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No.17259の一覧
[0] 【FFT】The Zodiac Brave Story【長編】[湿婆](2012/09/07 19:24)
[1] 序章[湿婆](2012/10/10 10:28)
[2] 第一章 持たざる者~1.骸の騎士[湿婆](2012/09/07 18:45)
[3] 第一章 持たざる者〜2.遺志を継ぐ者[湿婆](2012/09/12 02:41)
[4] 第一章 持たざる者~3.牧人の村[湿婆](2012/09/07 18:46)
[5] 第一章 持たざる者~4.獅子と狼・上[湿婆](2012/09/07 18:48)
[6] 第一章 持たざる者~5.獅子と狼・下[湿婆](2012/09/07 18:50)
[7] 第一章 持たざる者~6.蛇の口にて[湿婆](2014/09/17 09:45)
[8] 第一章 持たざる者~7.急使[湿婆](2012/09/07 18:53)
[9] 第一章 持たざる者~8.さすらい人・上[湿婆](2012/09/07 18:54)
[10] 第一章 持たざる者~9.さすらい人・下[湿婆](2012/09/12 02:41)
[11] 第一章 持たざる者~10.隠れ家[湿婆](2012/09/07 18:55)
[12] 第一章 持たざる者~11.疑心の剣[湿婆](2012/09/11 18:57)
[13] 第一章 持たざる者~12.忠心[湿婆](2012/09/07 18:56)
[14] 第一章 持たざる者~13.将軍直命[湿婆](2012/09/07 18:57)
[15] 第一章 持たざる者~14.形見[湿婆](2012/09/07 18:57)
[16] 第一章 持たざる者~15.家の名[湿婆](2012/09/07 18:58)
[17] 第一章 持たざる者~16.革命の火[湿婆](2012/09/07 18:59)
[18] 第一章 持たざる者~17.白雪・上[湿婆](2012/09/07 19:00)
[19] 第一章 持たざる者~18.白雪・下[湿婆](2012/09/07 19:00)
[20] 第一章 持たざる者~19.花売り[湿婆](2012/09/07 19:01)
[21] 第一章 持たざる者~20.記憶の糸[湿婆](2013/01/14 19:07)
[22] 第一章 持たざる者~21.関門[湿婆](2012/09/17 21:38)
[23] 第一章 持たざる者~22.闘技場[湿婆](2012/09/07 19:04)
[24] 第一章 持たざる者~23.ドーターの乱[湿婆](2012/09/07 19:06)
[25] 第一章 持たざる者~24.取引[湿婆](2012/09/18 20:10)
[26] 第一章 持たざる者~25.指令書[湿婆](2012/09/19 21:39)
[27] 第一章 持たざる者~26.来客・上[湿婆](2012/09/07 19:08)
[28] 第一章 持たざる者~27.来客・下[湿婆](2012/09/19 23:22)
[29] 第一章 持たざる者~28.三枚の羽[湿婆](2012/09/07 19:10)
[30] 第一章 持たざる者~29.正邪の道[湿婆](2012/09/07 19:13)
[31] 第一章 持たざる者~30.再─獅子と狼・上[湿婆](2012/09/07 19:14)
[32] 第一章 持たざる者~31.再─獅子と狼・下[湿婆](2012/09/09 07:30)
[33] 第一章 持たざる者~32.勘[湿婆](2012/09/23 13:11)
[34] 第一章 持たざる者~33.自惚れ[湿婆](2012/10/10 16:11)
[35] 第一章 持たざる者~34.兄弟と兄妹[湿婆](2013/06/08 04:54)
[36] 第一章 持たざる者~35.噂[湿婆](2014/06/22 22:42)
[37] 第一章 持たざる者~36.死の街[湿婆](2014/06/22 22:41)
[38] 第一章 持たざる者~37.ベオルブ来る[湿婆](2015/05/16 07:24)
[39] 第一章 持たざる者~38.再─骸の騎士・上[湿婆](2016/06/02 14:07)
