SIDE-リツコ
「それにしても、シンジ君お手柄ですね」
自分に割り当てられた執務室。
そこでマヤと仕事をこなしていると、マヤが思い出したように言った。
苦い記憶が蘇る。
あの時、爆発するように発生したATフィールドで外に持ち出していた設備の大半は大破、私自身も吹き飛ばされた際に頭を打ち、今も頭の上に氷嚢を乗せている状態だ。
NERV内では、またサードチルドレンか…という雰囲気である。
事務の人間は「彼が来てから資金が…」と嘆いていた。
しかしだ。
彼の発見は、実はEVAの分野で言えばノーベル賞クラスの功績である。
これまでにエヴァの安定起動に成功した人間は二人。
セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレー。
そしてサードチルドレン、碇シンジ。
NERVドイツの秘蔵っ子、惣流・アスカ・ラングレーでさえも、ATフィールドの展開に成功する事は出来なかった。
大勢の科学者がそれの解明に取り組み、それを成し得なかった。
無論、私もだ。
それを彼は、エヴァとのパーフェクトシンクロというアドバンテージを持っていたのは確かだが、その場の思いつきで解明してしまったのである。
彼はこんな事実を知る訳がないだろうが、科学者として嫉妬してしまうのも確か。
…まぁ、ほんのちょっとだけだけども。
「そうね、頭の回転が早い子だし、勘も良い、私達技術側としては助かるわね」
彼と話していて気付いた事だが、彼の長所は、発想力と理解力である。
そしてそれをさらに伸ばしているのは、彼はNERVの常識に囚われていない、という事だ。
NERVでは常識と思われている事でも、彼は全く知らない。
そして教えても彼は「何で?」と答えるだろう。
そこがポイントだ。
彼は思考において一番大切である前提というものを、自分でしか選ばない。
まぁ知識が足りないという取り方も出来るのだが。
私は彼と二人で生活している。
彼の事に関してはNERV内で一番理解しているつもりだ。
だから、マヤの次の一言には少し驚いてしまった。
「私てっきりシンジ君ちょっとお馬鹿な子だと思ってたから、反省しなきゃ、見直しました~」
あはは、と笑いながらキーボードを打ち続けるマヤ。
思わず作業の手を止め、呟いていた。
「そんな訳ないじゃない」
「え?」
よく考えてみればそうだ。
彼は家では意外な事に、外でのふざけた雰囲気を余り出さない。
思うに外でのあれは、彼が無意識に行っている、他人と距離を保つ為の処世術なのだと思うのだが。
まぁそれはいい。
彼は外ではあの態度だ。
NERV職員達が馬鹿な子と思っていても仕方がない事である。
だから私は、マヤの勘違いを正す為に口を開いた。
「あの子はね、NERVの中でも最高権力を握る、日本支部の司令である碇ゲンドウと、東洋の三賢者とまで呼ばれた碇ユイ博士の息子なのよ?」
「あ…」
マヤがポカンと口を開ける。
彼自身は興味がないようだが、実際の所、彼の両親は業界では知らない人が居ない程の有名人である。
世界中のNERVに勤めている人間、政治に関わっている人間で碇ゲンドウの名前を知らない者は居ない。
世界中の科学に関わっている人間で碇ユイの名を知らない者は居ない。
彼の両親はそれ程の能力と才能を持った人物なのだ。
「IQは幼少時代の生活で上がりもすれば下がりもするものだけど、シンジ君はその幼少時代を父に棄てられ、放任というより放棄に近い保護者の手の中で、たった一人で生きてきた」
基本的に興味が無い事は全く記憶しようとしない彼だが、少しでもその食指を動かしたものへの観察力は異常な程高い。
