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No.17259の一覧
[0] 【FFT】The Zodiac Brave Story【長編】[湿婆](2012/09/07 19:24)
[1] 序章[湿婆](2012/10/10 10:28)
[2] 第一章 持たざる者~1.骸の騎士[湿婆](2012/09/07 18:45)
[3] 第一章 持たざる者〜2.遺志を継ぐ者[湿婆](2012/09/12 02:41)
[4] 第一章 持たざる者~3.牧人の村[湿婆](2012/09/07 18:46)
[5] 第一章 持たざる者~4.獅子と狼・上[湿婆](2012/09/07 18:48)
[6] 第一章 持たざる者~5.獅子と狼・下[湿婆](2012/09/07 18:50)
[7] 第一章 持たざる者~6.蛇の口にて[湿婆](2014/09/17 09:45)
[8] 第一章 持たざる者~7.急使[湿婆](2012/09/07 18:53)
[9] 第一章 持たざる者~8.さすらい人・上[湿婆](2012/09/07 18:54)
[10] 第一章 持たざる者~9.さすらい人・下[湿婆](2012/09/12 02:41)
[11] 第一章 持たざる者~10.隠れ家[湿婆](2012/09/07 18:55)
[12] 第一章 持たざる者~11.疑心の剣[湿婆](2012/09/11 18:57)
[13] 第一章 持たざる者~12.忠心[湿婆](2012/09/07 18:56)
[14] 第一章 持たざる者~13.将軍直命[湿婆](2012/09/07 18:57)
[15] 第一章 持たざる者~14.形見[湿婆](2012/09/07 18:57)
[16] 第一章 持たざる者~15.家の名[湿婆](2012/09/07 18:58)
[17] 第一章 持たざる者~16.革命の火[湿婆](2012/09/07 18:59)
[18] 第一章 持たざる者~17.白雪・上[湿婆](2012/09/07 19:00)
[19] 第一章 持たざる者~18.白雪・下[湿婆](2012/09/07 19:00)
[20] 第一章 持たざる者~19.花売り[湿婆](2012/09/07 19:01)
[21] 第一章 持たざる者~20.記憶の糸[湿婆](2013/01/14 19:07)
[22] 第一章 持たざる者~21.関門[湿婆](2012/09/17 21:38)
[23] 第一章 持たざる者~22.闘技場[湿婆](2012/09/07 19:04)
[24] 第一章 持たざる者~23.ドーターの乱[湿婆](2012/09/07 19:06)
[25] 第一章 持たざる者~24.取引[湿婆](2012/09/18 20:10)
[26] 第一章 持たざる者~25.指令書[湿婆](2012/09/19 21:39)
[27] 第一章 持たざる者~26.来客・上[湿婆](2012/09/07 19:08)
[28] 第一章 持たざる者~27.来客・下[湿婆](2012/09/19 23:22)
[29] 第一章 持たざる者~28.三枚の羽[湿婆](2012/09/07 19:10)
[30] 第一章 持たざる者~29.正邪の道[湿婆](2012/09/07 19:13)
[31] 第一章 持たざる者~30.再─獅子と狼・上[湿婆](2012/09/07 19:14)
[32] 第一章 持たざる者~31.再─獅子と狼・下[湿婆](2012/09/09 07:30)
[33] 第一章 持たざる者~32.勘[湿婆](2012/09/23 13:11)
[34] 第一章 持たざる者~33.自惚れ[湿婆](2012/10/10 16:11)
[35] 第一章 持たざる者~34.兄弟と兄妹[湿婆](2013/06/08 04:54)
[36] 第一章 持たざる者~35.噂[湿婆](2014/06/22 22:42)
[37] 第一章 持たざる者~36.死の街[湿婆](2014/06/22 22:41)
[38] 第一章 持たざる者~37.ベオルブ来る[湿婆](2015/05/16 07:24)
[39] 第一章 持たざる者~38.再─骸の騎士・上[湿婆](2016/06/02 14:07)
[40] 第一章 持たざる者~39.再─骸の騎士・下[湿婆](2016/06/02 14:07)
