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No.17259の一覧
[0] 【FFT】The Zodiac Brave Story【長編】[湿婆](2012/09/07 19:24)
[1] 序章[湿婆](2012/10/10 10:28)
[2] 第一章 持たざる者~1.骸の騎士[湿婆](2012/09/07 18:45)
[3] 第一章 持たざる者〜2.遺志を継ぐ者[湿婆](2012/09/12 02:41)
[4] 第一章 持たざる者~3.牧人の村[湿婆](2012/09/07 18:46)
[5] 第一章 持たざる者~4.獅子と狼・上[湿婆](2012/09/07 18:48)
[6] 第一章 持たざる者~5.獅子と狼・下[湿婆](2012/09/07 18:50)
[7] 第一章 持たざる者~6.蛇の口にて[湿婆](2014/09/17 09:45)
[8] 第一章 持たざる者~7.急使[湿婆](2012/09/07 18:53)
[9] 第一章 持たざる者~8.さすらい人・上[湿婆](2012/09/07 18:54)
[10] 第一章 持たざる者~9.さすらい人・下[湿婆](2012/09/12 02:41)
[11] 第一章 持たざる者~10.隠れ家[湿婆](2012/09/07 18:55)
[12] 第一章 持たざる者~11.疑心の剣[湿婆](2012/09/11 18:57)
[13] 第一章 持たざる者~12.忠心[湿婆](2012/09/07 18:56)
[14] 第一章 持たざる者~13.将軍直命[湿婆](2012/09/07 18:57)
[15] 第一章 持たざる者~14.形見[湿婆](2012/09/07 18:57)
[16] 第一章 持たざる者~15.家の名[湿婆](2012/09/07 18:58)
[17] 第一章 持たざる者~16.革命の火[湿婆](2012/09/07 18:59)
[18] 第一章 持たざる者~17.白雪・上[湿婆](2012/09/07 19:00)
[19] 第一章 持たざる者~18.白雪・下[湿婆](2012/09/07 19:00)
[20] 第一章 持たざる者~19.花売り[湿婆](2012/09/07 19:01)
[21] 第一章 持たざる者~20.記憶の糸[湿婆](2013/01/14 19:07)
[22] 第一章 持たざる者~21.関門[湿婆](2012/09/17 21:38)
[23] 第一章 持たざる者~22.闘技場[湿婆](2012/09/07 19:04)
[24] 第一章 持たざる者~23.ドーターの乱[湿婆](2012/09/07 19:06)
[25] 第一章 持たざる者~24.取引[湿婆](2012/09/18 20:10)
[26] 第一章 持たざる者~25.指令書[湿婆](2012/09/19 21:39)
[27] 第一章 持たざる者~26.来客・上[湿婆](2012/09/07 19:08)
[28] 第一章 持たざる者~27.来客・下[湿婆](2012/09/19 23:22)
[29] 第一章 持たざる者~28.三枚の羽[湿婆](2012/09/07 19:10)
[30] 第一章 持たざる者~29.正邪の道[湿婆](2012/09/07 19:13)
[31] 第一章 持たざる者~30.再─獅子と狼・上[湿婆](2012/09/07 19:14)
[32] 第一章 持たざる者~31.再─獅子と狼・下[湿婆](2012/09/09 07:30)
