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No.17259の一覧
[0] 【FFT】The Zodiac Brave Story【長編】[湿婆](2012/09/07 19:24)
[1] 序章[湿婆](2012/10/10 10:28)
[2] 第一章 持たざる者~1.骸の騎士[湿婆](2012/09/07 18:45)
[3] 第一章 持たざる者〜2.遺志を継ぐ者[湿婆](2012/09/12 02:41)
[4] 第一章 持たざる者~3.牧人の村[湿婆](2012/09/07 18:46)
[5] 第一章 持たざる者~4.獅子と狼・上[湿婆](2012/09/07 18:48)
[6] 第一章 持たざる者~5.獅子と狼・下[湿婆](2012/09/07 18:50)
[7] 第一章 持たざる者~6.蛇の口にて[湿婆](2014/09/17 09:45)
[8] 第一章 持たざる者~7.急使[湿婆](2012/09/07 18:53)
[9] 第一章 持たざる者~8.さすらい人・上[湿婆](2012/09/07 18:54)
[10] 第一章 持たざる者~9.さすらい人・下[湿婆](2012/09/12 02:41)
[11] 第一章 持たざる者~10.隠れ家[湿婆](2012/09/07 18:55)
[12] 第一章 持たざる者~11.疑心の剣[湿婆](2012/09/11 18:57)
[13] 第一章 持たざる者~12.忠心[湿婆](2012/09/07 18:56)
[14] 第一章 持たざる者~13.将軍直命[湿婆](2012/09/07 18:57)
[15] 第一章 持たざる者~14.形見[湿婆](2012/09/07 18:57)
[16] 第一章 持たざる者~15.家の名[湿婆](2012/09/07 18:58)
[17] 第一章 持たざる者~16.革命の火[湿婆](2012/09/07 18:59)
[18] 第一章 持たざる者~17.白雪・上[湿婆](2012/09/07 19:00)
[19] 第一章 持たざる者~18.白雪・下[湿婆](2012/09/07 19:00)
[20] 第一章 持たざる者~19.花売り[湿婆](2012/09/07 19:01)
[21] 第一章 持たざる者~20.記憶の糸[湿婆](2013/01/14 19:07)
[22] 第一章 持たざる者~21.関門[湿婆](2012/09/17 21:38)
[23] 第一章 持たざる者~22.闘技場[湿婆](2012/09/07 19:04)
[24] 第一章 持たざる者~23.ドーターの乱[湿婆](2012/09/07 19:06)
[25] 第一章 持たざる者~24.取引[湿婆](2012/09/18 20:10)
[26] 第一章 持たざる者~25.指令書[湿婆](2012/09/19 21:39)
[27] 第一章 持たざる者~26.来客・上[湿婆](2012/09/07 19:08)
[28] 第一章 持たざる者~27.来客・下[湿婆](2012/09/19 23:22)
[29] 第一章 持たざる者~28.三枚の羽[湿婆](2012/09/07 19:10)
[30] 第一章 持たざる者~29.正邪の道[湿婆](2012/09/07 19:13)
[31] 第一章 持たざる者~30.再─獅子と狼・上[湿婆](2012/09/07 19:14)
[32] 第一章 持たざる者~31.再─獅子と狼・下[湿婆](2012/09/09 07:30)
[33] 第一章 持たざる者~32.勘[湿婆](2012/09/23 13:11)
[34] 第一章 持たざる者~33.自惚れ[湿婆](2012/10/10 16:11)
[35] 第一章 持たざる者~34.兄弟と兄妹[湿婆](2013/06/08 04:54)
[36] 第一章 持たざる者~35.噂[湿婆](2014/06/22 22:42)
[37] 第一章 持たざる者~36.死の街[湿婆](2014/06/22 22:41)
[38] 第一章 持たざる者~37.ベオルブ来る[湿婆](2015/05/16 07:24)
[39] 第一章 持たざる者~38.再─骸の騎士・上[湿婆](2016/06/02 14:07)
[40] 第一章 持たざる者~39.再─骸の騎士・下[湿婆](2016/06/02 14:07)
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[17259] 第一章 持たざる者~1.骸の騎士
Name: 湿婆◆3752c452 ID:470354c8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/07 18:45
~第一章の主な登場人物~

ラムザ=ベオルブ・・・名門ベオルブ家の三男。本作の主人公。