[40] 第一章 持たざる者~39.再─骸の騎士・下[湿婆](2016/06/02 14:07)
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[17259] 第一章 持たざる者~25.指令書
Name: 湿婆◆3752c452 ID:d2321ec4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/19 21:39
「お、出てきたぞ」
 最前より、闘技場を囲んでいた市民の一集団である。彼らが指差している方を見れば、今しがた騎士の一隊が出てきたところであった。
 ラムザ・ベオルブを先頭とし、市民たちが、これまでてぐすねひいて待っていた目標の人物――ムアンダは、若い騎士たちに囲まれ、後ろ手に縛られた格好ではあるが、その態度は捕虜とも思えぬふてぶてしさであった。彼に向けられている市民の恨みのこもった視線など、どこ吹く風といった様子なのである。
「ようよう、待っていたぜ」
 そういってラムザの前に進み出たのは、ムアンダのアジトの方を攻めていた鍛冶屋の親父ボロヴィン。長い鉄の火掻棒のようなものを肩にかつぎ、皮の前掛けは血糊やら土埃やらで黒く汚れている。
「アジトの方は大方片付いたぜ。あとは、そこにいる親玉にこれまでの罪を償ってもらわにゃならん」
 彼の左右に、この日を待っていたと言わんばかりに上気した市民たちが並び立ち、ラムザたちに迫る。
「あんたのおかげで、ムアンダの悪行もここに潰えるというわけだ。勝どきのひとつでも上げたいところだが、それはそいつをとっちめてからとしようか」
 ボロヴィンの左右も、異存はないといったふうに頷く。
「我らは務めを果たしたまでです。私などがいなくても、あなた方にはもともと現状を覆すだけの力があったということでしょう」
 ラムザがいうと、ボロヴィンは声をあげて笑い、
「実は、おれたちも驚いているところだ。今までも何度か起ち上がろうとしたが、そのたび奴らに潰されてきたからな……皆が心をひとつにできたのも、ベオルブの名あってのことだ」
「…………」
 ボロヴィンの言葉を、ラムザは頬笑みをもって受け止めた。
 ベオルブの名――そう、彼らの結束を可能にしたものは結局、畏国に轟く武門の名であって、ラムザ個人の人徳によるものではない。しかしそれは、ラムザ自身、もっともよく理解していることだし、そもそもベオルブの名を勝手に利用して市民を煽動したのは、彼自身ではなく友のディリータである。
「それじゃあ、ムアンダをこちらに渡してもらおうか」
 ムアンダを裁く権利は当然、市民にあるものとして、ボロヴィンが手を差し出す。しかしラムザは答えず、代わりにディリータが前に進み出る。
「それはできない」
 ディリータがきっぱりそう言ったのを、ボロヴィンは悪い冗談と受けとめたように、左右と示し合わせる。
「そいつはいったい、どういうことで?」
 ボロヴィンは、こわばった笑みをディリータに向ける。
「だから、あなた方にムアンダの身柄を渡すつもりはない、といっている」
 さっきまで純粋な期待感に包まれていた雰囲気は一転、険悪な感情が場の空気を支配する。
「どうして……おれたちがそいつに、どれだけ苦しめられたか分かっているのか!」
 市民の一人が、堪らず声を上げる。「そうだ! そうだ!」と、周りも同調する。ディリータは動じることなく、言葉を続ける。
「ムアンダは我ら北天騎士団が拘束した。よって、この者が法のもと、厳正なる裁きを受けるまで、我らが責任をもって護送する」
「おいおい、ムアンダの一味を追い詰めたのはおれたち市民だ。それなのに、肝心のムアンダを自分らの手柄とばかりに持っていこうってのかい?」
 ボロヴィンが、ディリータの鼻面に指を突きつけていう。
「あなた方に協力を要請した覚えはない。我らは北天騎士団総帥直々の命により、ドーターを荒らし回っている不逞の輩を取り締まるため、この地に派遣されたもの。その任務を遂行したまでで、あなた方の私情などは、もとより我らの感知するところではない」
 とりつく島もないディリータの言葉である。ボロヴィンは苛立ちの感情を、こんどはラムザの方へ向ける。
「これが、あんたの考えかい? ベオルブの御曹子さんよ」
