を教えてくれた。これからどうすればいいのか、何が出来るのか。それに感謝こそすれ、怒鳴る謂れは無いはず。特にカエルはそういった礼儀は大切にする人間のはずなのに……


「落ち着いてよカエル。一体どうしたの?」


 私の声に何故か驚いたカエルは、目を合わす事無く「なんでも……ない」とだけ呟いた。


「とにかく、その卵を俺にわた」
「マールさん、だったかな? あんたに預けるよ。受け取りな」


 ハッシュは手を伸ばすカエルを流して、私に時の卵を手渡した。その動作は、明らかにカエルを無視したもので、なんだか悪意に近いものさえ感じた。怒鳴られて不愉快になったとか? ……まさか、そんな理由で怒るほど彼が老熟してないとは思えないけど……
 私は少し戸惑いながらそれを受け取り、大切に懐に入れた。
 ……その時に、明らかな敵意の視線を感じて私は思わず身構える。刺し殺すようなそれの先を見つけるために首を動かしても……誰もいない。強いて言えば……強いて言えば、私の視線の先に鋭く眼を尖らせたカエルの姿。じっとりと背中から汗が流れ落ちる。その一筋一筋が気をつけろ、と私に警告する。誰に気をつけろって? 私を害そうとする人なんていないよ? 私の事を心底心配して、守ってくれた人しかいない。いないのに……


「か、カエル?」呻くような声にカエルは反応らしい反応を返さず、淡々とシルバードに向かって歩き出す。これからも同行する、ということだろうか? 元から彼女には一緒に来てもらうつもりだったけれど……相談無く彼女が冒険のメンバーに入るのは初めてのことだった。


「わ、私も行くわ! クロノが、も、戻るかもしれないのよね!?」


「僕も、僕も!!」


 まるで授業場にいる生徒のように挙手して、我先にと旅に出ようとするルッカとロボはシルバードの船着場に押しかけていく。その眼は明らかにまともじゃなくて……贔屓目に見ても、彼女らに戦いが出来るとは思えなかった。目の前に喉から手が出るほど欲しいものがあるからといって、みっともなく喚き手を伸ばす姿。私は、今さっきまで周りを漂っていた不安を忘れて二人を追った。


「何マール? 凄いわ! 私がすぐにもクロノを助けてくるから! 貴方はここで待ってて!」


 ……煩いよ。ルッカ、今まで膝を抱えてて、いざ希望が見えたら元気になって、楽だね、そういうの。
 様々に怒りが溢れてきて、私は自分でもよく分からない位に目の前がカッ、と赤くなり……手を振り上げていた。目の前には疑問符を上げた女の子が一人。その事が、私の怒りに拍車を掛ける。もういい、今すぐ殴り倒せと何処かで誰かが騒いでる。こういう奴には殴らなければ分からない事があると騒乱を起こしてる。私はそれに身を任せて、
 ──泣いてる人を、殴れば良いの? ──
 ……自分の頬を打った。甲高く鳴る音が伝わり、鼓膜に振動の為に生まれた金属音に近い音が絶えず響く。うあ、痛いよ……


「な、何してるんですか?」


 私の自分を叩くという行動に奇怪さを読み取ったか、ロボが幾分怯えたように話しかけてくる。私は目一杯の笑顔で……ロボの耳を掴んだ。んふふ、誰かが言ってたけど、笑顔って威嚇行動でもあるんだよね、もしくは「今から攻撃するよー」って合図。一度笑ったことで肩の力が抜けたロボは防御することも出来ず為すがままに私に引っ張り上げられる。


「痛い痛い痛いっ!! た、助けてクロノさん!」


「ロボ、それにルッカも。私が貴方たちに言いたい事は、これ」


 呆然と見るルッカに見えるよう、体を反転させて、指を掌を曲げてロボの口元を覆った。意味することは伝わらず、二人とも硬直したまま何も言わない。だよね、これで分かったらそもそも貴方たちは間違えたりしないよね。


