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No.17259の一覧
[0] 【FFT】The Zodiac Brave Story【長編】[湿婆](2012/09/07 19:24)
[1] 序章[湿婆](2012/10/10 10:28)
[2] 第一章 持たざる者~1.骸の騎士[湿婆](2012/09/07 18:45)
[3] 第一章 持たざる者〜2.遺志を継ぐ者[湿婆](2012/09/12 02:41)
[4] 第一章 持たざる者~3.牧人の村[湿婆](2012/09/07 18:46)
[5] 第一章 持たざる者~4.獅子と狼・上[湿婆](2012/09/07 18:48)
[6] 第一章 持たざる者~5.獅子と狼・下[湿婆](2012/09/07 18:50)
[7] 第一章 持たざる者~6.蛇の口にて[湿婆](2014/09/17 09:45)
[8] 第一章 持たざる者~7.急使[湿婆](2012/09/07 18:53)
[9] 第一章 持たざる者~8.さすらい人・上[湿婆](2012/09/07 18:54)
[10] 第一章 持たざる者~9.さすらい人・下[湿婆](2012/09/12 02:41)
[11] 第一章 持たざる者~10.隠れ家[湿婆](2012/09/07 18:55)
[12] 第一章 持たざる者~11.疑心の剣[湿婆](2012/09/11 18:57)
[13] 第一章 持たざる者~12.忠心[湿婆](2012/09/07 18:56)
[14] 第一章 持たざる者~13.将軍直命[湿婆](2012/09/07 18:57)
[15] 第一章 持たざる者~14.形見[湿婆](2012/09/07 18:57)
[16] 第一章 持たざる者~15.家の名[湿婆](2012/09/07 18:58)
[17] 第一章 持たざる者~16.革命の火[湿婆](2012/09/07 18:59)
[18] 第一章 持たざる者~17.白雪・上[湿婆](2012/09/07 19:00)
[19] 第一章 持たざる者~18.白雪・下[湿婆](2012/09/07 19:00)
[20] 第一章 持たざる者~19.花売り[湿婆](2012/09/07 19:01)
[21] 第一章 持たざる者~20.記憶の糸[湿婆](2013/01/14 19:07)
[22] 第一章 持たざる者~21.関門[湿婆](2012/09/17 21:38)
[23] 第一章 持たざる者~22.闘技場[湿婆](2012/09/07 19:04)
[24] 第一章 持たざる者~23.ドーターの乱[湿婆](2012/09/07 19:06)
[25] 第一章 持たざる者~24.取引[湿婆](2012/09/18 20:10)
[26] 第一章 持たざる者~25.指令書[湿婆](2012/09/19 21:39)
[27] 第一章 持たざる者~26.来客・上[湿婆](2012/09/07 19:08)
[28] 第一章 持たざる者~27.来客・下[湿婆](2012/09/19 23:22)
[29] 第一章 持たざる者~28.三枚の羽[湿婆](2012/09/07 19:10)
[30] 第一章 持たざる者~29.正邪の道[湿婆](2012/09/07 19:13)
[31] 第一章 持たざる者~30.再─獅子と狼・上[湿婆](2012/09/07 19:14)
[32] 第一章 持たざる者~31.再─獅子と狼・下[湿婆](2012/09/09 07:30)
[33] 第一章 持たざる者~32.勘[湿婆](2012/09/23 13:11)
[34] 第一章 持たざる者~33.自惚れ[湿婆](2012/10/10 16:11)