 ボロヴィンの鋭い視線を冷静に受け止めながらも、ラムザの表情には、どこか心苦しさが滲み出ていた。
「ディリータが申し上げた通りです。あなた方のお怒りはもっともなことですが……しかし、今は堪えてください。この男は厳正なる裁きにより、きっと相応の報いを受けることになりますから」
 市民が、大義ここにありと頼んだ旗手の口からこう言われては、さしものボロヴィンも怒りのやり場がない。
「そんなバカな……」
 甚だ憤慨した様子で、
「今ごろになってのこのこ出てきやがって……任務だか何だか知らんが……おれたちは長い間辛苦を嘗めてきたってのに、その間、あんたらがいったい、何をしてくれたってんだ?」
「…………」
 ラムザには申し開きの辞もない。ボロヴィンの言うことは、いちいちもっともなことであった。
 全ガリオンヌ領の治安を司る北天騎士団とはいえ、領内にあまねくその監視の目が行き渡っているかといえば、現に、ここドーターの下街のような社会の底辺では、ムアンダ一味のごとき無法者の徒党が、自治の名目で暴虐を欲しいままにすることなどは珍しくもなかった。
 ラムザは以前、イグーロスへの捕虜護送任務の途中に立ち寄った"蛇の口"なる集落でも、盗賊の略奪に苦しめられていた民の実態を目の当たりにしているが、ここへきて再度、騎士団の盾の全能ならざるを認識させられることとなった。
「けっ、天下の北天騎士団といっても、所詮は貴族の番犬か。おれたち貧乏人が生きるも死ぬも、奴らの知ったことではないのさ」
 市民の群衆を後に去っていく騎士たちの背に向かって、ボロヴィンが恨み言を吐く。彼らの中に、もはや自らの手で自由を勝ち取ったという自負は無かった。
 革命といってもいいほどの大事を成し遂げながら、しかし彼らには、北天騎士団に刃向かってまで仇敵の身を奪おうという勇気は起こらなかったのである。
 かくして、市民による八つ裂きの運命を逃れたムアンダの、その余裕ぶりときたら、彼を護送していくラムザたちが、王の侍従か近衛騎士かとみえるほどであった。
 ムアンダが身の安全の保証と引き換えに提供した情報――それは、骸旅団の首魁ウィーグラフ・フォルズと、ランベリー領主エルムドア候誘拐の主犯ギュスタヴ・マルゲリフの動向に関する、きわめて重大な手掛かりであった。
 ギュスタヴ・マルゲリフはゼクラス砂漠にある"砂ネズミの穴ぐら"なる隠れ家に潜伏中、さらに近日中、ウィーグラフ・フォルズがその隠れ家に現れるという。そして、ラムザたちの任務に協力し、ついさっきまで目の前にいた牡羊なる騎士こそが、他ならぬウィーグラフ本人であった――
 ムアンダのもたらした情報が確かならば、これは北天騎士団の臨時要員にすぎぬラムザたちには手に余る案件である。
 あとは情報の信憑性についてだが、これには一応、考慮すべき裏付けが無いではなかった。
 それとは、ディリータの胸の内に秘匿されていた、彼の幼少時の記憶であった。


「ちょっと、すぐには信じがたいけど……」
 夜も更けた頃。ドーターの市街区(アッパータウン)にある、貿易商の営む比較的大きな宿屋を北天騎士団の権限で貸し切って、ラムザたちはここに一旦足を留めていた。
 士官候補生たちは随時休息をとっており、ラムザとディリータは今、燭台の置かれた卓を挟んで向かい合いに座っていた。
 ディリータから今しがた、彼の故郷に父の死の知らせをもたらした骸騎士団の帰還兵と、かの牡羊なる剣士が、よく似ていたということ、さらには、その帰還兵が自らウィーグラフ・フォルズと名のったという、彼の幼少時の記憶の一端を聞かされたところである。
「君の思いこみ、なんてことはないんだよね?」
「ああ、間違いないさ……あの日のことは、けっして忘れない」
 ディリータの掌には、出立の日にティータから託された実父オルネスの形見の小刀が握られていた。その小刀を亡き父より託され、故郷に残されたディリータとティータのもとに届けた骸騎士団の騎士こそが、あのウィーグラフ・フォルズなのだという。
「じゃあ、最初から君は牡羊どののことを疑っていたわけだ」
「まあな。しかし、相手がもし本当にウィーグラフだったらと思うと、下手な詮索はかえって危険だと思ったんだ。いずれ君にも話そうとは思っていたが、結局今ごろになってしまった」