ディリータ=ハイラル・・・ラムザの親友。後の「英雄王」。
バルバネス=ベオルブ・・・ベオルブ家の棟梁。天騎士の称号を持つ五十年戦争の英雄。
ザルバッグ=ベオルブ・・・ベオルブ家の二男。北天騎士団長。
ダイスダーグ=ベオルブ・・・ベオルブ家の長男。イグーロス執政官。
アルマ=ベオルブ・・・ベオルブ家の長女。ルザリア王立女学院に通う。
ティータ=ハイラル・・・ディリータの妹。アルマの親友。
ウィーグラフ=フォルズ・・・「骸旅団」の首領。
ミルウーダ=フォルズ・・・「骸旅団」の一員。ウィーグラフの妹。
ギュスタヴ=マルゲリフ・・・「骸旅団」の参謀。
アルガス=サダルファス・・・ランベリー領出身の見習い騎士。
ウルフ・・・幻の聖竜を探して旅する放浪の騎士。

~黄道十二宮暦(Zodiac Calendar)~

1月→磨羯月/カプリコーン・山羊座
2月→宝瓶月/アクエリアス・水瓶座
3月→双魚月/ピスケス・魚座
4月→白羊月/アリエス・牡羊座
5月→金牛月/タウロス・牡牛座
6月→双児月/ジェミニ・双子座
7月→巨蟹月/キャンサー・蟹座
8月→獅子月/レオ・獅子座
9月→処女月/ヴァルゴ・乙女座
10月→天秤月/リーブラ・天秤座
11月→天蠍月/スコーピオ・蠍座
12月→人馬月/サジタリウス・射手座




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



 ──オーボンヌの襲撃事件より時を遡ること約一年。
 畏国歴一〇二〇年双児月四日、父バルバネスが病に倒れたとの知らせを受けて、ラムザ・ベオルブは、サドランダ街道を西へ向かっていた。
 ベオルブ家の邸があるイグーロス城下までは、魔法都市ガリランドからチョコボ(チョコボというのは、屈強な足を持つ陸鳥のこと)の足で三日はかかる距離にあったが、ラムザは不眠不休で軍用の黒チョコボを駆り続け、一日にして、すでにマンダリアの丘にさしかかろうとしていた。
 マンダリア平原は、ガリオンヌ領の南部に広がる大草原地帯で、街道はマンダリアの丘と呼ばれる小山の頂を通り、麓を流れるライナス河へと続いていた。さらに、大河に架かるカシェ大橋を渡れば、イグーロス城はもうすぐ目の前である。
 マンダリアの丘の頂には古い砦の跡があり、そこの古井戸からは、まだ滾々と清水が湧き出ていて、街道を通る旅人たちの恰好の休憩場所となっていた。もっとも、近頃では「骸旅団」をなのる盗賊の輩が国中のいたるところに出没し、暴虐の限りをつくしていたから、行商人などの姿もすっかり見られなくなっていた。
 午後の日は、すでに西に傾きつつあった。街道は緩やかな上り坂となって、頂につづいている。
 頂に近づくにつれ、チョコボの歩みが少しずつ遅くなっていった。丸一日走らされていたせいで、持久力に優れた黒チョコボも、さすがに息が上がってきたとみえる。
(これ以上は無理か……)
 ラムザは、例の古砦でチョコボに休息をとらせることにした。彼自身も、慣れない遠駆けだったので、だいぶ疲労を覚えていた。ラムザは鞍から降り、手綱を引いて歩き出した。
 しばらく行くと、砦の外壁が見えてきた。古い石作りの壁は、ところどころ崩れ落ちていて、周囲の岩とさして見分けがつかなくなっていた。
「む……?」
 一瞬、ラムザは、その外壁のところで人影が動いたように見えたので、ふと歩みを止めた。
 ──その時。
 ひゅん!
 と、一本の矢がラムザのすぐ脇をかすめていった。
「!?」
 続けざまに、二本、三本と、矢はうなりをあげて飛んでくる。と、そのうちの一本がチョコボの羽に刺さった。驚いたチョコボは、逃げ出そうとして、どこにそんな力が残されていたのか、とにかくものすごい力でラムザを引っぱったので、ラムザは思わず手綱を離してしまった。
「あッ……」
 という間に、チョコボは、ふもとの木立のほうへ駆けていってしまった。
 なおも飛んでくる矢を避けつつ、ラムザは道端の岩に身を隠した。見ると、抜き身の剣を持った数人の男が出てきて、
「北天騎士団か!」
「いや、ひとりきりだったから、ただの旅人かもしれん」
「しかし、あの黒いのは軍隊のやつだぞ」
 などと口々に喚きながら、こちらに向かってくる。
「まずいな……」
 多勢に無勢である。しかも相手は、かの悪名高き骸旅団かもしれない。隙をみて逃げ出すしかない。
 ラムザは剣を抜き、片方の手に石(いし)礫(つぶて)を握った。
「やい、そこにいるのは分かってんだ! おとなしく出てきやがれっ!」
 男が岩を覗き込もうとしたところに、ラムザは、
「えいっ!」
 と、石礫を見舞った。
「ぎゃっ!」
 ラムザの石礫は見事に男の顔面をとらえていた。男は、鼻頭をおさえて屈みこんでしまった。相手が、ラムザの意外な反撃に気をとられている隙に、彼は一目散に丘を下っていった。
「あっ、しまった、逃げられたぞ!」と、盗賊どもは逃げるラムザを追ってくる。ラムザも、捕まるまい、と懸命に走った。
 しかし、逃げることに夢中になるあまり、彼は足元がおろそかになっていた。次の瞬間、
 どすん!
