実家編1話
相変わらず無駄に大きい屋敷だ。
そうユーリックは感想を抱いた。
アームストロング家と同じくらいの規模の敷地だが相変わらず花も樹もない寂しい場所だ。
実家の敷地は殆どが自分達バートン家の訓練場が建てられており、潤いがない。
「相変わらず、好きになれない我が実家ですね」
常に強いモノを好む我が家。
住み込みの執事やメイド達も殆ど退役軍人たちばかりの物騒な家。
どこのゾルディック家だよ、と言いたくなるほど物騒。
門を潜ると一人の老人が立っている。
「お帰りなさいませ、ユーリック様」
深々と老人が頭を下げて私の帰郷を祝う。
「ただいまクレーゼンさん」
独眼の体格が大変よろしいご老人。
ギラギラとした人を殺した経験が大変おありな片目。
片耳も過去に戦争で失っており、よく小さな頃は恐ろしかった。
我が家、執事長、といっても家人達は6人で構成されており、この方が私の過去の教育係として教鞭を振るったものだ。
ナイフの扱いのプロフェッショナルでよく私に訓練してくださった。
9年前か、この人から本格的な近接戦闘を習ったのは。
錬金術師として国家資格を取るために本気で勉強をするためになった、あの訓練。
父の徹底的にやれ、という言葉を徹底的に実践した鬼教官。
今も若干、怖くて震える。
だって、本当に恐ろしかった。
ちょっと昔のことを思い出してみる。
9年前
くすんでざらついたコンクリートの床、くすんだ光をおぼろげに出す電球。
床で腹部の痛みに全身が麻痺したような感覚に陥り、吐き気を覚え、苦しみ、床の上でユーリックはうずくまっていた。
息をするのも苦しくて痛みで震えていたユーリックの手からナイフが零れ落ちる。
どういう殴り方をしたのか、いつまでも腹部の痛みが消えない。
「ユーリック様、例え、殴られようが、殺されようが、自分の武器は手放してはなりません、それが出来なければ弱いままです
そして刺せる時はどこにでも刺しなさい、機会があるなら急所を狙いなさい、あとは攻撃を食らってはなりません」
「………(無理)」
痛みで立ち上がれない。
「立ちなさい」
髪を掴まれ強引に持ち上げられる。
ユーリックはもう7回殴られている。
どこも致命傷に至らないが、人が食らえば痛い場所ばかり。
ユーリックが持つナイフと同じ長さの木の棒を持つクラーゼンの瞳には一切の感情も含まれて居ない。
これが鍛えられた軍人だ。
軍隊行動に個人の意志はいらない、そういって徹底的な訓練を施す教官。
「う………」
クラーゼンはユーリックの髪を離した。
身体が床に落下する。
その瞬間、ユーリックは思い切りよく地面を叩き、身体を旋回させ、落ちたナイフを手に取り
思い切り良くクラーゼンの足に狙いをつけ、ナイフを投げる。
ナイフ投げは直線では進まない、回転し機動を線から点に移り変わり、相手を突き刺す。
が
「素手で挑むのは間抜けのすることです、武器を手放してはいけません」
それを軍靴の爪先で蹴り落とすクラーゼン。
そんなことは知っている。
ユーリックは投擲をした勢いを殺さず、一気にクラーゼンに肉薄し、蹴りでクラーゼンの正中線を狙う。
狙うは顎先。
しかし身長差で届かない。
ならばと、ユーリックの爪先がクラーゼンの鳩尾に届く前に、クラーゼンの丸太のような足で行なわれる踵がユーリックの背中に振り下ろされる。
一瞬、呼吸が止まった。
その蹴りでユーリックは勢いよくコンクリートの床に転がり擦り傷だらけになる。
「これぐらいでよろしいでしょう、流石バートンの血筋、たとえ貴方のような少女であっても、戦いにおける闘志こそ、常人を遥かにこえる」
いやいや、ないですから、闘志とか。
どうせ黙ってたら、殴るじゃないですか。
しかも拷問式。
どうせなら、刃向かって殴られたほうがマシです。
痛みに苦しみながらユーリックはそう、思う。
前世の高校時代、なんちゃって空手部だったが、こんな恐ろしい蹴りくらったことないですから。
蹴りが当たった瞬間に体重を乗せるとか、反則技もいいとこですよ。
メンホーも胴も拳サポーターもない練習とかないですから。
ポイント制だったらどんなにいいか、とユーリックは泣きそうになる。
「とりあえず、午前の練習はこれで終わりです、午後からは射撃訓練です、よく身体を休めてください。
それが出来ずに死んだ者を私は何人も見てきましたので休息はしっかりと」
そういって室内格闘場からクラーゼンは姿を消す。
休め?
は?