[35] 第一章 持たざる者~34.兄弟と兄妹[湿婆](2013/06/08 04:54)
[36] 第一章 持たざる者~35.噂[湿婆](2014/06/22 22:42)
[37] 第一章 持たざる者~36.死の街[湿婆](2014/06/22 22:41)
[38] 第一章 持たざる者~37.ベオルブ来る[湿婆](2015/05/16 07:24)
[39] 第一章 持たざる者~38.再─骸の騎士・上[湿婆](2016/06/02 14:07)
[40] 第一章 持たざる者~39.再─骸の騎士・下[湿婆](2016/06/02 14:07)
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[17259] 第一章 持たざる者~11.疑心の剣
Name: 湿婆◆3752c452 ID:470354c8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/11 18:57
 ガリオンヌの成都、イグーロスの城壁は、高い。
 今は北天公ラーグ公爵の住まいとなっているイグーロス城は、もとは、アウレスという小山に立つ城郭であった。千年の昔、その天然の絶壁を人の手で固め、足元に整然たる街区が形成された。その街区をまるまる囲って、珊瑚石を百エータも積み上げた分厚い城壁が聳え立っている。
 王都ルザリアの白亜の城壁にも劣らぬその威容を、古の詩人は"珊瑚の都"と称えた、そのままのたたずまいを、イグーロスの都は現在に伝えている。
 はたして、勇者ザハラムの代よりこの地に根を下ろした名門ベオルブ家の館は、山の頂に立つイグーロス城よりは少し下がってもなお、成都イグーロスを眼下に一望する山肌に建っていた。
 広々とした前庭にはアウレスの山から湧き出る天然の流れをを引き、飾り気のない石の館は、武人の家にふさわしい素朴な趣をみせている。
 この庭と館とを営んだのは、先代バルバネスの曽祖父にあたる人物だといわれている。やはりこの家には、単なる武骨者の一族にはない、貴人の風格ともいえるものが、昔から備わっているらしいことが、こういったところにもよく顕れている。
「…………」
 月下、その歴史ある庭に一人佇むのは、今やこの家の主となったダイスダーグ・ベオルブであった。
 一瞥しただけで並の人間を竦み上がらせるその眼光は、今は瞼の裏に隠され、長髭(ちょうぜん)を涼やかな夜風に遊ばせている。イグーロス執政官としての一日の政務を終えた彼は、床に就く前にここにこうして足を運んで、せせらぐ水の流れに耳を傾け、日中の暑さも冷めやらぬ夜に、ひとときの涼をとっているのであった。
 とはいっても、彼の表情には、まったく、くつろいだ感じはない。眉間には深く縦皺が刻まれ、何かしきりに思案しているふうであった。
「……まだお休みにならないのですか?」
 そこへ、艶のある声がして、ダイスダーグは静かに瞼を持ち上げた。
「アリーシャ、まだ寝ていなかったのか」
「寝室に姿が見えなかったものですから」
 ダイスダーグの正妻アリーシャは、寝間着姿のまま夫の傍らに歩み寄ると、化粧が落ちて眉の薄くなった顔をダイスダーグの横顔に向けた。
「お風邪を召しますよ?」
「まさか。暑くて眠れんくらいだから、こうして夜風に当たっているものを」
「夜風は思いの外冷たいものです。疲れたお体には障りもありましょう」
「心配ない」
「そうですか。このところ、ろくにお休みになられていないようでしたから、ご心配申し上げたのですが」
「色々と混み入っておるのだ」
 ダイスダーグは、気の進まぬ会話を断ち切るように、いい加減な応(いら)えを返した。
 アリーシャの指摘するとおり、彼はいささか疲労を覚えてはいた。
