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No.17259の一覧
[0] 【FFT】The Zodiac Brave Story【長編】[湿婆](2012/09/07 19:24)
[1] 序章[湿婆](2012/10/10 10:28)
[2] 第一章 持たざる者~1.骸の騎士[湿婆](2012/09/07 18:45)
[3] 第一章 持たざる者〜2.遺志を継ぐ者[湿婆](2012/09/12 02:41)
[4] 第一章 持たざる者~3.牧人の村[湿婆](2012/09/07 18:46)
[5] 第一章 持たざる者~4.獅子と狼・上[湿婆](2012/09/07 18:48)
[6] 第一章 持たざる者~5.獅子と狼・下[湿婆](2012/09/07 18:50)
[7] 第一章 持たざる者~6.蛇の口にて[湿婆](2014/09/17 09:45)
[8] 第一章 持たざる者~7.急使[湿婆](2012/09/07 18:53)
[9] 第一章 持たざる者~8.さすらい人・上[湿婆](2012/09/07 18:54)
[10] 第一章 持たざる者~9.さすらい人・下[湿婆](2012/09/12 02:41)
[11] 第一章 持たざる者~10.隠れ家[湿婆](2012/09/07 18:55)
[12] 第一章 持たざる者~11.疑心の剣[湿婆](2012/09/11 18:57)
[13] 第一章 持たざる者~12.忠心[湿婆](2012/09/07 18:56)
[14] 第一章 持たざる者~13.将軍直命[湿婆](2012/09/07 18:57)
[15] 第一章 持たざる者~14.形見[湿婆](2012/09/07 18:57)
[16] 第一章 持たざる者~15.家の名[湿婆](2012/09/07 18:58)
[17] 第一章 持たざる者~16.革命の火[湿婆](2012/09/07 18:59)
[18] 第一章 持たざる者~17.白雪・上[湿婆](2012/09/07 19:00)
[19] 第一章 持たざる者~18.白雪・下[湿婆](2012/09/07 19:00)
[20] 第一章 持たざる者~19.花売り[湿婆](2012/09/07 19:01)
[21] 第一章 持たざる者~20.記憶の糸[湿婆](2013/01/14 19:07)
[22] 第一章 持たざる者~21.関門[湿婆](2012/09/17 21:38)
[23] 第一章 持たざる者~22.闘技場[湿婆](2012/09/07 19:04)
[24] 第一章 持たざる者~23.ドーターの乱[湿婆](2012/09/07 19:06)
[25] 第一章 持たざる者~24.取引[湿婆](2012/09/18 20:10)
[26] 第一章 持たざる者~25.指令書[湿婆](2012/09/19 21:39)
[27] 第一章 持たざる者~26.来客・上[湿婆](2012/09/07 19:08)
[28] 第一章 持たざる者~27.来客・下[湿婆](2012/09/19 23:22)
[29] 第一章 持たざる者~28.三枚の羽[湿婆](2012/09/07 19:10)
[30] 第一章 持たざる者~29.正邪の道[湿婆](2012/09/07 19:13)
[31] 第一章 持たざる者~30.再─獅子と狼・上[湿婆](2012/09/07 19:14)
[32] 第一章 持たざる者~31.再─獅子と狼・下[湿婆](2012/09/09 07:30)
[33] 第一章 持たざる者~32.勘[湿婆](2012/09/23 13:11)
[34] 第一章 持たざる者~33.自惚れ[湿婆](2012/10/10 16:11)
[35] 第一章 持たざる者~34.兄弟と兄妹[湿婆](2013/06/08 04:54)
[36] 第一章 持たざる者~35.噂[湿婆](2014/06/22 22:42)
[37] 第一章 持たざる者~36.死の街[湿婆](2014/06/22 22:41)
