DQD 9話
『わははははははははははははははっ』
薄気味悪い、まるで狂ったかのような笑い声が時折3階の迷宮内に響き渡っていた。
人気のない薄明かりの迷宮で聞こえる声としては最低のものに近い。
初めは何が起こったのかと分からなかった。
明らかに尋常ではない笑い声。とても人が発しているとは思えない。
気味が悪いが万が一でも同じ冒険者かもしれないと思うと、そのまま無視するわけにもいかない。
人はあまりの恐怖に対面すると笑うしかないと聞いたことがある。もしこの笑い声がそのせいならば、この階層にはその恐怖をもたらしたものがいるということになる。
放っておきたい。無視したい。
そういう気持ちも生まれてきたが、この原因が分からない事には結局探索を続ける事もできなくなる。
トールは勇気を振り起こし辺りを探る事にした。
だが、まず何処から探すかが問題になった。声は迷宮内で反響してどの方向からの声なのかは分からず当てにならない。
結局はいつものように索敵能力を駆使しながら、辺りを注意して探していくことになった。
あの声が冒険者のものなら急いだ方が良いのは分かるが、その結果自分が危険に陥っては意味がない。もし間にあわなくても、そこは運がなかったと言うしかないだろう。
冒険者になる時も誰もが言われる事だが、迷宮内での事は自己責任が基本だからだ。
かといって本当に死体を発見した時にまで、この考えが貫けるかは分からない。だが今に時点では何処の誰とも分からぬ他人より、自分の命のほうが大切なのは間違いないのだから。
とにかく気をつけながら探索をしていたのだが、原因は驚くほど早く分かった。
探索途中で遭遇したモンスター『わらいぶくろ』、こいつが原因だったのだ。
袋に張り付いた顔は絶えずにやけた笑みを浮かべ、時折狂ったように笑い声を上げていた。その声は確かに迷宮内で響いていた声に似ていた。
決して強いとはいえないモンスターだった。なぜなら自分から攻撃を仕掛けてくることが少なかったからだ。
右へ左へふらふらと飛び跳ねながら落ち着きなく動き回っては狂ったように笑う。攻撃してきたかと思えば、次の瞬間には逃げ出す。時折不思議な踊りを踊る。
行動に一貫性がなかった。
鬱陶しく、そして何よりもその笑い声が気味悪い、トールはそう思った。
3階の迷宮は、時折この笑い声を聞きながらの探索だった。無性にいらつきながらの探索に集中しずらかった。
わらいぶくろは存在自体が厄介だったが、攻撃が厄介なモンスターもここに来て現れた。
迷宮の1、2階には毒攻撃をしてくるモンスターはいなかったが、3階になって始めて現れたのだ。
蛇のモンスター『キングコブラ』がそうだった。
元の世界でもいる生物でテレビなどで見たことがあったが、目の前で実物を見るとその大きさに驚く。
全長は4m程で鎌首をもたげた時はトールの顔の辺りまで来る。
モンスターとは言え、見た事がある動物の形をしているせいだろうか。トールにとって他のモンスターよりもリアルさがあり恐怖を感じる。
そして毒蛇としてその名はあまりにも有名だった。
キングコブラと始めて遭遇したのは、わらいぶくろの笑い声にイライラが頂点に達しようとしていた時だった。
頭に血がのぼり周りへの注意力が散漫になっていたのだろう。又、レベルも順調に上がっていたため、心に緩みが出てきていたこともある。
そんな時にキングコブラ二匹と遭遇した。
初見のモンスター相手に何の心構えもなく会ったのは、スライム以来かもしれない。
しかも初見の敵を複数相手するのは始めてのことだった。
一瞬逃げ出そうかと思ったが、背を向けた瞬間飛び掛ってきそうな気がして出来なかった。
トールは気分を切り替え、戦う決意する。愚だ愚だ悩んでいては、相手のペースにはまる事になるだろう。
まずは先手を取り一匹でも早くしとめる事が、戦いを有利に運ぶ事になる。
蛇の形をしている以上注意すべき事は噛みつき、それに間違いはないはずだ。毒を食らったときにどうなるのかは分からないからだ。
一対一なら多分なんとかなっただろう。
だが身をくねらせながら地を這い寄り、又は飛び掛ってくるキングコブラ二匹を同時に相手するのは今のトールにはつらかった。
それでも盾で攻撃を防ぎながらもなんとか一匹を倒したが、そこに心の隙が僅かに出来た。ほんの少しの気の緩み、それが命取りになる場合もある。
