城に着いた俺は王様に謁見し、「疲れただろう、地下の騎士団の部屋で休みなさい。後風呂にも入りなさい。とても臭い」とありがたい言葉を頂いたので柔らかいベッドで熟睡する。勿論風呂にも入る。食堂で飯も食べる。無料だったし。
「うーん、お城ってもっと煌びやかな所かと思ってたんだが、なんか置いてあるもの全部が古臭いな。レトロブームなのか?」
そもそも、この国はガルディアではないのだろうか? トルース町の雰囲気から見るに、俺が今まで住んでいた所と違うのは一目瞭然。まずリーネ広場があった所に山が鎮座している時点でおかしい。
あと、この国なんか臭い。変な靄が立ち込めてて前が見辛い。
しかし、元の世界(俺が生まれ育った場所)とこの世界(ルッカの機械で飛んできた今いる場所)で類似点が多々存在する。
まず、町や城の位置。
海沿いに町が並んでいる点や、森を抜けたら城があるのも元の世界とまったく同じ、遠くから見ただけなので詳しくは分からないが、城の南西に橋があるのも確認済みだ。
次に地名。
城に来る前に立ち寄った宿屋から、ここはトルース村だと聞いた。
村か町かの違いはあれど、『トルース』という共通点は見逃せない。
それだけならば偶然で済むかもしれないが、どうやらこの城の名前も元の世界にあった城と同じ名前、『ガルディア』城らしいのだ。
疲れて碌に頭が回っていなかったとはいえ、ここがどういう所なのか考えていなかった俺は中々大物のようだ。
「うん、何事もプラス思考で生きていくべきだ。決して自分を卑下してはいけない」
独り言を呟きながら何度も頷いている俺を見て兵士達が
「医者呼ぶ?」「手遅れでしょ」
と失礼極まりない会話をしている。
これだから田舎者は困る。セレブリティな俺を見習うが良い。セレブリティって何だっけ?
ちなみに俺がここに着いたのは六時間前。
風呂に入って飯食って寝たらまあそれくらい時間が経つよな。
最初の一時間はリーネ王妃がチラチラとこの部屋を覗いてきたが、まずは寝かせてほしかったので無視していた。
いやあ、あれがマールじゃなかったら今までの苦労無駄だなー……と考えると確認するのに多大な勇気が必要だったので、まあぶっちゃけ後回しという名の現実逃避である。
「……そろそろ行くか? でもなあ……」
それも度を越えれば後悔に早代わり。
人を待たせといて風呂入って寝るってどうなの?やばいなあ、あれがマールでもリーネ王妃でもやばい。
マールなら「待たせすぎだよクロノ、息絶えろ」とか言いながらボーガン乱射しそうだし、リーネ王妃なら「私をこれだけ待たせるとは、不敬罪です。裁判などいらぬ、斬って捨てよ」とか言われそうだし。
「いや、マールは優しい子だ。きっと『焦らせ過ぎだよクロノ! そんな貴方にフォーリンラブ!』とか言い出したり……しますかね?」
「知らねえよ気持ち悪い」
隣のベッドで横になっている兵士に声をかけると冷たい言葉を返された。
これだから田舎者は。コミュニケーション力が足りない。コミニュケーションだったっけ?
てか、よく見ると貴方ほいほいソルジャーにそっくりですね。家族の方ですか?
「……行くしかないよな。これで帰ったら馬鹿だもんな」
そもそもルッカが迎えに来てくれない限り帰る方法なんてない。
やだやだ、なんだろこの怒られるが分かってて学校に行く気分みたいなの。
ベッドから降りて城の大広間に向かう。そこから王妃の部屋まで行くらしい。
溜息をつきながら階段を上がり、大広間に出るとなにやらメイドやら兵士やらが騒いでいた。
少しでも怒られるのを先延ばしにしたい俺は右往左往しているメイドの一人に話しを聞いてみることにした。
「あの、どうしたんですか? おなか痛いんですか?」
「リーネ様がいなくなったのよ!」
なるほど、リーネ王妃がいなくなった、と。
そういえばちょっと前まで姿を消していたらしい。なんともお転婆なことだ……って!
「お転婆とか古っ! じゃなくてリーネ王妃がいない!?」
え?どうするの? いやいやリーネ王妃がマールだとしたら俺の目的が消えたって事ですか?
俺が悪いのか!? 俺がグータラして中々会いに行かなかったのが悪いのか!?