[38] 第一章 持たざる者~37.ベオルブ来る[湿婆](2015/05/16 07:24)
[39] 第一章 持たざる者~38.再─骸の騎士・上[湿婆](2016/06/02 14:07)
[40] 第一章 持たざる者~39.再─骸の騎士・下[湿婆](2016/06/02 14:07)
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[17259] 第一章 持たざる者~7.急使
Name: 湿婆◆3752c452 ID:470354c8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/07 18:53
 ──明けて、任務二日目。
 護送部隊の面々は、捕虜たちを引き連れて、昨日入ってきた門とは反対側の門の前に集まっていた。
 骸旅団の捕虜たちは、再び数珠繋ぎにされて、早朝の薄明かりに、その惨めな姿を晒していた。
 ラムザは、護送車に押し込められていく捕虜の列を遠目に眺めていたが、その中に、レッドの姿を見とめていた。
 レッドの態度は、昨日と変わりなかった。
 亡者みたいに上体を低く下げ、ぼさぼさに伸びきった髪に遮られて、その表情は窺い知れない。
 ガリランドを出てからこっち、水一滴口にすることなく、おそらく昨晩の様子からして、ろくに眠ってもいない。
 まだ生命活動を続けているのが、不思議なくらいである。
 彼のいったとおり、その姿は、とっくに魂の抜け去った骸のようであった。
 ──と、そこへ。
 何かが、こつん、と、レッドの頭に当たって、彼は、はたと歩みを止めた。
「こいつっ!」
 と、どこからか声がして、さらにもうひとつ、今度は別の捕虜の肩を掠めて、それは地面に転がった。
 なんのことはない。
 子供の掌に収まるくらいの、石礫であった。
 捕虜の"搬入"に当たっていた、ジョセフという士官候補生が、石礫の飛んで来た方向を見やると、まだ五つかそこいらの童が、民家の前に立って、次の一撃を拾いあげたところであった。
「姉ちゃんをかえせ!」
 と、それを、めいっぱい振りかぶって、捕虜たちの列に向かって、投げる。
 それは、大きく外れて、護送車の日差し避けに当たった。
「おい、やめろ!」
 と、叫ぶジョセフは知らぬふりで、そこらに落ちている石ころを拾っては、次々と投げてくる。
「くそっ」
 と、たまりかねたジョセフが、その童の方へ歩いていくと、民家の戸口から母親らしき女が出てきて、抗う童を無理やり、家の中に引っ込めてしまった。
 民家の壁越しに、童の泣き喚く声が、その場にいる誰の耳にも聞こえる。
「…………」
 その光景を、いちばい複雑な表情で見つめていたのは、ほかならぬディリータであった。
「あそこンちのガキはな」
 彼の傍らに、いつの間にか、昨日の見張り小屋の男が立っていた。
「姉貴を骸旅団の連中に攫われたのさ。この前の襲撃でな」
「…………」
「今ごろ、どこかに売り飛ばされているんだろ。かわいそうにな。面倒見のいい、良い娘だった」
 ディリータは、黙って男の話を聞いていたが、やがて
「僕にも、妹がいます」
 と、一言、ぽつりと呟いた。
「ほう」
「両親は幼いころに亡くしましたが……それいらい、たったひとりの肉親です」
「名前は?」
「ティータ」
「ティータ、か。いい名だな」
 男は、太い腕で頭をボリボリ掻きながら、最後に、
「大切にしなよ。兄貴」
 といって、門の方へ去っていった。
 まもなく、やかましい音をたてて、サドランダ街道方面へと出る門が開いた。
 思わぬ足止めをくらったものの、捕虜はようやく収容され、あとは出発を待つのみとなった。
「世話になりました」
 ラムザは、見張り小屋の男にそう告げて、全員揃っているのを確認すると、出発の合図を出した。それに合わせて、護送車を牽く二頭の茶チョコボが、同時に歩き始めた。


 "蛇の口"を出ると、一行はそのまま枝道を抜け、サドランダ街道に入った。
 目前には、広大なマンダリア平原が横たわっている。街道は、大平原を突っ切って、はるか彼方に見える小山 ──マンダリアの丘に続いている。
 平野部を走る街道が、わざわざこんな峠を通っていくのは、かつてそこにあった砦のためであろう。