[33] 第一章 持たざる者~32.勘[湿婆](2012/09/23 13:11)
[34] 第一章 持たざる者~33.自惚れ[湿婆](2012/10/10 16:11)
[35] 第一章 持たざる者~34.兄弟と兄妹[湿婆](2013/06/08 04:54)
[36] 第一章 持たざる者~35.噂[湿婆](2014/06/22 22:42)
[37] 第一章 持たざる者~36.死の街[湿婆](2014/06/22 22:41)
[38] 第一章 持たざる者~37.ベオルブ来る[湿婆](2015/05/16 07:24)
[39] 第一章 持たざる者~38.再─骸の騎士・上[湿婆](2016/06/02 14:07)
[40] 第一章 持たざる者~39.再─骸の騎士・下[湿婆](2016/06/02 14:07)
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[17259] 第一章 持たざる者~4.獅子と狼・上
Name: 湿婆◆3752c452 ID:470354c8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/07 18:48
 騎士アルマルク指揮の下、大々的に骸旅団の集団検挙が敢行された件(くだん)の村──
 牧人たちがささやかに営むこの谷合の一村落は、土地の人間からはコロヌルだとか、クヌールだとかいう名で呼ばれており、いずれも、この地方の遊牧民の古い言葉で"水の出るところ"というような意味を持つらしい。
 それにしては、この村に水らしい水は見あたらない。井戸はあるが、目に見える形での水気は一切ないのである。
 しかし、この美しい谷を形成したものが、悠久の水の流れであることは疑いようもなく、ここに人が移り住むようになるずっと前、コロナス河が現在よりもっと西側を流れていた時代には、この地から豊かな流れを滾滾と大地に注ぎこんでいたのである。
 その頃の名残らしきものが、今日も谷の奥深くに窺える。
 それは、真っ暗な空洞であった。
 その入口は、空を仰ぐような格好でほぼ真上に口を開けており、周囲は背の高い灌木で覆われているため、この竪穴の存在を知る村人以外の者なら、うっかり足を踏み外して滑り落ちかねない。
 だから、村人たちは、よそ者にはここに近づかないよう忠告することにしていた。現に村人でも、ここに転げ落ちて怪我をする者が今だあとを絶たないのである。
 内部は意外と広く、ずんずん下に降りて行けば、やがて巨大な地下水脈に達する。
 どういう自然の悪戯か、はるか昔は地上を穿っていた流れが、今は地の底に潜っているのである。その流れに逆らうように洞窟をひたすら上っていくと、やがてベルベニア山系の一角、レウス山の中腹に出る。
 が、そこに出るまでの道のりが容易ではない。
 この穴ぐらは半ばゴブリンの巣と化しており、よほど腕っ節が良いか、さもなければ洞窟の住人たちを黙らせるのに十分な威嚇魔法を扱えなければ、およそ彼らの熱烈な歓迎を避けて通ることはできないのであった。
 そんな危険極まりない魔の巣窟のヌルヌルした壁を、ちらちら照らしながらゆっくりと進んでゆく二つの明かりがあった。
「ミルウーダ、この辺で少し休みにしませんか? 今朝からずっと歩きっぱなしだ」
 二つの明かりのうち、後ろをついていくほうの影がいった。まだ幼さの残る少女の声だ。その声が、洞窟の壁に幾重にもこだまして、やがて奥の暗がりに吸い込まれていく。
「しっ! ゴブリンどもに感づかれるとまた面倒だ」
「……すみません」
 松明に照らされて、壁に映し出されたシルエットが少し縮こまる。
 その輪郭は、実に奇妙な形をしていた。
