「来い」
たった一言が書きなぐられた父からの手紙。
頭に来て無視をしていたら養育費の送金を止められた。週ごとに必要最低限しか先生はお金をくれないから、手持ちはすぐに無くなってしまった。
二度目の手紙が来るまで三週間。
「来い」
少しは捻ったらどうよと思わずにはいられない手紙が来るも無視を通す。第一、現金の持ち合わせも貯金も無いのだ。チケットでも入ってやしないかと封筒を見るも中は空。差出人は言わずと知れた父からだった。
僅かずつ買いためていたカップラーメンの残りが心細くなった頃、明け方に響いてきた爆音に目を覚まされた。
「国連機関の者です。碇シンジ君ですね?徴集命令が出ています。ご同行願います」
口調は丁寧だが有無をいわせぬその態度。実際に黒服の屈強な男が両腕をがっしりと確保済みだったりする。
目の前になにやら令状のような紙を突き付けていた男が踵を返すと、連行される宇宙人よろしく引きずられていく。
あぁこれがメンインブラックなんだなぁと、以前に見た映画を思い出した。少し違うけど。
そんなこんなで、垂直に離陸出来るジェット機で飛んだ先は正しく戦場だった。
街のそこかしこに煙が立ち上り、何やら遠いところには大きな爆発跡があった気がしたが、窓の外を見ているところに着陸がアナウンスされたためそれ以上はわからなかった。
何やらゴンドラのような物に揺られて着いた先に待ち構えていたのは妙齢の美女二人。
今だ寝間着のジャージで、先ほど貰った紙パックのお茶を飲んでいる姿は自分でも間抜けだと思うし、こんな状態での出会いならば相手に不快感を与えてもしょうがないかもしれない。
かもしれないが、初対面の早々にこんなに睨まれるような事をした覚えは無い。
二人の視線といったら、そりゃもう汚い物を見るような、憎しみや侮蔑の色濃いものだった。
「来なさい」
白衣金髪の女性が一言言い放ち、歩き出す。
黒服に促されて着いていくと後ろに赤ジャケットの女性が着いた。
向かった先は喧騒渦巻く巨大な空間。その中央に鎮座ましますのはなんというか……でかいロボット。
「巨大ロボット…」
一言だけぽそりと呟いた声を拾ったらしい白衣の女性はロボットじゃないわとだけ言って、アルミのラッタルをカンカンと昇っていった。
昇った先は巨大ロボの背面。人で言うとうなじ付近に位置する。
目に入ったのはニョッキリと首の後ろから生えてる白い棒と、その下のストレッチャー。
医師や看護師らが囲むその床には赤黒い液体がボタボタビチャビチャと滴っている。
状況から考えて、血であろうことは容易に想像できる。そしてその事実に、意味もなく恐怖した。
白衣の女性は小走りに近付くと何やら指示を飛ばしている。
医師たちがストレッチャーを押してこちらに向かってくると、仰向けに横たわった少女が見えた。白い全身タイツのようなものは胸の部分が裂かれてガーゼやら包帯やらがテンコ盛りになっている。それらが全て重く血を吸っているのはどこか非現実的だ。
少女は固く目を閉じ、浅い呼吸を繰り返しながら去っていった。蒼い髪と、血にまみれた姿が印象的だった。
『碇シンジをプラグへ。直ちに出撃させろ』
呆然と立ちすくんでいる所に響いた低く冷たい声。聞き覚えのある声は正しく父の物で、そこには親子の情など微塵も感じられなかった。期待もなにも持っていなかったが、やはり突き付けられた現実には胸がちくりと痛む。
くたびれ、丈が短くなった寝間着のジャージ姿で紙パック片手の間抜けな姿のまま、あの白い棒へ押し込められた。
座席部分にはあの娘のものであろう血が澱み、鉄の混じった生臭さに吐き気がした。
何も知らない、知らされないままに全てが進んでいく。
下着にまで染み込んだ血の感触や吐き気が、この状況が現実であることを感じさせてくれる。しかし一体何をさせられるのだろうか?
何も知らない、今来たばかりのこの僕に…