滅茶苦茶痛いんですけど。
骨とか内臓は一切傷つかない蹴りですけど、痛みが長引くんですけど。
ユーリックは荒々しい呼吸を整え、いそいそと床に放っていたユーリック作成休憩セットを這いながら取り出す。
夕べ痛む体で鞄に詰め込んだ、休憩セット。
塩、砂糖水、ハーブクッキー、タオル、錬金術の教科書の5点セット。
お昼ごはん前に塩を舐め、砂糖水をごくごくと飲み干し、クッキーをもしゃもしゃと食べる。
どうせお昼はマナー訓練のため食事を楽しむというよりも、いかに優雅に食べるかの地獄。
銀食器をかちゃかちゃ鳴らしたものなら、容赦なく馬用の鞭で手の平を叩かれる。
「このままだと、やばい、死ぬ………さっさと軍人よりも錬金術師に成らねば」
クッキーを食べながら必死に休憩時間中は教科書を読みふける。
結婚適齢期まで軍人とかやりたくないです。
「もともと文系なのに…………」
数式を見ながら溜息を吐く。
でも午後から射撃訓練だー、やったー。
あれ結構楽だからいいね、操法さえ順序通りこなしてしっかり狙って打てば当たるし。
という昔の事を思い出す。
うん、あれ虐待だよ。
でも、傷の男に襲われたとき、この訓練がなければ何も出来ずに死んでたし。
ある意味等価交換なのか。
「ユーリック様」
「はい、なんでしょうか」
「身体の動きが大変愚鈍になっておりますな、正中線もぶれておりますし」
ぎろり、と視線が私の全身を舐めまわす。
そりゃそうだ、あの頃はまだまだ運動してたし、しないと地獄を見るし、しても地獄だったし。
今は食べて研究して寝る生活だったし、天国だったし。
「……………勘弁してください」
「はっはっは、相も変わらずですな、ユーリック様は、しかし、ご結婚ですか、うむ、運動能力は低いですが
それなりに才能がおありだったので残念です」
のほほん、と老人が笑う。
うん、訓練じゃないと優しいヤクザみたいな老人だ。
「何の才能ですか……」
「いえいえ、勿論、軍人としての人殺しの才能ですよ、一度幼い時、大熱を出してから、大変賢く成られて
私を含めバートン家ご家族全員、貴方様に期待したものですよ」
熱を出して内気になったからのスパルタじゃなかったの?
いっつもこの世界の本ばっか読んでたからインドアだったし。
「いえいえ、錬金術という新しい、戦闘技術をバートン家に取り込むという姿勢だったと皆様勘違いしての訓練でした」
やりすぎでしたかな、はっはっは。
「…………うん、結婚してさっさとアームストロング家の娘になりますよ、私」
「そうだな、さっさと家を出るがいい」
げっ。
とはハシタナイので言わないが
後ろに
「遅かったな、ユーリック」
兄がいる、鬼畜が、鬼兄が。
と、思った瞬間、襟首を掴まれ、投げられる。
屋敷の芝生に私は転がった。
だから、実家に帰るのは嫌なんですよ!
私と同じく赤毛の髪を持つ、筋骨隆々の兄、額には銃弾か何かに抉られたような傷。
兄の手には私の銃が握られている。
うわ。
相変わらずの手わざ、投げる瞬間に私の懐から銃を抜き取ったなこの兄は。
20の女性にやることじゃないぞ。
「なんだコレは?」
そして、兄が機用に銃を分解して銃口等に指を入れ、銃弾の発射による鉛の汚れを見て顔を顰める。
しかも、銃弾は一切補充していない。
最悪です。
ああ、最悪。
整備だけは欠かさずしないと不味いのに忘れてた。
「こんなもので人が殺せるか」
私の顔面が勢いよく叩かれる。
手首のスナップを聞かした平手。
この動きはただの平手じゃない、軍人格闘技事仕込みの制圧技だ。
これ、不味い、下手したら鼓膜破れるぞ。
相変わらず、加減のない兄だ。
当たった時に怪我をしないように全身の力を抜き、衝撃に備える。
柳になるのだ私。
と思ったら。
「やめろ、パトリシア、家庭の問題だ」
「これから他の家庭の嫁に行く妹を殴るなんて最低の兄ですね、クルーガー大尉」
やっとパトリシアが護衛らしい仕事をしてくれた。
パトリシアが兄の手を止めていた。
ギリギリと我が婚約者に匹敵する握力で兄の右腕を締め上げていた。
それさえも何の痛痒もないかのように振舞う兄。
助かった。
勢いよく体捌きを行い、パトリシアの拘束から離れ
「ふん」
と兄は鼻声一つで銃を私に放り投げ先に屋敷の中に消えていく。
「大丈夫ですかー。ユーリ」
せっかくのワンピースが芝生の草に塗れたが、無傷だ。
どうせ、選んで買ったのはパトリシアだ。
「ええ、死ぬかと思いました」
「本当に貴方の兄は嫌いですよ、相変わらず、加減というものを知らなさ過ぎる」
貴方の父上も母上も加減だけはしっかりと忘れません、とパトリシアはプンスカと怒る。
無言で立ち上がり、草を払う。
そして溜息。
クラーゼンさんが微笑ましそうに私をみるのが納得が大変いかないが
とりあえず
うん、とりあえず、結婚の披露宴だけに話題を全力で集中させようと考える。
私の身体の鈍りとか、絶対話題にならぬようにいこう。
「でもね、パティ………加減があっても痛いのは嫌です」
「ま、銃の整備ぐらいしっかりやってから言いなさい、ユーリ」
銃に関しては姉のようなパトリシアも慰めてくれないようだ。
はぁ…………なんでこの家に生まれたんだろう。
確かに金持ちだけどさ、もっと別な金持ちが良かったです。
「私が悪いですけどね………銃に関しては」
弾詰まりの原因だもんね、整備不足は。
兄の額の抉れた傷を思い出す。
「ただいま………我が実家」
ゆっくりと私はバートン家の屋敷のトビラを開き中に入っていく。
エド君、アル君、貴方達は元気ですか。
私は、大変元気です。
でも、できるなら私も貴方達に着いて行きたかった。
だって命の危険があったとしても、常に危険じゃないですし
常に胃は痛くなりませんもの。
次回も続け。
大体こんな感じなユーリックの実家。