 古い記録によると、それなりの規模を誇る砦であったそうだが、使われなくなってから久しく、今は廃墟となって静かに平原を見下ろしている。
 丘を避けて通る道が作られてもよさそうなものだが、マンダリアの丘の頂に湧き出る清水と、野宿できる場所を求め、ここを立ち寄る旅人が今でも絶えなかった。人の足でマンダリア平原を越えようとすると、どんなに急いでも丸一日以上はかかるから、廃墟と化した現在でも、恰好の旅の中継地として機能しているというわけである。
 ラムザはひとまず、以前もそうしたように、この砦跡を目指すことにした。
 一行は黙々と歩く。
 辺りには、魔物の気配もない。この一帯は、クァールと呼ばれる、きわめて好戦的な野獣が棲息することで知られるが、街道を大きく外れない限りは、めったにその群れに出くわすこともない。
 それでも注意するに越したことはないが、夏の陽光はいよいよ高く、さすがのクァールも、この暑さにはへたばっているのか、平原を見渡すかぎり、それらしい姿はどこにも見られなかった。
 頭上には、大トンビが一匹、奇怪な声をあげて旋回している。
 初の実戦訓練という気負いも、いつしか茫漠たる意識の果てに薄れ、今はおぼつかぬ足取りを、士官候補生たちは半無意識のまま運んでいた。
 道は峠へ向って、やや上りにさしかかったところであったか。
 部隊の最後尾に付いていたカマールという弓使いが、今までになかった微かな物音をその耳朶に感じ取っていた。
「何か来る!」
 カマールの声に、一同は何事やと、その歩みをいったん止めた。カマールは斥候術に優れた戦士であった。それだけに、人一倍、五感も鋭い。
 音は後方から来ているらしかった。カマール以外の者には聞き取れなかったその音も、次第に、誰の耳にもはっきりと伝わってきた。
「チョコボの蹄の音か?」
 ラムザは小手をかざし、音のするほうにじっと目を注いだ。弓使いの三人──イザーク、カマール、イアンは、すばやく弓に一矢を番(つが)えていた。
 やがて、ゆらゆらと揺れる地平に、チョコボに跨った騎兵とわかる姿が浮かびあがってきた。その姿はみるみる大きくなっていって、早くも、騎手の顔が判別できるくらいの距離に迫っていた。
「単騎らしいな」
 ディリータが言う。
「何者だろうか……旅人にしては、妙に急いでいるような?」
 そういって、ラムザは弓使いたちの横に立つと、そこで騎手を待ち構えた。相手もこちらに気づいたらしく、手綱をひくと、十歩ほど離れたところで停止した。
「何者か!」
 ラムザが訊くと、騎手はチョコボの背から降りて、こちらに歩いてくる。
「害意はない!」
 というと、騎手は両手を挙げて、自らの意思を示した。それを見て、ラムザがひとつ頷くと、弓使いたちは構えていた弓を下ろした。
 若い男であった。騎士の形(なり)をしてはいるが、ラムザたちとも、そう歳は変わるまい。
 臙脂の革鎧にマントといったいでたちで、腰には、一振りの長剣を佩いている。いずれも、北天騎士団の一般的な装いとは異なっている。
「どこの所属のものか」
 ラムザはまず、その素性を訊ねた。
「ランベリー領、近衛騎士大隊所属」
「名は?」
「アルガス。アルガス・サダルファス」
「ランベリー領の者が、なぜこんな所に?」
「急使である。イグーロスへ向かう途中だ」
「イグーロスへ?」
「そうだ」
 ここでアルガスは、なにやら苦しげに、眉を寄せた。
「イグーロスの、ダイスダーグ・ベオルブ殿に、至急お伝えせねばならぬ儀がある」
「……?」
 ラムザは、不審に思った。
 ランベリー領は、イヴァリース半島の東部に位置する領地で、ガリオンヌとは、王室領ルザリアを隔てており、お互い滅多に行き来もしない。
 そのような土地から、わざわざ遠く離れたガリオンヌ領の成都イグーロスへ急使とは、そも、いかなる大事か。
 ラムザが、そのように質すと、アルガスはいよいよ窮まった様子で、
「ことは、ガリオンヌ領内で起こった。だから……」
 と何か口の中でいいかけて、ひとつ、奇妙なよろめきをみせると、突然、その場に昏倒してしまった。
「おい!」
 ラムザは驚いて、すぐにその体を抱き起こした。
「おいっ! しっかりしろ!」