「でも今は、ムアンダからの証言を得た。骸騎士団で活躍していたウィーグラフが、君のお父上と戦場で知り合っていたとしても不思議じゃないし、幼い頃の記憶とはいえ、ディリータが確かだというのなら、僕はそれを信じるよ」
 そう言って微笑むラムザの表情に、不満の色はなさそうである。
 ムアンダより持ちかけられた取引に、いちどは難色を示した彼であった。ムアンダの話が真実かどうかも疑わしいし、ムアンダの罪は市民の手で裁くのが妥当だと彼は考えていたのだ。
 しかし、情報の正確性について妙に確信を持っていたディリータに諭され――その根拠はたった今彼の口より明かされたのであるが――さらにはアルガスまでが、主君を拐かしたギュスタヴの名を聞くや、にわかに意見を翻し、ウィーグラフを追うようラムザに迫ったために、さすがの彼も事の重大さを受け止め、情報と引き換えにムアンダの要求を呑んだわけである。
「で、どうするつもりなんだ?」
 そう言って、ディリータが両の眉を吊り上げる。
 突き放したような友のこういう物の聞き方は、何だか試されているような感じがして、ラムザはあまり好きではない。
「どうするって……」
 ラムザは口ごもり、ディリータから目をそらす。
 どうもこうも、最初にあんな取引に乗ったのはディリータの方であり、かくも重大な情報を得てしまった以上は、彼の肚(はら)も知れたものである。
 ドーターの下街全部を巻きこんだ今日の暴動といい、北天騎士団が血眼になって探している要人の情報を、ちゃっかり手に入れてしまったことといい、万事につけて、ディリータの掌の上で弄ばれているような感さえある。
 ――底が知れない。
 そういう感覚が、ディリータのことをよく知っているつもりのラムザにさえ、つきまとっている。
「明日には伝令が戻るだろう。アラグアイ本隊の指令を待って、判断はそれからだ」
「真面目なんだな」
「無茶はもう、十分やっているさ」
「手柄が欲しくないのか?」
「アルガスみたいなことを言う」
「ははは、あいつはもう、砂漠に行くつもり満々だけどな」
「早まったことをしないよう、君も注意しておいてくれ」
「分かってるよ」
「僕は一眠りする。君も早めに休んでおけよ」
「ああ、おやすみ」
 ラムザは寝台に就くべく、食堂を出た。廊下を歩いていると、突き当たりにある階段から、ちょうど誰かが降りてくるところであった。
 小さな燭台が足元を僅かに照らしているだけの薄暗がりにラムザの姿を認めて、はたと立ち止まったその人物の顔を見れば、アルガスである。軽鎧に身を包み、腰には剣をはき、肩より皮袋を提げている。見るからに、出立のいでたちなのである。
「アルガス! その格好は――」
「なんだラムザ、お前か」
 アルガスは、バツの悪そうに顔をしかめる。
「見てのとおり、おれはこれから砂漠に向かう」
「本気か!? たった一人で……」
「大勢で出向いても目立つだけだ。潜り込むなら一人の方が都合がいい」
「そんな危険な真似、認めるわけにはいかない!」
「危険は重々承知の上だ。こうしている間にも、侯爵さまのお命は危うくなる。金がもらえないと分かったら、奴らは平気で侯爵さまのお命を奪うだろう。そうなれば北天騎士団は、おれたちランベリーの民を敵に回すことになる。侯爵さまと好(よしみ)深きゴルターナ南天公も黙ってはいないだろうな。奴らにとっては願ってもないことだろうさ!」
「君の気持ちはよくわかるよアルガス。だけど、僕の兄は絶対に奴らの思い通りにはさせない。エルムドア侯爵の御身もきっとお救いしてみせる。だから、ここはどうか堪えてくれ」
「兄上がどんなにご立派か知らんが、これまでまんまと巻かれてきたじゃないか! だが今、おれたちは奴らの尻尾を掴んだ! こんな好機を、みすみす逃すつもりか!」
「っ……!」
 ディリータの言ったことは、どうやら正しかったようである。
 ただ、ラムザが考えていた以上に、アルガスの行動は性急であった。
 アルガスの主君に対する忠義の厚さは、マンダリアで偶然に出会った時より分かっていたこと。彼の忠心には、ラムザも素直に敬服する一方で、どうもその腹中には、純粋な忠義以外のものが窺える。
「そうだぞ、ラムザ――これはまたとない好機だ」
「……?」
 振り返ると、そこにはディリータの姿があった。アルガスとディリータの間に立って、ラムザは板挟みにされるような形となってしまった。