 ちょうど人間の頭にあたる部分が、竜騎士の扱う長槍の先端よろしく円錐形をなしているのである。
 むろん、それは頭そのものではない。
 この少女は、黒魔道士なのである。
 頭の尖りは、世に黒魔道士と呼ばれる者たちが古より身につけている、共通の衣装なのであった。
 この奇妙な装束の正式な呼び名も一応あるにはあるが、見たまま"三角帽子"だとか"尖り帽子"などと呼ばれる場合がほとんどであり、長いローブを纏い、"尖り帽子"を目深に被るのが黒魔道士たちのいわば"正装"であった。
 そして今、この狭苦しい洞窟を行く少女もまた、その例に漏れず身長の半分以上もある尖り帽を被り、薄汚いローブを地面に引きずってビショビショにしていた。
 そのローブをいまいましげにたくしあげながら、松明を片手によちよち歩くさまは、相当な難儀に見えた。
 自然、前をゆくミルウーダとの距離もどんどん開いていく。彼女が後ろを振り返ると、黒魔道士の少女の松明は、だいぶ下のほうにいた。
 溜息ひとつ、歩みを止めてミルウーダは少女が追い付くのを待った。同時に、周囲の壁の隙間や破れ目に注意を向けるのを忘れなかった。洞窟ゴブリンの光る二対の目が、此方を狙っているかも知れないからである。
 ようやく、少女は顔が認識できるくらいの距離まで登りついた。もっとも、その顔は"尖がり帽子"の幅広のつばと、ローブの深襟に隠されて、まったく見えないのであるが。
「エマ、そのローブはなんとかならないのか?」
 少女はエマというらしい。肩で息を切らして前屈みになっているエマを見下ろして、ミルウーダが呆れ顔で言った。
「ごめんなさい。ミルウーダを守るためについてきたはずが、完全に足手まといになってますね」
「だからそのローブをなんとかしろと」
「これですか? これはだめです。これを着てないと、黒魔道士じゃなくなっちゃいますから」
「…………」
 まだ息の揚がっているエマを差し置いて、ミルウーダはまたずんずん歩き始める。
「ちょっと待って……」
 エマはあわてて後を追う。
「この先に、地上から陽の光が射しているところが見える。そこで少し休もう」
 ミルウーダは、エマに背を向けたまま言った。
 ほどなくして、急に開けた空間に出た。
 空間の中央には地下水脈から供給された水が溜まっており、ちょっとした洞窟湖を成している。その湖面に、天井の破れ目から射す光が反射して、周囲の岩壁に水の揺らぎを仄白く映し出している。
 二人は湖の縁まで降りていって、松明を地面に突き刺すと、その場にあった石の塊に腰を下ろした。
「この水は汚れていないようですね」
 エマが水面を覗き込んでいった。そのまま前のめりになって、危なっかしく水をすくいとると、それを帽子とローブの間に流し込んだ。
「ミルウーダも、どうです? 雪融け水みたいに冷たくておいしいですよ」
「そうね……いただこうか」
 と、ミルウーダもエマの隣に屈みこむと、片手に水をすくい取って口に含んだ。
「ん、たしかに」
「でしょう? あの村の井戸水がとってもおいしかったのも、きっとここの地下水を汲み上げていたからですよ」
 言いながら、もう一度すくって飲む。
「ああ、そうだ、水筒に詰めて持っていきましょう。ポーションの材料にもいいかもしれない」
 エマは懐から、首かけ紐付の牛革水筒を引っ張り出すと、それを湖に浸していっぱいにした。
「これで……よし、と」
 最後に袋の口を紐で固く縛ると、エマは大事そうにそれを懐にしまった。
 衣装のせいで見えないが、きっと満足げな笑みを浮かべているに違いない、と、エマの姿を横目に見ながら、ミルウーダは内心でそんなことを思っていた。