 呼びかけても反応はなく、アルガスは、すっかり意識を失ってしまっている。そして、その額からは、尋常でない量の汗が噴き出している。
 ラムザは辺りを見回し、適当な木陰を見つけると、そこへ行って、アルガスの体を横たえた。
 アルガスは、汗にまみれた顔に、なおも苦悶の表情を見せている。
「リリアン! ローラ! 彼を診てやってくれ!」
 ラムザは、医術や白魔法の心得のあるものを呼び寄せると、彼らにいったんその場を任せて、自身は木陰の外に出て、その処置を見守っていた。
 そこへディリータが駆け寄ってきて、
「いったい、どうしたっていうんだ?」
 と訊いたが、ラムザは、わからない、といったように首を振った。
「急に倒れたんだ。そういえば、何か様子が変だったような気もするけど」
 救護に当たる二人は、ポーションを口に流し込んだり、簡単な白魔法をかけたりしていたが、アルガスが目を覚ます様子はない。
「ガリオンヌ領内で何かあったといっていたな?」
「ああ」
「…………」
 ディリータは口もとに手を当て、しばらく思考を巡らせていたが、やがて、
「彼がランベリーの近衛騎士なら、エルムドア侯爵の身に何事か起こったのかもしれない」
 と、切り出した。
「エルムドア候に?」
 ラムザが訊き返すと、ディリータは、やけに深刻な顔をして頷いた。
「ああ。そうでもなければ、近衛騎士たるものが、主のもとを離れるとは考えにくい」
「たしかに」
「侯爵は、ラーグ大公と、ガリランドで非公式に会談を行う予定だったと聞いている。もしかすると……」
「…………」
 恐ろしい予感が、二人の間で、徐々にたしかなものへと変わりつつあった。
 二人の胸には、当然、つい先日の都督誘拐未遂事件があった。現に、実行犯のほとんどは逃げおおせていたし、首謀者と目されるギュスタヴなる男の動向も不明なままであった。彼らがまだあきらめずに、次なる標的として、エルムドア侯爵の身を狙ったとしても、なんら不思議ではない。
「まさか……」
 ラムザは、困惑した視線を、力なく横たわるアルガスの方へ向けていた。
 しばらくして、アルガスの救護に当たっていたリリアンが二人のもとに来て、
「いちおう、できるかぎりのことはしたわ」
 と、報告してきた。
「ただ、何かしきりに、うわごとをいっているの」
 リリアンは怪訝そうに、木陰に横たわって、なおも白魔道士のローラの回復呪文を受けているアルガスの姿を見やった。
「うわごと?」
 ラムザが訊くと、彼女は再びこちらを向き直って、
「ええ。『侯爵様』と、何度も」
 といった。それを聞いて、ディリータとラムザは、ちらと目を見交わした。
「ひどく衰弱してるわ。命に別状はないと思うけど、はやくきちんとした場所で治療しないと、危ないかもしれない」
「そうか。彼の意識が戻ったら、また知らせてくれ」
 ラムザがいうと、リリアンは「わかった」といって、再びアルガスのもとへ駆けていった。
 ラムザは、いったん護送車のところへ戻って、皆に状況を説明したあと、この場で休息をとるよう指示した。
 ただでさえ遅れぎみの行程に、思わぬ足止めをくらう形となったが、病人を引きずっていくわけにも、また、この場に捨て去っていくわけにもいかないというのが、ラムザの判断であった。
 彼は道端の岩影に僅かな日避けを見出して、ディリータと並んで、そこへ腰を落ち着けた。
「やはり、侯爵の身になにか起こったとみて、間違いなさそうだな」
 ディリータが言った。
「ああ、もし誘拐されたのなら、これは大変なことになる」
「骸旅団は、法外な身代金をふっかけてくるだろうな」
「…………」
 ラムザは、それには答えず、何か納得のゆかぬ気持ちを、その眉にみせていた。
(人の道に外れた行為だ)
 骸旅団の犯罪行為を、そうやって非難してみる一方で、彼の胸のうちには、今は捕虜となっているレッドと、あのミルウーダという女騎士との出会いが思い出されていた。
 目的のためならば、人の命を金に替えるという非道も厭わない。それが、「骸旅団」という組織のやり方ならば、ラムザがマンダリアの砦で捕えられたあの日、彼らはその方針に従って、ラムザの命と引き換えに、多額の身代金を要求することもできたはずである。