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[17259] 第一章 持たざる者~9.さすらい人・下
Name: 湿婆◆3752c452 ID:470354c8 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/12 02:41
 地も、草木も、今はひっそりと眠っている。
 星ばかりが明るい夜天だ。
 野営の残り火が、ときどき、ぱちっと爆ぜて、羽虫みたいな火粉を舞わせていた。
 エマだけが、尖がり帽を両の手に抱いて、無垢な寝顔をみせている。そこにひとときの平穏を感じながら、ミルウーダは自分のマントを脱いで、エマの体にそっと掛けていた。
「それで──その娘を、どうするつもりなんだ?」
 ウルフが、赤熱した石溜めを木の枝で引っ掻き回しながら、訊いた。
 ミルウーダは先ほどまで、ウルフに、これまでのいきさつを端的に話していたところであった。
「…………」
 ミルウーダは、片手を眠っているエマの背中に置いたまま、押し黙ってしまった。
 無論、このままエマを争いの渦中に巻き込むつもりはなかった。エマがなんと言おうが、彼女には、戦争にかかわらない、まっとうな人生を歩んでほしいと、ミルウーダは切に願っていた。
 しかし、エマはまだ幼すぎた。この荒んだ世に、独りきりの少女が心安らかに暮らせる場所など、あろうはずもなかった。かといって、ミルウーダの傍にいる限りは、争いの影は、どこまでもついて回るのであった。
「私の田舎に預けようかとも思った」
「ご両親のもとへかい?」
「ああ。しかし、私が兄とともに骸旅団に参加したことを、両親は快く思っていない。縁を切られた、といってもいい。そんなところへ、今さらおめおめと頼っていくわけにもいかない」
「…………」
「孤児院へとも考えたが……下手なところへやって、身売りに出されるようなことがあってもかなわん」
「こんな世の中じゃあな」
 ウルフはそういって、深い溜息をもらした。
「…………」
 その姿を横目に見ながら、こんなさすらい人でも、俗世を憂うことがあるものかと、ミルウーダは、感心ともなんともつかぬ気持ちを抱いているのであった。と同時に、
 ──ただものではあるまい
 という、直感めいたものも、彼女の内にはあった。当のウルフはというと、しかしそんな素振りは微塵も見せず、よくよく見れば涼しげな目元も、今はだらしなく緩みきっているのである。
 ミルウーダの眼差しに気づいたのか、不意にこちらに流したウルフの目と合ってしまい、「あっ」といって、ミルウーダは慌てて視線を横に逸らした。
 彼女のそんな仕草に、なにを思ったのか、ウルフは、微笑みを口元にたたえて、
「おれにいわせりゃ、あんただって、戦場に身を置くのには、まだ若すぎると思うがね」
「…………」
「それに……」
 そこで言葉を途切って、コホンと、小さく咳払いをする。
「きれいだ」
「え?」
 ミルウーダは、何を聞き違えたのものかと、眉を寄せた。
「いや、おれの目は確かだぜ。マンダリアで、ひと目見たときから、おれはあんたに惚れていた」
 すまし顔で、言うのである。
「は……?」
「ははは、そんな顔しなさんなって。おれは、真心から言ってるんだ。星の数ほど女を見てきたが、その中でも、あんたは飛びぬけて美しい」
「な、なにがいいたいの?」
「いったとおりのことさ。あんたはきれいだ。もっとも、まだ自分の魅力には気づいていないようだが」
 そう語るウルフの眸は、潔いほどに真っ直ぐである。ミルウーダは、唖然と、その眸を見返していた。
「それに、あのベオルブの坊ちゃんも、相当あんたに惚れ込んでいたと思うぜ」
「え?」
「それも、かなりマジでな。あいつは、若造のくせして、おれ以上に女を見る目があるらしい。初(うぶ)だが、あれはきっとモテるぜ」
「…………」
 ミルウーダには、ウルフという騎士のことが、ますます分からなくなっていた。本気なのか、それとも、人をおちょくっているのか──判然としない。
 一方で、彼女の純粋な部分は、確実に、この一騎士の人となりに、惹かれ始めてはいた。
「あなたはいったい、何者なの?」
 との質問に、ウルフは黙って焚き火の火を見つめていたが、
「おれは、一介の浪人にすぎない」
 と、答えただけであった。それでも、納得のゆかぬげなミルウーダの表情を見て、ひとつ笑みをこぼすと、
「べつに隠すつもりはないが……」
