DQD 3話
徹はこの世界を楽観視していた。
最初に会ったのがルイーダという女性であった事がその要因の一つだろう。善良と言って良い性格であろうし、また美人でもあった。
初めは訳の分からぬ状況に混乱もしたが、ルイーダと話していった結果、微かにだが元の世界に帰る道が見えてきた。
ただでさえドラクエの世界のように思えてならないのに、まるでゲームのオープニングイベントのような展開だ。
ドラクエといえば危機的な世界でありながらも、街の住人は何処か牧歌的な感じがする。
そんな意識が徹にはあったのかもしれない。
精神的に疲れていた事もあったのだろう。
だがそれは全て今更のことだ。
事実だけを語ろう。街に出た徹の身にあった事を。
騙され、有り金の全てである100Gを奪われ、殴られて昏倒させられた。
だがその後、助けられ『ルイーダの酒場』へ運ばれたのだからまだ運はあるのかもしれない。
とりあえず街の探索は、一時間も経たず終わりを告げる事になった。
****
目を開けたとき、視界に入ったのはいかつい顔でモヒカンの大男だった。
何事かと思い身構える徹に大男はニコリと男くさい笑みを浮かべる。不思議と嫌悪感はなかった。
「ルイーダさん、起きたようですよ」
「本当に?」
そう言いながら現れたのはルイーダだった。
徹には今の状況が良く分かっていなかった。酒場から外に出て街を見て回ろうとしたところまでは覚えている。だがその後の記憶がない。
周りを見渡せば、ここが酒場の休憩室だと分かる。徹の荷物もあるのだから、間違いはないだろう。
陽は沈んだのか窓の外は暗く、ランプが部屋の中を照らしている。
徹の記憶ではまだ昼間だったはずだ。酒場に戻った記憶はない。
「大丈夫?」
「あっはい」
「君ね、街の路地裏で襲われていたらしいの。そこをハッサンに助けられたのよ」
ルイーダはそう言いながらが大男、ハッサンに視線を向ける。
「お礼を言ったほうがいいわね」
「……そうですか。ありがとうございます」
今一実感はないがとりあえず身体起こし、ハッサンに頭を下げる。
ハッサンの名を聞いて思い出した事は、ドラクエⅥで同じ名前のキャラがいたという事だ。モヒカンで筋肉隆々の大男。あのキャラも現実にいるとすれば目の前の大男のようになるはずだ。
「なーに、良いって事よ。あんな場面を見て放っておくなんて男が廃るってもんよ。ところで本当に身体の具合は良いか?一応ホイミは掛けておいたが、何か異常があるなら教会に行っておいたほうがいいぞ」
「とりあえずは大丈夫みたいです」
手先を動かしてみたり、肩を一回転させたり、首を回したりしてみるが、おかしな感じはしない。
「そうか。それならいいんだ。だがいきなり災難だったなあ。ルイーダさんに聞いたが仮登録中なんだろ。初っ端で躓くなんてなあ……」
「……初心者狩り……ね」
ルイーダがふうっとため息をつく。
「多分そうだろうな。うっとうしい奴らだ」
聞くところによると、仮登録の冒険者を狙って襲う連中がいるらしい。支度金の100Gはそれなりの額だ。この街に夢を見て田舎から出てきた若者達は、彼らにとってカモらしい。そのまま連れ去られることもあるそうだ。
街に来たばかりなら知り合いもいない。よっていなくなっても気にする者は少ない。しかも初心者が始めての迷宮でそのまま死んでしまったりすることは、時折あることだからだ。金だけですんでまだ運がいいらしい。
もちろん警備はしているし、そのために事件も少なくなってきているが、やはり完全になくなるという事はない。
このゴッドサイドは聖地の一つに数えられているが、実質教会の勢力が強いのは北区であり、そこは外壁で囲まれた街の中で更に壁で囲まれている。教会関係者と他一部の者だけが入る事が出来る特区となっている。