 しかし、騎士ミルウーダは、それをしなかったばかりか、捕虜を解放し、自らは大敵の前に打って出て、その志に殉じようとしていた。
 たとえ志のためとはいえ、安易に命を捨てるというのは賛同しかねるが、ラムザは、彼女の、その"覚悟"に、胸を打たれていたのである。
「どうかしたのか?」
 先ほどから押し黙っているラムザを訝しんで、ディリータがいった。
「いや、なんでもない」
 そう答えて、ラムザはどこか遠くの方を見据えていた。その目線の先に、ぼんやりと、碗を伏せたようなマンダリアの丘の姿が浮かんでいる。
「大戦時、骸騎士団は義のため死したと、父上はおっしゃっていた」
 ややあって、ディリータが言った。
「それなのに、その志を継いだはずの骸旅団は、今や、単なる野盗集団の類に成り下がっている」
「…………」
「やつらは平民の味方などと吹きまわって、その実、弱い立場にある者から略奪を繰り返している。そして今度は、人攫いだ!」
「…………」
「今の彼らに、"骸"の騎士を名乗る資格はない。そうは思わないか?」
 ディリータの向ける真剣そのものな目に、ラムザは直ぐに答えることができなかった。
「しかし……」
 と、言葉を詰まらせて、面を伏せる。
 ──自分の考えは、やはり甘いのかもしれない。
 今の骸旅団の中にも、ミルウーダやレッドのように、誇り高き志士がいることも事実だ。しかし、彼らとて、"骸旅団"という集合の一部分であることに変わりはない。
 そして、"社会"という無慈悲な神は、その"部分"には目もくれず、"集合"として、彼らに審判を下す。それは翻って、ラムザという個人がどうあろうとしたところで、結局のところ、自分は、傲慢で、平民を搾取し続ける"貴族"という集合の中に含まれる者として、"社会"に認知されるということでもある。
「彼らの中にも、潔い戦士はいる」
 と、ラムザはいった。今のラムザには、そう答えるしかなかった。それを聞いて、ディリータはついと目を背けて、表情に不服の色を隠そうともしなかった。
「やっぱり、君は優しすぎるんだ」
 そういって立ち上がると、ディリータは護送車の方へ去っていってしまった。
「…………」
 ラムザは、その背を黙って見送ってから、ひとつ、大きな溜息を漏らしていた。


 アルガスが目を覚ましたのは、日もだいぶ落ちてきて、夕風の涼しく感じる頃であった。
 彼が倒れたのは、多分に疲労のせいもあるようだが、ほかにも、背に矢疵を負っており、そこからくるらしい発熱もあった。
 這ってでも行こうとするアルガスを、やっと落ち着かせ、ラムザとディリータは、彼から詳しい事情を聞きだそうとしていた。
「そういえば、まだ名前をいってなかったな」
 ラムザは手を差し出しながら、
「僕はラムザだ。ラムザ・ベオルブ」
 と、名乗った。
「ベオルブ?」
 アルガスのほうは、ラムザの手をとりながら、何かに惹かれたような表情をみせ、
「ベオルブとは……北天騎士団を率いる、あのベオルブ家?」
 と、わずかに身を乗り出す。
「そうだけど?」
「ほんとうか!」
 その顔に、にわかに明るさを取り戻して、
「おれは、ついてる!」
 と、アルガスは、もう片方の手も添えて、ラムザの手を握った。
「まさか、ベオルブ家の者に出会えるとは!」
「ちょっと、落ち着いてくれ」
 うろたえるラムザに宥められて、アルガスは、手負いの体を思い出したように身を引く。
「で、いったい何があったのか、教えてくれないか?」
 気を取りなおしてから、ラムザが訊くと、アルガスは苦い記憶を噛みしめるように、
「侯爵様が、エルムドア様が骸旅団に攫われた」
 と、事のあらましを語りだした。
 ──昨日の、夜中。
 ランベリー領主、エルムドア侯爵を乗せた馬車は、アルガスら近衛騎士団の兵に護られて、魔法都市ガリランドへ向う途上にあった。
 そして、スウィージの森を抜ける手前、一行は、突如現れた武装集団に囲まれてしまった。
 確認できただけでも、その数二十あまり。対する近衛騎士の人数は、十に満たなかった。 
 彼らは必死の抵抗を試みたが、あえなく打ち破られ、そのままエルムドア候の身を奪われてしまったという。
「おれは、賊の矢を受けた衝撃で、気を失っていたらしい」
 アルガスは、悔悟の念を、その眉間に刻んでいる。