 何かに足をとられて、派手にすっ転んでしまった。彼はそのまま、ごろんごろんと転がり落ちていって、木立の木にしたたか頭をぶつけた。
「痛ッ……!」
 天が地に地が天に、ラムザの目はぐるぐると回った。彼は頭を左右にふってから、見ると、追っ手がすぐそこにまで迫ってきている。
(これまでか……)
 と観念しかけたときだった。先ほど躓いたあたりの草むらから、何かがむくっと起きあがって、追っ手の前に立ちふさがった。なんとそれは、人間の男であった。
「なんだ、貴様は!」
 賊が問うと、
「なんだとはなんだ! 人がいい気持ちで昼寝をしていたというのに!」
 みすぼらしいなりをした騎士らしき男は、盗賊たちを睨みつけた。
「うるさいっ、俺たちを骸旅団と知ってかっ!」
 言うなり、賊の一人が男に切りかかっていった。
「ええい、面倒な奴らだ」
 男は賊の剣をひらりとかわし、鞘に収まったままの剣の柄で相手の鳩尾(みぞおち)をすとん、と打ちつけた。すると、賊の体は糸を切られた操り人形のように、その場に崩れ落ちてしまった。
「ム、こやつできるぞ」
 男の手際よさを見て、賊たちは用心して、安易に手を出そうとしなかった。一部始終を見ていたラムザはというと、頼もしい助っ人の登場に心から感謝していた。
(この隙に……)
 ラムザはそっと立ち上がろうとした。
 ──が、その時。
 頸すじに何か冷たいものが走るのを感じて、彼は動きを止めた。見ると、彼の頸に剣が宛がわれている。
「動くな」
 冷ややかな女の声がして、木の陰から、ひとりの騎士が姿を現した。その後に続いて、数人の弓使いが現れた。
 助っ人の方はというと、俄に現れた弓兵に囲まれて、こちらも身動きがとれないでいた。男はぐるりと周囲を見回して、こちらが不利とみるや、
「あはは……参った。このとおりだ」
 と、あっさり剣を投げ捨ててしまった。

 
 囚われの身となった二人は、古砦の柱に縛り付けられていた。
「貴様ら、北天騎士団の斥候かっ!」
 大柄な騎士が、二人の捕虜にむかって大声で怒鳴りつけた。他にも数人の、いかにも屈強そうな戦士が、二人を囲んで睨みを利かせている。
「違います! 私は、父が病に倒れたという知らせをうけて、イグーロスに向かっていたところです。この人は、たまたま、あの場所に居合わせただけの、旅の方です。断じて北天騎士団の斥候などではありません!」
 ラムザは毅然として言った。
「そうだ! そのとおりだ!」
 と、男も同調する。
「何とでも言うがいい。ともかく、ミルウーダが戻るまでは、ここにいてもらうからな」
 騎士は、フンッと鼻を鳴らすと、仲間を引き連れて行ってしまった。
 ミルウーダとは、あの若い女騎士のことだろう、とラムザは思った。彼女は、捕虜の尋問を部下の者に任せて、自身は偵察に出ているらしかった。
「やっかいなことになっちまったな……」
 独りごちて、男はうなだれた。
「申し訳ありません。私のせいであなたを巻き込んでしまって……」
 ラムザが詫びると、
「いや、気にすることはないさ」
 と、男は苦笑した。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。俺の名はウルフ。よろしくな」
「私はラムザです。こちらこそ、よろしく」
 やがて、日が暮れた。
 砦の中には、見張り番の骸旅団の賊たちが、焚火を囲んで、各々酒を飲んだり、楽を興じたりして、思い思いにたむろしていた。大方の者が騎士の身なりをしているが、中には長いローブを纏った魔道士らしき者もいる。ただ、全員が一様に、マントやローブなどに、骸旅団の結束の証である、兜をかぶった髑髏の紋章を縫い付けていた。 
「全員落ち武者、か」
 盗賊たちの夜宴を遠目に見ながら、ウルフが、ぼそっとつぶやいた。
「え、なんです?」
「どいつもこいつも落ち武者だって言ったんだ。前(さき)の五十年戦争で、骸騎士団は平民の義勇兵として貴族のお坊ちゃま方以上の働きをしたのに、結局畏国は負けちまって、戦争が終わったとなりゃ、もう用済みだといわんばかりに、ぽいっ、だ。そりゃたまったもんじゃないだろうさ。お前ら貴族のために死んでいった仲間の命はどうなるんだ、てね」
「…………」
「あんたもどこぞの貴族の御曹司か知らんが、奴らの怒りは本気だ。ただじゃすまないかもな」