他の場所は他の大きな街と変わりはない。歓楽街もあれば、スラム化した場所もある。
ここは『天空の塔』という神の園に最も近き場所であり、『邪神を封じた迷宮』がある邪に近き場でもあるという正邪が混在した街だ。
結局のところ、人が大勢になればどのような所でも犯罪は起こる。それが聖地といわれているような場所でも変わらないだけだ。
「注意しなかったわたしのミスだわ」
ルイーダは額に手を当て再びため息をついた。
「それは違うぞ、ルイーダさん。被害にあった本人を目の前に言うのもなんだが、この坊主も仮にとはいえ、冒険者を名乗ってるんだ。冒険者は自分の行いに自己責任をもつ義務がある。だから俺たち冒険者はこの街でいろんな権利を受けられるんだ。これが一般人で被害を受けたなら話は別だ。憲兵に文句の一つも言えば良い。だが、この坊主はもう違うんだ。誰にも文句は言えない。言うなら自分自身にだけだ。まあ今回は高い授業料を払ったと思うんだな」
ハッサンは真剣な表情で諭す様に言う。
徹にしても、ルイーダに文句を言うつもりはなかった。
だんだん記憶が甦ってきたからだ。
徹が街に出て周りを見回している時に一人の男が話しかけてきた。歳は十代後半ぐらいの特徴があまりない普通の男だった。
「自分も冒険者になったばかだから、同じような人に話しかけたんだ」そんなふうに話しかけられた。
警戒はあまりしなかった。異世界の街並みは何処か現実感がなく、珍しい風景に浮かれていた性もあったのだろう。少し話をした後に、街を案内するという男の言葉に徹は頷いてしまった。
そして少し街を見て回った時、近道をするといわれ裏路地に入っていく男にそのままついて行ってしまった。そして少しした後に後頭部に衝撃を受けた。
これが街でのあらましだ。
ハッサンはこの時たまたま裏路地に入っていく二人と、その後に続くように入っていく数人のガラの悪そうな男達を見つけた。様子が何かおかしいと思い後を付いて行くと、倒れた徹と徹を囲んでいたガラの悪い男達がいたのだ。ガラの悪い男達は、ハッサンに気づくと、すぐさまその場から路地の奥へと逃げていった。見事と言って良い逃げっぷりだったらしい。
ハッサンは一瞬男達を追おうと思ったが、倒れている徹を放っておく事も出来ず徹を助けることを選択した。
その後は仮登録のペンダントがあったため徹が冒険者だと知り、ハッサンはその場から一番近い『ルイーダの酒場』に来たのだ。
徹は正しく運が良かったのだろう。たまたまハッサンが見かける事がなかったら、今頃どうなっていたか分からないのだから。
「そう思う事にします。今回は本当にありがとうございました」
記憶を思い出した今、改めて頭を下げて礼を言う。
「ルイーダさんも心配を掛けてすいませんでした」
「わたしのことは気にしなくてもいいわ。ハッサンはああいうふうに言ったけど、これはやっぱり注意しなかったわたしのミスだと思うから。それに取られた100Gのことだけど変わりの用意は出来ないわ。これは決まりだからどうしようもないの」
ルイーダは済まなそうな顔をする。
「そのあたりの事情は分かるつもりです。何とかひのきのぼうと服は残ってますから、まだ何とかなります。気にしないでください」
「ええ、分かったわ。君がそう言うならそうするわ」
「よく言ったな、坊主。それでこそ男だ」
ハッサンが徹の肩をバシバシと叩きながらガハハッと声を上げて笑う。しんみりとした雰囲気を吹き飛ばす豪快な笑い声だった。
「さてと、坊主も無事に目を覚ましたことだし俺はこの辺で帰りますよ。それじゃあな、坊主。今度会うときはお互い冒険者だといいな。その時は、お互いに名乗りあおう」
ハッサンは軽く片手を上げると部屋から出て行った。