 先日のガリランド襲撃事件と、立て続けに起きたランベリー領主エルムドア候誘拐事件は、積み重なる平常の政務の上に乗っかって、彼の頭を大いに悩ませているところである。
 しかし、それを偽って強がりをしてみせても、十年付き添った正妻の眼は誤魔化せない。
「あまりご無理をなさらぬように」
 素直になれない夫の態度をからかいでもするように、アリーシャは口元に微笑すらたたえている。
 ダイスダーグは、そんな妻の顔をちらと横目に捉えてから、再び両の眼を閉じた。
 ――正直なところ、彼はこのアリーシャという女が苦手であった。
 およそ他人に弱味というものを見せないダイスダーグであるが、あえて彼の弱点を挙げるとするならば、それは正妻アリーシャということになるかもしれない。
 夫として当然の愛情は今だ褪せていないし、恐妻家といわれるほどではないが、彼は心のどこかで、アリーシャに対する恐怖心に近いものを感じているのである。
 王室とも所縁(ゆかり)の深い名門ミル家の出で、妻としてはこの上なく美しく聡明であったが、同時に、彼女が相当な野心家であることをダイスダーグは夫婦(めおと)となって間もない頃から見抜いていた。
 ベオルブ家の奥方という地位には納まらず、実家の縁を使って、中央の官吏とも密接な関係を持っており、権威を毛嫌いしていた先代バルバネスの存命中に、その多くを失ってしまったベオルブ家の政治的地位を取り戻そうと、いろいろと暗躍しているようである。また、ダイスダーグ自身に意見することもしばしばで、王室の継嗣問題が浮上してからは、後見人の座を狙うラーグ大公からも大いに頼りとされている。
 文武両道にベオルブ家の栄華を取り戻さんとしているダイスダーグにとって、アリーシャは強力な武器となりえたが、同時に、その威力の過ぎたるを大いに警戒してもいた。
 その昔、時の畏国王に取り入って戦乱を招いたガルバディアの魔女の例を取り出すまでもなく、女が政治に深入りしすぎることを良しとしない風潮は、今でも根強い。それだけに、外聞を憚るところでもあるし、何より、女の本来持つ欲深さというものを、ダイスダーグは恐れているのである。
「お前もたいがいにしろよ」
 ダイスダーグが溜息混じりに、こう本心の一角を覗かせると、
「何をです?」
 と、この女はすっとぼけている。抜け目の無いダークブラウンの瞳は、夫の心の内を見透かしているかのように、妖しげな光を湛えている。
「いや、なんでもない」
 ただでさえ疲れているところに、またあれこれ言われては敵わんと、館のほうへ戻りかけたその背中を、
「あ、そうそう」
 と、妻の声が追った。
「ラムザ坊ちゃんがお戻りだそうですよ。なんでも、北天騎士団の任務を仰せつかったそうで、士官学校(アカデミー)のお仲間たちと一緒に、ガリランドで捕らえた骸旅団の捕虜を護送してきたとか」
「ああ、聞いている」
 またこんな話を、いったいどこから仕入れてくるのか。畏国じゅうに"目"と"耳"を持つと言われているダイスダーグでさえ、妻独自の情報網の広さと伝達の速さに、驚かされたこと一度や二度ではない。
「そうでしたか、いらぬおせっかいをいたしましたね。今日はお城の兵舎に泊まるそうですから、お許しが出たら、明日お会いになってあげてくださいな。お父様のご葬儀からこっち、お顔を会わせていらっしゃらないのでしょう?」
「そうっだったな。まあ、あっちから顔を見せるだろうよ」
 弟の顔を思い浮かべて、ダイスダーグはまたひとつため息を洩らした。彼の苦手とする人間は、父バルバネスと正妻アリーシャであったが、いま一人、亡き父の生き写しともいえるこの胎違いの弟の存在は、近ごろ彼の中で大きなものとなってきていた。
「また厄介ごとが増えたな……」
 ベッドに身を横たえながら、ダイスダーグは、そう独りごちていた。