 ラムザには何も言えなかった。この男が何者なのかは知らないが、おそらく言っていることは正しいのだろうと思った。このままいくと、本当に身包みはがされて、彼らの恨みの剣で八つ裂きにされてしまうかもしれなかった。
 砦の屋根は、とうの昔に焼け落ちてしまったのか、見上げると、雲ひとつ無い満天の星空である。その星のひとつひとつが、ラムザを恨みのこもった目で見下ろしているような気さえした。
 ──僕はちがう。いや、誇り高きベオルブの家の子は、貴族という身分の安寧の上に胡坐(あぐら)を掻くようなことは断じてしない。
 戦争中、ラムザの父バルバネス・ベオルブは、絶体絶命の窮地に陥っていたところを骸騎士団の義兵に救われたことがあった。その義兵こそが、ラムザの無二の親友である、ディリータ・ハイラルの父、オルネス・ハイラルであった。彼は、撤退するバルバネスの本隊の背後を守る、殿(しんがり)の役目を自ら買ってでたのである。殿は必死の役目であった。バルバネス配下の将の中にも、この役目を敢えて引き受ける者はなかった。
 しかし、オルネスは見事にその役割を果たし、骸騎士団の同志たちと、そろって討ち死にした。バルバネスは、殿部隊の全滅を聞き、陣中にあって大いに涙したという。
 イグーロス城に無事の凱旋を果たすと、バルバネスは全軍の指揮権を子のザルバッグに委ね、自らは第一線から退いてしまった。
 戦争がおおよその終息をみた後、バルバネスは名も無き戦死者たちの御霊(みたま)を弔うために、各地に碑を立て、残された妻子の生活の糧にと、ベオルブ家の財を惜しまずなげうった。譜代の重臣やラムザの兄たちは、さすがにやりすぎではないか、とバルバネスを諫めたが、彼はまったく耳を貸そうとしなかった。
 そんなさなか、バルバネスはついにオルネスの子を探し当てた。その子──ディリータとティータの兄妹は、病で早くに母を亡くしており、父も戦死してしまったので、どこにも身寄りが無かった。バルバネスは自らガリオンヌ領内の寂れた農村に赴き、幼いふたりの兄妹に、父オルネスの忠義を説いて聞かせた。
 そしてついに、
「この子らはベオルブ家が引き取ることにする」
 と言って、イグーロスの邸にハイラル兄妹を連れ帰ってきてしまった。
 これを聞いた臣下の者どもは色を失い、長兄ダイスダーグも、
「お戯れもほどほどになさってください」
 と、諫めたが、
「なに、わしが手ずから、この子らを貴族の子にも負けないほど優秀にしてやるから、案ずるな」
 そういって、息子の諫言を笑い飛ばしてしまった。
「父上の器の大きさは測り知れん」
 ダイスダーグは驚き呆れて、その後は父の行動に口を出すことはなかった。
 バルバネスは、ハイラル兄妹を我が子同然に扱い、彼の実の子らとも分け隔てなく接した。
 殊にラムザと妹のアルマは、ハイラル兄妹と歳が近かったこともあり、幼いころから互いに良き遊び相手となっていた。
 ラムザとディリータが士官学校に入学できる歳になると、バルバネスは、ディリータを北天騎士団総帥の特別推薦者として、ラムザとともに、畏国屈指の名門校である、ガリランド王立士官学校に入学させた。ここに通う生徒は、名のある貴族や王族の子弟と決まっていたから、平民階級出身であるディリータの入学は、まさに異例中の異例であり、創立二百年を誇るガリランド王立士官学校の歴史を顧みても、前例のないことであった。
「人は身分を持ってこの世に生まれ出るのではない。身分は人間が後から勝手に作り出したものだ。人は身分に縛られているのではなく、自らを身分に縛りつけているのだ」
 と、父は言った。ラムザも、身分という垣根を取り払えば、人々はもっと歩み寄れるはずだ、と常々考えるようになっていた。
 ラムザは、一刻も早くこの場を抜け出して、父のもとにゆかねば、と気ばかり急って、その夜は一睡もすることができなかった。


 夜明けごろ、櫓(やぐら)にいた見張り番が、
「ミルウーダが戻ってきたぞ!」
 と、呼ばわった。
 やがて砦の外から蹄の音が聞こえてきたかと思うと、赤羽のチョコボに跨った女騎士が、数騎の騎兵を引き連れて砦の門から入ってきた。ミルウーダと呼ばれた女騎士は、さっとチョコボから飛び降りると、そのまま石壇のほうへ歩いて行って、その上に立って、ぐるりと周囲を見渡した。骸旅団の者どもは石壇を取り囲むようにして立ち、ミルウーダを見上げた。
