DQD 6話
~ 7日目 ~
「今日、明日は迷宮への立ち入りは禁止だよ」
朝から迷宮に入ろうとした徹は門番に止められた。
今迷宮は変化期に入ったらしく、今日、明日の二日間、迷宮への侵入を禁止しているとの事だ。
迷宮の変化期には、迷宮内の構造がガラリと変わる。もし変化期に迷宮内にいれば壁や天井によって圧死してしまうだろう。ただし階段室のある場所だけは変化しない。
迷宮が変化する理由についてはよく分かっていない。モンスターが一箇所に集まってしまわないようにするためだ、ともいわれているが確証はない。
神の気まぐれ、又は神が与える試練の一つだとも言われている。
迷宮が存在するようになって数百年経つが、よく分かっていないことの方が多い。いや、神の御技によって造られたこの迷宮を調べることは禁忌だと、教会は考えているのかもしれない。
教会からの特別な許可があれば変化期に迷宮に入ることも例外的に認めるそうだが、そんな特例は滅多にないと思った方が良いとの事だ。
あっても仮冒険者に許可など出るはずもない。
それを言われてはどうしようもない。
少しの間呆然として迷宮の入り口の前にいたがどうにもならない。徹はため息をついて酒場に戻るしかなかった。
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まだ朝早く飯時でもないため、ルイーダと徹しかこの場にはいなかった。
「ついてないわねえ」
カウンターで落ち込んでいる徹を見てルイーダはそう言うしかなかった。
迷宮の変化期は大抵50日周期で行われる。多少のずれがあっても前後に5日程度だ。だが今回に限ってそれが早まった。前回の変化期から今日で36日目。
この期間での変化が今までなかったわけではない。記録では20日程で変化期になった事もあるが、ここ10年ほどは50日程の周期で安定していたため、それが常識になっていた。
ルイーダにしてもそうだ。本来常識の通用しないはずの迷宮に常識を当てはめていた。
だが、これはルイーダを攻めれるものではない。神の悪戯と言っても良い出来事だからだ。
まさしく運がなかったのだろう。
だが徹としては、それであきらめるわけにはいかない。
元々達成出来ないのであれば諦めも付くが、予定通りに行けば目標金額を達成する事が出来たのだ。
これでは納得できるものではない。
「ルイーダさん。期間の延長なんて事は……」
「無理よ。確かに気の毒だけど、こういう運も冒険者にとっては大切な事だから」
「……ですよね」
分かってはいたが一応の確認だ。
「なら、何処か日雇いで稼げるところって知りませんか?」
「勿論知っているわ。だけど、一応聞いておくけど後いくら必要なの?」
「50Gです」
「残念だけど、そこまで高額なものはないわ。あっても15Gよ。それでもいいなら紹介するけど……どうする?」
徹はため息を付いてから、首をゆっくり横に振った。
明らかに手詰まりだった。
昨夜寝る前には、条件はクリアー出来るものと思い込んでいた。
迷宮にさえ入れるならクリアー出来ると今でも思っている。
だが、今となっては話は別だ。
このままではクリアーが出来ない。それは即ち一年間自由が拘束される事を意味している。
納得出来ない。出来るはずがない。運命はあまりにも理不尽だ。
だが嘆いているだけでは事態は好転しない。何とかする手を考えなくてはならない。
普通に一日働いて稼げる金額ではない。では普通ではない仕事ではどうだろうか。
どちらにしても当てがない。ルイーダに真っ当でない仕事を聞いても教えてはもらえないだろう。ならば、街へ行って自ら探すか?
