DQD 8話
冒険者としての生活、といってもトールにとっては仮冒険者の期間中と対して変わりはなかった。
朝、迷宮に入り体力と集中力を考慮して探索と戦いと続ける。ギリギリまでではない。ゲームと違い現実には疲労と言うものがある。
そこを注意しながらある程度の余裕を持って行うのだ。
今の迷宮探索には期限がある訳ではない。
神龍に会うという目的はあるが、何時までと言う期日があるわけではないのだ。焦った挙句に失敗するわけにはいかない。
この場合の失敗は即ち死に繋がると思って良いからだ。
それにこの目的が、今のトールを悩ませていた。
神龍に会う、それは多くの冒険者にとっても目標となっているだろう。だが公的に認められている事例は数百年で唯一件のみ。いままで英雄や勇者と呼ばれる者は多数いるのにもかかわらずだ。
はじめは勢いで冒険者になったが、改めて目標の事を考えるとその壁の高さに目眩がする思いだった。
トールは自分が英雄や勇者の類になれるとは思っていないし、なるつもりもない。
ただ元の世界に帰りたいだけなのだ。
この世界に良く似た世界をゲームとして知っているから、その知識を生かせば楽にいくのではないか、と頭の片隅に思ったりもした。だがそんなものは現実の前では無意味といってよかった。
このままでは神龍に会うなど夢の又夢でしかないだろう。
特に一人で戦っているとそう思う。明らかに無理があると。
だが仲間を得ようという気が起きない。この世界から元の世界に帰るのがトールの目的である以上、この世界の人と仲良くなるのはどうなのかと思ってしまうのだ。
だがどう考えても一年かそこらでどうにかなるものとも思えない。数年単位を覚悟しなくてはならないだろう。下手をすれば一生と言う事もありえる。
弱気かもしれないが、実際に迷宮で探索をしていると楽観など出来るものではない。
それに実をいえば向こうの世界の事で気になる事もある。こちらの世界に来る時に感じた地面の揺れだ。
たぶん地震だろうと思うが、当初は気にしていなかったがよく考えると酷い揺れだったと思う。
立っていられない程の揺れを感じた事など初めてだった。
そもそも向こうの世界は無事なのだろうか。以前からよく言われていた大地震ではないのか。それともテレビやインターネットでちらほら噂が出ていた地球規模の異変の一つではなかったのか。
嫌な想像が脳裏に浮かんでは消えていた。
様々な思いが重なって、トールは進むべき道を迷っていた。
だがどうするにしても、生きるためにはまずお金がいる。そしてトールがお金を得るには、迷宮に行くしかないのだ。
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今トールは『ダンカン亭』という宿屋を拠点に迷宮に行っている。信用できる宿屋としてルイーダから教えてもらったのだ。
一日6Gで朝食に焼きたてのパンが食べ放題。せこいが多少余分に持っていって昼食分を浮かせる事もできる。
食堂としても経営しているため夕食をここで食べれば色々とおまけもしてくれる。もちらん冒険者宿屋なのでリホイミの結界もある。
この宿屋の主はダンカンといって一人娘のビアンカを看板娘として経営していた。
このビアンカ、どう見てもあのDQ5のビアンカのように見えた。見事な金髪を後ろで三つ編みにしている。健康的で活発そうに見え綺麗よりもかわいい、もしくはかっこいいという雰囲気があった。
父親の名もダンカンだから間違いないように思える。もっともゲームのように義理の親子かどうかは分からないし、聞けるような事柄でもない。
ビアンカの歳はトールの一つ上の16歳。ゲームのDQ5よりもやや幼く感じられた。
歳が近く、又冒険者として一人で生活しているトールを気にかけてくれているようだった。
最初は戸惑ったが親切にされて悪い気はしない。居心地も良かったためこの宿屋にいることにしたのだ。
迷宮の探索自体は比較的順調にいっているといって良いだろう。
ルイーダから元の世界の硬貨を売ったお金が手に入った事もあり、装備も整える事が出来たからだ。
一円から五百円の硬貨の6枚セットが1400Gで売れ、手数料と立て替え金を引いても1020Gが手元に残った。