 本人は、「ミルウーダを守る」などと言って張り切っているが、駆け出しの魔道士はいえ、こんな年端も行かぬ少女までをも争いの渦中に巻き込んでしまったことに、少なからず責任を感じずにはいられないミルウーダではあった。多くの同志たちを残してコロヌルを離れる決心をしたのも、一つに、エマに対するこの責任感があった。
 北天騎士団があの村にやってきた時、ミルウーダも当然、ここまで連れ添ってきた同志たちと運命を共にする気でいた。
 そんなミルウーダを諌めたのは、彼女の最も信頼を置く同志である、レッド・アルジールであった。
「あなたは、ここで捕らわれるべきではない」
 レッドは言った。
「マンダリアで幸いにも拾いえた命を、ここで無駄にするおつもりか」
「しかし……」
 ミルウーダは、友を見捨てる非情をどうしても割り切れずにいた。
「だめだ。君たちを置いて、私だけ逃れるなど……」
「あなただけではない」
 レッドは頭(かぶり)を振った。
「同志の内に、エマという黒魔道士がいるでしょう。ほら、ドーターのスラムで拾った孤児の」
「ああ、知っている」
「あの娘を連れて行くべきです。彼女はまだ若いし、将来もある。しかるべき場所で、そろそろ別の人生を歩ませるべきだと思うのですが」
「それは、私も考えていた。いかんせん、当人にその気はないようだが」
「あなたに惚れこんでいますからね。でも、やはりここで捕まるべきではない。あなたにしても、ウィーグラフどのと合流し、共に再起の旗を揚げていただかねば」
「兄は無事でいるだろうか……」
「きっと。どこかで、あなたとの再会を切望しておられるに違いない。ギュスタヴが離反した今、ウィーグラフどのが頼れる者は、実の妹であるあなたを措いて他にないのですから」
「…………」
「できることなら、我らもお供したい。ですが、怪我人もおりますし、この人数ではどうしても足が遅すぎる。また敵に見つかるのも時間の問題でしょう。ここはいったん身軽になって、一刻も早くウィーグラフどのとの合流を果たし、味方の士気を高めるのが先決です」
 あらゆる点において、レッドの言は的を射ていた。
 さらには、事態が彼女に一切の予断を許さないこともあった。
 終に、ミルウーダは仲間と袂を分かつ決心をした。
 村の子供に案内させてこの洞窟に入ったのは、今朝早く、北天騎士団が強制捜査を始めた頃であった。ミルウーダはその子供に、
「生きて再び見えん」と、レッドへの言伝を頼んで、エマと共に竪穴の闇に潜ったのである。
 ──そして、今。
 かくのごとく地下の深みに追いやられ、ミルウーダは自身の行く末に、果ては「生ける骸たち」の名のもとに集った同志たちの行く末に、暗澹たる思いを抱かずにはいられないのであった。
(我らの志は……)
 ミルウーダは胸に手を当て、今に至る軌跡を反芻してみる。


 骸旅団を取り巻く状況の悪化を決定づけたのは、二月前、レアノール野の決戦における大敗であった。
 この敗戦は、長らく骸旅団の団結を支えてきた基盤に、致命的な歪みをきたしたのである。
 決戦の日は、畏国暦一〇二〇年金牛の月二十九日。
 骸旅団の精鋭ニ千に、各地で蜂起した土民を合わせると、義軍はおよそ一万。対する北天騎士団は、多目に見積もってもせいぜい一千ほどの小勢。兵の常識からすれば、負けるはずのない戦であった。
「この一戦に勝利すれば、世の中は変わる」
 義軍兵の誰もが、そう信じて疑わなかった。
 ラッツ砦での誓い以来、骸旅団、ひいては畏国全土の窮民の向心力たり続けた騎士ウィーグラフ・フォルズもまた、必勝を目前に半ば驕りを禁じ得なかった。
「北天騎士団を率いるは、畏鴎大戦の雄、ザルバッグ・ベオルブ。相手にとって不足はなし」
 と、戦を前にその黄金色の双眸を輝かせていた。