恐らく孤立無援の幼少時代で、人間を観察し判断する内に身についた力だろう。
IQというものは元々の素養もあるが、幼少時代に大きな成長を見せる。
教育法によっては、幼少時代にIQをいくらか上げる事も出来る。
それに大切なのが、観察と思考である。
自分で見て、考える。
ステレオタイプにしない事が大事だ。
そして彼には、両者共に高スペックの両親から受け継いだ血筋もある。
「そんな子供のIQが、低いとは思えないわ…思うに、シンジ君のあの性格は処世術として身に着けたものね、無論あれが地だろうけど」
そう告げると、マヤは「確かに…」と呟き、少し考えていたようだったが、やがて戸惑った表情でこう言った。
「でも、過去のデータ見ましたけど、シンジ君の成績はいたって普通で…」
確かにそうなのだ。
彼の小学校・中学校での成績は至って平凡。
小学校時代は5段階評価で3の嵐、中学校でも似たようなものだ。
だから騙される。
「そうね、なんでそんな事をしたのかは分からないわ」
「そんな事を…した?」
「中学校一年三学期の期末テスト…数学だったかしらね、彼の得点は100点中67点」
正直な話、私は彼と会う以前から彼に興味を抱いていた。
何と言ってもあの二人の息子である。
案外漫画のように地元では神童扱いされているかもしれない、等と内心笑いながら興味本位でデータを集めた。
「そのテストの平均点は66.7点」
「凄く普通ですね…」
しかし出てきたのはこの結果だ。
成績表の教師からの一言の欄にはこんな事が書いてあった。
もう少し友人を作る努力をするべきです、成績に関しては問題ありませんが、授業中の居眠りが多いようです、奇行が目立ちます。
どう見ても良評価ではない。
むしろ悪い。
私も最初は騙された。
だが、そこから先を調べるにつれて少しずつ違和感を感じていった。
「でもここからが重要なの、他のテスト結果を見ても全てのテストにおいて、その得点は平均点の±6点、これは小学校2年生の時からずっとよ、明らかに狙ってるわね」
小学校2年生で何があったかは分からない。
そしてこんな事をする必要性も全く分からない。
おそらくだが、全く意味は無く、唯のお遊びの可能性が一番高い。
何故こんな結論に至ったのかと言えば、理由は簡単である。
「三学期の期末テストの彼の答案、間違った問題には全部同じ答えが書いてあったそうよ?」
「何と?」
これを口にするのは少々馬鹿らしい。
「ジム」
「…は?」
マヤがまたポカンと口を開ける。
まあ、意味が分からないだろう。
「もう一回言ってもらえますか?」
「ジムよ、ジム」
どう考えてもふざけているだろう。
彼は答案に答えと、ジムという言葉を書き、ジム以外の箇所は全問正解。
結果が平均点である。
始め数値を見ているだけの時は偶然平均点ばかりなのかと思ったが、偶然手に入った答案の写しを見て確信した。
確実に狙っている。
「ジム、ジムスナイパーとか、バリエーションもあったらしいわ」
「ジムって…私よく知らないんですけど、ガンダムでしたっけ?」
「ええ、素敵機体ね、ザクには劣るけど」
「1+1=ジム…って感じですか?」
「ええ、ただ一問だけジムで正解な問題があったらしいけど、どんな問題だったのかしら…」
実はこれが一番気になっていたりもする。
「でも…何でそんな事を?」
マヤは困惑しながらも、少々呆れているようだった。
気持ちは凄く分かる。
「さあ?分からないわ、目立ちたくなかったのか…それとも面白半分か…私は面白半分だと思うけどね」
そこまで話すと、マヤが押し黙ってしまったので私は仕事に集中する事にした。
まあ、彼が本当は頭脳明晰な少年だったとしても、特に何かが変わるわけではないのだ。