そう言われれば、助けてもらっておきながら自己紹介もしていないのに気が付いた。だが冒険者になれば又会えるときもあるだろう。冒険者になる理由が一つ増えたと思えば良い。
「私もそろそろ戻るわ。今日はゆっくり休んだ方が良いわ、色々あったと思うから。そこにパンがあるから良ければ食べてね。じゃあ、おやすみ」
「色々すいませんでした。おやすみなさい」
ルイーダが部屋から出て行き、徹は部屋で一人になった。
そうなると今日一日にあった事が色々と頭の中をよぎる。頭が少し混乱する。
興味、恐怖、怒り、様々な感情が浮かび上がっては消える。
とりあえず気分を変えようとテーブルの上のパンを食べる。何をするにも体力がなければどうしようもないと思ったからだ。お世辞にも美味しいとは言えず少し硬いパンだったが、腹は膨れた。
水を飲んで一旦落ち着いた所で、徹はぼうっとして周りを見回した。落ち着いたせいか、一気に疲れが出た。
部屋はランプで照らされているが、蛍光灯の明かりに比べるとあまりにも暗い。
一日前までは元の世界で平和に暮らしていた。それがこんな風になるなんて思いもしなかった。
異世界に迷い込むとかの物語は徹もよく読んでいる。だがそれが自分の身に起きるとは思いもしなかった。
第一徹は、他の世界へ行きたいとは思わなかった。
ファンタジーの、中世に近い世界で生きていけるとは思えなかったからだ。
現状に大きな不満がなかった事もある。
家族は両親、祖父母、兄が一人に姉が一人、妹が一人の8人家族と多いが、家族中は悪くなかった。家で事業を行っていて、地元ではそれなり企業として名は知れていた。
友人も多くはないが、親友といってよい者達はいた。
地元で一番の進学校への入学も決まっていた。
穏やかな日々があり、それが続くものと思っていた。
だが現実として徹は今、この異世界にいる。世の中何が起こるか分からない。
ルイーダ、ゴッドサイド、神龍、天空の塔、ハッサン、ホイミ等、ドラクエの用語や人物がいることから、ここはドラゴンクエストの世界だと推測できる。ただし、ナンバリングタイトルの世界ではなく、それらによく似たごちゃ混ぜの世界。それが今いる世界なのだと徹は思っている。
ドラクエはその雰囲気に騙されがちだが、結構欝になりそうな話も多い。主人公が騙されることもある。
それが分かっていれば昼間の事件も起こらなかっただろうか?
いや結局は起きたような気もする。基本的に徹は人が良い。余程の事がない限り初めて会った人を疑うような事はしない。
それは生まれ育った場所にも関係するだろう。
田舎ほど周りと密でなく、都会ほど疎遠でもない適度な距離の近所付き合い。周りでは事件らしきことは起こらず至って平和。そんなところで育ったのだ。幼い頃の事故から何かにつけて考える癖はあるが、それは基本的に自分に対してだ。他者を疑うことには慣れていない。
徹は元の世界との接点でもあるナップサックを手元に引き寄せる。
本当なら今頃は友人達とキャンプをしているはずだった。馬鹿な話、高校に入ってからの話、女の子の話、夜遅くまで話しただろう。
ナップサックの中を探る。そういえば中の確認をしていなかったことを思い出したからだ。取り出してみると入れたものに変わりはなかった。
下着などの着替え、調味料一式、チョコなどの菓子、懐中電灯、ナイフ、自家発電式携帯ラジオ、携帯電話、ライター等があった。これが徹の持つ財産だった。
携帯電話を掛けてみても繋がるはずはないし、ラジオもザーザーと波の音しかしない。
知らないうちに涙が出ていた。
「……ユキ姉、リン、イチ兄、父さん、母さん、じいちゃん、ばあちゃん……」
知らぬ間に家族の名が口から出ていた。
徹はベッドに倒れこむとそのまま泣き、そして泣きつかれて寝た。
目が覚めたとき、元の世界であることを願って。