「他に、生き残った者は?」
 ディリータが訊くと、アルガスは力なく首を振って、
「いない。おれだけが助かった」
 といって、うなだれた。
「下手人は、骸旅団とみて間違いないんだな?」
「ああ。ただの追いはぎだったら、手出しはさせなかったさ。奴らは明らかに、その道に通じた者たちだった」
 そういって、アルガスは唇を噛んだ。
「その後、なんとかガリランドにたどり着いて、北天騎士団の治安維持部隊に、下手人の捜索を依頼した。だが……おれは捜索部隊に加えてもらえなかった」
「どうして?」
 ラムザが問う。
「おれが……よそ者で、半人前だったから」
 アルガスは、その眸に、いっそう悔やみの色を濃くする。
「半人前?」
「そうだ。おれは、まだ、正式な騎士に叙される前の、見習い騎士だ。今回の護衛任務も、初の実戦だったんだ」
「…………」
「それで、いてもたってもいられなくなって、イグーロスのダイスダーグどのに、直訴しようと思ったんだ」
 なるほど、ベオルブの名を聞いて、アルガスが過剰な反応を見せたのも、このためであったかと、ラムザは合点した。
「他領の見習い騎士が、ダイスダーグどのに取り次いでもらえるあては?」
 ディリータが、落ち着いた口調で、意見を差し挟んだ。──もっともなことではある。が、突っかかるようなディリータの物言いに、アルガスは、ぴくりと目の端を振るわせた。
「ああ、分かってるさ。でも、この一大事に、じっとしていられるわけないだろう。侯爵様が攫われてしまったのも、おれに力が無かったからだ」
 そこで、アルガスは懇願するような目をラムザに向けて、
「だから、ここで、ベオルブ家の人間に会えたのは、何かの縁だ。頼む、執政官どのに……ダイスダーグどのに、会わせてはもらえないか?」
 取りすがるようなアルガスの表情に、ラムザは戸惑いの色をみせた。
 イグーロス執政官の実弟とはいえ、身分のうえは、単なる士官候補生にすぎないラムザなのである。この件について、兄の耳に入れることは出来たとしても、それ以上、事に関わらせてもらえるとは到底思えなかった。
 なにしろ、ランベリー領主の誘拐という、重大事件である。一介の見習い騎士の手に負えるものではないし、そこに私情を挟み込む余地もない。だいいち、兄ダイスダーグは、ガリオンヌじゅうに張り巡らした"目"や"耳"から、とっくに、この事件の詳細を把握していることだろう。
 ──が、その道理をいったところで、すんなり聞き分けしそうなアルガスでもない。
「いちおう、兄上には取り計らおう。が、あまり期待はしないでくれ」
 とだけいって、アルガスには、とりあえず納得してもらうほかなかった。


 日はとうに暮れていたが、ラムザは遅れを取り戻すためにも、歩き続けることにした。
 アルガスは、目的地も同じということだし、何より怪我をしていたから、このまま護送部隊の列に加わった。
 深夜のうちに、一行はマンダリアの砦跡に到着した。ラムザは、実際にここで襲われた経験から、事前に斥候を遣って砦跡の安全を調べさせたが、人の気配はないという報告を受けて、やっとここに部隊を入れた。
 ──これで、全行程にして三分の二は来たことになる。
 ここでいったん全員に仮眠をとらせ、朝方、ラムザは再出発の号令を発した。
 この時、捕虜の一人が、暑いなか護送車の中に押し込められるのは辛いといって、
「歩ける者は歩かせてくれ」
 と、頼みいれてきた。
「どうします?」
 ジョセフがラムザの指示を仰ぐと、
「いいだろう」
 と彼はいって、捕虜の要請を容れた。
 一方、この措置に難色を示したのは、ディリータとアルガスであった。
「逃げる気かも」
 と、ディリータがいったが、ラムザは決定を曲げようとはしなかったので、彼は不承不承、従った。
 半数以上の捕虜が、自分の足で歩く方を選び、レッドや、その他の負傷者は、護送車に残った。徒歩(かち)で行く捕虜は、手枷をされたまま、それぞれに部隊の人員が付いた。
 ようやく、護送部隊は任務三日目の行程に入る。
「…………」
 ふと気になって、ラムザは、ちらと、アルガスの様子を盗み見た。
 アルガスが骸旅団の捕虜たちを見る目には、先ほどから、尋常ならざるものがあった。