何故隠していたその才能を彼が先日見せたのかと言う事に関しては、私はこう考えている。
今まで彼には、その存在に対しての需要が全く存在しなかった。
だが、それがNERVに来て変わった。
サードチルドレンという需要が発生したのである。
自分という存在の価値を示しても、得はあっても損は発生しない。
そう考えたのではないだろうか。
無論推測である。
当たっていても本人にとっては無意識の行動だろうし、全く的外れかもしれない。
少なくとも私はそうだと考えている。
それだけの話だ。
そして、暫く時が経って、マヤが躊躇いがちに口を開く。
「あの…」
「何?」
「ふと思ったんですけど、もしかしてシンジ君って」
マヤの表情が微妙なものに変わる。
そして続きを言った。
「お馬鹿さんなんじゃ…」
「否定する要素が無いわね」
まぁ…ジムだし…
と言っても、少し前までマヤが言っていた馬鹿と、今言っている馬鹿とでは意味合いが違う。
頭が良い事と馬鹿な事とは関係が無い、という訳である。
そして本格的に仕事に戻ろうとしたところで、私は何となくある事を口にした。
「あぁ、そうそう、知能テストも何もやっていないから分からないけど」
「何です?」
「彼、きっと私や貴女よりIQは高いわよ?」
一瞬マヤは意味が分かっていないようだったが、やがてぼーっとした表情で言った。
「凄いですねー」
「そうね」
「って、えええええええええええええええええええ!?」
マヤがその意味を理解できたのは、たっぷり一分経ってからだった。
第二話 SWITCH!あの子のハートを打ち砕け! その4
SIDE-シンジ
NERVの食堂。
その調理場へと向かって僕は叫んだ。
「ヘイ!シェフ!すうぃーとでふぁんしーなパフェを頼む!」
やがて調理場の奥から海賊モノの悪役で出てきそうないかつい顔をしたおっさんが出てきて、めんどくさそうに口を開く。
「ねーよ」
なん…だと?
パフェが、ない?
しまった、計画が崩れた。
何でこんな事をしているかというと、原因は今日の昼休みにあった。
レイたんのお弁当に今日もゼリーを付けてあげたのだが、レイたんはそのゼリーを何故か箸で食べていた。
「何で箸で食べてるの?」と聞くと、不思議そうな顔で「スプーンがないもの」と言った。
レイたんはゼリー容器の底に付いている、折りたたみ式のプラスチック製の物体がスプーンである事を知らなかったのだ。
そして、おそらくレイたんはあまりこういう物を食べないのだろうと思い、僕はこう聞いた。
「レイたんって甘い物嫌いなの?」
「嫌いと言うか…そもそも最近までアレばっかりだったから」
驚愕した。
ここで言うレイたんのアレとは一つしかない。
僕がデッドリースルーをぶちかましたあの軍用レーションっぽいのだ。
分からなかったら第二話その…その…そのいくらかを参照!
まあ、そこから話が進展してレイたんにパフェを食べさせよう!という事になった訳である。
だがいきなりの計画崩壊を受けて、僕は思わず叫んでいた。
「パフェが無いならサンデーを作ればいいじゃない!レイたん生まれてこの方甘い物食べた事無いらしいからさ!美少女が喜ぶ所見たいと思わないの!?」
海賊面のおっさんは、いぶかしむように辺りを見渡したが、食堂の隅にレイたんが座っているのを見て眼を細めた。
レイたんが小さくお辞儀をする。
僕の教育の賜物である。
そしておっさんは僕を見ると、カッと目を見開いて言った。
「美少女の為なら満願全席だろうが作ってみせるぜ、でも飛行機だけは勘弁な?」
カウンターでストロベリーDXサンデーポセイドン(シェフ命名)を受け取ると、僕はレイたんの方へと持って行った。
そしてどどんとレイたんの前に置く。
