──我ら罪深きイヴァリースの子らが、神々の御力により救われんことを──
オーボンヌの古びた寺院の屋根には、折から滝のような雨がざあざあと叩きつけていた。
ここ三日ほど、際限なく降り続いている大雨である。南方の土地ならではの長い雨季ではあるが、続けて三日も陽の目を見ないというのは、陸央に比べて大分乾燥した気候帯に位置するイヴァリース半島では珍しいことであった。
ラムザ・ベオルブは、廊下の隅の柱に寄りかかって、その雨音にぼうっと聞き入っていた。
叩きつける風雨は、分厚い石壁越しにくぐもって聴こえる。
途切れることのないその音は、何故か彼に故郷のライナス河の流れを思い起こさせていた。彼岸が霞んで見えないほどの大河は、さながら海のようで、その清く涼やかな浅瀬の流れのなかで、彼はよく親友のディリータ・ハイラルと泳ぎを競いあったものだった。
そして岸辺には、その光景を微笑ましげに見守る父の姿があった。父は野駆けの装いに身を包んではいるが、その腰には、父がかつて「ガリオンヌの白獅子」の異名で畏れられ、金色(こんじき)の鎧兜を身につけていた頃と同じように、ベオルブ家秘伝の宝剣レオハルトを提げていた。
ラムザは、ふと、今は自分の腰に収まっているレオハルトに目をやった。刀身は北天騎士団のそれのような、扱いやすい短いものではなく、彼の身の丈七分はゆうにあろうかと思われる大剣であった。本来なら背に挿してもよさそうなものだが、彼は父がそうしていたように、この長物を腰に提げていた。
「ラムザ……とかいったな」
言われて彼は、はっとわれに返った。見ると、ルザリア聖近衛騎士団の女騎士、アグリアス・オークスであった。軽装の鎧に身を包み、聖騎士の証である白銀の聖剣を佩いている。その後ろに、彼女の部下とみえる二人の女騎士を連れている。
「なかなかよい得物だな。貴公の家に伝わるものか?」
「……そんなところです」
「そうか。そいつを抜くようなことが無ければ良いのだが」
一応の準備は怠らぬようにと、あとはそれだけを告げて、女騎士たちはつかつかと奥の礼拝堂に入っていった。
「けっ、ドレスでも着てひらひら踊ってりゃあ、かわいげもあるものを」
女騎士たちが去ると、そういって不機嫌に罵る声がある。ラムザとは少し離れた石床に一群の男たちが座りこんでいた。彼らは統一感のない革製のキュイラスに身を包み、戦斧だの大鎚だの、各々の身の丈にあった武具を身につけている。
そのなかに、一対の牛角をあしらった革冑をかぶり、任務中であろうとお構いなしに、腰に提げた酒瓶のぶどう酒を豪快に呷っている鬚面がある。北天騎士団の傭兵部隊を率いている騎士で、名をガフガリオンといった。背には、見るからに恐ろしげな血吸の妖剣を挿している。
「面子はあらかた揃ったみてえだな。それじゃあ行くとするか」
本来荒っぽい気質に今日はよけいに機嫌が悪いものだから、いっそう手がつけられない。
神聖な場での狼藉を心中許しがたく思うラムザであったが、雇われの身であることを案じて、黙ってガフガリオンの後に続いた。
石造りの古い礼拝堂は冷え冷えとして薄暗く、天井は暗闇に呑まれていて、その高みを窺い知ることはできない。正面の壁には、円形に十二星宮を配した巨大なステンドグラスが嵌め込まれ、グロテスクな色彩を放っている。