 彼もまた、前(さき)の畏鴎大戦、すなわち五十年戦争においては、骸騎士団の一志士として最前線で剣を振るっていた者である。
 そんな彼にしてみれば、ザルバッグ・ベオルブという男は、単に仇敵としての存在だけではあり得ず、かつては祖国のために同じ旗の下に集った戦士として、あるいは尊敬に近い念もあったに違いない。今はこうして敵味方に別れて睨みあっているのも、それは、ひとえに生まれついた"運命(さだめ)"の違いでしかなく、このウィーグラフも、その武勇と才覚からして、それなりの門に生まれ出でていたならば、ザルバッグとも肩を並べるほどな英雄となっていたかもしれないのである。
 無論、そういった考えにとらわれて、己の出自を呪ったことも一度や二度ではない。
 ウィーグラフと、彼より九つ年下の妹ミルウーダは、ルザリア王室領内の農村に生まれた。
 いちおうその辺りの農家では一番大きな耕地を有する家であったし、平民階級にしては比較的高い生活水準にあったこともあり、子どものうちから働き手として駆り出されるのが当たり前な一般的な農家の子らとは違って、幼くから、その地方の富裕層の子弟などに混じってしばしば学問をする機会などもあった。
 そういった特異な素質もあって、畏鴎大戦末期に於いては、開戦当初から平民の義兵団として一大勢力を誇っていた骸騎士団に参加し、当時にして二十歳を少し出たばかりの若年の騎士ウィーグラフは、めきめきとその頭角を現していった。
 そして、ここにいま一人、非凡なる勇と才覚を兼ね備えた青年が登場する。
 その名をギュスタヴ・マルゲリフといい、ウィーグラフよりもふたつばかり年下であったが、騎士団に参加した時は既に、百名あまりの山賊どもを従えていた。
 一見するに、上背はそれほど高くなく、剣士というよりは狡猾な策士を想わせる風貌であった。シルバーブロンドの長髪と灰褐色の切れ長な瞳は、周囲の者に荒野を彷徨く"狼"を連想させた。
 人の見かけというのはなかなか裏切らないもので、やはり彼は騎士らしい、正面きった華々しい戦法には拘らず、伏兵や巧みな罠を用いた奇襲作戦を得意としていた。
 対するに、騎士ウィーグラフの信条は、ひたすら猛進的な正攻法にあった。戦の趨勢を全て、己が統率力と士気の鼓舞を以て決してしまうのである。そして、回りくどい策など用いずとも、あまたの戦闘において、彼は例外なく勝利を収めてきた。
 その武勇はまさに「獅子」の如しであり、骸騎士団における若き実力者として、「狼」のギュスタヴと好対照をなしているふうであった。
 自然、志士たちの人気は、"狼"よりも、この"獅子"の方に集まっていくのであったが、かといって、ギュスタヴがつまらぬ嫉妬心に駆られるようなことはなく、「すべては、骸騎士団のため」と、ギュスタヴは喜んで裏方に回り、汚れ役に徹してきた。
 こうした二人の若い力により、骸騎士団は、戦争末期に至ってからも、正規軍たる北天騎士団・南天騎士団にも劣らぬ戦闘能力を有し得たといわれている。
 しかし、この度のレアノール野の決戦を前にして、それまでうまく作用していた二本の軸が微妙にぶれだしたのである。原因は、敵将ザルバッグにあった。ここへきて、首領のウィーグラフが、ザルバッグとの決戦に拘りはじめたのである。
 長らく、"宿命の好敵手"と自ら位置付けてきた男が、目の前に陣取っている。しかも、ラッツ砦での蜂起からレアノールに至る諸戦で、反乱軍は負け知らず、その勢力も、蜂起時の数倍に膨れ上がっている。
「勝負を決するなら、今をおいて他にない!」と、彼が俄然意気込んできたのも無理はない。五十年戦争で使い捨てられた戦士たちも、積年の恨みを今晴らさんと意気込んでいる。