「私も大きなことは言えないの。だって、私もそうだったから。彼がいれば全部が全部上手くいくって、助けてくれるって、何処かで思ってたのかもしれないから」


 でも、今になって分かったから。彼がどういう存在なのか。奇跡的なことをやってのけて、強くも無いのに前に出て皆を守る、御話になんか出てきそうにない情けない英雄のような男の子が何だったか、本当に今更になって分かったから。なんてことは無い、彼は男の子だったの。誰よりも強くて、何処にもいるわけない、でも普通の男の子。民話や神話になんて例えられない、普通の……普通の。


「クロノはね……頑張りやさんなの」


「……何? 何が言いたいの?」


「クロノは頑張りやさんだから、皆の願いを守ろうと頑張るの。助けようと頑張るの……で、頑張るって、何?」


 まるで不思議そうな顔。私はロボの耳を離して、二人をくっつける。同時に二人を見れるように、逃がしたりしないように。両手で肩と肩を掴み押し付ける。ルッカが「痛いわよ、マール……」と苦悶の声を上げるけど、気にしない。多分、それ以上に彼は痛かった。


「頑張るってね、自分を削るの。それが自分の為なら削った分は取り戻せるの。誰かの為でも、時間を置けばまた頑張れるの。でも……削ってる事に変わりないんだよ、もう戻らない部分もあるの!!」


「な……何が言いたいのマール? お、おかしいわよあんた!」


「おかしいのは二人だよ!! ねえ、クロノに頼って、しがみついて、それで良いの? クロノはいつ守られるの? ……そんなんじゃ、クロノだって潰れるよ、帰ってきたってまた潰れるの! 分かる!?」眼と眼を押し付けるくらいの気持ちで私は顔を前に出す。みるみる二人に浮かぶのは、涙。ロボは推測だけど、悔恨。ルッカは……逆上に近いそれが垣間見えた。
 予想通り、彼女は私の手を払い、前に聞いたような台詞を盾に作り出した。


「クロノは頼って良いって言った! でないと、クロノも私を頼れないからって! だからいいでしょ!? マールと私じゃクロノからの気持ちも愛情も全部違うのよ! 何もかも自分の基準で考えないで! 私がクロノを助けるの、だから引っ込んでてよ!!」


 なんて、勝手な言い分。クロノが潰れても、壊れても自分だけは守って欲しいと言う様なものではないか。全部が全部、深く考えてのことではないと思う、思いたい。でないと……私は容易くさっき止めた腕を持ち上げてしまいそうだから。
 呆気に取られた時間が長かったか、それとも自分でも己の発言に悪意を感じ取り誤魔化したかったからか、それは分からない。ルッカは長くは無い沈黙に耐え切れず「何か言いなさいよっ!!」と声を狂わせて手近に置いてあった壺を私に投げつけた。


「つっ!!」


「あ……う……」


 割れた破片が額を切り、多くは無いが少なくは無い、少々盛大な量の血が流れ出し私の顔を赤く染めた。ルッカは……やってしまったという表情で、しかし自分でやったという事実が邪魔してか何も言わず息を吐いている。
 髪の毛についた陶器を払い落とし、口早に治療呪文を唱えて傷を癒す。壺に入っていた水を被ったため服がくっつき気持ち悪いが、別段どうということもない。顔に付いている水滴を指で落として、大きく息を吸った。そして、ルッカを見据える。


「……痛いよね。他人を傷つければ痛いよ、そうでしょルッカ。多分、クロノ自身も気付いてなかったけど、貴方はクロノを傷つけてた、でも痛くなかったでしょ? それは……」