「誰か怪しい人間はいなかったのか!」
「王妃様の部屋には誰も入ってません!」
「何? 客人が来ると仰っていなかったか!?」
「それが、その客人の方が中々現れなかったので度々部屋から出ておりましたが……」
「……となると、怪しいのは……」
……何で俺のほうを見ているのだろう。
あれだろうか、無料だからといって食堂で肉ばかり食べたからだろうか?栄養バランスを考えろ!みたいな。
「貴様ぁ、よくも王妃様を!」
違うね、俺の健康を心配してる感じじゃないね、これ。剣抜いてるもん。ツンデレにしてもおかしい。
「ちょちょ、違うって!俺は騎士団の部屋で寝てただけですよ!? 証人! 証人を呼んで下さい!」
「確かにお前が騎士団の部屋にいたことは確認されている。だが、お前がここに来てからずっとお前を見張っていた人間はおらん。我々はずっと部屋で休んでいる訳ではないのでな」
つまり騎士団の部屋は入れ替わりが激しいので俺のアリバイを完璧に証明してくれる奴はいないと。
何だよその疑わしきは罰する構え。
「は、話し合おう! 話せば分かる! 何事も!」
「そういうセリフは悪役が言うものだ。尻尾を出したな貴様!」
「だああ! ゲームのやり過ぎだあんた!」
どうやらリーネ王妃は随分慕われていたようだ、兵士達は王妃の危機に冷静さを失っている。外部の犯行という可能性の前に俺という不審人物の存在に目が奪われ短絡的な発想に帰結する。浅はかな!!
……いや、確かに急に城に現れた奴を疑わない訳はないか。しかも現れてすぐ王妃が消えたらそりゃあもう。
おまけに俺はリーネ王妃に客人としてもてなせ、と言われたのだ。犯行は容易、そう考えるのに何の不思議があろうか。
「……詰んだな」
「さあ極悪人! 王妃様を何処に……」
ドガァ!!!!
「ぐふっ!」
もう言い訳できませんねこれ、と諦め、両手を上に上げた瞬間、城の扉が爆発し近くの兵士が吹き飛んだ。
「クロノ! いる!?」
その犯人はタイミングが悪いか良いかで言えば悪いに三万ペソのルッカだった。
「あ、ああ、います」
「ああいた! もう何回叩いても扉を開けてくれないから思わず吹き飛ばしちゃったじゃない! 門番の奴ちゃんと仕事しろって感じよね!」
思わず吹き飛ばすなんて行動ができるのは古今東西ルッカだけだと思う。
しかし、今回ばかりは助かった!
「とりあえず、無事でよかったわ! それよりあの子は?」
「それどころじゃねえ! 逃げるぞルッカ!」
「ちょ、ちょっと!」
ルッカの手を握り吹き飛んだドアから逃げ出す。我に返った兵士達が追えー! と叫んでいる。
普通の服しか着てない俺達に、鉄製の重たそうな鎧を着込んだ兵士達が追いつけるわけはなかった。
一つ怖かったのが逃げている最中ルッカが何も言わなかったこと。
口には出せないけど、ルッカの手汗が気持ち悪かった。びっしょびしょなんだけどこいつの手。
森から抜け、今分かることは、俺はマール救出に失敗したということだけだった。
星は夢を見る必要はない
第三話 爬虫類は実験対象
「で、どういう訳か説明してくれる?」
全力で走ったせいか顔の赤いルッカがそう切り出したのはトルース村の宿屋だった。
兵士達に追われているので長居はできないが、ルッカ曰く「森の途中で振り切ったからね、多分今は森の捜索中。村にまで捜索がかかるのはまだ先よ」の言葉を信じて、ここで休憩することになった。
二人で水を二杯ずつ飲み、俺はルッカに何があったのか説明した。
俺がグータラしたことは言わなかったが。
「何ですって、リーネ王妃がいなくなった!?」
驚いて大声を出したルッカの口を慌てて塞ぐ。
まだ村の人たちはいなくなったことを知らないのだ。ここで騒がれたら兵士達が来るかもしれない。
俺の考えていることが分かったのだろう、ルッカは一つ頷き、俺は手を離す。
何でちょっと残念そうなんだよ。
「……やっぱりね」
何事かを考えていたルッカは何か自己完結していた。
「おい、何が分かったんだ? 俺にも説明してくれ」
身を乗り出す俺を手で制して、ルッカは話し出す。
「あの子が消えるとき、どこかで見た顔だと思ったのよ」
ふんふん、と何度も頷いて先を促す。
ルッカは人に何かを教えるとき焦らす傾向がある。教師には向かない性分だ。
「ここは王国は王国でも随分と昔の王国みたいね」
辺りを見回して電波な事を言い出す。
……あれ?妙な方向に話しが向かってませんか? ルッカさん。
「あの子は昔のご先祖様に間違えられたって訳よ。あの子は私たちの時代でもお姫様、そう……」
ルッカは一度言葉を区切り、立ち上がってさあ驚けといわんばかりに両手を掲げて話し出した。
「マールディア王女なのよ!」
「……ああ、そう」
やばいぞ、頼りにしていたルッカがおかしくなった。
あれか、この前二人で見に行った紙芝居に影響を受けたのだろうか?