 この時、反乱軍は炭鉱都市ゴルランドをその手中にいれていた。王都ルザリアはもう目前である。
「友よ、聞いてくれ」
 ギュスタヴは、決戦を前に異様な昂りをみせている作戦会議の場において、あえてウィーグラフに意見した。
「もはやここまで来れば、対等に貴族議会と渡り合える。これ以上無用な戦を続けて、我らにいったい何の利があるというのだ」
「なんだと?」
 ウィーグラフは、なにを言っているのかわからないとでもいうふうに、興奮した目をギュスタヴに向けた。
「我々はゴルランドを取った。奴らの心臓を握ったのだ。あとは、目前の北天騎士団を蹴散らして、ルザリアを目指すのみではないか」
「そうだ。我らは心臓を握った。だからこそ、あえて今は軽率な行動を慎み、反乱軍は解体して、我々に有利な状況のまま和平交渉に持ち込むべきではないのか?」
「馬鹿な!」
 ウィーグラフは憤慨していった。
「貴様の目は節穴か? この圧倒的兵力差が見えぬとでも?」
「わかっている。しかし、相手はあのザルバッグ・ベオルブだ。だいいち、この兵力差もおかしい。相手に何か策があるのかもしれん。今部下に探らせているから、うかつに前に出るべきではない!」
「ほう、ここへきてギュスタヴどのは怖気づいたと見える」
「まさか! 俺は同志たちの行く末を思って……」
「そんなに怖いなら、貴様だけここに残って、満足のいくまで貴様の従順な犬どもに敵を嗅ぎ回らせておけ!」
 会議はこのまま、ウィーグラフの主戦論が貫かれ、多くの者が彼に賛同した。一方ギュスタヴは、僅かな同志を募り、情報が出そろうまでゴルランドに残ることとなった。
 ウィーグラフ指揮の下、ただちに総攻撃の準備が開始され、二十九日の早朝、反乱軍総勢一万は、朝靄のレアノール野に続々と繰り出した。
「やっとこの時がきた!」
「今こそ、貴族どもの肥えた腹に、我らの恨みの剣を突き立ててやるのだ!」
 全軍の士気は、今や奮えんばかりである。
「…………」
 ギュスタヴは、人種も装備もバラバラな土民兵の群れを目下に、複雑な心境を面に隠せずにいた。
(いくら数を増やそうと、所詮は烏合の衆ではないか)
 彼の抱く不安の多くは、この点にあった。今までの戦も、ほとんど勢いだけで押し切ってきたといってよい。天才的な統率力を持つウィーグラフでさえ、この雑軍を扱いきれていないことは、とうに彼も見抜いていた。
「ギュスタヴ」
「お、ゴラグロスか」
 見ると、分厚い毛皮の鎧を身につけた大男が足早に歩み寄ってくる。不精髭を生やしたいかつい顔に、なにやら深刻な様子を見せている。
 ギュスタヴ以上に、剣士らしからぬ風貌をもつこの男は、その名をゴラグロス・ラヴェインといい、もとはベルベニア地方の山間を縄張りとしていた山賊の頭目であったが、あるとき、なんの前触れもなく一味の根城に現れた浪人に説かれ、大挙、一味を引き連れて骸騎士団に参加することとなった者である。
 その浪人というのが、ギュスタヴであったことは言うまでもない。
 以来、互いの実力を認めあい、今日まで支えあってきた仲である。
「ウィーグラフはザルバッグ将軍との決着に逸っているようだな」
「ああ。いちおう説得は試みたのだが」
「やはり駄目か」
「うむ。獅子が目前に肉塊を置かれたとなっては……で、"草"のほうは?」
「それなんだが……」
 ゴラグロス配下の「草」は、昨晩遅くに敵本隊の背後に回り込み、王都に通ずるカルバラ峠の山道付近に探りをいれていたのである。レアノール野と王都ルザリアとの堺にあたるこの峠は、旅人たちの間でも難所として知られ、起伏の激しい複雑な地形をなしている。