中央に置かれた祭壇を前にして、アグリアスと部下の女騎士二人が膝を折って祈りを捧げていた。彼らの前にはさらに二人の人物があった。一人はゆったりとした法衣を身にまとった老司教で、名をシモンといった。もう一人はうら若い少女で、質素な修道衣をまとってはいるものの、それと見てすぐ貴家の息女とわかる気品を漂わせている──現国王、オムドリア三世の異母妹にして養女、オヴェリア・アトカーシャその人であった。ラムザたち傭兵部隊が雇われたのは、ほかならぬこのオヴェリア姫をイグーロスまで無事に送りとどけるためである。
「我らも聖アジョラに祈りを捧げましょう」
ラムザは小声でガフガリオンに言うと、祭壇に向かって跪いた。傭兵たちは、ラムザの提案にあからさまに狼狽えた様子であったが、ガフガリオンがちっと舌打ちしながらも渋々膝を折ると、彼の子分たちもぎこちなくそれに倣った。
そもそも、もっぱら己が剣と盾のみを信ずる彼ら傭兵たちにとって、神に祈りを捧げるなどという行為は甚だ馬鹿馬鹿しいことであった。彼らの多くは、主君に見放され、味方に見放され、ついには今まで信じて疑わなかった神にさえも見放された者たちであった。
──そういう者たちの中にあって、剣士ラムザはある意味特異な存在であった。彼はまだ若いが、荒くれ者のガフガリオンでさえも、この青年には一目置いていた。それはラムザが、ガリオンヌ領の名門、ベオルブ家の出であるからではなかった。傭兵たちは暗黙のうちに、お互いの過去の詮索はしないことにしているし、もとより彼は自分の姓を偽り、そうとは知れないようにしていた。
知略に長け、剣の腕も立つが、それ以上に彼はベオルブ家の末弟であること、殊に天騎士の称号を与えられた亡き父、バルバネス・ベオルブの子であることに誇りを持っていた。今は理由(わけ)あって姓を変えてこそいるものの、それによって彼の誇りが損なわれるようなことはなかった。
そのあたりが、誇りも名誉も捨て、明日の生活のためだけに命を鬻(ひさ)ぐ者たちとは違っていたのかもしれない。
さて、彼らの無言の祈りは尚も続いた。時折、地面の下で雷のゴロゴロと鳴り響く音がする以外は、礼拝堂の中は静寂そのものであった。
──が、その時。
荒々しい物音とともに、突如として神聖な沈黙は破られた。
一同、何事かと振り向くと、満身創痍の騎士がひとり、礼拝堂に転がり込んできた。その者は寺院の外で見張りについていた近衛騎士団の剣士であった。総身に矢をうけ、血と泥にまみれている。
「敵が……!」
そこまで言って、剣士はこと切れてしまった。開け放たれた両開きの樫の扉の外から、嵐の音の他にも、ただならぬ騒音が礼拝堂の内にも聴こえてくる。
「シモン殿、オヴェリア様をお頼みします!」
真っ先に立ち上がったのは、聖騎士アグリアス・オークスら近衛騎士たちであった。
「アリシア、ラヴィアン、いくぞ!」
言うが早いか、アグリアスと部下の女騎士二人は礼拝堂を飛び出していった。
「やっと仕事だ。俺たちも女どもに遅れをとるな!」
ガフガリオンら傭兵部隊も我先に発った。
後に残された王女オヴェリアと老司教シモンはというと、暫くは事態の急変に茫然としていたが、やがて、王女は再び祭壇に向き直ると、
「皆さまの勝利をお祈りしましょう」
シモンとともに再び祈りはじめるのであった。
寺院を出ると、そこはすでに百近い数の敵兵に囲まれており、そこかしこに、赤地に黒獅子の紋をあしらった軍旗が掲げられている。王家の紋章である双頭の獅子の片方、黒獅子の紋章を染め抜いた、南天騎士団の戦旗である。