時を駆ける幼女だかなんだか。
俺の薄いリアクションを見て恥ずかしくなったのかルッカはしずしずと椅子に座りなおし、俺を睨みつけた。
「で、マールは何処に行ったんだ? さっさと結論を言えよ」
「……いなくなった、というのは間違いじゃないけど、正確じゃないわね。いなくなったんじゃなくて、『消えた』のよ」
メーデー! メーデー!
電波領域急速に拡大していきます!
「つまりマールディア王女はこの時代の王妃の子孫なの」
やばいぞ、黄色い救急車を呼ばなくてはならない。
「そして、この時代の王妃がさらわれた……本当はその後、誰かが助けてくれるはずだった。でもね、歴史は変わってしまった。マールがこの時代に現れて、王妃に間違えられてしまい、捜索が打ち切られたのよ。……もし、この時代の王妃が殺されてしまったら……」
真剣な顔で俺を見るルッカ……
これほどにマジなら、過去に来たとかいう話も本当なのか?
……ああ、こいつお菓子の当たりを確かめるときもこんな顔してるわ、結論、信じられるか。
「その子孫であるマールの存在が消えてしまう……でもまだ間に合うわ! 今からでも王妃を助け出すことができれば、歴史も元に戻るはず!」
熱弁しているルッカの横で俺はマスターにチョリソーを注文する。
この辛さがたまらない。
「おそらく、この時代の王妃に何かあったんだわ。だから、子孫であるあの子の存在そのものが……」
「あっマスター、香辛料ドバドバいれて。味が濃ければ濃いほど好きだからさ、俺」
「とにかく、本物の王妃の行方を捜さなきゃって聞いてるのクロノォォォ!!」
「あっつい! 鉄板に俺の顔を押し付けるのは駄目ぇぇぇ!!」
こうして、二度目のマール捜索改め、王妃捜索が始まった。
何の手掛かりもなしに王妃を探すのは無理だ。城の兵士達が探しても見つからなかったんだ。
俺達二人で無闇に探しても見つかるわけがない。
兵士達に追われている俺達は急いで行動を開始した。早く手掛かりを見つけないと牢屋に入れられる過程を飛ばして死刑かもしれない。
ルッカは宿屋を出てグッズマーケットや家の外に出ている人たちから聞き込みを開始するらしい。
俺はまた走り回るのは嫌なので、宿屋で酒を飲んでいる酔っ払いたちに話を聞くことにした。
「王妃様? もう見つかったんだろう?」
「うーん、兵士達が探しても見つからないような場所? そんな所この国にあるかねえ? 強いて言えば魔王城かな?ハハハ!」
「そりゃあもう、うちの母ちゃんは王妃様に勝るとも劣らない美女よ、ガハハ!」
「何だ? 色んな人に聞き込みをしてる? ルサンチマン気取りか!」
とまあ多様な話を聞いたがこれといって重要そうなものは何一つなかった。はっきり言って時間の無駄だった。
「おい」
「え?」
肩を叩かれ、振り返ると頭にバンダナをつけた男が立っていた。
「王妃様のいる所だろ? 一杯奢ってくれれば教えてやるぜ?」
男がそう切り出すと、近くにいた酔っ払いが口を挟んだ。
「おいおい、王妃様はもう見つかったんだぜ? 裏山でな」
「何? そうだったのか」
ちぇ、酒代が浮くと思ったんだけどな……とこぼしながら椅子に座る。
俺はそいつの隣に座り、マスターに酒を注文し、それを男に渡す。
「おいおい、いいのかい? 俺の情報はもう無駄になっちまったんだぜ?」
「いや、俺にはそれが重要なんだ。あんたはどこに王妃様がいると思ったんだ?」
男は眉をひそめながら、酒を口に含み、飲み下してから口を開いた。
「俺は城の西に立てられた修道院が絶対に怪しいと思ってたんだ。まあ、的外れだったみたいだがな……」
……修道院か、そこに賭けるしかないな。