「聞け、同志たちよ」
 騎士ミルウーダは、声を張り上げるでもなく、よく通る声で言った。
「先刻、敵将ザルバッグ・ベオルブ率いる北天騎士団の兵、千あまりは、ライナス河を越え、その後隊を三つに割き、今も旧街道を南下している。ここはもう間もなく、北天騎士団に包囲される」
 周囲がにわかにざわめいた。ラムザは兄の名を聞き、わずかに希望を取り戻したが、と同時に、むざむざ敵に捕らわれて、ここにこうして縛りつけられている自分を情けなく思った。
(兄上に知れたら、なんと言われるだろう)
 ラムザは不安に駆られたが、どうすることもできなかった。
「皆、この戦を最後と思って、ひとりでも多くの敵を冥土への道連れとしようぞ!」
 ミルウーダが剣を掲げると、一同それに習って、喚声をあげた。
 やがて朝日が顔を覗かせるころ、マンダリアの砦は、ザルバッグ率いる北天騎士団軍に、すっかり囲まれてしまった。
「よかったな。もしかすると助かるかもしれんぞ」
 ウルフが、ラムザに顔を寄せて囁いた。
「ええ……そうなると良いですね」
「なんだ、お前、うれしくないのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
 そこへ、女首領ミルウーダが長身の騎士を一人連れてやってきて、
「聞いてのとおり、我らはこれから決死の戦いに臨むこととなった。したがって、捕虜があっても仕方がないから、君たちを釈放することにした。レッド、お二人の縄を解いてあげて」
 と言って、隣に立っている男に目配せすると、レッドと呼ばれた騎士は前に進み出て、短剣を引き抜き、二人を縛っていた縄を断ち切ってしまった。
「いいのか? こちらのお坊っちゃんは、見たところ、なかなか賎しからぬ御身分のようだが」
 ウルフは思いの外、あっさり解放されてしまったので、拍子抜けして言うと、ミルウーダはラムザを一瞥して、
「子どもの命まで取ろうとは思わない。あとは君たちに任せる」
 それだけ言って、立ち去ろうとした。するとラムザが、
「この手勢で、本当にザルバッグ・ベオルブと戦うおつもりですか?」
 と、ミルウーダの背にむけて言った。
「逃げることもできまい」
「全滅しますよ」
「もとより覚悟の上だ」
「…………」
 このミルウーダという女騎士は、たかだか盗賊の一頭目で終わる人物ではあるまい、とラムザは思った。今の北天騎士団に、はたして、ここまで潔い戦士があるだろうか。
 ──なんとかして引き留められないものか。
「あまりに無謀です!」
 ラムザは意を決して、言った。
「私の兄は、貴女方に反抗させる隙も与えず、あっという間に殲滅してしまうでしょう!」
「……なに?」
 ミルウーダとレッドは同時に歩みを止めて振り返った。ウルフも、思わぬ告白に驚いた様子で、ラムザのほうを向いた。ラムザは、まっすぐにミルウーダの目を見て、
「ですから貴女方は、私の兄、ザルバッグ・ベオルブに、一人残らず殺される、とそう言ったのです」
 つかの間の沈黙が流れた。やがてミルウーダが、おもむろに口を開き、
「君は敵将の弟だと言うのか?」
 と、聞くと、ラムザは、
「そうです。私の名はラムザ・ベオルブ。ベオルブ家の末弟です」
 と、はっきり応えた。
「何を証しにそんなことを」
 俄には信じられぬ、といった風のミルウーダの表情である。
「信じてくださらないのなら、私を人質に取り、兄のザルバッグに使いをたてて、全軍をライナス河の向こう岸まで退かせなければ、弟の命はないとの旨、お伝えください。さらに使いの者に私の剣を持たせれば、剣にはベオルブ家の紋が打ってありますから、兄も信じてくれるでしょう。兄が軍を退いたのを見届けたら、貴女方は何処へなりとも逃げればよいのです」
「戦わずして逃げろ、と?」
「そういうことです。貴女ほどの人ならば、このままでは犬死になることぐらい、お分かりのはずでしょう」
「どういうつもりだ?」
「私はただ、安易に命を捨てるものではない、と言っているだけです。死んでしまったら、志を遂げることは、永遠に叶いませんから」
「…………」
 ミルウーダの目は、尚いっそう疑り深くラムザの真意をえぐり取ろうとしているようであった。
 ──そんなにうまくいくものか?