 手に持っていた枝を二つに折って、それを、だいぶ火の乏しくなっていた焚き火に放り込む。
「そんなこと、訊いてどうする」
「あなたのことを信頼したいだけ」
「そうかい」
 ひとつ、溜息をついてから、
「たしかに、昔は、それなりの地位にあった。自分でも、優秀なつもりでいたらしいし、心に決めた女性(ひと)もいた。それが……あるとき、上司の不審を買ってね」
 どこか、他人ごとのような口ぶりである。
「きっかけは、本当にくだらないことだったんだが……おれは、お役御免とあいなって、地位も名誉も失って……でも、そんなものは正直、どうでもよかったんだ。おれには、もっと大切なものがあった。その大切なもののために、おれは名も捨てて、放浪の旅に出た」
「…………」
「ホーリー・ドラゴンって、知ってるか?」
「え?」
「ホーリー・ドラゴン──この国のどこかにいて、"巡礼者"として認められた者の願いを、ひとつだけ叶えてくれると云われている、幻の聖竜さ。おれは、そいつを探しているんだ」
 ミルウーダは、いよいよ、この男の正気が知れなくなっていた。そんなお伽噺を、本気で信じているというのか──
「おいおい、おれは真面目な話をしているんだぜ?」
 ミルウーダの表情を見て、ウルフは言うのだった。
「まあ、信じろという方が、無理な話だけどな」
「…………」
「でも、おれは信じている。こうしてレウスの山に入ったのも、この山のどこかにあるらしい古い遺跡に、聖なる竜の伝承が残されていると聞いたからだ」
「…………」
「おれは、ぜったいにホーリー・ドラゴンに会って、願いをかなえてもらう。そして、"大切なもの"を取り戻すと、神に誓ったんだ」
 そういって、ウルフは拳を握り締める。どうやら、ふざけているのではないらしかった。彼の眸は、まだ見ぬ聖地を見据えるかのように、爛々と輝いていた。
「ちょと、熱くなりすぎたな」
 照れ隠しに、後ろ頭を掻く。
「おれという人間は、だいたいそんなところだ。もう、眠ろう。疲れが残ってはいかん」
「……ありがとう」
 それは、ミルウーダの口から、自然と、こぼれ出たものだった。
「……?」
「いや、話してくれて」
「なに、つまらん話さ」
「ふふ……」
「お、それだよ、それ」
「なにが?」
「その、笑顔だ。それが見たかったんだよ」
「え……」
「女の子は、そうやって笑っているのがいちばんだ。いっつも、しかめっ面ではいかん」
「余計なお世話だ」
 ぷいと、そっぽを向くと、ミルウーダは、ウルフに背を向けて寝転んでしまった。
「あ……」
 取りつく島もない背中を向けられて、ウルフは焚き火のほの明かりに、困り顔を浮かべていた。


 ──それから、どのくらい眠ったであろうか。
 ミルウーダが目を覚ましたのは、ようやく夜が白みがかってきた頃であった。
 山の空気は澄み切って、草木は、朝露に濡れている。
 焚き火はすっかり燃え尽きて、黒い炭ばかりになっていた。エマは、その側で、まだくうくうと寝息をたてている。
「よう、お目覚めかい」
 ウルフだった。片手で書物を捲りながら、梨にかぶりついている。
「ほれ、食いなよ」
 といって、荷物から梨をもう一個取り出し、ミルウーダに放ってよこす。
「すまない」
 といって、それを受け取る。ウルフは、口をもぐもぐいわせながら、なおも書物に没頭している。
「それは?」
 ミルウーダが訊く。
「ん?」
「その、本だ」
「ああ、これ」
 ウルフは、芯だけになった梨を放り捨てると、本を閉じて、ミルウーダに手渡した。
「バイブルだ」
「教典?」
「そう」
 端の擦り切れた頁を捲りながら、ざっと、目を通す。相当古い言語で書かれているらしく、内容は読み取れなかった。
 ──が、表紙の見開きに戻ると、そこには、見知った一節が書かれていた。

 "黄道十二宮ノ勇士(ゾディアックブレイブ)"
 
 黄道十二宮ノ勇士(ゾディアックブレイブ)、混沌ヨリ、出デキタリテ、悪(ルカヴィ)ヲ除キ、世ニ、再ビノ平安ヲ、モタラサン

 敬虔なグレバドス教徒でなくても、畏国民ならば、おそらく、だれもが知っている一節である。
 ──ゾディアック・ブレイブの伝説。黄道十二宮を司る、十二人の勇者の物語。
 世が乱れるたび、星々に選ばれし十二人の勇者が現れ、"ルカヴィ"と呼ばれる悪の根源を取り除き、地上に平安をもたらす──と、そう伝承は語っている。
 しかしそれは、神話や伝説というよりも、半ばお伽噺として、庶民の間には受け入れられていた。文字もろくに読めぬ農村の小童でも、さまざまに節をつけて、これを諳んじているほどである。