「このままみすみすウィーグラフを逃がすなんてのは、阿呆か能無しのすることだ。僕たちにだって、奴の尻尾を掴んでおくくらいのことはできるはずだ」
「ディリータ! 君までそんなことを……」
「役割を果たせばそれでいいのか──そう言ったのはお前だぞ、ラムザ」
「それは……」
 それは、ムアンダ一味に虐げられていたドーターの民の窮状を目の当たりにし、感情のまま口にした言葉であった。具体的な戦略や事後処理などは、頭に無かったといってよい。
 今日の一件にしても、ディリータの根回しが無ければ、正直どうなっていたかわからない。
 さらなる一大事を目前に突き付けられた今、ラムザは、自分の判断いかんによって、仲間の命運が左右されるのだということを、あらためて肝に銘じ、軽はずみな決断を下せずにいるのだ。
「ご意見番のディリータどのも、こう言っておられる。隊長どのも肚を決めたらどうだ」
「…………」
 そんな隊長の苦悩も知らず、心強い味方を得たように、アルガスはさらに強気に出る。
「おい、アルガス。おまえ独りきりで侯爵を救出しようというのは、いくらなんでも無茶がすぎる」
 さすがのディリータも、ここはアルガスの性急はたしなめる。
「手柄を立てたいのは分かるが」
「手柄? そんな独りよがりなものじゃない! 全ランベリー領民のため、おれは侯爵さまをお救いしなければならないんだ!」
 変にむきになることからも、アルガスの本心は透けて見える。没落した自家の名誉回復こそが彼の本願であり、侯爵救出などは、それを決定づける手段でしかないのだろう。
「まあ、動機は何にしても、だ……隠れ家まではどうやって行くつもりだ」
「白雪がいる! 砂漠や荒地越えなどは何ともないさ!」
「そうじゃなくて、場所も分からずに、どうやって辿りつくつもりだ」
「そ、それは……」
「それに、他領の人間とはいえ、今は北天騎士団の一員だということを忘れてもらっては困る。勝手な行動は隊全員の命を危うくする。それでも行くというのなら、少々荒っぽい手段を講じることになるが?」
「くっ……」
 単なる脅し文句でないことは、ディリータの眼を見れば分かる。ディリータが頭の切れるだけの人間でないことは、短い間にもアルガスはよく理解している。
 彼は結局、肩に提げていた荷袋を手荒く足元に下ろした。
「いいか、いつまでもモタモタしているようなら、おれはディリータを薙ぎ倒してでも行くからな!」
「理解してくれてうれしいよ、アルガス。お前も大事な戦力……いや、仲間なんだからな」
「ふん、余計な口添えはよせ。戦力で結構だ」
 つっけんどんに言い放ち、アルガスは大股に階上へと去って行った。
 その背を見送りながら、ラムザはなおも悩んでいた。
「全てはお前の決定しだいだぞ、ラムザ」
「ここまで煽っておいて……結局、僕がどう判断するかなんて、分かり切っているくせに」
 ラムザが恨めしげな視線を送ると、ディリータも苦笑いを返す。
「まあな。でも、これは本当にチャンスなんだ。兄上が、君の謹慎を解いてまでこの任に就かせてくださったのは、単に人手不足を補うためじゃない。兄上は、君を試しているんだ」
「僕を……試して?」
「そうだ。さらに言えば、ウィーグラフにしても、だ」
 ディリータは、彼が持論を弁じる時にいつもそうするように、腕組みして壁に寄り掛かる。
「奴とムアンダの関係はよく分からないが、その気になれば、彼の正体を知るムアンダを口止めすることもできたはずだ。あえてそれをしなかったのは、僕らを試しているからとは考えられないか?」
「捕まえられるものなら捕まえてみろ、ってこと?」
「まさにそれだ。ここでもたついて、再び彼を取り逃がすようであれば、北天騎士団の結束も知れたもの、という魂胆さ」
「へえ、ずいぶんと余裕なものだな」
「べつに骸旅団を擁護するわけではないが、ウィーグラフはそれだけの人物ということさ。実際、いくら僕らが若造の集まりとはいえ、追われる身でありながら、北天騎士団の手の者と分かり切った人間に手を貸したんだからな」
「まったく、あまりにも堂々としていたから、まさか、牡羊どのがウィーグラフとは思いもしなかったよ」
「並の人間ならば、あそこで逃げ隠れするのが普通だろう。そうはせず、彼はエアリスを助けることを優先した」
「…………」
 ディリータに言われてみれば、確かに、ラムザにも思うところがある。牡羊として接したかの騎士は、少なくとも、貴族の間で宣伝されているような悪人ではなかった。むしろ、我欲に溺れた盗賊のような人相は、貴族方にこそ多いのではないかとさえ、考えることもある。