トールは背後に回りこまれた残りのキングコブラに後ろから足を噛まれた。
次の瞬間には心臓がドクンッと高鳴り、身体中がジーンと痺れ始めた。頭もふらつき始める。
毒をくらった。
ボウッとし始めた頭の中でそれだけは理解できた。
それと同時に無意識の内に動き噛みついているキングコブラに銅の剣を突き立て止めを刺していたのは、多少とはいえ戦いに慣れたおかげだろう。
トールはそのまま座り込むと『大きな小袋』の中から買ってあった毒消し草を震える手で取りだし、なんと口へ持っていった。何度か租借するうちに少しずつ身体の痺れは取れていき、飲み込んで少し立つと身体の異常は治まった。
トールはハアハアと息を荒げながら、少しの間そこに座り込んだままでいた。
ゲーム内では毒といえば移動したりするとHPが減るという異常状態になるだけだったが、現実ではさすがにそれだけでは済まなかった。
トールはあの状態でまともに戦えるとは思えない。今回は相手がトールに噛みついていて止まっていたため、そこに止めを刺すだけだったから何とかなっただけにすぎない。
それにしても毒消し草の効果には驚いた。
食べるだけで毒が消えるのは凄すぎるだろう。万が一の事を考えて買っておいて本当に良かった。
なければ死んでいたかもしれないと思う。
とにかく毒には気をつけるべきだと心に誓った。
後、この階には『ぐんたいアリ』もいた。
体長1mほどのアリなのだが、特徴と言えばおおねずみと同じように、仲間を呼ぶ事だろう。しかもおおねずみよりも頻繁にだ。放って置くとわらわらと沸いてくる。一体何処から来ているのかと不思議に思うほどだ。
今のトールにとっては強くはないのだが、あまりの数に気味が悪くなってくる。戦いは数、ぐんたいアリを見ていると、それも確かに正しいと思えてしまう。
対処法をしてはおおねずみと同じで、遭遇してすぐに倒してしまう事だ。
3階になって迷宮はまた広くなり、又わらいぶくろのせいで探索しづらかったというのも原因の一つなのだろうが、探索には6日かかった。
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4階にもわらいぶくろはいるようで、時折あの独特の笑い声が聞こえてくる。ただ慣れてきたのか、あまり気にならなくなっていた。
この階では毒のあるモンスターが更に増えた。
『バブルスライム』と『おばけキノコ』だ。
バブルスライムは直接攻撃によって傷口から毒を送り込んでくるし、おばけキノコは胞子をばら撒き、その胞子を吸い込む事によって毒にかかる。
毒けし草が更に手放せなくなった。
ゲームにある毒を防ぐアクセサリーでもあれば良いのだが、トールがよく行っている武器屋には置いていない。
街には武器屋が何件もあるため、探せば売っている武器屋も見つかるだろうがそれを買う金がない。
今は毒消し草で何とかするしかないだろう。
そしてここに来て始めて攻撃魔法を使うモンスターが現れた。
『メラゴースト』だ。
『メラ』と呪文を唱えることにより、実際に拳大の火の玉が自分のほうへ襲い掛かってくるのは驚くほかない。
しかも追尾性もある。
避けようと横に跳んだら火の玉も同じ方向についてくるのだ。そうなればもう避ける事はできない。後は当たるだけだ。
野球ボールでもぶつけられたような衝撃と火の熱さ。冒険者用に作られた旅人の服のおかげなのか燃えるような事はないが、その熱さと痛みは伝わってくる。
これで連続で『メラ』を使ってくるようなら危険なのだが、メラゴーストはそうしなかった。
ぼーとしたり、まごついていたりと他事をする。これはメラゴーストというモンスターの特性なのかどうかは知らないが、トールにとっては助かったという他ない。
その後分かった事だがメラゴーストの行動は一箇所に留まりあまり移動しない。
その性でいつものように不意打ちからの先制攻撃が出来ないのだが、戦いを避けようと思えば避けることの出来るモンスターでもある。
ただゆうれいのように特定の場所を攻撃しないとダメージを与えられないタイプのモンスターで、特に強いというわけではないが面倒なモンスターと言えるだろう。急所は目と口の中心辺りだ。
それにしても目に見える形の魔法はこの『メラ』が始めてだ。今まで『ホイミ』、『マヌーサ』といった魔法は身を持って知っているが、視覚的な派手さはない。