 翌日、イグーロス城でラーグ公爵との昼食を兼ねた談義を終えてから、ダイスダーグが城内の執政官執務室に戻ってくると、そこには、待ち構えていたかのように、弟のラムザの姿があった。秘書官の不在を見計らって、ここにもぐり込んできたことは明らかであった。
「何の用だ」
 ダイスダーグは、弟の顔を見ようともせず、机の上に山積みにされた書類に目を通し始めた。まず目に入ったのは、司法局からの上申書であった。
「お久しぶりです。兄上」
「ああ」
 話す気はないという語気を言外に滲ませてみても、目の前の頑固者は、そう簡単に引き下がりそうもなかった。
「お忙しいところかとは存じますが、早急にお話したい儀がありましたので、無礼を承知で、ここでお待ちしておりました」
「…………」
 ダイスダーグは、執務眼鏡ごしに多少威圧感を含めた視線を送ったが、全く動じていない弟の顔が、そこにはあった。父の葬儀いらい久しく目にしていなかった弟の顔は、急に大人びたように見え、その面影が、ますます父に似てきたことに、少なからぬ動揺をおぼえた彼は、すぐさま書類の上に目を戻していた。
「これを、見たのか」
 ダイスダーグは、今目にしている羊皮紙を少し持ち上げた。
 余白の多い書面には、ガリランドから護送されてきた骸旅団の捕虜の名前と出身地、年齢などの情報が羅列され、その下に、本日中に全員の公開処刑を行う旨が簡潔に記されており、すでに司法局長による認印が押されていた。
「はい」
 ラムザの表情には、悪びれた様子もない。
「お前というやつは」
 ダイスダーグは執務眼鏡を外すと、おもむろに席を立った。そのままラムザに背を向けるようにして、執務室の長窓の前に立つと、真昼の逆光を受けて、その姿は切り取られたように黒い影となった。
「まず言っておくが……」
 そこに毅然たる態度を装いながら、
「イグーロス執政官として、本日の処刑を中止する意向はない」
「…………」
 こう鎌をかけてみるまでもなく、弟がここに来た理由は明らかであった。
 ガリランドの警備体制強化にともなう人手不足を補うため、捕虜の護送任務に士官候補生を当たらせたという報告は、すでにザルバッグから受け取っていた。そのときから、弟のラムザがその任に抜擢されるのではないかという予感はしていたのである。
 案の定、ラムザは指揮官に任ぜられ、初の実戦にして捕虜の護送という難しい仕事をやってのけた。
 それだけのことなら、兄として大いにその労をねぎらってやりたいところなのだが──
「いかなる理由であれ、捕虜と言葉を交わすのは重大な軍規違反だ……それは分かっていような?」
「分かっています」
「では、なぜそのような軍規が定められているのか……分かるか?」
「…………」
 目を向けないでも、弟の挑むような視線を背中にぴりぴりと感じる。狡猾な元老院議員を前にしても臆することを知らぬダイスダーグの鉄の心が、どういうわけか、この若い弟を相手どると、小さくさざ波を立てている。
「無用な情け心を起こさぬようにするためだ」
 ダイスダーグはゆっくりと振り返り、弟の視線をまっすぐに受け止めた。ラムザの表情に、あからさまな感情の顕れは見て取れない。おそらく彼の感情のすべては、一個に、その眼光に凝縮されているのであった。
 その眸が父と重なるのを、はっきりと意識しながら、ダイスダーグは弟の口上を待った。それくらいの余裕はあった。
「父上なら、別の道を採ったでしょう」
 やがて、落ち着きを払った声で、ラムザが言った。
 ダイスダーグはその言葉を咀嚼しながら、口元で嘲っていた。
「そうであろうな」
 ──亡き父、天騎士バルバネス・ベオルブならどうしたか。
 あらゆる罪を赦し、等しく罪人(つみびと)に語りかけ、その大いなる徳をもって、救いようの無い邪心をも更正してしまったであろうか──
「が、私は父ではない」
 ダイスダーグは、自分自身に言い聞かせるように、そう言った。
「私は……父とは違う」
「ならば、赤の他人だと言われますか」
