子供は長い夢を見た。
その夢の始まりは4歳の時だった。
目の前で母親がいなくなった。
その後、親戚という人に預けられ、10年の月日が流れた。
そして14歳になったとき、それまで全く連絡をよこさなかった父から手紙が届いた。
書いてあることはとても短く、『来い』この二文字と、下に書かれている『碇ゲンドウ』という名前だけだった。
少年はその指示に従い、第三新東京市にむかった。
だが、少年が第三新東京市に着いた日、運命は回り始める。
第三使徒の来襲、ネルフ、エヴァンゲリオン、父との再会、使徒との戦い、そして暴走…。
少年は、ただ流されるまま戦いに赴く。
復讐を果たすための、愛するものに会うための、それぞれの思いを押しつけられ、少年は心を壊しながらも戦いを続ける。
その戦いの中で、少年は様々な出会いをする、クラスメイト、同じチルドレン、そして、最後のシ者…。
その出会い全てが、少年の心を壊していく。
それでも少年は戦い続ける。
それだけが自分の存在する証、だというように…。
それだけが他の人との絆、だというように…。
それだけが生きる意味、だというように…。
そして、少年が戦い続けた結果、世界は一つになった。
少年以外の生物がいない世界で、少年は全てを知る。
父の気持ち、母の気持ち、友の気持ち…、いろいろの人の思いを知り少年は、自らも一つになった。
ただ、思いを、知識を、経験を残して…。
『これが僕の全てだよ』
全ての夢が終わった後、先程まで夢に出ていた少年が、夢を見ている子供に話しかける。話しかけられた子供は、よくわからないといった感じで、首をかしげている。
そんな子供の様子を見ながら、少年は苦笑する。
『今はわからなくて良いよ。その時が来ればわかると思うから。僕は出来なかったけど、君にはがんばって欲しいんだ』
少年がそう言うと、それまではっきりと見えていた姿が、徐々にぼやけ始めた。
『決して諦めないで、君の大事な人を助けられるように。君になら出来るよ、あの父さんと母さんの血を引いているんだから』
それだけをいって、少年の姿は完全に見えなくなった。
君死にたもうことなかれ
始まり 『シンちゃん3歳』
ベッドの上で一人の子供が気持ちよさそうに寝ている。だが、その部屋に一人の男性が入ってきた。
「シンジ、起きろ朝だ」
男は無愛想に、それだけいって子供の体を揺すって、起こそうとする。だが、無愛想な口調とは別に、子供を見る目はとても優しい。
「ん…」
シンジと呼ばれた子供は体を揺すられ、ぐずるように体をよじる。男は、それでも根気よく起こそうとする。
「起きろシンジ」
「ん…、おはよう父さん」
シンジと呼ばれた子供は、目を覚まして最初に、目に飛び込んできた人物、父親にそう声をかける。
「…朝食の準備が出来ている、早く来い」
「うん!」
シンジは父親について、部屋を出て行く。自分に対するぶっきらぼうな物言いも、たいして気にとめていないようだ。
「おはようシンちゃん」
「おはよう母さん」
「…」
自分にはきはきと返事をする息子に対して、母親は何かいつもと違う感じを受ける。息子は三歳児にしては、かなりよく喋る方だ。だが、何かが違う。何が違うのかと言われれば、答えに困るのだが、何かが違うのだ。
そう思い、母親は新聞を読んでいる父親に話しかける。
(ねえあなた、シンちゃんちょっと変じゃありませんか?)