 ここから、強調すべきことだから、一つ間を。覚えていて欲しいことなんだから。


「それは、貴方がクロノを好きだからじゃないよ。ルッカはただ……クロノを自分と同じものだと勘違いしてただけ。それは恋じゃない、ただの……自己愛なんだよ」


 きっとそう。ルッカはクロノに恋してるんだと、愛してるんだと誰もが思ってた。クロノってば、本当に鈍感なんだから、と呆れてすらいた。
 違うよ、クロノは鈍感じゃない。クロノがルッカの恋心に気づかないのは、それが恋心では無かったから。分かるわけがないんだ。
 ルッカもそれに気付いていたのかもしれない。自分が持つクロノへの想いが恋で無い事に。だから、ことすらに彼に向ける感情を愛とか恋とかで上書きしようと努力したんじゃないか。歪だと、自分でも理解していたんじゃないかな? 異性に向ける依存を恋愛ではなくただの自己投影だなんて認めたく無かったんじゃないかな?
 ……それを彼女に責めるのは、酷だろう。私の勝手な想像だけど、それについて悪いのはクロノなんじゃないかと思う。きっと、最初はルッカも何処にでもある誰もが持つ可愛い恋愛感情だったはず。それが……クロノの優しさが、ルッカを守ろうとするもう一つの歪さが、彼女を作り変えていったんじゃないか? 何処に居ても必ず助けてくれる彼を、ルッカはいつしか……他人では覆えなくなったのではないか。
 境界線は必要だ、自分と他人。例え友人でも愛している人でも家族でも、他の人、他人なんだ。そこを履き違えれば……それはもう友情でも愛でも家族愛でも無い。勘違いという悲しいものに早変わりしてしまう。すり替えられてしまう。


「もう一度思い出してルッカ。貴方が最初にクロノに何を思ったか。恋愛? 恩? それとも恨みとか、悲しみ? 同情? ……そのどれでも無いの? ……思い出して」


 でないと貴方は、もうそこから進めない。
 無機質に響く足音を伴い、私は二人の間を通りぬけた。横目に見えたルッカは、憔悴していて、静かに狼狽していて……堪らず声を掛けたくなるけど、優しい言葉を教えてあげたいけど。私が言えるのはもうこれだけ。


「……あの時は、ごめんなさい」


 あの時がどの時なのか。最初は古代でクロノが消えたと知った時へ向けていたけど、今はいつの事なのか、彼女には分からないだろう。私だって分からない。でも……それは今この時のことじゃない。
 悩んでルッカ。酷い言葉だけど、苦しんで。私は必ずクロノを連れてくるから、その時に彼に言う言葉を思いついて。彼は優しいから何でも受け取ってしまう。でも気にしないわけじゃないの。優しい言葉じゃなくていい、貶すような言葉だって構わない。貴方の気持ちを、彼に伝えたいと思う本当の気持ちを……どうか。


「……終わったのか」


 シルバードに乗り込むと、カエルが無感情に言う。私は「私はね」とだけ返した。私に遅れてついてきたのは、エイラかと思っていたけど、魔王だった。予想外だったけど、落ち込みきっているルッカとロボを支える役目は彼女の方が適任かもしれない。彼女自身そう思ったからエイラはシルバードに乗ろうとしなかったのかも。
 ……そう、私は終わった。後は彼女が自分で考えるだけ。ロボは……多分、そう心配はいらない。彼はまだ子供なだけでその実一番賢い子だから。すぐに立ち直るだろう、嘆いているだけでは何も産まれないと気づくのは、そう遠い話じゃないはず。
 操作盤を弄りながら、私は未来に時間軸を合わせる。瞬く間にシルバードは私たちを乗せて時の最果てから移動した。
 ぐにゃぐにゃと揺れる機体で眼を瞑りながら、私はルッカの事とはまた違う考えを巡らせていた。
 それは、カエルが放った言葉。気にせずにいることも可能だろうちょっとした違和感。でもそれは無理をさせた風船みたく膨れ上がる。


『人を生き返らせることが出来る、という部分だ! どうなんだ!?』


 人、と彼女は言った。クロノではなく、それを含む全ての人間として人。
 だからどうしたという訳ではない、言い間違えにもならない喉に小骨が刺さるような些細なモヤモヤ。なのに……なんでこんなに気になるんだろう。
 助手席のカエルは後ろに乗る魔王に敵対心を向けることも無く考え込んでいる。重大な決断を迫られるような顔つきに私はどうしても不安を拭い去ることは出来なかった。
 ……様々な想いを形にして、旅は続く。


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