トールにしてみてもやはり攻撃魔法を使う事には多少なりとも憧れがある。
モンスターに使われるのは嫌だが、何時かは自分も使ってみたいと思っている。
この階の探索中にではじめて宝箱を見つけた。階段がある所とは全く違った方向のため、今まで誰も調べなかったのかもしれない。
ゲームならともかく、実際に迷宮の中で宝箱だけがぽつんとあるのはおかしな感じがするが、神様の贈り物と言われるのも何となく分かる気がした。
中からは、やくそう5個と毒消し草5個を見つけた。
普通すぎて何となく微妙な気がするが、唯でもらえるのだから文句は言うべきではないだろう。それに毒のあるモンスターが多いこの階では必要なものでもある。そう考えると丁度良いのかもしれない。
他にもないか探してみたが結局見つかったのは、一つきりだった。
4階の探索には8日かかった。
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5階ともなると敵も手強くなってくる。
『おおきづち』は、その手の持ったきづちを振りまわりながら攻撃を繰り返してくる。
一撃一撃が大降りのため避ける事は決して難しい事ではないため、その隙を突いてこちらから攻撃を仕掛け倒すのだ。
ただそのあまりの迫力に攻め込むのを躊躇してしまう事もある。
モンスターのおおきづちである以上、当たった時の一撃は痛恨の一撃の可能性が高い。
一撃でも食らえばそれで終わってしまいそうに思えたし、それはあながち間違いでもなかった。
避け損なって一撃をくらった事があった。ギリギリ皮の盾で防いだのだがそのまま吹っ飛ばされて壁に背中からぶつかる事になった。意識を失わなかったためすぐに『ホイミ』を使って回復したため、何とか事なきを得たが、あれで気絶していたらたぶんあの世行きだっただろう。盾で防げなかったらと思うと背筋が寒くなった。
そしてこの5階では何より厄介なモンスターに出会った。特別に強いと言うわけではない。ただトール自身、自分はこのモンスターを倒す事が出来るかどうか分からないと思っている。
『まほうつかい』こそがそのモンスターだった。
顔を覆うマスクと身体を覆うローブ、その下がどうなっているかは分からないが、見た目は人間以外には見えない。
迷宮で『まほうつかい』と遭遇した時、初見でモンスターだと分かったが、その姿形は確かに人間に見えた。
姿形が可愛いようなモンスター相手でも戦えるようになったが、どう見ても人間に見えるようなモンスター相手ならどうだろうか。
人とも思えるモンスターに攻撃できるのか。剣を突き立てることが出来るのか。
分からなかった。答えは出ない。
だからトールは、『まほうつかい』と遭遇するとすぐに逃げだした。攻撃を躊躇した挙句に危機に陥るのはやばいと思ったからだ。
その判断が間違っているとは思わないが、いつまでも逃げていられるのか分からない。
地下に降りていけば他にも人型のモンスターはいるだろう。その時も逃げられるならいい。
ただ逃げる事もできずに戦う事になった時、攻撃を躊躇してやられる、と言う事になるかもしれない。
それを考えると今のうちに慣れておいたほうが良いのかもしれないと思う。
すぐに答えはでない。
とりあえず6階への階段を見つけたため、後は宝箱がないかを探しながらの探索だ。
後6階からはモンスターが一段と強くなるという注意は受けているため、5階までのモンスターと楽に戦えるようになるまでは、ここでレベルやスキルを上げる事にした。
――― ステータス ―――
トール おとこ
レベル:11
職:盗賊
HP:59
MP:34
ちから:27
すばやさ:21+10(+10%)
みのまもり:12
きようさ:33+5(+10%)
みりょく:21
こうげき魔力:13
かいふく魔力:15
うん:15
こうげき力:39
しゅび力:25
言語スキル:1(会話、読解)【熟練度:95】
盗賊スキル:2(索敵能力UP、常時すばやさ+10、ぬすむ)【熟練度:39】
剣スキル:2(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り)【熟練度:81】
ゆうきスキル:2(自動レベルアップ、ホイミ、デイン)【熟練度:32】
経験値:3425
所持金:2416G
持ち物:やくそう(20個)、毒けし草(15個)、おもいでのすず(5個)