 で、浪人として畏国じゅうを遍歴した経験から、諸国の地理に詳しいギュスタヴは、レアノール野が決戦の地と決まったときから、この峠に注目していた。
「兵を極めたザルバッグ将軍なら、この地形を利用しないはずがない」
 彼は直感的にそう判断した。
「まず将軍みずから寡兵と見せかけて我らの目前に陣取り、こちらが総攻撃を仕掛けたところを巧みにこの地に誘い込み、伏兵を以てこれをせん滅する。狭地では大軍も役にはたたない。そうなれば、我らはなすすべもなく敗北を喫するだろう」
 と、こう予見を立てて、その危険を昨日の作戦会議で説こうとしたのだが、大将のウィーグラフをはじめ、誰一人聞く耳を持たなかったのは、先ほど述べたとおりである。
 案の定、ゴラグロスの"草"の報告によると、伏兵そのものは確認できなかったものの、カルバラの峠近辺に北天騎士団の哨戒部隊がうろついており、しきりに警戒の目を光らせていたのだという。
「間違いない! 敵は奇計を用いる気だぞ!」
 確証を得たギュスタヴとゴラグロスの二人は、さっそくチョコボに飛び乗ると、ウィーグラフのもとへ駆けて行った。
「だが、伏兵そのものは見当たらんのだな?」
 ギュスタヴが常ならぬ熱弁をもって諭すと、ウィーグラフはやっと彼の警告に耳を傾けた。
「ああ。しかし、伏兵はあると思っていて間違いはない。うかつに攻めたてて深追いするな」
「心得ておこう」
 いちおう危機は伝わった。
 あとは、ウィーグラフの指揮が復讐に猛る兵たちをうまく抑えきれるかにかかっていた。


 日がレアノール野の東の地平線を完全に離れた時、ついに決戦の火蓋は切られた。
 兜を被った髑髏の戦旗が蒼天に翻り、北方出身のつわものが吹き鳴らす巨大な角笛に、野蛮な雄叫びが応える。
 過半数は歩兵であった。装備も満足に整っていない者がほとんどである。手に手に曲刀だの鍬だの樵(きこり)の斧だの、さまざまな得物を持ち、真っ直ぐ敵にぶつかっていく。
 迎え撃つ北天騎士団は、揃いも揃って白銀の鎧兜に長柄の槍を持ち、整然と隊伍を組んでいる。もちろん、全員が騎兵である。狂った獣のように迫ってくる大軍を目の前にしても、身じろぎひとつしない。
 これぞ、世に名高き"白鷲隊"であった。
 前の大戦より、ザルバッグ将軍手ずから育てあげた、北天騎士団の誇る精鋭中の精鋭である。
 その陣頭に立つザルバッグ将軍は、黒鉄の鎧に身を固め、愛用の黒羽に跨り、白一色の編隊の中にあって、さながら両翼を広げた白鷲の"眼"のごとく、一際異彩を放っていた。
「いざ!」
 彼が白銀の騎士剣を目の前に掲げたのを合図に、横一列の隊伍は、両翼の先端部分を先行させるような格好で、怒涛の進撃を開始した。
 この偉容を前にして、流石の狂兵たちも怯みをみせる。
 レアノール野のちょうど真ん中あたりに、深いところでも大人の腰がつかるくらいの浅瀬がある。
 両軍は、そこで激突した。
 といっても、正面きってぶつかったというよりは、反乱軍は巨大な鷲の翼に包み込まれるようにして、左右から猛烈な攻撃を受けた。
 この陣形は、遥か東方の異国より伝わった兵法に倣ったものだという。
 北天騎士団の騎兵たちは、混乱する敵の歩兵たちを長槍でもって優々と串刺し、思う存分殺戮を加えたあと、途中で味方とすれ違い、十分離れたところで引返し、再び左右から挟撃する。この一連の動きを繰り返すのである。
 俯瞰するに、それは巨大な猛禽の羽ばたきに似ていた。
 鷲が羽ばたく度に、反乱軍の兵士たちは水飛沫となって、浅瀬の流れを血の色に染めていく。
 そうした一方的な攻勢が、しばらく続いた。
「まずい!」
 ウィーグラフはようやく自軍の危険を感じとったが、もはや退くに退けない状況にあった。
(しかし……数ならばまだこちらが圧倒している!)