「その本に書かれているのは、聖アジョラの遺した長大な奇跡の記録の、ほんの一部にすぎない。おれは殊に、聖アジョラと、ゾディアック・ブレイブに関する説話を気に入っていてね。こうして、教典の写本を、持ち歩いているわけだ」
 ウルフは、大事そうに、その冊子を懐にしまいながら、
「こんな世の中だしな。"ゾディアック・ブレイブ"の出現だって、信じてみたくもなるのさ」
「本当に世が乱れていたら、彼らは現れるものなのか?」
「さあな。所詮は伝説、だ。世の中は、やっぱりおれ達人間の手で、何とかするしかないと思うが?」
「…………」
 ミルウーダのすぐ脇で、エマが、大きく伸びをした。
「あれ、みなさん、お早いですね」
 などと言って、ねぼけ眼(まなこ)をこすっている。
 ミルウーダは、ひとつ嘆息して、梨の皮に、新しい歯形をつけていた。


 三人は、仕度を済ませると、窪地を出て行った。
 その淵に行き着いたところで、エマが、「キャッ!」と、小さい悲鳴をあげていた。
 尻もちをついたエマの前には、彼女とちょうど同じくらいの高さの岩があった。よく見るとそれは、"人間"そのものであった。地べたに両の手をついて、見開いたままの目は、窪地のほうを凝視している──昨日、エマとミルウーダを襲った山賊の、今は冷たい石像となった姿なのである。
 ウルフは、その石像と向かい合うようにしゃがみ込んで、
「──昨日、君たちを蔦で縛り上げていた風水士さ」
 と、いった。
「死んでるんですか?」
 恐る恐る、エマが訊ねる。
「いや、そのうち魔法が解けて、もとの姿に戻るさ。こうなっている間に、鎚か何かで叩き壊してしまえば、それこそ、お終いだけどな──といっても、魔法で作られた石だから、そう簡単には壊れないが」
「…………」
 エマは、その恐ろしい術に掛かった人型を、尖がり帽のつばの影から、じっと見つめている。
「魔法ってこわいですね」
「ははは、黒魔道士たるものがなにをいう」
「私には、まだこんな魔法は扱えませんが……これからは、もっと気をつけて使いたいと思います」
「ウム、それにこしたことはない。剣も、魔法も、人を傷つけるが、護ってくれもする──ようは、扱いようだからな」
 ウルフは、立ち上がって、
「とにかく、今はここを離れよう。こいつらの仲間が、また懲りずにやってくるかもしれんしな」
 そういって、深い緑の中へ、先だっていくのだった。エマは、その背にくっ付いてゆく。
「…………」
 が、ミルウーダだけは、その場に突っ立ったままでいる。
「ミルウーダ、どうしたんですか?」
 エマが呼ぶと、彼女は鳥にでもつつかれたように、
「いや、なんでもない……行こうか」
 硬い笑顔をみせてから、エマの横に並んで歩き始めた。
 今日はなにやら、浮かぬ横顔のミルウーダである。
「昨日はよく眠れました?」
 エマが、その横顔に訊く。
「ああ。おまえほどじゃないが」
「私だって、疲れていたんですよ」
「そうか」
「ほんとに大丈夫?」
「うん。なんともない」
「なら、いいんですが」
 それきり、二人は黙ってウルフの後について行った。
 道はらしい道はないが、柴草に覆われた斜面は、ずっと下っていくようだった。
 そのまましばらく行くと、急に視界が開けて、一行は眩しさに、目を瞬かせていた。そこは、山肌から突き出た崖のてっぺんであった。目下に広がる大平原は、中空に漂う断雲の影を映して、まだらに流れている。
 一行は息を呑んで、つかの間その絶景に見とれていた。
「──いま目前に開けているのが、ルザリア平原。そして、あれが……」
 ウルフが、地上の一点を指差す。
「王都だ」
 その指す方を見れば、地上の遥か彼方に、王都ルザリアの白亜の城壁が、午前の陽光を受け、真珠のように輝いている。
「……すごい」
 エマが、感嘆の息を洩らす。
「おれは、このまま山を下りずに、遺跡を探すつもりだ。あんた達はどうする?」
「…………」
「どこか、行く当てはないのか」
 ミルウーダが、静かに首を横に振る。ウルフは、むぅと唸って何か考えていたが、
「この峰のふもとに、ハドムという街がある。とりあえず、そこへ行ってみてはどうか」
 と、言うのである。
「さすがの北天騎士団も、そんなところにまで出張ってはいないだろう」
「…………」
「不安なのか?」
「……いや」
「ならば、行ってみるといい。いちど、きちんとした宿で休んだほうがいい」
「…………」
