DQD 7話
「じゃあ、これから登録するから着いてきて」
そう言うとルイーダはカウンター脇の扉を開け、中に入っていく。普段は閉められ鍵も掛かっている扉だ。
徹も後について扉から中に入ると、下に降りる階段があった。
20段ほど降りると又扉がある。ルイーダがその扉を開け入っていくのに続いて徹も入る。
そこは10畳ほどの石室で、奥に女神像が祭られていた。床や壁、天井自体が仄かに光り、幻想的な空間を醸し出していた。
地下であるはずなのに、じめじめとした湿っぽさは一切ない。それどころか心地よささえ感じられた。
ここが神殿だと言われれば信じてしまうほど、清らかさがあった。
ルイーダは女神像の前に立って徹のほうを見る。
「ここが登録を行う場所よ。女神像に願う事でその奇跡と加護が与えられるわ。時間はそんなに掛からないけど、登録の際にこれから冒険者として生きていくうえでの重要事項が決められるからそれについて説明するわ」
そうしてルイーダが話し始めたのは、冒険者の職についてのことだった。
冒険者になるということは、職を持つということでもある。
職を司り、加護を与えるダーマによって全ての冒険者には職が与えられる。
職は、基本職として戦士、武闘家、魔法使い、僧侶、盗賊、商人、芸人がある。特殊職として魔物使いなどがあるらしいが、これらは素質が必要でなろうとしてなれるものではないらしい。
後、上級職と呼ばれるものもあるとのことだ。
このあたりは、ゲームのドラクエと余り代わりがないようだ。
冒険者として登録する際に、職により様々な加護があるらしい。
戦士なら攻撃力と体力、武闘家なら素早さと攻撃力、魔法使いなら攻撃魔力とMP、僧侶なら回復魔力とMP、盗賊なら素早さと器用さ、商人なら交渉力と金運、芸人なら器用さとボケ、等がある。
一度なった職は生涯変われない訳でもない。
ダーマの神殿で職を変える『転職』が出来る。だがこの転職は、神が一人前になったと認めない限りする事が出来ない。これが難しい。ある者は何年経っても『転職』が許されないかと思えば、ある者は数月で『転職』できる。神の気まぐれではなく、何か基準があるとダーマの神殿では言われているが、その基準というものが今一分からなかった。
そして職を得た事により神から与えられる奇跡が『スキル』である。戦士には戦士の、魔法使いには魔法使いの独特な『スキル』があり、職への熟練度に応じて様々な技や術が使えるようになえる。
『スキル』は職のほかにも、武器を使う事により覚える事もある。同じ武器を使い続ければ『スキル』を得ることが出来る。
又、個人が 生来持っているスキルもある。
とにかく職は冒険をする上での重要事項であるが、自分で選ぶ事は出来ず勝手にランダムで決められてしまう。
そのため筋肉隆々でいかにも戦士や武闘家が似合う男でも魔法使いになってしまう事もあれば、魔法の勉強をしてきた者が戦士になる事もあった。
ただ多くの場合は、それほど似合わない職になる事はなく無難と思える職が選ばれる。例のような場合は余程運がない場合か、隠れた才能がある場合だろう。
どのみちすぐには転職できないのだから、就いた職で頑張るしかないのだ。
ルイーダは説明を終えると、真剣な顔つきで徹を見つめた。
「これより冒険者の登録を開始します。あなたの冒険者になる意志に変わりはありませんか」
「はい」
「では始めます。
邪を滅し、魔を打ち倒す者。いずれ神の御許を訪れる勇者にその奇跡を与えたまえ」
徹を中心に床に光が円を描いていく。円の光が天井へ向かって伸び、徹を包み込む。
全てが白の世界で上下が曖昧になり不思議な浮遊感に襲われた。
時間にして10秒ほど続くと光は収まり、徹の目の前には一枚の鈍い銀色の金属性のカードがフワフワと浮かんでいた。
奇妙な体験で呆然としていた徹の意識をルイーダの声が引き戻した。