 マンダリアで出会った骸旅団の女騎士──あのミルウーダほどの人物が、同志を束ねる者として彼を認めているのだとしたら、ウィーグラフとは、はたしてどれほどの器を持った人間か。
 忽然と、ウィーグラフという人物に対する興味が、ラムザの心中に湧きあがってきた。
 今一度相まみえて、お互いの立場を分かった上で、きちんと話をしてみたい。剣を交えるにしても、和するにしても、ウィーグラフ一人の意志も問い質さずにおいては、彼らの持つ不満を汲み取ることなど、永遠にできないだろう。
「──ともかく、今は本隊からの指令を待つ」
 この場では、ラムザはそう答えた。ディリータは、全て織り込み済みであるかのように、それ以上ラムザの意志を追求することはなかった。


 ──翌日。
 南中の時刻を待たずして、アラグアイ方面第八遊撃隊を率いるミランダ・フェッケラン隊長からの指令を帯びたカマールが戻ってきた。
 ラムザはその書状を開き、内容を検めた上、簡単なミーティングを催してから、さっそく出発の指示を出した。
 ラムザ隊の次なる目標はすなわち──砂ネズミの穴ぐらである。
 昨日の彼の渋り様は何だったのか、きわめて迅速な判断であった。
 それというのも、ミランダ隊長からの指令は、彼らの去就を決するに当たり、まったく用を為さなかったのである。
 指令内容の一端には、こうある。
「ドーターにてウィーグラフと思われる人物に接触したとの由、当方では真偽を判断しかねる。現在、我がアラグアイ方面第八遊撃隊は骸旅団のゲリラ部隊と交戦中、その規模・統制から判断するに、ゲリラ部隊の背後にウィーグラフ・フォルズありとの見方強し。併せて確証の得られたる後、しかるべき対処を検討するものである──」
 この内容を見たディリータなどは、
「何だこれは」
 と一言、呆れを通り越して、書状を破り捨ててしまいそうなほどの怒りに震えていた。
 つまるところ、ミランダ隊長は、ラムザたちのよこした情報などは端から信用せず、自分たちの相対している敵の背後にこそウィーグラフはいるのだと主張しているのであり、ラムザ隊への指示に関しては、「引き続き情報収集に当たるように」とあるのみで、何ら格別の対応はしていないのである。また、"砂ネズミの穴ぐら"に関しては、おいおい北天騎士団本営に"草"の派遣を要請するとあるだけで、こちらも迅速な措置とは言い難い。
「ようするに、面子を保ちたいだけじゃないか」
 さすがのラムザも、これには遺憾の意を隠せない。
 もとよりラムザ隊は、ミランダ隊の配属下にあるわけではなく、名目上は、北天騎士団総帥直属部隊ということになっている。したがって、本来ならば総帥ザルバッグ・ベオルブの指示を待つべきところではあるが、そこは、「一切任せる」との特令を承っていることもあり、ラムザは気兼ねなく、「ウィーグラフ追跡及びエルムドア侯爵救出作戦」をここに開始することとした。


 ところで、アラグアイ方面第八遊撃隊を任せられている、このミランダ・フェッケランという人物。
 彼女は、代々ガリオンヌ近衛騎士隊長を輩出している武官の名門フェッケラン家の出で、女性の身ながらガリランド王立士官学校を首席で卒業、若くして北天騎士団の一大隊を任されるなど、その履歴には燦々たるものがある。
 その新進気鋭の女騎士が任されたこのたびの大役には、相当気負うところもあったのだろう。
 アラグアイの森に潜伏する骸旅団のゲリラ部隊殲滅作戦を開始してから一月あまり。
 一向に捗々しい成果を上げられず、徒に時を過ごすばかりとなっていた彼女の、唯一の心の支えとなっていたのが、「ゲリラの背後にウィーグラフあり」という、この一大目標であった。
 苦戦続きも、あのウィーグラフ・フォルズ相手とすれば言い訳もつく。もしウィーグラフの身を捕らえられれば、それこそ獅子勲(国家のための戦において、特別な働きのあった者に国王より授与される最高勲章)に値する功績となる。
 そこへもたらされたのが、ラムザ隊からの報告であった。
 こちらもまた、ガリオンヌ領の名門ベオルブ家の若君からもたらされた「ウィーグラフと接触」などという情報は、もう後がないミランダにとっては甚だおもしろくないものであったに違いない。