「……!」
 バチン、と火花が爆ぜたように、二人の視線と視線がぶつかり合う。常は穏便なラムザの口から出たとは思えぬ、棘のある言葉であった。
「兄上もベオルブの子であれば、誇り高き者には、等しく誉れをもって報いるべしと教えられたはず」
「……ならず者に与える誉れはない」
「ならず者と言われる、その人間たちのことを、あなたは少しでも知ろうとなさいましたか?」
「知っているとも。徒(いたずら)に人心を乱し、国家の転覆を図る逆賊どもだ」
「それは彼らの罪だ! あなたは人間を見ていない! 知ろうとしない!」
「その罪を犯したのは人だ! 人を裁くをもって罪を裁く──そこに何の誤りがあろう!」
「それは人の傲慢です! 本来人は、話し合わなければならない──もっと分かり合おうとしなければ……!」
「まだそのような絵空事を言うのか! 我々は時に、厳然たる正義を示さねばならぬ。それは我ら──万民を導く者の努めでもある!」
「権力を振りかざして無実の人間を裁くことを、兄上は正義だといわれるのか!」
「だまれっ!」
「……っ!」
 これ以上の反論を許さぬ、渾身の一喝であった。怒気は濛々と、ダイスダーグの全身から立ち上っている。
「貴様の言うことは、単に父の言葉をなぞっているにすぎん! この私に口答えするのなら、せめて自分の言葉でものを言えるようになることだ!」
 その気迫を前にして、兄を相手に普段にない強気を張っていたラムザも、さすがに口を噤まざるをえなかった。
「…………」
「…………」
 にわかに日が翳(かげ)ってきて、部屋の中を薄暗くする。不気味な沈黙が、狭い空間を満たしていた。
「話はこれでおしまいだ」
 しばらくして、ダイスダーグは何事もなかったかのように執務机の椅子に戻った。彼は鷲羽のペンを手に取ると、その筆先をインク瓶に漬けた。
「軍規違反に関しては、兄弟の情けによって沙汰なしとしよう」
 言いながら、例の上申書に、さらさらとサインを施す。
「その代わり、一ヶ月の謹慎を命ずる。……存分に頭を冷やすことだ」


 この日の午後、イグーロス城下の中央部に位置するオークランド広場にて、レッド以下二十四名の公開処刑が行われた。
 ラムザは、処刑場を取り囲む群衆に紛れて、その一部始終を見届けていた。
 広場のシンボルである巨大なオークの木の隣に絞首台は設置され、執行人の司法局長官が、朗々と罪状を読み上げたあと、六名ずつ、計四回の処刑が淡々と執行された。
 レッド・アルジールは、その最後の一組に入れられ、他の者が祈りの詞を呟いたり、絶望の涙に暮れたりする中で、運命を受け入れたように、最期まで安らかな笑みを浮かべていた。
 公開処刑場が撤収され、群集が引いてからも、ラムザはオークの木の根元に立って、青葉の茂る梢の合間から、暮れなずむイグーロスの空を見上げていた。
 不思議と、その目に涙はなく、何か決然とした意思の表れが、彼の表情に浮かび上がっているようだった。
 ラムザは、今一度考えていた。
 亡き父は、自分という人間に何を託したのか。
 それは、真の後継の証たる本物のレオハルトの剣だけではないはずだ。
 優秀な兄にではなく、自分にしか託せなかったもの。
 それは、ベオルブ家の後継ぎ以上に重みのある、"何か"には違いなかった。
 父は、ついにその真意を明らかにはしてくれなかったが、ラムザは今、その"何か"を、自身の手で見出さねばならぬという使命感に駆られているのであった。
 ──君は我らに希望を与えてくれた。
 あの時のレッドの言葉が、ラムザの胸の内によみがえる。
彼は、少しずつ変わろうとしていた。
 当人にも気づかれないような大きな変化が、訪れようとしていた。
 この日、その変化の一端が始まったのは、間違いない。


 ──その夜。
 ダイスダーグ・ベオルブは、ベオルブ家の館の自室で、伝家の宝剣レオハルトに相対していた。