 獅子の血が、彼の体内で沸沸と煮え始める。
「兄さん!」
 副将格のミルウーダが、栗色の髪を振りかざしてウィーグラフのチョコボに並んだ。白い顔が、血と汗にまみれている。
「このままでは危ない! いったん退いて……」
「無理だ。今退いたならば、味方は完全に崩れる」
「しかし……」
「だまれっ! それでも退くというなら、我が妹とて容赦はせんぞ!」
「くっ……」
 ウィーグラフは気合の一声とともにチョコボの横腹を蹴りこむと、敵味方の入り乱れるなかを単騎突入していった。
「ザルバッグ何するものぞ!」
 彼は、手近な敵の騎兵を力ずくで引きずり下ろすと、その長槍を奪って、次々と騎上の敵を叩き落としていった。
 まさに獅子奮迅の活躍である。
 その雄姿を目の当たりにして、反乱軍の戦士たちも俄然士気を盛り返してきた。
「ウィーグラフに続け!」
 との声に、これまでに無かった連携すら見せ始める。彼らの雑草根性とでもいうべきものは、こういう時に異様なまでの生命力を発揮する。
 瞬く間に、形勢は逆転した。
 もとより数で勝る反乱軍である。こう俄かに団結されると、殲滅戦に優れた陣容も容易には効かなくなってくる。
(ひとまずはこんなところか)
 ここで軍(いくさ)の趨勢を見極めたザルバッグは、騎士剣を頭上高く突き上げると、その切っ先をまっすぐ北へ向けた。
 と同時に、敵に撹乱され散り散りになっていた騎兵たちは、ザルバッグの元に収束をみせはじめた。
「逃がすか!」
 当然、勢いづいた反乱軍はその背を追いかける。
 その追撃を適当にあしらって、追いつかれるでもなく引き離すでもなく、北天騎士団の精鋭たちは退却を続ける。
「いかん……追うな!」
 その時、後方にあって冷静に敵軍の動きを見極めていたギュスタヴは、彼の危惧していたとおりのことが、今まさに行われようとしていることに気づいた。
「罠だっ! 引き返せ!」
 しかし、誰一人足を止めるものはいない。
 彼らにとって、この戦は、自らを塵芥の如く掃き捨ててきた者たちに一矢を報いる、またとない好機なのである。積年の怨みつらみが、今や彼らを盲目的な追撃へと駆り立てていた。
「ウィーグラフ! どこだ!」
 もはや反乱軍は、完全にその統制を失っていた。堰を切った濁流は、きわめて物理的に、カルバラ峠の入口に流れ込んでいった。ここへきて、"白鷲隊"は急激にチョコボの脚を速め、みるみるうちに反乱軍の追手を引き離していった。
「だめだ……追ってはならん……追っては……」
「ギュスタヴ!」
 猛牛の群れのような反乱軍の前方から、ゴラグロスが息を切らして駆け戻ってきた。毛皮の鎧のあちこちに折れた矢が立っている。
「やはり敵の奇計だ!」
「どうした?」
「峠道に味方が差し掛かったところで、いきなり足元がぬかるみだした。そのまま身動きが取れなくなって……あとは矢の嵐だ!」
「風水士(自然の力を利用するのに長けた戦士)か」
「俺はなんとか逃れたが、先頭の味方は壊滅した! このまま闇雲に追えば全滅するぞ!」
 見れば、敵の術中から辛くも逃れ出た兵士たちが、死に物狂いで此方に敗走してくる。その泥人形のような姿を追って、林間に潜んでいた北天騎士団の伏兵も続々と姿を現す。
「くっ……」
 流石の"狼"にも、焦りの色がみえる。
 軍の統制を司る者の姿も見えぬとあっては、作戦上の退却すらかなわない。
 もはやこれまで、と観念したものか、ギュスタヴとゴラグロスは、チョコボの首を巡らすと、ゴルランド方面を目掛け、必死に鞭を振るっていた。
「ひとまずはゴルランドまで退いて……」
 というのが、両名の胸中であったに違いない。
 が、そんないちるの望みも、はやゴルランドの城壁が見えてきたところで、虚しい塵となり果てた。
「あれは……」
 絶句する二人の目線の先にあったのは、もうもうと黒煙を上げるゴルランド市街区の姿であった。
 総崩れの隙を突き、北天騎士団の副将マルコムが、別動隊を率いて迅速にこれを奪還したものである。
「こうなってしまっては……」
 ギュスタヴは力なく項垂(うなだ)れた。
「もはや貴族議会との交渉も望めん。何もかもおしまいだ」
 と、やむなく進路を変え、あとはどこをどう逃げたものか、皆目見当もつかなかった。


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