初めは随分と高く売れたと思ったが、諸費用や装備や道具を勝っていくとそれほどでもない事が分かった。
・所持金:1070G
・宿屋の一月分:-180G
・装備品
頭:バンダナ(守+1)【-45G】
身体 上:たびびとのふく(守+4)【-70G】
身体 下:あつでのズボン(守+3)【-80G】
手:布のてぶくろ(守+1、器+5)【-50G】
足:皮のくつ(守+1、避+1%)【-40G】
武器:銅のつるぎ(攻+7)【-150G】
盾:皮の盾(守+3)【-90G】
・道具
薬草:9個【-72G】
毒けし草:9個【-90G】
残金:203G
装備一式そろえるのが如何にお金が掛かるか身にしみて分かった。
例えば布の服一つとっても冒険者用になると普通よりも丈夫で手も掛かっている。特別性のため随分値段が違うので当然なのかもしれない。
冒険の用意をするだけで1000G近くがあっという間に飛んでいった。しかも現実では装備品は壊れたり耐久性がなくなったりで、買い替えの必要もでてくる。ゲームのように買ったら最後、一生壊れないわけではない。
それを考えるとこれからどれ程のお金が必要になるか分からない。
辛うじて200G程手元に残りはしたが、これだけでは心許ない事に変わりはない。
トールとしてはため息を付きたくなる。
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迷宮探索自体は順調に進んでいた。
この迷宮の最大の問題はその広さにあるが、自動地図の存在がその問題点を解決してくれた。というよりこの地図がなかったらと思うと、ぞっとしてしまう。
わざわざ地図作りをしながら、迷宮を進んでいたらどれほどかかるか分からない。しかも迷宮はある程度たつと構造が変化してしまうのだから切りがない。
自動地図がある限り、道順については頭を悩ます必要はない。
とりあえずはその階層で行ける場所に全て行くことにしている。
迷宮の入り口は5つあるが、地下の迷宮が一つの通路で全て繋がっているわけではない。下に降りていくたびに繋がっていき、最終的に5階で一つの迷宮になる。
戦いに関してはやはり装備が違うと安心感も違ってくる。装備した時としない時の違いには感心するしかない。その効果は確かに感じられる。
値が張っても買う価値があるのは、トールにも十分すぎるほど感じられた。
それでもモンスターの攻撃はなるべく防ぐより避けるようにしている。
痛いのが嫌いというのもあるが金銭的な事を考えるとなるべく防具の損傷も抑えたいと思うからだ。防具の防御力を当てにするのは最後のどうしようもない場合のみにしている。
そして『ホイミ』の有用性も身を持って理解した。
呪文は対象に手をかざしながら意識を集中して呪文の名を唱えることにより効果を発揮する。
自分に『ホイミ』をかける場合は、自分自身に手の平を向けて呪文を使うのだが、一瞬身体が温かくなったかと思うと肉体疲労と傷が治っていった。
はっきりいえば感動に打ち震えた。
この世界は元の世界の常識など通用しないファンタジーな世界であることは分かっていたが、その代表ともいえる魔法が使えるというのは、言葉で表せない程の感動を覚えた。
初めて使えたときは嬉しさで、無意味な時でも『ホイミ』の呪文を使ってしまった。
反省すべき事だが、おかげで分かった事もある。MPの使いすぎに注意するということだ。
と言うのもMPがないときに魔法を使うと、一瞬だが意識が途切れるのだ。時間としては一秒もないほどの一瞬なのだが、戦っている時にはその一瞬が惨事を招く事になりかねない。
これから他の魔法を覚える事もあるかもしれないから、魔法を使うときにはMPがどれほどあるのかには気を配るようにする必要があると感じた。
迷宮の1階は、特に問題なく探索を進んだ。
この階層にいるモンスターは、仮期間中に出会ったスライムとドラキーの他はスライムベスしかいなかった。
もちろん他の入り口から入った場合は分からないが、トールがいつも利用する『ルイーダの酒場』の近くの扉、通称『2の門』のから続く地下の迷宮にはこの3種しか確認出来なかった。