 それは、壁面の飾り棚に掲げられ、抜身の刃は、室内の明かりを映して、鈍い光を放っていた。
 半エータに達するアダマンタイト製の刀身には傷ひとつ無く、刃の付け根に彫られた獅子頭の紋が、剣の格式の高さを物語っている。それは紛れも無く、ベオルブの祖・勇者ザハラムが、時のイスティンヌス帝より下賜され、以来、この家に代々伝わる後継の証であった。
 ダイスダーグはその柄に片手をかけると、もう片方の手を刃に添えて、これを慎重に、飾り棚から下ろした。
 ずっしりとした剣の重みが両の手に伝わり、大剣といっても差し支えないその姿は、一見してこの上なき業物(わざもの)であった。
 ダイスダーグは利き腕に剣を預けると、おもむろに八の字を切った。刃が空を切る音が耳元を掠め、数回振りぬいたあと、刀身と向き合うようにして剣を掲げ持つ。
 鏡のように磨きぬかれた刃が剣の持ち主の顔を映し出し、ダイスダーグは、剣の向こう側の自分と、しばしの間見つめ合っていた。
「…………」
 やがて何を思ったか、ダイスダーグは部屋の壁に取り付けられた燭台を外すと、その炎でもって、レオハルトの刀身を炙りだしたのである。
 そのままじっと経過を見ていると、やがて、炎に撫でられていた部分に、薄っすらと、黒い煤のようなものが浮かび上がってくる。
(やはりな)
 ダイスダーグは、その結果にさして驚いていないようであった。が、明らかに、その表情には落胆の色が窺えた。
「この剣は贋物だ」
 黒い染みのように酸化した部分を恨めしげに見つめながら、彼はそう呟いた。
 アダマンタイトは、多量のマナを含んだレアメタルと、万年亀(アダマンタイマイ)の成獣の甲羅から採れる天然物質を合成することによって得られる、きわめて貴重な合金であるが、あらゆる金属に勝るその強度はもとより、耐火性能において、これを凌ぐ物質はこの世に存在しないとまで言われている代物である。
 アダマンタイトで鍛えられた剣をベルベニア活火山の火口に投げ入れても、その刀身を保ったという逸話が示しているとおり、並の火力では、熱も持たないような金属なのである。
 まして、燭のともし火に炙られた程度で、反応が現れるはずもない。
 ──それが本物のアダマンタイトならば。
 ダイスダーグは偽のレオハルトを元の飾り棚に戻し、頬杖をついて、その姿を見上げていた。
(この剣は偽物ではないか?)
 こう直感したのは、父の葬儀が執り行われた日、継嗣の儀の場にてラーグ大公から剣を賜った、まさにその時であった。
 はっきりとした根拠があるわけではなかった。
 初めてこのレオハルトを目にした時、彼はどういうわけか、この剣に全く魅力を感じなかったという、それだけのことである。
 この程度の得物なら、もっと良いものをいくらでも見てきた。天下一の名品と伝えられるレオハルトの剣が、こんなに"安っぽい"はずがない──
 剣を見る目には自信のあるダイスダーグである。審美眼ならば、武骨者のザルバッグや老臣マルコムにも、けっして引けを取るまい。
 そう自負するほどなダイスダーグの眼をもってしても、この剣からは、アダマンタイトの煌(きらめ)きとか、千年の歴史の重みというものを、微塵も感じられなかったのである。
 ──あえてひとつ、根拠を挙げるとするならば。
 彼は生まれてこの方、伝家の宝剣レオハルトの姿を、一度も目にしたことがなかった。無論、その存在自体は父バルバネスより聞かされていたが、父は、この剣を飾るということはせずに、天命を終えるその日まで、館の宝物庫に、これを納めたままにしていたのである。
 歴代のベオルブ家当主は、このレオハルトを身辺に置いておくのを慣わしとしていたが、バルバネスだけは、家督を継いで間も無くすると、家来に命じて、レオハルトを宝物庫の中に納め入れてしまったのだという。