「ゴルターナ公の手のものか……」
アグリアスが黒獅子紋の旗を見て呟いた。
寺院の正門からは、敵が、重装騎兵を先頭に続々と侵入してくる。そのなかで、指揮官らしい騎兵が一歩前に進み出て、
「無駄な抵抗はやめて、おとなしく王女の身をこちらに渡せ!」
と、聖堂に向かって大声で呼ばわった。騎士アグリアスがそれに応えて、
「畏れ多くも王室に剣をむけんとする者は、我らルザリア聖近衛騎士団が容赦なく切り捨ててくれる! 覚悟せよっ!」
と、剣を抜くなり敵に向かって跳びかかっていった。そっちがその気なら、と敵もすかさず弓矢で迎え撃ってくる。
「なんのっ!」
アグリアスは剣で乱箭を払いのけ、敵の面前に躍り出ると、聖騎士剣の一閃を見舞った。剣先から稲妻かと見紛うほどの閃光が迸(ほとばし)ったかと思うと、派手な音をたてて数名の敵兵が一度に吹き飛ばされた。人間離れしたアグリアスの剣技を目の当たりにして、寄せ手はあからさまに怯んだ。
「女相手にびくついてどうする! かかれッ、かかれッ!」
指揮官に叱咤されて、さらに数名の騎士がアグリアスにうちかかっていったが、彼女が一度、二度と剣を振るう度に敵は片っ端から打ち払われていく。
敵中に舞を舞うがごとき女騎士たちの戦いぶりを見て、騎士ガフガリオンも、
「こっちも金がかかってるンだ! ものども続け!」
と、戦いの真っ只中に雪崩れ込んでいった。
その傭兵部隊の活躍も、また目覚しいものであった。ラムザも、ガフガリオンとともに先頭に立って戦った。 異様な妖気をまとったガフガリオンの暗黒剣は、剣を受けた敵の生気を次々に奪い取っていく。ラムザのレオハルトも、うなりをあげて敵の鎧兜や盾を打ち砕いていったが、不思議と刃こぼれひとつしなかった。
近衛兵は王室の誇りをかけて、傭兵は報酬をかけて、と各々その目的は違えど、皆懸命に戦ったので、兵力の差はまったく問題にならなかった。鉄壁の守備部隊を前に恐れをなし、逃げ出す敵の数は知れなかった。
雨中、戦闘は小一時間に及んだ。
ラムザは正門の近くで戦っていたが、その最中(さなか)、どさくさに紛れて寺院に近づこうとしている敵兵を見逃さなかった。
「おのれ、小癪(こしゃく)な!」
ラムザは一刀のもとに、その敵兵を切り伏せた。
──その時。
開け放たれた寺院の扉の内から、甲高い悲鳴があがった。
「しまった!」
彼は寺院のほうを見た。アグリアスも悲鳴を聞き逃さなかった。
「オヴェリア様!」
二人は一目散に寺院へ向かった。
「手を離しなさい! 無礼者っ!」
二人が寺院に駆け込むと、礼拝堂の中で王女の声がする。また、
「ええい、おとなしくしないか!」
と、もうひとつ男の声もする。その声を聞いて、ラムザはなにか妙な感覚にとらわれたが、深く考えている暇はなかった。アグリアスとともに礼拝堂に飛び込み、見ると、シモン司教が祭壇の前に力なく倒れ伏している。護衛に残った手数も、ことごとく物言わぬ骸となり果てている。
そして、礼拝堂の奥にある裏口から、金色(こんじき)の鎧を身につけた騎士が、ぐったりとした王女を抱きかかえて、今まさに逃げ出さんとしていた。
「待てっ!」
アグリアスが叫ぶと、騎士は、ちらと二人のほうを見た。
──刹那。
稲光に照らされて、男の半顔が浮かび上がった。
「!」
ラムザはその顔を見て驚愕した。
(ディリータ……?)