 主人を、彼らの仲間によって攫われた身としては、ごく自然な態度といえなくもなかったが、その目に、なにか薄ら寒いものを感じずにはいられないラムザであった。
 ──怪我さえしていなければ、切り捨ててやるものを──とでもいいたげな、それくらいの剣幕であった。
 やがて、峠は下り終えて。
 街道は、まばらな雑木林へと入っていく。右手は緩やかな土手になっていて、木々の合間に、ライナス河から発する靄が、かすかに白かった。
 曇天に日輪はおぼろげで、蒸々と暑い。これはこれで、各々の体力をじわじわと削っていく。
 長旅の疲れもあった。終点も間近となって、若い士官候補生たちには、少し気の抜けていたところもあったかもしれない。
 ──そこを、突かれた。
「あッ!」
 殿(しんがり)を歩いていたラッドという見習い騎士が、咄嗟に声をあげた時には、すでにその捕虜は、脱兎のごとく、土手を駆け下りていた。
「脱走だ!」
 誰かが叫んだのを聴いて、先頭を歩くラムザが、反射的に、
「捕らえろ!」
 といったのと、何か鋭い音が、ひょうと林間を駆け抜けていったのとは、ほぼ同時だった。直後に、
 ──ドスッ
 という、鈍い音がして、脱走した捕虜の姿が、追っ手の視界から消えた。
 追っ手が、捕虜の消えたあたりの草むらに駆け寄ると、そこには、麻の囚人服を朱に染めた、捕虜の背(せな)があった。
 至近から放たれた一矢は、過たず、捕虜の心臓を捉え、その背につき立っていた。
 唖然として、一同の目は、その矢羽から、それが放たれたほうへと移っていった。
「……アルガス?」
 と、ラムザが言った。
 当人は、ふう、とひとつ、息を吐き出してから、弓手(ゆんで)を降ろしていた。彼の跨るチョコボの足元には、弓使いのイアンが蒼白な顔をしており、その手には、あるはずの弓がなかった。
「どうして、殺した」
 ラムザが、咎めるような目をアルガスに向ける。
「捕らえろ、と言ったはずだ」
「すまん、足を狙ったんだがな。少し外れたらしい」
 平然と、そういって、アルガスは、彼の足元で棒立ちになっているイアンに、長弓を放ってよこした。
「こいつが、もたもたしていたんでな。あやうく逃げられるところだった」
「…………」
 ラムザの向ける視線を、アルガスは、しらと受け流して、
「だからいったんだ。手枷だけして捕虜を歩かせるなんて、正気の沙汰じゃない」
「…………」
「ああ、捕虜を殺したのは謝るよ。けどな、捕虜が捕虜として扱われるのは、おとなしく捕まっている間だけだぜ。逃げ出したら、殺されても文句は言えない。そうだろう?」
 淡々としたアルガスの言葉を、ラムザは無言で受け止める。
 アルガスの言うことは、道理である。ラムザに油断があったことも、否めない。
 しかし──
(これは、実戦だ)
 ラムザは、心にそう念じながら、それでも、自身の甘さゆえの失敗を許せなかった。
 アルガスの非道を咎めたところで、どうにもならない。不思議と、怒りよりも、情けなさのほうが、ラムザの胸に広がっていった。
「これは、僕の責任だ。誰か、彼を埋めてやってくれ」
 そういってから、ラムザはアルガスの姿を視界から追いやった。
 殺すことはなかったが、アルガスの行動は正しい。やはり、自分を含め、ここにいる誰もが、実戦というものに対する、責任と覚悟が、足りていなかったとしか、いいようがない。
 気まずい空気が、ひとしきり流れたあと、何名かが、捕虜の死体を埋葬するために、土手を下りていった。
 死んだ捕虜は、ガリランド襲撃の折に捕らえられた、工作員の一人であった。
 手かせは断ち切られており、手には、鋸の刃のように、先端を削った石が握られていた。監視の目を盗んで、ここまで来る間に、少しずつ、そこらで拾った石ころを細工しておいたものらしい。
 ディリータの提案もあって、捕虜は再び、護送車で運ばれることとなった。
 ディリータは、すっかり気落ちしている友の肩に手を置いて、
「あんまり気にするなよ」
 と、励ますようなことをいったが、ラムザは何も答えず、埋葬が終わると、直ぐに出発の合図を出した。


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