スライムとドラキーは戦った事のあるモンスターであり、スライムベスにしてもほんの少しだけ強いスライムでしかない。
一揃え装備を整えた今のトールにとっては手強い相手ではなかった。とはいっても囲まれた時はどうなるか分からない。一応の注意をしながら迷宮を進んでいった。
この時に役立ったのが盗賊スキルの索敵能力だ。意識を集中する事により、漠然とだが周りの事を感じられる。
分かるのはどの方向に何かがいるという程度だが、注意するのにはそれで十分だ。ただしこの索敵能力は非常に精神的に疲れる。あまりに使いすぎると頭がぼうっとして挙句に睡魔に襲われるため多用は出来ない。
どうやらMPを消費しているらしく、怪我をして『ホイミ』を使うときの事も考えるとどのように使用していくか考える必要がある。
ただそれでも盗賊と言う『職』の特性なのか勘が鋭くなったようで、索敵能力を使わなくても何となく何かがいると感じる事がある。そういう場合は大抵モンスターがいたりした。
そんな能力もあって1階は特に問題なく探索は終わった。
探索日数は三日。慎重さを第一にした結果だった。
2階でも探索自体は問題なかった。
モンスターにしても始めて遭遇するモンスターについては油断する事なく戦うようにしている。例えゲームで知っているからといっても、実際は大きく違うからだ。
これはスライムから学んだ事だ。今でこそ勝てる相手だが、初めて会ったときの恐怖は忘れていない。
1階にいた3種の他に、おおねずみ、ゆうれい、じんめんちょうがいた。
おおねずみは単体ではそれほど強くないが、問題は集団で出たときだ。油断すると次から次へと仲間を呼んでくる。如何に素早く仕留めるかが問題になってくる。
ゆうれいはまず見た目からして気味の悪い感じがした。半透明でボロボロのローブを纏ったようなモンスターだが、攻撃が非常に当たりにくい。
手や足、頭部や腹部と思われる部分を攻撃しても一向に効き目がなく、結局銅体の真ん中、人で言う心臓辺りを攻撃しない限りダメージを与えられない事が分かった。
これが分かるまでは結構苦労した。
ゆうれいが攻撃力自体あまりなく動きも遅かったため、逃げたりしながら調べられたのだ。
普通の攻撃では通用しないのでは、ということも頭をよぎったが、ゲームでは普通に剣でダメージを与えていた事を思い出して何度も攻撃を繰り返した。
ゲームの事の全てを鵜呑みには出来ないが、全く当てに出来ないわけでもない事が分かったのは重要な事だった。
じんめんちょうはその攻撃力はそれほどないいが厄介な存在だ。敵で始めて魔法を使ってきたからだ。
『マヌーサ』、幻影を見せる魔法だ。
掛けられた瞬間視界がぶれて白い靄に包まれた。そんな中でじんめんちょうがいきなり分身したように見えた。
その時は驚いてその場からすぐに逃げ出した。何度か攻撃を食らいながらも何とか逃げ出す事に成功した。
精神系統の魔法に掛かるか否かは、その時の精神状態によるところが大きい。
例えるのは難しいが精神に掛かる圧力、プレッシャーを更に強くした感じだろうか。それを跳ね返し自分の意識をしっかりと持つ事が精神系統の魔法に抵抗するのに必要な事だと身を持って理解した。
もっともそれほど頻繁に使ってくるわけではないし、攻撃力もさほどないため単体では脅威ではない。他のモンスターを組んだときこそが厄介な存在になる。
ある意味最初に仕留めなければいけないモンスターだった。
探索は1階の時と変わらず、盗賊スキルである索敵能力を使いながら、なるべくこちらから攻撃が出来るようにしながら移動していく。
基本的に出会ったモンスターは狩る事にしている。レベルアップによる能力強化は生きていくうえで必要不可欠だからだ。
だがモンスターが集団の場合は逃げる事もある。無理はしない。これが一人で迷宮を探索するのに気をつけなければいけないことだからだ。
そんな中で一つ発見をした。盗賊スキルの上げ方だ。
当初は戦った後に熟練度が上がっていたため、戦う事が熟練度アップの条件なのかと思っていたが、それでは1階のときに上がらなかったのはおかしい。
では何が違うのか。それを調べるために数回検証した結果、不意を付いて先制攻撃する事が熟練度の上がる条件だと分かった。