村の中なら村人が気づくだろうし、裏山は捜索隊が探した。城の中なんて馬鹿なことはないだろう。
探せるところなんて追われる身の俺たちには限られてるんだ。
席を立ち、ありがとうと男に言い残して、店を出ようとする。
すると、後ろから情報を教えてくれた男が俺に声を掛ける。
「俺の名前はトマ! 世界一の冒険者さ! 坊主、お前の名前は?」
世界一の冒険者とは大きく出る。
それに触発された俺は、振り向いて、親指を自分に向けて高らかに宣言した。
「俺の名前はクロノ! 世界一の色男だ!」
店を出るときに聞こえた声は、宿屋にいる人間の爆笑だった。
二度と来るもんかこんな宿屋。
グッズマーケットで店主を締め上げていたルッカを見つけて、二人で修道院に向かう。
店主を締めていた理由は「商品が割高だったから」だそうだ。割高くらいなら勘弁してやれよ……
とはいえ、俺の折れた木刀の代わりに青銅の刀を買ってくれていたのは嬉しかった。
ありがとうと久しぶりに本音で言ったら「これであんたに借りてた借金はチャラね」だった。
……これ、四百ゴールドもするんだ。
「これが修道院か。俺、初めて来たよ」
「私もよ。私達の時代に修道院は……あるのかもしれないけど。船でも使わないと行けない所にあるからね。トルースに住んでる人達は見たこともないんじゃないかしら」
中に入ると、石製の床に赤く長い絨毯が入り口から奥まで敷かれてあり、六つの長椅子が置いてあった。
そこに三人の修道女が座って何かしら祈りを捧げていた。
はっきりと言うのは失礼かもしれないが、とても口が臭かった。何食ったらあんな口臭になるんだろう。
「さあ、貴方達もかわいそうな自分達のために祈りを捧げてはいかがですか? ククク……」
「友達いないからってそういうことばっかり言うのやめたほうがいいですよ、性根まで悪く思われますから」
「……どうかこの愚かな者に裁きの雷を……」
これだ。
口が臭いだけに飽きたらず、口が悪い。
ここに来てから思ったんだが、この世界はとことんまともな奴が少ない。
トマくらいのもんじゃなかろうか?
あと俺に無料で飯をくれた料理長。テンションは大変うざったかったが。
「結局手掛かり無しか」
「あんたね、これだけ怪しいところも早々ないってくらい怪しいじゃない、この修道院。ここにいる人たち絶対何か悪どいことしてるわよ」
「こらこら。人を言動と口臭で差別するもんじゃないぞ、犬みたいな臭いのする人がいてもいいじゃないか」
「犬、っていうか下水臭いのよねここの人たち。修道女なんだったら歯くらい磨きなさいよ」
俺達の会話が聞こえるたびに修道女の皆さんの口が大きく横に裂かれていくのは気のせいだろうか?
「なあルッカ……あれ?」
「どうしたの、何か見つけた?」
床に何か光っているものがあったのでそれを拾い上げてみた。
「……それって」
後ろからぎぎっ、と音が聞こえる。
修道女たちが椅子から立ち上がったのだろう。
「これ、ガルディア王国の紋章じゃない!」
「え?」
俺が聞き返すと、修道女が素早い動きで俺達を囲む。
……なんかデジャヴだな、これ。
「よくも気づきましたね、この場所の秘密に」
修道女Aがサスペンスの犯人みたいな雰囲気を出す。
「まあ、あれだけ罵詈雑言を重ねてくれた貴方達を帰す気はさらさらありませんでしたが……」
修道女Bが憤怒の表情で脅す。
「とにかく、貴方達二人は私たちの美味しいディナーに……」
修道女Cが舌なめずりをしながら俺とルッカを見る。
「スパイスは……貴方たちの悲鳴よ!!」
修道女Dが叫ぶと、四人の体から青い炎が噴出してくる!