 当主の行動をいぶかしんだ家来の者が理由を尋ねても、バルバネスは、「傷をつけたくないから」などという、いい加減な返事をするばかりで、家名に関わることだから、どうか飾っておいてほしいという近臣の懇願にも、まったく聞く耳を持たなかった。
 稀代の変わり者と言われてきたバルバネスの行動にしても、これはあまりに奇怪に過ぎると、当初は大いに物議を醸したものらしいが、年を経るにつれ、周囲の者もあまり気にしなくなってくると、将来、この宝剣を受け継ぐこととなる嫡男のダイスダーグには、逆にこのことが気になりだし、それとなく父に剣を見せてくれるよう頼み入れること数度に渡ったが、そのたび適当にはぐらかされ、ついに今日に至るまで、これを拝見する機会を得なかったのである。
 ところが妙なことに、弟のラムザが誕生すると、父はルザリアの刀匠に命じて、レオハルトそっくりな剣を鍛えさせたのだ。この得物は、バルバネスの出征に際しても携行され、戦地においては、贋作にも関わらず、本物のレオハルトを思わせるような冴えを見せたのだという。
 戦地より帰還してからは、「なに、わしの扱いが良かったからよ」などと嘯(うそぶ)いていたが、並の剣ならば、五十年戦争の、あの激戦を耐え抜けるはずがない。
 今にして思うに、父と五十年戦争を供にし、前線を退いてからも、その腰に提げられていた偽のレオハルトこそ、実は"本物"で、父が鍛えさせたという"偽物"は、密かに、宝物庫にあった"本物"と入れ替えられていたのではないか。
 そして、父の言うところの"偽物"は、彼の死の三年ほど前、ドーターのさる貿易商に「譲った」のだという。
 "本物"の方は、館の宝物庫にあるわけだから、誰ひとりとして、このことを気に留める者はなかった。が、おそらくダイスダーグだけは、父のこの行動にどこか引っかかりを覚えていた。
 ──そして、今。
 目の前にあるレオハルトは、"偽物"であるという確証を得た。
 家督を継いで以来、何度も試そうとして、「もし本当に偽物だったら?」という恐怖心から試せなかったものが、今日にしてようやく思い切ることができたのは、やはり、改めて弟ラムザの存在を意識してのことである。
(どうする?)
 この事実が知れれば、ダイスダーグの信用は地に墜ちる。いや、それどころか、ベオルブ家の名に傷がつくことも免れない。
 このことはおそらく、遺言か何かの形で、ベオルブ家の内の誰かに伝えられているはずである。おそらくはラムザに──
(どうして? なぜ?)
 ──どうにも腑に落ちない。
 たしかに、父バルバネスとは意見がぶつかることもしばしばであったし、ことに晩年は、自身の多忙もあって、疎遠になっていたところもあった。
 かといって、名実ともにベオルブ家の家督を継ぐに相応しい者として、主家の公爵家にも、父自身にも認められていたはずの自分が、よりにもよって、胎違いの三男坊に、その"実"を奪われようとは。
 ダイスダーグにとっての父バルバネスは、最期まで、乗り越えるべき巨大な壁でしかなかった。その一方で、年が離れているとはいえ、ラムザに対する父バルバネスの一方ならぬ愛情は、素直に妬ましく思うこともあった──
 静かな黒い焔は、メラメラと、ダイスダーグの中で燻り始めていた。
 これは、あまりにひどい仕打ち。
 この火種を捨て置けば、厄の炎はダイスダーグ一人の身に止まらず、必ずや千年の歴史を有する家門の上にも燃え広がることとなるだろう。
 父バルバネスにどんな思惑があったかは知らないが、武門のベオルブの名を、たった一代の当主の気紛れで失うわけにはいかない。
 "実"はなくとも、ベオルブ家の現当主として、この火は何としても消し止めねばならぬ。
 たとえ、血を分けた弟と相争うこととなっても──
 


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