「なに、黙ってんのさ。なんなら、このままついて来たって構わないんだぜ?」
「なぜだ」
「え?」
 ミルウーダは、何か思いつめたような眼差しを、ウルフへと向けていた。
「私たちは、国家に追われている身。このまま、北天騎士団に引き渡すことだってできる。それなのに、どうして……」
「ははあ、そんなことで、ミルウーダ嬢はウジウジしなさっているのか」
「あなたも、罪に問われるかもしれないのよ? 加担者として……」
「別にかまわんさ」
「え……?」
「あんたが何者だろうが、知ったことか。おれは、ミルウーダという、一人の女に惚れたんだ」
「わ、私は」
 ぽん、と、ウルフの大きな掌が、ミルウーダの頭の上に乗った。呆気にとられて、ミルウーダは、心なしか潤んだ眸で、騎士の顔を見上げていた。
 間近に見ると、思っていたよりも、ずっと高い背丈。
 そして、どこか、兄の面影を思わせなくもない、目と眉──
「いい顔してるぜ」
「なっ……!」
 ミルウーダは、その手を払いのけて、自然と零れ落ちてきたものを、拭っていた。
「素直じゃないなあ」
「…………」
 ──この、胸に焼きつくような気持ちは何なのだろう。それは、彼女がいまだかつて味わったことのない、たしかな、一個の感情であった。
「なにイチャついてんですか!」
 見ると、エマが腰に手をあてて、頬を膨らませている──のは、帽子と襟に隠れて見えないのであるが。
「ハハハ、すまんすまん。そんなつもりはなかったんだが」
「何しらばっくれてんですか! 惚れたの腫れたのいっておいて」
「ま、それは、挨拶みたいなもんでな」
「そんな挨拶があってたまるもんですか!」
「誤解してくれるなよ? おれには、心に決めた女性(ひと)がいるんだ」
「なら、とんだ浮気者ですね」
「いや、これは参ったな」
 ウルフは、うなじを掻きながら、暢気に笑う。その朗らかな笑い声を聴きながら、ミルウーダは、長い間、心の奥底で冷え固まっていたものが、すうっと溶けていくような、そんな感覚を味わっていた。いつしか、その口元にも、柔らかな笑みがこぼれていた。
 結局三人は、そこからしばらく下ったところの分かれ道で、進路を別にすることとなった。
 ──その、別れぎわ。
「こうして再び相まみえたのも、アジョラのお導きか──あるいは、世の中というものは、存外狭いものらしい」
 ウルフが、もったいぶって言う。
「まあ、これを最後といわず、縁あらば、またどこかで会うとしよう」
 そういって、手を差し出す。
「ありがとう」
「なんの、礼には及ばん」
 ミルウーダとウルフは、固く手を握り交わす。
「それから、お譲ちゃん」
 ウルフは、次にエマのほうを向いて。
「君は歳のわりに、しっかり者のようだ。この頑固者を、どうか支えてやってくれ」
「言われるまでもないことです!」
 エマが得意げに、尖がり帽の先をぐいと持ち上げる。
「しかし、君はまだ若い。くれぐれも、命だけは粗末にしてくれるな」
「もちろんです!」
「ウム、頼んだぞ」
 ひとつ頷いてから、
「では」
 と一言、片手を掲げると、二人に背を向けて、彼は山の奥へと続く道を歩き始めた。それを見送ってから、
「それじゃ、私たちも行きましょうか」
 と、エマが先立って、麓へ向かう道を下り始めた。──が、ミルウーダは、その場にじっと佇んだまま、動かない。
「ミルウーダ?」
「…………」
 彼女の目は、去っていくウルフの姿を、まだ見つめているようだった。──やがて、
「ウルフ!」
 と、間もなく木々の合間に消えようとしていたその背を、ミルウーダの声が追っていた。
 ウルフの姿が、はたと歩みを止めて、振り返る。ミルウーダは、少しためらうように息を呑んでから、
「名を……あなたの本当の名を教えてはもらえないか?」
 と、その姿へ向かって、言った。
「……?」
 彼女の意外な質問に、ウルフは戸惑いの色をみせる。風に誘われて揺らめく木漏れ陽の下で、目と目で繋がった糸だけが、ぴんと張り詰めていた。
「あなたは、名を捨てて、さすらい人となったと……そういった」
「…………」
「その名を、私に教えてほしい」
 曇りない、ミルウーダの眼を見つめて。どこか、憂いを秘めたような笑みを浮かべながら。
「…………」
 ウルフは、しばしの間逡巡していた。
 ──やがて、
「……ベイオウーフ」
 と、彼はそう名乗っていた。
「ベイオウーフ・カドモス。それが、おれの本当の名だ」


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