(問題ない)
(大ありです! なんか急にお兄ちゃんみたいな感じになって…、あなた聞いてみてくださいな)
(むぅ…)
両親が小声で話している横で、シンジは美味しそうに朝食を食べている。
「シンジ少し良いか?」
「なぁに父さん?」
(あなた、遠回しにですよ)
「…なにがあった」
悩んだ末に、父親がかけた言葉がこれである。シンジは質問の意味が解らず小首をかしげて、父親を見つめている。
母親は、テーブルの上に突っ伏している。そして、ゆっくりと顔を上げるとそこには、とても良い笑顔が張り付いていた。
「あなた…」
「ま、まて、今のは軽いジョークだ!?」
父親は、必死に弁解しながら未だに自分を見つめているシンジに再び問いかける。
「シンジ、何か昨日何かあったのか?」
遠回しでもなんでもないが、子供にはこれぐらいが丁度良いのかもしれない。質問されたシンジは、目をぱちくりさせながら、自分の両親を見ている。
「なにもなかったよ」
「ほんとに? シンちゃん、何かあったら母さんにいってほしいの」
なにもないという息子に対して母親は、テーブルに身を乗り出して詰め寄る。その姿に、少しビックリしながらも、首を縦に振る。
「ほんとになにもなかったのか?」
テーブルに肘をつき顔の前で手を組みながら、父親も聞いてくる。なぜそんなことを聞いてくるのか解らないシンジは、また小首をかしげて不思議そうにしている。
その様子を見て、両親は自分たちの気のせいだと思うことにした。
「ユイ、そろそろ時間だ」
「やだ!? もうこんな時間だわ!」
二人は、あわただしく外出の準備をする。シンジはその様子を、じっと見つめていた。母親は自分の準備が終わると、次にシンジを着替えさせそのまま抱き上げて、父親の運転する車で、移動を開始する。
その、移動の途中に母親は、シンジに対して手に持っている、何かの論文を読んで聞かせていた。
シンジは何が面白いのか、僅かに微笑みながらそれを聞いている。
「シンちゃんは賢いわねー。流石私たちの息子よね」
「ふっ」
母親は、そういって満足げだ。父親も同じ気持ちなのか、僅かに口元に笑みが浮かんでいる。
そうこうしているうちに、目的地に着いたのか、駐車場に車を止め、三人は建物の中に入っていく。
「遅かったじゃない。あら、今日はシンジ君もいっしょなのね」
二人に声をかけてきたのは、シンジの母親と殆ど同じ年齢の女性だった。
「ごめんなさい、準備に手間取ってしまって」
母親はシンジをその女性に預け自分は荷物を置きに、奥の部屋に行ってしまった。シンジは正面から、自分を抱き上げてくれている女性を見つめる。
「なぁに? おばさんの顔に何かついてる?」
シンジは、その質問に首を横に振りながらも正面から見つめたままだ。女性はいつもと違う反応に戸惑いながらも、色々と話しかけている。
「なにやってるの母さん?」
「りっちゃん、いいところにきたわ! ちょっとシンジ君を願いね!」
女性はそういって、腕に抱いているシンジをリツコと呼んだ女性に預けた。そして自分はさっさと別の部屋に行ってしまう。
「ちょっと母さん!?」
急にシンジを渡され、落とさないように抱きかかえながらも、一体どうしたらいいのか解らないリツコは、取り敢えず挨拶をすることにした。
「こんにちはシンジ君」
「こんにちは!」
シンジは元気よく挨拶を返す。リツコはシンジを抱いたまま、近くにある椅子に腰掛け、これからどうするか考える。シンジはリツコの膝の上に座ったまま、正面からリツコを見ている。
「どうしたのシンジ君」
シンジはこの質問に首を横に振り、そのままリツコの首に抱きついてきた。今までなんどかシンジの面倒を見てきたリツコだが、何となくいつもと様子が違うような気がした。
それでも、自分に甘えてくるシンジに対して悪い気はしないのか、背中をさすりながら小さく体を揺する。
「シンジ君、なにか絵本でも読もうか?」
絵本という言葉に反応して、シンジが顔を上げる。リツコは、シンジの母親がおいていった絵本を見せながら、どれが良いかシンジに聞く。
「シンジ君どれが良い?」
「う~んと…、あれがいい!」
そういって、シンジが指さしたのはリツコの持っている絵本ではなく、机の上にあった科学雑誌だった。
「ほんとにこれで良いの?」
「うん!」
リツコは、シンジを膝に乗せて雑誌の中身を読み始める。そして、少し読みは進めると、シンジが途中で、質問をしてきた。
リツコは取り敢えずその質問に答えるが、シンジがそれを理解しているのかどうか疑問だった。
「シンジ君、これの意味わかるの?」
「うん!」
リツコは、少し考えた後シンジを椅子に座らせ、部屋の隅にあったホワイトボードを持ってきて、そこに何か書き始める。
「シンジ君この問題解る?」
リツコの質問に、シンジは元気に返事をしてよどみなく答えを述べていく。
「正解だわ…。これは解る?」
