薄暗く、広大な部屋の中、大きな執務机に一人の男が腰掛けていた。
その表情は顔の前で組まれた手によって隠され、唯一覗いている瞳は鈍く光を反射するサングラスによって覆われていた。
「碇、今回のこと少々やりすぎではないのかね?」
第三新東京市を一望できる窓を背に長身の老人が碇と呼ばれた男、碇ゲンドウに語りかける。
だが、ゲンドウは呼びかけを無視し、そのまま黙り続けるだけだ。
「・・・・・・問題ない。あれが私達を拒否しているのはわかっている。
だが、それでもユイはやつに会いたいのだ。」
重々しく開かれた口から出た言葉はしかし、けっして本心からではないと老人、冬月コウゾウは悟った。
「ふん、お前も会いたいのだろう?だがな、こんな真似をしていても彼の心には近づけんぞ?それはユイ君もわかっているだろう。」
冬月はこの目の前の意地っ張りにため息をつくと、ゲンドウの机に将棋盤を出すと懐から詰め将棋の本を取り出し、詰み始めた。
「・・・・・・将棋と一緒だ。まずは外から攻めて駒を減らしていく。
最終的に王を取ればいい。」
サングラスに隠された視線が冬月の手元にある盤へと移る。
その口元にはにやりと確信めいた笑みが浮かんでいた。
「やれやれ、息子を家に呼び戻したいだけにここまでやるか。あまつさえそれを盤戯に例えるとはな。素直じゃないな碇。」
そう言ったっきり冬月は目の前の盤へと没頭する。
ゲンドウもそれを咎める事は無く、ただ静かに座り続けた。
大企業ネルフ本社ビルの会長室にはただただ沈黙だけが支配していた。
いつもと同じざわつくはずだった昼休み。
だが、今日はいつもとは違う幾分落ち着いた、悪く言えば沈んだふんいきのまま2-Aは昼休みを迎えた。
原因は主に一限をサボっていたシンジ達六人に起因していた。
転校生であるシンジはクラスに帰ってきたとき、出て行くときとは比べ物にならないほどの冷たい空気を纏い、全身で拒絶を表していた。
また、帰ってきたアスカとレイは普段の明るい笑顔とは対照的な、蒼白で今にも泣き出しそうな空気を纏って帰ってきた。
そして、トウジとヒカリは明らかに憤怒、赫怒し席に座った今でもその憤懣やるかたないというオーラを発散させ、そこから離れた席ではなにやらケンスケが落ち込んでいる。
シンジはともかくとしてアスカ、レイ、トウジの三人は実質このクラスのムードメーカーとして不動の地位を築いている。
その三人の変調はそのままクラスの雰囲気の変化へと直結していた。
陰々滅滅とした空気の中、耐え切れなくなった一人の男子が意を決してシンジへと歩み寄る。
「な、なぁ碇。おまえ惣流さんたちとなんかあったのか?」
声を掛けた途端射る様な目つきで睨まれ怯えながらも目的を完遂する男子。
まわりからはおお、という小さなどよめきと決して小さくは無い拍手が彼へと送られた。
だが、
「・・・・・・鈴原達とはすこしやりあった。すまないと思う。
だが、僕は惣流さん、綾波さん、洞木さんとは関係ない。」
おりしもクラスのムードの悪さの打開を狙ったこの男子の目論見はシンジの言に端を発する新たな火種を呼び込んだだけであった。
「なんやとシンジぃ!きさんまだそないな事言うとるんかぁ!!」
シンジの一言で再びトウジの臨界が突破し、慌ててケンスケが止めに入る。
そして、アスカとレイははっきりと口にされたシンジのそっけない言葉に今度こそ口を押さえ涙を流した。
激昂するトウジはケンスケに抑えられながらも猛烈に暴れ、声を殺して涙を流すアスカとレイを挟んだ所ではシンジも席に座りながら強烈な睨みをトウジへと向ける。
屋上で一端終結を見せたと思われたいざこざは場所を移してここ、2-Aで第二ラウンドが今繰り広げられようとしていた。
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どうもハンジローです。
私事ですが、これから少し忙しくなるので更新の速度が落ちると予想されます。
二月のはじめまで少し更新が鈍りますがそこのところはご容赦を。
ハンジロー作十一話、愉しんでいただければ幸いです。