「それは君のものよ。冒険者として認められた証。身分証明書でもあるから大事にね。ここでの作業はこれで終了よ。後は上で書類作業を終えれば一端の冒険者ね。いろいろな説明もあるし、まずは上に戻りましょう」
徹は目の前で浮かぶカードを手に取る。厚さ1mmほどの厚さで片面には何もなく、もう片面には徹の良く知る紋章が描かれていた。それは神鳥ラーミアの紋章、別名ロトの紋章だった。
この紋章がこの世界でどういう意味を持つのかは分からないが、ここで悩んでいても解決する事はないだろう。
まずは上に戻るべきだ。そこでのルイーダの説明で多少は解決できる事もあるのだろう。
徹は部屋を出て上の酒場に向かった。
****
「カードを持って「ステータス」と念じれば、そのカードの何も描かれていない面にレベル、職、身体能力を数値化したもの、スキル等が浮かび上がるわ」
(ステータス)
徹は言われたとおりに心の中で念じていると、手に持ったカードに文字が浮かび上がってきた。
「どう、ちゃんと出てきたでしょ。見せてみて」
「いいですよ」
徹がルイーダに見せたカードには次のような事が書かれていた
レベル:6
職:盗賊
HP:38
MP:18
ちから:15
すばやさ:11(+10%)
みのまもり:9
きようさ:23(+10%)
みりょく:15
こうげきまりょく:8
かいふくまりょく:9
うん:8
言語スキル:1(会話、読解)【熟練度:52】
盗賊スキル:0(索敵能力UP)【熟練度:0】
剣スキル:1(剣装備時攻撃力+5)【熟練度:35】
ゆうきスキル:1(自動レベルアップ、ホイミ)【熟練度:48】
「ふーん、職は盗賊か」
初めは少し微妙な職と感じた。
出来れば戦士か武闘家が良いと思ったが、一人で探索をする以上、素早さが身上の盗賊は先制攻撃も出来るだろうし、危険な時も逃げやすいだろう。戦いもそれなりに出来し、よく考えるとなかなか良い職に就けたと思う。
職のスキルを挙げる方法については諸説ある。ゲームのように戦えば上がると言うものではないらしい。
戦士、武闘家は確かに戦えば職のスキルは上がっていくのだが、それだけではその内スキルが上がらなくなっていくとの事だ。
ある人物では有効なスキルの上げ方が、ある人物では全く駄目と言う事もある。
盗賊や商人などは今一明確になっていない。ただ戦えば上がる場合もあったり、商人では実際に商売をしなければスキルが上がらない事もあったり、盗賊ではその名の通り盗みをして上がる事もあったという。
この辺りのスキルの上げ方については、実際に色々と試行錯誤をする必要がある。
スキルの後ろにある熟練度が100になるとスキルは一つ上がるらしいから、熟練度の数値を見ながらやっていくしかないだろう。
他者に聞くというのも一つの手なのだが、知人のいない徹には無理なことだ。それにスキルに関する情報は街の情報屋で売買が出来る情報として扱われているため人に教える事も少ないとの事だ。
そして職のスキルが上がったときに身につけられるものも、皆が同じような術や特技になるわけではない。
もっとも簡単な例として魔法使いをあげると、スキルが上がり呪文を覚えたとしてある魔法使いがメラ系の最上級であるメラガイアーまで覚えれたとしても、ある魔法使いはメラミまでしか覚えられない。つまり全ての系列呪文を覚えれる者もいれば、どの系列呪文も中ほどまでしか覚えられない者もいる。ある系列呪文に関しては全く覚える事ができない者もいる。つまり相性や素質が少なからず影響を及ぼしている。
これは他の職でも同じで、スキルが上がりどのような術や特技が覚えれるのかは実際に上がるまは分からないのだ。
「スキルは盗賊のほかに、剣とゆうきそれに言語のスキルがあるわね。ひのきのぼうは木剣扱いだから、今まで使っていたからスキルが付いたのね。剣は盗賊職で上がり易いスキルの一つだから丁度良いわね」
「上がり易い?」