騎士はすぐに向き直って飛び出していった。
「おのれ!」
アグリアスは騎士の後を追って裏口から飛び出した。
──が、時すでに遅し。
騎士の姿は、もうそこには無く、ただ、寺院の裏手にある森の中から、チョコボの蹄の音が遠ざかっていくのが聞こえた。アグリアスは茫然と、その場に立ちつくした。
「オヴェリア様……」
──王女は奪われた。
アグリアスは、すぐさま部下を引き連れて騎士の後を追ったが、とうに彼の行方は知れなかった。
「むぅ……してやられたか」
寺院を包囲していた敵は、目標を果たしたとみるとすぐに撤退したらしい。戦いを終えた傭兵たちも礼拝堂に戻って来て、状況を察したガフガリオンが唸った。
「悔やんでも悔やみきれん」
シモン司教は後ろ頸を押さえながら言った。彼もまた姫を奪われまいと抗ったというが、例の騎士にしたたか打たれて気絶させられてしまい、今しがた目を覚ましたところであった。
「よもや、こうも易々と姫の御身をさらわれようとは」
「……申し開きの辞もございません」
アグリアスも口惜しげに唇を噛んだ。
「けっ、暢気に祈りなんて捧げてないでさっさと姫君をお連れすりゃよかったンだ」
荒々しい北方訛りで、ガフガリオンがふてぶてしく言った。
「貴様……敬尚の志無き者に神の救いは無いと思え!」
その髭面をねめつけて、近衛騎士のラヴィアンが彼の不敬の言を咎めた。
「なら、せいぜい祈り続けるンだな。それで姫君が戻ってくるなら苦労はしねぇ」
「貴様……!」
「なんだ? 小娘風情がこのガフガリオンとやり合おうってか?」
ラヴィアンが剣の柄を握ったのを見て、ガフガリオンは威圧的に前へ進み出る。
「ラヴィアン! 止さないか!」
アグリアスは、半ば剣を引き抜こうとしていた部下の手を抑えて、一喝した。
「聖地を血で汚す気か。それこそ不敬というものだぞ」
「……くっ」
アグリアスに諌められてラヴィアンが引き下がると、ガフガリオンは不機嫌に鼻を鳴らして、部下の者どもを引き連れて礼拝堂から出て行ってしまった。ラムザも、愛想がつきたとばかりに嘆息し、その後に続いた。
「ああいう連中の言うことをいちいち気にとめることはない」
去っていくガフガリオンの背を、今にも切りつけてしまいそうな剣幕で睨みつけているアリシアとラヴィアンを見兼ねて、アグリアスが言った。
「あのような不敬の輩の力を借りる必要などありません。我ら近衛騎士団のみでオヴェリア様をお救いいたしましょう!」
アリシアも熱っぽく言う。
「できることならな。しかし、我らは南天騎士団を敵に廻してしまっているのだ。今は味方がひとりでも多いほうがよい。たとえそれが、ならずものの寄せ集めであってもな」
常は冷静に沈んでいるアグリアスの眸にも、今日ばかりは悔しさの色が滲み出ているのを見て、部下の二人もさすがに口を噤んだ。
寺院の外は、風は幾分収まったものの、相も変わらず海をひっくり返したかのようなどしゃ降りであった。傭兵たちは、寺院の裏手に林立する松の大木の枝に雨避けの布を張って、夜営の支度をしていた。
「これからどうするのです」
ラムザは松の木の根本にもたれ掛かって、酒に浸っているガフガリオンに問うた。
「どうもこうもねえ。俺たちの任務は姫君をイグーロスまでお連れすることだった。その姫君が敵に連れ去られたンだ。任務は失敗だ」
ガフガリオンはそう言って酒瓶をひといきに飲み干した。報酬が望めないとなると、騎士ガフガリオンの不機嫌はまさに頂点に達していた。
「ここからは契約外だ。あとはお嬢様方の好きにさせればいい」
「…………」
ラムザは王女を連れ去った騎士のことを考えていた。
(あの男は間違いなくディリータ・ハイラルだった。しかし、どうして彼が南天騎士団に?)