1階では基本的に手強い相手がいなくなったため、索敵でモンスターがいる事が分かると、心構えをして普通に遭遇してそのまま戦った。
その際の攻撃はほとんどトールからの攻撃になるがそれだけでは駄目だということだ。あくまで不意打ちをする事が重要なのだ。
2階になってモンスターが少し手強くなったため、トールは用心の為に索敵能力を使っての待ち伏せからの不意打ちするようになっていた。それが結果的にプラスに働いたのだ。
待ち伏せしながらであったため迷宮の探索としての進みは遅く2階は四日かかった。
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冒険者といってもいつも迷宮に潜っているわけではない。そんなことをすれば疲れて参ってしまう。
肉体的な疲れは回復魔法などでどうにかなるが、精神的な疲れはそうはいかないからだ。ある意味休息をとる事も冒険者の仕事の内といっても良い。
自由業だから休日は基本自由にとる。
それはトールにしても同じだ。
2階の探索も終わり、切りが良いところで休もうとした。だが何故か不安を感じ、いてもたってもいられなくなってしまう。
慣れない世界でたった一人で生きていかなくてはいけない。
特に『渡り人』であるトールには、この世界で心の底から頼れる人物はいない。元の世界なら未成年で親の庇護の元にいるはずなのだから、その不安は計り知れないものがある。
そんな中で精神的な疲れももちろんあるが、休んでいて良いのかとも思ってしまうのだ。
何かをしなくてはいけない。ある種の脅迫観念に近いものがあった。
何とか気晴らしをするにしても、この世界での気晴らしの方法が分からない。この世界にはネットもゲームもテレビもない。
どうすればいいのか。
考え付いた事はひとつ。迷宮探索以外でこの世界で生きていくために必要な事をすれば良い。
では何をするか。答えは本だ。
トールは言語スキルというスキルを持っている。これは知らない言葉を話したり、知らない文字を理解できるようにするスキルだ。
このスキルによってトールは今この世界の言葉を話すことができるわけだが、文字は読めると言うには程遠い。
この世界で生きていくためには、文字がしっかりと読み書きできた方が良いに決まっている。
そしてスキルアップの仕方にも心当たりがあった。
それは街での店の看板や食堂でのメニューを見ていたときだが、初めは何が書いてあるのか全く分からないのに、ぼうっと見て言ううちに、段々と書いてある事が理解出来てきたのだ。はじめは何が起こったのかと思ったが、その内にそれが言語スキルの恩恵である事に思い至った。熟練度がアップしている事も確かめた。
それ故に本を読む事を選んだ。読書自体は元の世界でも良くしていた事だ。
気晴らしになるかもしれないし、言語スキルがアップすること事を考えると、一石二鳥だ。
もっともまだ言語スキルが完璧でないため、書いてある言葉が直ぐにわかるわけではない。本を読むにも一苦労だろう。
疲れる作業になるだろうが、少なくともその間に不安を感じる事はないだろう。
トールは本を読むために街に出た。行き先は街の図書館だ。
この世界は印刷技術が未熟なため、本が非常に高価だ。今のトールには本を買う余裕はない。そのために図書館へ行くのだ。
誰でも中に入れるわけではないが、冒険者としての身分証明はこんな時にも役に立つ。
入館料として5G。本の貸し出しは出来ないが、お金を払うことによって図書館の中で読むことはできるのだ。
こんなふうにしてトールの休日は過ぎていくのだった。
――― ステータス ―――
トール おとこ
レベル:8
職:盗賊
HP:42
MP:26
ちから:19
すばやさ:14+10(+10%)
みのまもり:9
きようさ:28+5(+10%)
みりょく:18
こうげき魔力:11
かいふく魔力:12
うん:10
こうげき力:31
しゅび力:22
言語スキル:1(会話、読解)【熟練度:85】
盗賊スキル:1(索敵能力UP、常時すばやさ+10)【熟練度:45】
剣スキル:2(剣装備時攻撃力+5、ドラゴン斬り)【熟練度:4】
ゆうきスキル:1(自動レベルアップ、ホイミ)【熟練度:92】
経験値:1213
所持金:941G