「武器スキルは職によって上がり易い、上がり難いがあるわ。勿論どの武器を使うかは本人の自由だけど、極端な例を言えば魔法使いの職で、ハンマーみたいな重装備の武器スキルは上がり難いってことよ。ちなみに盗賊は剣、短剣、爪、素手の武器スキルが上がり易いわね。武器スキルはとにかくその武器を使い続けることがスキルを上げる秘訣らしいわ。もっともでたらめな扱いじゃあ駄目だって聞いたわ。後、このゆうきのスキルは君が持つ独自のスキルね。この独自のスキルは、レベルが上がるにつれて色々な特技を習得できるらしいわ」
レベルが上がったのにあわせてゆうきスキルも上がる。そして特技の自動レベルUPと呪文のホイミを身につけられたのは幸いだった。どちらの非常に役に立つ。
魔法を使う感覚がどういうもの感じか知りたいが、無傷の今使っても何起こらないだろう。これは迷宮で疲れたときに使ってみる事にした方がいい。
「後はこの言語スキルね。『渡り人』の特殊スキルって聞いたことがあるわ」
「特殊ですか」
「そうよ。それがあるおかげで今こうしてわたしたちは話すことが出来るのよ。スキルが上がれば、更にいろいろな言葉が分かるようになるはずよ」
「上げ方は……」
「分からないわ」
「そうですよね」
職業スキルでさえ上げ方が良く分かっていないものがあるのだ。特殊スキルで分からないのも当然といっていいだろう。
「さて、冒険者についての説明だけど、まずは登録を終わらせましょう。とはいっても過ぎに終わるんだけどね」
そう言うと、ルイーダは一枚の紙を取り出すと、テーブルの上に置く。何も書かれていない無地の紙だ。
「まずは、そのカードをこの紙の上において」
言われたとおりに徹は紙の上にカードを置く。一瞬、カードと紙が光ったかと思うと、紙に文字が浮かび上がってきた。
「その紙は、契約の神書といってカードの情報を読み取ってその情報を書き出していくの。後は君が自筆でサインするだけよ。はい、これで書いてね」
ルイーダはペンを徹に差し出す。
「トール・ナルミでも、名前でトールだけでもいいわ。まあ、はっきりいうと偽名でも構わないの。自分で書くということに意味があるんだから。字も君の知る文字で書いて構わないわよ」
徹は少し悩んでから、紙に書き初めた。
『トール』
こう書いたのには、意味がある。今の自分と元の世界にいたときの自分が同じとは思えなかったからだ。
少なくともこんな風に戦えなかったし、これから戦って行く上でもっと変わっていくだろう。
人を傷つけたり、殺してしまう事もあるかもしれない。
これはただの逃げだが、そんな事をするのは別の人間だと思いたかったのかもしれない。でも、それをするのは自分だと認めている部分もあった。
だから、呼び方に差異はなく、表記が違う名前を書いた。
後、トールといえば、元の世界で北欧神話の戦神であり、雷神でもある神様の名でもある。つまり、そのぐらい強くなりたいとの思いもあった。
名を書き終えた時、再び神書は光を放った。
「これで、登録は終了よ。じゃあこれから冒険者が得られる特典や義務について話すわ。特典については前に少し話したけど、この街のお店での割引があるわ。それと後はこれね」
ルイーダは皮製のような袋をトールの前に置く。
「これは『大きな小袋』って言われているものよ。矛盾しているみたいだけどこの袋の特性を現しているわ。見た目小さな袋だけど、実際にこの中に入る量はそれよりもたくさん入るの。無限に入るとは言わないけど鎧一式が5,6組くらい入るわ。それで重さも変わらない優れものよ。後、これは個人商会からの協力なんだけど、トルネコ商会がお金と荷物の預かり所を行っているわ。登録料として100G必要だけど、それだけ払えばどれだけでも預かってもらえるわ。詳しくはトルネコ商会の方で聞いた方が良いわね。場所はこの東区で一番大きな建物だから、聞けば教えてもらえるわ。もう一つはこれね」
ルイーダは再び皮製の風呂敷のような物をトールの前に置いた。
「それは自動地図よ。迷宮で通った所を勝手に記載していくわ。自分のいる場所も分かるようになってるの。この迷宮は無駄に広大だからこんな物でもなければ迷い死んでもおかしくないわ」