 そうやって身構えてみる一方で、彼女にしてみれば、ラムザの策を用いるより他に、この窮地を脱する方法はなさそうではある。
 レッドが顔を寄せてミルウーダに何言か囁き、彼女はその言に耳を傾けながらしばらくの間黙考していたが、やがてひとつ小さく頷くと、
「……わかった。やってみよう」
 終にラムザの策を容れた。
 ミルウーダは、レッドをザルバッグへの使者とし、レッドはラムザの佩(は)いていた剣を受けとると、早速、敵陣に赴いた。


 時に、北天騎士団を率いるザルバッグ・ベオルブは、 街道に程近い高台の上に陣取って、愛用の黒羽に跨がり、丘上の砦を眺めていた。
 折ふし初夏の風は爽やかにマンダリアの野を渡り、丘を三方から囲んでいる北天騎士団の青地に白獅子の戦旗は、青天に揚々とはためいている。
「奴等は降(くだ)る かな?」
 ザルバッグは、彼の横に銜(くつわ)を並べている老騎士に訊いた。老騎士は、その名をマルコムといい、ザルバッグの右腕、則ち、北天騎士団副団長である。ベオルブ家譜代の忠臣のひとりで、ザルバッグのよき知恵袋となっている。
「いえ、おそらく、我らに一矢報いんと、決死の覚悟で打って出てくるでしょう」
「そうだろうな」
「しかし将軍。追い詰められた鼠は猫の手をも噛むといいます。ゆめゆめ油断はなりませぬぞ」
「ははは、ぜひとも噛みつかれてみたいものだな」
 ザルバッグの蒼眼は、子供のように輝いていた。彼は根っからの武人で、面倒な駆け引きを嫌い、常に命懸けの決戦を望んだ。二十も半ばを過ぎ、その血はいよいよたぎって歴戦の英雄の器にすら収まりきれぬものがある。
「む、"草"が戻ってきたようですな」
 マルコムはチョコボの首を巡らすと、此方へ駆けてくる軽装の兵を待ち構えた。
 "草"というのは、主に斥候や伝令の任を負う者たちのことで、軍の情報戦の主力である。
 草から報告を受けとったマルコムは、戻って来くると、
「将軍。敵方から遣いの者が参ったようですぞ」
 と、伝えた。
「なんだ、もう降ってしまうのか」
 ザルバッグは報告を聞いて、さも面白くないというような顔をしたが、冑を脱いで、黒羽から降りると、
「すぐに連れて来させろ」
 と、マルコムに命じた。
 まもなく、使者は二名の兵士に引き連れられてきた。使者はザルバッグの前に来ると、その場に拝跪した。 
「面を上げろ」
 ザルバッグは、彼の足許に跪いている遣いの騎士にむかって言った。
「はっ」
 応えて、騎士はザルバッグを見上げた。ミルウーダの命を帯びてきたレッドである。
「ふむ。なかなかいい面構えをしている」
 ザルバッグはレッドの人相をじっくりと観察した。
「で、要件はなんだ。手短に言ってみろ」
「つきましては、貴軍にご退去願いたく、まかり越しました次第でございます」
「……?」
 ザルバッグは、意外な返答に驚いて、マルコムと顔を見合わせた。
「なんだと? そんな馬鹿げた要求があるか! 貴様には、三方を我が軍に囲まれている、あの砦が見えぬのか!」
 マルコムが丘上の砦を指して凄んでも、レッドは全く臆する様子もなく、
「しかと、見えております。私は、なにも、妄言を吐いているのではありません。ただ、軍をお退き願えないのであれば、弟君のお命が虚しくなりますが」
「なに? それはどういうことだ」
 ザルバッグが問うと、レッドはことの次第を具(つぶさ)に話した。
 レッドが話し終えると、ザルバッグの顔はみるみるうちに色を失っていき、
「つまり、我が弟は自ら進んで人質になったと?」
「そういうことです。そしてこれは……」
 レッドはラムザの剣を取り出し、恭しく捧げ持った。
「弟君が、この剣を将軍にお見せすれば、自身が囚われの身となっていることを信じてくださるであろうと、私に託されたものであります」
 ザルバッグは、その剣をレッドから取り上げると、鞘から剣をひき抜いて見分した。疵ひとつない細身の刀身の付け根に、ベオルブ家の獅子頭の紋が打ってある。
「むむ、確かにこの剣は、ラムザが士官学校に上がるとき、父バルバネスがルザリアの名匠に鍛えさせたものに相違ない」
 ザルバッグは剣を鞘に納めてから、
「マルコム、全軍撤退だ。狼煙(のろし)をあげよ!」
 と、直ちに命じた。何事も決断の早い男である。
「将軍、よろしいので?」
「致し方あるまい。撤退といったら撤退だ。ぐずぐずするな」
 ザルバッグは黒羽に飛び乗ると、レッドを見下ろして言った。
「使者の方。貴殿の主人に、宜しく申し伝えよ。撤退の儀、しかと承った。我らがライナスを越え次第、しかるべく我が弟、ラムザ・ベオルブの身柄をこちらに引き渡すように、とな」
「はっ、必ず」
「身代金は求めないのか?」
「はい。そのようなものは、もとより我らの目的とするところではありませんので」
「そうか、ならばよい。行け」
 レッドはザルバッグにむけて一礼すると、急ぎ砦に引き返していった。
 やがて中空高く、白煙が上がった。それと同時に、丘を囲んでいた北天騎士団は、一斉に動き出し、本隊に合流し始めた。