「我が相対する敵こそウィーグラフ」と信じて疑わぬ若き女騎士は、臨時登用にすぎぬラムザ隊を軽んじ、その隊よりもたらされた情報も、取るに足らぬものとして一蹴してしまったのである。


 ラムザは今、昨晩泊った宿からほど近い場所にある個人医の邸宅を訪れていた。
 出発前の諸々の準備をディリータたちに任せ、今は彼一人きりであった。
 ここの医者には、ムアンダの闘技場より救い出されたエアリスの看護を依頼してあったのである。
 医者は、下街の人間であるエアリスを受け入れるのを快くは思わなかったが、ラムザが軍資金の一部を切り崩してこしらえた額を提示したことで、心身回復までの入院を一応は承諾してくれた。
 ラムザが狭く陽当たりの悪い一室に入ると、部屋の半分くらいを占めている簡素なベッドに、白い布服に袖を通したエアリスが静かに横たわっていた。
 彼女の寝耳を騒がせぬよう、ラムザはベッド脇に置かれた丸椅子に腰かけた。すると、人の気配に気づいたエアリスは薄目を開き、わずかに首をこちらに向けた。
「あれ、ウルフさん……?」
 か細い声で、エアリスが言う。
「違うよ、僕はラムザという者だ。起こしてしまってすまないな」
 ラムザはにこやかに答えた。今この場に姿は見えないが、ウルフにはエアリスの付き人を頼んであったのだ。
「あ、あなたが」
 エアリスは目の前にいる人物がラムザだと知って、あわてて身を起こそうとした。
「かまわないから、横になっていてくれ」
 ラムザが制止しても、エアリスは半身を起こし、
「ウルフさんから、あなたが私をここに預けてくださったと聞きました。もう、何とお礼をすればいいのか……」
「お礼なら、僕じゃなくて、ウルフさんや牡羊どのにするべきだ。牡羊どのも、あなたに感謝していたよ」
「おじさんが? おじさんは、今どこに?」
「彼は昨日ドーターを去ったよ」
「そう、お別れを言いたかったわ。怪我はもう良くなったのかしら」
「…………」
 エアリスは心底牡羊の身を気遣っているようにみえる。
 ウルフには、牡羊の素性についてはエアリスに何も伝えないよう言ってあるが、たとえそれを知ったとて、態度を翻すような邪(よこしま)さも、エアリスは持ち合わせていないようであった。
 それだけに、ウィーグラフという人間の一面を垣間見るのに、エアリスの素直な感想を聞いておく価値はある。
「牡羊どのは、いつからあの礼拝堂に?」
「ええと、一月くらい前だったかしら。いつものようにお花の世話をしに行ったら、知らない人がいて。それ で、怪我をしていたから、傷によく効く薬草を分けてあげたの」
「それからは、ずっとそこに? 君が世話をして?」
「ええ、だいたいは礼拝堂にいたみたい。でも、お世話というほどのことはしてないわ。私の持っていく薬草にも、きちんとお金を支払ってくれたし。食べ物も、自分で調達していたようだし」
「どうしてあの礼拝堂にいたのかとか、話はした?」
「わからないわ。でもなんとなく、身を隠しているような様子だった。最初は正直、怖そうだなって思ったけど、私に遠慮して出て行こうとするものだから、かまわないって言って引きとめたのよ。それからは、いろいろお話をしたわ」
「それは、どんな?」
「この辺りの生活の様子だとか、草木や花のこととか、私にはそんなお話しかできないの。それでも、おじさんは興味をもって聞いてくれたし、とっても楽しかった」
 話しながら、エアリスは顔を綻ばせた。その表情は、印象的な思い出話をするときの、純真な少女そのものの笑顔だった。
 その可憐さに、ラムザは思わず息を呑んでしまった。つかのまの後、彼は我に返って質問を続けた。
「あ、えっと……彼は何か、自分のことは話した?」
「ええ、色々と。おじさん自身のことというよりは、故郷の話とか、家族の話とか、そういったものだったけど」
「家族?」
「そうよ。妹さんがいるんだって。今は離ればなれになっているみたいで……とても心配しているようだった」
「そうか……牡羊どのに、妹が」
 ラムザは視線を落とし、心はどこか、遠い場所に惹かれていった。
 ウィーグラフとて人の身である以上、肉親はあっても不思議ではない。それでもラムザが意外に思ったのは、ウィーグラフにもまた、憂うべき妹という存在があり、自分との共通点を持っているということだ。