数秒の間に炎は彼女らの全身を燃やし、急速に炎が消えると、そこに立っていたのは下半身が蛇の、舌の長い化け物だった。
「! モンスターよクロノ、気をつけて!」
ああ、ルッカがシリアスな顔になってる。
じゃあ言っちゃ駄目なんだよな。
戦隊物の悪役みたいだって。
心にしこりを残しつつ、俺は青銅の刀を抜いた。
ルッカは右側の蛇女に改造エアガンを撃ち、蛇女はそれを右手で叩き落す。その隙に俺とルッカは囲まれた状態から脱出して、壁を背にして向かい合う。
ルッカはここからどう動くかシュミレートしているが、その前に重大な問題をルッカに告げなくてはならない。
これは、俺達の生死にかかわる問題だ。
「なあ、ルッカ。大変だ」
「何よクロノ! 大事なことなんでしょうね!」
「ああ、実はこの青銅の刀なんだが。重くて振り回せない、どうしよう」
「………」
ルッカがあまりに冷酷な目で俺を見るが、仕方ないじゃないか。
今まで木刀しか振り回してなかった俺が青銅なんて物を扱えると思うほうが間違いだ。
鞘に入れて腰につけてた時から辛くてしょうがなかった。
「今言う? ねえクロノ。それ今言わなきゃ駄目? もうすこし前に言ってくれたら私も対処できたんじゃないの?」
「だって……格好悪いから」
「あんたのその変なプライド、帰ったら実験で粉々にしてやるからね」
帰りたくないなあ。
いっそここで蛇女に投降してルッカを叩きのめすというのはどうだろうか。
淡い希望を持って近づいてみると右手で一閃された。駄目ですか。
「ああもう! 肩に乗せて叩き切るならできるでしょ! 一撃必殺の気持ちで挑みなさい!」
「はいはい、……ああ、重たいし肩が痛い」
これ以上文句を言うとルッカがぶち切れそうなのでやめておく。
今もチラチラ銃口が俺の方を向くのだから。
「シャアアアア!!」
「「うわあああ!!」」
俺とルッカが同時に右に転がり避ける。
転がりながらも蛇女に何発か銃を撃つ根性はすばらしい。っていうか良いな飛び道具。俺も弓とかにすれば良かった。木刀なんか持ち歩かないで。
「クロノ! あんたが前に出ないと私にも攻撃が来て照準が合わせられないでしょ! とっととつっこみなさい!」
「だから青銅の刀が重たすぎて振れないんだって! 俺今肩に乗っけてるけどこっから振り下ろすのやっぱり無理だわ! もう腕が痺れてきてるもん!」
「役立たず! ……ああ、仕方ないなぁ…これ凄いレアなのに……」
ルッカはポケットを探ると、中から小指の第一関節程の大きさのカプセルを取り出した。
「なにそ、んぐっ!!」
取り出すや否やルッカはそのカプセルを俺の口に突っ込んだ。
凄いイガイガする。喉が痛い。これ口の中に入れていいのか?
「げほっ、げほっ!! ……何するんだよルッカ! 殺す気か!」
右手に刀を持って切っ先をルッカに向ける。ああ、これをルッカの頭に振り下ろせたらなんと快感だろうか。
「もう重くないでしょ? その刀」
「え?」
言われてみると確かに軽い。
さっきまで引きずりたいくらい重たかった青銅の刀が今では木刀と同じくらい、下手をすればそれよりも軽いように感じた。
「パワーカプセル。古代文明の遺産とされるもので、飲めばその人の力を上げてくれるって代物よ。……言っとくけど、とんでもなく珍しいんだからね? 感謝しなさいよ」
「なるほど、これなら……」
「シャアアア!!」
再び襲い掛かってきた蛇女の腕を左に避けて、後ろ首に思い切り刀を叩きつける。
嫌な音が響いて、一匹目の蛇女が崩れ落ちた。
バンバンと銃声が鳴り、俺を後ろから襲おうとした蛇女の腕から血が流れていた。
「「闘える!」」
夜の修道院に、俺とルッカの声が調和した。
「ふー、ビックリした」
俺が戦えるようになると戦いはあっけなく勝負がついた。
決め手は俺が昔開発した技、深く息を吸い、息を吐きながら相手に回転しながら何度も切りかかる回転切りだった。
たまたま近くにいた蛇女二匹を葬り去った俺はもう神と言えよう。
残りの一匹はルッカが持ち歩いている小型の火炎放射器でケリがついた。
何で火炎放射器なんか持ち歩いてるの?とかそれ最初に使えば俺が戦う必要なかったんじゃ? とかは言えない。
燃えながら絶命していく蛇女を見てニヤ……と笑ったルッカは人外の者と契約していると言われても納得できた。凄い怖かった。
「まあ、思ったより手強くはなかったな、むしろ楽勝?」
「あんた、最初の体たらくを忘れてよくそんな……」
「シャアアアッ!!」
「!?」
「ルッカ! 危ない!」
呆れたように俺を見ていたルッカは急に後ろから現れたモンスターに気づくのが遅れてしまった!