「糖分は正義!さあ!レイたんどうぞ!」
そのあまりの豪華さに、レイたんは目をぱちくりさせてそれを見つめていた。
急場でここまでのものを作り上げるなんて…さすがNERV、やってくれるぜ。
思わず僕は厨房…なんか嫌だから調理場って呼ぼう、調理場の方を振り返り、海賊面のおっさんへと向かってサムズアップをした。
おっさんは背を向けていたが、こちらを振り返る事もせずに、ただ無言でサムズアップを返した。
そしてレイたんは恐る恐ると言った感じでパフェを口に運ぶ。
「…甘い」
「甘くて?」
「おいしい…かも」
そう言ってレイたんは少しだけ頬を緩めた。
「糖分は正義!」
その後はひたすら無言でパフェを食べ続けた。
本当に美味しそうに食べている。
…
……
………
「…ねえ、僕にも頂戴?」
「…らめ」
この日からネルフ食堂にパフェが追加され。
時々、青い髪の少女がパフェを頬張る姿が目撃されるようになった。
そしてレイたんもパフェを食べ終わり、そのまま談笑。
まあ僕が一方的に喋ってるだけだけど…
でも最近気付いたんだけど、レイたんは話を聞いてないように見えて、実はばっちり覚えている。
アニメや漫画は見た事が無いと言うからそういう話をしていたら、次の日とかに話してもしっかり登場人物の名前等を覚えているのだ。
実は何冊か漫画を貸してあげた。
そしたら「少し常識とかも知った方がいいと思う」とか言われて、逆に超難しい小説貸されちゃった、てへっ。
そんな感じでだらだらと話していたら、何時の間にか食堂から人気も減ってきた。
今は午後8時、オーダーストップは九時だ。
こんな時間まで残っているのには理由がある。
「シンジく~ん?やっほー」
「あ、きたきた」
目的はこの人達だ。
事情を聞かされていないレイたんは、そのメンバーを見て首をかしげた。
「…発令所の?」
来たのはミサトさん、リツコさん、マヤさん、冬月先生、あとロン毛の人と眼鏡の人。
僕はみんなと訝しがるレイたんを連れて、普通に食事するお客さんの邪魔にならないように窓際の席へと向かった。
このメンバーの中で事情を知っているのは僕、リツコさん、マヤさん、冬月先生だ。
何故こんな所に連れて来られたのかと、事情を知らない三人は不思議そうに僕を見、レイたんはキョトンとしたまま辺りを見回していた。
僕は全員を席に座らせると、食堂に来た時から席の下に隠しておいた重箱を机の上に置いた。
そして高らかに告げる。
「夕食ターイム!」
「わーぱちぱち」
全員が机の上に置かれた重箱を見つめる中、ミサトさんだけが気の抜けたような拍手を送ってくれた。
何も事情知らないのにノリ良いね。
そして拍手したまま口を開く。
「で?どゆ事?」
「えー何かよく知らないけど!僕のご飯って美味しいらしいんだよね!」
僕は知らなかったんだけど、食べた人皆そう言ってくれるんだから間違いないと思う。
でもミサトさんは笑いながら聞いてきた。
「らしいって、何で自分で分からないのよ」
「えーだって僕自炊以外でご飯って給食くらいしか食べた事無いもん」
それに誰かに僕のご飯食べさせたのも、実はリツコさんが初めてなんだよね。
おじさんの所で暮らしてる時もずっと一人暮らしみたいなもので、離れで自炊もしてたし。
そしたら何故かマヤさんがミサトさんの方を見て、怒ったような顔で声を掛けた。
「葛城さん…」
「…ごみん」
謝るミサトさん。
よく見れば他のレイたん以外の皆が気まずそうな顔をしている。
え?なになに?
レイたんの方を見たら口パクで何か言われた。
え?…ここでボケて?
絶対違うな、何て言ったんだろ…まあいいや。
どうせ援軍は来ないとかそういうのだし!
