序章 そしてアリアハンへ
それは、かがみとつかさが16歳になる誕生日のことだった。
『おきなさい。おきなさい、私のかわいいこなたや』
「……おかーさん?」
『おはようこなた。もう朝ですよ』
「お、おはよう、お母さん」
『今日はとても大切な日。こなたが、異世界で勇者になったつかさちゃん達を助けに行く日だったでしょ。そう君は娘のあなたを、この日のため勇敢な男の子のように育てたつもりです』
「そ…… それじゃ私、勇者を助けるために、格闘技を習わされていたの!? てか、異世界のつかさって何?」
『さあ、母さんについていらっしゃい』
「スルー!?」
『ここからまっすぐ行くと、あなたに助けて欲しい異世界です。みんなにちゃんと、あいさつするのですよ。さあ、行ってらっしゃい』
「おかーさん!」
大きな樽の中で、目を覚ます私。
……樽の中?
「えっ、だって今日はかがみ達の誕生日だから、昨日はプレゼントの準備をして……」
夢?
「ううん、記憶はある。私はアリアハンに住むコナタ・イズミ。ここは、宿代わりにしている樽の中。隣は職業登録所を持つ職能ギルド、ルイーダの酒場。記憶が二つある?」
アリアハンと言えば、あのドラクエ3のスタート地点だ。
私は、ごそごそと樽の中を探った。
金貨が二十五枚出て来た。
「これが私の全財産」
金貨で二十五枚と言うと大金のように思えるけど、この世界じゃあ金が多く採れるのか、価値が違った。
例えば、手ごろな宿でも一晩泊まるのに金貨二枚がかかる。
二十五枚の金貨も、宿に泊まれば二週間ももたない程度のお金でしかないと、この世界の自分の知識が教えてくれる。
だから私は、この樽を寝床にしていたのだ。
小柄な私だから、猫の様に丸まって眠れば、樽の中でも安眠できる。
二つの記憶、色々考えたい事もあったけど、
「とりあえず、食事に行こっか」
食事は、教会が恵まれない子供たちの為に、炊き出しを行っている。
私は、もう十六歳。
この世界では立派な成人で、本当ならいくらかの喜捨をしないと、食事にありつけないはずだったけど、人並み外れた小柄な身体と童顔のせいで、子供達の中に紛れる事ができていた。
順番に並んで、皿に盛ってもらった麦粥を頂く。
燕麦を荒挽きして、水で炊いた物、とこの世界の私がどんな食べ物なのかを知っていた。
小麦粉に比べて安いけど、精製されていない分、栄養が豊富そうだ。
「要するにオートミールかぁ」
それで、朝食は終わり。
朝夕二食の炊き出し。
これが、私の生命線だった。
「ってゆーか、職業、無職。装備、布の服。所持金二十五ゴールドじゃあ何もできないよ。お母さん、何を考えて私をこの世界の私と同化させたんだろ」
夢の中に出てきた自分と瓜二つのお母さんの背には、天使の羽が生えていたような気がする。
そんな事を思い起こしながら、食後、口をゆすぎに井戸に行った。
「あ、そう言えば、ここには、ゲームだとメダルおじさんが居たはず」
井戸から桶で汲んだ水を使って、口をゆすいだ私は、ゲームでの知識を思い出した。
身軽さを生かして、井戸の底へと下りてみる。
そこにはやっぱり、ドラクエ3のゲーム内容通り家が建っていた。
「よくぞ来た! わしは世界中の小さなメダルを集めているおじさんじゃ。もしメダルを見つけてきた者には、わしのなけなしのほうびをとらせよう!」
中には、小さなメダルを景品と交換してくれるっていうメダルおじさんが住んでいた。
「でも、メダルの中には、他人の家のタンスの肥やしになっている物もあるんですよね。そういうのは、どうするんです?」
ゲームなら、他人の家に押し入ってタンスを漁るなんてできたけど、現実にやるとなると無謀だと思う。
まぁ、勇者のパーティーなら、特権で強制的に集める事ができるのかも知れないけど。
「ふむ、そう言う事なら、全世界で通用する廃品回収業者の鑑札をやろう。これがあれば、家々を巡って、不用品の回収が行えるようになるぞ」
その場で、鑑札を作ってくれるメダルおじさん。
木のプレートに、焼印が押された物だ。
これで、私は無職から、廃品回収業者になることができた。
とても助かる。
「ありがとうございます! きっとメダルを集めてここに来ますね!」
そう告げて、私はメダルの館を後にした。
その日は、晩までかけて、廃品回収業に精を出した。
お城の一階のタルから毒消し草、小さなメダル。
二階のタンスから、ラックの種。
とある民家からは、また小さなメダル。
色々と頑張ってみたんだけど、ゲームで得られた物以外、特別な物は手に入らなかった。
あと、人から色々話を聞いてみたんだけど、岬の洞窟からナジミの塔に行けるとか、東の果てに海の向こうに通じる旅の扉があるとか、やっぱりゲーム通りの世界らしかった。
とにかく、成果に満足して、宿にしているルイーダの酒場横の樽で眠る。
そして、その次の日。
目を覚まして食事に行こうとする所を、呼び止められた。
「コナタ、あんた昨日は一体、どこに行っていたのよ」
「あれ、カガミ?」
長い髪を、両サイドで束ねたツンデレ。
この世界の、カガミが居た。
勇者ツカサの双子の姉で、この世界でも、二人は私の友達だった。
「そう言えば、昨日はカガミ達の誕生日だったね。おめでとう。街の噂で聞いたよ。勇者が国王陛下への謁見を済ませて、旅立ったって」
「それについて、話があるのよ。ちょっと来て」
「えっ?」
こうして私は、ルイーダの酒場に半ば強引に連れ込まれた。
「そんな、酒場に無理やり連れ込んで、私を酔わせてどんないかがわしい事を」
「そんな事するか! いいから来なさい!」