俺は刀に手をかけて走るが……間に合わない!!
モンスターの右腕がゆっくりとルッカに迫り………
「やめろ、やめろ! ぶっ殺すぞてめええぇぇぇぇ!!!」
無情にも、その腕は止まらず、ルッカの体を引き裂……かなかった。
「ギシャアアアァァァ!!!」
修道院の天井から現れた俺より少し背の高い……かえる? 男がモンスターを切り伏せ、ルッカに怪我はなかった。……かえる?
「最後まで気を抜くな、勝利に酔いしれた時こそ隙が生じる」
何か言ってる。かえるのくせに。
かっこいいこと言ってる。かえるなのに。
「お前達も王妃様を助けに来たのか?この先は奴らの巣みたいだな。どうだ? 一緒に行かないか?」
「あなたは……!?」
ルッカは俺の後ろに回り、顔だけ出してかえる男を見る。
「クロノ、知ってるでしょ。私カエルは苦手なのよ……」
「俺はお前が俺の後ろにいる今の状況が怖い。何をされるか分からんからな」
「……」
無言で俺の首を絞める。
ほら、こういうことをするからお前に背中は見せられない。
「まあ、こんなナリをしてて信用しろといっても無理か……いいだろう、好きにしろ、だが、王妃様は俺が助けに行かなければならないんだ……」
言い終わるとかえる男は俺達の前から離れていく。
……なんでかえるなんだろう?
「ま、待って!」
立ち去ろうとするかえる男にルッカが声をかける。
「わ、悪いカエ……人ではなさそうね……うーん……ねえ、どうするクロノ?」
「何が? 実験用に捕獲するかどうかって事?」
「ほ、捕獲?」
俺の発言に動揺するかえる男。
心持ち頬がひくついている。
「……そうか、そういうのもありよね、考えてみれば間違いなく新種の生き物なんだし」
「おい! 人を珍しい生き物扱いするんじゃねえ!」
「よし、クロノ。捕獲よ」
「ええー、触ったら粘つきそうだし、嫌だよ」
「こいつら助けてもらった恩も忘れて……!」
剣に手をかけるなよ、最近の奴は脅せばなんでも済むと思いやがって。
「じゃああれよ、このかえるを捕まえたら、帰ってもあんたを使って実験しないわ。どう?」
「抜け、爬虫類。テメエは俺を怒らせた……」
「怒るのはこっちだろうがドアホ!」
いくら喚こうと無駄だ。ルッカの実験から逃れられるなら俺は鬼になる。俺自身が笑えるなら、俺は悪にでもなる。
「今、俺の脳内でかかっているBGMは~エミヤ~だ。何人たりとも俺を止めることはできない……」
「……あー、なるほど。ちょっと痛い目を見ないと礼儀と常識が分からんらしいな、お前ら!」
戦いの結果はあえて語らない。
ただ、三合ももたなかったことだけは記しておこう。
……いけると思ったんだよなあ。
結局、目的が同じもの同士で戦って馬鹿じゃないの?という理不尽という言葉では図りきれない暴言を吐いたルッカの言葉で、かえる男が仲間になった。
かえる男の名前はカエルというそのまんまな名前だった。
それを聞いたルッカはやっぱりカエルなんじゃないと発言し、カエルとルッカの間で言い争いが起こったというのはしごくどうでもいい事だ。
場が落ち着いて、カエルのこの部屋のどこかに隠し通路があり、そこから奥に行けるはずだとの言葉から、部屋の中を調べてみることにした。
「ねえ、クロノ?」
「なんだよルッカ、急に後ろに立つなよ。怖いだろうが」
「あんた、何でちょっと不機嫌なの?」
絶対に殴られるだろうと覚悟して言ったのだが、ルッカは心配そうに俺を見つめて、疑問を口にした。
「……別に。気のせいだって」
そう、気のせいだ。
ルッカが危険な目にあって、そして助かった。
不機嫌になる理由なんてない。
あるはずがない。
カエルにも感謝すべきなのだ。
……ルッカを守るのは俺の役目なのに、という独占欲にも似た嫉妬に、俺は気づかない振りをした。
立ち上がり、ルッカから離れて別の場所を調べる。
その間、背中に感じるルッカの心配そうな視線は、今日起こったどんな出来事よりも痛みを感じた。