ルイーダの言うことは分かる。仮期間中は階段付近から離れないようにしていたため気にしないでいたが、あの同じような風景がつづく迷宮の中では方向感覚が狂ってしまう事もあるだろう。
思い返してみれば、子供の頃の遊園地にあった小さな迷路でさえ迷ったのだ。街の地下に広がる迷宮ならどうなるか。考えなくても答えは明白だ。
それを考えると、これは何物にも変えがたい一品だ。オートマッピングの機能がある地図、冒険者の必需品として渡されるのも分かる。
「後は義務の事だけど、これは上納金が必要で、月毎に100Gが基本よ。これに階層を5階降りる度に+50G、レベルが10上がるたびに+50G、ここの冒険者として登録されてからの年数で一年ごとに+100Gよ。つまり地下6階まで降りてレベル10で一年目なら200G、地下16階まで降りてレベル20で二年目なら450Gという感じね」
つまり強くなればなるほど、上納金は増えるということだろう。もっとも決して払えない額ではない。いや割と楽に払える額だ。
仮期間の一週間でさえ300G近く稼げるのだ。正式な冒険者となれば一月で上納金の分くらいは楽に稼げるだろう。いや、この程度稼げなくては、迷宮に潜る価値もないということなのだろう。
この世界の1Gは、日本円に換算すると1000円位の価値と思って良いだろう。
宿屋や仕事の日給などの物価からみるとそれほど間違いではないはずだ。
ゲームでは分からない事だが、金の単位としてはG(ゴールド)の下にS(シルバー)という単位が存在する。100Sで1Gだ。普通の買い物ではGよりもSの方が良く使う。
これらのことを踏まえると、この世界で冒険者が高額取得者なのだと分かる。もっとも命がけの仕事といっても良いのだから、このぐらいの儲けがあってもいいのかもしれない。
それに装備等に掛ける金額も一般人とは比較にならないほど高額になる。良い装備をそろえようとすれば、きっとこの儲けさえも物足りなくなるだろう。
だが、上納金程度は問題にならない。この金額が問題になる時は冒険者を辞める時なのだろう。
「分かりました。一番大事な事は上納金さえ納め忘れなければいいんですね」
「そうね。割引にしても真っ当なお店なら勝手に割り引いた値段で売ってくれるし、袋にしても地図にしても実際に使わない事には分からないと思うわ。あとはそうねえ、迷宮の事で注意点があったわ。迷宮は地下に降りれば降りるほど、モンスターは強くなっていくんだけど、5階層ごとにモンスターがガラリと変わるの。つまり1階から2階、2階から3階へ降りていった時のモンスターの強くなり方より、5階から6階、10階から11階の方が強くなってるのよ。別物と思っても良いわ。ここで油断して死んでしまったり、冒険が出来ない身体になったりする冒険者が多いから特に注意してね。後10階ごとにとてつもなく強いモンスターがいるってことよ。これにも気をつけてね」
「分かりました」
「こちらからの連絡事項はこれだけよ。そちらから質問があるなら、答えられる事については答えるわ」
「とりあえずはないですね。一度迷宮に潜ってみない事には何ともいえませんし」
「それもそうね。後からでも答えられる事については答えるからその時に聞いてくれればいいわ。それじゃあ、後わたしから一言」
ルイーダはコホンとひとつセキをしてから、真面目な顔でトールを見つめた。
「冒険者トール。これからのあなたの活躍を期待します」
こうしてトールは名実共に冒険者になった。
本日の収支
貯蓄:252G
収入:100G
返却:―300G
宿代:―2G
収支決算:50G
――― あとがき ―――
ここまでが序章になります。
あえて題名をつけるなら『渡り人 鳴海徹』でしょうか。
これからが冒険の本番になるでしょう。
何とか終わりまで書き続ければいいと思います。
それでは、また会いましょう。