ラムザは夜営の火を見つめた。
一年前の、あの夜。
しんしんと雪の降るなか、堅牢な石造りの砦は燃え盛る焔に包まれていた。
その光景が、今も彼の瞼の裏に焼き付いて離れない。
あの時、ディリータ・ハイラルはその火中にいた。そして、その場にいた誰もが、ディリータを死んだものとみなしていた。
──ところが、今日。
ディリータ・ハイラルは再び自分の前に姿を現した。かつて兄弟の契りを結んだ友は、あの業火の中を生き抜いていたのである。
「おい、ラムザ。どうかしたか?」
ガフガリオンが酒瓶の入った木箱をまさぐりながら言った。彼の周りには、空になった瓶がいくつも無造作に転がっている。
「あっ、いえ、なんともないです。ただ……」
ラムザは、つと目を横にそらした。
「ただ、オヴェリア様を連れ去った騎士のことを考えていたのです」
「なんだ、お前、心当たりがあるのか?」
「……ええ」
ラムザは口ごもった。
今日再びまみえた友の姿は、亡霊でも幻影でもなく、ディーリータ・ハイラルそのものであった。しかしその姿は、ラムザのよく知っているそれでありながら、どこか違っているような気もした。
彼は過去と決別したのであろうか。
それとも──
やがて夜は更け、酔いつぶれた傭兵たちは思い思いな場所に身を投げ出して、深い寝息を立てていた。
雨足はいったん遠のいたようである。
ラムザはひとり夜営の残り火の前に屈み込んで、相も変わらず思案に暮れていた。
ラムザはガフガリオンの木箱から傭兵部隊御用達のランベリーを一本取り出すと、それをいっきに飲み干した。
赤葡萄の芳醇な香りが鼻腔を満たし、俄に肢体が火照ってきたが、ラムザは全く酔いを感じないどころか、かえってその頭は冴えるばかりであった。暫くじっとしていたが、様々な考え事が頭のなかを渦巻いて、一向に気分は晴れないので、ラムザはその場にどっと身を横たえた。
そのまま目を閉じると、森の木々のざわめく音や、蛙の鳴く声などが、いやに大きく聞こえる。
(ディリータ……君は今、どこへ向かっているんだ?)
やがて、疲労の波に呑まれるようにして、ラムザはゆっくりと夢の中へ沈んでいった。
目の前に、一面に広がる草原が、晩秋の夕日に照らされて黄金に輝いている。
ラムザとディリータは、窪地の斜面に腰かけ、例えようもなく美しい夕焼に見とれていた。
「きれいだな。ティータもどこかでこの夕日を見てるのかな……」
ディリータが言った。
ラムザは暫く無言で夕日を眺めていたが、ディリータのほうを向くと、
「大丈夫だよ、ディリータ。ティータは無事さ」
と、答えた。つかの間、二人の間に沈黙が流れた。やがて、ディリータが、おもむろに口を開いた。
「違和感は感じていたさ。ずっと昔からな」
そう言って、ディリータは目を閉じた。
「どんなに頑張っても、くつがえせないものがるんだな……」
ラムザは答えに窮した。友の痛みは、誰よりもよく分かっているつもりだった。しかし、いざその苦痛を言葉にされると、現実は否応なく彼の前に立ちふさがるのであった。
「そんなこというなよ。努力すれば……」
そう言って、ラムザは目を逸らした。
──努力? ディリータは、誰よりも努力してきたじゃないか。それこそ、血のにじむような努力を。
再び、気まずい沈黙が流れた。
「努力すれば将軍になれる?」
ディリータは自らに問いかけるようにして言った。
「この手でティータを助けたいのに、何もできやしない。僕は"持たざる者"なんだ」
「…………」
ラムザには何も言えなかった。父上ならこんな時、何と言われるだろうか。
二人はそうして暫く、沈みゆく夕日を眺めていた。巣に帰る野鳥の群れが、夕日を背に、悠々と飛び去っていく。風は少し冷たく、冬の気配が、すぐそこにまで迫っているのが感じられる。この地方では、そろそろ初雪の降るころである。
「おぼえてるか? 父上に教わった草笛を」
ディリータは、足元に生えている雑草の葉をひとつむしりとると、それを器用に丸めて、口元に押し当てた。ツー、と小気味よい音をたてて、草笛が鳴った。ラムザもそれに倣って、葉をむしりとると、草笛を作って鳴らした。ラムザの草笛は、少し上ずった音がした。
二人は笑みを交わすと、交互に草笛を吹き鳴らした。
ツー、チー、ツー……
さながら二羽の小鳥が互いを呼び合うように、二人の草笛はいつまでも鳴り止まなかった。