 丘上の砦からその様子を見ていた骸旅団の兵たちは、俄に喚声をあげた。
「悔しいですな。あの程度の砦、一刻もかからず捻り潰せるものを」
 マルコムが口惜しげに歯噛みすると、
「なに、弟の命には代えられんよ」
 ザルバッグは黒羽の首を反し、本隊の先頭に向かって走り去って行った。マルコムは、なお名残惜しげにマンダリアの丘のほうを向いていたが、
「えい、ままよ」と、捨て台詞を吐いて、すぐに主人の後を追った。


 かくして、一撃の剣槍を交えることも、一滴の流血を見ることもなく、北天騎士団の大軍は、古砦に籠る骸旅団の小兵を前に、全軍引き揚げとなった。
「これほどの珍事が、いまだかつてあっただろうか……」
 ミルウーダは楼の上に立って、今や完全にライナス河の彼岸に撤退して、蟻の群れのように蠢(うごめ)いている北天騎士団の大軍を眺めていた。
 そこに、使者として敵地に赴いていた、レッドが戻ってきたとの知らせが入った。兵士たちは、歓声をもって、彼を迎え、その労をねぎらった。
「首尾よく運んだようね」
「ええ。全てはラムザ殿のおかげです」
「まったく。図らずも、敵の斥候かと疑って捕らえた者に命を救われようとは」
 ミルウーダとレッドは、笑顔で互いに手を握り交わした。
 ミルウーダは、直ちに撤退の触れを出した。ラムザとウルフには、チョコボがそれぞれ一頭ずつ与えられた。
「君の機転がなければ、今頃我らは、ひとり残らず北天騎士団に討ち取られていただろう。どうか、先日の非礼を赦されたい」
 ミルウーダが詫びると、ラムザはとんでもない、とばかりに、
「私は貴女という人物を信じ、命を預けたまでです。それに、我が兄の寛大さがなければ、きっと戦になっていたにちがいありません」
 あくまで謙遜して言った。
「それはそうかもしれないが、私は、腐れきった貴族ばらの中にも、君のような公平な心を持った君子がまだいるということを知って、素直に嬉しく思っているのだ」
 そういって、ミルウーダはラムザとも固く手を握り交わした。
 時に、日は西の地平にさしかかり、空を茜に染めていた。
(いつか、貴族も平民もなく、誰もが皆こうして手を取り合える日がくるのだろうか……)
 丘を下っていく骸旅団の兵士たちを見送りながら、ラムザは内心そんなことを思っていた。そこに、ウルフがチョコボを寄せてきて、
「盗賊の頭にしておくのはもったいないお方だよな」
 妙に真剣な顔をして言った。
「ええ、私もそう思いました」
「へえ、ベオルブのお坊ちゃんでも、見るべきところはちゃんと見てるんだな。いや、まったく、王都の酒場にあんなきれいな踊り子がいたらなあ」
「…………」
 ひとり頷いて納得している様子のウルフを見て、ラムザは呆れて返す言葉も無かった。
 二人は丘の頂上で別れた。ウルフはついにその素性を明かすことなく、
「俺は幻の聖竜を探す旅を続けることにする。聖アジョラのお導きあらば、またどこかで会うとしよう!」
 わけのわからぬことを言って、街道を東に去っていった。
(なんとも不思議な騎士だな……)
 その姿を見送ってから、ラムザはチョコボの横頸を叩いて、兄の許に急いだ。


 ラムザが北天騎士団の夜営地に着いたころには、辺りはもうどっぷりと夜の闇に浸っていた。ライナス河の畔には、ここかしこに、木の骨組みに皮布を張っただけの、簡単な仮小屋が設(しつら)われ、羊肉や川魚を焼く煙が、もうもうと立ちこめていた。
 ラムザは芳ばしい薫りに、たまらなく 空腹を覚えた。思えば二日前、父急病に倒るの知らせを受けてガリランドを飛び出してきて以来、まともなものを口にしていなかった。
(兄上は、たいそうお怒りのことだろう)
 仮小屋の群れの少し奥まったところに、屋根の先端に大将旗を掲げた、一際大きい小屋がある。ラムザが小屋に近づくと、入口を守っていた兵士が、手に持った槍を同時に胸の前に掲げ、敬礼の態をとった。兵士の一人が、
「将軍が中でお待ちかねであります」
 と言ったが、ラムザは頷いただけで何も答えずに、中へ入っていった。
 小屋の中では、諸将が円卓を囲んで、少しばかり酒気を帯びた議論を催していた。ザルバッグは、隣席にある老臣マルコムと、なにやら熱心に話しこんでいたが、ラムザが入ってきたのに気づくと、
「おお、弟よ無事に戻ったか!」
 といって立ち上がった。諸将も、
「ラムザさまだ!」
「ラムザさまが戻られたぞ!」
 口々に言って、これを迎えた。ラムザは少し面喰らったものの、
「ただ今戻りました。この度は、不覚にも敵に囚われるところとなり、兄上には多大なるご迷惑をお掛け致しました」
 と、丁寧に謝辞を述べた。同時に、なにやら奇妙な音がして、ラムザは顔を赤らめた。円卓の上に載った、見るからに旨そうな肉や果物にそそられて、ついこらえきれずに腹の虫が鳴いたらしい。
「なんだ貴様、戻ってきたばかりだというのに、気の早いことだ」
 ザルバッグが言うと、諸将はどっと声をあげて笑った。