とりあえず話を進める事にする。
「よく分かんないけども!マヤさんの要望により!今日は発令所メンバーの分も作ってきたのさ!」
そうなのだ。
実は昨日マヤさんに「明日私にもお弁当作ってきてくれないかしら…」と頼まれた。
気軽にOKしたんだけど、それを聞いていた冬月先生が。
「シンジ君は料理が出来るのかね?ユイ君は…何と言うか、独創的だったからな…」
と言ったのを切っ掛けに、何故か何時の間にやら発令所のメンバーに食べさせる事になっていたのだ。
それを聞いてミサトさんがあぁと掌を打つ。
「あ、だから今日夕食食べないようにって言ってたのね、マヤちゃんそんな事頼んでたの?」
その言葉に皆がマヤさんに視線を向けると、マヤさんは恥ずかしそうに俯いて言った。
「だって…先輩が見せびらかしてくるんです…でも食べさせてくれなくて…」
マヤさん可愛えええええええええええええええええええええええええええ!
これで成人女性だなんて信じられない可愛さだ!
ここは敢えてマヤさんではなくマヤたんと呼んでおこう。
「マヤたんっていじめたくなるもんね!まあ御託はいいから御開帳!」
おぉー!!!!!!!!!!!!
僕が言葉と同時に重箱を開けると、中身を見た全員がどよめいた。
くくくっ…
驚け!
これが僕が今朝5時に起きた成果だ!
中身のイメージはお花見をする時の重箱!
甘辛牛肉の桜おにぎり!ピリ辛韓国風肉じゃが!桜麩の牛肉巻き焼き!ミニハンバーグ風照焼!その他もろもろ!
そして最後のスイーツとして桜餅!
我ながら完璧だぜ…
おっと、全員分のお茶とお絞りを持って来るとするかな、サポートまで出来てこそのプロフェッショナルだ!
そしてそれらを配り終えると、全員が緊張した面持ちで料理を眺めた。
年長の冬月先生が音頭を取る。
「そ、それでは…」
「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」
そして全員が料理に手を伸ばした。
最初の一口でザ・ワールド、時が止まる。
七秒経過!
ロードローラーだっ!
そして時は動き出した。
全員が一斉に口を開く。
「「「「「「ウンまああ~い!」」」」」」
そう言って全員が物凄い勢いで貪り始めた。
レイたんだけは始めから無言で、凄まじいスピードで食べてたけどね。
ミサトさんが突然叫び声をあげる。
「こっこれは~っ!この味わあぁ~っ!サッパリとしたチーズにトマトのジューシー部分がからみつくうまさ!チーズがトマトを!トマトがチーズを引き立てるッ!ハーモニーっつーんですかあ~、味の調和っつーんですか~っ!例えるならサイモンとガーファンクルのデュエット!ウッチャンに対するナンチャン!高森朝雄の原作に対するちばてつやのあしたのジョー!」
「…トマトもチーズも入れてないけど」
「ったく、何巻か忘れてたから探すのに苦労したわよ…よく考えてみればググればよかったのね」
「まったくだね」
探してたら途中から面白くなっちゃって一巻から全部読んじゃったよ…
ん?何の話かって?それは聞いちゃいけない。
僕とミサトさんのやり取りを見て、マヤたんが恐る恐る呟いた。
「二人とも一体何の話を…」
「しっ、見ちゃいけません」
そう言ってマヤたんの視界を防ぐ冬月先生。
…酷くね?
SIDE-リツコ
「ねえ、シンジ君」
「はいはい?」
食事も進み雑談に花が咲き始めた頃、私はマヤに如何にロム・ストールが素晴らしいか語っていたシンジ君に話しかけた。
今日話題に挙がった疑問を、この機会に聞いておこうと思ったのだ。
「過去のデータを見たんだけど、何でこれまでのテスト…本気でやらなかったの?」
彼は一瞬表情を固めた後、暢気な声で答えた。
「やだなー本気でしたよ!もっともっとがモットーですから!」
「いいから」
「え、だからホントに本気…」
「いいから」
「あ、はい…」
少し渋い顔で頭を掻き、彼はぼそぼそと語り出す。
「えっとですね」
何故か小声なので、彼に顔を寄せる私とマヤ、そしてさり気なく話を聞いていたらしいミサト。
あまり聞かれたくない事なのだろうか。
「えー実はむこうの学校では結構いじめられてたって言うか、敬遠されてまして…下手にいい点とか取ったりするとですね、色々と後が面倒なんですよ、特に僕を養ってくれてたとこの息子さんがアレでして…」
それは聞いている。
彼を養った人物の息子はあまり出来の良い少年ではなく。
立場的に弱いシンジ君をいじめていたらしい。
それを知っていながら止めなかった親に一番の問題があるのだが。
「それで目立ちたくなかった?」
「ですです」
目立ちたくないなら奇行は慎むべきだと思うのだが…
馬鹿なふりでもしていたのかもしれないが、逆効果だ。
いや…地か?