リツコは、次々にシンジに質問をしていく。その質問に、シンジはほとんど正解する。
「すごいわね…」
リツコの質問はその後も続いたが、間違ったところを説明しているうちに、段々と授業をしているようになってきた。
「良いシンジ君? 私のことはリツコ先生って呼ぶのよ?」
「うん!」
「うんじゃなくて、はい」
「はい、リツコ先生!」
リツコは、よくできました。といった感じでシンジの頭を撫でる。シンジは目を細めながら、喜んでいる。
それから、シンジの両親とリツコの母親が戻ってくるまで、二人の授業は続いた。偶に近くを通りかかった別の職員がリツコの難解すぎる問題に驚き、それにシンジが答えるのを聞いてさらに驚くといった事が何度かあった。
「シンちゃん、お姉ちゃんも帰らないとだめなの、ね?」
「…」
「シンジ、余り困らせるな」
「…」
両親がいくら説得しても、シンジはリツコから離れようとしなかった。リツコに抱かれたまま、服を握りしめて首の辺りに顔を埋めている。
「ユイさん、よかったらシンジ君一晩うちに止まらせてもいいでしょうか?」
「そうね、このままじゃどうにもならないみたいだし」
リツコの提案に、母親も賛成する。シンジの両親は少し考えた後、二人にシンジを任せることにした。
「シンジ、良い子にするのよ? 迷惑かけたら駄目よ? 着替えは持った? 忘れ物はない? なにかあったら連絡するのよ?」
「ふっ、問題ない」
シンジのお泊まり道具を持ってきた母親は、先程から心配しどうしだ。父親の方は余裕ありげに、小さく呟いている。
二人は、リツコに連れられてシンジが中にはいるまで、その姿を見送った。そして、シンジの姿が見えなくなると、シンジの母親はリツコの母親にある物を手渡す。
「ナオコお願いね」
「…別に写真取らなくても」
「なにゆうのよ!? シンちゃんの初めてのお泊まりなのよ!?」
その後、数十分に渡り、リツコの母親、ナオコはシンジの母親に、いかに『初めてのお泊まり』が大事か説明された。
話が終わった後、ナオコが『わかりました。ごめんなさいもういいません』とうつろな目で繰り返していたとかいないとか…。
ナオコが何とか気を取り直して中にはいると、リツコとシンジが仲良く夕食を食べていた。ナオコは早速その姿を写真に収め、自分も夕食を取ることにした。
食事を終えた後も、シンジはリツコから離れようとしなかった。リツコの膝の上でテレビを見て、トイレに連れて行ってもらい、一緒にお風呂に入った。
「カルガモ親子ね」
とはナオコの感想だ。リツコが歩いていると、その後ろをシンジがちょこちょことついていく、まさにカルガモだ。
そして、9時が過ぎたころシンジが頭を前後に揺らし始めた。それを見てリツコはシンジの顔を覗き込む。
「シンジ君眠たいの?」
シンジは目をこすりながら首を横に振るが、すぐに目を瞑りそうになる。リツコは苦笑しながらシンジを抱き上げて、自分の部屋に連れて行く。
「母さん、私たちもう寝るわ」
「シンジ君は解るけど、りっちゃんも寝るの?」
「私もなんだか疲れちゃったから」
そういって自分の部屋へと入っていく。その姿を見ながらナオコは、普段娘が言っていることを思い出す。
『子供は嫌いよ。我が儘だし、自分勝手だから』
その言葉を思い出しナオコは小さく笑う。今日の娘は、どう見ても良いお母さんをしていたから…。
次の日の朝、ナオコは娘とシンジを起こすために部屋の中に入ると、二人はまだ眠ったままだった。
「あらまぁ…」
ナオコが声を上げたのは二人の格好を見たからだ。シンジはリツコの胸に顔を埋め、若干寝苦しそうに、身をよじっている。だが、リツコからは離れようとしない。
リツコはシンジを抱きしめるような感じで、シンジの髪に顔を埋めている。ナオコはデジカメを取りだし、写真を撮ってから二人を起こす。
それから朝食を食べ、三人でナオコの仕事場に移動する。その間もシンジはリツコから離れようとしない。
仕事場に入ると、すでにきていたシンジの両親が凄い勢いで近づいてきた。
「シンちゃん!」
母親が名前を呼ぶと、シンジはリツコから離れて駆け寄っていく。リツコは表情には出さないが、内心寂しく感じる。
その間にも、シンジの母親はシンジを抱き上げ、凄い勢いで頬ずりをしている。
「シンちゃん良い子にしてた?」
「はい! 僕良い子にしてたよ! ねリツコ先生!」
「「「リツコ先生?」」」
シンジがとても良い笑顔でリツコに向かってそう呼びかけると、三人の大人は一斉にリツコに向き直る、
三人に見つめられたリツコは、苦笑いを返すことしかできなかった。
※後書き
パトラッシュ僕はもう疲れたよ…。作者です。
最近エヴァのSSを読みあさっております。リツコさんかわいいですよねー。
と言うわけで、ヒロインはリツコさんです。
三歳から話を始めていきます。特に山場もなくのんびり、まったりいきたいと思っています。
題名には特に意味はありません。
ではまた。