ローレシア城を旅立って今日で二日目だが、遭遇したのはスライムやおおなめくじにアイアンアントといったモンスターばかり。
危惧していた王妃の手による刺客は未だ一人も現れない。
どこからか隙を狙おうにも、一面の草原が広がっており、身を隠す場所などありはしない。
半日もすれば、リリザに到着する。街に近づけば近づくほど、犯行現場を目撃される可能性は高まり、襲ってくるなら今しかないはずだが、その気配は一向にない。
「やっぱりか……」
自慢ではないが、俺はローレシア王軍屈指の実力を持っている。
何せ魔法の才能がサッパリだったため、十歳の頃から剣術ばかりやっていたのだ。
別に剣術が好きだからというわけでもない。単純にそれしかすることがなかったからなのだが。
一応は王子なので、座学の家庭教師も付けられたが、実権を握っている連中から疎まれている身だ。誰も好き好んで出世街道から外れるような選択肢を選びたくないのだろう。どの家庭教師も、王妃の顔色を覗い、体裁を整えるだけの授業に終始した。
「ま、だからと言って文句や不満があるわけじゃないんだけどな」
彼らにも彼らの生活があり、家族があり、人生がある。それらを放棄させてまで、俺に仕えろと言えるはずもなく、仕えたところでそれに報いる手立てを、生憎俺は持ち合わせてはいないのだから。
それに堅苦しい授業から逃げ出せるのだから、まさにウイン・ウインの関係とも言えないか?
かと言って、日がな一日呆っとしていられるほど暢気な性格を持ち合わせていない俺は、気が付くと練兵所に出入りするようになっていた……。
そういうわけで、俺を実力で排除しようとすると、当然ながら俺以上の実力者を手配しなければならない。
そうなると、当然ながら城の警備の弱体化は免れない。
ムーンブルクを瞬く間に陥落させる軍事力を持つ邪教集団が、いつ自分達を新たな標的に選ぶか分からない現状において、あの臆病者共がそんな手段を選ぶとは思えなかった。
「それとも、自ら手を下すまでもないと見られているのかもな」
そう苦笑しつつ、剣を振り下ろす。
「ヒイ、フウ、ミイ、ヨオ……、っと。チッ、これじゃあ『薬草』一個も買えやしない」
モンスターの亡骸の間に散乱する金貨を一つ一つ拾い上げ、指で汚れをこそげ落とす。
正直、王族としてどうかとは思うが、ローレシアの道具屋で、『薬草』を三つに『毒消し草』を二つ買っただけで財布は底をついてしまったのだ。
本国からの仕送りに全く期待できない以上、金は自らの手で稼ぐしかない。残念ながら今の俺に手段を選ぶだけの余裕はない。
この血と土で汚れたゴールドも、元々はモンスターが無辜の民を襲って得たものに決まっている。それが俺の手によって有意義に使うことで、犠牲となった人達の魂も救われるというものだ。
……まあ、詭弁だということは自分でも分かっている。
武器・防具を揃えるためには金が必要なのだ。宿屋に泊まるのだってただではない。何せ、領内の宿屋ですら王子であるはずの俺から金を取るのだから。
魔法が使えない俺にとって、『薬草』は生命線であり、欠かすことが出来ない。死の恐怖と常に隣り合わせでいる以上、『薬草』は幾らあっても足りることはないのだから。
えっ? 死んでも教会で生き返らせてもらえるって?
……何を言ってるんだ。
例え全滅しても、所持金半額になるだけで最後にセーブしたところからやり直せる?
……意味が全く分からん。
死んだら、そこで終わりだろ。王様だろうが、貴族だろうが、平民だろうが、ロトの勇者だろうが。
そもそも、死んだ人間を生き返らせることができるのなら、伯父達を差し置いて、うちの親父が王様になれたはずがない。
死んだら、そこで終わり。魔法が使えようとそれは変わらない絶対不変の真理なのだ。
はっ! 今、俺は誰と喋ってたんだ?
こうして俺は、王族の一員として領内の安全を守るため、生きていくための糧を得るため、現れるモンスターを片っ端から叩きのめしながら、リリザへと向かっていた。
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この場は一先ず撤退し、次に備えるべきなのでは?
いや、俺に『次』なんてものがあるのか?
進むべきか、引くべきか。
頭の中をいろいろな数字や考えが過ぎる。
視線を上げると『敵』は全てを見透かすような、嘲るような目で俺を見下ろしていた。
「くそったれ……」
思わず喉の奥から呪詛が溢れる。
意を決した俺は、『敵』に向って高らかに宣言した。
「よし、決めた。店主、これを貰おう」
「まいどっ! 90Gになります」
「これで所持金は5Gか……」
5Gでは『薬草』を買うどころか、宿屋にも泊まれない。これで今日も野宿確定だ。
いくら装備を揃えるためとは言え、早まってしまったのでないだろうか。
まずは宿屋で疲れた身体を休め、その後に金稼ぎに勤しむべきではなかったのか。
「リリザに着いたその足で防具屋に行ったのはまずかったかなぁ……」
今更嘆いても仕方がない。とりあえず、この『革の盾』には購入代金以上の働きを見せてもらわなくては。
そうでなければ、俺が救われない。
「……それにしても、鎖鎌が330Gに、鎖帷子が390Gか」
薬草三十三個分に、三十九個分。今の俺にとっては高嶺の花だ。
「こうなったら、サマルトリアの王子に期待するしかない」
サマルトリア王は、一男一女をもうけている。どちらも正室を生母としており、ローレシアのような後継者問題もない。
おそらく兄である王子が出征することになると思うが、妨害するような者はいないだろう。
「そして、立派な装備の上、餞別もたんまり貰っているはず」
俺は決意を新たにすると、サマルトリア城を目指し、北へと進路をとった。