 かといって安易に親近感を抱けるほど、ラムザはまだ彼のことを知らなかったが、世間では、ある種の超人として扱われているウィーグラフが、妹に煩悩する姿など、ちょっと想像に難いものがある。
「ありがとう。無理にいろいろと聞き出してすまなかった。──その後、調子はどうかな?」
「おかげさまで、だいぶ落ち着いてきたわ。こちらこそ、本当に、どうもありがとう」
 ちょうどそこへ、外出していたウルフが、果物やパンの詰め込まれた袋を抱えて戻ってきた。
「おや、ラムザくんが来ていたのか」
 ベッド脇の小机に食糧を置き、ウルフは二人の顔を交互に見た。
「見舞いか? ムアンダの件はもう大丈夫なのか?」
「ええ、市民の混乱は沈静化しつつあります。ムアンダの方はまだ色々と、ややこしいのですが。ウルフさんには力になってもらって、本当に感謝しています」
「とんでもない、そもそも君らを頼ったのは、おれの方だ。こちらこそ、礼を言わなきゃならん」
「こういうときはお互い様ですよ」と、ラムザは笑顔でウルフの礼に応えた。
「──それで実は、間もなくドーターを発つことになりました。ウルフさんは今後、どちらへ?」
「ずいぶんと気が早いんだな。おれは五日後、ザーギドス方面に向けて出発するキャラバンに付いて行くことにした」
「ザーギドスへ?」
「うむ──」
 そこでウルフの言葉を引き継ぎ、エアリスが口を開く。
「あの、私、ドーターを出ようと思うの」
 ラムザは意外なことに目を見張り、エアリスの方を見る。
「……? どうしてまた、急に」
「ザーギドスに大きな薬問屋があって、そこで奉公させてもらうよう頼みに行こうかと思って。それで、私もキャラバンに付いて行くことにしたの」
 ウルフは大きく頷き、
「おれはもとより、古の聖竜を探すということ以外、これといってあてもない放浪の身。エアリスを危険に巻き込んでしまった責任もあるし、もうしばらく、護衛をさせていただくことにしたのさ」
 そういって、ウルフは自身の胸板に親指を突きつけた。
 エアリスを攫われた時にはしょげきっていたウルフが、にわかに生き生きとしてきたのも、なるほど、そういうわけかと、ラムザにも頷かれる。
 しかし、ウルフは十分信頼に足る人物だし、実力も確かである。一度はその身を危うきに置かせてしまったとはいえ、エアリスのことは彼に任せておいて、まず心配はないだろう。
「わかりました。道中どうか、お気をつけて」
「そっちも、まだ任務は続くんだろう?」
「ええ、まあ」
「…………」
 すると、何か神妙な面持ちで、ウルフはラムザの方へ額を寄せてきた。そして、声を落とし、
「なあ、この前、おれがレウスの山で骸旅団のミルウーダに偶然再会した話をしたろう?」
「ミルウーダ──」
 ラムザは、いつも心のどこかで引っかかっている名を聞いて、眉を開いた。
「たしか、彼女は味方とはぐれていると」
「そうだ。それに、年端もいかない黒魔道士の娘を連れて、まだ戦う気でいるらしい」
 ウルフは、ふうと大きくため息を吐く。
「おれは別に、骸旅団に肩入れしているわけではないと、あらてめて言っておくが──」
「それは、分かっています」
「戦の趨勢は、誰がどう見たって明らかだ。ウィーグラフの尻尾も掴んだことだし、骸旅団が壊滅するのも時間の問題──だがきっと、あいつは最後まで戦い抜くつもりだろう」
「…………」
 ラムザはマンダリアの砦で目にした、あの堅い意志を纏った横顔を思い出していた。それは、どこか儚げな、美しい線を描いていた。
「もし戦いの中で彼女と出会うことがあれば……お前の力で、何とかしてやれないだろうか」
「戦をやめるよう、説得しろと?」
「うむ。それができるのは、お前だけだ」
「貴族である僕の言葉など──聞いてくれるでしょうか?」
「お前の言葉なら、きっと彼女の心に届く。こんな馬鹿げたことはやめろと、そう言ってやってくれ」
「…………」
「頼んだぞ」
 そう言ってラムザの肩に置かれたウルフの大きな手の重みが、医者の邸宅を出てからしばらくたった今も、まだ残っているように感じられた。
 ドーターでの出来事は、剣と血の中に我が身の置かれていることを、否応なく実感させるものであった。
 そしてこの先、自身の迷いが、望まぬ者の流血を生みかねないことを、ラムザは密かに恐れているのだ。


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