未だに街の地理さえ良く分かっていないのだ。それにこの世界の常識にも未だ疎い所がある。騙されて終わりになるかもしれない。
ならば借金はどうか。冒険者にさえなれれば返せる当てはある。だが借りれる相手がいない。
もしルイーダが貸してくれるのなら、初日の100Gをなくした日に、幾らか貸してくれるはずだ。知りあいもいないから、知人から借りる事も出来ない。
金融会社らしきものはあるだろうが、その場所も分からない。まともな金貸しかどうかも分からない。下手に足元を見られるようなことになればとんでもないことになるだろう。
それならば教会に一年間奉仕のほうがいいだろう。少なくとも教会相手なら騙されるような事はないだろう。
だがこの考えはまだ早い。何か手を考えなくてはいけない。
ひのきのぼうと布の服は売れるだろうが、焼け石に水と言って良いだろう。
後、売れる物といえば元の世界から徹と一緒にこちらに来た荷物だ。ただガラクタ扱いされる可能性もあるし、手放したが最後二度と手元に戻ることはないだろう。
ルイーダからも元の世界からの物で珍しいものは、あまり他人に見せない方がいいと忠告を受けている。それが原因で変な連中から狙われる可能性がないともいえないからだ。
正にお手上げ状態だった。
ここまでの頑張りが全て無駄になるかと思うと悔しくもあった。
荷物を売るしか手はないのだろうか。あの荷物は元の世界とのつながりを感じさせる物だ。出来れば手放したくない。
六日で252G、これで初日の100Gがあれば、クリアー出来ているのだ。
貯めたGを見てため息をつくしかなかった。
(いや、待てよ)
Gを見ていて不意に閃いた事があった。
そう、お金だ。徹にはまだお金がある事に気づいた。それはこの世界の通貨であるGではない。元の世界のお金だ。
勿論そのまま使うと言う意味ではない。美術品、工芸品として売る事が出来ないか、と言う事だ。
日本の貨幣もお札もその出来の精巧さは群を抜いている。この世界なら美術品の一つとしての価値も出るかもしれない。
DQⅨのグビアナ金貨・銀貨・銅貨という売り専用のアイテムのような存在にならないだろうか。
もしくはちいさなメダルの一種として見ることも出来ないだろうか。枚数もそれなりにある。
元の世界には世界中の通貨を集めるコレクターなどもいた。この世界にも珍品を集めるコレクターがいるはずだ。
ただ普通の道具屋では駄目かもしれない。ただのガラクタや紙切れとしての価値しか見出せないかもしれないからだ。
それなりのところに持っていったほうがいいのだろうが、勿論徹には分からない。となれば手は一つだけだろう。
「ルイーダさん」
「えっ、どうかしたの?」
「ちょっと見てほしいものがあるんですけどいいですか」
「ええ、かまわないわ」
「少し待っていてください」
徹はすぐさま二階の休憩室から財布を持ってくると、10円玉を取り出してルイーダの前に置いた。何故10円玉なのかと言えば、それが一番多く財布の中にあったからだ。
不思議そうな顔でルイーダは10円玉を手に取りじっと見ると、次第に驚きへと変わる。
「何これ、こんなに精巧に彫ってあるじゃない。しかも裏も表も」
「僕の国のお金です」
「へぇー、そうなんだ」
何度も見ながら感心したように言う。ゴールドは無地に数字が書いてあるだけだからルイーダの反応も当然だろう。
「そうなんです。それで相談ですが、それ、売れませんか?」
ルイーダはハッとした様な表情になってから、顎に手を当てて考え込む。
「……売れる……と思うわ。いえ、売れるわよ。これだけ精巧な彫物はそんなにないわ。ただ相手は好事家に限られるわね。普通店じゃあ買い取ってもらえない可能性のほうが高いわ。価値が分からないって事で。あとこれ一枚きりだと寂しいわね。他にはないの?」
「ありますよ」
一円玉、五円玉、50円玉、100円玉、500円玉を並べる。
「それでルイーダさんは、その好事家に心当たりはありますか」
「あるわ。紹介して欲しいのね」
ここまでくれば徹の望みもルイーダにも分かる。
「はい」
「でもすぐには無理よ。相手は数人いるけど、皆、忙しい人ばかりよ。予約もなしにすぐには会えないわ」
ルイーダの言葉には一理ある。だが徹にはそれで納得する事が出来ないわけがある。そしてそれはルイーダにも良く分かっていた。
「だから、わたしを仲介として雇わない。報酬は売値の一割で良いわ」
ルイーダは徹にニコリと微笑んだ。
それは願ってもない申し出だった。だが問題の解決にはなっていない。お金が欲しいのは今なのだ。
「とりあえず手付けは100Gでいいでしょ」
「えっ、いいんですか」
「ただで渡す事は出来ないけど、それが商売や仕事の報酬として適切なら構わないわ。これは商売で私にも利益がある。何の問題もないわ。それでどうするの?」
「お願いします。報酬は二割払います」
「分かったわ。とりあえずどう売っても手付けの倍程度の金額にはなると思うわ。じゃあ、手付けのお金を持ってくるからちょっと待っててね」
ルイーダは手に持った10円玉を置くと、酒場の奥に入っていった。
もう駄目かと思ったが、何とかなった。
よく考えると、もっと早くにこのことを思い付いていれば迷宮で苦労しなくても良かったのだろうか。いや、これからも迷宮で冒険をしていく上で今回のことは良い経験になった。最弱の装備で頭を働かせながら、張り詰めた緊張感の中で集中して戦った経験はこれからもきっと役に立つはずだ。
この苦労は無駄にはならない、徹はそう感じていた。
その後ルイーダが持ってきた100Gに、迷宮で集めた内の200Gを足して300Gをルイーダに渡した。
これで冒険者になる条件をクリアーする事が出来た。
徹は安堵のため息を付くと、そのままカウンターに突っ伏した。