まぁどちらにせよ、彼が天然である事には変わりないだろう。
どう考えても手段がおかしい。
まぁ…
昔から紙一重だと言うし…
「やり返そうとかは思わなかったの?」
「いや、それがお恥ずかしい話なんですけど…」
かなり言い辛そうに彼が口を噤める。
気が付けばレイまでもがこちらに顔を寄せていた。
薄々気付いていたのだが、レイは出会ってそれほど経っていないにも拘わらずシンジ君に懐き始めているようだ。
もしかしたら食事の所為だろうか。
何にせよレイが他人に興味を抱くというのはとても珍しい事である。
そして数秒の沈黙の後、シンジ君が口を開く。
「喧嘩とかてんでダメなんですよね、僕…そもそも運動神経ゼロなんで」
「え?そうなの?」
思わずと言った感じでマヤが聞き返した。
私もミサトの方を見る。
確かパイロットに義務付けられた基礎体力訓練にミサトは立ち会っていた筈である。
するとミサトは苦笑いで答える。
「確かにね…」
レイまでもがコクコクと首を振り頷いている。
そういえば体育の授業があるか。
「僕泳げないし、自転車乗れないし、逆上がり出来ないし、気を抜いてたら何も無い所で転ぶし…」
「あらまあ…」
彼の運動音痴は筋金入りのようだ。
すると話を聞いていたらしい副司令が呟いた。
「そんな所までユイ君似か…」
どうやら遺伝のようである。
しかし、運動音痴でありながら彼が操るエヴァ初号機の機動は素晴らしい。
シンクロによるコントロールは思考に左右される。
体が出来る動きならばイメージも行いやすく、その為の肉体訓練なのだが、どうやら彼のイメージ能力は優れているようだ。
妄想能力とも言うのだけれども。
生暖かい視線で見つめていた周囲に、シンジ君は顔を赤らめて言った。
「あ、あんまり人に言わないでくださいよ!恥ずかしいから!」
「はいはい、分かったわ」
そう言って軽く手を振るミサト。
明日には全職員の知る所となるだろう。
その前に私がNERV内のシンジスレに書き込む訳だが。
まあいい。
しかし、頭が良いが運動音痴とは。
漫画のようなキャラクターだ。
思わずクスリと笑ってしまって、それを見たシンジ君が更に顔を赤らめて言う。
「今笑ったでしょ!?」
「笑ってないわ」
「ならいいですけど…」
そして彼がお茶を注ごうと席を立ち、歩き出した時だ。
「あ痛っ」
躓いた。
一斉に顔を逸らす周囲。
全員が笑いを堪えている。
彼は素早く立ち上がると、さっと辺りを確認し、誰にも見られていないと判断したのか、安堵の溜息を零した。
萌えた。
あとがき
生まれて初めてフルーチェを食べた。
美味い。
美味い!美味いよフルーチェ!
堪らないよフルーチェ!
もしかしたら俺は…フルーチェと出会う為に生まれてきたのかもしれないな…
そんな事を思った、冬の終わりであった…
あ、SSですか?
今回は話のつなぎ兼仕込みみたいなものなのでギャグもほぼ無いです。
ギャグを期待してた方、すみません。
あ、次使徒来ます。
ぬるりと来ます。
次回、最後のシ者。
お楽しみに。
嘘です。
*華麗に、そして優雅に誤字訂正。