「まあ、細かい経緯は後程聞くとして、まずは空腹を満たすとしよう」
 ザルバッグは、真っ赤になってその場に縮こまっているラムザを、自分の隣席に招いた。マルコムは自分の席を譲りながら、
「兄上に、しかとお叱りを受けねばなりませんな」
 赤ら顔をにやつかせながら言った。ラムザは所在無げに、兄の隣に収まった。
「さて、皆の者、勇者の凱旋を祝そうぞ!」
 ザルバッグが盃を掲げると、皆、
「勇者ラムザに乾杯!」
 と、それに倣った。
 宴はいよいよ本格的となった。ラムザは食事を前にして、最初のうちはなんとなくためらっていたが、
「なにを遠慮しているのだ。さあ、食え食え」
 兄ザルバッグはもうしたたか酔っている様子なので、だんだんとうち解けてきたのであった。
 宴も酣(たけなわ)となった頃、ラムザは父の容態をザルバッグに尋ねた。ザルバッグは快活に笑って、
「父上なら心配には及ばん。ここ数日臥せっておられたようだが、なに、病などにやられるお方ではあるまいよ」
 といって、盃の酒を豪快に飲み干した。
「そうですか……。早くお会いしたいものです」
 ラムザがそういって俯くと、
「なんだ貴様、父上の身を案じて、わざわざこんなくんだりまで参ったのか」
 ザルバッグは呆れ顔で言った。
「よもや、父が恋しい歳でもあるまいに」
「そうですが、ただ、不吉な感じがしたものですから」
「なに、不吉とな」
「はい。漠然とではありますが……」
 父バルバネスは今年で齢六十を越えるが、いまだ筋骨たくましく、前線を退いた後も、毎日の鍛練を欠かすことはなかった。それこそ、風邪ひとつひいたことはない、と自身豪語し、我が子らに健康増進を説くほどであった。
 ──その父が病に倒れたと聞き、ラムザは、それはただごとではあるまい、と一心不乱にここまで駆けてきた次第である。
(なんともなければよいが……)
 空腹に久々の美酒美食をもってしても、ラムザの心中の、霧のようにもやもやした感じは晴れなかった。そこに、
「そういえば」
 傍らにいて兄弟の話を聞いていたマルコムが口を挟んだ。
「ディリータ殿はどうされたか? 彼のもとにも、バルバネス将軍の急病の知らせは届いておったはずだが」
「あ、ディリータはガリランドに残りました」
 と、ラムザは答えた。
 知らせの届いた夜、ラムザは早急に親友にもその旨を伝えたのであったが、ディリータは、
「父上は病に負けるようなお方ではない。わざわざ心配して見舞いにいくまでもないだろう」
 と、いたって落ち着いた様子であったので、ラムザ一人で来たのである。
 ザルバッグはそれを聞いて、
「さすがに父上の見込んだ男子だけのことはある。武人たるもの、何事に対しても、そのくらい大きく構えていなければなあ」
 ラムザを横目に大声で言った。ラムザは、暗に馬鹿にされた感じがして、渋い顔をしていたが、その様子を察したマルコムは、
「いやいや、将軍。武人には、時に母のごとき優しさも必要ですぞ」
 ラムザを弁護するようなことを言ったが、
「ははは、確かに、君は母親に似たのかもしれんな」
 ザルバッグはさらに大きな声で言って、ラムザの背を平手でばんばんと打った。ラムザは兄になされるがままに、苦笑していた。本人に悪気はないのだが、ザルバッグにはこうして人のことをいじり回して喜ぶ悪い癖があった。
 ──母といえば。ラムザとザルバッグは異母兄弟である。ザルバッグと長兄ダイスダーグの母は、王族の流れを汲む名門貴族の娘で、その母が病で急逝した後に後妻として迎えられたのが、ラムザと妹のアルマの母である。先妻と比べて、その出自は、ガリオンヌ領の一地方官吏の家という大分劣ったものではあったが、先妻との結婚がいわば政略的結婚であったのに対し、後妻は、バルバネスが若い時分から思いを寄せていた女性(ひと)であったので、彼は殊更にこの女性を寵愛し、やがて生まれた二人の子らも、大そう可愛がった。
 しかしその後妻も、アルマを産んで間もなく流行病にかかって空しく逝ってしまったので、そのころまだ幼かったラムザは、ほとんど母の面影を覚えていなかった。
 父はというと、その後妻のことが忘れられないらしく、
「おまえの母は、たいそう慎ましく、優しい心をもった女性であった」と、度々ラムザとアルマに言い聞かせていた。
 ラムザは、幼心にそんな母の姿を浮かべて恋い慕いつつ、やはり年長の兄たちと比べると、どうしても温厚柔和にすぎる自身の性格をなかなか好きになれずにいたところもあった。
 そんなラムザの心中を知ってか知らずか、父の口からも
「おまえは多分に母に似たのだ」
 と、言われた覚えもある。
 が、それは決して女々しいという意味ではなく、ラムザの持つ生来の優しさのことを指しているのだと、その心を解かれてからは、
「母に似ている」
 と、言われたところで、別段悪い気はしないラムザなのであった。


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